沼の見える街

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鳥山明の良いとこ全部のせ。映画『SAND LAND』感想&レビュー

「有名漫画家が描いた1巻完結の面白い漫画」の天下一武道会を開催したら、間違いなく優勝候補の一角を担うであろう漫画…それが『SAND LAND』(2000)である。

【1巻完結漫画の金字塔『SAND LAND』】

本作は『ドラゴンボール』完結から5年後の2000年に、短期集中連載としてジャンプに掲載されていた漫画だ。個人的にもほぼリアルタイムで読むことができた、唯一の鳥山明作品として思い入れが深い。

内容をざっくり説明すると、愚かで強欲な人間の手によって砂漠と化した世界「サンドランド」で、悪魔の王子ベルゼブブと、善良だがワケありな老人ラオが出会い、魔物シーフをお供に連れて、水を求めて冒険の旅に出る…という物語だ。

まず、少年漫画なのにおじいさんが主人公という設定が当時でも斬新で、「そんなのアリなんだ」と思ったことを覚えている(今なら例えばイーストウッドの映画『許されざる者』とか色んな参照元を思いつくのだが)。

ぱらぱら眺めるだけでわかるように、絵のクオリティも極めて高い。鳥山明らしいメカやクリーチャーのデザインや描き込みもさすがの一言で、『ドラゴンボール』完結後に円熟の域に達した氏の画力を堪能することができる。あまりの人気で長期連載化しすぎた『ドラゴンボール』から解放され、好きな題材をのびのびと描いている巨匠の余裕や遊び心に満ちた感覚も伝わってくる。しかし後で知ったことだが、この作画クオリティを、アシスタントも使わず1人で(短期とは言え)週刊連載として成立させていたとは、やはり化け物である…。

ストーリーの切れ味も見事だ。「砂漠の世界で水を求めて旅に出る」という極めてシンプルな物語を軸に、テンポよく次々に起こるアクシデントの数々、無駄を削ぎ落としたキャラクター配置と、とにかく圧倒的に読みやすい。そのエンタメのお手本のような明快さは、鳥山明のストーリーテラーとしての高い技能を証明している。

「砂漠化した世界を舞台に、資源を独占する横暴な権力者に立ち向かう」という物語自体も全く古びてないどころか、むしろ気候危機と格差が深刻な現代にこそ刺さっていると思う。本作で描かれる不平等の構図は、(化石燃料業界を筆頭に)大金持ちや権力者が資源を独占し、エネルギー供給の手段を掌握することで、支配力を維持しようとする現実の構図そのものだ。そしてその結果、地球温暖化の進行は一向に止まることがない。異常気象や火災の発生はニュースで知られるところだし、文字通り「砂漠化」の進行が懸念される地域も多い。

『SAND LAND』はあくまで少年漫画誌に掲載された王道のエンタメ作品ではあるが、だからこそというべきか、現実社会の支配や不平等の構造を、鳥山明という天才的クリエイターが(意識的かはともかく)鋭敏にすくい取っていたことに感銘を受けてしまう。

ところで『SAND LAND』の砂まみれの世界観といい、シンプルな「行きて帰りし物語」といい、横暴な支配者に抗う気骨といい、やはり『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(2015)を想起する映画ファンも多いのではないかと思う。まぁ『マッドマックス』1作めは1979年なので、むしろ本シリーズが鳥山明に影響を与えている可能性も大きいわけだが、とはいえあの映画史に残る大傑作『怒りのデス・ロード』の15年前に、日本の漫画家が近い発想の名作を仕上げていたと思うと、ちょっと嬉しくなる。

 

【晴れて(まさかの)映画化】

そんな名作マンガ『SAND LAND』が、このたびまさかのアニメ映画化を遂げたという。そもそもゲームの企画だったのだが(それもだいぶ思い切ったな)、長編アニメとして作らないかという東宝側の提案もあって、めでたく制作の運びとなったようだ。とはいえ23年のマンガだし、ファンとしては「どうなるんだろ…」とちょっと心配しつつも劇場に駆けつけた。その結果…

たいへん楽しむことができた。原作コミックに思い入れが深い者としても、大いに満足できるアニメ化だったし、(ファンの贔屓目もあるかもだが)2023年の完全新作として出されても遜色ない出来栄えだったと思う。そして映画館で鑑賞して改めて感じたが、明快で痛快な活劇の面白さといい、人間臭く愛おしいキャラ造形といい、シンプルで力強い台詞回しといい、意外なほどきめ細やかなディテールの詰め方といい、とにかく鳥山明の良いところが全部出ている作品だなと思わされた。

原作のストーリーはほぼそのままだが、細かいところをけっこう足したり削ったり変えたりして、106分のエンタメ映画として成立するよう上手く仕上げている。

たとえば冒頭、魔物たちが軍の車を襲うシーン。原作では主人公(のひとり)ベルゼブブの視点だったが、映画では車の運転手たちのやりとりから始め、そこを魔物に急襲されるという形で、ホラー映画っぽいテイストに変更していた。この世界では悪魔や魔物が人間に恐れられている…という(重要なはずだが実は原作にはなかった)要素をうまく織り込んでいて、巧みな改変だったと思う。

もうひとりの主人公である、おじいさんの保安官ラオが町の人たちに助けを求められ、自分がなんとかすると約束して出発する様子を入れたのも適切な補足だろう。というかその後原作を読み返すとベルゼブブのもとにいきなりラオが出現するので、よく言えば爆速テンポだが、ちょっと唐突と言えば唐突にも感じられる。

他にも、ベルゼブブの父サタンがラオを指していう台詞が「あの人間は信用できそうだ」から「あの人間は興味深い」という、意味は同じかもしれないがより悪魔っぽい台詞に変わっていたり、終盤で活用される映画オリジナルアイテム「クソサボテン」が登場したり(中盤のラオの行動が伏線にもなる)と、地味に細やかな変更を見ることができる。

序盤の最大の見どころである、砂漠の猛獣「ゲジ竜」とのバトルも、スクリーンで見るとかなりの迫力があった。(ゲジ竜はよく見ると原作より足の数が多かったり、デザイン面での変更もある。)荷物を切り離してゲジ竜から逃れるくだりも、巨大な穴を車でジャンプするアクションに変更されていて、外連味が増していたと思う。

序盤のゲジ竜戦といい、それに続く様々なシチュエーションでの乗り物バトルといい、きっちりスリリングに楽しませてくれるアクションが続くのも本作の見どころだ。ベルゼブブが最強クラスの魔物にもかかわらず、一貫して緊張感を持続できているのも地味に凄い気がする。ベルゼブブは圧倒的に強い魔物なのだが、とはいえせいぜい腕力や五感が人間より格段に優れている…という程度ではあり、無敵や万能というほどではない(ゲジ竜を倒したり戦車に穴を開けたりはできない)…というバランスがいい感じに働いている。この「無敵ではないがとても強い」身体能力を、老人ラオの百戦錬磨の知恵と組み合わせて危機に立ち向かっていく、という意外と知的な楽しさもある。

具体的なネタバレはしないでおくが、中盤から終盤にかけてのアクションは、ボリューム的な意味で大幅にパワーアップしているので、原作ファンも嬉しくなるはずだ。(映画の後に原作を読むとちょっと地味であっさりしすぎに感じるほどかもしれない。)

 

ーーー以下ネタバレ、作品の核心部分に触れるので注意ーーー

 

【後悔と贖罪】

このたび『SAND LAND』を劇場で見て、改めて心打たれたシーンがあった。それは、「他者への偏見が大惨事に繋がったこと」への後悔と贖罪が正面から描かれることだ。ラオの正体は、実は伝説のサバ将軍であり、「破壊兵器」を作っていたとされる民族を攻撃した際に起こった爆発事故で死亡したと思われていた。しかしラオは魔物シーフの口から、その爆発事故の衝撃の真相を告げられる。実はラオが攻撃を命じられた民族が作っていたのは「破壊兵器」ではなく「水をつくる装置」であり、水を独占するために彼らが邪魔だったゼウ大将軍が、ラオを騙して攻撃させた…とわかったのである。

権力が煽った憎悪によって、他者への偏見が増幅され、結果として大虐殺を起こしてしまったという「罪」を突きつけられ、ラオは「本当の悪魔は、俺の方じゃないか…」と絶句する。この台詞は映画オリジナルで付け足されたもので、ベタな言い回しではあるのだが、本作のテーマを考えれば極めてまっとうで、かつ重たい言葉だと言うほかない。前半で「人間による魔物への偏見」「魔物や悪魔よりも悪いかもしれない人の業」を(コミカルにではあるが)語っていたことも、良い具合に伏線となっている。

基本的にドライな作風で、登場人物がそれほど深く苦悩したりしない鳥山明作品の中では意外なほど珍しい、取り返しの付かない過ちを犯した男のヘビーな後悔と贖罪に対して、この映画版は的確にスポットライトを当ててみせる。ここをしっかり描くことで、後にラオが大将軍に告げる「お前だけは絶対に許さない」という言葉が、格段の重みを放つことになるのだ。

そして本来であれば、本作のような気軽なエンタメ映画に紐づけて話題にしたいことでもないのだが、まさに偏見や差別によって引き起こされた虐殺を省みないことが政治的な常套手段になってしまっている今の日本では、こうしたド直球かつ王道の少年漫画的メッセージですら大事にしないといけない状況と言わざるを得ない…。

日本に限らずとも、「兵器を作っている」という大義名分で虐殺に駆り出された人間の後悔を描くストーリーを、「大量破壊兵器」を口実としたイラク戦争が起きる3年前に描いていたという事実もけっこうスゴイ気がする。もちろん鳥山明がこうした具体的な事象を意識して『SAND LAND』を作ったとは思わないが、これも先述した環境問題と同じで、普遍的で強度の高いエンタメを作り出そうとすれば、必然的に現実社会の様々な問題を突くような鋭さが生じてしまうこともある…ということだろう。

 

【あえて言えば…な弱点】

そんなわけで大いに楽しんだ『SAND LAND』だし、物語自体は今も全く古びてない…とは思うものの、まぁ本当に2023年の新作として見た場合、気になる点が全然ないというわけではない。真っ先に浮かぶのは、キャラクターが(おじいさんに偏ってるのは全然いいと思うが)男に偏りすぎ問題かもしれない。原作を知らない人が見たら「なんで主要キャラが男ばっかりなんだ?」とちょっと不自然に感じてしまうのではないか。

まぁ23年前の(そもそも全体的にホモソーシャル的な)ジャンプ漫画に現代エンタメ並のジェンダーバランスを求めるのは酷だろうし、映画化で変えるわけにもいかなかっただろう。ただ、もし今の鳥山明が『SAND LAND』のような話を描くなら、アレ将軍か、無理ならサタンあたりの立ち位置のキャラを女性にすることで(お母さんに頭が上がらないベルゼもかわいいんじゃね)、バランスを取ったんじゃないかとも想像する。…ということをTwitterで書いたら「原作のキャラを女性に改変しろというのか、行き過ぎたポリコレだ〜」みたいなつまらないクソリプが届いたが、誰も改変しろとは言ってない。いくら『SAND LAND』が名作とはいえ、2023年の最新作として見た場合は多少古びたり不自然になっているところもある、という当然の話をしている。

さらに言えば、結末もちょっと煮えきらない部分もなくはない。ここまで権力打倒の物語をまっとうにやりきったなら、もう王制そのものも打倒しちゃえば?とは言いたくなってしまう。邪悪な大将軍を追放したのはいいが、あの無能で愚かな王自体は権力の座にとどまり続けるんか〜い、という点でやや拍子抜けするのは確かだ。とはいえ、王制への謎の執着はディズニー作品とかにも同じことが言えるし、まぁ魔物とか悪魔とかいるドラクエ世界観だし、そこは童話的なお約束というか、深く突っ込むことはしないでおこう…。

また原作マンガ→アニメの改変ポイントはほぼ文句ないものの、いくつかの場面では鳥山明独特の味わいが少々抜けていたようにも感じた。たとえば、ラオの実力と人格を認め、過去の過ちに気づいたアレ将軍が、密かに国王や大将軍を裏切り、無線を使ってラオたちに王の泉の場所を教えるシーン。原作ではアレ将軍が「実は泉はあそこにあるんだよな〜」的な「ひとりごと」を言うことで、ラオに情報を伝えるというシーンなのだが、映画では「他の戦車に報告すると見せかけて、ラオに情報を届ける」という形に改変されていた。ぶっちゃけ明らかに映画の展開のほうが自然ではあるし、たいへん適切な改変だとは思う。ただ真面目なアレ将軍が異様にくだけたわざとらしい口調でラオに情報を伝えてくれる原作シーンの面白さ(『カリオストロの城』の銭形の「どうしよう??」の良さにも通じる)が、いかにも鳥山明らしい人間臭さに満ちた、本作屈指の好きな場面だったので、ファン的にはちょっと残念ではあった。

あと全体に、コミック1冊の内容を映画用に膨らませた内容であるため、やや冗長に感じる部分もなくはなかった。戦車戦やクライマックスの闘いも含めて、「膨らませた」部分もよくできてはいるのだが、すごく面白いとまで言ってしまうと原作ファンの贔屓目になりそうだ。熱心なファンは「蛇足」「贅肉」と感じる人もいるかもしれない。まぁ原作そのままのテンポと内容でやるとたぶん1時間くらいで終わってしまう話ではあるので、しょうがないところではある。

 

【『SAND LAND』のまっとうさ】

そんなわけで(大抵の面白かった映画同様)気になる部分が皆無ではなかったが、映画『SAND LAND』は、改めて鳥山明のストーリーテリングやキャラ造形の才能を実感するという意味では、これ以上ない機会といえる。「鳥山明を体感せよ」というコピーには何の偽りもないと言って良いだろう。本作が2000年に出た原作漫画の23年越しの映画化であることを思うと、むしろこんなにきっちり1本の独立したエンタメとしてまとめ上げた近年の日本アニメ映画をほとんど思いつかないことに、多少の危機感を覚えるほどだ。

もっと言えば『SAND LAND』が証明してるのは、主人公チームの3分の2がおじいさんで、女子高生もイケメンも出ず、キャラ造形がそれほど華やかでなくても、ストーリーやアクションが良くできてさえいれば、完全に良い映画になるということだ。『君たちはどう生きるか』もその観点から言って凄かったが、今時そんな企画は鳥山明や宮崎駿レベルの知名度がなければ実現困難、というならそれはそれで複雑な気持ちになる…。

そして先述したように、へたに捻ったり逆張りしたりせずに、王道のエンタメを突き詰めた本作が、テーマの面でも現代の日本社会や世界に深く刺さってしまっていることは特筆すべきだろう(少年漫画の勧善懲悪がそのまま刺さる現実世界がどうなんだよという話ではあるのだが…)。変に「正しさ」に逆張りしたせいで結局なにが言いたいのかよくわからなくなってしまったり、むしろ権力や多数派に都合の良い考えに追随してしまうような作品も沢山ある中で、本作の筋の通ったまっとうさには、今時珍しいほどの清々しさを感じずにはいられなかった。そうした真摯な物語を、あくまで(砂漠だけに)カラッとした鳥山明節で仕上げていることも感銘を受けてしまう。エモや情緒や泣かせに頼り過ぎな昨今の制作陣は見習ってほしい。

なんにせよ映画『SAND LAND』、今年の日本アニメ屈指の快作であることは間違いないので、残念ながら客入りは微妙とかいう話も聞くが(見る目ないぜ)、日本のアニメ好きは確実に劇場で観といたほうがいいよ。おわり。

原作も電子版とか出てるので読もうね。

ドラゴンボール以降の鳥山作品つながりで『COWA!』も読んでみたが、こっちもしみじみ良かった…。マコリン…