沼の見える街

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信じる心が地獄を照らす。『ハズビン・ホテルへようこそ』感想&レビュー(ネタバレあり)

【2024/2/6追記:『ハズビン・ホテルへようこそ』シーズン1完結に伴い、限定公開していた部分(パレスチナ問題なども踏まえて考えたこと)も改めて加筆&全体公開し、完全版っぽい記事にしてみました。有料部分は雑感を別途に追記。すでに買ってくださった方はそのまま読める……はず(読めなかったら教えてください)】

2018年頃、この約3分のアニメ動画を見た時の驚きを今でも覚えている。

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タイトルは「INSIDE OF EVERY DEMON IS A RAINBOW」(直訳:どんな悪魔の心にも虹がある)。どうやら、とあるアニメの一部分を抜粋した動画のようだ。舞台は異形の者たちが跋扈する地獄のような世界で、主人公と思しき女性キャラがテレビカメラを前に、「人々が更生するホテルを開きたい」とおずおずと発言している…と思ったら、突如として自分の想いを歌い上げるミュージカルが始まる。

ものすごい密度と速度で展開するサイケデリックな美術、ダークで下品で破壊的な笑いのセンス、キャッチーで耳に残るメロディなど、とにかく鮮烈なアニメーションに圧倒されたが、もっと心に残ったのは、彼女が歌い上げるそのメッセージだ。それは「こんなめちゃくちゃな世界で、邪悪に振る舞っているあなたたちの心の奥にも、善良さ(虹)はきっとあるはずだ」というものだった。こんな過激で悪趣味でドラッギーな絵面でキマりまくった歌なのに、なんと優しいメッセージが込められているのだろう、と心に響いた。

だが地獄の住人たちにそんなメッセージは全く響かなかったようで、せっかくの歌もクソ扱いされてバカにされ、動画は終わる。この歌はあくまで『ハズビン・ホテル』という作品のパイロット版の一部らしく、「本編」はまだ完成していなかったようだ。だがこんなにカッコよくて楽しくて過激で、それでいて優しいメッセージに貫かれた「本編」がこれから生まれるというなら、なんとしても見てみたいと願ったものだ。

あれから5年がたった。どうやらその願いは最良の形で叶ったように思える。

ヴィヴィアン・メドラーノ氏を中心とする『ハズビン・ホテル』の制作陣は、「INSIDE OF EVERY DEMON IS A RAINBOW」の場面を含む30分ほどのパイロット版をYouTubeで公開したり、スピンオフ的な(これまた過激で楽しい)アニメ『ヘルヴァ・ボス』を制作したり、主要キャラの素敵なMVをアップしたりしながら、多くの熱心なファンを獲得していった。

ニューヨーク・タイムズで『ハズビン・ホテル』シリーズが歩んだ道のりについて記事になっていたので、ギフト設定にしておく(2/22くらいまで無料で読める)。

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そしていよいよ2024年1月、「本編」となるアニメシリーズが、驚くべきことに稀代の映画スタジオA24の制作で、しかもamazonプライム・ビデオという巨大プラットフォームで、満を持して配信されることとなったわけだ。自主制作的なインディーアニメが歩む道としては、これ以上ないほど華々しいものと言っていい。

日本版タイトルは『ハズビン・ホテルへようこそ』と名付けられ、しっかり日本語吹替版も制作されている。

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本編の話に入る前に、パイロット版『ハズビン・ホテル』を少し振り返っておく。物語の始まりが描かれた約30分のアニメーションで、すでに1億回近く再生されているのも納得のハイクオリティだ。この話の直後からamaプラ配信版の「本編」が始まるので、必ず見ておいたほうがいいだろう。(まぁ本編を見た後に前日譚としてこちらを見ても別にいいと思うが…)

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このパイロット版を「第0話」的な形で、amaプラ等で配信してもらえると話が早いのだが、キャラデザが微妙に刷新されていたり、声優陣を入れ替えたりしていることもあり(この件は本国ファンダムで物議を醸したようだが、まぁ色々な都合があるのだと思う)、新たな出発を遂げた『ハズビン・ホテルへようこそ』と、公式に連続したものとして売るのがちょっと難しい状況なのかもしれない。ただ実質的には完全に繋がっている話なので、YouTubeでさくっと見てしまってほしい。無料だし。

 

ちなみにパイロット版『ハズビン・ホテル』、なんと日本語吹き替え版も公式チャンネルにアップされているので、初見の日本の人はこちらを観てもいいだろう。(YouTubeに日本語字幕版もアップされてるが、そっちは非公式。)

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この吹替版は、日本で自主制作的に作られたバージョンで、厳密には非公式なのだが、本国の『ハズビン・ホテル』公式の目にとまって、準公式のような形でアップロードされている(インディーらしいフットワークの軽さと言うべきか)。ただし著作権的にもグレーゾーンだったようだし当然といえば当然だが、今回のamaプラ版は日本語版も改めて声優がリキャストされているので、あしからず。

 

もうひとつ、同じクリエイター陣による、世界観を(たぶん)共有したシリーズ『ヘルヴァ・ボス』もすでにシーズン2まで制作され、YouTubeで公開されており、熱い人気を博し続けている。こちらも素晴らしくカッコよく面白いアニメなので必見だが、『ハズビン・ホテル』と直接の連続性は(まだ)ないので、観るのは後回しでも問題ない。公式には日本語版もまだないしね。amazonさん、吹き替え作って〜

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ちなみに『ヘルヴァ・ボス』、エログロ悪趣味成分は『ハズビン・ホテル』シリーズよりさらに5倍くらい過激なので注意しよう! そのへんが平気なら、信じがたいほど良デザなキャラたちが織りなす、ヤバすぎる作画の最高アニメーションの乱れ打ちを存分に堪能できるはずだ。

 

前置きはこのくらいにして、さっそく新シリーズ『ハズビン・ホテルへようこそ』の魅力を語っていきたい。そこそこネタバレも含まれるので(重大な場合は警告もするが)できれば本編を先に見てほしい。1話20分強×全8話なので決して長くはない。

 

今回『ハズビン・ホテル』シリーズの素晴らしさを語る上で、3人のキャラクターに焦点を絞ってみたい。チャーリー、アラスター、エンジェル・ダストの3人である。他にも魅力的なキャラが山のように出てくる贅沢なシリーズだが、やはり本作の肝を最もよく体現しているのはこの3人だと思う。

 

 

チャーリー 〜冷笑に負けない地獄のプリンセス〜

本作の主人公にして、地獄のプリンセスである。地獄の支配者ルシファーとリリスの娘という物々しい出自なのだが、本人は至って善良な性格をしていて、まるでディズニープリンセスのような純真な心をもっている。

最初に紹介した、パイロット版の「INSIDE OF EVERY DEMON IS A RAINBOW」で、彼女の願いは完璧に説明されているのだが、再出発となった『ハズビン・ホテルへようこそ』1話でも、改めてチャーリーの人格や動機を表すミュージカルナンバーが用意されている。それが「Happy Day in Hell」だ。↓公式の動画(短縮版)

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チャーリーというキャラを象徴する「INSIDE OF EVERY DEMON IS A RAINBOW」と比べても、この「Happy Day in Hell」は、さらに王道の「I WISH Song」っぽい作りになっていることがわかるはずだ。なお「I WISH Song」というのは、ディズニープリンセスのような主人公が、自分の願い=WISHを歌い上げる楽曲の通称だ。多くは物語の序盤で歌われ、たとえば『リトルマーメイド』のアリエルが歌う名曲「パート・オブ・ユア・ワールド」や、最近でも『塔の上のラプンツェル』のラプンツェルが歌う「自由への扉」や、『モアナと伝説の海』の「どこまでも(How Far I'll Go)」などが「I WISH Song」の代表格といえる。プリンセスものに限らず、ミュージカル劇『ハミルトン』の「My Shot」なども「I WISH Song」に該当するだろう。主人公に感情移入させるとともに、物語全体のテーマも強調する、重要なミュージカルナンバーなのだ。

そんな『ハズビン・ホテルへようこそ』の「Happy Day in Hell」だが、初見で最も連想したのは、『美女と野獣』でベルが歌う「朝の風景」である。フランスの小さな美しい町の、朝の風景をベルが駆け抜けていきながら、彼女の内面や想いを表現した名曲だ。

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『ハズビン・ホテル』の「Happy Day in Hell」も『美女と野獣』の「朝の風景」も、「見慣れた町を歩きながら、主人公のヒロインが住民と交流しつつ、自分の感情や願いを高らかに歌い上げる」という意味ではおおむね同じことをやっているはずだが、見比べるとあまりの落差に笑うしかない。

チャーリーが生きる世界は、ベルの和やかな町とは似ても似つかず、暴力と性的倒錯と悪意にあふれた、まさに地獄の様相をなしている。ベルが町の人々と「ボンジュール!」と和やかに挨拶をかわすように、チャーリーも地獄の住人に「こんにちは、おじさん」と呼びかけるのだが、帰ってくる返事は「Go f※ck Yourself!(さっさと失せやがれクソが!)」である。あまりに非ディズニー的なお返事だが、それを大して気にもとめず歌い続けるチャーリーの姿に、むしろこの地獄世界の圧倒的な治安の悪さが現れている。

窓を開けっ放しでハードコアセックスに励む者たちや、路上の死体を食い散らかす異形の者たちや、歌を邪魔して性器(?)を触らせようとする化け物といった有象無象にも決して負けることなく、むしろそんなどうしようもない人々も救おうと心に決めて、チャーリーは「今日は地獄で最高の一日になるはずだ!」と高らかに歌い上げるのだった。

この地獄版"I WISH"プリンセスソングと呼ぶべき「Happy Day in Hell」や、パイロット版の「INSIDE OF EVERY DEMON IS A RAINBOW」が表現しているのは、地獄という世界の異常さだけではない。チャーリーがこの世界でいかに「異常」な存在なのかということもまた描かれているのだ。こんなめちゃくちゃな世の中で、希望と笑顔を絶やさずに「人の良心を信じる」心を歌い上げるチャーリーは、まさに異端にして異質な人物といえる。しかしだからこそ、彼女は本作の主人公なのだ。

地獄はとても「冷笑的」な場所だ。「INSIDE OF EVERY DEMON IS A RAINBOW」でも、希望や良心を歌うチャーリーのことを嘲笑し、冷笑する住人たちの姿が繰り返し描かれた。地獄は「罪人」と見なされ、見捨てられた魂が集う場所であり、誰も自分に価値や可能性があるなどとは思っていない。娯楽といえばセックスか暴力か酒かドラッグか、チャーリーのような「綺麗事を歌う愚か者」が無様に失敗する姿を嘲笑するか…ぐらいが関の山だろう。こんな世界で冷笑的にならないほうが無理というものかもしれない。

その意味で本作の「地獄」は(これほど過激ではないにしろ)私たちが暮らす現実世界にもどこか似ていないだろうか。戦争、虐殺、暴力、貧困、差別、環境破壊といったあらゆる理不尽や不公正があふれかえるこの世界で、「人の良心を信じたい」「世の中を良くしたい」などと綺麗事を語ろうものなら、すぐさま「世の中そんなに甘くない」「お花畑にもほどがある」「何をしたって結局無駄」という嘲笑と冷笑をぶつけてやろうという人間が続々と現れる。レベッカ・ソルニットのいうところの「無邪気な冷笑家」たちに、地獄でチャーリーをあざ笑う者たちの姿が重なる。

もっと身近な「地獄」が見たければ、ソーシャルメディアを覗くのもいい。当初『ハズビン・ホテル』が発表されたYouTubeにも、カスみたいな陰謀論や悪意あるデマがあふれかえっている。Twitterは「表現の自由」の意味を完全に取り違えた大富豪に買われ、大幅に治安が悪化したXとして生まれ変わり、差別や暴言が娯楽として弱者やマイノリティに投げつけられ、もはや人間ですらないインプレ稼ぎゾンビにあふれかえる地獄のSNSとなった。というか最近はもうbotアカウントがポルノ動画を無差別に投げつけてくるので、露出狂でもNOと言えば一応引き下がってくれるぶん、『ハズビン・ホテル』の地獄の方が若干マシかもしれない。ともかく『ハズビン・ホテル』が最初に発表された数年前と比べても、リアルもネットも「地獄」っぷりが加速しているように思えてしまう。

しかしだからこそ、チャーリーという主人公は輝きを放つ。どんなに嘲笑されようとも、悪意をぶつけられようとも、決して希望を捨てることなく、ろくでもない人間の中に良心や善性を見出し、みんなを救おうと走るチャーリーの姿は眩しい。彼女の存在こそが『ハズビン・ホテル』シリーズを、単なる露悪的なオシャレアニメではなく、冷笑に抗う希望の物語にしてくれている。理想と現実のギャップがこんなにデカいプリンセスもめったにいないと思うが、だからこそ応援したくなってしまうというものだ。

一方で、彼女が地獄の罪人に与えようとしている「救い」は、下手をすれば独善的で、押し付けがましいものになりかねないはずだが、本作独特のユーモアや過激さがその「説教臭さ」を見事に中和しているのも興味深い。第2話で、とある意外な来客がホテルを訪れるのだが、チャーリーがその人物に「Sorry(ごめんなさい)」と謝ることの重要性を歌い上げる場面は特に心に残った。「まずは謝りましょう」なんて、もはや子ども向けアニメですらめったに描かれないほどド直球に「道徳的」なメッセージといえるが、本作で描かれると「たしかに"謝る"って本当に大事だな…」と変に納得してしまうので不思議だ。極端すぎる環境を逆手に取って「道徳的なプリンセスもの」を成立させてしまう、まさに唯一無二の主人公造形といえるだろう。

 

チャーリーと言えば、もうひとつ大切な要素がある。それは同じくメインの女性キャラ「ヴァギー」との関係性だ。チャーリーとヴァギーは公式でカップルの設定であり、本作のクィアな(性的マイノリティのキャラクターがたくさん出てきたり、肯定的に描かれる)アニメとしての魅力を強化している。近年では『シーラとプリンセス戦士』『アウルハウス』『ニモーナ』など、主人公が性的マイノリティであり、かつ公式に同性カップルが描かれるメジャーなアニメ作品が数多く生まれているが、『ハズビン・ホテル』は6年前のパイロット版の時点でこの主役カップルを描いていたわけで、この点でも先駆的だったといえる。クィアな主人公を描く作品は増加中とはいえ、「主人公が最初から同性カップル成立してる状態」から始まる作品はいまだに珍しい気がするので、いっそう応援したいところだ。

お相手のヴァギーも魅力的なキャラである。原語版の吹き替えは『ブルックリン99』のローザや『ミラベルと魔法だらけの家』のミラベルを担当したステファニー・ベアトリスというのも嬉しい。ヴァギーの人柄はチャーリーとは対照的に現実的・常識的であり、チャーリーの派手な振る舞いにツッコミを入れたり呆れたりしつつも、決して理想を捨てない彼女の生き方に惹きつけられてもいる。つい突っ走りがちなチャーリーにはぴったりの相手といえるだろう。シーズンの後半では彼女の過去が明かされ、チャーリーとの関係がさらに踏み込んで描かれることとなり、ロマンスとしても見応え抜群だ。

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アラスター 〜カッコよさ恐怖かわいげ全部盛りデーモン〜

本作『ハズビン・ホテル』シリーズの魅力を象徴する第2のキャラとして、アラスターの話をしたい。アラスターは地獄で最強の悪魔であり、「ラジオデーモン」の異名で恐れられている。シカのようなツノを生やし、紳士的な赤いスーツをバシッと着込み、いつもチェシャ猫のように不気味に微笑んでいる姿は不気味ながら魅惑的だ。

公式テーマソング「INSANE」もカッコイイ。

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クリエイターのヴィヴィアン・メドラーノは中学生の頃からアラスターを構想していたと聞くが、実際それも納得というか、絶妙に中2マインドを刺激するカッコよさに溢れたキャラクターである。もう「ラジオデーモン」という概念からしてカッコいい。昔のラジオに乗せたような少しひび割れたボイス(時々笑い声などの効果音が挟まる)で、往年のラジオアナウンサーを模して喋るという彼のスタイルには、ラジオという媒体がもつ洒脱でノスタルジックな魅力が活かされている。

そんな底知れないほど邪悪な悪魔のアラスターだが、なぜか「罪人を救うホテル」という綺麗事の大風呂敷を広げたチャーリーに興味を示したようで、(善意よりも娯楽としての側面が大きいようだが)彼女たちのホテルの活動を手伝ってくれることになった…というのがパイロット版の大筋である。

そこから直結する新シリーズ『ハズビン・ホテルへようこそ』で注目したいアラスターの動向は、やはり第2話、地獄を支配する「メディア王」ヴォックスとの対決だろう。洗脳能力やテック、巨大資本を武器にして、地獄に君臨するヴォックスは、テレビそのものの形をした頭といい「テレビデーモン」とでも呼ぶべき姿をしている。そんなヴォックスが(何があったのか詳しくは描かれないが)にっくき「ラジオデーモン」アラスターの帰還を知り、普段のクールさや慇懃さを投げ捨て、自分の映像メディアを駆使してネガキャンに励むのだが…という一連のバトルが、テンポの良いミュージカルシーンとして描かれることになる。

↓2話は英語版が公開中。歌は8:49〜ごろから

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この場面が、ヴォックスvsアラスターを通じて「テレビvsラジオ」のメディア対決を視覚的に表現したシーンになっているのも面白いポイントだ。映像も音声を流せるテレビは、音声しか流せないラジオの上位互換のはずであり、ラジオはテレビの前に破れ去った…というイメージがあるかもしれない。だがこれほど映像技術が発達した現在でも、ラジオはなくなっていないどころか、ポッドキャストのような音声コンテンツは音声サブスクの隆盛も影響して、今いっそう勢いを増しているようだ。(現に私自身もテレビは全く見なくなったが、ラジオやポッドキャストはしょっちゅう聞いているわけだし…)

なので「ラジオデーモン」という、いっけん時代遅れにも思えるメディアを名前に冠したアラスターが、主流メディアを支配するヴォックスをねじ伏せる展開にも、不思議な説得力があるのは興味深い。web上でカウンターカルチャー的に、バイラルな熱狂を巻き起こした『ハズビン・ホテル』の顔を務めるのに、アラスターはふさわしいキャラといえる。

その一方でアラスターは、ラジオという媒体がもつ恐るべき「闇」も体現しているように思う。彼自身、地獄の支配者を殺す様子をラジオで実況するというサイコな行動によって伝説と化しており、悪魔に転生する前も大勢の人を殺していたガチの悪人だったという裏設定もある。

それを踏まえるとラジオがメディアの歴史上、虐殺に加担したこともあるというおぞましい闇も抱えていることにも注目すべきだろう。たとえば『ホテル・ルワンダ』で映画化された1994年のルワンダ虐殺でも、結果としてラジオが殺人を煽ることになった。メディアが緊急時に人の心に与えうる最悪の影響の例として、今でも語り草になっている事件である。「声」は、時としてビジュアル付きの映像媒体以上に、人の精神にダイレクトに影響してしまうのかもしれない。

ラジオという媒体の魅力と恐怖の二面性を、これ以上なくスタイリッシュな形で具現化したアラスターは、近年のあらゆるカートゥーン・キャラクターの中でも、トップクラスの良デザインと言っていいだろう。大量のファンアートを生み出しているのも納得するしかない…。

さらに『ハズビン・ホテル』シリーズが(スピンオフ『ヘルヴァ・ボス』もだが)恐ろしいのは、このレベルの素晴らしい造形を誇るキャラクターが、息をするように続々と登場するということだ。毎回毎回あまりにイカしたデザインのキャラクターばかり登場するので、連続して見ると正直「凄い」を通り越して若干疲れてしまうかもしれない…。「アイキャンディー」も一気に食べすぎると胸焼けしてくる、と言ったところか。贅沢すぎる不満だが…。

ともあれ、主人公・チャーリーが本作に込められた優しさや良心、まっとうな倫理観を体現しているのだとすれば、アラスターは『ハズビン・ホテル』シリーズのビジュアルが放つ、まさしく悪魔的に強烈な魅力を象徴するキャラクターといえる。この「まっとうな心」と「抗いがたい過激で強烈な魅力」という強靭な両輪こそが、本作をスペシャルな作品にしているのだと思う。

そんなアラスターだが、カッコよさと怖さだけではなく、かわいげも存分に発揮しているというのはニクイところだ。2話でのヴォックスとの微妙に大人げない対決といい、5話の「チャーリーにどういう感情を抱いてるんだコイツは…」となるダディ対決といい、本編が始まったことで思ってたより「人間臭い」一面もあるヤツなんだな…とわかったという点で、パイロット版からけっこう印象が変わったキャラクターでもある。ちなみに公式にアセクシュアル(無性愛者)のキャラとして設定されていることもあり、エンジェルくんにエグい下ネタを振られると若干イヤな顔をしたりもする。

この「強大な力をもった恐ろしい存在だが、かわいげもある」というデーモンの魅力は、林田球『ドロヘドロ』のチダルマやハルといった悪魔たちも個人的に連想した。圧巻のデザインセンス、過激なエログロ、スッとぼけたユーモアの共存という意味で、『ハズビン・ホテル』シリーズに一番近い日本の作品は『ドロヘドロ』といえるかもしれない。

話が進むにつれてアラスターの意外な過去や人間関係、かわいげはあってもやはり真剣に恐ろしい面もじわじわ明らかになったりして、今のギリギリ味方?なポジションを今後も続けるのか、それとも強大な悪としてチャーリーたちの脅威になるのか、本当の意味で「敵かな?味方かな?」が読めない、目が離せないキャラ造形になっている。

 

エンジェル・ダスト 〜ディズニーが救えないポルノスター〜

『ハズビン・ホテル』シリーズの両輪である「まっとうな心」と「抗いがたい過激で強烈な魅力」を体現するキャラクターとして、それぞれチャーリーとアラスターを挙げたが、最後にもう1人、その両方の要素がよく現れているキャラクターを語りたい。エンジェル・ダストだ。

エンジェル・ダスト、通称エンジェルくんは、地獄のポルノ業界のスターである(ちなみにセクシュアリティはゲイ)。彼はそのあふれんばかりの性的魅力によって、地獄の住人たちにセクシャルな快楽を提供している。性にまつわる自身の才能をアピールしがちで、口を開けば下ネタばかり飛び出し、あのアラスターさえも若干うんざりさせている。(容赦ない下ネタが飛び交う『ハズビン・ホテル』シリーズだが、実はホテルの主要キャラは、エンジェルくん以外は進んで下ネタを言うタイプではないという事実はけっこう面白い。)

まずエンジェルは「セックスワーカーの男性」という時点で、従来のアニメには登場しなかったタイプの主要キャラクターといえる。性を売り物にする女性、いわゆる「娼婦」が、古今東西のフィクションでしょっちゅう(大抵は男性作家によってステレオタイプ的に)描かれてきた存在であることに比べると、男性のセックスワーカー(男娼)がフィクションの主要キャラクターになること自体が少ない。パイロット版の時点で、カッコよくてセクシーなキャラデザと辛口なユーモアを兼ね備えたエンジェル・ダストは、本作で最も目を引く存在だった。

だが『ハズビン・ホテル』シリーズはさらに踏み込んで、エンジェルをステレオタイプなキャラクターとして終わらせることなく、彼の内面をより繊細に描こうと試みる。パイロット版の数年後に突如公開された、エンジェルくんを主人公としたMV「ADDICT」は大きな反響を巻き起こした。すでに1.6億回以上再生されているが、それも納得の出来栄えだ。

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「ADDICT(薬物中毒の意)」では、セックスと暴力が支配する地獄の世界で、傷を抱えながらもなんとか生きていくエンジェルと、彼の相棒である爆弾魔チェリーボムの姿がスタイリッシュに描かれている。目を引くのは、エンジェル・ダストの人格の複雑さや、彼が生きる世界の二面性が表現されていることだ。

エンジェルは他人の情欲を燃え上がらせる自身の「セックスの才能」に対して、確かにプライドや自尊心、やりがいも抱いているのだろう。だがそれと同時に、やはり自分の体や尊厳を売り物にし、見知らぬ大勢に消費されていることや、時には直接的な暴力や支配にさらされることに、屈辱や恐怖、悲しみも覚えているのだ。きらびやかなストリップショーで自分の体を見せびらかす姿と、汚れたベッドでうずくまり泣きじゃくる姿が交互に映るシーンに、彼の人生の二面性が最もよく現れている。

もちろん人にもよるだろうし、外野からは想像するしかないとはいえ、こうした二面性は、多かれ少なかれ現実のセックスワーカーや、なんらかの形で性を消費されている人が直面しているものでもあるのではないだろうか。「ADDICT」は、エンジェルというキャラクターをただ「カッコよくてエロイもの」として消費するのではなく、現実の痛みを抱えた人々の希少なリプレゼンテーション(表象)として丁寧に造形していこうという、作り手の高い志を感じさせるMVだった。

 

ーーー以下『ハズビン・ホテルへようこそ』4話ネタバレありーーー

 

そしてその志は、このたびの新作『ハズビン・ホテルへようこそ』でさらに見事に結実している。特筆すべきはやはり第4話「仮面」である。暴力的な権力者ヴァレンティノに生活を支配され、セックスを売り物にする世界で生きるエンジェルは、プライドと痛みという矛盾した2つの感情を悶々と抱えている。しかし自分の抱える複雑な思いを誰にも吐露できないまま、つい偽りの「仮面」を被るように振る舞って、チャーリーらホテルの面々とも衝突してしまう。

半ばヤケになったエンジェルは、ヴァレンティノが支配するポルノ業界で、暴力的・搾取的なセックスワークに没頭する。この様子が『ハズビン・ホテル』らしい過激さで、「Poison」というミュージカルナンバーにのせて描かかれることになる。ヴァレンティノのような強者から受ける抑圧を「毒(Poison)」にたとえ、「それが毒であることはわかっているが、生きるために飲むしかない」という、中毒のような深みにハマっていく泥沼を示した歌という意味で、先述の「ADDICT」の変奏のような内容にもなっている。

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自分の気持ちに正面から向き合うこともできず、仲間から差し伸べられた手も振り払い、DV彼氏的なクソ男に生活を支配され、過酷なセックスワークで体も心も搾取され…という、まさにドン詰まりな状況にあるエンジェルくん。だが、彼にささやかな救いをもたらしてくれたのは、意外な人物だった。つい先刻まで言い争っていた、エンジェルと最も気が合わなさそうな悪魔・ハスクである。

ハスクは猫のような外見の元・上級悪魔だが、アラスターに弱みを握られているようで、無理やりハズビンホテルでバーテンダーとして働かされている。様々な問題を抱えたエンジェルに厳しくツッコミを入れつつ、彼自身もギャンブルやアルコールの問題を抱えているようだ。そんな彼が、自暴自棄になったエンジェルに(本作らしくミュージカルによって)どんな言葉をかけるのかは、ぜひ該当の楽曲シーンをを見てほしい。『雨に唄えば』も想起する前向きなメロディの中に、妙に突き放したドライなテンションが混ざり、何もかもがイヤになった「Loser(負け犬)」を優しく励ますような、絶妙な塩梅の歌になっている。

曲名は「Loser, Baby」で公式がアップしていた。

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ハスクがエンジェルを(とても彼らしいやり方ではあるが)慰め励ますこのシーンが、男性同士の繊細なケアという、なにげに今ホットなトピックであることにも着目したい。マッチョさが支配する世界での、男性同士の優しい労りあいという意味では、最近見た映画だと『ファースト・カウ』を連想したりもした。さっそくハスク/エンジェルのship=カップリングも盛り上がっているようで、その良さもよくわかるのだが、個人的にはこの2人には性や恋愛を介さないまま、お互いをケアしあう良き関係を築いてほしい気持ちもある。こういうことが言えるのも逆に本作が(主人公コンビが思いっきり同性カップルだったり)クィアフレンドリーな作品だからこそなのだが…。とか言いつつ恋愛が本格的に描かれても面白そうだし、どう転んでも美味しいと思う。

なんにせよこの『ハズビン・ホテルへようこそ』4話は、本作を連続シリーズ化した意義を改めて感じさせる、まさに神回だったといえるだろう。過激なエログロも存分にぶちかまし、間違いなくディズニーのような全年齢アニメの対極を歩む『ハズビン・ホテル』シリーズだが、チャーリーの項目で述べたように実は王道の「プリンセスもの」でもある。そんな本作が、社会の周縁に追いやられた人の苦しみや、繊細なメンタルケアの描写等を通じて、過酷なセックスワーカーやドラッグ中毒者のような「ディズニー作品では絶対に救えない(そもそも登場すらできない)ような人々」に手を伸ばそうとしていることが何より熱いし、素晴らしいことだと思う。

驚異的なデザインセンスによって構築された世界で、楽しいミュージカルやピリッとするユーモアを織り交ぜながら、マイノリティに光を当てる社会派なメッセージ性も込めた『ハズビン・ホテルへようこそ』は、カートゥーンの可能性を一段押し広げる革新的な作品という意味で、個人的なオールタイムベストアニメである『スティーブン・ユニバース』にも匹敵するポテンシャルを感じている。すでにシーズン2の制作も決まっているということで、今後どんな展開を向かえるか、心から楽しみだ。

 

もう十分長々と書いたので終わりたいが、その前に『ハズビン・ホテルへようこそ』がもつ社会的なメッセージ性という意味で、もうひとつ外せないトピックに言及しておきたい。

(※以下は最初、有料部分として公開したんですが、シーズン1終了記念ということでさらに加筆して全体公開してみます。いつまでとかは不明。有料部分を買ってくださった方のために、記事の最後にも別途に追記してみました。)

 

天国・地獄、パレスチナ問題

(注意:第6話のネタバレを含みます)

 

今パレスチナで起きていることに関心を寄せている人は、『ハズビン・ホテルへようこそ』を見て「えっ、この話って…」と思ったことだろう。冒頭のプロローグから、「天使によって"罪人"とみなされた集団に対する虐殺」が地獄で繰り返されていて、しかも新たな虐殺が迫っていることが明らかになる。さらに1話の後半・アダムとの会合を経て、『ハズビン・ホテルへようこそ』は、チャーリーが(地獄の善人たちをホテルに招くことで)その虐殺をなんとか食い止めようとする物語として始まる。本作はあくまでフィクションとはいえ、今パレスチナのガザ地区で起きている、目を覆うような惨状を思い起こさない方が難しいかもしれない。

本作のそうした現実への「ぶっ刺さり方」は、先日配信された第6話「天国へようこそ」後半のミュージカルシーンで頂点に達する。

公式がアップしてる当該シーン(英語↓)

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地獄での虐殺を止めるため、天使たちと直談判しに天国へ向かったチャーリーは、「罪人が更生できる証拠を見せろ」と詰められる。そこでチャーリーが提示したのが、エンジェル・ダストの姿だった。ドラッグ中毒のポルノスターという、天国からは白い目で見られる属性の彼も、(第4話でのハスクの励ましも功を奏して)少しずつ人生を改善させていることがわかる。だが、そんな成果にもかかわらず、天使たちは彼の「更生」を認めようとしない。それどころか、何をすれば「天国」に行けるのか、その基準すら誰も示せないのだ。

そこから始まるミュージカルシーンは、そんな理不尽に対して怒りをぶちまけるチャーリー、彼女を嘲笑しつつ虐殺について口を滑らせるカス野郎の天使アダム、虐殺の真相を知って天国への批判に転じる熾天使の少女エミリー、そんな彼女を「あなたたちのためだから虐殺も仕方ないのだ」と、燃え盛る炎を目に映しながら諫める熾天使長セラ…といった、いくつもの異なる思惑が折り重なる、圧巻のミュージカルナンバーとなっていた。

この場面が凄いのは、まさに今、世界中で飛び交う議論が生々しく映し出されているように見えることだ。宗教と深く結びついた帝国主義・植民地主義に基づく一方的な断罪によって、「永続的な罪人」のように土地に縛り付けられた人々が、虐殺による滅亡の運命を押し付けられている…。そんな理不尽を可能にしているのは、「安全のためなら仕方ない」という理屈によって、なんだかんだ支配体制を温存し、虐殺や暴力に加担し続けている「善良な人々」でもある。

一方でそんな理不尽に気づき、惨状を目の当たりにしてなんとか「運命」を変えようと、若い世代が立場を超えて奮闘し、体制に対して批判の声をあげている。これらは全て『ハズビン・ホテルへようこそ』の劇中で描かれたことだが、まさにそのまま、パレスチナの問題を巡る現実世界の状況に当てはまりはしないだろうか…。

先日ちょうど国際司法裁判所でイスラエルに「ジェノサイド(集団虐殺)」防止の命令が出たり、かと思えばUNRWAの職員がハマス襲撃に関与した疑いに対してアメリカなどが支援停止に踏み切ったり、今まさにパレスチナを巡って国際社会が揺れている真っ最中なだけに、こういうタイミングで『ハズビン・ホテルへようこそ』のように、虐殺を正面から堂々と批判する作品が出たことは、現代のポップカルチャーにとって大きな意味があることだと思う。

ただ一応補足すると、もちろん『ハズビン・ホテル』の天国/地獄を、中東問題にそのままなぞらえるのは問題があることは言うまでもない。まずパレスチナを「罪人にあふれかえった地獄」扱いするのは当然ながら不適切だし、本作の天国や天使にしても、基本的にキリスト教の保守派的な世界観として描かれているので、ユダヤ教が多数派を占める国家であるイスラエルを直接に想起させるわけではない。

ただしイスラエルの最大の支援国家であるアメリカはキリスト教が強い力をもつ国家であり、中でも保守的な勢力の福音派=エヴァンジェリカルは、政治的に強大な力をもち、共和党の岩盤支持層であり(トランプのことも熱烈支持している)、イスラエルに対しても極めて親和的だ。国内のキリスト教保守派の圧力は、アメリカが国家としてイスラエルを支援し続ける最大の要因のひとつと言って間違いないだろう。「なんでキリスト教保守がユダヤ教に肩入れを…?」と思う人が多そうだし、この辺の繋がりはしっかり説明されないと外野にはわかりづらいと思うので、詳しくはこういう記事とか読んでみてほしい。私は新書『ユダヤとアメリカ』を読んだりした。

一方いま政権を握るバイデンの民主党も、国内のユダヤ系の支持を失わないために、イスラエル支持の姿勢そのものは崩せないという事情があり、結果として(共和党よりは強硬でないとはいえ)虐殺を止めることに対して弱腰になっている。よって本作のアダム(現実だとトランプ?)に象徴される「わかりやすいクソ野郎」だけのせいで虐殺が起こっているわけではないという事実は重要だ。セラのように「あなたにはわからない事情があるのだ」と理性的に(しかしその目に炎を映しながら)若者をたしなめる権力者もまた、虐殺の力学を温存している。だからこそ、アダムにもセラにも反旗を翻し、「虐殺は間違っている」と歌い上げるチャーリーとエミリーの姿は、なおさら現実の情勢に突き刺さっているように思える。

『ハズビン・ホテルへようこそ』は、そもそも1話でのアダムの描かれ方(チンコマスターを自称する性差別クソ野郎!)といい、キリスト教的な世界観の欺瞞に対して相当突っ込んだ、批判的な描き方をしていることは注目に値する。エヴァンジェリカル的なキリスト教勢力の暗部を、批判を恐れず突っ込んで描くエンタメ作品としては、たとえば近年ではドラマ『ザ・ボーイズ』なども攻めた描き方をしていたので、先鋭的なクリエイターにとって熱いテーマなのだと思う。

日本でも似た感じの事案として、神道が保守派の政治家(同性婚に反対してるような勢力)と癒着してる問題とか、元首相の暗殺に旧統一教会の問題が関わっていたとか色々あったわけだし、神社や巫女のような宗教の上澄みだけモチーフに利用して消費するだけでなく、国内の宗教にまつわる問題について突っ込んで描くフィクションが増えてもいいと思うのだが…。ちゃんとやれば絶対面白くなると思う。

それはともかく『ハズビン・ホテル』シリーズが、現在進行系で行われている虐殺を批判する上で、キリスト教的な規範の欺瞞性を糾弾していることは、(少なくともアメリカ国内の政治状況を考えれば)現実世界の状況に深々と刺さっているし、地獄や悪魔を扱った作品の姿勢としては、むしろ非常に正しくまっとうなことだと思う。そうしたまっとうさが、第6話のような息を呑むほどのタイムリーさをもたらしたのは、創作への真摯な姿勢がもたらした、ある種の奇跡と言えそうだ。

ただし中東(イスラエル/パレスチナ)の問題にしても、何も2023年10月8日のハマス襲撃によって無から始まったわけではなく、暴力的な抑圧の構造自体は前からずっと存在し続けたわけなので、本来はタイムリー云々といった話ではないのだろう。

それに『ハズビン・ホテル』の「天国/地獄」の関係は、パレスチナ以外にも、様々な現実の問題のメタファーを読み取ることが可能だ。特に連想したのは、ドキュメンタリー『13th 憲法修正第13条』で論じられた、人種的マイノリティに対する差別構造を維持するべく刑務所のシステムが利用されている…という問題である。YouTubeに全編(!)がアップされているのでぜひ見てほしい。

www.youtube.com

つまり『ハズビン・ホテル』の描写がたまたま現実に刺さったというよりは、クリエイターが差別や暴力の構造といった「現実の諸問題」を真剣に考えて作品を作ると、まさに今のように現実の問題がわかりやすく激化した時、予想外のぶっ刺さり方をしてしまう(ように見える)…という好例なのだと思う。

言い古されている言葉だが、「真に過激な作品を作るためには倫理観が必要になる」と常日頃から思っている。現実世界に真の意味で「刺さる」ものを作るためには現実をちゃんと観察する必要があり、逆に現実を見る解像度が低いままだと、大して「尖った」「過激な」ものは作れない…という、けっこうシビアなクリエイターの能力の問題でもある。

その意味で『ハズビン・ホテルへようこそ』が、いま表面的な意味ではなく(いや表面的にも尖りまくってるのだが)真に「尖った」「過激な」エンタメ作品になりえているのは、クリエイターの思考と観察力、そして表現力の結晶なのだろう。本作のクィアネスと、虐殺への批判精神は、いまだ社会を支配する(キリスト教に限らない)保守的な権威主義に対する、相互に重なり合ったカウンターになっていることも意識したい。性的マイノリティや障害者といった周縁化された存在へのエンパワメントと、植民地主義的な思想への批判を同時に行った『スティーブン・ユニバース』との共通点も、なおさら強く感じるのだった。まぁ『スティーブン・ユニバース』はいま日本で見る手段がほぼないのだが…。『ハズビン・ホテル』の大波に乗って、どこでもいいから早く配信してくれ!!(結論)

 

終わり。

 

ーーー

 

…実はここまでは概ね6話までを見た時点で書いたことなのだが、先週7・8話が公開されて『ハズビン・ホテルへようこそ』シーズン1が終わった。たいへん素晴らしいエンディングで、これまで書いたことも直す必要も感じなかったのだが、終盤「そうきたか〜」と思った部分も多かったので、かんたんに感想などを追記しておこうかと思う。

先日すでに有料部分を購入してくださった方はそのまま読めると思います(すでに買っていたのに読めない場合は、届いたメールからログインしてみてください。)ほんとにただの箇条書きの雑感なのであくまで投げ銭感覚でどうぞ。

 

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「ビニがさ新年会2024」の思い出!

私とビニールタッキーさんの「ビニがさ新年会2024」が無事に終わりました。4年ぶりだし5人くらいしか来なかったらどうしよう!と思っていたら、蓋を開けてみたら大勢の皆さん(総勢52名)にお越しいただき、いっぱい喋って笑って楽しい4時間ちょいとなりました!

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レポート代わりにその思い出をつらつら描いておきますね。今回は参加できなかった方も、雰囲気だけ感じ取ってもらえればと思います。ただ、喋るのに忙しくあまり人が映った写真を撮らなかったので、この(開演前の)写真だけだと寂しいかもしれないが…

ざっくり説明すると、私ぬまがさワタリと、おもしろ映画宣伝や映画レビューでもおなじみビニールタッキーさん(以下ビニタキさん)が、楽しく語らう映画トークイベントとなっています。司会・主催は始条明さんです(会場の手配を含め1人で裏方を色々やってくださいました!大感謝)。

迎えた当日、がんばって早起きしつつ(別に6時半とかだからビニタキさんのような勤め人とかには普通のようだが…)、渋谷cocotiに入っている東京カルチャーカルチャーに向かう。

さっそく会場にイン。天井が高くてすごいオシャレだ。

正月から大災害もあったことを受けて、キャンセル無料の方針にしていたので、当日キャンセルも出るかな?と覚悟していたけど、この座席がちゃんとぜんぶ埋まったので、みなさん律儀で助かりました。

↑まだ誰も来てないが、開始時刻の10時になるとみんな遅刻せずに集まってくださった。早起き!(当社比)

今回は参加者の皆さんに、こういうシートをお配りしてみた。

映画ベスト3や、映画以外にアツイこと(ビニタキさんの提案)を書く欄がある。会話のきっかけにしてほしいと思って作ったのだが、好評で嬉しかった。皆さんのベスト興味あるので、よければTwitterとかで 「#ビニがさ新年会」タグ とかつけて投稿してくださいね。

このシート、パッと浮かんだ2023年の人気キャラを周りに散りばめてみたのだが、右下のこれは何…?という声も見かけた。

これは映画ではなく、すでに映画化が決まってる(少なくとも私の観測範囲では)大人気なとある小説の、大人気キャラクターを描いたつもりだが、具体的に言うとけっこうネタバレになってしまうので、書かずにおいたのだった。いやまぁ書いてはいるんだけど…(小声)。というわけで一度たりとも公式には映像化どころかビジュアル化もされたことはないキャラクターなので、知らないならそのままでも…よい! たぶん近い将来に映像化されるので、その時「あっ」と思えてもらえたら嬉しい。

というかビニタキさんも開催直前まで「この右下の五角形は何?」という感じだったそうなので(会の直前にあれを読んでわかったとのこと)、さすがにこれだけ推してればフォロワーもう全員読んどるやろみたいな驕りは禁物であることを再認識する良い機会となった。てか「なんだかんだ全員読んどるやろ」とか思ってたせいで、プレゼンの流れでちょっと(事前に「今からある作品のネタバレするから嫌な予感がしたら目をつぶっててくれ!」と無茶な警告は出したのだが)微妙にネタバレしてしまい、申し訳なかったかもしれない。ただまぁそれほど致命的なネタバレではないと個人的には思う。『スパイダーマン ノー・ウェイ・ホーム』でいうと「Dr.オクトパス」が出る、くらいのネタバレ度かな(その後もっと衝撃の展開がいっぱいあるという意味で)。余談おわり。

 

午前10時ちょい過ぎ

写真タイムなどを挟み、さっそく始まるイベント!

まずビニタキさんによる「この関係性がスゴイ2023」と「この映画宣伝がスゴイ2023」プレゼン。数ある2023年の映画の中から、「この関係性がぐっと来た」という ものに焦点を当てるコーナーで、私も関係性オタクとして楽しみにしてました(というか私のプレゼンでは基本どうぶつが出てこない映画は語れないので、動物は出ないけど面白い映画に関してはビニタキさん頼りみたいな面はあった)。

さっそく、ビニタキさんが年間ベストに選んだ(私も急いで観た)『ボトムス ~最底で最強?な私たち~』の話で盛り上がったり。その後も『トランスフォーマー』新作や『オペレーション・フォーチュン』など、私が未見というか絶妙に射程範囲外だったエンタメ作品における予想外な関係性の凄さなど、興味をひかれる内容でした。『ファースト・カウ』や『コカイン・ベア』のように、関係性も動物もスゴイ映画に関しては、やたら存在感を放つ会になってしまった。

続いて本業(本業ではない)の映画宣伝ウォッチャーの使命を果たす「この映画宣伝がスゴイ2023」。『コカイン・ベア』の直球すぎる特典「白い粉」や、『きっとそれは愛じゃない』のまさかの特典「ゆかり」など、アクが強すぎる劇場特典や、『トーク・トゥ・ミー』で「憑れてみな、飛ぶぞ」と言い放つ長州力など、よもやの人選のタレント宣伝など、日本の映画業界という小さな宇宙にカオスが爆誕する様を、次々と面白おかしく報告する姿はまさに「ウォッチャー」。

日頃からビニールタッキーさんの報告を眺めつつ「もはや映画宣伝っていうか"宣伝"という営み自体に対して、ここまで定点観測でウォッチしている人はそうそういないので、すでに"おもしろ"を超えて批評性のようなものが生まれてしまっている」と思っていた確信を強化するかのような楽しいプレゼンとなりました。「関係性」とあわせてだいたい1時間くらい、私やアキラさんによるツッコミや混ぜっ返しも混ぜつつ、たっぷり喋ってくださいましたよ。

 

続いていよいよ私のターンとなります。

そのプレゼンとは…「私が考えた最強の十二支」で語る、2023年の素晴らしき映画たち!

何いってんだ…という感じかもしれませんが、たとえばネズミのかわりに…

「ネコ」を抜擢することで…

2023年を代表する傑作アニメ『長ぐつをはいたネコと9つの命』を紹介する、みたいな流れというわけです。

ひとつの動物をネタに複数の映画を紹介し、しかも十二支ぶん十二回やるので、スライドのボリュームはまさかの200ページを超えてしまいましたが、けっこうな速度で展開したので、なんとか1時間強くらいに収めることができました。見る方も大変だったかもしれませんが…

唐突な「どの映画に出た猫でしょう?」という猫クイズを出したり…。会場に聴いたら2人も手があがって、しかも正解だったので「さすが」でした。

正解は『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』のエブリンの別の世界の姿。『長ぐつをはいたネコと9つの命』との相似点をあげてみたり。

地味にアライグマイヤーだったけどどうしても入れられなかったり…

ウシは『ファースト・カウ』が良すぎたので普通にウシだったり…(『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』にもからめてウシという動物の政治性、創作物における重要性などを語りました)

サメも(トラのかわりに)十二支に入ってもらって、ローマで見たサメ映画の話をしたり…

その後はカメ→『ミュータント・タートルズ ミュータント・パニック』、クマ→『コカイン・ベア』、クモ→『スパイダーマン アクロス・ザ・スパイダーバース』と『聖地には蜘蛛が巣を張る』、ロバ→『EO イーオー』『イニシェリン島の精霊』、オオカミ→『オオカミの家』と『ペルリンプスと秘密の森』、フクロウ→『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』(一緒に激推しアニメ『アウルハウス』も)、ニワトリ(てかヒヨコ)→『映画 窓ぎわのトットちゃん』と続々語っていき、イヌも引き続き『窓ぎわのトットちゃん』の話をしたり、最後はサギ→『君たちはどう生きるか』で締めるのでした。

そんなこんなで結局「最強の十二支」はこういうメンバーになりました。

ラストは昨年の「優勝」映画で締めることができ、ベスト映画に選んだ作品もおおむね言及できたので、意外にもうまくまとまったプレゼンになったかもしれません。200ページ超えてたせいで時間も微妙にオーバーしちゃったけど…。でも温かいリアクションが多くて嬉しかったです。お客さんがいるって素晴らしいですね。変に力を入れてしまったが、その甲斐はあった…

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この記事の最後に、プレゼン内で言及した作品のリストをあげておきますので、興味あればぜひチェックしてください。

 

お昼休みの後は質疑応答も含めた雑談コーナー。ビニタキさんが「2024年の期待作」を紹介するプレゼンも作ってくださってたので、それを見つつ話したりもした。

応援券(ちょい高め)を買ってくれた方を優先しつつ、(いうて一般券も5000円とかしたので)できれば希望する皆さんにちょっとしたおみやげイラストを持って帰ってほしいという気持ちがあり、会場で急遽イラストリクエストを募集してみました。「遠慮せんでいいよ」と言ったところそれなりの人数のみなさんがリクエストをくださったので(感謝)、それに答えるために、さっそくイラスト描きつつQ&A雑談に突入するのだった。ほぼアドリブで一発描きしながら喋るというイラストレーター技能がいま試される!

ちなみに(通常券よりちょい高い)応援券のためのイラストですが、才能あふれる高校生写真家の藍沙(あいしゃ)さんにいただいた鳥のポストカードに描かせてもらいました。素敵なカードゆえとっておきたい気持ちもあったが、ポストカードなら誰かに贈られた方が幸せかもしれないと思って…飛び立ってほしい…

 

…というわけで後半は微妙に片手間感が醸し出るトークになってしまった感はありますが、ほどよく会話に参加したりもしました。事前に質問を色々くださった皆さまも、会場で質問してくださった方も、ありがとうございます、Q&Aとか久々で楽しかったです。

印象的だった質問と、ついでに私の答え、いくつか。(ちょっとうろ覚えでごめん、自分の答えすらうろ覚えだし、ビニタキさんも良い感じに答えてくれていたが間違えるとアレなので省略)

 

◯「映画を見る時間はどうやって作っていますか?」的な質問

私の答え→時間作るってムズイよね、なんだかんだ結局は「映画館で観ちゃう」が一番効率いい、たくさん見られる鑑賞方法になるのかもな〜とかいったん答える。家だとどうしても集中を削ぐものが多かったりするし。

一方で、映画みたり本を読んだりするのに「万全で完璧な状況がある」というのは幻想に過ぎないとも認めるべきだよなと。つまり「映画をもっと雑に見る」という選択肢を積極的にとっていく、雑に見てしまうことを自分に許すことも大事なのではないか。

家で映画を観るにしても、みんな仕事とか家庭の事情(子育てや家事とか介護とか)があるわけで、2時間まるっと集中する時間を作れない→それでついつい気軽に消費できるものばかり摂取しちゃう、という状況になるのもムリはない。だからこそ数十分とか、なんなら5分とかでも、気楽に「雑に」見てみる。たとえば数十分×1週間で1作品とか。そりゃ映画館の最高の環境で一気に見るのが「ベスト」に決まってるけど、少しくらい「ベスト」じゃなかったり、細切れになったからといって、その作品がもつ本質的な魅力や面白さが全て損なわれるわけでは本当はないんじゃないか…みたいな話をした。映画とは、ゆったりした鑑賞時間やエネルギーを確保できる、ある意味では(私含む)特権的な状況の人だけのものではないと思うので。いわゆる映画ファンが怒りそうな形での鑑賞もまた、実は映画の可能性を広げるんじゃないかと。

 

◯「自分はフェミニストですが、家父長制やホモソーシャル的な要素の強い作品も好きです。そういう矛盾みたいなのってありますか?そのあたりどんな感じで折り合いつけてますか?」的な質問

私の答え→そういうの超あるよね〜と思った。私は映画よりも、日本のアニメとか漫画とかのほうが「好きだけどここはな…」みたいになること多い(ジェンダー表現的な部分は特にそうかも)。ただそういう場合は、イヤだなと思ったところを自分の中で押さえつけるよりも、ちゃんと「ここはいい、ここはどうかと思う」と自分の中できっちり言語化・批評することで、むしろ「ここはいい部分」もすっきりした気持ちで愛せるのではないか?と思う。そこを切り分けることが大切だと思うし、作品の感想とか書くにしても批評的な要素がちゃんとあったほうが風通しが良いと思うので、(たまに叩かれることもあるが)なるべく入れるようにしてる。

それと、たとえば昔は好きだった作品が、今見たら「う〜ん…」となる、みたいなこともよくあるけど、それは世の中の変化であり自分の変化でもあるので、悪いことと思うべきでもないという話などした。

 

◯「最近の気力の保ち方は?」という質問

私の答え→「これは社会の情勢とかを踏まえてかな…」というアキラさんの補いもあり、ビニタキさんがたいへん真摯に(自分の経験や世の中の趨勢も踏まえて)志高く回答してくれていたので、私は逆にすごい次元の低い回答をしようと思って、「とにかく寝ます」と答えてしまった。

でもこういう、まさに動物的な次元の低さを決して侮るべきではなく、というのも私たちは正真正銘の動物なので、いくらデジタルとかSNSが発達したとしても、自分をデジタルな存在と思い込み、動物性をないがしろにすべきではない。「寝る」「食べる」といった動物的な回復手段をフル活用することによって、動物としての自分を大切にし、ケアすることで、このしょうもない現実世界に立ち向かおう、みたいな話をした。まぁ私も気を抜けばすぐ生活が乱れるので一切えらそうなこと言えないが、ポケモンスリープとかやって、なにかあればとにかく寝たいと思う。

 

◯「無限の富が手に入ったらどんな映画を作りたいですか?」という質問

質問者さんはすごい気楽に答えられる質問として聴いてくれたはずだが、2人ともけっこう真面目に返してしまい面白かった。ビニタキさんは「マイノリティや当事者がいっぱい出るような作品が作りたい(金にならない、みたいな理由で光が当たらない人たちに活躍の場が与えられてほしい)」という非常に立派なことを答えられていたが、私のほうはそれを受けて「エンタメを含め、私たちが目にするこの世界がいかに金に支配されているかという話だね」「資本主義の枠組みから創作が解き放たれたとき、何が起きるのかは凄く見たい」みたいな不穏な答えになってしまい、なんかこいつビルとか爆破しそうだなと思われたかもしれない。だって窓から資本主義とジェントリフィケーションの権化・宮下パークも見えるんだもの…!(ちなみに会が終わってから少し散歩した。腹立つけどまぁオシャレではあったよ)

夢のある話もしたかったので、もし無限の富があったら「鬼のような大金を積んで、絶対だれも期待も予想もしてない続編を、すごい監督に作ってもらう」と答えておいた。 例:濱口竜介監督に『ドライブ・マイ・カー2 地獄のハイウェイ』とか撮ってもらう。

 

そんな感じで楽しくおかしく話してるうちに、あっという間に終わりの時間になってしまった〜。全然語り足りない。4時間半喋った(&描きまくった)けど。

締めの一言を、と言われたので、「まぁ今年もカスみたいな出来事が沢山起こるのかもしれないですが、とはいえ完璧な世の中だったら映画なんていらないですし、芸術やエンタメはこういうカスみたいな世界を生き抜く希望を得るために作られていると思うので、新年なんとかやっていきましょう!」みたいな、若干ふんわりしてるけど前向きなことを言った気がする。

 

終わった後はしばらく、時間内に描けなかったイラストリクを消化していた。動物や映画のキャラクターのみならず、なぜかちいかわのセイレーンとかコダックまで(私が自己紹介カードにちいかわとかポケモンとか書いたからね!)、皆さんのフリーダムなリクエストにも概ね全て答えられてよかった。正直こういうカオスなの好きなので楽しかったです。意外と時間なくてマジでラフになってしまいましたが、最近こういうリアルイベント全然なかったですし、疑似サイン会的に一言だけでも皆さんと交流できてとても幸せでした。しあわせ!!(ロッキー)

↑時間的に間に合わなかった人もいたので、あとでさっと描いてネットにあげた。「マッコールさんの笑顔」「ジョン・ウィック」「パディントン」のリクエスト。

 

久々のイベントで、諸々どうなることか…と思っていましたが、朝からお越しいただき、優しい反応で素晴らしく会場を盛り上げてくださった皆さん、そして楽しいお話を聞かせてくださったビニールタッキーさんと、諸々がんばって会場を用意したり手続きしてくださったアキラさん、本当にありがとうございました!

ちなみに終わった後は渋谷〜原宿をウロウロしました。

↑すぐ上のヒュートラ渋谷でやってた『ファースト・カウ』。2人でけっこう推したし、会のあと観た人もいたかな? みてくれよな〜

 

静かに打ち上げしつつ、準備も各自まぁ大変は大変だったが、楽しい大変さでもあったので、また(できれば)開催したいものですね!など話し合う。微妙に現実的な話をすると、こういうリアルイベントの黒字化ってマジでハードル高いんだなと改めて気づいたりもしたが(でも普通に赤字を覚悟して数万円の現金まで持ってきていたので、おかげさまでギリ赤字にならなかっただけでも感謝したい)、なんか良い塩梅とタイミングがあれば、いずれまたトライしたいものです。

ビニがさ会、私たちのトークを聴く場でもあると同時に、孤高の(?)映画ファンたちのほどよい交流の場にしたかったのだが、今回は久々なこともあり、プレゼンの情報も気合い入れてガンガン詰め込みすぎて、皆さまもそこまで気楽に交流できる感じでもなかったかな?とは少し思ったが、ちょいちょいお友達になれた〜というつぶやきとかみたので、こちらも嬉しくなった。まぁ次やるならその辺りも調整していきたい。終了後の会談でも「次はもうちょいユルくやろっか…」とビニタキさんと話し合っていた。私の今年の抱負は「話を短くする」に決定です。200ページのプレゼンとか8千字のブログとかはこれで最後にする。ほんとうだ!!ほんとうかな。

 

おわり

 

おまけ

プレゼンで紹介した十二支と映画の一覧

(1)ネコ
『長ぐつをはいたネコと9つの命』
『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
『マーベルズ』
『ライオン少年』
『NTLive ライフ・オブ・パイ』
『ザ・スーパーマリオ・ブラザーズ・ムービー』

(2)ウシ
『ファースト・カウ』
『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』
『ショーイング・アップ』

(3)サメ
『Denti da Squalo』(イタリア映画 タイトル直訳→”サメの歯”)
『ニモーナ』
魚フレンドリーつながり→『ブルーバック あの海を見ていた』

(4)カメ
『ミュータント・タートルズ ミュータント・パニック』
Netflixアニメ『レオ』
エイプリルの声優、アヨ・エデビリ繋がりで…
→『一流シェフのファミリーレストラン』
→『ボトムス 最底で最強?な私たち』

(5)クマ
『コカイン・ベア』
『長ぐつをはいたネコと9つの命』(再)

(6)クモ
『アラビアンナイト 三千年の願い』
『スパイダーマン アクロス・ザ・スパイダーバース』
『聖地には蜘蛛が巣を張る』
→アリ・アッバシつながり ドラマ『The Last of Us』
→女性ジャーナリストつながり 『燃え上がる女性記者たち』
→クモ??つながり『プロジェクト・ヘイル・メアリー』

(7)ロバ
『EO イーオー』
『イニシェリン島の精霊』
『逆転のトライアングル』

(8)オオカミ
『長ぐつをはいたネコと9つの命』(再々)
『オオカミの家』
『ペルリンプスと秘密の森』

(9)フクロウ
『ダンジョンズ&ドラゴンズ アウトローたちの誇り』
『北極百貨店のコンシェルジュさん』
『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』(再)
アニメ『アウルハウス』

(10)ニワトリ
『チキンラン ナゲット大作戦』
『映画 窓ぎわのトットちゃん』

(11)イヌ
『映画 窓ぎわのトットちゃん』(再)
『スラムドッグス』
『ジョン・ウィック: コンセクエンス』
『マルセル 靴を履いた小さな貝』
『イニシェリン島の精霊』(再)
『枯れ葉』

(12)サギ
『君たちはどう生きるか』

2023年映画ベスト10&優勝!(+次点の傑作10選、さらに部門賞)

とんでもない幕開けとなってしまった2024年ですが(能登周辺の皆様の無事を祈りつつ、できる範囲で支援していきたいと思います)、それでも新たな年をやっていくぞ!という気合いを込めて、2023年の素晴らしい映画を振り返ろうと思います。2023年はたぶん135本くらい劇場で観ており、良作も多かったため全然10本に収まらないので、次点の傑作10選、さらに部門賞などつらつら書いています。最後まで読むと超長いので適当に切り上げてください。

 

その前に宣伝ですが、↓私とビニールタッキーさんが映画の話をとことんしたおす、1/7(日)に迫る「ビニがさ新年会2024」もぜひきてくれよな!numagasablog.com

ちなみに今みたら参加者39人になってました、ありがとうございます。久々の開催だし5人とかだったらどうしよう(ボドゲでもやるか…)とか思ってましたが、なかなか賑やかになりそうで良かったです。でも立派で素敵でアクセス最高な会場(※お値段やや高め)を借りてもらったので、赤字回避のためにも皆さん来てよね!やくそくだぜ〜

→予約はこちら:https://vinygasa24.peatix.com/?lang=ja

 

 

てなわけで、まずさっくり「ベスト10+優勝」を発表したいと思います。今年は細かい順位とかは考えるのが面倒になってきたので、なし! 全部最高です!!

 

【ベスト10+優勝】

ベスト10『燃えあがる女性記者たち』

インドの被差別カーストの女性たちが、性差別と暴力、貧困層の搾取、宗教と政治の癒着といった「タブー」に切り込む姿を映すドキュメンタリー。

日本のジャーナリズムもやばい状況にある(BBCとかの「外圧」がないとジャニーズ事件を進展させられなかったことからも明らか…)のも確かなのだが、インドの抑圧っぷりもわりと桁違いであることが映画を見るとよくわかる。しかも主人公の記者たちは被差別カーストかつ女性なので、もはや"不利"ってレベルじゃねーぞという状況なのだが、決して絶望することなく、テクノロジーと使命感を武器にジャーナリズムを貫こうとする姿勢に、国を超えて胸打たれるのだった。

カースト制度という(悪い意味で)決定的な社会構造の違いがあるにもかかわらず、インドの女性記者たちが取材する問題の構造そのものは、あまりに日本が抱える諸問題と似通っていて(ジェンダー格差、政治と宗教…)逆にびっくりしてしまう。でもだからこそ日本でも必見。

『燃えあがる女性記者たち』でも語られる、「未来から振り返って"あの時あんたら何してたの?"と問われた時、堂々と答えられる振る舞いをする」という考え方は、ジャーナリズムに限らず全ての行動の指針にすべきような大事なことだなと思う。本当に実行してる彼女らは凄いが…。

不可知な未来に賭けるようにして、変化のさざ波を広げていく人々の姿を描いた点で、まさに(ベスト本2023にも選出した)『暗闇のなかの希望』の内容を体現するような映画だったな。

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しかしインド社会、たしかに性差別は(日本以上に)深刻なのだろうし、映画業界も男性優位だろうとは思うが、時々『燃えあがる女性記者たち』とか、昨年のベストに選んだ『グレート・インディアン・キッチン』みたいな明らかに世界レベルの鋭さとキレ味を誇るフェミニズム的作品がふっと現れるのスゴイよね。私も大好きな『RRR』に夢中になるのももちろん良いのだが、こうした作品を見て両輪バランスをとるのも大事だと思う。

《今みたい人は…》→今ちょうど配信とかがない…残念!(毎年思うけど9月くらいに劇場公開された映画って年末年始、いちばん見る手段ないよね。)でも話題になったし、そのうちくると思う。ぜひ見てね

writingwithfire.jp

 

『聖地には蜘蛛が巣を張る』

イランの聖地マシュハドで、宗教心を過激化させてしまった娼婦連続殺人犯と、女性ジャーナリストが静かな闘いを繰り広げるサスペンス。イヤ〜な緊迫感がずっと途切れない前半も見事で、『ボーダー 二つの世界』↓を手掛けたアリ・アッバシ監督の手腕が存分に発揮されている。

だがむしろその闘いが「決着」してから、社会に「蜘蛛の巣」のように張り巡らされたミソジニー(女性蔑視)を可視化するような展開の"本番"っぷりが凄まじい。

舞台となるイランを「性差別的で遅れた社会に性差別的な悪人がいるよ、怖いね」と片付けられればよかったが、殺人事件をきっかけとして燃え広がるような、社会にはびこる女性への差別や憎悪はあまりに見覚えがあるもので、日本も全然「怖いね」ではすませられない作品。ぐったりするけど切れ味抜群であった…。

一方、観てから気づいたが、ポスターの不敵な感じの女性って、主人公でもなんでもない、後半に出てくるあの人なんだよね。起こること自体はもちろん酷いし基本的には陰惨な映画なんだけど、彼女のなんというかスゴイ人格はどこか一縷の救い(とは言えないか…)も残していたし、彼女が象徴するタフさや「生命力」のようなものへの敬意もポスターに込められてるのかもしれない。

アリ・アッバシ監督、もはや『ボーダー』よりも、昨年以降はむしろドラマ『THE LAST OF US』ラスト2話の監督としての方が世界的には有名だったりして…とも思う。↓感想も書いた。

numagasablog.com

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実際、『聖地には蜘蛛が巣を張る』とドラマ『THE LAST OF US』8話をあわせて見ると、かなり共通するテーマ性も感じる(宗教保守と差別・搾取の構造など)ので、アッバシ監督の作家性が存分に発揮されているといえる…。最悪だけど最高のアレンジだったな。どちらもぜひ鑑賞してほしい。

《今みたい人は…》→amaプラ他に配信きてます。

聖地には蜘蛛が巣を張る(字幕版)

聖地には蜘蛛が巣を張る(字幕版)

  • メフディ・バジェスタニ
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『ダンジョンズ&ドラゴンズ アウトローたちの誇り』

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ブログに感想を書いたので詳しくは読んでほしいが、2023年の実写エンタメ部門ではマジでトップの出来栄えじゃないでしょうか。なんかB級みたいな売られ方をしていたのが今となっては遠く感じられるほど、キレのあるユーモア、豪華な美術やCG、明快なストーリー、練られた脚本、高度なサスペンス、魅力的なキャラクター、すべてを兼ね備えた傑作エンタメという他ないし、本当の意味で万人に勧められる映画だと思う。今後も末永く「迷ったらこれ見ろ」とオススメされ続ける一本になるでしょうね。

そんな本作の売上が日本でも世界でもイマイチだったという事実は、しょせん民衆どものセンスなどその程度であり、売上など何の指標にもならないということを証明しており、真に信頼できるのは私たちだけであるということかもしれない(言い過ぎたかもしれない)。とはいえギリで次回作もあるかも、なラインみたいなのでたいへん楽しみです。

《今みたい人は…》配信で見られます。amaプラではレンタル100円&購入500円になっていた(1/4時点)。超やすいので買っていいと思う

 

『ペルリンプスと秘密の森』

美しい夢のような光に満ちた森で、2人の意地っ張りな「エージェント」が出会い、森を守るために謎の存在「ペルリンプス」を探す…という物語。子どものごっこ遊び的な感覚で展開する、幻想的な世界の探検をじっくり描きながら、じわじわと現実世界との不穏な接続が示され、真相が明らかになった後は凄い切れ味で終わる。哀しくも勇気の出る結末は、2023年のベストエンディングに選びたい。

若干ネタバレになるのを覚悟で、もう核心を言っちゃうが、まさにイスラエル/パレスチナ問題のような現実社会の地獄めいた様相を前に、しょせん嘘や空想である物語やフィクションは結局は無力なのだろうか、いやそうではないはずだ…と心に静かに火を灯すような話なので、いま観る価値が間違いなくある。

アレ・アブレウ監督の前作『父を探して』(2013)も大変オススメ。美しい色彩を重ねて極限まで抽象化した世界で、少年が父を探す幻想的な冒険譚であると同時に、政治的であり社会的。この上なく平面的なのに、あらゆる意味で奥行きに満ちている。

一見すると2Dスクロールのゲームみたいな平面的な場面が多いのだが、搾取に溢れた社会のあり方や、屈せず生きる人々の生活の描写によって、この上なく奥深い広がりを感じられるのが凄い。ブラジル/南米の歴史とかも踏まえるとまた味わいが増すのだろう…

地球の裏側・ブラジルから届いた傑作『ペルリンプスと秘密の森』が、ものすごくタイムリーと言って良いタイミングでいま劇場で見られるのは、海外の優れたアニメ映画を地道に日本に届けてきた皆さんが起こした小さな奇跡と言ってよいと思った。

《今みたい人は…》恵比寿ガーデンシネマではギリでまだやってるようです↓。1/11まで!

 

『イニシェリン島の精霊』

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小さい島で暮らすおじさん同士の確執という、過激なほど「小さい」映画でありながら、不思議なほどの普遍性や、時空的なスケール感を感じさせる、忘れがたい映画だった。ブログに感想も書いたので詳しくは読んでほしい(今年書いたブログ記事では、これが一番できが良いと思う)。

最後のシーンを「芸術家は覚えられても、良い人のことなんて誰も覚えてない」というテーゼへのカウンターとして読み解いたのだが、一応クリエイターや表現者の範疇にいる人間として、そうした考え方は大事にしていきたいと思った。どうぶつ映画としても秀逸でした。

しかし今回の年間ベスト、実は本作以降はぜんぶアニメなので、貴重な実写映画枠になってしまったな(まぁいつものことではある)

《今みたい人は…》Disney+ほか配信にきてます。

www.disneyplus.com

 

『ニモーナ』

今年のベスト10では唯一劇場公開ではなく配信オンリーな映画だが、どうしても入れたかったので選出。

『シーラとプリンセス戦士』というアニメ作品が大好きなのだが、本作のクリエイターであり、原作漫画『ニモーナ』の作者NDスティーブンソンさんががっつり関わって作ったアニメ映画。

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重罪の濡れ衣を着せられた騎士が、変幻自在なバッドアス少女ニモーナと出逢い、ど派手な冒険を繰り広げる。マイノリティの生を描いた暗喩としても読み解けるし、希望に満ちた全年齢クィアムービーとして時代を前に推し進める快作。

原作のNDスティーブンソン氏はノンバイナリーかつトランスジェンダーであり、ニモーナの変身を通じて描かれる自由闊達な楽しさと(社会の偏見による)苦しみには、性的マイノリティとして生きることの解放感と苦悩も込められているように思えた。

リズ・アーメッド(常に最高)が演じる騎士がゲイのキャラクターで、彼と騎士の恋人のロマンスもきっちり描かれるという点も素晴らしい。こうした描写があってこそ、主役のニモーナの「変身」が何を意味しているかのメタファーもより明白で鮮烈なものになったと思うし。

『ニモーナ』、称賛したくなる点としては革新的なマイノリティ表現や真摯なテーマ性が中心になるわけだが、まず直球に面白いエンタメ作品というのも最高である。冒頭の展開からけっこう衝撃的だし、サスペンスの盛り上げ方も巧みでスリリングなので退屈しない(ニモーナがほぼなんでもありな万能な強キャラなことを考えると、地味に凄い気がする)。

さらにSFみたいな中世社会の美術やアクションなど、ルックも普通に現代アニメとして第一線級なのも実に良かった。『シーラとプリンセス戦士』はもちろん伝説のクィアアニメなのだが、いうて作画とかは限られた予算で全力を尽くしてる感もあったりしたので、同じ原作者で同じスピリットをもつ最新作『ニモーナ』がしっかりゴージャスなルックのアニメだったことに一層嬉しさもある。

あと配信当時、日本でもキッズ部門での上位を記録していたのが印象的だった。今の配信世代の子はこうした作品を普通〜に見て育つんだろうし、日本(てか同性婚をいつまでも許さないようなガチガチに保守的な政府)がモタモタやってるうちに人々の意識のほうが先に変わってゆくんだろうな、とある程度の楽観はしている。もちろん勇敢な作り手がいてこそだが…。

2023年は(多少の進歩も見られたとはいえ)トランスジェンダーの人々を筆頭に、マイノリティへの憎悪や悲しいニュースが飛び交った年でもあった。ひどい現実を前に、もう生きるのがイヤになっちゃうような思いをしている、特にマイノリティ当事者の人は大勢いると思うんだけど、『ニモーナ』はまさに今そういう思いをしてる人に向けて作られた作品だと思う。

《今みたい人は…》ネトフリで見られます。いつか劇場でも見たい!

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『スパイダーマン アクロス・ザ・スパイダーバース』

今年は素晴らしい海外アニメが多すぎたとはいえ、こんなにベスト10が海外アニメで埋め尽くされて良いんだろうかとはちょっと思ったが(今更すぎる)、さすがにこれを入れないわけにはいかない。タイミング的にブログ記事を書けずじまいだったのが無念。2019年は海外アニメ伝説の年として(私の中で)有名であり、『スパイダーバース』はその筆頭だったのだが、そんなヤバすぎた前作の記録を見事に更新である。

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実は公開時(6月)には欧州に行っていたのだが、どうしても本作が観たかったので、アイルランドのダブリンの映画館で観てしまったのも良い思い出。日本語字幕なしでわかるかな…とは思ったが、なんつーかそれどころではない映像表現に圧倒されっぱなしだった。

ちなみにダブリンの中心街にあるSAVOYという老舗の映画館で観た。上映後も席をうろうろ移動してる謎の人とかいた(設備はそんな立派ともいえない感じだが、席はゆったりしてて座り心地よし)。「おまえか!?おまえか!?」の定番ギャグはアイルランドでもドッカン受けてました。スパイダーパンクが重要キャラとして出てくるので、パンクの名所とも言えるダブリンで見るのはけっこう正しかったかも。

とはいえ原語のみだとわからん部分も多かったので、日本に帰国してから速攻でIMAX版を観に行ったのだった。

そして、やはり見返せば見返すほど凄いアニメーションだなと驚愕した。『スパイダーバース』の革新性を一言で言うと(ムズいが)、3DCG全盛時代に「"絵が動く"とはどういうことか」を再び根本から考え直したことで、現代アニメ界に地殻変動をもたらした一作と言える。それだけに最新作『アクロス・ザ・スパイダーバース』がそれをさらに先に推し進めたことには驚愕するしかなかった。

『アクロス・ザ・スパイダーバース』の凄さを一言で言うと(これも難しいが)、それは「圧倒的に凄いアニメーションを描くことで、逆に現実世界の"凄さ"を提示し、それに追いつこうとしている」ということかもしれないと思った。

創作物がいかにゴージャスになったとしても、実際には私たちの現実世界は、創作物をはるかに上回るほど圧倒的に多様かつ複雑なのであって、『アクロス・ザ・スパイダーバース』はそのことを驚異的なアニメ表現によってもう一度思い出させ、かつその多様さと複雑さに、全力で追い縋ろうとしているように感じる。グッゲンハイム美術館での戦闘やムンバッタンでの冒険、スパイダーマン・インディアにスパイダーパンクのような、眩暈がするほどパワフルで美しい世界やキャラは、そうした志と超技術の結晶なのではないかと。

そうした意味では、今更ではあるが、黒人少年が主人公(日本のパンフの表紙も堂々飾る)のエンタメ超大作というだけでも何気に『スパイダーバース』シリーズは画期的と言える。まぁこんだけ圧倒的に面白く美しいド傑作じゃないと、マイノリティ主役の大作はまだ許されない…みたいに考えると世知辛さもあるが、それでも凄いことだと思う。

本作は「過ち=mistake」というキーワードを通して、「自分は"過ち"なんかじゃない」と主人公が奮起する物語でもあるんだけど、その意味では、(同じく黒人主人公の)『クリード』一作目と共鳴する話でもある。そこに、『リトルマーメイド』を巡る紛糾であるとか、アイコニックな黒人を演じたチャドウィック・ボーズマンの逝去なども考え併せると、本作でマイルスが突きつけられるものの現実的な重みが格段に増すなとも感じた。今年公開される(よね?)後編を楽しみに待ちたい。

《今みたい人は…》配信もきていて、amaプラはレンタル100円(現時点)なので未見ならまずは観てほしい↓。

ただせっかくの超アートなので、できる限り良い画質で観てほしい気もするし、ちょうど4Kの円盤もほしかったので、勢いで今買ってしまった…。お年玉感覚。

アートブックも日本語が出ていた。じっくり読み込みたい。

 

『長ぐつをはいたネコと9つの命』

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2023年のヤバい海外アニメ映画(エンタメ部門)三銃士のうち、2つめである。詳しくはブログに書き倒したので読んでほしいが、「アニメ」というくくりを抜きにしても、これを入れないベスト10はありえないだろと思えるほどに、圧倒的なエンタメとしての魅力を放っていたと思う。あと今年の海外アニメの中でも、突出して「どうぶつ映画」として屈指の出来栄えを誇っていたことも個人的には大きい。

《今みたい人は…》amaプラ見放題にも入っているよ

 

『ミュータント・タートルズ ミュータント・パニック』

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2023年のヤバい海外アニメ映画(エンタメ部門)三銃士のうち、3つめは間違いなくこれである。3本ぜんぶベスト10に入れるのはバランス的にどうなんだ、とか頭をよぎらないでもないが、全て今年を代表するエンタメ作品なので仕方ないのである。詳しくはブログ記事↑に書きじゃくったので読んでほしい。

「めちゃくちゃ絵のうまい人が、落書きみたいにさっと描いたラフな絵」の生き生きしたカッコよさが、がっつり構築されたアニメの中に見事に刻まれている。秩序と混沌を両立し、観たことのないようなアニメーションを誕生させてくれたことに感動した。『ニモーナ』にも通じる優しい物語も心打たれたし、続編があればさらなる深いテーマも描けそうだなと思う(あってくれ続編!)。

《今みたい人は…》配信もディスクも出てます。タートルズ好きの姪にも見せたかったのでブルーレイ+UHD買いました。

アートブックも買った。日本語版出してくれてありがとう!としか言えない。

 

映画『窓ぎわのトットちゃん』

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今年のベスト10は甲乙つけがたいので順位なしとはいえ、あえて選ぶなら本作が今年1位でいいかなと。↑のブログ記事に書きまくったのでそちらを読んでほしいが、戦争の恐ろしい雰囲気に支配されたかのような2023年を締めくくる1本としてふさわしい強度をもつ映画だったなと思う。口コミも広がってきて、まだまだロングランの目もあると思うので、本当にオススメしたい。

《今みたい人は…》劇場で絶賛公開中なので、今すぐ行ってくれ!!

tottochan-movie.jp

この機会に原作も読んだが、audibleで聴いた黒柳徹子の朗読版も良かった。

 

【優勝】『君たちはどう生きるか』

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優勝とは…という感じだが、なんか「ベスト10」とか「1位」とかもしっくりこなくて、ちょっと別格の場所に置いておきたいという作品になってしまった。ブログやネット記事でひたすら書き倒しただけではなく、アトロクに呼んでもらってラジオでも喋り倒したので、読んだり聴いたりしてもらいたいと思う。正直言って「宮崎駿の新作が来るよ」という前情報でそこまでテンション高かったわけでもなかったので(『風立ちぬ』もそこまで…だったし)、まさかこんな刺さり方をする映画になるとは自分でも意外だった。しかしそのおかげで宮崎駿の過去作を(だいたい)見返したり、一緒に高畑勲の長編もおおむね観たりと、充実したジブリイヤーを過ごすことができた。

今でもこの映画が「万人にオススメできる作品」なのかどうか全然わからないし、ぶっちゃけイビツで異常な作品なのは確かと思うし、こんな身勝手で獰猛なアートアニメ映画が80億だかヒットしてるのも凄い状況だなと思うし、シンプルに面白い映画が観たければ上記の(本作以外の)ベスト10から選んでほしいとも思うが、何か「自分に向けられた作品」という感じがどうしてもしてしまった。まさか宮崎駿の最新作にそんな感想を抱くことになるとは…。映画とは、創作物とは本当に面白いものではありませんか。2024年もこんな衝撃の出会いが待っていることを(ハラハラしつつも)期待したい。

《今みたい人は…》劇場でもまだやってる(よね)。円盤とかいつ出るのだろう。

 

おしまい!

…としたいが、どうしても10に入り切らなかった素晴らしき作品たちを「次点」として10本に絞ったので、よろしければチェックを。

 

【次点の傑作たち10選】

『ファースト・カウ』

マッチョなアメリカ開拓時代の「大きな物語」からこぼれ落ちた男2人が「アメリカ最初の牛」と巡り合い、まさかの発想で成功を狙う!という、わくわく動物映画であり、極小スケールの犯罪劇であり、親密で優しき西部劇であり、アメリカという国を凝縮した壮大な寓話のようでもある。驚くほど重層的で豊かな映画でした。

『ゴールデン・リバー』とも非常に近いテーマや精神性を感じるので、好きな人は確実に観たほうがいいと思う。起こることの劇的さはより控えめなのに、(驚きの冒頭も功を奏して)十分にハラハラできるサスペンスとして成立しているのもけっこうスゴイ。

ビニタキさんも年間ベストにあげていたのでビニがさ新年会で語り倒したい!

《今みたい人は…》劇場へGO!公開数あまり多くないと思うけど、間違いなく映画館で観たほうがいい傑作です。

 

『エゴイスト』

服を鎧のように着こなすゲイの青年が、美しく健気な若者と出会い、真心と欲望の入り交じる関係を築く。肌を刺すような痛みに溢れた同性ラブロマンス…なのだが、事態は予想を超える方向へ。その転換に賛否あるだろうが、広く公開される日本映画として、本作の意義は計り知れない。

やはりなんといっても鈴木亮平である。 自身が日本エンタメ界にとって大きな存在であると十分に自覚した上で、日本映画を大きく前に進めようとする志、それを裏付ける圧倒的な才能に打ちのめされた。本作は海外でも称賛されるはずだが、その意義の大きさは日本の観客の方がより理解できるはず。

鈴木亮平の真摯な役作りへの姿勢も功を奏し、今も社会で普通に暮らす同性愛者のキャラクターとして画期的だったし、ゲイコミュニティでの自然で楽しそうな様子も心に残る。権力の中枢の人間が少数者への蔑視を垂れ流す日本社会で、本作が広く上映されていることには大きな意味がある。

『his』に続いてゲイの青年を演じる宮沢氷魚さんの(実は企画が生まれたのは本作が先らしい)、儚く美しくも「こやつ放っておけんな…」となる親しみを漂わせた演技も良かった。

ひとつだけ補うと、元が自伝的な小説でキツい話だし、少数派を描いた物語についてのとある"定形"に当てはまってしまう作品なのも確かで(この辺は実は『窓ぎわのトットちゃん』とかにも言えてしまう))、この過酷な社会で希望ある物語を求めるマイノリティ当事者に無条件で勧めるかと言えば……な部分はなくもないと思う。それでも意義が遥かに上回るなと思うし、日本映画としてめちゃ重要な(かつたいへん面白いです)今年の必見作なのは確実。

《今みたい人は…》配信にきてます。

エゴイスト

エゴイスト

  • 鈴木亮平
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原作小説もチェック。

 

『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』

ここまでの3つが、とてもベスト10に入れたかったけどギリ入らなかった三銃士なのだが、本作は2023年の実写映画を代表する一作なので特に惜しい。 アメリカ先住民の連続怪死事件を巡る犯罪サスペンスという、巨匠スコセッシの集大成でありながら、無尽蔵のチャレンジ精神の結晶のような堂々たる大作。3時間半の長大さも苦にならない、映画の呼吸を知り尽くした巨匠の業前。

石油を掘り当て大富豪となったアメリカ先住民という、被害者でありつつ複雑な背景をもちステレオタイプを覆すようなオセージ族を、当事者の監修もきっちり入れた上で人間的に描く姿勢も良い。モリー役のリリー・グラッドストーンの内に秘めた知性の煌めきは忘れがたい。

映画の元となった事件の紹介記事↓(ナショジオ)。連邦政府の法律が先住民の利益を守るどころか、その先祖伝来の土地を白人入植者が奪う手段に利用された。石油発見でさらにエスカレートし、オセージ族60人以上の連続殺人事件へ…

t.co

社会的・歴史的な奥行きの深い映画なので、背景など詳しく知りたくなるだけに、パンフレットの制作がないのがやや残念だったが、原作のノンフィクションが出ているのでこちらをオススメ。

《今みたい人は…》AppleTV+でもうすぐ見放題になるっぽいのだが、まだギリ劇場でもやってる?っぽいので、ハードル高めな上映時間と思うが、3時間半もあるからこそ没入できる環境で一気に観てほしい。もう滅多になさそうな、スコセッシ作品を劇場で観られる贅沢な機会だし。

tv.apple.com

 

『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』

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記事まで書いたのにベスト10入れないんかいという感じだが、アカデミー作品賞もとってるし、いいかなって…(?))。「後悔と手をつなぐ」、けっこうお気に入りのフレーズ。詳しくは記事を読んでくださいませ。

《今みたい人は…》配信きてます。吹き替え気になるな。

 

『イコライザー THE FINAL』

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これもできればベスト10に入れたかったほど超大好きな作品で記事も書いてしまったが、まぁ次点くらいにしておくのが収まりがいいかも。今年シチリアに行ったこともあり、イタリアが舞台のハリウッド映画としても楽しく観ました。詳しくは記事読んでね。

《今みたい人は…》もう配信も来てた。新作なので高めのレンタル配信ですが。

イコライザー THE FINAL

イコライザー THE FINAL

  • デンゼル・ワシントン
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冒頭10分がもうヤバイのでここから観てくれても。

 

『別れる決心』

今年のシネフィル大賞は決まり、と書いたが、マジで2023年シネフィル大賞という感じであろう。『お嬢さん』が人生ベスト級に大好きなのでパク・チャヌク監督の最新作と聴いて初日に駆けつけたが、予想外の方向からの凄みに圧倒されてしまった。ある転落死への疑惑から始まる妖しいロマンスなのだが、映像的な語りの手法があまりに大胆かつ異質な快楽に満ちていて、酩酊させられる…。

パク・チャヌク監督、この世の映像技法ぜんぶ使ってんじゃねーの?と思うような乱れ打ちで、ものすごいスムーズかつ異様な編集テンポや構図や語り口があまりに心地よく(逆に気持ち悪く?)所見では途中一回少し意識を失ってしまったほど。結局2回観たが、2度観ても映画の全容が掴めた感じが全然しないのがマジで凄い。なのに話そのものは古典的というか、パク・チャヌク以外が撮ってたら「まぁよくある男女のノワール的なやつね」ってなりそうだし、ほんと「どう語るか」が全てなんだな…とつくづく実感するヤバい映画だった。

パンフまでヤバかったのも良い思い出。

《今みたい人は…》amaプラ見放題にきてます。

別れる決心

別れる決心

  • パク・ヘイル
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『バービー』

こんなド直球フェミニズム映画をここまでポップなエンタメに仕上げてその年最大のヒット作にしちゃうっていう、大技をやりきったこと自体がやっぱ凄すぎる。色んな良くないところも当然あるアメリカのエンタメ界の、それでも圧倒的にポジティブ一面を目の当たりにさせられたというか、(内容そのものは色んな意見あるかもしれないけど)とにもかくにも今年を象徴する一作だなと思う。

《今みたい人は…》配信あるよ。

バービー

バービー

  • マーゴット・ロビー
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『対峙』

壮絶な密室劇という点で忘れがたい一作。 高校で起こった銃乱射事件で息子を失った両親と、大勢を殺した加害者の両親が、事件の6年後に一室で顔を合わせて"対話"する。地獄のようにヘビーな設定だが、取り返しのつかない悲惨な出来事を経た後に、どんな救いがありうるのかを真摯に問う話。今の世界の混迷っぷりを見ているとなお、本作で描かれたようなことの重要さが増したりするのかな…とか思わされた。

まだ"対話"が始まる前の、当事者以外の人々が部屋の下見やセッティングをする場面が異様に長く周到で、不穏さをじりじり高めていくのだが、振り返るとその場面ですでに様々な伏線が張り巡らされていた。「修復的司法」という、本作で描かれるプロセスのリアリティを高める描写でもある。

時間をかけた前準備シーンはもちろん、当事者の両親たちが集まった後も本題になかなか入らず、「銃」という言葉が初めて出てくるのさえけっこう時間たってから。本当は銃にまつわる話とさえ知らずに観るのが最善かもだが…そこを伏せて紹介するのは厳しかった。

『対峙』の原題は「Mass」で、"Mass shooting"(集団への銃撃=銃乱射)に由来するのだろうが、たとえば「10人死亡」みたいに"集団"が数字で示されることで、その事件で人生が大きく歪められた、生きた1人1人への想像力が失われることに、この映画によって抗う…という志もタイトルにあるのかなと。

宗教の負の面を語る『「神様」のいる家で育ちました』も読んだばかりだが、その一方でやはり人間のキャパを超えたあまりに悲惨な出来事に、世俗的/科学的なやり方だけで向き合うのも限界があるのかもな…と『対峙』を観て思ったりした。

そんなわけで宗教的な読解の余地も多そうな『対峙』だが、こちらのインタビューによると監督自身はクリスチャンではないという。終盤で目の当たりにする、無限地獄から絞り出したような一滴の救いは、宗教的な輝きを帯びてはいるが、大切な存在を喪った人の心を普遍的に照らす"答え"でもあるのだろうと。

《今みたい人は…》有料配信に来てます。

対峙

対峙

  • リード・バーニー
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『NTLive ライフ・オブ・パイ』

NTLive色々見たけど今年最もお気に入りは本作かなと。少年がトラと一緒に漂流する(映画版も有名な)ストーリーを、生命感あふれる動物パペットと共に、演劇でしか表現できない抽象性にあふれた形で豊かに物語る。

一応ネタバレは避けるけど「トラ」などの動物をどう描くかがテーマの根幹に関わってくるのだが、その点ntlive版の、筋肉や骨の構造は絶妙にリアルだけど、操り人形的なファンタジックさも兼ね備えた造形バランスは完璧と言える。動物好き・アート好きは『戦火の馬』級に必見。

アン・リーの映画も良かったのだが、物語の核を知った後だと、ちょっとトラのCGがよくできすぎてる感は否めない(映画だからそういうもんかもだが)ので、なおさら演劇版のリアルと抽象性のバランスの見事さは特筆すべきだなと。生でも観たくなった。

《今みたい人は…》NTLiveはいちど見逃すと映画館で見返せる機会はあまりない…と思いきやちょうどリバイバルやってて、1/8に劇場で見れるぞ!みのがせないね

www.ntlive.jp

 

『ロスト・キング』

掘り出し物的な面白い映画。シェイクスピア劇『リチャード三世』を観た女性フィリッパ(サリー・ホーキンス)が、リチャードの境遇や生い立ちに自分を重ね合わせ、歴史研究に没頭するうちに、リチャードの遺体が眠る場所の真実に迫っていく…という実話に基づく作品。

『ロスト・キング 500年越しの運命』の鍵となるリチャード三世はシェイクスピアの描く王の中でも抜群にキャラが立ってて、外見によるコンプレックスや人間臭い野望を抱えたアンチヒーロー的主人公(多分『ゲーム・オブ・スローンズ』のティリオンのモデル)。ただし戯曲のせいで歪曲された面も大きく…。

シェイクスピアが「こまけぇこたぁいいんだよ!」ノリで歴史事実を気にせず、天才的な筆力でリチャード三世という稀代の主人公を作り上げたせいで、彼は良くも悪くも「悪どい野心家」として歴史に残ることになってしまった。『ロスト・キング』ではそんな固定観念を、市井の歴史オタクが覆そうとする。

芸術と歴史の繊細な関係に切り込む話なのが面白い。芸術の才能が、実在人物に覆しがたいイメージを一方的に与えてしまう。しかしシェイクスピアが面白い劇を作っていなければ、そもそもフィリッパがリチャード三世を知ることもなかったかも…という複雑さもあり。

フィリッパとリチャード三世という時代も属性も遠すぎる二者を、身体障害にまつわる偏見・抑圧という苦境が繋ぐ…という構図も(実話ベースと思えないほど)綺麗だった。さらにフィリッパは女性ゆえのナメられが、リチャードはシェイクスピア由来の歪曲が重なる…。

実話ベース映画あるあるとして、「いやさすがにそれは脚色だろ、と思うところに限って実話」という法則がある気がするのだが、 『ロスト・キング』もその例に漏れず、駐車場の「R」のくだりとかまさかの実体験っていうね…(ただ逆にリアリティがなさすぎて脚色ではあんなエピソード入れられないよなとも)。

昨年はロンドンでシェイクスピア劇を見たこともあり、より面白く見られた。

《今みたい人は…》ちょうど配信とかないっぽい!すまん!でも大変良い映画なのでそのうち見てね。

 

というわけで次点10選でした。もういいかげん終わりたいですが、まだ全然よかった映画があるので困ってしまう。以下に「部門賞」としてなるべくさっくり記しておく。もはやメモみたいな感じだが…。

【部門賞】

◯昨年ベストに入れちゃったから外したけど実質的には今年も全然ベスト賞

『雄獅少年/ライオン少年』

昨年のベスト↓に入れたので、今年はベストからは外してしまったけど、日本語版の公開も嬉しかったし、何度見ても超絶ド傑作だよなと震撼させられた…。

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配信もきてるので本当に見た方がいい。

 

◯気骨あるアニメオブザイヤー

ゲゲゲの謎 鬼太郎誕生』

初見では正直そこまでぶっ刺さったとかいうほどではなかったが、ネットの考察とか、熱い語りとか見てるうちに「たしかにすごい気骨あるというか、画期的なアニメだったな…」と思えてきた好例。こういうアニメ、色んな意味で増えてほしい。

その後、水木しげる作品をなんだかんだ色々読んだりした。『コミック昭和史』とかめちゃ面白い。

 

◯カラッと快作アニメ賞

『SAND LAND

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今年の日本アニメ豊作すぎたし、年間1位!とかではないけどほんと楽しかったし、鳥山明のこういうとこやっぱ好きだな…という好ましさに溢れたアニメ化でしたね。全部がカラッとしてるのも(砂漠だけに)よかった。

 

◯カラッとしすぎ賞

『乾いたローマ』

カラッとしすぎたローマが大変になる映画。イタリア映画祭で見たやつなのでみんなあんまり観てないと思うが、今年トップ級に好きだったな。イタリアも色々(日本と同じだったり別の意味だったりで)問題を抱えてはいるんだけど、こういう大作映画がしっかり作られるのは、さすが映画大国といおうか。

 

◯サメ映画オブザイヤー

Denti da Squalo(直訳・サメの歯)

日本人でまだ私しか見てない可能性がある(言い過ぎ)サメ映画。サメへの愛と慈しみにあふれた「アンチ"サメ映画"」でもあり、ローマで見られたことも含め良い思い出。今年のイタリア映画祭で来そうな予感もするのでその際はぜひ。

 

◯リバイバル・オブ・ザ・イヤー

『シークレット・サンシャイン』

23年、良い回顧上映が色々あったのだが、イ・チャンドンは改めて天才的だなと思ったし、特に『シークレット・サンシャイン』は素晴らしかったな…。ラストがあまりに忘れがたい美しさ。せっかく首都圏に住んでるならこういうリバイバルに足を運ばねばと思わされた(今年も多そうだからな…)。

 

◯キャラデザ・オブ・ザ・イヤー

『金の国 水の国』

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それほどアニメファンの間でも話題になってなかった気もするが、お気に入りの一作。何よりキャラデザがとても良かった(詳しくはブログ読んでね)。結局のところ、多様さ=面白さに直結するんだなと思う。

 

◯映画の本質に迫る賞

『エンドロールのつづき』

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小粒ではあるが、忘れたくない良作インド映画(ブログも書いた)。映画のためならなんでもDIYする主人公の精神を見習いたい。後半の映画の本質(物理)地獄めぐりみたいなシーンが鮮烈だった。

 

◯ロマコメ・オブ・ザ・イヤー

『マイ・エレメント』

よくてびっくりした。いやピクサーはぶっちゃけずっとクオリティ安定してるので、何びっくりしとんねんという感じだろうが。こういう正道ロマコメも実は久々に観た気がする。異性愛にあまり萌えない私もちょっとグッと来てしまった。

『RRR』との共通点も指摘されている↓(私に)

 

◯おつかれ、そしてありがとう大賞

ジョン・ウィック コンセクエンス

アクションの物量といい上映時間といい、もう完全に全てが過剰なんだけど、それが一周回って「禅」を感じさせる…みたいな、逆に殺人こんまりみたいな話で凄かった(自分でも何書いてるのかよくわからない)。いやほんと普通に現代のアクション映画の最高峰だと思うが、やりすぎてもう異端みたいな感じでもあって、すごいなと。ラストはお疲れ様でした以外に掛ける言葉がない。ありがとうキアヌ。『サイバーパンク2077』でもなるべく優しくするね…

 

◯ヤバすぎアニメ大賞

オオカミの家

これは本当に凄かったしアニメ好きなら本来ならベストに入れるべきな気もするが、なんぼなんでも禍々しすぎるので、楽しげで前向きな作品につい席を譲ってもらってしまった。特殊な形ではあるが、ストップモーションアニメの傑作としても語り草になると思う。

 

◯キュートネス大賞

マルセル 靴をはいた小さな貝

ストップモーションといえば、これも見逃すべきじゃない逸品ですよ。今年一番かわいい映画であり、一番「ひゃあ〜」となる話でもあった。「アニメーション」という枠で語っても許されると思うが、実写の中に急にちいかわな存在が立ち現れることの違和感が鍵なんだろうな。PC画面で見るのもいいと思う。

 

◯やっぱり演劇ってスゴイ大賞

NTLive 善き人

2023年を代表するNTLiveはやっぱこれでしょうね。テーマもとてもアクチュアルで重要だし、演劇の凄さを誰でも実感できる作品なので、リバイバルとかでぜひ観てほしい。

 

◯やっぱり音楽ってスゴイ大賞

テイラー・スウィフト ERAS TOUR

そんな熱心なファンってほどでもないのになんとなく初日に観に行って、日本語字幕がなかったので何歌ってんのかはよくわからなかったにもかかわらず、それからというものテイラー・スウィフトを聴きまくっているので、やっぱ相当なインパクトがあったんだと思う。「今年の人」に選ばれたそうだが、そりゃそうだよなというパワーがある。

 

◯なんだかんだ巨匠はヤバいで賞

『フェイブルマンズ』

スピルバーグ本人には色々言いたいことが(特に最近は)多いし、本作も全体的にはそんな凄く面白いとまでは思わなかったのだが、やっぱりあのプロム後の、主人公とクラスの人気者が言い争いになる場面が凄すぎたと思う。2023年のベストシーンひとつ選べと言われたらあそこにする。あんなシーン初めて観た、というものをこんな大御所に見せてもらってしまうと、やはり感動してしまう。

 

◯ベスト恐怖シーン大賞

『ミンナのウタ』

思い返すと全体的にはまぁ普通かなという感じだった気もするが、やはりあの階段のシーンは本当に素晴らしかったし、23年最強のホラーシーンだったと断言できる(そんな沢山見れてないけど)。全体に面白い傑作もいいけど、1つ突出したシーンのある作品も意外と忘れがたい。

 

◯犬映画・オブ・ザ・イヤー

『スラムドッグス』

全体に下品なので微妙にオススメしづらさもあるが、本当に好きな映画だし、まっとうな犬映画だと思う。できればブログ書きたかったが、イヌ図解は描いたのでよしとしよう。

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◯くま映画・オブ・ザ・イヤー

『コカイン・ベア』

公式イラストをかいたり…

bunshun.jp

文春オンラインで記事を書いたので読んでほしい。色んな意味でクマイヤーとなってしまった23年にふさわしい、ふざけ倒してるけど真摯なクマ映画でもある。

 

◯絶滅どうぶつ映画オブザイヤー

北極百貨店のコンシェルジュさん

絶滅どうぶつにこんなふうに光が当たる機会がくるとは…と、絶滅どうぶつ本を出した身としてもジーンときた。アニメ自体のクオリティも高くて満足。

 

まだまだいくらでもあげられるが、キリがないしいいかげん疲れてやる気もなくなってきたのでいったんここまでにしたい。2万5千字って。今年こそ本当にこんな長文は避け、あっさり気味にブログを使いこなすスマートブロガーになることを、今年の抱負としたい。ともかく本当にたくさんの良い映画に出会わせてもらって、映画に関わる全ての人に感謝である。

 

ここまで読んでくれたような奇特で優しい方はたぶん確実に楽しめると思うので、1/7(日)のビニがさ新年会、ぜひ来てくれよな〜!

予約はこちら→ https://vinygasa24.peatix.com/?lang=ja

 

2023年に読んだ「ベスト本」12冊(+α)

もう新年になってしまいましたが、2023年に読んだ本の中から、特に良かった・面白かった・オススメできそうな本を12冊に絞って(絞れてないけど)紹介します。ビニがさ会も迫っているので映画のベスト10も早く出さないとだし、なるべくさっくり紹介したい。なお映画と違って本はカウントが微妙にムズイが、一応数えたら大体150冊くらい読んでいた…気がする。あとこれも映画と違って「今年出版された本」ではなく「今年私が読んだ本」なので注意ね(おおむね新しめの本ではあるけど)。ブログ読者は想定できてると思うが、ついでに関連書とかも紹介するので絶対に12冊には収まらない。あしからず。

 

 

『イヌはなぜ愛してくれるのか 「最良の友」の科学』

イヌの関係者も非関係者もみんな読んでほしい。

すでに何度も紹介してるけど、万人にオススメできる今年の動物本として自信をもってチョイスできる一冊。世界一身近な動物といえる「イヌ」を、他とは違う特別な動物にしているものは何なのか?それは…「愛」である!といういっけん非科学的に響く答えを、動物学者が本気で証明しようと試みる。原題は"DOG IS LOVE"=「犬こそ愛」(つよい)。

 もちろんタイトル通りイヌの本なのだが、それと同時に「愛」という抽象概念について、「生き物にとって愛とは何か」的に、動物学的・進化論的な観点から真面目に考えてみるという裏テーマもある本。とくに犬派ではない人も読むと得るもの多いんじゃないでしょうか。

この本をきっかけに図解を描いたりもしたのも良い思い出。

numagasablog.com

関連書として、読み途中だけど『後悔するイヌ、嘘をつくニワトリ 動物たちは何を考えているのか?』もぜひ。

 

 

『ビッチな動物たち: 雌の恐るべき性戦略』

今年最強のどうぶつ本はこれ。

本屋でタイトルの表紙のインパクトを見てジャケ買いしたが、今年最も面白く、力強い動物本の1冊だったと断言できる。男性中心的な価値観に支配された人間社会で、科学者にさえ静かに無視・軽視されてきた「メスの動物」たち。だが最新研究でわかってきた様々な動物のメスの生き様は、メス/女性へのステレオタイプを覆すようなものだった。人間が勝手に作った性的規範の檻をぶち破る、パワフルでクィアでBITCHなアニマルの生&性の真相に迫る!

(動物学に限らず)科学や学問が人間の営みである以上、そこには現実社会のジェンダーや性指向の生むバイアスが忍び込み、その偏りが「科学的真実」を歪めることもある…というシリアスな問題意識に貫かれている本なのだが、それと同時に笑えて面白い本でもある。

日本版表紙のキツネザルのように、パワフルでたくましかったりアグレッシブだったり、まさに"Bitch"なエネルギーを炸裂させるメスの動物が次々と登場する様は、痛快で楽しいしタメになる。その一方で、カモのように繁殖期にメスがひどい目にあいがちな動物も紹介されるのだが、実は(オスの狼藉を封じるかのように)メスのカモが生殖器に秘めたギミックなども解説されるので興味深い。動物学ではオスの生殖器ばかりが注目されがち、という問題も刺しつつ…。

話の流れ的に出るだろうなと思ったが、こちら↓で図解したコアホウドリについても1章が割かれていて鳥好きとしても嬉しくなった。気候変動で環境が激変し、従来の子育てが厳しくなる中、こうした「クィアな」個体群が種の運命を救うかもしれない…という視点も頷けるものがある。

本書を紹介した時、近年ありがちな「人間の価値観を勝手に押し付けて動物を貶める」系の本かと思って苦言を呈されてた人もいたが、そうした本とは真逆と言える方向性なのでご安心を。(bitchも本邦だとまだ普通に悪口の印象も強そうなので、ぎょっとする人もいるかなとは思うが…)

公式サイトの紹介文を読むと方向性がわかると思うので気になったらぜひ↓。「本書は、本当の雌とはどういうものか、「Bitch」というタイトルで、男目線の幻想をひっくり返すべく、挑発的かつ面白く事例をあげ証明していく。男性が求める女性像を破壊しつつ、本当の女性(雌)とは何かを明らかにする。」動物も人間も貶めることなく理解を深め広げようとする、まっとうな志の本だと思いました。

t.co

本書を読んで、『狼の群れはなぜ真剣に遊ぶのか』でも、メスのオオカミの実態を知るにあたって、人間界のジェンダーバイアスやステレオタイプが邪魔をしていた…という話があったことを思い出した。私たち人間は「曇りなき眼」で動物界を見ている、という幻想を捨てるべきだなとつくづく思わされることが多い。

ところで先日『アダム・スミスの夕食を作ったのは誰か? ; これからの経済と女性の話』もaudibleで聴いたのだが、こちらは男性中心ゆえに様々な知見を取りこぼしてきた経済学をビシバシ斬っていく面白い本だったので、何気に『ビッチな動物たち』と視点が共通しているなとも思った。

経済学も動物学も、凝り固まった属性だけでなく、多様な視点を設けていくことがいかに大事かという話ですね…。科学的真実のためにも科学者の多様性が不可欠なのだった。

関連書として『進化が同性愛を用意した: ジェンダーの生物学』もオススメ。一部の人が「生物学的に不自然(?)」とか言う同性間の性行動が、なぜ実際には自然界でこれほど多いのか、翻って人間界ではなぜ抑圧されるのか…と考えていき、生物の"性"の枠組みを捉え直す。セールで電子版が半額になってます(たぶん1/11まで)↓

 

『なぜ心はこんなに脆いのか: 不安や抑うつの進化心理学』

タイトル買いしたら大当たりだった。

みんな知っていることだが、不安や抑うつは不利益が大きい。じゃあなぜ人類が進化する中で淘汰されなかったの?と進化心理学の観点から考え、「傷つく心」が実はもっている必然性・必要性を語る本である。

この本で幾度も強調されるのは「私たちヒトは間違いなく動物である」ということ。万物の霊長とか言って調子こいてはいるものの、私たちも他の動物と同じく泥臭く進化を重ねてきた中で、精巧だけど不完全で不安定な脳と心を得た「動物」にすぎないのである。だがそこを謙虚に突き詰めて考えることで、逆に様々な心の"誤作動"の解消にも繋がりうる。動物の進化を考えることは私たちの「今」を考えることでもあって、喜びや苦悩に満ちた暮らしにも繋がる問題だと再認識できる点で、一種の動物本でもある。

人は常々「人生はなぜ苦悩に満ちているのか」と嘆くが、『なぜ心はこんなに脆いのか』で出される答えは「不安、落ち込んだ気分、悲嘆といった情動が役に立つものだから」というもの。ゆえに自然選択によってそうした情動が形作られてきた。苦悩は遺伝子にとって有益なだけでなく、愛情や善良さの代償でもあると論じていく。

メンタルの不調は誰にでもあることで、程度が激しければ深刻な影響をもたらしかねないけど、『なぜ心はこんなに脆いのか』で論じられるように、それは個人の責任というより、進化が必然的に人類に付与した情動でもある…と考えれば、ラクになる(&より適切なサポートも検討できる)人も増えるかもね。

ちなみに吉野源三郎の(原作のほうの)『君たちはどう生きるか』を読んでいたら、『なぜ心はこんなに脆いのか』に重なる話が出てきたので少し嬉しくなった。心に感じる苦しみやツラさは人生から拭い去れないが、その痛みこそが私たちを善へと導いてもくれる。そう考えると"心の脆さ"はただ厭うべきものではないのかもしれない、と思えてくる。生きづらさや苦しさを抱えてる人は、一読してみてほしい。

 

関連本

『Chatter(チャッター)―「頭の中のひとりごと」をコントロールし、最良の行動を導くための26の方法』

近い時期に読んだ本だが、意外と『なぜ心はこんなに脆いのか』にも通じる内容だったなと。"内なる声"=Chatterは進化の中で獲得した有用な能力だが、行き過ぎれば日常や仕事に支障もきたす。祝福にも呪いにもなる"声"を心理学者が解説。つい頭の中で喋りすぎてしまう人にオススメ。

 

『ヒトという種の未来について生物界の法則が教えてくれること』

おもしろこわいぞ!ヒトの未来

献本いただいて読んだのだがたいへん面白かった、そして怖かった…。(こちらでも感想書いた。)これから気候変動などで激変していくであろう世界で、ヒトや他の生き物がどんな変化を迎えるか、生物学の見地から切り込んでいく。

生きもの好き視点でもかなりエキサイティングな本なのだが、鳥好きとしてはカラスに光が当たるので熱い。本書によると、変化していく環境に対応できる「発明的知能」を持つカラスのような鳥と、より特殊な状況に特化した「自律的ノウハウ」を持つ鳥がいるのだが、激変していく世界では前者が有利となり、後者が不利となるという。

さらに人類自身にも、同じ傾向が見られるかもしれない。気候変動などで激しい変貌を遂げていく世界で、人や社会がうまく存亡できるかどうかは、その社会のシステムがカラスのような「発明的知能」に近いか、他の鳥のような「自律的ノウハウ」に近いかにかかっている…という話をする。その理屈だと、硬直的な日本社会はかなり後者に近い感じがするので、ヤバそうな気配だが…。

シンプルに面白いので動物好きや人類の未来を懸念する向きはぜひ読んでほしい…。究極的には、人類がしくじって滅亡しようと、ヒトに(比較的)近い脊椎動物とかが死滅しようと、広い意味での「生物界」は意に介さず存続し続ける…という話が最後に待っており、迫力と哀しさとパワフルさ、そして謎の安心感を覚えた。

 

関連書

『運動の神話』&『人体六〇〇万年史』

「未来」ではなく、逆に「過去」にさかのぼって、動物としてのヒトを語る本も紹介してみる。

こちらのハヤカワ記事でも紹介したので詳しくは省略するが、たいへんエキサイティングで面白い本でした。同じ著者の本を同時期に読んだので、セット扱いということで…。

『運動の神話』は「(健康を目的に)運動するために運動する」という現代人の状況がそもそも人類史上でも異様なのよねという事実から始めて、スポーツ・走る・座る・眠る・闘うといった人間の運動全般にまつわる「神話」(思い込みや嘘や偏見)を解体していく本。

著者であるダニエル・E・リーバーマンは、運動や身体の研究者であるだけでなく(裸足ランニングの実践者でもあるほどの)けっこうな運動ガチ勢なのだが、「運動とかダルい」という我ら一般市民の気持ちへの深い理解と優しいまなざしが著作から伝わってくるのが好きである。

『人体六〇〇万年史 ──科学が明かす進化・健康・疾病』は、600万年前に類人猿と分岐して直立二足歩行を始めてから、ヒトの身体は独自の進化を遂げたのだが、生活の激変を経て様々な"ミスマッチ"問題が浮上した…という歴史を紹介しながら、人体と健康について壮大かつ面白く語る本。

ちょうどナショジオの記事で、いわゆる「超加工食品」ばっかり食べてると、うつや認知症を発症しやすい…という研究結果を読んだが、これも『人体六〇〇万年史』で語られた「進化ミスマッチ」案件ではある。糖分と脂肪分と塩分をやたらと求めがちな私たちの「進化」に企業がつけこむっていう…。そう考えると、奇しくもさっきの『なぜ心はこんなに脆いのか』と全く同じ着眼点で(精神/ソフトウェアではなく)身体/ハードウェアの進化を語るという内容というのが興味深い。

 

『遺伝子―親密なる人類史』

2023年の抱負は「遺伝子」だった。

…いや抱負が「遺伝子」ってなんだよ、てか正確には「遺伝子を理解する」なのだが…というのも単なる後付で、実際は『なぜ心はこんなに脆いのか』といい『ビッチな動物たち』といい『人体六〇〇万年史』といい、読んで面白かった本がたまたま遺伝子が鍵を握る内容が多かった(まぁ生物と人間について本なら大抵は遺伝子が重要だろという感じもする)のだが、せっかくなので遺伝子そのものを論じたガッツリした本も読んでみたところ、これが面白かった。

19世紀のメンデル(遺伝法則)とダーウィン(進化論)の二大発見から始まった、遺伝子を巡る人類の物語を綴る上下巻の本。DNA二重らせんの衝撃、優生思想の惨劇、ゲノム編集の新技術「CRISPR-Cas9」の可能性…とまさに二重らせんのように絡み合いながら発展を続ける「遺伝子」の歴史を眺めても、激動の時代にいると実感させられる。

著者シッダールタ・ムカジーはインド出身の医者/研究者(前著はピュリッツァー賞)だが、親戚の数名が統合失調症と双極性障害を発症している、遺伝性の高い病気の当事者でもある。遺伝という現象に切実に向き合わざるをえない人が語る遺伝子の歴史、という側面はけっこう大事。

『遺伝子‐親密なる人類史』の中で幾度となく繰り返されるのは、遺伝という極めて複雑な現象について「わかったつもり」になって優生思想的・差別的な方向に飛びつく態度がいかに危険で愚かしいかということで、遺伝という言葉を雑に振りかざす人に対抗するためにも、ちゃんと学んでおくべきとも思う。

(極力わかりやすく噛み砕いてくれてるとはいえ)わりと科学的にもガッツリした内容を含むので、文字の本を読んだ後にaudible(オーディオブック)でも聴くという追い聴き(?)を試してみたが、けっこう定着度が増した気がする。逆に音→文字もアリかもしれないし、様々な形態の「本」が出てくれるのはありがたい。

 

今年読んだ遺伝子技術関連のオススメ本↓

『コード・ブレーカー 生命科学革命と人類の未来』

伝記作家アイザックソンが遺伝子技術の進歩や揉め事を語るスリリングな本。マスクの伝記より面白いと思う(※読んでない)

『CRISPR 究極の遺伝子編集技術の発見』

こっちはクリスパ―発見者の1人・ダウドナ本人の記述。

 

『ストーリーが世界を滅ぼす 物語があなたの脳を操作する』

社会が物騒すぎて、ことあるごとに思い出す1冊だった。

人間がどれほど物語を愛する動物か、人類史の中でストーリーテリングがいかに絶大な力を発揮してきたか、事象の物語化にどんな危険が潜んでいるか…を語っていく、物語(ストーリー)大好き勢としては面白怖い本。何かあるとネットにもすぐ憎悪や誤情報があふれかえる昨今、特に表現や創作に関わる人は、物語がもつ(良くも悪くも)"大いなる力"を自覚する意味でも一読してほしい。

いっけん科学が完全に"勝利"したかに見えるこの世界で、今なお「物語」がどれほど強力な恐るべき力を持っているのかを、著者はスターウォーズのフォースの喩えで語る。物語の力は価値あることを広く伝えたりと善にもなるが、人を操ったり洗脳したり、ダークサイドにも使われる…。

フィクションに限らず現実を認知させるツールとして「物語」は強力だが、面白ければ面白いほど「強く」なってしまう構図があり、それが「正しいけど弱い」物語を駆逐してしまう、という問題は『Humankind 希望の歴史』とも繋がる話だな…と。

本書に加えて、昨年読んだ『「いいね!」戦争 兵器化するソーシャルメディア』もあわせて考えると、比喩的な意味でなく「物語の兵器化」みたいな不穏な言葉も脳裏に浮かんでくるし、(もとからロクなもんじゃなかったとはいえ)X化してさらにヤバくなったTwitterのヤバさもさらに身に迫ってくるわけだが…。

興味深かったのは『ストーリーが世界を滅ぼす』に出てくる、心理学者のハイダーとジンメルが作った短いアニメーション動画↓。大小の三角と丸が動き回る、極めて単純なアニメだが、見る人によって全く違う"ストーリー"を読み取る。その性質こそが現代社会の諸問題を説明しているのかも、と著者は語る。

www.youtube.com

この「ハイダー=ジンメル効果」と著者が呼ぶ、「同じものから違うストーリーを読み取る」人間の性質が、テクノロジーと文化の激変によって増幅され、さらに(記号アニメの解釈よりも)もっと重要なものが関わるようになると、人々は自分の「フィクション」を死守するようになる…。思い当たる節もありますな…。

昨今の日本社会でも、「なんで一定の教養や知性がありそうな人がこんなワケわからんデマや陰謀論に引っかかるの?」と言いたくなること(最近だと「女性支援団体が実は悪」みたいなやつとか…)も多くて、もちろん女性蔑視とか差別の問題も大きいとは思いつつ、「物語として気持ち良すぎるから」というのもあるんだろうなと思う。とにかく人は「物語」の快楽に脆弱なのである…。

逆に言えば、地球温暖化への取り組みが(深刻さでいえば人類史上屈指にもかかわらず)進みづらい理由に「気候変動が物語として退屈だから」という説を著者は挙げる。主人公や悪役を想像しづらく、人類全体が加害者にして被害者でもあり、抽象的で壮大すぎて「物語化」しづらく、解決への道のりが見えにくい。ゆえに(日本でも)メディアで扱われにくかったり、いつまでも否定デマが絶えない、みたいな面も確かにありそう。

私は科学者ではないが、科学サイドに立ちたいと思う側も、色んな"語り=ストーリーテリング"を試みる必要があるかもな、とは思わされる。気候変動と"ストーリー"の話だと、例えばレベッカ・ソルニットらが参加するNot Too Late(遅すぎることはない)運動は、科学の否定や破滅主義という「間違っているけど強いストーリー」に負けないような、「新しい強力なストーリー」を提示することを試みているんだろうなと。

ほんとにフォースvsフォースのぶつかり合いみたいになってるが、物語大好き人間としても「ストーリー」の力についてよく考えて、その影響について自覚したいと思う。

 

関連書

まさに「ストーリーの悪しき力」二大巨頭って感じの陰謀論・歴史修正主義を論じた新書も最近読んだのでオススメしておく。

『陰謀論 民主主義を揺るがすメカニズム』

『歴史修正主義 ヒトラー賛美、ホロコースト否定論から法規制まで』

 

『犠牲者意識ナショナリズム―国境を超える「記憶」の戦争』

今年最も痛烈で強烈だった一冊。

イスラエル/パレスチナの人道問題も紛糾する中、なんとなくタイトルが気になって読み始めた本だが、もう「はじめに」の時点で、今の(日本含む)東アジアや、中東/ヨーロッパなど海外の状況にドスドス刺さってくるので、読み進めるのに気合がいると思い中断したほど…。

ざっくり内容を言うと、戦争や虐殺といった大規模な惨禍を経た人々が抱く、それ自体は決して間違っていないはずの「犠牲者意識」が、いかに権力によって利用され、危険な民族主義やナショナリズムに"国を超えて"転じていくかを論じる。

実は(名前から一見わからないかもだが)著者は韓国出身の研究者。歴史背景を踏まえれば当然だが、大日本帝国の植民地主義や、現在の日本社会のあり方を批判的に論じる部分も多いし、日本の読者的には4章あたりが最も痛烈なんだけど、本書の「刃」は決してそこで止まらない。著者の祖国である韓国や、いま渦中ど真ん中にいるイスラエルなど、「犠牲者意識ナショナリズム」という概念を返す刀として、まさに全方位的に鋭く切り込んでいく内容になっている。事態の深刻さと入り組み方にフラフラしながらも、ぐいぐい読んでしまう筆力も見どころ。

「犠牲者意識ナショナリズムが危険なのは、加害者を被害者にするだけでなく、被害者の内にある潜在的な加害者性を批判的に自覚する道を閉ざしてしまうからだ。自己省察を放棄した道徳的正当性ほど危険なものはない。」

↑の第6章末の部分とか、著者はイスラエルや韓国を念頭において書いているのだが、その普遍性ゆえに、必然的に日本にもグッサリ刺さる部分なんだよね…。

身近なところでも、たとえば戦中・戦後を描いた日本のエンタメ作品とかでも、日本の加害者的な側面がスッポリ抜け落ちちゃってて、(作り手は意図せずとも)それこそ「犠牲者意識ナショナリズム」に回収されかねないよな…と思うことは多いし。

というか言い方はアレだが、むしろ著者が韓国の方だからこそ抵抗なく読めたみたいなところはある。というのも日本の歴史的立場(どっちかといえば明らかに帝国/植民地主義の体制側)からよその国を「それって、犠牲者意識ナショナリズムじゃね?」とか断じるのってやっぱ抵抗あるし…。

それでも日本に限らず、たとえば『RRR』とか去年のベストにあげた大好きな映画なんだけど(記事にも書いたように)どうしても「強い」エンタメがナショナリズム的な方向に行きうる危うさって常にあって、そこを全乗っかりでも全否定でもなく冷静に切り離して見る視点も大事だと思うし。その意味でも読んで良かったなと思う。

『犠牲者意識ナショナリズム』も、実は先述の『ストーリーが世界を滅ぼす』と共鳴する部分があるなと思っていて、国家単位で作られる巨大で危険な"ストーリー"に絡められないよう、個人が抗うための本でもあると思うし、それは今後の世界でいっそう重要性を増していくと思う。今年屈指のヘビーな本だが、「今年の1冊」にあげざるをえない。ぜひ読んでみてほしい。

 

『集まる場所が必要だ――孤立を防ぎ、暮らしを守る「開かれた場」の社会学』

世の中を見る目が少し変わったという意味で、この本もぜひベストに選びたい。

図書館のような、人が集まる開かれた「社会的インフラ」が、社会全体や個人にとっていかに重要なのかを語る1冊。犯罪率との関係や、学校という公共インフラへと話は広がっていく。

内容的に、読んでいて思い出す映画は『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』。「情報なんかネットでいくらでも手に入る」的な理屈で図書館を縮小しようとする勢力は絶えないが、そういう問題じゃないんだよね。誰もが「知」にアクセスできる公共の場所として、図書館のようなサービスは今も不可欠なのである。

『集まる場所が必要だ』で紹介された、図書館で働くアンドリューさんのこの言葉↓とか、とても重いなと。

「この仕事を始めてわかったことがある」と、アンドリューは言った。「スターバックスも、ほとんどの商業施設も、客は買ったものを手に入れることで、よりよい存在になると考えられている。でも、図書館は、利用者はすでに素晴らしい人間だという前提に立っている。それを本や教育によって、引き出せばいいだけだ。図書館は、人間の一番いい部分を引き出す。人はチャンスさえ与えられれば、自分を向上させることができるという前提に基づいて運営されているんだ」。

スタバとか商業施設も、図書館の役割を部分的に担うことができなくもないが、場所がもつ根本的な思想が違うっていうのはどうしようもない。「金を払う」ことが前提になるとそれゆえに限界が生まれてしまうという…。

日本でも都市部(特に東京)はゆっくりできる広場とか公共空間が少なすぎて、お金があればそれなりに快適に過ごせるんだろうけど、ないならさっさと帰れみたいな都市設計になっていて、それって長い目で見たら(人やその地域のためにも)どうなんだ…?ということも考えさせられる。

本書では図書館が決して(ユーザーなら誰もが知ってるように)理想郷でもなんでもなく、公共施設ならではの揉め事やトラブルも起こる場所であることも語られるのだが、来館者への信頼がベースにあるゆえに、大抵は市民的に解決することも強調する。図書館の日常を「民主主義の実験」と表現するのは上手い。

そういえば近所の図書館も、爺さんが図書館スタッフに大声で絡んでたり、希少本の閲覧スペースで居眠りしてたりとか、ロクでもないことも多いのだが、それでもそれは「万人に開かれている」がゆえのロクでもなさであり、その裏には「開かれている」からこその確固たるメリットもまた(見えにくいだけで)数多くあるんだと思う。

後半ではハリケーンで打撃を受けた街の話も出てくる。気候危機や地震で災害が多発する中、柔軟で強靭な社会を作るために「公共」をどう設計するかを考える本でもある。災害の時代にハード面・ソフト面で社会を作り直す必要性を語る意味で、ソルニット『災害ユートピア』とも実は通じる本。

『集まる場所が必要だ』を読んで、たとえば映画館のような商業施設が、"人が集う"一種の公共空間としての役割を、将来的にもっと有意義に果たしうる道筋はあるのかな…とか考えたりもした。「社会インフラ」という観点を得ることで、街を見る目がまた少し変わったのを感じる。

余談な宣伝だが今週末(1/7)に迫るビニがさ新年会も(まぁ有料イベントなので本書の趣旨とはズレるが)ちょっとしたゆるやか〜な繋がりの生まれる場所を創出できればいいな〜とかぼんやり考えていたりもするので、ぜひお越しくださいませ…↓

numagasablog.com

 

『鋼鉄紅女』

今年はノンフィクション中心で小説をそれほど読めてないのだが、一作あげるなら本作を選びたい。巨大な怪物を倒すため、男女ペアで巨大ロボットを操縦する!という、中華っぽい世界観のメカSF。『パシフィック・リム』を真っ先に連想するのに加えて、どこかで聞いた設定だな?と思うアニメファンが多いかもだが、それもそのはず、元ネタは日本アニメ『ダーリン・イン・ザ・フランキス』だと作者も公言している。

しかし特筆すべきは、こうした王道な「ロボアニメ」構造のなかに、社会構造に抑圧され、性差別に苦しめられてきた「女性の逆襲」という、とても現代的なフェミニズム的主題を盛り込んだこと。ロボット・怪獣・男女の邂逅…といかにもアニメ的な要素を散りばめながらも、不平等へのド直球な怒りと、性的規範への反抗・撹乱としてのクィア性を描き切っていて痛快だった。『侍女の物語』+『パシフィック・リム』の奇跡の邂逅というべきか。

もうひとつ面白いのは、元ネタのアニメ『ダリフラ』の展開への「失望」が執筆の原動力になったということ(そういや私も、合わなくて途中で見るのやめちゃったな…)。私も昨年、アニメの展開というか作り手の姿勢?に(期待してたからこそ)けっこうガッカリしてしまって、結局なんかモチベが湧かなくて続きを見ることなく今に至るので、作者さんの気持ちはよくわかる。そんな感想をそのまま率直に書いたらファンと思しき人々にまぁまぁ叩かれたりもしたが、とはいえ公式の展開をやたら絶対視・神聖視するんじゃなくて、自分の失望や不満はそれはそれで大事にしたり、言語化することも本来は大事だと思う。

まぁ『鋼鉄紅女』の作家さんは、「失望」を原動力にしながら、こうも激烈で強度の高いオリジナル作品を生み出せたのは凄すぎるし、本人の特別な才能あってこそとは思うのだが…。ただ日本では批評や批判ってなんかクリエイティブの対極にあるものみたいに誤解されがちだが、やっぱ批評精神って大事というか、新しいものを生み出す創作マインドにも直結するものなんだよなと実感させられた。

『鋼鉄紅女』、評判を聞いて想定していたよりも百合/シスターフッド成分が薄めなのは意外ではあったが、「男女の三角関係」という王道な関係から、性差別システムが男女をともに抑圧するという(そういえば映画『バービー』とも通じる)問題を鮮やかに描いて見事だった。「三角関係」がマジで三角になっていて、男性同士の愛情やケアがちゃんと表現されるのも良い(そうこなくてはな!) 次回作はぜひ百合も見たいですが。 

普遍的かつ深刻な女性差別といったヘビーな問題を、中国の悪しき(と言わざるを得ない)伝統である「纏足」も絡めながら語る手腕が本当にうまい一方で、カラッとしたユーモアもあったりするのが良い。特にラストが良い意味でひどくて(登場人物たちと一緒に)笑うしかなかったのも最高。さらにエピローグの衝撃的な展開で「えっ!」と思ったが続編の刊行も決まってるそうで楽しみ。植民地主義にも踏み込んだり、さらなるテーマの広がりもありそう。「巨大ロボもの」のようにいっけん使い古されたような物語に描けるものは、まだ沢山あるんだなと思わされた。

 

関連本

従来のフィクションに対する批評(的な精神)がクリエイティブを刷新しうる、ということを『鋼鉄紅女』が教えてくれたので、エキサイティングな批評入門であり批評集である『お嬢さんと嘘と男たちのデス・ロード ジェンダー・フェミニズム批評入門』もオススメしたい。

 

『トランスジェンダー入門』

今までも日本社会が性的マイノリティの人にとって生きやすい場所であったことはないと思うが、様々なニュースや出来事を振り返ると、今年はとりわけトランスジェンダーの人々にとって試練の年だったのではないかと思う。

ひとつ象徴的なニュースをあげると、やはりKADOKAWAの出版停止の件は記憶に新しい。倫理的にも医学的にも問題があるのでは、と海外でもすでに指摘されていたトランスジェンダー関連本を、やたら扇情的な売り方で出そうとして、それに対して批判が寄せられたことで、突然の出版停止を発表し、それにまた批判や非難が集まって…という、なんかもう出版界とSNSのイヤなところを同時に見せつけられたような事件があった。

表現の自由とヘイトの問題とか、とはいえ出版が決まった本を急に取りやめることの是非とか、まぁ多方面から議論が噴出した事件だったし、詳しくは調べてほしいが、最も災難を被ったのは、またもや(別に何も悪くないのに)外野から激しい憎悪や差別をぶつけられることになったトランスジェンダー当事者の人々である。KADOKAWAから本を出したりよく仕事をしたりしている身としても、何やってんだよマジで…と思わざるをえなかった。

例の事件はネット上に飛び交うデマや誤情報や憎悪が飛び交っている過酷な状況を可視化させたわけだが、だからこそトランスジェンダーを巡る基本的な問題を解説した本『トランスジェンダー入門』は、本が社会でまだ果たしうる大きな役割を体現している。こうしたアクチュアルな本が「紀伊國屋じんぶん大賞2024」で3位を獲得したのも、本好きとして良かったなと思う。トランスジェンダーとはどういう人々で、どのような生活を送っていて、どんな困りごとを抱えていて、マイノリティが生きられるように社会はどのように変わるべきだろうか、といったことが真摯に書いてある。

人は誰しも完璧ではありえないし、トランスジェンダー含む性的マイノリティについての知識や理解が足りなかったりするのも今の段階では珍しくないと思う(私自身もえらそうなことはいえない)。だからこそこうした問題を考える上で、「どんな入り口から入るか」はとても大切になってくる。この入り口が(残念ながらネット上で飛び交っている)差別言説や悪意や陰謀論になってしまい、最初の曲がり道を間違ってしまえば、気づいたときには大きく道を外れて、他者を深く傷つけるレベルまで突き進んでしまい、引き返すに引き返せない…という最悪の事態を招くこともありうる。そうなる人とならない人の間の違いは、知能や知識や人格の大きな差ではなく、ごく小さな分岐なのかもしれないと最近よく思う。

昨年のベスト本に『トランスジェンダー問題』もあげたが、訳者が懸念してたようにちょっとハードル高い文章なのも確かなので、その意味でも『トランスジェンダー入門』のような入り口があることはとても大事だなと思わされた。とはいえ『トランスジェンダー問題』もヨーロッパの意外なほど(?)過酷な状況とか、凄く大事なことが書いてあるので、次の1冊としてオススメ。

 

『自由の命運 :国家、社会、そして狭い回廊 』

私たちの生き残りの道は、リヴァイアサンを飼いならすこと。

人類の歴史において「自由」を享受する国がなぜ珍しいのか、独裁にも混沌にも陥らず国家=リヴァイアサンの力をどう手懐けるべきか…という巨大な問題を論じる。著者たちの前著『国家はなぜ衰退するのか』同様、読み応え抜群でスリリングな本。

自由と繁栄の条件を整えるには、強力な国家=リヴァイアサンが必要だが、強くなりすぎれば「専横のリヴァイアサン」(独裁国家)が生まれ、逆に弱すぎれば「不在のリヴァイアサン」(無政府状態)に堕してしまう。両極端を避けるためには国家と社会がせめぎあって成長し「足枷のリヴァイアサン」を生む必要がある。ただしこの「足枷のリヴァイアサン」はレアキャラで、いくつもの幸運と市民社会の不断の努力が重ならないと、すぐに「専横」か「不在」に成り下がってしまうという厄介な存在でもある。

そんな三種のリヴァイアサンを基本概念としつつ、古代ギリシアや中国やアメリカやインドなど、様々な国の「自由」の歴史と未来を語るという壮大な内容。後半では南米やアフリカなどで生まれた「張り子のリヴァイアサン」(いっけん専横的だが政府としては全然機能してない)とか、追加キャラも出てくる。

世界の様々な問題を含んだ政治体制を一望する中で、「足枷のリヴァイアサン」を生み出すことの困難さと重要性がよくわかるし、(著者によれば一応は「自由の回廊」の中にとどまっている)現代日本の私たちが、どのように政治や社会に向き合っていくべきかも見えてくる。ここ10年くらい明らかに凋落の傾向が著しい気もする日本だが、破滅したくなければ社会や政治に目を向けたり、面倒がらずしっかり選挙に行ったり、ヤベー権力者を追い落としたりして、頑張ってリヴァイアサンに「足枷」をはめなければいけない…。

ことあるごとに推薦してるけど前著『国家はなぜ衰退するのか 権力・繁栄・貧困の起源』も当然オススメ。今ちょうどaudibleで聴き直してもいる。

ダロン・アセモグルの新著『技術革新と不平等の1000年史』も出ており、たいへん気になっている…。セールにな〜れ(出たばかりなので、しばらく先かもしれない)

 

『暗闇のなかの希望 ──語られない歴史、手つかずの可能性』

「だめだこりゃ、もうおしまいだな」と思うたびに読み返したい本。

敬愛するレベッカ・ソルニットの新刊なのだが、実は20年くらい前に書かれた本の改訂版の文庫化。でもむしろ現代にこそ刺さっているというか、今年もけっこう何度も話題にする本となった。

猛威を振るう気候変動、泥沼化を続ける戦争、根深い差別や憎悪など、解決困難に思える問題を前にしても、決して絶望せずに生きていくために、確かに起こり続けてきた歴史上の変化と、まだ見ぬ未来の「可能性」に目を向けることの大切さを語る。これからも何度も読み返す大事な本になりそう。

『それを、真の名で呼ぶならば: 危機の時代と言葉の力』に収録されている、ソルニットの書いた「無邪気な冷笑家たち」というエッセイが好きでよく紹介しているのだが、『暗闇のなかの希望』はそのエッセンスをさらに展開したような内容となっている。

この複雑な世界が「常に変化し続けている」という、シンプルかつ圧倒的な事実を、冷笑的で傲慢な人だけでなく、世の中の問題に真摯かつ熱心に向き合おうとしている人ですら見落として、希望を失ってしまうこともある。

『暗闇のなかの希望』はレベッカ・ソルニットが2003年、つまり9.11後のブッシュ政権によるイラク戦争開始直後という、まさに絶望的な「暗闇」の中で書いた本だが、だからこそ今も普遍的に通用する力強い考え方だと思う。戦争などだけではなく社会問題全般に通じる話で、たとえば気候変動のような巨大な問題にも当てはまる。ソルニットは先日も英紙で「気候変動に絶望しないこと」というテーマで書いていた。

2023年も熱波や火災や異常気象や海洋循環の停止(!?)など、気候にまつわる恐るべきニュースが日々届いたし、2024年も猛暑や天候のさらなる激甚化が予想されている。しかし、それでもclimate doomers(気候終末論者)になっちゃダメだよ…とソルニットは語る。楽観も絶望もせず、地球規模の危機に向き合っていくための基本的な考え方になると思う。

ソルニットがdefeatism(敗北主義)と呼ぶ、「もう何をしたって手遅れだ」と絶望して無気力に陥ってしまう態度は、不確実性に耐えることが苦手な人間にとって、仕方ない性質とも言えるが、気候変動のような社会問題に立ち向かう上では有害でもある。派手な惨事の影で、注目を集めにくい地味でポジティブな、もしかしたら決定的かもしれない「変化」もまた常に起こっていることに目を向けたいと思う。

戦争も気候も政治も差別問題も、国内外の何もかもが油のまかれた火薬庫の中に置かれているような状態に感じられるし、実際日本では正月早々とんでもない災害や事件も勃発したし、もはや2024年にどんな大惨事が起ころうと驚かないし、きっと「もうダメだ、こりゃ何をしたって無駄だ」みたいな気分になることもあるだろう。それでもそんな時は『暗闇のなかの希望』を読み直し、何が待っているのかわからない、遠くの暗闇を見つめたいと思う。

 

「さっくり紹介したい」とか言いつつ、もう1万5千字を超えてしまったので、いいかげん終わりたい。面白かった本もっと色々あるんですが、キリがないので、また折に触れて紹介できれば。今年2024年も良い本にたくさん巡りあえますように。おしまい!

辰年だよ!あけおめ漫画2024

あけおめです!ドラゴンイヤーをはりきっていきましょう。

十二支ついでに宣伝ですが、1/7(日)に迫るビニがさ新年会では「私のかんがえたさいきょうの十二支」を軸として、2023年のすばらしき映画たちを振り返りたいと思います。いったいどんな動物が、どんな映画が選ばれるのか…?みのがせませんね。ぜひきてね↓

numagasablog.com

ドラゴンイヤーの幕開けということで、コモドドラゴン図解も載せておきます(『図解なんかへんな生きもの』より)。単為生殖したり(雑菌とかでなく)マジの毒を獲物に注入したり、その毒が薬にもなったり、すごくキャラが立った爬虫類です。やっぱ干支にふさわしいかもですね。子丑寅卯コモドドラゴン!

近縁種が竜のモデルとなった説がある「マチカネワニ」の図解(『絶滅どうぶつ図鑑』より)。8メートル近い体長でめちゃくちゃデカかった(イリエワニ以上)ので、当時の姿をいま見たとすれば、これはまぁたしかに竜だな…くらいのインパクトはあると思う。

辰年なので、おともだちに「タツノオトシゴはオスが妊娠して出産するんだよ」と教えてあげましょう(『ゆかいないきもの㊙図鑑』より)。

ドラゴンイヤーの幕開け!とか言ってたら、いきなり地震もあって大変な正月になってしまったけど、(可能な範囲で支援とかもしつつ)無理せずがんばっていきましょう。

【告知】12/29公開『ブルーバック あの海を見ていた』劇場パンフレット寄稿

【告知】12/29公開のわくわくお魚映画『ブルーバック あの海を見ていた』、劇場パンフレットに(主人公の女の子と交流する)巨大魚・ブルーバックの図解イラスト&解説コラムを寄稿しました。こちらの記事↓で映画の制作風景や、私のイラストが見られるので魚好きはぜひチェックしてね!

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イラストはこんな感じ。劇場パンフにも収録されてます。

イラストと一緒に寄稿した劇場パンフレットのコラムでは、コメントでも書いたように「モンスターでもアニメキャラでもモブでもない、リアルな魚」をメインに据えた本作の新しさを、魚に関する最新研究も踏まえつつ解説してみました。ぜひお手にとってみてください!

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ちなみにパンフレットはこんな感じ。かわいい!手書きノートみたいでオシャレだ。

パンフレットへの寄稿に加え、推薦コメントも寄せました。モンスターでもアニメキャラでもなく、「リアルな魚」との交流を描いた映画として画期的だと思います。映画史における『ジョーズ』の原罪をリデンプションするかのような…(?)

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てか私、実は映画パンフレットのお仕事って今回が初めて…かな…? こんだけ色々書いてるわりに…(万一何か忘れてたら申し訳ない。)どうぶつ映画は今後も増えていくと思われますので、各方面の皆様、遠慮なくご相談くださいませ…!

どうぶつ映画のお仕事といえば、今年はこれ↓もあったな。

久々にやります!「帰ってきたビニがさ新年会2024」

新年明けて、1/7(日)に渋谷で「帰ってきたビニがさ新年会2024」を開催します!

私ぬまがさワタリと、おもしろ映画宣伝や映画レビューでもおなじみビニールタッキー(@vinyl_tackey)さんが、楽しくおしゃべりをする映画トークイベントとなっております。司会・主催は始条 明(@AkiraShijo)さんです。(3人の関係は映画好きフレンズみたいな感じです。)

詳細はこちら↓

https://vinygasa24.peatix.com/?lang=ja

 

この「ビニがさ会」(良いネーミングだ)、実は以前2019年の年末にも「ビニがさ忘年会」として開催しまして、おかげさまで熱い反響もいただき、めちゃ楽しかったので「またやりたいね!」と言っていたのですが、その後コロナが襲来…! なかなかリアルイベントの開催は難しくなってしまい…数年が経過したのだった。

そんななか、先日「久々にアレ、やりますか…」「いいよ」という重みのある会話が交わされたことで、このたび4年ぶり!の開催に至った、という次第です。リアル世界でなんかイベント開くこと自体が相当に久しぶりなので、私としてもドキドキしておりますが、気軽に来てくれると嬉しいです。

何を話すかは当日のアトモスフィアにもよると思いますが、私は「おれの考えた最強の十二支」をベースとして、2023年のどうぶつ映画(広義)を振り返っていくプレゼンをしようかなと考えています。考えているっていうかもうプレゼン資料も作ってしまったので、確定です。無駄に120ページもあるので時間オーバーしないよう気をつけたいと思います。そんな感じで、私とビニタキさんがそれぞれの固有能力を発揮してプレゼンしつつ、残った時間でワイワイやる感じの4時間になるはずです。

とはいえせっかく来てくれたのに登壇者の話を押し黙って聞く会になってもな…とも思うので、私たちのトークをつまみとしつつ、来場者の皆さんどうしで、ゆるやか〜に交流してもらう機会にもしてもらいたいと考えています。

やっぱほら、好きなものを共有する人と(ネット上ではなく)リアルで会える機会も最近は減ってたし、これほど殺伐とした世界をサバイブしてきた皆さんが、『イコライザー THE FINAL』のマッコールさんのように、再び人間への暖かな心を取り戻すためのきっかけが作れればいいな〜とか思うわけです。とはいえそういうの苦手なマッコールさんは、じゃなくて参加者さんはジッと耳を澄ませてもらってて大丈夫ですし、全体にゆるやかな会にしたいと思いますので、こういうリアルイベントは久々&初めてという人にもオススメできる集いかなと。あと大事なことですが、そんなに映画詳しくない&今年あんま見れてない…という人も楽しめる会を目指しております!

なお時間は「10:00 START〜14:00 CLOSE」と、諸事情でちょっと早め設定なのですが、年末年始で寝ぼけ倒した心身をシャッキリさせるきっかけとしては良いかもしれません!ともに最高のスタートダッシュ2024を切ろうぜ!早起きできるか心配なら一緒に「ポケモンスリープ」やろうぜ! 私はこのゲームをやり、人生がそれなりに変わりました。ほんとうです↓

numagasablog.com

参加料金は5000円と、こういうイベントとしてはリーズナブルな部類と思いつつ、経済状況等によってはややハードル高く感じるかもですが(すまぬ)、渋谷ど真ん中のすごいしっかりした会場を借りてもらったのと、まぁゆかいな2人が4時間も喋り倒すレアイベントということで、後悔はさせないぜ!という気持ちでおります。てかどっちかというと赤字覚悟?みたいな?雰囲気もなくはない?ですが、いや本当に黒字になってほしい(マジで)ので思い切ってお越しいただけると、そんで飲食物とか注文してもらえると、たいへんありがたいなと。「来て得したな」感を醸し出すため、ほしい人にはちょっとしたおみやげというか、なにかしら持ち帰れる特典をなんかリアタイで(??)用意することも考えています。できればな!

興味あれば、こちらから申し込み、よろしくです!ウワーッ↓

https://vinygasa24.peatix.com/?lang=ja