沼の見える街

ぬまがさワタリのブログです。すてきな生きもの&映画とかカルチャー。

国立科学博物館の特別展「毒」に行ったよ毒毒レポート

ニコチンは 神経毒の 一種です(五七五)

というわけで上野の国立科学博物館の特別展「毒」(〜2/19)に行ってきました。ポイズン〜〜〜!

www.dokuten.jp

生き物好き的にもかなりエンジョイできたので写真レポ&感想をまとめておきます。(基本、写真OKシェアOKな特別展でした。現代的でイイと思う。)

ちなみに私は科博ガチ勢の嗜みとして、常設展に入り放題な「リピーターズパス」を持っているので、それを提示することで700円引きくらいで入れた(日時指定予約は必要だが)。年に2〜3回科博に行く人ならたぶん元取れるから受付で買っとこう。科博に限らず年パス系は、国が予算をケチるせいで国立なのに色々苦しいという博物館へのダイレクト支援にもなる。国立博物館を軽視しておきながら国を名乗ってんじゃねーぞ(←毒)

 

特別展「毒」、入ってみるとさっそく巨大オオスズメバチと巨大ハブが待ち受けていてアツイ!(前の「昆虫展」や「大哺乳類展」でも巨大フィギュアあったので、恒例化したんだろうか。)

でかい!こわい!カッコいい!

実は私は子どもの頃オオスズメバチに刺されてヤバかった過去があるため、一時期(こどものころ)はハチを敵視していたのだが…。

今はオオスズメバチの、狩りと戦闘に特化した能力と姿を美しいと思っている。(だから私を毒殺しようとしたことは水に流すとしよう。)こうして巨大な姿をまじまじ眺めると、本当に戦闘マシンのように美しい造形をしているよな…。こんな大きさじゃなくて本当に良かった。

 

ちなみに巨大イラガ幼虫もいた。

バッシバシなすごい毒棘(どくきょくと読む)。写真をタップしただけでかぶれそう。

こうして巨大な姿でクローズアップして見ると、あまりに毒トゲが過剰な気がして「そんなにトゲいることある?」となんか笑ってしまうが、自分を喰らわんとする外敵に、いかに効率よく毒を注入するか最適化した進化の結果なのだろうな。最適で合理的だからと言って、無印良品みたいにシンプルになるとは限らないのだ!(?)

 

ハチ毒のコーナーには、有名な「シュミット指数」の話題も。

シュミット指数とは…「毒のカクテル」と称されるほど多様で複雑なハチ毒の強さを、マジで色んなハチに刺されることで、体を張って確かめたシュミット博士が考案した痛みの指数。

 すげえキメの細かい「痛み」の指標とかも眺めていると、シュミット博士の体の張り方が変態的なのは否めず、素人目にはそのうち死ぬぞと思ってしまうが、科学者としては真面目で真摯な態度なのは疑いようもない。「痛み」という数値化しづらい感覚に基準を設けた点でも有意義である…。

シュミット指数最強の「タランチュラホーク」めっちゃこわいな(名前はカッコいい)。「毒」って、体が小さくて非力な動物が、外敵との力関係をひっくり返すために大きなコストを払って体に仕込むもの…というイメージがなんとなくあるので、この「タランチュラホーク」みたいに、ハチとしては明らかにバカでかいにもかかわらず、とんでもなく強烈な毒をもってるって、なんつーか反則な気がする。

かように一筋縄ではいかない「ハチの毒」、考え出すと面白いのだが、今回の「毒」展でもその多様さが詳しく解説されていてよかった。攻撃だけでなく守備にも使える「毒」の意外な応用性の高さこそが、ハチの進化の多様さを生んだ、という考え方もできるわけか…。

それほどハチ毒は(ハチ自身と同じように)多様を極めるので、「この毒が痛い」「いちばん強いハチ毒はこれ」なんてことは、実際に刺されてみないとわからない。「痛み」なんて感覚は主観が混ざるぶん、条件を揃えなければ定量化も難しいわけで、その意味でもシュミット博士のやったことって冗談抜きで意義深いんだろうな…。その成果は 『蜂と蟻に刺されてみた―「痛さ」からわかった毒針昆虫のヒミツ』という本によくまとまっているのでぜひ読もう。

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そしてちょうど『THE LAST OF US』という菌類ゾンビが出てくるゲーム/ドラマがアツい時期なので…

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「毒」展でもどうしても菌類に目が行ってしまう。

「毒を持つ菌類」といえば、身近なのはやっぱり毒キノコということで、世界の色んな毒キノコが展示されていました。

 

世界一有名な毒キノコ🍄だけど、いうほど致死的な毒はないベニテングタケ。でも絶対食べないほうが良い!

いわゆる「マジックマッシュルーム」として、食べると幻覚を見る作用のあるキノコも多いのだが、す〜ぐ毒を摂取する人類に利用されてしまうのだった(この記事↓でも本来は毒物として進化したカフェインを話題にしたけど…)

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これ↓はワライタケで、日本では所持すら違法らしいので気をつけよう! しかし冷静に考えると「人間に幻覚を見せる毒」ってどういうことなんだろうな…どういう進化のロジックでそんな毒を獲得することになるんだ……謎すぎるぞ、キノコ。

食べると当然死ぬし、なんと触っただけでもヤバいカエンタケ。絶対近寄らないようにしよう…(こいつだけ厳重なのがなんかコワイ)

毒きのこコーナーには、「毒」展らしい科学的な注意書きも。毒きのこにまつわる「法則」みたいな言い伝えはほとんどが迷信であり、科学的根拠が何もないから注意、とのこと。信じちゃうと命に関わる「迷信」だもんな…

というかそもそも「地球上のきのこの大半は食毒不明」らしく、そうなんだ…いやでもそりゃそうだよな、と妙に感銘を受けた。それこそさっきのシュミット博士みたいに体を張ってる変態…じゃなかった、真摯な科学者がそんなに多いわけでもないだろうし、うっかり食べた事故でもない限り「毒がある」なんてわかりっこないもんな。シュレディンガーの猫ならぬ、シュレディンガーの毒きのことでも言おうか…。「毒について知る」営みの困難さをさりげなく思い知らされるコーナーであった。

 

続いて「こんな動物にも毒が!?」的なコーナー。そこにいたのは…

ピトフーイだ!(正確にはズグロモリモズ。)

世にも珍しい「毒をもつ鳥」とかいうロマンすぎる存在。パプアニューギニアに生息し、羽や皮膚に「バトラコトキシン類」の毒があることが判明。なんで鳥なのに毒をもってるのかというと、常食するジョウカイモドキ科の昆虫がもつ神経毒に由来してるとのこと(この近縁種の虫も展示されていた)。

ズグロモリモズを見て、逆に「なぜ毒を持つ鳥類は圧倒的に少ないのか」とも考えてしまうんだよね。まぁ鳥だけでなく、毒を持つ哺乳類も非常に珍しいわけだが…たとえば我らがカモノハシとか。

それでも他にもスローロリスとか、トガリネズミとか、「有毒哺乳類」って地味にそこそこの数いるので、「有毒の鳥」に比べるとやや多い印象(見つかってないだけかもしれないけど)。なんで毒のある鳥って珍しいんだろうね。

さっき「毒は大きな体や強い力を持てない生きものが高コストで獲得した外敵への対抗手段」と書いたが、まぁ一般的にはおおむねそういうことなんだろう。ただ、そこに「有毒の鳥が少ない」という条件がくわわると、たとえば「移動能力と毒」の間になんらかの関連を見い出せないかなって。

自分では全く動けない植物やキノコの仲間に「毒」を進化させたものが多く、動物の中では移動能力に劣る爬虫類・両生類なども収斂するように「毒」を獲得し、ひるがえって移動能力の高い哺乳類や、もっと高い鳥類には有毒の種が少ないという事実から、「毒」が「移動能力」を代替するような強みを自然界で発揮したりする可能性なんてないかな〜とかボンヤリ考えたりした。まぁこの理屈だと虫や魚にも毒持ち多いのはなんなんだよって話なので(タランチュラホーク先輩…)、自分で言ってていきなり破綻しそうな感じだが。ただ生存には超有利な毒が、体内で生成・維持するために半端ないコストが必要な特質なのは確かなはずなので(そうじゃないならみんな有毒生物になるはずだし)、この辺の「毒のコストとの折り合い」みたいな話を真剣に考える研究とかあるんなら覗いてみたいな。

 

他にも「毒」展、色々と毒にまつわる興味深い展示が多いのでじっくり見てみてね。冒頭でも紹介した、「身近な毒」として展示されるタバコ、迫力がある。

ニコチンは 神経毒の 1種です(二回め)

 

おみやげショップには「おおきなベニテングタケ」ぬいぐるみが売ってた。1万円オーバーだったので買うのはやめといたが、ぬいぐるみコレクションにくわえたい毒々しいかわいさである。

 

図録も買った。装丁も「いにしえの毒本」って感じで本格的でイイね。『薔薇の名前』じゃないけどページに毒塗ってそうな風格が素敵。

展示されていなかった、どうぶつコラムや豆知識も沢山なので、ゆっくり読むとしよう。科博の図録、普通に生きもの図解の資料になるので私的にマストバイである。てか普通に考えてこんなガチ装丁でフルカラー180pで写真・図版・コラム山盛りで大勢の専門家フル監修の本が2400円で買える機会は特別展の図録以外ではまずありえないので、一般的にもマストバイである。

そんな感じで楽しかった「毒」展。行ってよかった!開催は2月19日までなのでみんな早めに行こうね。

我々哺乳類も(ニコチンとかマジックマッシュルームとか)マジの毒を体に仕込むのは控えめにしつつ、心に毒を仕込んでたくましく生きていきましょう!スローロリスのように…。

 

「生きものの毒」にさらに興味持った人へのオススメ本。面白いよ。

『毒々生物の奇妙な進化』クリスティー・ウィルコックス

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神ゲーが神ドラマ化の期待大。ドラマ『THE LAST OF US』第1話感想(ネタバレ控えめ)

ゲーム『THE LAST OF US』シリーズは正真正銘の神ゲーである。

『THE LAST OF US(ザ・ラスト・オブ・アス)』…通称「ラスアス」について超ざっくり説明すると、菌類ゾンビパニックで崩壊しつつある世界で、とある深い喪失に苦しむ中年男・ジョエルと、世界を救う鍵となるかもしれない少女・エリーの、残酷で過酷な旅路を描く作品だ。あらすじだけ聞くと「よくあるゾンビものね」という感じかもしれないが、プレイヤーが主人公に乗り移って他者の人生を追体験する「ゲーム」としての性質をものすごく巧みに活かした物語や演出によって、映画やドラマではまず不可能な、強烈なインパクトをプレイヤーの心に与えやがっ……与えてくれるゲームである。

続編の『THE LAST OF US  Part II 』(通称ラスアス2)では物語が格段にスケールアップするだけでなく、「主人公を操作する」ゲームとしての必然性がさらに濃厚になり、考えうる全てのギミックをプレイヤーの心を抉るためフル活用してくるため、もはや娯楽っていうか"プレイする地獄"のような有様になってくる。2は非常にショッキングな展開が冒頭で起きることもあり賛否両論あるのだが、私に言わせれば傑作の1をはるかに上回る大傑作なので、否定レビューは気にせずさっさとプレイしたほうがいい。

まぁとにかく『THE LAST OF US』は強烈に面白いゲームシリーズなのである。世界中で大ヒットを記録し、様々な賞を総なめにし、ここ10年を代表する傑作ゲームとして語り継がれているのも、当たり前と言うほかない。

ラスアスはあまりに神ゲーすぎるし人生ベスト級に大好きな1本なので、まさかの実写ドラマ化を果たすと聞いた時には、「なにそれ楽しみ〜絶対みる」という期待と、「実写化?あのゲームを?厳しくね?」という不安が入り混じった。だが………まずは観てみなければわからない。

そんなこんなで運命の配信日1/16当日となり、さっそくHBOドラマ版『THE LAST OF US』を(去年『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』が終わって一回切ったU-NEXTに入り直して)、さっそく観てみたわけだが…。

まだ第1話だし現時点での評価ということになるが……結論から言って「最高」の出来栄えに仕上がっていたと思う。かなり高かった期待のハードルを大きく上回ってくれたことが嬉しいので、珍しく第1話からいきなり感想を書いてみたい。

致命的なネタバレはなるべく避けて語るつもりだが、何も知らずに観れるならそれに越したことはないので、可能であればドラマを見てから読んでもらいたい。「ゲーム未プレイの人はドラマとどっちから入るべきか」問題は、普段のスタンスならゲームを勧めるが、これだけ出来がいいとドラマから観るのも大いにアリだと今回は思う(せっかく世界同時に盛り上がれるしね)。第1話は80分と、ちょっとした映画くらい長いが、本当に面白いので体感すぐ見終わるだろう。↓

『THE LAST OF US』U-NEXTで視聴

px.a8.net

 

【パンデミック以降の世界に突きつける「パンデミック超大作」】

ドラマの基本的なあらすじは、ゲームと全く同じだ。主人公の男ジョエルは、娘のサラ、弟のトミーと一緒に幸せな人生を送っていた。しかし何の変哲もないある日、世界が急に音を立てて崩れ始める。謎のウイルス…ではなく実は「菌」なのだが、ともかくアメリカ中に致命的な感染症が広がってしまい、ゾンビのような人食いの「感染者」が跋扈し、文明社会が崩壊していくという、史上最悪のパンデミックが幕を開けることになる。

ここまでは確かにゲームもドラマも同じだ……しかし、ある意味では「同じ」ではない。私たちの世界のほうが変わってしまったからである。ゲーム『THE LAST OF US』は2013年に発売された作品だが、その実写化作品を今2023年に観るにあたって、現実世界に起きた大事件を想起しない人は誰ひとりいないだろう。言うまでもなく、2020年から世界を席巻している、新型コロナウイルスのパンデミックである。

あくまで私の思いつく限りではあるが、本作のように莫大な制作費が投じられた世界的なエンタメ大作で、「コロナ禍以降」に「パンデミック的な災害」を主要なテーマとする新作は、このドラマ『THE LAST OF US』が初となるのではないだろうか…? (まぁ『ウォーキング・デッド』などおなじみのゾンビ系は色々あるし、より小規模な作品であれば当然いくらでもあるだろうが。)

10年前のゲーム第1作の方は当然として、2020年6月の発売となるラスアス2を作った制作陣も、その直後に現実世界を致死的な感染症が襲うことになるとは予想していなかったはずだ。その意味でこのドラマは、コロナ禍の世界を作り手も観客も十分に思い知った後に、そのリアリティを織り込んで作られる、なんなら初かもしれない「パンデミック超大作」になるというわけだ。その意味でも、映像エンタメの歴史において、けっこう重要なポイントになりそうだな…と思っている。

『THE LAST OF US』シリーズの恐ろしさは、人食いゾンビである「感染者」の描写に最もわかりやすく現れている。ドラマではまだ序の口だが、平和だった日常が突如反転し、無害な隣人が「人ではないもの」に姿を変えてしまうという、かなり恐ろしい「感染者」描写をいきなり味わうことになる。

本作はまぁ確かにゾンビものではあるのだが、ウイルスではなくキノコのような「菌類」、それも冬虫夏草とかの寄生系のロジックで動くゾンビというのが(生きもの好きとしても)かなり面白いポイントなので、ドラマでも冒頭からそこに焦点が当たってくれて嬉しい。(まだ序の口だけどさっそく登場した、胞子化した死体のビジュアルとか最高!)わくわく菌類ドラマとしてのポテンシャルの高さがこの「おぞまし美しい」オープニングからもひしひし伝わる。↓

だがドラマ1話では感染者=ゾンビそのもの以上に、「感染者」と「感染していない人」と「感染しているかもしれない人」の間に、恣意的かつ暴力的に「線が引かれる」ことの恐ろしさが強調されていた。この世界ではどんな人でも、他者の偏見や思い込み、体制側の都合、その場の成り行きによって、かんたんに排除され、命を奪われてしまうということだ。そのことの恐ろしさは、実際にパンデミックを経た現実世界の私たちの中で、より嫌なリアリティをもって増幅されはしないだろうか…。

ジョエルたちを襲う最大の悲劇が、その暴力的な「命の線引き」によってもたらされてしまう…という事実の残酷さには、ドラマ全体を通じて確実に(ひょっとするとゲーム以上に頻繁に)繰り返し立ち返ることになるだろう。

何より悲しいのは、その悲劇にたどり着くまでに、ジョエル自身も多くの「線引き」を繰り返してしまっている…ということだ。極限状態で家族を守り、生き残ろうとするジョエルを責められはしないものの、それでも「困っている家族を見捨てる」だとか「感染者だろうが人間だろうが車で轢いて逃げる」だとか、彼もまた「線引き」をしてきたという残酷かつシンプルな事実が、ドラマではより強調されているのだ。だが、そうした行動の真の恐ろしさに、必死で生き延びようとしている人々が気づくことはない。ついに自分たちに「線引き」の銃口が向けられる、その時までは…。

ドラマオリジナル場面となる、文明崩壊後に命からがら街にたどり着いた子どもを待ち受ける運命にも震えてしまった。極めてドライな描き方ではあるが、システム(そしてそれを構成する私たち=us自身)による「線引き」の無情さをあぶり出しているのだ。

そして物語の最後、エリーを巡る「線引き」に対して、ジョエル自身が出すことになる結論こそが、『THE LAST OF US』の核心にあるテーマである。あの心を揺さぶる結末が、ドラマではどのように表現されるのだろうか。まだ1話だが、考えると早くも震撼してしまう…。

今後も「パンデミック以降、初のパンデミック超大作」として、現実のパンデミックによって明らかになった社会の歪みを織り込んできたり、原作ゲームにはなかった要素を色々ぶつけてくるかもしれない。私は原作の大ファンとは言え、別メディアであるドラマが必ずしもゲームに「忠実」に進めていく必要はないと思っているので、震えながらも楽しみにしたいところだ。 

 

【"ゲームキャラ実写化"の新たな挑戦】

ドラマ『THE LAST OF US』の見どころとして、ゲームのキャラをどのように「実写化」するかは期待のポイントだった。ゲームの時点でかなりリアルに作り込まれたキャラたちなので、実写では逆に忠実にゲームへ寄せていくのか、それとも大胆な変更を遂げるのか…。その意味でも、この実写ドラマ版はとても好ましいバランス感覚を発揮してくれた。

主人公ジョエルを演じるペドロ・パスカルの素晴らしさは言うまでもない(2023年はこの後『マンダロリアン』も来るし、今年の干支はウサギではなくペドロ・パスカルなのだろうか)。だが特に唸らされたのは、本作のもう1人の主人公エリー(ベラ・ラムジー)、そしてジョエルのパートナー女性テス(アナ・トーヴ)である。2人とも、ゲームのキャラに外見を「寄せる」方向のキャスティングというわけではないので、一部では「外見が違う!」などと言われるのかもしれない。だが実際に1話を見てみると「これしかない」というバッチリ感で、すでに2人とも大好きなキャラになってしまった。

おそらく制作陣が意識したのは、パンデミック後の崩壊した世界で、本当にたくましく生きていけそうな実在感と生命力を備えた女性キャラクターの造形だろう。エリーは、常に悪態をついているガラの悪い少女だが、その奥にはタフなサバイバル精神と知性を秘めており、そしてもっと奥には普通の子どもらしさが隠れていることが、ベラ・ラムジー(いま気づいたけど『ゲーム・オブ・スローンズ』のリアナか!そりゃ凄いわけだ)の見事な演技によって伝わってくる。その頭の回転の速さによって、無愛想なジョエルに一発くらわせる「暗号」のシーンなんて絶品だ。

テスにしても、56歳設定のジョエルのパートナーにふさわしく、現実的な加齢を重ねつつも、したたかな精神力と生存スキルを獲得してきた女性として、巧みに再解釈されている。このドラマ版の2人の造形を見てしまった後では、むしろゲームのほうのエリーやテスが、ちょっと男性主人公&プレイヤーに都合が良く、マネキン的にかわいすぎる&綺麗すぎる感じがしてこないか心配になるほどだ。あれほど思い入れのあるゲームにそんなことを思わされるという時点で、もはや実写化は成功していると言えるのではないだろうか。

とはいえこれは言っておきたいが、『THE LAST OF US』シリーズは、そもそもゲームからして、反差別や多様性への意識が極めて高い作品である。1作目の時点でもゲイのキャラクターであるビルが味方として登場したり、エリーへの性的な加害・搾取を怒りとともに描いたりしていた。『Part II』ではさらに踏み込んで、主人公エリーが同性愛者であることを正面からしっかり描き、女性の恋人と一緒に冒険をさせ、現実の社会をリアルに反映した多彩な人種・属性の人物を積極的に登場させるという(物語そのものは地獄みたいだが)とても現代的で風通しの良い、革新的なゲーム作品になっている。

残念なことに日本のゲーマーの一部に、その制作陣の真摯な姿勢をあげつらって、「ラスアス2はポリコレを意識しすぎて駄作になった」などと差別的な上に見当外れな意見を撒き散らす人もいるようだが、まさに愚の骨頂としか言えない。そもそも「エリーがポリコレで同性愛者にさせられた!」とか騒いでる時点で前日譚のDLC『The Last Of Us Left Behind –残されたもの-』すら遊んでいないニワカであることが明らかだし、ゲームの真価をまともに見極める鑑賞眼もないのだろう。TVゲームなどという高尚な趣味からは手を引き、そのへんで缶蹴りでもしていてほしいものだ。

少し脱線したが、このドラマは原作『The Last Of Us』のそうした先進的な姿勢を汲み取って、実写というフィールドでさらに研ぎ澄ませようと試みているに違いない。少なくとも「ゲームと見た目を全く同じにしましたよ、その方がファンも嬉しいでしょ?」みたいな表面的な"リスペクト"には、ドラマ制作陣は一切興味がないようだ。制作陣が追い求めているのは、傑作ゲーム『THE LAST OF US』の実写化にふさわしい、真に血が通った「生きた」キャラクターを創造することなのだろう。まったくもって信頼に値する姿勢だと言わざるを得ない。まだ1話だが、他のキャラクターがどのように再解釈・再創造されるのかゲームファンとしても非常に楽しみだ。

 

【ゲームの実写化という鬼門を超えられるか】

何度も言ってるが、『THE LAST OF US』シリーズは正真正銘の神ゲーである。まさに「プレイする映画」「プレイするドラマ」と呼ぶにふさわしい、濃厚な実在感をもつキャラクターたちの過酷な旅路に、ゲームならではの手法で深く「連れ添う」ことができる傑作だ。しかしだからこそ、本シリーズを改めて「実写」に作り変えるのは相当難しいだろうなあと思っていた。

たとえば、『THE LAST OF US』の制作スタジオ・ノーティドッグのもう一つの有名シリーズ『アンチャーテッド』も、奇しくも昨年トム・ホランド主演で映画化された。娯楽作としては見せ場もド派手だしかなり楽しめたのだが、「あ〜、でもやっぱゲームとは根本的に違う体験だな」というのは実感せざるをえなかった。やはり「自分でプレイする」という、ゲームをゲームたらしめている根本的な要素なしには、どんなにド派手なスペクタクルも、ゲーム版『アンチャーテッド』シリーズのような没入感や痛快さを与えてはくれないと感じたのだ。本作に限らずゲームを「実写化」することの難しさは、映画をそこそこ観ている人なら誰しも実感するところではないだろうか。

だがこのドラマ版『THE LAST OF US』は、そんなハードルも超えてくれるのではないか…と期待している。なんならゲームより面白いよな、くらいに囁かれる作品になってくれてもいい。原作ファンは「それはさすがに無理じゃね」と思うかもだが、現にドラマ1話の時点で、ゲーム版で生じたよりも強い感情が、視聴者(私)の中に生まれた場面がいくつもある。

たとえば、ゲームでは冒頭のわりと一瞬で流された「腕時計」のエピソードも、ドラマではサラ視点から丁寧に肉付けして描くことで、ジョエルにとって「壊れた時計」のアイテムが持つ重みが格段に増している。その上で、ゲームの物語の流れを全く損なっていないというのもエレガントだ。

これはあくまで一例で、他にも弟トミーが留置所に入れられたせいでジョエルが出かける羽目に…のくだりとか、細かいながらサブキャラの人物描写を入れている。同時に「サラが目を覚ました時ジョエルはどこにいたのか」など、ゲームをプレイしただけではわからない情報をさりげなく補足しているわけだ。

こうした数多くの丁寧な補足や掘り下げの結果、すでに1話ラストの段階で、ゲームの同じくらいの進行度のタイミングと比べても、いっそう真に迫る実在感がキャラクターたちに与えられているように思う。確かにドラマや映画は、自分でプレイできるわけではないので、インタラクション性の楽しさや、没入感という意味ではゲームに劣るかもしれない。しかし一方通行の映像メディアだからこそ可能な、丁寧な演出や周到な描写によって、逆に「ゲームを実写化」した映像作品が、「ゲームを超える」感動を与えることも可能かもしれない…。そんな野心をも感じさせるドラマだった。そもそもゲーム『THE LAST OF US』など、ノーティドッグのゲームがなぜ凄いかといえば、ドラマや映画のそうした手法を、ゲームの構造に上手く取り入れたからというのも大きいのだから。

そんなわけでドラマ『THE LAST OF US』は、まるで既存のドラマ・映画など「一方通行の映像エンタメ」から、「新時代のエンタメ・ゲーム」に対する挑戦状のようでもあり、アンサーのようでもあり、原作への敬意だけでなくバチバチの野心に満ちているようにも感じられた。「ゲームの実写化」というジャンルの中でも、本作が歴史的な1作になってくれれば、ラスアス好き・映画好きとしてはこれ以上なく嬉しい。

 

というわけで、毎週このレベルのエンタメが味わえると言うだけでも、生きる気力が湧いてくるほどだ(まぁいうて見せられるのは世にも悲しく残酷な物語なのだが…)。続きを楽しみにしているし、なんなら毎週感想にトライしてみようかな、とかまで思ってる(それは仮に厳しくてもドラマ終了の段階でまた感想を書きたいものだ)。いったんおしまい。今年の1作になる予感がひしひしするので、ドラマファンはぜひ観てね↓

『THE LAST OF US』U-NEXTで視聴

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ちなみにドラマ版『THE LAST OF US』はU-NEXTの独占配信なので他のサブスクでは見れない。面倒だからもう何もかも統一されればいいのにね(乱暴)。U-NEXTは月額料金を税込2200円くらい取りよるお高いサブスクなので怯む人も多そうだが、映画鑑賞とかに使えるポイントを毎月1200ポイントくれるので(少なくとも私のような映画ファンなら)まぁ実質月額1000円という感じではある。

HBOドラマはさすがにたいてい面白いので、ラスアスだけでなく、せっかく入るならエミー賞獲った『ホワイト・ロータス』とか『メディア王』とかも観てしまおう。どっちも個別に記事書きたいくらい面白かった。

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紹介するまでもないが、やはりここ10年を代表するドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』はせっかくU-NEXTに入るなら必ず観ておいてほしい(8シーズンあるが…)。ドラマ『THE LAST OF US』のW主演ペドロ・パスカルとベラ・ラムセイも、出番こそ多くないけど見た人は絶対忘れないであろう強烈なキャラを演じている。配信されたばかりの前日譚『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』も凄まじい出来栄えなので必見だ。

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『ゲーム・オブ・スローンズ』U-NEXTで視聴

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『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』U-NEXTで視聴

 

…まぁHBOは打率が高すぎて、ついドラマ好きとしては色々勧めてしまうわけだが、普通の人はそんなドラマばかり観てるわけにもいかないと思うので、とりあえず1話だけ観て気に入りそうなやつを探してほしい。

31日間無料もあるのでお試しもどうぞ

読んだ本の感想まとめ(〜2023年1月15日)

今年の目標として「インプットしたもの(映画・本・ドラマ・アニメ・ゲームetc…)をできる限り全て記録し、簡単でもいいので何かしら感想を書く」を掲げている。いかにも挫折しそうな目標ではあるが、まず本からということで、2023年1月1日〜1月15日に読んだ本まとめ。

基本的にはTwitterの感想まとめ+アルファって感じになりそうですが、興味湧いたらゲットして読書に励み、共に知性をヤバいくらい磨き、この世界をヤバいくらい変革しようではないか。なお「読んだ本」の定義は「最初から最後まで(一応)読んだ本」とし、読みかけはカウントせず。

 

『コーヒーの科学 「おいしさ」はどこで生まれるのか』旦部幸博

今年は年明け早々、たまたまネットで見かけた、けっこうなお値段のするコーヒー豆焙煎マシーン「ジェネカフェ」を勢いで買ってしまった。さらに衝動ついでに、評判が良くてずっと気になっていたエスプレッソマシン「デロンギ マグニフィカS」も勢いで買ってしまった。どちらも高価なマシンなのでドキドキであったが、今のところ美味しいコーヒーが飲めて最高だし使い勝手が良く、新たなコーヒー生活の幕開けとしたい。

そんな多額(つってもあれだけど)の投資をしてしまったからには、コーヒーについてより深く学ばなければならない…。そんなわけで年明けから熟読したのが、『コーヒーの科学 「おいしさ」はどこで生まれるのか』である。今年の目標は……知と技と心を兼ね備えた、真のコーヒーマスターになることだ(今年中だとちょっと厳しいかもしれない)。

おそらく世界で最も有名な嗜好品の一種であり、あまりにも身近であるがゆえに、私たち人間はコーヒーについて実はよく知らない…ということさえも知らない。コーヒーってそもそも何なのか、どういう植物なのか、なんでまたカフェインなんて特殊な化学物質をもっているのか、なんで人類はそれを飲み始めたのか、そしてなぜ美味しいのか…などなど、コーヒーという面白い植物を科学的・化学的観点から解説していく、という面白い本だ。

あくまでその一例だが、「カフェイン」という物質の正体を語る部分も面白い。コーヒーの果実がなる「コーヒーの木」が作るカフェインには、実は他の植物の育生を邪魔する作用があるというのだ。カフェインは落ちた種子から広がっていき、近くの植物が育つのを抑え、自分だけが生長できるようカフェインを活用してるという。コーヒー、お前…イヤなやつだな、とか思いかけるが、そのおかげで美味しいというのなら文句も言えない。

コーヒーに限らず、紅茶などの「茶の木」もだが、そもそも植物がなんでカフェインを作るのかと言えば、「毒だから」という身も蓋もない理由があるわけだ。他の植物の生育を邪魔したり、虫やナメクジといった外敵から身を守る作用があったりと「化学兵器」としての役割が大きいという。そんな植物・動物視点では「毒」以外の何物でもないカフェインが、まさか人間の間で、人類史上に刻まれる超絶大ヒットを記録する愛され化学物質になるとは、コーヒー的にも「何なのお前ら?」って感じだろう…(トウガラシとかも同じなんだろうけど)。

他にもコーヒーゲノムからカフェイン合成関連の遺伝子を抽出した結果、「植物にとってカフェインを作ることが一種の"収斂進化"である可能性」が示されるとか、生きもの勢としてもグッとくる話が多い。それも当然かもしれない。植物もれっきとした「生物」なのだから…。

『コーヒーの科学』繋がりで同じブルーバックスの『植物たちの戦争 病原体との5億年サバイバルレース』も買ってみた。植物の世界、見様によっては動物より全然物騒で面白いんだよね。生きもの好きとしては植物にも向き合わなくてはいけないとは前から思っているので、今年は動物本に限らずちょいちょい植物本を読むつもり。

読みたい人は→『コーヒーの科学 「おいしさ」はどこで生まれるのか』

 

『ギレルモ・デル・トロ モンスターと結ばれた男』イアン・ネイサン

Netflixの『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』が非常に面白くて美しい傑作だったこともあり、発売されたばかりの 『ギレルモ・デル・トロ モンスターと結ばれた男』を読んでみたが、とても充実したデルトロ評伝だった。その圧倒的なビジュアルへの美意識や、異形への愛に満ちた世界をどう構築したかを、デルトロ全作品の成り立ちと歩みを振り替えながら精緻に論じていく。去年の『ナイトメア・アリー』や『ピノッキオ』など、最新作もしっかり掲載されてるのも良い。

デルトロ監督 、過去作を並べるとまったくもってスゲえフィルモグラフィだなとしか思えないが、実は決して順風満帆なキャリアではなかったのも忘れないでおきたい。たとえば私はけっこう好きなんだけど(『クリムゾン・ピーク』感想 - 沼の見える街)、『クリムゾン・ピーク』とか興行的には全然ダメで、これで『シェイプ・オブ・ウォーター』も当たらなかったら監督やめよっかな…とデルトロも思ってたらしい。デルトロでさえそんなこと思うんだからもうクリエイターなら誰だって思うんでしょうね、そういうことは…。そしてそんな歩みを知ると、『シェイプ・オブ・ウォーター』ヒットして賞も取ってよかったなと思ってしまう。

この本を見た後に『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』を見ると、いかに本作がデルトロの集大成みたいな凄い作品なのかもっとわかると思う。クリケット、フェアリー、クジラ等のクリーチャー(としか言いようがない)デザインもことごとく最高なので、評伝『モンスターと結ばれた男』とあわせて観たい逸品。

読みたい人は→『ギレルモ・デル・トロ モンスターと結ばれた男』

 

『直立二足歩行の人類史 人間を生き残らせた出来の悪い足』ジェレミー・デシルヴァ

最近、「人類が動物としてどういう進化を遂げてきたのか」っていうことが自分の中で気になるテーマでもあって、人類進化史の本とかをまぁまぁ読んでいたんだけど、そのことをSNSでもつぶやいてたら、出版社の方がこの『直立二足歩行の人類史 人間を生き残らせた出来の悪い足』を献本してくれた(つぶやいてみるもんだな)。読んでみたら実際ガチで面白い本だったので紹介しとく。

ざっくり言うと、直立二足歩行をするほぼ唯一の動物である人類の進化の謎に、「足首の専門家」(この時点ですごいんだが)が迫っていき、実は「歩行」こそが「人間性」の本質を形作っていた!という可能性を示すという、かなりワクワクする人類本。

「歩行」という切り口から人類進化に関する凝り固まった定説に切り込んでいく本であるのも面白いところ。たとえば「過去の人類の女性はあまり歩かなかった(なぜなら妊娠とかをする女性の身体は歩行にあまり向いてなかったから)」みたいな、なんかそれ性差別的なバイアスかかってんじゃねーの?と思えてくる意見も、最近までまことしやかに囁かれていたらしい。

でもそれに対して本書は、たとえば「女性(初期人類のメス)の歩行」こそが人類進化を強くブーストさせてきたんだ、というような話を確実な根拠を示しながら語ったりしていく。これは人類学に限った話では全然ないよなと(動物好きとしても)思うが、現在から過去を見る際、人間が現生人類以外の動物(初期人類など含む)を見る際の、無意識のバイアスにも光を当てていくのが面白い。

なので本書の途中でレベッカ・ソルニットの『ウォークス 歩くことの精神史』が引用されたりするのも(歩行繋がりというだけでなく)テーマ的に納得感がある。ソルニット、読む本読む本に引用されてる気がするな…(私が好きだから気づきやすいだけかな)。

そんなわけで人類史の細かい知識はなくても楽しめるスリリングな本だし、何より「よっしゃ歩こう」という気持ちにさせてくれるので、散歩好きとしては読んでよかった。

読みたい人は→『直立二足歩行の人類史 人間を生き残らせた出来の悪い足』

 

『人類の進化 大図鑑』アリス・ロバーツ

人類進化つながりで『人類の進化 大図鑑【コンパクト版】』 もついでに。人類がどういう歩みを辿ってきたかのビジュアル図とか、いにしえの人類の(その辺を歩いてる人みたいな)リアルな復元図とかがいっぱい載ってる図鑑。今回読んだのはコンパクト版だったけど情報量ぎっしりだった。フル版も読んでみたい。

 

『荊の城 上・下』サラ・ウォーターズ

映画『お嬢さん』は私の人生ベスト映画の1本と言っていい大好きな作品なのだが、その原作になった小説『荊の城』を、こともあろうに読み終えていなかったことを思い出したので、この機会にさっさと再読することにした。ちなみになんで今『お嬢さん』かというと、『水星の魔女』のスレミオ繋がりで再燃したからなのだが、この話は長くなるので今はやめよう…。

20世紀前半の朝鮮半島が舞台の『お嬢さん』と違い、『荊の城』の舞台は19世紀ロンドンだが、貧しくも賢い孤児の少女スウが、詐欺師の「紳士」に誘われ、令嬢の侍女になりすまして巨額の財産を奪う企みに乗る…!という大枠は映画と同じ。だが映画にはなかった後半のさらなるどんでん返しなど、原作だけの仕掛けもあって、最後までどうなるかわからず楽しめた。

その映画にはない「どんでん返しその2」に普通に驚いたわけだが、本書の主人公スウ&モード(『お嬢さん』でいうスッキ&秀子)の間に存在していた権力格差をひっくり返し、撹乱することで、最後には2人の関係がよりフラットで対等なものになったようにも思えて、上手い仕掛けだなと感じた。とはいえ映画にこれまで入れてしまうと、筋が複雑になりすぎるので、『お嬢さん』でのカットはやむなしという感じだが…。

身分も性格も全く異なる女性2人が出会い、恋に落ち、裏切り、また信じ合いながら、自分たちを抑圧してきた大きなものに立ち向かう…という物語の本質は、映画も小説も全く変わらない。だが『荊の城』のラストに関しては、あの素晴らしい『お嬢さん』のラストシーンよりさらに好きかもしれない。官能小説という、彼女たちを抑圧し、消費し、貶めてきたものを、最後に自分たちの幸福のためにその手に取り返す…という痛快さと美しさは、映画よりもさらに際立っていたと感じる。本作が小説という文字の集合体であればこその、忘れがたいエンディングだった。

とはいえ『お嬢さん』の方では、モード=秀子を搾取していた本の表現が(映画なので当然かもだが)文字よりもビジュアルに重きを置かれていたので、映画のラストは「自分たちの手に取り返したもの」について、より絵的に鮮烈になるよう強調したのだろう。小説にはない、館の本を焼き払うシーンも、映画にしかない強烈な怒りの表出として効いていたし、パク・チャヌクの再構成の上手さも改めて認識する。物語の本質を抽出して別のメディアで再解釈した作品の中でも、やはり『お嬢さん』は傑作のひとつに数えられるだろう。それを再認識できた点でも、さっさと読み終えてよかった!

読みたい人は→『荊の城』

 

『ボクのクソリプ奮闘記 アンチ君たちから教わった会話することの大切さ』ディラン・マロン

長年SNSをやってるとクソリプをいただく機会も多いこともあって、キャッチーな(軽薄とも言う)タイトルが目についた本『ボクのクソリプ奮闘記 アンチ君たちから教わった会話することの大切さ』だったが、これが思った以上に考えさせられる、深く胸を打たれるページが沢山ある本だった。

その内容は、自分にヘイトコメントを送りつけてきた人と直接会話するという挑戦的プロジェクト「"Conversations with People who Hate Me"(ぼくを憎む人々との会話)」を始めた著者ディラン・マロンがつづる体験記。邦題こそ軽薄な感じだが、誰もが「画面のむこうで確かに生きている人」をなかなか想像できなくなる、SNS時代のために書かれた真摯な本だった。

著者マロンはゲイを公表しているコメディアンで、多くの醜悪で差別的なクソリプ…っていうか普通にヘイトコメントをweb上でどっさり受け取っていた。こんな風に憎悪を寄せられていたら、普通は心を病んでしまってもおかしくないが、ユーモアに溢れる著者は、逆にそれらを晒すことで自分のネタに変えていたようだ。

だがある日、そうした「ネットトロール」(ネット上で嫌がらせをする人々)のうち1人「ジョシュ」のコメントから、ホーム画面に飛んでみたら、「『ファインディング・ドリー』はマジで力づくで泣かせにくる」とか「誰か今夜遊ばないか、寂しいんだよ」とか、あまりにも人間臭いことが書いてあったのを見て、マロンはなんとも言えない気持ちになる。

とはいえ良いネタになると思って、いつもどおりマロンはジョシュのそうしたコメントをショーで客席に晒してみたのだが、爆笑というよりは、「ああ…」というため息のような、共感のような反応が客から返ってきて面食らったそうだ。しかもなんと、この晒されたジョシュがショーを見てしまい、怒りを露わにメッセージでマロンに連絡してきた!

マロンはあわててジョシュとやりとりしてみたのだが、その結果わかったことは、ネット上でヘイトコメントをしていたジョシュもまた、学校に居場所のない、いじめられている若者であることだった…。2人がより丁寧な対話を重ねていく中でジョシュは、マロンに吐いた差別的な暴言など、自分のやったことに少しずつ向き合う姿勢を見せる。ささやかな変化かもしれないが、「画面のむこうに人がいる」ということをジョシュは思い知ったことになったのだ。

そしてこれが本書の重要なポイントなのだが、同時にマロンの方もまた、「ヘイター」や「トロール」といった言葉ではくくれない複雑な人間性をもつ人が、ヘイトコメントの裏に確かにいるのだ、という事実を思い知る。ヘイトを向けてくる人がこちらを人間扱いしてない時、こちらも相手を人間と見るのは難しくなるものだが、それでも確かに、自分の暮らしや社会との関わりをもつ、生きた人間であることを浮き彫りにするやりとりだったのだ。

「分断」が叫ばれるアメリカ、いや世界全体を少しでも良い方向に向かわせるために、その劇的な体験には大きなヒントが込められている、とマロンは考えたのだろう。こうした「橋渡し」をもっと行うために始まった一大プロジェクトが、"Conversations with People who Hate Me"(ぼくを憎む人々との会話)だったというわけだ。そのプロジェクトは大きな反響を呼び、色々と意外な展開を見せていき、「会話」の難しさと大切さをあぶり出すことになる。

「分断」を解決するための「会話/対話」の大切さ…というテーマは、「ザ・綺麗事」という感じもするし、ハッキリ言ってそれほど珍しくない。だが本書の特筆すべきポイントは、「会話」が全く万能の処方箋ではないどころか、むしろ心の傷を深めるだけという可能性もきちんと認識していることだ。「憎しみをぶつけてくる人とも常に会話することが大切だ」「それができない人は心を閉ざしているだけ」みたいな雑で甘い結論には決して着地しない。

結局の所、クソみたいなヘイトや差別に心を消耗しきることもなく、「会話してみよう」などと思えること自体が(著者も性的マイノリティではあるとはいえ)特権的とも言えるし、「会話」など贅沢品でもある…とマロンは自覚している。実際、性被害にあったアーティストの女性と、彼女へひどいコメントをした若者との「会話」は、いたたまれない終わり方をして、会話が必ずしも良い結果を(少なくとも即座には)もたらさないことを、著者は痛烈に思い知ることになる。

だがそれでも、皆が「画面のむこうにいる人」の姿を想像できるようになる、希望への道はあるのではないか…ということを、体をはったトライ&エラーによって、説得力のある根拠によって示す姿勢こそが、本書の最も素晴らしく、胸を打つところだ。

私自身も正直、ネットでマイノリティとか特定の属性とかへの差別をまき散らしてる人を見ると、「いや会話とか無理だし、しても無駄でしょ」と普通に思っちゃうし、会話を試みるどころか即ブロックなわけだが、それでも(そんなヘイトに日々晒される)当事者の書いた本書には、感銘をもらうところも多かった。

というわけで素晴らしい本だった『ボクのクソリプ奮闘記』だが、翻訳にはちょっと思うところがあった。汚いネットスラングとかが大量に登場するので翻訳が難しい本なのは重々理解しつつ、クソリプの和訳が「あぼーん」とか絶滅ネット死語なのが若干「ウッ」とはなる…。スラングの訳・置き換えは日本の現在のネット文化にも精通してないと厳しいだろうし、無理に日本ローカライズする必要はなかったんじゃないかな。

それと著者のプロジェクト名"Conversations with People who Hate Me"(ぼくを憎む人々との会話)というシンプルで真摯な題が、「やつらがボクのことなんて大っ嫌いだってあんまりいうから、とりあえず直で電話して話してみた件」とか長ったらしく軽薄になってて、しかも文中で何度も繰り返すのも、ちょっと意訳がすぎるのでは?とか。タイトルも"クソリプ"とか"アンチ"だとちょっと軽いというか、やっぱり「好き/嫌い」ではなく「差別・ヘイト」の問題であることは強調されるべきなのでは…とか。まぁ私も「クソリプ」というワードに惹かれて読んだクチなので、重箱の隅かもだが。

些事はともかく、この大SNS時代、得るものが沢山ある本だと思う。個人的にも先日、なんか漫画家の人に見当違いの絡まれ方をして、たまたま作品を読んだことあったのでそれに絡めたウマイ感じの反撃でもするか…とか戦闘態勢になりかけたが、そんなことしても一瞬スッとするだけで後味よくないだろうし、相手も人生うまくいかなかったり色々あるのかもな…と想像力を働かせ、適当に会話してミュートするだけに留められたのは、『ボクのクソリプ奮闘記』読んでたおかげかもしれない。読書は大事である。

読んでみたい人は→『ボクのクソリプ奮闘記 アンチ君たちから教わった会話することの大切さ』

 

というわけで1月から良い本が沢山読めてうれしいですが、たった5〜6冊紹介するだけでも8千字とか軽く行ってしまうことに気づき、やっぱ「見たもの感想ぜんぶ書く」目標の厳しさがいきなり伺えるのだが、まぁ自分のペースでやります。気になる本あったらぜひゲットしてみてね〜

そのウサギ、モフモフにつき。「イリナキウサギ」図解

卯年なので世界のウサギを眺めていたら、やたらめったらかわいいウサギ「イリナキウサギ」にやられてしまったので勢いで図解しました(いきなりウサギじゃないよ)。すみかも個体数も崖っぷち!

 

↓のあけおめイラストを描くために世界のウサギをしらべていたら…

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偶然見かけたナキウサギの仲間「イリナキウサギ」がヤバイほどかわいかったので、つい図解にしてしまったというわけ。

イキナリウサギ、じゃなくてイリナキウサギ、確かにとんでもなくかわいいんだけど、なんか「こんな動物いる!?」となるような、若干不安になるタイプのかわいさなんだよね…。ウサギ+犬+ねずみ+くまとか、複数の動物の可愛さを雑に混ぜた感じがするっていうか…。少し心がザワザワするような、妙に絵心を刺激するかわいさである。(しかしやっぱデフォルメの入る絵だとこの感じが十分伝わらない感じもして、やっぱ写真って強いよなと。)

natgeo.nikkeibp.co.jp

イラストにしたような、もっふもふの「テディベア形態」は、たとえば冬毛的な、季節に応じた毛皮スタイルなのかな?とも思ったが、どうなのだろう。それか成長段階で変わるとか? 他の写真や動画を見るともうちょっと普通のナキウサギっぽい(つまりネズミっぽい)姿も出てくるので。まだちゃんと調べられてないが、深堀りしてみようかな。

natgeo.nikkeibp.co.jp

さらに調べたら、地球温暖化とか人間の牧畜とかのせいでより高い標高に追い詰められている、などと世知辛いイリナキウサギ事情も出てきたので図解に書いておいた。ナキウサギの名を体現する鳴き声が、本種に限っては凄く小さいせいで、外敵に脆弱になってしまうというのもなかなかツライ…。ただこれはイリナキウサギがダメなのではなく、逆に言えばプレーリードッグとかのほとんど言語めいた鳴き声コミュニケーションがいかに高度な進化の結果か、と実感すべき話でもあるかもしれないが。

↑こういうのは誰にでもできるようなワザじゃないのだ…


うさぎイヤーにふさわしく、ウサギの世界も奥が深いなと思える年明けでした。気が早すぎるけど来年の辰年、どうしよっかな…。ドラゴンでも図解するか(?)

 

ウサギ年に備え、こういう本↓を読んでみたりもした。ガチなウサギ学。

『ウサギ学: 隠れることと逃げることの生物学』

https://amzn.to/3ClxPVg

ハッぴょんぴょんイヤー&祝200万アクセス突破!

ウサギイヤー=卯年となる2023年もよろしくお願いいたします。

ウサギじゃない四天王の一角「ビルビー」は『ゆかいないきもの超図鑑』でも図解したので読んでみてね。→https://t.co/w3uSk27EZq

四天王のビルビーは、やっぱネコにやられたのかな…

 

↓ウサギ年あけおめイラスト、その2。

なんで2種類もあけおめイラスト描いてるんだよって感じですが(年末年始はずっとブログ書くかイラストを描いていたな…)。『RRR』はもうフォロワー全員観たものとみなして今後も唐突にネタをブッ込んでいく予感がするので、まだの人は今すぐ劇場に駆けつけてくれ!池袋とか!

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ウサギといえば(まったく意識してなかった)ウナぴょんのWWFコラボも引き続きよろしくウナ〜!

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あとハッピーニューイヤーついでにもうひとつお祝いを。本ブログ「沼の見える街」のアクセス数が「200万」を突破したようです!やったあ。↓証拠

せっかくだし200万の瞬間ちょうどを捉えようと狙ってたが、うかうかしてるうちにだいぶ過ぎていた。いいけど。

「ブログ開設初期は熱心に更新」→「数年くらいほぼ完全に放置」→「最近また熱心に更新し始める」という流れなので、最近のぶんのアクセスの伸びが大きいとは思うんですが、読んでもらったりシェアしてもらったり、まぎれもなく読者の皆さんのおかげでございます。ありがピョン!!!

100万アクセス突破した時はなんかやったっけ…と思って過去ログを見てみたが、なんもやってなかった。祝えや!(たぶん仕事が忙しすぎてブログに興味なくなってアクセス数とか一切見てなかった頃だと思う。)

ちなみに10万アクセス突破したとき(6年前か〜)の記事↓。当時はマッドマックスとジョージ・ミラーのことしか考えていなかったことがよくわかるイラスト。

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さらに読んでみたら「毎日更新してる」って書いてあって、まじめなやっちゃな……と我ながら思ってしまったが、よく考えたら今まさに毎日のようにブログ書いてる状態なので、原点回帰してしまったと言えなくもない。

映画の感想とか書くにしても、Twitterは即効性と拡散性は非常に高く便利なのですが、すぐ流れていっちゃうし、ログ性にはかなり劣るので、重点をブログに移してみようかな〜と思っていたところに、イーロン・マスク事変でTwitterの様子が若干ヤバいことになってきて、あまりTwitterに依存してるとヤバそうと思ったのもある。とりあえずTwitterの映画感想とかをまとめた程度の記事を作るはずが、なんだかんだ毎回筆が乗ってしまい、気づけば1万字とか突破してる記事をなぜか連発し、2022年終盤は完全に異常長文ブロガーと化していた気がする。さすがに2023年はちょっと自制したい。

まぁでもおかげで沢山の人に読んでもらえたし、正直やっぱ私は本質的には文章の人間なんだよな!!などとイラストレーターにあるまじきことを実感してしまっている日々ではあるが、2023年も(急に飽きたり多忙になったりしない限りは)イラストだけでなく文章も色々書いてこうかな、と思ってる次第です。せっかく「はてなPro」にして独自ドメインも取ったしね。

ちなみにそれを機にGoogleアドセンス(やAmazonアソシエイト等)を導入してみたところ、ガッポリ大儲け!!…とは当然いかないものの、はてなPro料金は普通にまかなえるくらいのお金は大資本の連中…もといGoogleやAmazonがくれるようになりました。そのぶん広告が多くなってたらごめんなさいね…(Proじゃないときにも広告は出てたとは思うが)。この調子でブログ単体で収益化できたら理想的ではあるが、まぁ世の中そう簡単にいかない気もするので、地道に試行錯誤しますね。

映画などのカルチャー分野はいいとして、生きものとかサイエンス系でも、もう少しブログを有効活用できないものか…?というのは少し考えてる。今の所Twitterとかにあげる図解イラストをペタっと貼って補足するだけだけど、もう少し文章とイラストの組み合わせ配分を変えて(むしろ文章メインにして)、記事全体でひとつのテーマを語る、みたいな…? まぁまだ考え中です。何事もトライアル&エラーぴょんねえ〜。

そんな感じで今年もよろしくおねがいします!皆さんの1年がものすごい飛躍の年でありますように〜〜〜ぴょん!!

2022年「読んでよかったベスト本」10冊

2022年も終わりですね。恒例の映画ベスト10はアップしたので、もういいかげんブログなんか書いてないで大晦日はゆっくり過ごそうと思ったんですが…

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やっぱせっかく色々読んだし「本のベスト10」もまとめておくか!と思い立ちました。「最初から最後まで(一応)読んだ本」という条件でリストアップした結果、今年の合計は「92冊」でした。図書館をヘビーユーザーした結果、数自体は去年より増えてると思うが、途中まで読んで積んでるとか、読み終わる前に図書館に返しちゃったとかがけっこう多い。読み通した本が観た映画よりも数が少ないのもどうかと思うので、2023年はもう少し沢山カウントできるといいのだが…。

 

では粛々と10冊発表していきます。ちなみに順位とかはなし。あと正確には今年出た本じゃないのも混ざってますが「私が今年読んだ本」縛りということで!

 

ベスト本その1

『プロジェクト・ヘイル・メアリー』アンディ・ウィアー

とにかく今年イチめちゃくちゃ面白かったSF小説なのでことあるごとにオススメしてる。ただいちばん熱く語りたくなる部分が最大のネタバレ要素みたいなとこがあるので、おおやけに感想を書くのが『スパイダーマン ノー・ウェイ・ホーム』並にムズイ。『ノー・ウェイ・ホーム』ももうだいぶネタバレしていい雰囲気なんだから『プロジェクト・ヘイル・メアリー』だってそろそろいいだろ!!と思わなくもないが…(でも一応デカいネタバレはやめとくね)。

作者が『火星の人』(映画『オデッセイ』の原作)のアンディ・ウィアーだけあって、状況的にはマジで絶望的な大ピンチにもかかわらず、主人公の内心のボヤきとかが楽しくて、全体にユーモア豊かなのも良い。

これくらいは言っていいでしょと思うけど『プロジェクト・ヘイル・メアリー』、生物学が非常に重要な役目を果たすので(主人公が細胞生物学者)、生物学ファンや関係者は読むとハッピーになることでしょう。「科学こそ最も強力な言語である」…という綺麗事っぽくもある信条を、ここまでスリリングかつユーモラスに、そして心を打つ形で描ききったエンタメもめったにないと思うし、サイエンスを愛したり携わってる人(広義では私も含ませてもらいたい)はきっと元気と勇気をもらえるはず。

ちなみにある超重要な場面が、明らかに映画版『オデッセイ』へのアンサーになってて「おお!!」と思えるし感動も増すので、あわせて観るのオススメ。リドリー・スコットが最高の映画化してくれたら返歌もしたくなるわな。(偶然だったら凄いが…)

さらに『プロジェクト・ヘイル・メアリー』と併せて観るべき映画って、実は『ドント・ルック・アップ』かもなと思う。

人類が地球まるごととんでもない大ピンチに陥り、主人公が解決へ踏み出していく…という筋書きこそ同じなんだけど、人間への眼差しが正反対とも言っていい二作。気候変動や疫病や戦争など、世界規模のヤバすぎる事態に人類が突入してるにもかかわらず、それに対する警鐘は軽んじられてばかり…という現実も散々目にしてきた今、シニカルの極みみたいな『ドント〜』も非常に意義のある作品だと思う。それでも、冷笑主義の罠に浸りきらないためにも、人類の知性と良心に対する祈りのような、この『プロジェクト・ヘイル・メアリー』のような物語こそいま強く求められているんじゃないかと思う。その意味でも間違いなく今年のベスト本でした。

プロジェクト・ヘイル・メアリー 上 | アンディ ウィアー, 小野田 和子 | 英米の小説・文芸 | Kindleストア | Amazon

 

ベスト本その2

『リジェネレーション“再生”: 気候危機を今の世代で終わらせる』ポール・ホーケン

ある意味ではリアル『プロジェクト・ヘイル・メアリー』な人類史上最大の危機と呼んでも差し支えない、地球規模で人類を襲っている気候危機。2022年にも肌感覚で「明らかにおかしいだろ」と思えるような気象が続いたし、パキスタンで国土の3分の1が冠水したりと、世界各地で異常気象が連発している。ロシアのウクライナ侵攻も究極的にはエネルギー戦争であり、気候危機と深く関わっているという言い方も十分できると思う。

だからこそ、本書『リジェネレーション“再生”』のように、科学的にシビアな現実認識をした上で、それでも気候危機対策や環境保護にまつわる希望や進歩を具体的に語っていく本が大切になってくる。前作『ドローダウン』に引き続き、気候危機の解決のためにどんな施策や発想が必要かを400p超にわたって紹介しまくる本だ。

今回は「再生」がキーワードとなっているので、動物や生態系の話がかなり多いのが特徴だし、生物好きは必読だと思う。気候危機への対抗策として「生物の多様性」を守ることがいかに重要かという点にも、前作よりもさらに踏み込む。私も生物・環境系の話をすることが多い立場として、いかに今がヤバい状況なのか警鐘を鳴らすことの重要性も理解しているつもりだが、大きな危機に真の意味で立ち向かうためにも、同時に本書のように「科学的かつ前向き」な話もしていくことも大切だな、と思うのでした。

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ベスト本その3

『鳥類のデザイン――骨格・筋肉が語る生態と進化』

ついさっき読み終えた本だが、今年ずっとチビチビ読んでいたので2022年ベスト本にふさわしいだろう。ちなみに今年の頭くらいに日本橋の誠品書店でブックデザインに惚れて買ったのだが、けっこうなお値段したしじっくり読もう…と読み進めてたらじっくりすぎて大晦日になってしまったので急いで読み終えたのだった。

驚異的な多様さを誇り、地球で繁栄している鳥類の「骨と筋肉」の"デザイン"に着目した美しい本。著者が25年かけて集めた膨大な鳥の死骸を骨格標本にして、その後ポーズを取らせ、そのスケッチを描き続けるという過程を通して、鳥の体の秘密を探求していく。本全体を通じて生前(?)の鳥の姿は一切なしという徹底っぷりが潔い。

ユニークなのは鳥が現実に行う自然なアクションを「骨格・筋肉」のままで表現してること。そのおかげか、骨だらけで「死」って感じのビジュアルの本なのに、驚くほど躍動感と生命力に溢れた一冊になっている。実際に本物の骨格にポーズつけてスケッチしてる本書ならではの凄さだね…。

生物学とアートが交錯する地点という、私的にも一番刺さるエリアに位置するという意味でもドンピシャな一冊であった。高価だしクセ強めでマニアックな内容ではあるけど鳥ファン・生物好きには強くオススメ。

シックな装丁の高価な紙本だし、みすず書房だし、さも「電子版?それはなんですか…?」みたいなオーラを出しているのに、調べたらkindle版もあったので驚いた。紙の佇まいは魅力だが、場所とらないし電子もアリな選択かと。

https://t.co/DBbLFWeGBO

 

ベスト本その4

『母親になって後悔してる』オルナ・ドーナト

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今年読んだ人文系の本の中でも、特に忘れがたい印象を残す1冊だった。

「お母さんだから〜だよね」「母親なら自然にこうなるもの」みたいな「母性」への過剰な期待が蔓延する社会で、ほとんどタブー視されている「母親になって後悔してる」人々の声を、精緻に丁寧に拾い上げる。著者の研究者ドーナト氏は、登場する母親たちを否定も断罪もせず、その声に耳を傾けていく。その過程で、世の中が「母」に何を押し付けてきたかが炙り出される。

結婚や出産などに対する(特に女性への)圧が非常に強いとされるイスラエルでの研究であることが本書の価値をより高めているが、一方で文化的/宗教的背景の違いはあっても、日本も相当に、いやめちゃくちゃ共通点が多いんじゃないかと読んでて感じざるをえなかったし、世界のどこにも刺さる普遍的な内容だと思う。

感想をツイートしたところ、かなり反響が大きい本でもあった。フォロワーにも今まさに母親業がんばられてる方も沢山いるだろうし、「なんて本紹介しとんねん」と思われるかなと若干ためらっていた…のだが、逆に「母親になって失ったものや我慢させられているものって本当に沢山ある」「多くの人が不満を口にしないのは、そうしても無駄だから」というリアルなコメントもいただき(感謝)、子どもいないし現状別に興味もない者としては拝聴するしかなかった。

題名こそ強烈だが、「母親になったことの後悔を語ることが、なぜこの社会でこれほど強力なタブーなのか」を解きほぐしていく本であり、「母性=善きもの」と押し付けられた人々の苦しみを和らげる一冊でもあるはず。また挑発的なタイトルは、女性に対して社会から様々な形で放たれる「母親にならないと後悔するぞ」という、脅しめいた巨大な圧力を反転した言葉でもあるんだろうなと。本来は「人による」としか言えないはずの問題なのに、反証の声はなかったことにされてしまう。

近年アメリカでもロー対ウェイドが覆ってしまったり、日本でも経口中絶薬の件があったり、(特に男性権力者による)"母性"への盲信が根底にあるとしか思えないような、リプロダクティブ・ヘルス/ライツの問題が世界的に加熱してる昨今、本書の必読度はガン上がりしてしまっている…。

さらに『母親になって後悔してる』の中では、「母親は生物学的に母性を持って当然」的な、規範を押し付けるために便利に使われる"生物学"というワードにも言及があって、生物勢としても真剣に考えるべきポイントだと言わざるを得ない。人間の言う「母性」など、大部分が社会的に作り上げられた一種の幻想だと思うのだが。

そんなわけで↓の図解を描いた理由は本書を読んだことが大きい。

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最近みた映画で最も連想したのはNetflix『ロスト・ドーター』だろうか。

Watch The Lost Daughter | Netflix Official Site

リゾート地の小さな事件を通じて、子どもを愛する「母性」は女性なら備わっていて当然!みたいな規範の押し付けが、いかに人を追い詰めるか…という問題を静かに描く。本書とあわせて観ると得るものが多いと思う。

昨年読んだ本では、レベッカ・ソルニット『わたしたちが沈黙させられるいくつかの問い』の中で語られていたことも連想した。

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バージニア・ウルフほどの偉大な作家(やソルニット自身)でさえ「彼女は子どもをもつべきだったか」的な乱暴かつ的外れな"問い"に晒される。そんな愚問に対するキッパリした答えとして、ソルニットは「子どもを生む人はたくさんいる。『燈台へ』や『三ギニー』を生み出したのは一人しかいない。私達がウルフについて語るのは、彼女が『燈台へ』や『三ギニー』の著者だからだ」と語る。まったくもって、その通りとしか言いようがない。…ないのだが、現実にはそんな愚問は社会に溢れかえっていて、だからこそカウンターとして『母親になって後悔してる』のような本が必要になってくるんだと思う。性別、子どもの有無、後悔してる/してないに関わらず、どんな人も確実に一読の価値ありです。

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ベスト本その5

『シンデレラ 自由をよぶひと』レベッカ・ソルニット アーサー・ラッカム

レベッカ・ソルニットの名前が出たので、続けてこちらの絵本を紹介したい。世界一有名な童話のひとつ『シンデレラ』を、ソルニットが新たに語り直した絵本だ。英国の挿絵本の巨匠アーサー・ラッカムによる、影絵のようなイラストも美しい。

ソルニットの再解釈だけあって、フェミニズム的な視点や、社会への隷属ではなく自由を求める意志が強く反映された、まさに新時代の『シンデレラ』となっている。たとえばシンデレラと王子は結婚しないし(そのかわり美しい友情を育む)、意地悪な義姉たちにもそれぞれの背景や未来が描かれることになる。ディズニーの『シンデレラ』とはこの時点で全くの別物だし、他にも様々な細かい再解釈や変更が施されている。それでいて、シンデレラの最も面白い本質の部分や、普遍的にわくわくするようなギミックはうまく抽出してあるのも良い。大胆ではあるが、実はかなり理想的な「古典の現代的リメイク」と言えるんじゃないかと思う。

 古典的名作のリメイクはいつの時代もブームだが、最近は登場人物の属性に少々「現代的変更」が加えられたくらいでも、「ポリコレで物語が歪められたー!!」とか言って怒ってる人もよく目にする。そんな中「シンデレラをフェミニズム的視点から再解釈しました」とか言われれば、反発する人もいるのかもしれない。それでもいざ読んでみれば「ガラスの靴がぴったりハマったシンデレラは王子と結婚してめでたしめでたし、意地悪な義姉たちは悔しがりましたとさ」なんて古臭い話より、この『シンデレラ 自由をよぶひと』のほうが物語としてもずっと面白いし、感動的だと素直に思える人がほとんどなのではないだろうか。それは世の中が変化するにつれて、個人の意識も(多かれ少なかれ)どんどん変わっていくということの証でもある。

ディズニーなんかもクラシックな名作を次々に"現代的"な再解釈で「リメイク」しているわけだが、そのリメイクを見てもぶっちゃけまだ古臭く感じることがほとんどだし、今の時代に作り直すのであれば本作くらいの覚悟を決めてやってくれればいいのに、と個人的には思う。

子ども向けの本を何冊も出した自分としても、まだまだ日本の児童書ジャンルって保守的な規範も根強いんだな…と思わされることが多い(日本で支配的な価値観がそのまま反映されてるだけとも言えるが)。そんな中こうした絵本が存在してくれるのは、子どもにとっても大人にとっても、とても良いことだと思う。

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ベスト本その6

『オスとは何で、メスとは何か? 「性スペクトラム」という最前線』諸橋憲一郎

生きもの本として無類に面白い上に、自分が日頃から考えている領域にもかなり刺さるという意味で、本書を今年の「ベスト生きもの本」に選びたいと思う。

生物にはオスとメスという、異なる生殖器官をもった性が「別個に」存在すると一般に考えられがちだ。しかし実はそうではなく、「オスとメスは連続する表現型である」こと、さらに「生物の性は生涯変わり続けている」「全ての細胞は独自に性を持っている」といった、オス/メスにまつわる固定観念を覆す「性」の事実が、生物学の最前線で次々に明かされつつある。そのジャンルの第一人者である著者が「性」のメカニズムを解き明かす1冊だ。

逆の性に擬態して生きるエリマキシギやトンボ、性転換する魚など、個別の動物に光を当てて「性のグラデーション」の事例を解説していく前半は読みやすく面白いし、動物好きの人は確実に楽しめるだろう。中盤からは本書のテーマである「性スペクトラム」を正面から解説していく専門的なパートになり、筆者も配慮しているように必ずしもわかりやすい内容とは言えないが(私も完全には理解してない)、まぁ何度か読み返せばざっくりは頭に入ると思う。

こうした「性のグラデーション」や「性スペクトラム」の研究は、動物の性を考える上でも確かに興味深い。だがさらに言えば、今このテーマが重要なのは(同じく動物である)人間の「性」についての固定観念を打ち崩すための鍵を握る可能性があるからだ。たとえば同性愛やトランスジェンダーといった、人間の多様なセクシュアリティ・アイデンティティについて、しっかりと科学的な根拠に基づいて理解する上でも、この本で語られた内容は大きなヒントになると思われる。これから何度も読み返すことになりそうな1冊だ。

https://amzn.to/3GungBG

 

ベスト本その7

『トランスジェンダー問題: 議論は正義のために』ショーン・フェイ

これまでのベスト本とも微妙に重なるテーマとなるが、トランスジェンダーの人々を取り巻く問題について考え、「議論」する上で、トランス当事者によって書かれた本書『トランスジェンダー問題: 議論は正義のために』は決して外せない1冊になるだろう。

社会的に極めて弱い立場にあり、理不尽な暴力や苛烈な差別など、多数派には想像しづらい数々の苦境に晒されてきたトランスジェンダーの人々。その属性を取り囲む社会の「問題」について正面から考えることは、様々なマイノリティにとって、ひいては人類全体にとって、世界を良くすることにも繋がっていく…。そんな希望が、シビアな現状を伝える言葉の中に、そしてあえての『トランスジェンダー問題』というタイトルに込められている。「トランスジェンダーこそが"問題"なのだ」と言わんばかりの言説を、マイノリティたちが押し付けられてきたことへの意趣返しのように。

映画など創作物のファンとしても、ここで描かれる「トランスジェンダー問題」は全く他人事ではない。それどころかドキュメンタリー『トランスジェンダーとハリウッド』を見れば、創作物は積極的にトランス差別に加担してきた、としか言いようがないことがわかる。

www.netflix.com

そして前の項で語ったことと重なるが、トランスジェンダーの人々もまた、「生物学的に」という言葉を都合よく利用する人々に攻撃されてきたはずだ。そのように、多数者が勝手に設定した(実際は別に生物学的に正しくもなんともない)規範を逸脱したとして少数者を差別する言説に、生物好きな人間こそNOを突きつけないといけないと思う。(先述した「性スペクトラム」の研究も、そのための科学的な根拠のひとつになりうるはずだ。)というわけで生物学好きにとっても創作物ファンにとっても、この「トランスジェンダー問題」は切実なものとして迫ってくる。シビアな内容ではあるが、非常に基本的なことが書かれていて素直に勉強になるし、今年の必読書の一冊だと思う。

book.asahi.com

 

ベスト本その8

『海の極限生物』スティーブン・R. パルンビ

今年いちばんディープ(物理)な生きもの本! 

灼熱の火山のような熱水噴出孔で生存するポンペイワームから、極寒の海で驚異的な長寿を誇るホッキョククジラ…。極限にもほどがある海の環境で生き抜く動物たちの極端な能力や生態を、海洋生物学者パルンビがユーモラスな筆致で紹介する1冊。

↓こちらの図解のメイン参考文献にしました。

numagasablog.com

ちなみに、日本語版の監修者である海洋生物学者・大森信先生が今年亡くなっていたと知らせていただいた。

https://twitter.com/acroporanobilis/status/1581162485121355776?s=20&t=E3n_TFJg4vJq61OP6j7BVQ

「パルンビ親子の本を監修することになったんだけど、とにかく表現が独特でこの英語を訳すのが難しくてなあ〜。」とのこと。確かにパルンビ先生の表現が独特なのだが、絶妙なユーモアと皮肉な視点が素敵で、エキサイティングな海洋生物ブックに仕上がってました。でも実際、海のように深く広い知識がないと監修は困難だったことでしょう…。大森先生のご冥福をお祈りします。

公式→ 海の極限生物

 

ベスト本その9

『チャップリンとヒトラー メディアとイメージの世界大戦』大野裕之

↓のチャップリン特集上映で売ってたのでなんとなく心惹かれて買った本なのだが…映画本としては間違いなく今年いちばん面白かった!

movies.kadokawa.co.jp

チャップリンの世紀の名作映画『独裁者』を読み解く上で必読書だと思う。チャップリンとヒトラーはわずか4日違い(1889年)に生まれ、どちらもチョビ髭をトレードマークとし、共に"イメージ"の力を何より重視しながら、喜劇役者と独裁者として正反対の人生を送る。そんな奇妙なシンクロを続ける2人の運命は映画『独裁者』で正面から激突する。

『独裁者』トリビアも豊富で、例えばこのブラームスの曲に乗せた伝説的なワンカット床屋シーンはわずか1時間5分でサッと撮っちゃったとか、チャップリンの天才っぷりに愕然としてしまう。ヒトラーは当然ヤバいが、チャップリンもバケモンよな…。

『独裁者』ラストの演説シーンにチャップリンは膨大な時間を費やした(床屋シーンは1時間で撮ったのに…)。率直かつ政治的なメッセージに公開直後の批評筋の評価は厳しくて、むしろ大衆の方が彼の思いをしっかり受け取っていたという。日本も今(軍事費の増大とか…)どんどん戦争に向けてキナ臭くなってる雰囲気が凄くて嫌になるんだけど、だからこそ今チャップリンが作品を通して何をしようとしたのか、何を言おうとしたのかを、特に表現に携わる人間はよく考える必要があると思う。

https://amzn.to/3WSYuR9

 

ベスト本その10

『読者に憐れみを: ヴォネガットが教える「書くことについて」』カート・ヴォネガット, スザンヌ・マッコーネル

今はなき大作家ヴォネガットに優しく、でも明確に「書くこと」への意識を問い直さなきゃダメだよ〜と言われたようで、背筋が伸びるような読書体験となった。

『読者に憐れみを』は、ヴォネガットの文学講義を受けていた生徒が、彼の説く創作への心構えや作家志望者への助言をまとめた1冊。作品の雰囲気と同じくシニカルな空気を漂わせながらも、同時に優しさと熱意に溢れた教師だったことが伝わってくる。作家に限らず何か"書く"人なら必ず得るものがあるはず。

良い文章を書くためにまず必要なものは小手先の技術でなく、「自分が関心のある(そして他の人も関心を持つべきだと思う)テーマを見つけること」というヴォネガットの最初のアドバイスは、あまりにも単純だが確かにすごく大事。それなのに、テクニックにこだわりすぎる初心者も上級者も、意外と忘れがちかもな…と自省させられた。

良い文章の例としてヴォネガットが紹介するのが娘の書いた手紙。レストランでバイトしてた彼女が、同僚にクレームをつけたイヤな客に反論するという、小説でも創作でも何でもない単なる現実的な必要に迫られた文章なのだが、その「必要」こそが重要だという話。確かにその手紙は、書き手に強い動機(≒テーマ)があることで、力強く心を打つ文章になっていた。

最も有名な作品にして最高傑作であろう『スローターハウス5』を書くまでに、ヴォネガットが想像を絶するような人生経験と紆余曲折を経たことを考えても、やはり創作に小手先は通用しないし、そうそう効率化もできないし、焦ったって仕方ないよな…と思えてくることだろう。きちんと創作志望者を励ます内容にもなっている。

具体的な文章アドバイスも多く、特に「とにかく明快に、簡潔に書くこと」を重視するヴォネガットの助言の数々は(小説家ではないが)マジで素直に参考にせねばな…と思わされた。文章を読むことは誰だって本当は大変なのだから、「読者を憐れんで」あげなさいという。これがタイトル「読者に憐れみを」の由来というわけ。私も文章を書く時は「読む人だって暇じゃねーんだから要点だけササッと書け!」と自分に唱えてはいえるのだが、ついついダラダラ長くなってしまうので、ヴォネガットの教えを肝に銘じたいものだ…。この記事もとっくに1万字超えてるし。

大作家の『書くことについて』といえばやはりスティーヴン・キングのこれも思い出しますね(読み直すか)。

書くことについて (小学館文庫) | スティーヴン キング, King,Stephen, 義進, 田村 |本 | 通販 | Amazon

ヴォネガットとキングは全く方向性の違う作家だけど、2人とも「書くことそのものが恵みであり(それが職業になろうとなるまいと)人生の救いだ、だから書こう」といった内容のことを語ってるのが素敵だなと思うし、2023年も(どんな形であれ)読んで書いて描いていきたいなと思うのでした。

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そんな感じで今年のベスト本10冊でした。もう読んでる方も疲れたと思うし(「読者に憐れみを」つってんだろ!)、私も大晦日だってのに長文を書いてマジ疲れたのでいいかげん終わります。来年は読者だけでなく筆者(自分)を憐れんで文章量を減らせますように! そして来年も良い本や映画に出会えますように!良いお年を〜!!

2022年映画ベスト10!(+栄光の次点イレブン)

毎年恒例の「映画ベスト10」発表時期がやってまいりました。今年は劇場で観た映画は116本くらいでした(配信を含んでないのと、重複があったりするので本数が正確なのかよくわからないけど大体…。)

これまではイラスト+手描き文章の図解で発表していたんですが、今年はブログ感想を再始動したこともあり、イラストを描きつつも文章をメインにしてみました。その結果めちゃ長くなってしまった(18000字以上)…っていうかぶっちぎり過去最長記事になってしまったのでお時間ある時どうぞ。

参考までに2021年ベストはこちら↓

numagasablog.com

あと昨年2021年はなんとなく順位つけるのやめてみたんですが(決定的な1位みたいのがなかったため)今年はベスト10には無理やり順番つけてます。まぁ自分の中の優先順位みたいのもわかって面白いからね。

さっそく発表していきたいと思いますが、毎年のことながらベスト10にはどうしても入らなかったけど語らずに年は終えられない作品が多すぎるので、まず「次点イレブン」として11本に絞って紹介していきます。次点は順位とかなくて順不同。

<栄光の次点イレブン>

次点1

『トップガン マーヴェリック』

みんなベストに入れるだろうから私は入れなくていいかオブザイヤー。今年の洋画大作の中ではぶっちぎり大人気の映画だったし、批評的な評価までもがバリ高いのも全然頷ける見事な出来栄えの一作だともちろん思ってます。こんなに「ハリウッド大作!!」って感じの映画がコロナで大ピンチだった劇場にやってきて、皆で盛り上がれたのも本当に良かった。そこはもうトム・クルーズ、素直にありがとうとしか言いようがない。

なのでもし仮にコロナがなくて予定通りの年に公開されていたら、普通〜にベスト10に入れてただろうなと思う。ただ、「今年のベスト10」にギリ入れなかったのは、やっぱロシアのウクライナ侵攻があって、戦争や紛争のエンタメ化に対して「あんまり無邪気に楽しんでいいのかな」と少し思うところがあったのも正直ある…。

とはいえこちらで語ったように→(@numagasaさんの伏せ字ツイート | fusetter(ふせったー))、観客と作り手の一種の共犯関係によって成り立っていた、ある無邪気な映画ジャンルの「終わり」の雰囲気が色濃く漂っている本作は、「最後の映画スター」トム・クルーズが贈る大作にふさわしいと言えるのかもしれないな…とか、不思議な哀愁も感じさせる映画で、そこも好きだった。

とはいえ湿っぽい映画では一切ないので映画ファンは確実に必見。もう観てるか。

【いま観たい人は→】各種サブスク配信中 https://amzn.to/3jyIR31

 

次点2

『シチリアを征服したクマ王国の物語』

「このアートが凄い」海外アニメ大賞。どこか懐かしい色彩と、シュールレアリズム的な美しさに溢れた世界で、過酷だが楽しい大冒険をクマたちが送る物語。後半のビターな展開も忘れがたい。シチリアには一度だけ行ったことがあり、今でも人生でいちばん鮮烈に心に残っている旅先で、本作はそんな記憶を呼び覚ます映画だった。(この映画みたいに凄い山とかはなかったと思うけど…。)ヨーロッパの海外アニメ好きな人は確実に観たほうがいいよ。

kuma-kingdom.com

【いま観たい人は→】U-NEXT等でレンタル配信中 https://www.video.unext.jp/title/SID0070546

 

次点3

『メタモルフォーゼの縁側』

今年いちばん良かった実写邦画エンタメです。まぁ原作がまず本当に良い漫画というのもあるが、その最良の魅力をちゃんと掬ってうまく2時間にまとめていた。

最低限のBL認識さえあれば(なくても別に)誰でも楽しめる見やすいエンタメだが、あえて硬い感じで言えば「それぞれの抑圧や規範に晒されてきた高齢女性と若年女性がクィア表象を通じて連帯する」という今けっこうストライクなテーマなので、海外の映画賞とかでも評価されてほしい…。

BLファン活に励む2人の煌めきが本当に素敵で、主に女性が社会規範から一時自由になれる空間としての背景もあるBLコミュニティに、暖かく光を当てる映画としても相当に意義深いと感じる。中盤からクリエイターとしての視点が強まり始めるけど、純然たるBLファン/消費者としての2人の暮らしをもっと見ていたかったと思うほど。

冴えない女の子の(周囲にあまり大っぴらにしづらい)ファン活動に真正面から光を当てた作品という点で、同じく今年のベスト級の映画『私ときどきレッサーパンダ』を連想して「同時代!」となったし、そこに半世紀も世代が離れた女性同士の交流や連帯という要素が加わる点は本作のさらに面白いところ。

【いま観たい人は→】U-NEXT等でレンタル配信中

https://www.video.unext.jp/title/SID0077039

原作漫画も最高なので読もうね。

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次点4

『映画 ゆるキャン△』

今年の日本アニメ映画、サプライズ大賞。過ぎゆく時間の一抹の寂しさと、大人になることの楽しさや可能性を優しく描く作品だが、実はとっても挑戦的なアニメ映画だと思う。ルックは今風の"かわいい女の子"アニメでありながらも、「誰でも(かわいい女の子も)いつかは年をとって大人になる、でもそれは悲しいことじゃなく、本当は素敵なことなんだよ」と告げるような優しい映画。優しいだけでなく、「終わらぬ世界」「変わらぬ人々」を愛でる美少女系アニメの風潮に対するアンチテーゼ的な尖りすら感じた。

本作のように一見いかにもジャンルムービー的で、ファンをきっちり喜ばせながらも、実はその作品ならではの新しい挑戦をして、ジャンル全体へのカウンターにさえなってる…みたいな、したたかな作品って一番好きかもしれない。「キャンプ場を無から作る」という、地味ながらも「えっどうするの?」とリアルに気になる縦軸ストーリーも絶妙。今年は日本アニメに驚かされる機会がかなり多くて、アニメ好きとしては嬉しい限りだった。

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次点5

『アンネ・フランクと旅する日記』

今年の海外アニメを語る上で外せない一作。アンネ・フランクの"空想の友達"キティーが現代に蘇り、「いなくなった」アンネを探す。偶像化も進むアンネの人生に再び命を吹き込み、排外主義と暴力が蔓延する社会で(入管の件とか聞く限り日本も全く他人事ではない…)今なすべきことは何かを突きつける。

アンネが命がけで遺した何かを真に継ごうと思うなら、(あくまで普通の少女だった)彼女を過度に偶像化・聖人化して、古びた教科書の1ページにするのではなく、いま現実に起きていることから目を逸らさず行動すべきだろ!という至極もっともな精神に貫かれていて眩しかった。

映画の参考に『アンネの日記』を読み返したのだが、冒頭からアンネの辛口が冴え渡ってる箇所とか好きなので、映画でユーモラスにアニメ化されてて嬉しかった。アンネが現代で妙な具合に偶像化されてるのを見たキティーが「ちげーのよな…」となってたのも頷ける…。アンネ・フランクさん、平和だった頃の日記を読んでもわかるけど(語弊あるかもだが)相当おもしれーやつというか、鋭い知性と辛めなユーモアの持ち主で、もし生存していたら普通に文筆家として大成していたかもな…というオーラが凄くて、だからこそ悲しい。

今に深く刺さるテーマ性はもちろんだが、単純にアニメーションの品質が極めて高いので、アニメファンは必見レベルと言える。アムステルダムでの日常や冒険、狭い隠れ家で羽ばたく想像力の表現など見どころが多く、ヘビーだけど全く見飽きないし、シンプルに美しい映画。とてもオススメです。

【いま観たい人は→】U-NEXT等でレンタル配信中

https://video.unext.jp/title/SID0072227

 

次点6

『神々の山嶺』

こちらも今年の海外アニメの重要作。命の危機を顧みず世界最高峰の山岳登頂に挑む、他者の理解を拒む人間が主人公の物語。にもかかわらず、圧巻の美術と繊細な演出によって、全ての領域で通用する「高みを目指す」という言葉をこれ以上なく力強く美しく体現していて、万人に開かれた普遍性もあるのが本当に「強い」映画だなと。

『ウルフウォーカー』の制作チームも関わっているだけあってアートが本当に贅沢の極みなのも最高。大自然の美しさはもちろんだけど(日本を含む)街の描写が地味に見事で、往年の東京の情景をここまで鮮烈に切り取ったアニメって近年だと皆無なのでは…?と思わざるをえない出来。これ今の日本で作るのだいぶ厳しいんだろうな〜という悔しさも否めない。

雪に覆われた過酷な山々を表現する上で、シンプルな「白」が生む絶望的なスケールの大きさと美しさを巧みに活かす手法は、名作『ロング・ウェイ・ノース』の「引き算の美学」も連想した。欧州アニメに顕著な表現と言えるけど、「アニメの豊かさ=描き込みの多さ」ではないよなとつくづく実感させられる。アニメファンは絶対観て損ない傑作です。

【いま観たい人は→】2023年1/6からamaプラで配信されるそうです!

natalie.mu

 

次点7

『セイント・フランシス』

全然ベスト10に入れたい素晴らしい一作(今年はフェミニズム系テーマの映画も本当に豊作だったな)。題材そのものはヘビーだがユーモアもキレキレで、劇場に何度も笑いが起こった。やはりフランシス(ラモーナ・エディス・ウィリアムズ)の輝きが半端ない。大人の考えた"かわいい子ども像"を絶妙に打ち破る感じのカオス具合と、幼い知性のきらめきを同時に体現する奇跡の役柄だった…。

品の良い"大人のコメディ"的なルックによらず、わりと全編を通じて血がドバドバ出るブラッディな映画なのだが、生理のような人類の約半分にとって極めて日常的な現象が、いかに通常のエンタメでは封殺されているかを逆に突きつけられる思いだった。そうした不条理に光を当てるのも映画の力だな…と実感。

【いま観たい人は→】今ちょうど劇場公開も配信もないタイミングのようです(悲しいかな年間ベストあるある)。今年8月公開なので、来年の前半くらいには配信or円盤くるかな? 

 

次点8

『すずめの戸締まり』

「あるクリエイターの作品に対する好き嫌いの振れ幅」という意味では、史上最大と言ってもいいかもしれない。個人的には年間ワーストレベルで(別にひどい出来の映画とかじゃないんだけど)合わなかった『天気の子』の新海監督の次作ということで、ぶっちゃけ全く期待していなかったが、驚くほどお気に入りの一作となった。ただ超メジャー作品だけあって色んな意見はあるだろうし、後に出てきた批判もよくわかるなあという感じではある。詳しくは長文ブログ書いたので読んでね(前作への批判が半分を占めるという異常な記事になってしまったが…)

numagasablog.com

【いま観たい人は→】普通に映画館でやってるので行こう!

 

次点9

『プレデター ザ・プレイ』(配信)

1年に1本はこういう映画が観たい!こんな爽快な映画が年間ベストに入っててほしい!という超ソリッドなアクション映画で最高なのだが、こういう映画をDisney+でおうちで観ることになるとはなぁ…というのはちょっと複雑。でもとにかくべらぼうに面白いのでヨシ!としたい。もう「プレデターvsアメリカ先住民」という発想の時点で"勝ち"だが、そもそもプレデターとは「狩人」としてどういう存在なのか、という根本から考えた結果としての対戦カードなのだろう。そのコアの発想を美しく引き立てて無駄を削ぎ落とすことで、シンプルかつパワフルな映画となった。

【いま観たい人は→】Disney+で視聴可!

プレデター:ザ・プレイを視聴 | 全編 | Disney+(ディズニープラス)

 

次点10

『ナイブズ・アウト: グラスオニオン』(配信)

いやもう最高に面白すぎるだろ。年間ベストでは配信よりも劇場作品を優先したいなあ…みたいな旧世代の感覚をまだ拭い去れないつもりだけど、それでも次点に入れてしまったくらい面白かった。

ギャグ要素も前作よりさらに冴えてて、途中で(少なくとも調子こいた全能気取りの大金持ちにとっては)名探偵がいかに最悪な存在になりうるかが露わになるくだり、今年いちばん笑った場面かもしれない。あんなイーロン・マスクみたいなイヤな野郎なのにさすがに気の毒&気まずすぎて「さ、最悪だ…!」と声出そうになった。

良い意味でライアン・ジョンソンらしく、ジャンルのファンが(この場合はミステリー?)怒り出しかねない破壊的な横紙破りやご都合主義も厭わないのだが、「そんな狭いお約束よりももっと大切なことがあるだろ!」と叩きつけるような怒りが根底にあるように思えて(クライマックスはまさに色々叩きつけてましたね…)、かなり痛快に感じたし、この時代に必要なエンタメを作ったるぜという高い熱い志を感じた。

この機会に1作目も見返したけどやっぱめちゃくちゃ面白いわ。2作目にして完全に大好きなシリーズと化してしまったのでダニクレが現役な限り一生続けてほしい。

【いま観たい人は→】

1作めは各種配信で、https://amzn.to/3G1i4nh

今回の2作目はNetflixで見られます。

ナイブズ・アウト: グラス・オニオン | Netflix (ネットフリックス) 公式サイト

 

次点11

LOVE LIFE

本当は次点もキリよく10作にまとめるはずだったが、あろうことか『LOVE LIFE』を「観た映画リスト」そのものに入れ忘れていたことに気づいたので、次点を増やさせてもらったぜ!

基本ものすごくヘビーな話である。特に序盤のある"事件"が本当に悲惨で、かつあまりに日常的なのが逃げ場なくて最悪であり、人によっては閲覧注意かもしれない(特にこの年末年始にはなるべく思い出したくないレベルで怖い)。一般的な"怖い"映画の、呪いだの幽霊だの殺人鬼だの殺人UFOだのといったフィクショナルな恐怖が、観客に現実を忘れて気持ちよく帰ってもらうための"配慮"に思えてくるほどだった…。

かように『LOVE LIFE』、とてもヘビーな話のはずなのだが、後半のある車中のシーンとか、ふっと突き放した軽やかな視点が入ってくるのが大好き。けっこう重大な嘘がバレて、裏切られた主人公が衝撃を受けてブチ切れるという、いくらでも深刻に描きうる場面だ。それなのに2人を載せてくれた女性が(当然だが)全くそれまでの文脈を共有していないがゆえに「モメててウケるw」みたいな反応なせいで、絶妙に笑えるシーンになってる。ひどいはひどいけど、人生って特定の誰かを中心に回ってないし、世の中そういうもんかもな!という、どこか肩の荷が降りるような素敵な場面だった。今年みた映画で最も好きなシーンと言っていい。

超イヤな話としてのポテンシャルも絶大だが、決まり文句と化した「人には様々な一面がある」という真実を、これほど真正面から真摯に実践してみせる邦画なんて滅多にないし、国際的な評価が高いことにも頷くしかない。日本の映画ファンは深田晃司監督と同時代を生きる幸運に感謝しつつ観るべき。

【いま観たい人は→】配信とかはまだですが、普通にミニシアターなどでやってるとこもあるそうです。劇場でぜひ。

映画「LOVE LIFE」公式サイト

 

次点・番外

チャップリン特集上映で観た映画

『チャップリン特集上映 フォーエバー・チャップリン』 公式サイト 11月3日(木・祝)~ 東京・角川シネマ有楽町他、順次公開

独裁者、街の灯、殺人狂時代、給料日+黄金狂時代、ニューヨークの王様、ライムライト、サニーサイド+キッド、チャップリン・レヴュー、モダン・タイムス、のらくら+巴里の女性】の全10作+アルファを2日連続でぶっ続けで鑑賞するという、学生時代みたいな体力の使い方をしてしまったが、古典おもしれえ〜〜〜と心から思わされたという意味で、本当に行ってよかった特集上映でした。日頃、わりと最新の映画ばっかり追いかけてる感じですが、いや〜やっぱ長く残ってるものは残るだけのことはあるんですよね!ということを時々は実感せねばなと。映画って本当に良いものですね!おわり。良いお年を〜!

…うっかりまとめに入ってしまったが、まだ次点を発表しただけなので、ここからが本番となります。

 

<2022年映画ベスト10>

まぁ最初のベスト10イラストで発表はしたようなもんだけど。一応もう1回イラスト貼っとこう!どどん。

 

10位 

バッドガイズ

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もう大好き! 映画史に残る級の傑作もそりゃ良いけど、こんくらいの全然むずかしくない、いつでも誰でも全然スッと見れるエンタメほんと好き!! 散々語ったおじさん間じっとり感情も見応え抜群ですが、やっぱダイアン知事…好きすぎる……。あとなんつっても『スパイダーバース』をさらに別の形に広げたようなこのアートワークの魅力、なんだかんだドリームワークスすげーな〜とか詳しくはブログで散々語ったので読んでね。

今年は上位ベスト5が非常に固くて絶対に動かないだろうなと思いつつ、8〜10位くらいは本当に迷ったので、次点クラスと完全に同格という感じなのだが、せっかく記事も書いたしね…ってことで。

【いま観たい人は→】残念ながらちょうど劇場も配信もないタイミング(夏〜秋あたり公開作はわりとこれね…。)そのうち来るので見てね。

 

9位

『FLEE』

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ド派手な実写エンタメとか、びっくりするような出来のアニメも沢山あった中、すごく静かで地味な作品なんだけど、心にドスンと刺さる本作は絶対ベストに入れたいと思った。公開から半年たった今、さらにロシアがLGBTQ+の存在を法律で「禁止」したりとか、どんどん本作で描かれたことが現実社会で切実になっていくし、アニメの可能性を問う表現手法の上でも、今年の海外アニメーションを語る上で絶対に外せない重要作だと思う。詳しく書いたので記事読んでください(やっぱこういう作品もちゃんとフックアップしないとだな。)

【いま観たい人は→】DVDとかはまだないっぽい?けどamazonとかでデジタル購入できるようです。買う価値は絶対アリ。

Amazon.co.jp: FLEE フリー(字幕版)を観る | Prime Video

 

8位

『グレート・インディアン・キッチン』

掛け値なしに今年最もキツかった映画で、正直イラストに描くだけでも「うう…」となってしまうので一瞬外そうかと迷ったレベルなのだが(弱っ)、だからこそ逆に絶対にベストに選出せねば…と思わされた強烈な作品。

性差別を正面から扱う映画は世界的にも次々と生まれているけど(近年のインド映画でも『パッドマン』とか、韓国の『82年生まれ、キム・ジヨン』とか)、その中でも個人的には屈指のキツさだった。

「食」という営みは、社会が進歩した今でも人間の動物的で生々しい側面を大いに含み、かつ性規範と深く結びつく。だからこそ『グレート・インディアン・キッチン』のようなフェミニズム的批評性と、怒りに満ちた作品のテーマになりうるのだなと実感。日本でも漫画/ドラマ『作りたい女と食べたい女』が大きな話題を呼んだのとも通じる。

ただ、たしかに本作、一切楽しい映画ではないし甘さも限りなくゼロなんだけど、観終わったあとは不思議と強いエネルギーで心が満たされる映画でもある。「わざわざ映画館で金払って辛い重い映画を見たくない」的な声もあろうが、全く楽しくも明るくもなく、現実の理不尽さをシビアな視線で捉えた作品が、むしろ(虚ろな楽しさや明るさよりも)元気をくれる、心に火を灯してくれることも多いし、本作はその絶好の例だなと。

特に、広い意味での「科学」に関わる人には深く染みる話でもあって。劇中で科学の話は特に出ないのだが、だからこそ冒頭の"Thanks Science(科学に感謝)"というクールな謝辞が鮮烈に響く。科学で家事が便利に…的な話(それも大事だが)を超えて、性差別のような理不尽を撤廃することと、真実を求める科学の精神は、深い所で繋がっているのだとつくづく思う。

【いま観たい人は→】配信に来てると良いな〜と思ったけど見当たらず。でも幸いDVDは日本でも出てるようなので、ぜひ。https://amzn.to/3vnq4Ks

 

7位

NTLive 『プライマ・フェイシィ』

フェミニズム的テーマかつ非常にヘビーなテーマの映画を立て続けに選んでしまったが、どっちも観たらベストに選出せざるをえない、とてつもない出来栄えの傑作だったので仕方ない…。90分ノンストップで喋って動きまくるジョディ・カマー(『キリング・イヴ』『最後の決闘裁判』)のまさに圧巻の一人舞台、その才能に震えるしかなかった。彼女の新たな代表作になると思う。

性被害を扱う法システムの不当さを強靭な論理性によって糾弾するという重厚なテーマで、MeToo問題が知名度を得ていく一方でバックラッシュも加熱している日本でも広く見られるべきだなと今改めて感じる。

重いだけでなく、とにかくストーリー運びが面白い。主人公の有能っぷりを見せつける痛快な法廷シークエンスから始まり、転換点となる恐ろしい事件やクライマックスの告白に至るまで、一人の変幻自在の役者による怒涛の勢いの語りと演技にひたすら引き込まれるという、演劇でしか味わえない喜びが凝縮された一本でもあった。

【いま観たい人は→】残念ながら、今回のベスト作品でいちばん見るの難しい作品かも。というのもNTLiveは配信とか円盤とか絶対やらないので、少なくとも日本語版は再上映を待つしかないですね…(原語版ならweb配信もあるのかな?)。ただ、NTLive史上でもかなり話題になったヒット作のようなので、確実にまたリバイバルすると思います。

 

6位

『スパイダーマン ノー・ウェイ・ホーム』

公開されれば必ず映画館に駆けつける割には、意外とMCU作品をベストに選出するのは珍しいのだが、これはさすがに今年最高の映画体験として入れざるをえなかった。やはりなんといっても、満を持して「彼ら」が……いやもうさすがに1年たったしいいでしょ、満を持してアンドリュー・ガーフィールドとトビー・マグワイアが登場する場面で、劇場が「おおお〜〜〜〜(泣)(笑)」と泣き笑いみたいな「どよめき」に包まれた瞬間の高揚感と幸福感は本当に忘れられない。まぁまぁ長く映画館に通っているが、(イベント上映とかでもないのに)客席から起こる初めてのリアクションだった気がする。

あの場面が凄いなと思うのは、正直ほとんどの人はアンドリュー・ガーフィールドとトビー・マグワイアが出ること自体は完全に予想してたと思うんだよね。だって報道とかで「出るよ」的なネタバレは事前に食らってたし、そもそも過去の悪役が出るのにヒーローだけ出なかったら逆になんなんだよって感じだし。それでも凄く的確な「出し方」と、心を打つ演出によって、たとえ予想していたとしても大きな感動を与えてくれたわけで、映画って単なる「ネタ」の集合体ではないよなあと実感する。

ちなみに約11分の楽しい映像(FUN STUFF)を加えて再編集したバージョンである『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム THE MORE FUN STUFF VERSION』も観た。もちろん追加部分も楽しかったが、熱量高いファンと一緒に劇場で観る体験は(特に本作は)格別で、やはりヒーローものとして見事な作品だなと再認識した。

『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』の結末はとても寂しいけど、たとえ何もかも失ったとしても、自分の信じる「正しい」道をひとり歩もうとする人に捧げられた讃歌として解釈できると思う。その歩みは孤独ではあるかもしれないが、「ひとりだけど、ひとりじゃないかもしれない」という救いが、マルチバースという仕組みを見事に活かして語られる映画でもある。個人的にも、どこか心の深い部分で慰められ、励まされる映画だった。

ジョン・ワッツのスパイダーマン3部作は全て大好きだが、こんなにも素晴らしい作品でそのサーガを閉じてくれたことにただ感謝したい。ただ次はそろそろジョン・ワッツのオリジナル作品が観たいかな〜!(Disney+の「ザ・オールド・マン~元 CIAの葛藤」も見ねば。)

【いま観たい人は→】通常版も各種配信サービスで見られるし、U-NEXTなどで「THE MORE FUN STUFF VERSION」も見られるようです(名前変わってるけど)。

スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム エクステンデッド・エディション

 

5位

私ときどきレッサーパンダ(配信)

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この5位から上はぜんぶ1位です!(実際6〜10位はまだちょっと迷ったけどベスト5は一切揺るがなかった。)『私ときどきレッサーパンダ』も完全に1位としか言いようがないほど大好き。本当に劇場で観たかったぜ!!!と一生言い続ける。

今年は色んなところで繰り返し引き合いに出したけど、女の子キャラクターの造形や描写の素晴らしさには感嘆することしきりだったし、ガールズムービーとしても歴史に名を残すこと間違いないと思う。

ストーリーも凄く重層的な見方ができて秀逸だった。レッサーパンダへの変身が何を象徴するのかは、主人公メイメイの中に渦巻く情念の現れとか、色んな解釈が可能だけど、個人的には「創作マインド」として受け取った。メイメイは小さな火花のような(性の目覚めっぽさもある)ときめきを、燃え盛るような創作欲として爆発させていくんだけど、そうした創作欲が客観的に見ると「黒歴史」的な強烈な恥ずかしさも生む、という生々しい点もしっかり描かれる。そこには、ドミー・シー監督のリアルな創作遍歴も反映されている。彼女が若い時に二次創作的な活動を活発にしていたことが、ドキュメンタリー『レッサーパンダを抱きしめて』で語られる。最高のドキュメンタリーなので絶対みよう。

レッサーパンダを抱きしめて : 『私ときどきレッサーパンダ』メイキング映像を視聴 | 全編 | Disney+(ディズニープラス)

「作りたい、恥ずかしい、でも止められない!」という、喜びや戸惑いや怒りや性が織り混ざった強烈なうねりのような情念が創作の初期衝動になっていることは、監督のみならず多くのクリエイターが同意するはず。そうした様々な寓意が込められたレッサーパンダと、最後にメイメイがどう向き合うのかも、すごく好きな着地だった。とにかくこの作品を起点にディズニー/ピクサーが新時代に突入してもおかしくないくらい革新的な映画だったと思う。最高!!

【いま観たい人は→】Disney+でどうぞ。今からでも劇場でリバイバルしろ!!!

私ときどきレッサーパンダを視聴 | 全編 | Disney+(ディズニープラス)

 

4位

雄獅少年  少年とそらに舞う獅子

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今年最もブッ飛ばされた海外アニメ映画。さらにそれが中国アニメなので『羅小黒戦記』の衝撃・再来と言えるかもしれない。

圧巻のアクション、巧みな作劇、リアリティあるキャラ造形、連打されるギャグと、美点をあげていけばキリがないが、やはり中盤以降の物語の転調から、クライマックスになだれ込む怒涛の展開は本当に忘れがたい。貧困や格差など、社会の厳しい現実からも目を離さず、「そんなことやって何になるの?お金にならないでしょ?」という冷めた視点も常にある。

そんな世の中で主人公を待ち受けるあまりに悲しい挫折と、そこからどう彼が立ち上がっていくかを示すことこそが、本作の最も素晴らしく、心を熱くするポイント。誰だって夢も希望も持っているけど、世の中は圧倒的に不平等であり、誰もが夢や希望を「持ち続けられる」とは限らない…という非情な現実を、極めて高い解像度で描く。しかし、だからこそ「現実を超越したどこか」に繋がる扉として獅子舞が輝きを放ち、あの屋上での美しく力強い「舞」の場面が脳裏に焼き付く。結末は必ずしも甘くないけど、主人公たちと似た境遇にいる、心に「獅子舞」をもつ人たちを、力強く励ます終わり方になっていた。何かを志す万人にオススメできる大傑作アニメ映画です。

【いま観たい人は→】今ちょっと観る手段があまりないんだけど…とか書こうとしていたところに、なんと2023年に日本語吹き替え版が全国公開することが決定しました!!やったあああ〜〜〜。絶対映画館で観たほうがいいよマジで。

中国の3DCGアニメ映画「雄獅少年」2023年に公開、日本語吹替版も楽しめる(動画あり) - 映画ナタリー

 

3位

『NOPE/ノープ』

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今年のベスト映画(実質1位)にして、恒例の「どうぶつ映画オブ・ザ・イヤー」も同時受賞。手前味噌だが『NOPE』のブログ記事は今年書いたものの中では最も出来が良いと思っているし、なんなら私にしか書けない内容だと勝手に自負している。(まぁここまで私の興味や関心や知識のエリアにドンピシャに刺さってくる映画はめったにないわけだが…)

『NOPE/ノープ』はUFOが攻めてきたぞ!という一見アホかつトンデモな超常SFホラーであると同時に、とんでもなく真面目な映画でもある。映画全体をグッサリと貫いているのは、「見る/見られる」の一方的な関係が、この世界に厳然として存在する「搾取」の構造の根源である…という強靭な問題意識だ。

だからこそ「搾取」と「見る/見られるの支配」を体現するような、絶望的なほど強大な超常生物「Gジャン」に、人が動物とともに覚悟を決めて立ち向かう最終決戦が非常に熱い。BGM(サントラの"The Run")もクラシックかつストレートにカッコよくて血がたぎる。動物映画としての本作のクライマックスにふさわしい名場面だった。どう考えても今年最高のサントラ大賞これでしょ↓

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動物映画としての面白さや、ジュープの悲しくも忘れがたい運命など、詳しくはさんざん記事で語ったので読んでほしい。今年のベスト上位5作はいずれもエンタメ大作だが、地域も表現形式も全く異なる作品なのが面白い。そんな中、ハリウッド代表である『NOPE』が、「現代アメリカエンタメの面白さ」がギュッと濃縮されたような映画だったことを、洋画好きとしてはとても嬉しく思う。

【いま観たい人は→】ちょうど配信やディスク発売なども開始したようです!買わねば。https://amzn.to/3i4emRX

ただやっぱ劇場で、特にIMAXレーザーGTのフルサイズで観るのがとにかく最高(というかそれを基準に作られた作品)なので、リバイバルしないかな〜。してくれ!!

 

2位

『THE FIRST SLAM DUNK』

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昨年(2021年)の12月くらいの自分に、「来年のお前はスラムダンクの映画をめちゃくちゃ激賞してるぞ」と教えてあげたら「なんで???」となるだろう。それだけスラダンにもバスケにも全然興味がなかったのだから。しかし蓋を開けてみれば、この有様である。原作まで改めて全巻読破してしまう始末だ。numagasablog.com

なので、来年(2023年)もどんな出会い(再会?)が待ち受けているかわからないな…と楽しみになってしまう。

今年の上位5作はいずれもエンタメ大作だった…と書いたが、そのうち1作が日本の映画だったこと、そしてアニメ映画だったことに、アニメファンとしては驚きと興奮を隠せない。たしかに井上雄彦という天才の存在があまりに大きい映画ではあるし、再びこうした凄い映画が現れるのがいつになるかは全然わからない。しかし2022年、「世界中の人に観てほしい」と心から思える日本のエンタメ映画が出てきてくれたことを決して忘れないだろう。

【いま観たい人は→】劇場に行こう!原作一切読んでなくても行ったほうが良い!

 

1位

『RRR』

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映画に順位をつけるのは確かに不毛かもしれない。それでも無理やり順位をつけるのであれば、やはり1位の王座には「地球最強の映画」に座ってもらいたい。

本作がいかに「最強」なのかはすでに各所で十分語ったし、信じがたいほどぶっ飛んだアクションや、濃厚かつ繊細なキャラクター造形がいかに素晴らしいかも繰り返し力説した。だがこの年の暮れにしみじみと思い出してしまうのは、本作の中では比較的(あくまで比較的だが)地味とも言える、後半のある場面だ。

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それは英国側に囚われたビームが、苛烈な責めと屈辱を与えられながらも、この「Komuram Bheemudo」を歌い上げ、虐げられた人々を勇気づける場面である。

『RRR』は明らかに大傑作であると同時に、ある種のナショナリズム的な「危うさ」も抱えうる作品であることはすでに記事で指摘した。しかしさらに視野を広げ、本作をより普遍的な「虐げられた人々のための映画」として観ることも大切だと思う。

2022年を象徴する世界の出来事といえば、やはりロシアのウクライナ侵攻だろう。権力をもつ者が、手前勝手な都合のために他者を蹂躙するという、むき出しの暴力と悪意が世界をおびやかす年となった。そんな中、インドの植民地時代をモチーフにした上に、ウクライナを撮影地とした『RRR』が(偶然とは言え)驚くほどアクチュアルな文脈を獲得してしまったのは驚きだが、同時に必然だったのかもしれない。

目と耳を疑うような暴力に脅かされているのは、当然ながらウクライナの人々だけではない。他にもパッと思いつく中では、イランやアフガニスタンやミャンマーなど、権力による理不尽な暴力によって踏みにじられた人々の苦しみの声は鳴り響き続けている。

たとえ直接的な暴力は少なくとも、人権を軽視する者が権力の座に上り詰め、人々の抗議や怒りを冷笑する者が持て囃され、力を持たない人々への搾取がどんどん激化していく構造は、日本でも変わらない。そんなロクでもない世界において、『RRR』のようなド直球の怒りと闘志に満ちた物語がどれほど強い輝きを放っていることか。

ベスト映画を選出してみてつくづく実感するのは、私は「何かに抗っている」作品が好きなんだなということだ。今年のベストに選んだ作品もことごとく、エンタメ性や表現技法の素晴らしさをフル活用しながら、この世の「悪しき何か」に全力で抗ってくれている、とても心強い創作物ばかりだ。

私が素晴らしいと感じる映画の条件として、「見たことのないものを見せてくれること」「他者への想像力を拡張してくれること」の2つを前に挙げた。そこに「この世の悪しき何かに抗っていること」を付け加えるなら、『RRR』を「2022年で最も素晴らしい映画」と呼ぶことに、なんのためらいもない。


【いま観たい人は→】激情に行こう!じゃなかった劇場に行こう。1年を締めくくるジ・エンドな映画としても、1年を始めるハピニュイヤァな映画としても最高。

映画『RRR アールアールアール』|絶賛上映中!

 

以上です! 来年も良い映画にたくさん出会えますように!

 

おまけ:2022年映画リスト(すごい面白かったけど語りきれなかった映画たくさんありますが、また別の機会に…。)