沼の見える街

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ブレイキング・グッド! 『バッドガイズ』感想

「動物が主人公の海外アニメ映画は95%面白いからさっさと観ろの法則」を知っているだろうか…? 私が勝手に言ってるだけなのでたぶん知らないと思うが、体感それくらいのアタリ率を誇るのが「動物が主人公の海外アニメ映画」であり、今回もその法則を見事に満たしてくれる大アタリ映画に出会うことができた。そう、『バッドガイズ』である。

gaga.ne.jp

 動物主人公=面白いという法則の真偽はともかく、(動物が主人公だったりする)全年齢向けの海外アニメ映画って、もはや「誰が観ても楽しめる」純粋なエンタメとしての完成度は全ジャンルの中でもトップじゃね…?となるようなハイクオリティな良作が多いよねとは常々思っている。予告の時点で『バッドガイズ』も「あ〜これ絶対面白いやつ〜」と確信していたが、全く期待を裏切らない出来栄えだった。

 ざっくりあらすじ。主人公はオオカミ、ヘビ、サメ、ピラニア、クモの五人からなる「嫌われ者」なバッド動物たち。人々には半端なく恐れられてはいるが愉快な仲間たちが、今日も元気に犯罪を企てる…のだが、ある事件を機に予期せぬ方向へ事態が転がっていく!というお話。

 本作の一番わかりやすい魅力は、なんといってもレトロなコミックがガンガン動いてるかのようなビジュアルアートで、今年のアートワーク大賞は決まり!という風格がある。「伝統的なコミックの魅力や味わいをいかにアニメ表現に落とし込むか」は近年のかなり熱いトレンドで、大作では『スパイダーマン:スパイダーバース』という伝説の一本が記憶に新しいし、Netflixの『キッド・コズミック』とかもその潮流にある良作と言える。そこに『バッドガイズ』という素晴らしい新星が現れてくれたので、カッコイイ絵作りのアニメが見たい人は速攻で劇場に駆けつけた方がいい。

 ビジュアル面だけでなく、物語もよく考えられている。先にテーマを少し明かしちゃうと、超有名な犯罪ドラマ『ブレイキング・バッド』のちょうど逆で、いうなれば「ブレイキング・グッド」な話になっている。『ブレイキング・バッド』は(傑作スピンオフ『ベター・コール・ソウル』も)、冴えない暮らしをしているが基本的には善良に生きてきた人間が、自分の才能と欲望に気づき、どんどん"悪"の世界に踏み込んで(=ブレイキング・バッドして)いく…という展開。

 本作『バッドガイズ』はその逆で、好き勝手に生きてきた悪いヤツらが自分の中の"善(グッド)"を愛する心に気づいてしまうのだが、「ワルな俺たちから"悪(バッド)"を取ったら何が残るんだよ…!?」と葛藤することになる…という、善悪をめぐるなかなか深い物語にトライしている。でも基本的には(一部除き)全くウェットさはなく、超ハイスピードで進む王道エンタメで、万人が楽しめる作りなのが本作の好ましいところ。

 まず冒頭の「長回し」シーンが凄くいい。いかにも(ソダーバーグとか)オシャレ系犯罪映画に出てきそうな、レトロアメリカンな感じのダイナーで、本作の主役バディであるMr.ウルフとMr.スネーク(ネーミングそのまんま)が、いかにもタランティーノ映画的なノリのどうでもいい感じのおしゃべりをしている。一見ダラダラしてる(が実は後の展開を予兆するようなワードが張り巡らされてるのもウマイ)会話が終わって、二匹がごちそうさま〜と店を出ようとするとカメラがぐるっと回り込み、実は他の客がめちゃめちゃ二匹にビビり散らかしていた…!という絵面が明らかになる。子ども向けアニメの開幕としては見たことないような、にくいほどスタイリッシュな冒頭であった。

 この冒頭シーンのオチ、仮に2人が普通の人間だったら「いやどんなに悪人でもここまで周りの人がビビってるのはさすがに不自然だろ」となりそうなものだが、なんといっても二人のルックスがオオカミとヘビなので、人々のビビりに絵的な説得力を(ちょっと強引にではあるが)もたせているのも上手いと思う。

 そしてこの「反射的に人がビビるほどに怖いイメージを持たれている動物」が主人公であることで、「怖いイメージの動物だからって、見た目で判断してはいけないよ」という動物教育アニメ(?)としての価値も本作に持たせている。オオカミやヘビやサメのように、物語の中でも常に悪役にさせられがちな存在について、「そのイメージ、ほんとかな?」と疑う視線を提示することは、特に子ども向け作品において大切だと思う。(ほぼ同じテーマを、Netflixアニメ『バック・トゥ・ザ・アウトバック めざせ!母なる大地』でも描いているので、こっちもオススメ。)

 我田引水ごめんあそばせだが、『バッドガイズ』の「人々に怖がられている動物」からなる主人公チーム5匹のうち4匹(オオカミ、ピラニア、タランチュラ、サメ)について、私も過去作でまさに「勝手なイメージで恐れられているほどには怖くないよ」という図解を描いていたことを思い出した。

↑『ゆかいないきもの超図鑑』オオカミ・シュモクザメ図解より

↑『ゆかいないきもの㊙︎図鑑』よりピラニアとタランチュラ図解

 ヘビだけは描いてなくて、ごめんよスネーク…と思ったのだが、考えてみると『バッドガイズ』チームの元になった動物の中では唯一ヘビだけが、実際に人をたくさん(ざっくり10万人/年くらい)死に至らしめている動物であるのは、数字の上では事実なんだよね…。チームの中でも、スネークだけ"悪(バッド)"であることに対する重みが周囲と違うのもその辺に背景があるのかな…とか切なさも感じた。

 まぁ全てのヘビが危険なわけでは全くなく、全世界に3000種ほど生息すると思われるヘビのうち、毒を持つのは約25%ほどで、その中から致死的な有毒ヘビになるとさらに絞られるはずなので、人間のヘビに対する恐怖が行き過ぎなのは事実なのだが、ヘビ当事者(?)のスネークとしてはもう「恐れられる」のも慣れっこになって、「自分はバッドであり続けるしかないんだ」と思い込んでしまうのも無理ないかな…と考えたりした。

 そして本作が地味にユニークなのは、「動物」の見た目をしたキャラと人が何の説明もなく混在していること。人間ナイズされた動物(動物人間)が日常生活を送ってる系の作品って、海外アニメでは『ズートピア』や『SING』を筆頭に、漫画だと『ブラックサッド』とか、日本でも『BEASTARS』とか『オッドタクシー』(はちょっと変則だけど…)みたいに普通は"みんな動物人間"なことが多い。

 一方で『バッドガイズ』は、主人公チーム(オオカミ、ヘビ、サメ、ピラニア、タランチュラ)と、キツネの知事ダイアンと、モルモットのマーマレード教授くらいしかメインの「動物人間」キャラはいなくて、他は全員ふつうの人間というけっこう珍しいバランスだった。(何気に近いパターンなのが『ボージャック・ホースマン』で、あのアニメはマジで何の説明もなく動物人間とふつうの人間が混在してたので「それアリなんだ…」となった。)

『バッドガイズ』のモルモットに至っては、人間的に振る舞うモルモットであるマーマレード教授だけでなく、本当にただのモルモットであるモルモットたちも大量に出てくるので、この世界における動物人間ってなんなん!?と若干の混乱を生むのは確かである。 いわば『ズートピア』でジュディと普通のウサギが同居してるみたいな事態になっているが、まぁ勢いがスゴイ映画なのでその辺はあまり気にせずにみられる。(モルモットといえば、同じく今年の良作動物アニメである『DC がんばれ!スーパーペット』と奇跡の被り方をしていたな…。)

 とはいえ『バッドガイズ』の「動物」キャラには実は必然性があるようにも感じられて、要は「他者から恐怖や偏見の視線を向けられてきたキャラ」が動物の形で表現されているんだよね。(ダイアンも周囲からの偏見に関するあるエピソードがあるし、マーマレードも"逆偏見"とでもいうべき思い込みに晒されているとも言える。)バッドガイズの皆は「その実態はともかく、やたら怖がられている動物」の見た目をしているのだが、それが一種のメタファーとしても機能している。

 つまり「怖い動物」としての見た目に、たとえば外見や人種や犯罪歴といった、現実社会に存在する偏見のタネを代入して読み解くことも可能ということ。原語版だと、ピラニア:アンソニー・ラモス(ラテン系)、タランチュラ:オークワフィナ(アジア系)、シャーク:クレイグ・ロビンソン(アフリカ系)とか、多様な人種マイノリティの役者たちが声を演じたりもしているし。

 急にヘビーな話をすると、たとえば『13th -憲法修正第13条-』というドキュメンタリー映画では、アメリカ社会で実質的に奴隷制がまだ存続しているという恐ろしい実態について解説している。偏見と憎悪に満ちた社会でひとたび「悪」のレッテルを貼られたマイノリティの人々が、自由を奪われることで「悪のスパイラル」に巻き込まれざるをえないという、戦慄すべき現状がある…。『13th -憲法修正第13条-』はYouTubeで無料公開しているのでぜひ見てほしい。

 こうした『13th』の内容とも共通するように、『バッドガイズ』では誰かが「悪」であることは本人だけの問題ではなく、「多数派の人々による少数派への恐怖や偏見」や「マイノリティが"悪"であり続けてほしいと願う人々」といった、いびつな社会のあり方とも深く関わっている問題なのだ…という現状についても、示唆しているように思えた。

 本作は「生まれついての"悪"ではなかったのに、社会から恐れられたり、偏見の目を向けられてきたがゆえに、"悪"であり続けようとしてしまい、"善"に踏み出せない(ブレイキング・グッドできない)者たち」への想像力を働かせるための物語でもある。その上で、誰にでも"善"の心はきっとあるし、変わることもできるのだ…というメッセージを優しく、力強く、押し付けがましくなく伝えてみせる真摯な作品だった。

 

以下、好きなところ箇条書き。

・日本語吹き替え版しかやってなかったので観たが、思った以上に満足できた。日本の芸能界に全く詳しくないが、みんな本職の声優と思えないほど良かったです。ウルフの尾上松也もスネークの安田顕も抜群に上手かったし、ピラニアの河合郁人は最初少しあどけなく感じたのだが、後半の歌唱が素晴らしかった。芸能人吹き替えは少し前までけっこう文句の嵐という感じだったけど、次第にノウハウも蓄積されてきて、今は全体にかなりクオリティ上がったよな〜という印象。あと作中の文字などの日本語ローカライズも完璧といってよく、ビジュアル面でローカライズする全ての海外アニメは本作を基準にしてほしい…お前のことだよピクサー!

 

・Twitterでも書いたが、ウルフとスネークの関係は刺さる人にはブッ刺さると思うので、いい年した男たちのただならぬ関係性が好きな人は全員観たほうがいい。BLそこまで詳しくない私でも「思いもよらぬ方向からデケぇ球が豪速球で来たな…」という衝撃で膝をつかざるをえなかった。

全体としては大変カラッとした陽のアトモスフィアに満ちた娯楽作なのだが、この主役2人の間に流れる空気だけが絶妙に湿っているというか…。「ママ〜、どうしてオオカミとヘビのおじさんの関係性だけなんかじっとりしてるの〜?」と尋ねる子どもの声が聞こえてくるようだ。いい年した大人には色々あるんだよ。先述したようにヘビならではの"悪"への執心も手伝ってか、特にスネーク→ウルフの感情の激重っぷりは特筆すべきで、pixiv5000users入りの風格がある。「この2人の関係はLOVEとかではなくて〜」的な逃げ道を叩き壊すかのように、もはやクライマックスで"I Love You"って言っちゃってるし、幸せになってほしいと思う。

 

・我ながらわかりやすいが、最も好きなキャラはキツネのお姉さんことダイアン知事であった。ネタバレは控えるがなかなかの秘密を抱えたキャラで、後半の大活躍が実に眼福で楽しい。一応ウルフとのパートナー的な関係で登場したのだと思うが、ウルフがスネークとのじっとりした激重関係で忙しかったこともあり、ダイアンはタランチュラとの百合フラグを立てていた(スピンオフ作って)。それにしても今年は『SING ネクストステージ』といい、最高ケモキャラが百花繚乱で困ってしまう。世界中のケモナーを映画館におびきよせて一網打尽に逮捕するつもりなのだろうか。

・サブキャラでは、バッドガイズに翻弄される、どことなく鳥山明タッチの脳筋マッチョな警察署長がイイと思った。この説明だけ読むと男性キャラクターを想像する人が多いかと思うが、本作の署長は当然のように女性なのがフレッシュで良かった。最後までおいしい役回りだったしね。

・予告で必然のごとく流れていたビリー・アイリッシュの「Bad Guy」はどこで使われるのだろう、と待っていたが、結局本編では一度も使われなかったな。まぁこっちの『バッドガイズ』のほうがビリーより先なので、実はそのほうがクールな判断だと思う(劇中で使うとSING2ともかぶっちゃうし)。そう、いかにもオリジナル作品っぽい映画だが、『バッドガイズ』はれっきとした原作コミックがあるのです。まだ日本ではそんなに知名度ないけど、本国オーストラリアでは大ヒットしてるっぽい。

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それにしても今年だけで『私ときどきレッサーパンダ』『シチリアを征服したクマ王国の物語』『神々の山嶺』『FLEE』『雄獅少年』に続いて『バッドガイズ』も加わり、海外アニメ映画のビッグウェーブはとどまるところを知らない。さらに今年はまだカートゥーン・サルーンの『エルマーのぼうけん』やらヘンリー・セリック監督のジョーダン・ピール脚本の『ウェンデルとワイルド』がNetflixで控えていたりもするので、まだまだボンヤリしていられないのだった。2022年はこれからだ!(前向き)