沼の見える街

ぬまがさワタリのブログです。すてきな生きもの&映画とかカルチャー。

ハヤカワのオススメ本12冊+α

ハヤカワの本が好きで、面白かった本をよくオススメしてるのだが、セールのたびにいちいち紹介するのも面倒なので、広くオススメできそうな本をまとめておく。

ちなみにハヤカワといえばSFの印象があるだろうが、私はけっこうノンフィクションに偏っているので、単純に面白かった本をフィクション/ノンフィクション問わずごちゃまぜで紹介したい。タイトルで10冊といいつつ上下巻やシリーズも1冊扱いで、関連書もちょいちょい並べてるので明らかに数十冊はあるが…。ついでなのでその他のオススメ本も軽めに紹介しとく。セール時はどれもだいたい半額なので買っといて損なし。

 

『プロジェクト・ヘイル・メアリー』

もはや読書界隈(?)では超有名SFと言ってよく、昨年末にベスト本にも選んだけど(2022年「読んでよかったベスト本」10冊 - 沼の見える街)、常に誰にでもオススメできる小説なので改めて紹介。

あらすじを紹介したいところだが、読んだ人が「とにかく無類に面白いが何を言ってもネタバレなのでさっさと読め」しか言わなくなるというネタバレ厳禁SF小説なので、未読ならぜひ何も知らずに読んでほしい。ちょっとだけ説明すると、冒頭から「もう終わりだろこれ」となる絶望的な危機に、科学とガッツと友情で立ち向かう物語…とだけ。

超エンタメであると同時に、ガチSFな側面もある小説なので、細かい科学的な描写も多くて躓く人もいるかもだが、理解はそこそこに読み飛ばしておけばいいし、1巻の後半くらいまで行ったら後はもう一気だと思う。

つくづく思うけど、最初の1冊として万人にオススメできる大傑作が出てくれてSFファンは「しあわせ!」だねと思わざるを得ない。ネットとかで「初心者にオススメなSF小説10選!」的なやつ見かけても、いまだにそれ…?いや名作なんだろうけど入門者がわざわざ読むかそれを…?とか思っちゃうこともよくあるが、その意味でも圧倒的な読みやすさとガチSF感を兼ね備えた『プロジェクト・ヘイル・メアリー』が出たことは、ジャンル全体にとっても良いことよな…と思ったりする。万人向けの定番の存在は大事よマジで。

それにしても地球温暖化を筆頭に気候危機のニュースが毎日飛び込んできて、最近も 海洋循環の停止が近い話とか洒落にならん件を知ったり、わりとマジで地球は『プロジェクト・ヘイル・メアリー』みたいな崖っぷちにあるんだなと実感させられる。ただし現実の方が本書よりマシな点をあげるなら「原因と対策がわかっている」ということなので、もう粛々と行動を起こすしかないわけだが…。

その意味でも、「科学こそ最も強力な言語である」という綺麗事っぽくもある信条を、ここまでスリリングかつユーモラスに、そして心を打つ形で描ききったエンタメもめったにないと思うし、サイエンスの力を信じる人や、人類の未来に絶望したくない人達も、きっと元気と勇気をもらえるはず。

ちなみに『プロジェクト・ヘイル・メアリー』著者の過去作『火星の人』もオススメ。映画『オデッセイ』の原作になった小説で、起こる事態はヤバイけど妙に元気の出る極限状況SFという点で『プロジェクト〜』と共通する点も多いから合わせて読もうね。

ちなみに『プロジェクト・ヘイル・メアリー』、明らかに映画版『オデッセイ』へのアンサーにもなっててグッとくるので、あわせて観ると楽しい。リドリー・スコットが最高の映画化してくれたら粋な返歌もしたくなるわな(偶然だったら凄いが…)

 

『イヌはなぜ愛してくれるのか 「最良の友」の科学』

個人的に今年のベスト動物本候補。世界一身近な動物「イヌ」を、他と違う特別な動物にしているものは何なのか?それは…「愛」である!といういっけん非科学の極みみたいに響く答えを、動物学者が本気で実証する。原題は"DOG IS LOVE"=「犬こそ愛」(つよい)。

『イヌはなぜ愛してくれるのか』の著者は行動学的な姿勢を是とする研究者であり、動物の"感情"や"心"、ましてや"愛"などという「甘ったるい」概念を持ち出すことには慎重だった。だがイヌ研究を掘り進めるうち、"愛"こそがイヌの進化、そして人間との関係を解明する鍵を握るという確信に近づいていく…。

(犬好きは怒るかもだが)イヌは他の"賢い"動物に比べて特に知能が高いわけではない…という事実に筆者はまず触れつつ、ではイヌの何がそんなに特別なのか?と問い、それは「感情」にまつわる能力であり、人間と強い絆を結ぶ能力なのではないか、と思考と実験を進めていく。

「イヌの何が特別なのか」を考える過程で必然的に「イヌの起源」を問うことになるわけだが、よく言われる「人間の狩りの相棒としてオオカミから進化した説」を「んなわけない」とバッサリ斬るくだりも面白い。ロマンには欠けるが、より真相に近そうな仮説も興味深いんだよね。

本書で強調されるのが「イヌとオオカミは全く違う動物」ということで、たとえば「アルファ/ベータ」的な序列の概念(実はこれもオオカミの生態を説明する上で不正確なのだが…)を、犬を飼う中で不適切に取り入れてしまい、無意味に厳しく犬に接する飼い主もいまだ多いと。由々しき事態。

また本書ではキツネが意外なキーパーソン、もといキーキツネになる。キツネをたくさん飼育して人懐っこい個体を選んで繁殖させた結果、とても人に懐く犬っぽいキツネが誕生、というロシアの研究。そういや世界一有名なイヌ研究者パブロフもロシア人ですね。

イヌ好き御用達みたいな本と思いきや、イヌのみならず、イヌの仲間全体の進化や生き方を考えるための、かなり射程の広い「動物本」であると思いました。というわけでたいへんオススメです。

ところで『イヌはなぜ愛してくれるのか』、原題の「DOG IS LOVE」は「GOD IS LOVE」のもじりと思われる…(日本語だと"ネコと和解せよ"が近いノリかもしれない)

 

ハヤカワ文庫のどうぶつ本といえば『アレックスと私』もいいよ。

ヨウムがめちゃ賢いのは今や常識だが、"天才"ヨウムのアレックスを世に知らしめた研究者の著作。当時(70年代〜)の女性学者と鳥類研究へのダブルな風当たりの強さに負けず、「鳥の知性」の深奥へと迫る、わくわく研究物語。

ちなみに解説文がシジュウカラの鳴き声研究で(鳥好きには)有名な鈴木俊貴さんだった。鳥に地道に向き合い続け、知られざる知的能力を見出したという点で、ぴったりなチョイスだね。

 

『知ってるつもり 無知の科学』

読みやすくて面白いのだがドキッとさせられる名著。私たちは自分で思っているよりずっと無知なのだが(多くの人は水洗トイレの仕組みさえ説明できない)、無知ではないとつい過信してしまう。我々の認知能力的に避けがたい面もある無知の実態や、無知を自覚しながらどう向き合っていくかを、認知科学者が考察する1冊。

本書は「無知」のテーマを通じて、逆説的に「人類の叡智とは何か」を語る本でもある。私たち1人1人の賢さや知識量は、超天才でも愚者でも実は大差ないとも言えて、社会集団として組み上げた知的ネットワークこそが、人類を特別な動物として発展させてきた。そのことをもっと自覚すべきなのかも…と謙虚な気持ちになる。

一方、最近起こったTwitter(あーXだっけ?)の大混乱を見ていても、「無知の無知」に陥るのは私たち庶民だけではないんだろうなとも思わずにいられない。たとえばハイテク業界で成功したような大金持ちが、実際には何事もロクに知らないくせに自分を全知全能だと思いこんで、まさかの破滅的な事態を招くのはなぜか…という記事を読んだばかりだし。

また本書で、私たちが英雄に弱いと論じるくだりはドキッとした。たとえばキング牧師は間違いなく偉人なのだが、公民権運動の背後には他にも無数のキング牧師的な存在がいたにもかかわらず、目立つ個人を英雄として祭り上げすぎると、コミュニティが果たした役割をちゃんと評価できないとも。

1人の英雄に過大な意味を負わせすぎる考え方は、本書で論じられる「無知の無知」をもたらす要因でもある、「個人の知識や賢さを過剰に重視し、ネットワークや共同体としての知のあり方を過小評価する」ことにも通じているなと思った(そして億万長者や独裁者の失敗にも…)。どんな人も一度読んで損はないです。

 

『三体』

三体

三体

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たいへん有名な中国SFだが、有名だけ合って圧倒的に面白い。2巻以降は積んでいたのだが、このたび読んでみたらやっぱりめちゃくちゃ面白かった(特に2作め)。

1巻目のあらすじはこんな感じ。物理学者の父を文化大革命で殺され、人類に絶望した女性科学者・葉文潔が、ひょんなことから地球外生物とコンタクトを取ってしまう。そして事態が大変なことになり…という、ちょうど逆方向の『プロジェクト・ヘイル・メアリー』みたいな話でもある。

なぜか世界的な科学者が次々に自殺している、いったいなぜ…?というサスペンスが物語を加速し、三つの太陽を持つ異世界VRゲーム『三体』の謎を巡ってどんどん話のスケールが増大。来年に来るらしいNetflixドラマで、どのように表現がされるか楽しみになってくる。

『三体』1巻目、なんといっても白眉はVR世界の「始皇帝コンピューター」だと思うのだが、アイディア元となった短編が『円 劉慈欣短篇集』に収録されてる(三百万の軍隊を使って十万桁まで円周率を求める話)ので、いきなり大長編は敷居が高いという人は本書から読むのも良いと思う。

1巻目も面白いのだが、個人的に本シリーズの最高傑作だと感じたのは、2巻目となる『三体Ⅱ 黒暗森林』。

1巻で「俺たちの闘いはこれからだ」的に終わった後、いよいよ時空を超えた「闘い」の本番が描かれることになる。地球人の敵となる三体人は、超高性能粒子コンピューター「智子(ともこ…ではなくソフォン)」の力を有し、人類に対して「全知」に近い情報収集力を得てしまう。

『黒暗森林』で描かれるのは、そんな三体人との騙しあい心理バトル。「面壁計画」という人類存亡をかけた「騙し」の使命を背負わされた4人(うち1人のボンクラ怠け者が主人公)が、バカでかいスケールの陰謀を企てるというストーリーが軸になる。サスペンスの一貫性と、物語のきれいな閉じ方という点では、ぶっちゃけ1作目より完成度高いと思うし、SFファンに最高傑作と称されてるのも納得。私みたいに1で積んでた人は絶対読み進めてほしい。

完結編となる『三体Ⅲ 死神永生』も面白くて一気読みしてしまった。

束の間の平和の後、またも絶体絶命にもほどがある危機に陥る人類…(平和な時期の人類の油断っぷりと、その後の阿鼻叫喚の落差がリアルで怖い)。人類を救う一縷の望みは、謎の「おとぎ噺」に隠されていた…という強力なサスペンスを軸にしつつ展開するのだが、もはやこの話「三体」ってタイトルでいいのか?となるほどスケールがどんどん極大化していって、もはや目眩がしてくる。ラストは呆然とさせられるが、不思議な静寂と感動があった。

スケールのあまりのデカさに誤魔化されそうになるが、コンピューターとして登場したのにどんどんキャラ化が著しくなっていく智子(ソフォン/ともこ)に関しては、お前何そんな良い感じのポジションに収まってんだコラとツッコみたくはなる。ただそこも不思議な愛嬌というか、『三体』に実は通底していた、極大宇宙バカSFとしての魅力を体現するキャラと言えるかもしれない…。史強と並ぶ『三体』二大萌えキャラである(?)

ちなみに『三体X 観想之宙』というスピンオフもある。本家・劉慈欣ではなく、ファンが『三体』物語の出来事を補完した、いわば「超オタクの二次創作」だが、それゆえの濃厚な面白さと、良くも悪くもな愛情のハジけっぷりが楽しいし、本作自体が「二次創作論」みたいにも読めて興味深い。

三体X 観想之宙

二次創作なのにクオリティが高すぎて準公式みたいな形で出版にこぎつけた、オタクの夢みたいな小説なのだが、必然的に良くも悪くもオタク炸裂という感じであり、やたら二次創作的な恋愛描写とか、オタクカルチャー(エンドレスエイト!)への言及も多くてちょっと笑ってしまう。

純然たる二次創作のはずだが、宇宙の次元の設定とか『三体』公式でも全くおかしくないインパクトと論理性で普通に感心してしまった。とことん原典を読み込むことで近接した深みに到達できる、二次創作の可能性を示している。スターウォーズに対するマンダロリアン的と言おうか…。

ちなみに著者・宝樹は、決して二次創作だけの人ではなく、その後も普通にSF作家として活躍し続けている。てか宝樹の短編集『時間の王』すでに買ってたわ(読まなきゃ)。

 

『自由の命運  国家、社会、そして狭い回廊』

人類史において「自由」を享受する国がなぜ珍しいのか、独裁にも混沌にも陥らず国家=リヴァイアサンの力をどう手懐けるべきかを論じる。前著『国家はなぜ衰退するのか』同様、読み応え抜群でスリリングな本。

自由と繁栄の条件を整えるには、強力な国家=リヴァイアサンが必要だが、強くなりすぎれば「専横のリヴァイアサン」(独裁国家)が生まれ、逆に弱すぎれば「不在のリヴァイアサン」(無政府状態)に堕してしまう。両極端を避けるためには国家と社会がせめぎあって成長し「足枷のリヴァイアサン」を生む必要がある。ただしこの「足枷のリヴァイアサン」はレアキャラで、いくつもの幸運と市民社会の不断の努力が重ならないと、すぐに「専横」か「不在」に成り下がってしまうという厄介な代物。

そんな三種のリヴァイアサンを基本概念としつつ、古代ギリシアや中国やアメリカやインドなど、様々な国の「自由」の歴史と未来を語るという壮大な内容。後半では南米やアフリカなどで生まれた「張り子のリヴァイアサン」(いっけん専横的だが政府としては全然機能してない)とかも出てくる。

世界の様々な問題を含んだ政治体制を一望する中で、「足枷のリヴァイアサン」を生み出すことの困難さと重要性がよくわかるし、(著者によれば一応は「自由の回廊」の中にとどまっている)現代日本の私たちが、どう政治や社会に向き合っていくべきかも見えてくる。ここ10年くらい明らかに凋落の傾向が著しい日本だが、破滅したくなければ頑張ってリヴァイアサンに足枷をはめましょう。

ところで『国家はなぜ衰退するのか』の基本理論に反するように、ここしばらくは専横的な政府と経済成長を両立していた(ように見える)中国だが、続く『自由の命運』では「長期的に見れば成長を続けることは困難」と語られていた。そして近年は実際そうなりつつある兆候も目立つようなので「おお」と思ったりした。

社会の繁栄(というより没落しない方法)を考える上で前著『国家はなぜ衰退するのか』をよく紹介してきたが、『自由の命運』は、国家に対して社会(うちら一般人)がとるべき姿勢という意味でもさらに踏み込んだ議論を展開しているので、合わせて読むのオススメ。どっちも凄い面白いです。

 

同著者の『技術革新と不平等の1000年史』もオススメ。

「科学技術の発展によって人類は豊かに、平等になってきた」という素朴な思い込みを打ち砕き、技術革新が生んだ搾取や不平等の歴史を語る。AIのような新技術が人類社会にもたらす功罪を冷静に捉えた上で、より良い社会のあり方を選択するためにも読むべき本。

技術が発展すれば人類は豊かに平等になる…というのは単純化しすぎで、その技術の恩恵が一部に偏るような"発展"を遂げたところで、むしろ不平等は拡大される。AI技術が中世ヨーロッパの農法改良と同じ轍を踏まないためには権力や企業に技術を濫用させないことが大事。

 

『神のいない世界の歩き方 「科学的思考」入門』

『利己的な遺伝子』で有名な生物学者ドーキンスが、神が存在しない理由を懇々と説き、神が不在の世界で「私たちはどう生きるか」を語り尽くす。神の否定と同時に、創造者を必要としない"進化"の凄さ・美しさを改めて認識させる「無神論入門」。

「神や宗教を支えにしてる人もいるし、信仰の自由もあるのに、神を頭から否定するなんてひどい」と思う人もいるかもしれない。ただ、たとえば超キリスト教大国のアメリカでは、国民の多くがいまだに聖書の内容を「文字通り」信じていて、進化論を嘘だと考えているという現状がある。そんな中、ドーキンスの苛烈ともされる無神論の普及活動(本書もその一環)は、科学者として真摯で勇敢な姿勢と言わざるをえない面はある。

個人的には科学を最重視しつつも、宗教や神を全否定したくはなくて、新書『科学者はなぜ神を信じるのか』で書かれたように両立の道もあるのではとも思うのだが、アメリカでも日本でもアンチ科学的で差別的な宗教保守が権力に深く食い込んでいる現状を思うと、シビアな視線も必要だよな…とは考えざるをえない。

…とヘビーな話もしたくなるが、とにかくドーキンスのキレッキレな文章がべらぼうに面白いし、生物の魅力や面白さの伝わる真摯な内容なので(よほど信心深い方以外は)読んで損ないです。

 

『こうしてあなたたちは時間戦争に負ける』

評判は聞いており(セールだったので)読んでみて、その複雑な美しさとアイディアの豊かさに圧倒された小説。時空の覇権を争う二大勢力の有能な女性エージェント「レッド」と「ブルー」が、時間を超越した秘密の文通を始め、最初は「私のほうが一枚上手だったね笑」的に煽り合っているのだが、お互いのことを知る過程で、次第に惹かれ合っていく…という壮大な超時空SFにして壮麗な百合小説。

レッドとブルーが互いに送り合う「手紙」は、普通の手紙であることはほぼなく、歴史と時空を飛び越えながら縄文字とか溶岩とかを「文字」として活用するといった、奇想天外なアイディアに満ちている。そこに込められたクィアな愛情の美しさであるとか、めまいがするような時空のスケール感とか、ポップカルチャーの引用とか、全体的に『スティーブン・ユニバース』ファンにオススメできそうだな〜とか思ったが、後書きで著者が執筆中に『スティーブン・ユニバース』のテーマ曲を熱唱してたと知り、やっぱファンだったのね!となった。

それにしてもSF賞を総なめにした『こうしてあなたたちは時間戦争に負ける』の著者さんといい、『第五の季節』シリーズでヒューゴー賞を3年連続で取ったN・K・ジェミシン(『スティーブン・ユニバース』ファンとして知られ、アートブックにも寄稿してくれた)といい、『スティーブン・ユニバース』が現代SFに与えてる影響って、やっぱとてつもないものがあるんじゃないだろうか…と実感するのだった。

SF小説に限らず『スティーブン・ユニバース』を観て育った人たちがいよいよ創作の第一線に躍り出てるという話でもあるんだろうけど、『スティーブン・ユニバース』をロクに見る手段がない極東の島国の私ですら相当な影響を受けてるんだから(直近3冊にぜんぶSUネタを入れてみたので見つけてね)、アメリカ本国での影響力の凄まじさたるや…ということか。

 

『同志少女よ、敵を撃て』

日本で色々な賞をとったベストセラー小説。WWⅡのロシア軍サイドの話か…いま楽しめるかな〜と訝りつつ読み始めたが面白かった。ナチスに故郷を燃やされ、身近な人を惨殺された少女が次第に狙撃手として覚醒していく…という王道な復讐譚。意外にも(というべきではないんだろうが)戦場での女性への差別や暴力の問題にも踏み込んでいた。

ぶっちゃけ冒頭〜序盤くらいにかけては「キャラ描写とか配置とか若干アニメっぽすぎん?」とか思いつつ少々冷めた目で読んでたのだが、本格的な戦闘が始まった中盤以降、主要キャラに最初の犠牲者が出るあたりからはかなり引き込まれた。

発売時期とロシアのウクライナ侵攻が重なっちゃったのは不幸な偶然ではあるのだが、ロシア軍内部から自国の権力の欺瞞を問い直す視点は通底しているし、ウクライナ人のキャラも非常に重要な存在なので、創作面での真摯さにかなり救われてるというのは不幸中の幸いと言える。

ただ、戦時性暴力の問題に真面目に切り込み、アレクシエーヴィチ『戦争は女の顔をしていない』にも言及する作品なだけに、本作が日本の小説であることを踏まえると(戦時中に軍が各地でやったことを考えても)日本軍の所業への言及がないことには若干のアンバランスさを感じなくはなかった。まぁそこに踏み込んでたらこんなにヒットしてなかったのかもしれないが…(身も蓋もなくて辛い)

とはいえ「戦闘少女」的な表面を消費して終わるのではなく、ジェンダーの問題にもしっかり取り組んでいる真摯な作品なのは確かで、これがベストセラーになっているという事実に、(時に閉塞感も覚える)日本の出版界に少し希望が持てた。戦場シスターフッド小説としての物語を締めくくる結末もかなり好きでした。

 

『エデュケーション 大学は私の人生を変えた』

過激なサバイバリストの両親のもと、学校などの社会生活を排除して育てられた女性が、「教育」という概念との出会いによってあまりに大きな変化を遂げる。今は歴史家となった著者が、自身の強烈な人生の変容を振り返る、壮絶だが感動的なエッセイ。

アメリカでめちゃめちゃ売れててオバマとか有名人にも絶賛されてるだけのことはある凄い内容で、100%映画化するんやろな…と思いながら読んでいたが、毒親レベル100みたいな実家パートで起こるイベント、壮絶すぎて映像化ムリじゃね?ってのもチラホラ…。

サバイバリスト両親(てか父親)、シンプルにひどすぎるし、「とはいえ愛はあった…」的なヌルい着地は無理なレベルの「毒親」っぷりなのだが、これほど極端な例でもそこに「家」や「親」の普遍的な暴力性が伺えるし、だからこそ多くの人が著者の心の変化に共感できるのだろう。

実家の兄が暴力的な男で、なぜか「ニ◯ー」という差別用語で妹の著者を罵りまくり、彼女も昔は笑って流してたが、教育を受けて人類の歴史を知ることで、強烈な拒否感を覚えるようになる。それを「言葉も兄も変わってないが、私の耳が変わった」と表現してて、本質的だと思った。

親の教えによる精神的な抑圧によって、著者は嫌なことや不当な扱いに対して(日記の中でさえ)不満や怒りを表すことができなかったのだが、暴力兄にひどい仕打ちを受けたことでついに何かが爆発し、「自分の声を語る」という決定的な力に目覚めるくだりが(悲痛だけど)感動的。人類の理性を信じたい人にもオススメです。

 

『運動の神話』と『人体六〇〇万年史』

スポーツ全般あまり興味ない勢だが、だからこそというべきか、今年ベスト級に面白い本だった。「健康のために運動する」という現代人の状況がそもそも人類史上でも異様なのよねという事実から始めて、スポーツ・走る・座る・眠る・闘うといった人間の運動全般にまつわる「神話」(思い込みや嘘や偏見)を片っ端から解体していくという内容。

「運動」の定義がかなり広い本でもあって、「座る」の章とか非常に面白い。「座る」ことは健康に悪いと近年は言われがちで、たしかに実際、長時間イスに座り続ける人の死亡率は高くなりがちなそうだが、座りながらモゾモゾ体を動かすだけでもなんと30%くらい死亡率が下がるらしい。つまり落ち着きがない方が健康には良いということになる…(貧乏ゆすりも意外と合理的ってこと?)

また「現代人は原始的な人類に比べて座る時間が長すぎる、したがって不健康である」という俗説が一種の神話だと喝破するくだりも面白い。筆者がアフリカで実地調査した結果、「いわゆる文明的ではない暮らしを送る健康な人々の集団も一日の大部分はめちゃめちゃ座ってる」ということがわかった。ただし細かく体を動かしていて、それこそが肝心なのかもしれない。

 

同じ著者の『人体六〇〇万年史 科学が明かす進化・健康・疾病』も読み終えたが、たいへん面白かった。600万年前に類人猿と分岐して直立二足歩行を始めてから、ヒトの身体は独自の進化を遂げた。だが生活の激変を経て様々な"ミスマッチ"問題も浮上。人体と健康を壮大かつ面白く語る本。

奇しくも、最近読んだ『なぜ心はこんなに脆いのか: 不安や抑うつの進化心理学』と全く同じ着眼点で(精神ではなく)身体を語るという内容だな。私たちが結局は独自の進化を遂げた"動物"であるがゆえに、体/心(ハードウェア/ソフトウェア)の両面が現代文明にミスマッチを起こしてるという話…。

どちらも、人間という動物を改めて考察する本という意味でもオススメできそう。

 

『わたしたちが光の速さで進めないなら』

SFマイブームきてるので読んでみたが、とても良かった…。廃墟の宇宙ステーションが舞台の表題作をはじめ、SF的な壮大さと、女性・移民・障害者など少数者の視線を巧みに交差させ、「普通」の檻を優しく溶かす7篇。

優しい語り口ながらも、7篇どれもけっこうゾクッとするようなSF的な飛躍があって面白い。生物好きとしては「共生仮説」が特に良かった。いわゆる「人間性」として私たちが信奉するものが、(自然界でいう)"共生"によってもたらされたのだとしたら…という。

最後の「わたしのスペースヒーローについて」も素敵。東洋人で障害者の中年女性(語り手の叔母)が地球人を代表するようなミッションに挑むが…という話。いわゆる「モデルマイノリティ」的な抑圧の問題意識と、そこからの飛躍(まさに)が痛快さをもたらす。

「ジェンダーSF」的なジャンルも近年は盛んだけど、そもそもSFって「地球-宇宙」や「人類-他の生命」の関係や違いを通じて、現実のマイノリティの生や社会問題を描ける分野なわけで、多様な書き手が力を発揮する余地が大いにあるよな…と『わたしたちが光の速さで進めないなら』読んで改めて思ったり。

同じ作者の『地球の果ての温室で』も読んでるが、こちらも独特の静けさと親密さに貫かれたポスト・アポカリプスSFで新鮮。

 

『鋼鉄紅女』

ジェンダーSFつながりではないが、(2023年11月時点ではセール対象外だが)今年ベスト級に面白かった本作も紹介。

怪物を倒すため、男女ペアで巨大ロボットを操縦!(元ネタは日本アニメ『ダリフラ』と公言)…という中国メカSFなのだが、社会構造や性差別に抑圧・虐待された女性の逆襲というフェミニズム的主題を盛り込むことで、切れ味が凄いことに。

ロボット・怪獣・男女の邂逅…といかにもアニメ的な要素を散りばめながら(現状の日本アニメでは描けなさそうな)不平等へのド直球な怒りと、性規範への反抗・撹乱としてのクィア性を描き切っていて凄い。まさに『侍女の物語』+『パシフィック・リム』って感じ。

元ネタのアニメの展開への失望が執筆の原動力になったそうなのだが(そういや私も途中で見るのやめちゃったな…)、その結果こうも激烈で強度の高いエンタメを生み出せたの凄いし、やっぱ批評精神って大事というか、新しい何かを生み出す創作マインドにも直結するものなんだよなと実感…。

テーマ的に考えると百合/シスターフッド成分が薄めなのが意外ではあったが、「男女の三角関係」という王道な関係から、性差別システムが男女をともに抑圧するという(『バービー』とも通じる)問題を鮮やかに描いて見事。「三角関係」がマジで三角になってるのも良い。そうこなくてはな!

ラストが良い意味でひどくて(登場人物たちと一緒に)笑うしかなかったのも最高。さらにエピローグの衝撃展開で「えっ!」と思ったが続編の刊行も決まってるそうで楽しみ。植民地主義にも踏み込んだり、さらなるテーマの広がりもありそう。巨大ロボ物語に描けるもの、まだ沢山あるんだな。

 

その他オススメ本(軽めに紹介)

『偉大なる失敗 天才科学者たちはどう間違えたか』

まだ読み途中だけど面白いので紹介。ダーウィンのような人類史上最も重要な科学的発見をした人でさえ、後世から見れば「完全なる間違い」を犯すこともあった。偉大な科学者たちの誤謬に注目することで、逆に科学という営みの強靭さがわかる。

ダーウィンの進化論の提唱は言うまでもなく科学史上屈指の偉業だが、いかんせんその時点では遺伝学が全く普及していなかったため、親の特徴が子に伝わるメカニズムに関してはダーウィンもあやふやな理解しかなかった…(そして後の大失敗理論に繋がる)という箇所とか面白いし切実。

『偉大なる失敗』によると実はダーウィンは(進化論の完成に不可欠だった)メンデルの遺伝学と超ニアミスしていた。しかしダーウィンはメンデルの研究に全く関心を寄せず、本まで持っていたのに、その研究が載ってるページを読むこともなかった。なぜわかるかというとページが↓の写真のようにくっついたままだから(当時は切って読んでた)。

この超ニアミスを見ると、ダーウィンがメンデルの研究を読んでさえいれば…!とか思いたくなるが、『偉大なる失敗』の著者は「まぁ当時のダーウィンが読んでもよくわからなかったんじゃね」とバッサリ。同時代の植物学者の大家ですら理解できないほど先鋭的な研究だったようなので無理もないけど。

『偉大なる失敗』のダーウィンの失敗を読んでちょっと感動してしまうのは、科学という営みがとことん属人的でないことがわかるからかもしれない。どんなに偉大な業績をもつ科学者が「自分は正しい!」と声をはりあげても、その理論が間違っていれば消えるし、正しかった部分だけが残る。健全なことだ。

しかし「無知の無知」に警鐘を鳴らしていた超天才ダーウィンでさえ典型的な誤謬にハマってた姿を見ると、もはや私たち一般人が「無知の無知」から脱するのムリなんじゃね?と思えてくるが、先述の『知ってるつもり 無知の科学』とか読んでがんばるしかないのかもね…

 

『BREATH 呼吸の科学』

ふだん無意識にしてる呼吸のメカニズムや、誰でもできる良い呼吸法について語る。古代人と現代人の頭蓋骨を比べて口呼吸への移行を論じたりとか「呼吸の歴史」としても興味深い内容。著者は科学者ではなくジャーナリストだが読みやすい。

 

『ホワット・イフ?――野球のボールを光速で投げたらどうなるか』

人類全員でレーザーポインターで照らしたら月の光は変わる?みたいな超くだらない科学の疑問に、元NASAの研究者が脱力イラストとともに答える。何の役にも立たない知識の楽しいおもちゃ箱みたいな本だが、だからこそサイエンス入門に良いと思う。

 

『ファスト&スロー』

私たちは自分を合理的だと思いがちだが、人間は必ずしも合理的でない。ファストな「直感」とスローな「論理」を併せ持っていて、前者が意外なほど強力に働いてしまう…という意思決定のメカニズムを様々な実例を挙げながら語る、面白い本。

 

『デジタル・ミニマリスト スマホに依存しない生き方』

テック企業が大金を投じて全力で私たちの可処分時間を奪い取りにきてる以上、我々一般ユーザーがまともな生活を送るためには、もはや「デジタル・ミニマリスト」を目指すしかねえ…という切実な内容の本。なんだかんだTwitterを使い続けてしまっている身としては耳に痛いし、本書の内容を100%実践できるかはともかく、一度読んどくと有意義だと思う。

 

『ヒトの目、驚異の進化 視覚革命が文明を生んだ』

普通に生きてると気づきにくいが、ヒトの目って実は凄いんだぜ!ということを、4つの「目のスーパーパワー」を軸に語るアツイ人類史本。他者の肌の色の変化を観るための目の進化とか、進化を巡るエキサイティングな本でもある。

 

『遺伝子‐親密なる人類史‐』

19世紀のメンデル(遺伝法則)とダーウィン(進化論)の二大発見から始まった、遺伝子を巡る人類の物語を綴る。DNA二重らせんの衝撃、優生思想の惨劇、ゲノム編集の新技術「CRISPR-Cas9」の可能性…。激動の時代にいると実感させられる。

著者シッダールタ・ムカジーはインド出身の医者/研究者(前著はピュリッツァー賞)だが、親戚の数名が統合失調症と双極性障害を発症している、遺伝性の高い病気の当事者でもある。遺伝という現象に切実に向き合わざるをえない人が語る遺伝子の歴史。生物勢は一度読んでおこう。

 

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ハヤカワの海は広大なので他にも明らかに色々あるはずだが、長いのでいったん終わっとく。また面白い本みつけたら追加するかも。大規模セールやると大抵は入るのでぜひ