沼の見える街

ぬまがさワタリのブログです。すてきな生きもの&映画とかカルチャー。

そのウサギ、モフモフにつき。「イリナキウサギ」図解

卯年なので世界のウサギを眺めていたら、やたらめったらかわいいウサギ「イリナキウサギ」にやられてしまったので勢いで図解しました(いきなりウサギじゃないよ)。すみかも個体数も崖っぷち!

 

↓のあけおめイラストを描くために世界のウサギをしらべていたら…

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偶然見かけたナキウサギの仲間「イリナキウサギ」がヤバイほどかわいかったので、つい図解にしてしまったというわけ。

イキナリウサギ、じゃなくてイリナキウサギ、確かにとんでもなくかわいいんだけど、なんか「こんな動物いる!?」となるような、若干不安になるタイプのかわいさなんだよね…。ウサギ+犬+ねずみ+くまとか、複数の動物の可愛さを雑に混ぜた感じがするっていうか…。少し心がザワザワするような、妙に絵心を刺激するかわいさである。(しかしやっぱデフォルメの入る絵だとこの感じが十分伝わらない感じもして、やっぱ写真って強いよなと。)

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イラストにしたような、もっふもふの「テディベア形態」は、たとえば冬毛的な、季節に応じた毛皮スタイルなのかな?とも思ったが、どうなのだろう。それか成長段階で変わるとか? 他の写真や動画を見るともうちょっと普通のナキウサギっぽい(つまりネズミっぽい)姿も出てくるので。まだちゃんと調べられてないが、深堀りしてみようかな。

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さらに調べたら、地球温暖化とか人間の牧畜とかのせいでより高い標高に追い詰められている、などと世知辛いイリナキウサギ事情も出てきたので図解に書いておいた。ナキウサギの名を体現する鳴き声が、本種に限っては凄く小さいせいで、外敵に脆弱になってしまうというのもなかなかツライ…。ただこれはイリナキウサギがダメなのではなく、逆に言えばプレーリードッグとかのほとんど言語めいた鳴き声コミュニケーションがいかに高度な進化の結果か、と実感すべき話でもあるかもしれないが。

↑こういうのは誰にでもできるようなワザじゃないのだ…


うさぎイヤーにふさわしく、ウサギの世界も奥が深いなと思える年明けでした。気が早すぎるけど来年の辰年、どうしよっかな…。ドラゴンでも図解するか(?)

 

ウサギ年に備え、こういう本↓を読んでみたりもした。ガチなウサギ学。

『ウサギ学: 隠れることと逃げることの生物学』

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ハッぴょんぴょんイヤー&祝200万アクセス突破!

ウサギイヤー=卯年となる2023年もよろしくお願いいたします。

ウサギじゃない四天王の一角「ビルビー」は『ゆかいないきもの超図鑑』でも図解したので読んでみてね。→https://t.co/w3uSk27EZq

四天王のビルビーは、やっぱネコにやられたのかな…

 

↓ウサギ年あけおめイラスト、その2。

なんで2種類もあけおめイラスト描いてるんだよって感じですが(年末年始はずっとブログ書くかイラストを描いていたな…)。『RRR』はもうフォロワー全員観たものとみなして今後も唐突にネタをブッ込んでいく予感がするので、まだの人は今すぐ劇場に駆けつけてくれ!池袋とか!

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ウサギといえば(まったく意識してなかった)ウナぴょんのWWFコラボも引き続きよろしくウナ〜!

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あとハッピーニューイヤーついでにもうひとつお祝いを。本ブログ「沼の見える街」のアクセス数が「200万」を突破したようです!やったあ。↓証拠

せっかくだし200万の瞬間ちょうどを捉えようと狙ってたが、うかうかしてるうちにだいぶ過ぎていた。いいけど。

「ブログ開設初期は熱心に更新」→「数年くらいほぼ完全に放置」→「最近また熱心に更新し始める」という流れなので、最近のぶんのアクセスの伸びが大きいとは思うんですが、読んでもらったりシェアしてもらったり、まぎれもなく読者の皆さんのおかげでございます。ありがピョン!!!

100万アクセス突破した時はなんかやったっけ…と思って過去ログを見てみたが、なんもやってなかった。祝えや!(たぶん仕事が忙しすぎてブログに興味なくなってアクセス数とか一切見てなかった頃だと思う。)

ちなみに10万アクセス突破したとき(6年前か〜)の記事↓。当時はマッドマックスとジョージ・ミラーのことしか考えていなかったことがよくわかるイラスト。

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さらに読んでみたら「毎日更新してる」って書いてあって、まじめなやっちゃな……と我ながら思ってしまったが、よく考えたら今まさに毎日のようにブログ書いてる状態なので、原点回帰してしまったと言えなくもない。

映画の感想とか書くにしても、Twitterは即効性と拡散性は非常に高く便利なのですが、すぐ流れていっちゃうし、ログ性にはかなり劣るので、重点をブログに移してみようかな〜と思っていたところに、イーロン・マスク事変でTwitterの様子が若干ヤバいことになってきて、あまりTwitterに依存してるとヤバそうと思ったのもある。とりあえずTwitterの映画感想とかをまとめた程度の記事を作るはずが、なんだかんだ毎回筆が乗ってしまい、気づけば1万字とか突破してる記事をなぜか連発し、2022年終盤は完全に異常長文ブロガーと化していた気がする。さすがに2023年はちょっと自制したい。

まぁでもおかげで沢山の人に読んでもらえたし、正直やっぱ私は本質的には文章の人間なんだよな!!などとイラストレーターにあるまじきことを実感してしまっている日々ではあるが、2023年も(急に飽きたり多忙になったりしない限りは)イラストだけでなく文章も色々書いてこうかな、と思ってる次第です。せっかく「はてなPro」にして独自ドメインも取ったしね。

ちなみにそれを機にGoogleアドセンス(やAmazonアソシエイト等)を導入してみたところ、ガッポリ大儲け!!…とは当然いかないものの、はてなPro料金は普通にまかなえるくらいのお金は大資本の連中…もといGoogleやAmazonがくれるようになりました。そのぶん広告が多くなってたらごめんなさいね…(Proじゃないときにも広告は出てたとは思うが)。この調子でブログ単体で収益化できたら理想的ではあるが、まぁ世の中そう簡単にいかない気もするので、地道に試行錯誤しますね。

映画などのカルチャー分野はいいとして、生きものとかサイエンス系でも、もう少しブログを有効活用できないものか…?というのは少し考えてる。今の所Twitterとかにあげる図解イラストをペタっと貼って補足するだけだけど、もう少し文章とイラストの組み合わせ配分を変えて(むしろ文章メインにして)、記事全体でひとつのテーマを語る、みたいな…? まぁまだ考え中です。何事もトライアル&エラーぴょんねえ〜。

そんな感じで今年もよろしくおねがいします!皆さんの1年がものすごい飛躍の年でありますように〜〜〜ぴょん!!

2022年「読んでよかったベスト本」10冊

2022年も終わりですね。恒例の映画ベスト10はアップしたので、もういいかげんブログなんか書いてないで大晦日はゆっくり過ごそうと思ったんですが…

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やっぱせっかく色々読んだし「本のベスト10」もまとめておくか!と思い立ちました。「最初から最後まで(一応)読んだ本」という条件でリストアップした結果、今年の合計は「92冊」でした。図書館をヘビーユーザーした結果、数自体は去年より増えてると思うが、途中まで読んで積んでるとか、読み終わる前に図書館に返しちゃったとかがけっこう多い。読み通した本が観た映画よりも数が少ないのもどうかと思うので、2023年はもう少し沢山カウントできるといいのだが…。

 

では粛々と10冊発表していきます。ちなみに順位とかはなし。あと正確には今年出た本じゃないのも混ざってますが「私が今年読んだ本」縛りということで!

 

ベスト本その1

『プロジェクト・ヘイル・メアリー』アンディ・ウィアー

とにかく今年イチめちゃくちゃ面白かったSF小説なのでことあるごとにオススメしてる。ただいちばん熱く語りたくなる部分が最大のネタバレ要素みたいなとこがあるので、おおやけに感想を書くのが『スパイダーマン ノー・ウェイ・ホーム』並にムズイ。『ノー・ウェイ・ホーム』ももうだいぶネタバレしていい雰囲気なんだから『プロジェクト・ヘイル・メアリー』だってそろそろいいだろ!!と思わなくもないが…(でも一応デカいネタバレはやめとくね)。

作者が『火星の人』(映画『オデッセイ』の原作)のアンディ・ウィアーだけあって、状況的にはマジで絶望的な大ピンチにもかかわらず、主人公の内心のボヤきとかが楽しくて、全体にユーモア豊かなのも良い。

これくらいは言っていいでしょと思うけど『プロジェクト・ヘイル・メアリー』、生物学が非常に重要な役目を果たすので(主人公が細胞生物学者)、生物学ファンや関係者は読むとハッピーになることでしょう。「科学こそ最も強力な言語である」…という綺麗事っぽくもある信条を、ここまでスリリングかつユーモラスに、そして心を打つ形で描ききったエンタメもめったにないと思うし、サイエンスを愛したり携わってる人(広義では私も含ませてもらいたい)はきっと元気と勇気をもらえるはず。

ちなみにある超重要な場面が、明らかに映画版『オデッセイ』へのアンサーになってて「おお!!」と思えるし感動も増すので、あわせて観るのオススメ。リドリー・スコットが最高の映画化してくれたら返歌もしたくなるわな。(偶然だったら凄いが…)

さらに『プロジェクト・ヘイル・メアリー』と併せて観るべき映画って、実は『ドント・ルック・アップ』かもなと思う。

人類が地球まるごととんでもない大ピンチに陥り、主人公が解決へ踏み出していく…という筋書きこそ同じなんだけど、人間への眼差しが正反対とも言っていい二作。気候変動や疫病や戦争など、世界規模のヤバすぎる事態に人類が突入してるにもかかわらず、それに対する警鐘は軽んじられてばかり…という現実も散々目にしてきた今、シニカルの極みみたいな『ドント〜』も非常に意義のある作品だと思う。それでも、冷笑主義の罠に浸りきらないためにも、人類の知性と良心に対する祈りのような、この『プロジェクト・ヘイル・メアリー』のような物語こそいま強く求められているんじゃないかと思う。その意味でも間違いなく今年のベスト本でした。

プロジェクト・ヘイル・メアリー 上 | アンディ ウィアー, 小野田 和子 | 英米の小説・文芸 | Kindleストア | Amazon

 

ベスト本その2

『リジェネレーション“再生”: 気候危機を今の世代で終わらせる』ポール・ホーケン

ある意味ではリアル『プロジェクト・ヘイル・メアリー』な人類史上最大の危機と呼んでも差し支えない、地球規模で人類を襲っている気候危機。2022年にも肌感覚で「明らかにおかしいだろ」と思えるような気象が続いたし、パキスタンで国土の3分の1が冠水したりと、世界各地で異常気象が連発している。ロシアのウクライナ侵攻も究極的にはエネルギー戦争であり、気候危機と深く関わっているという言い方も十分できると思う。

だからこそ、本書『リジェネレーション“再生”』のように、科学的にシビアな現実認識をした上で、それでも気候危機対策や環境保護にまつわる希望や進歩を具体的に語っていく本が大切になってくる。前作『ドローダウン』に引き続き、気候危機の解決のためにどんな施策や発想が必要かを400p超にわたって紹介しまくる本だ。

今回は「再生」がキーワードとなっているので、動物や生態系の話がかなり多いのが特徴だし、生物好きは必読だと思う。気候危機への対抗策として「生物の多様性」を守ることがいかに重要かという点にも、前作よりもさらに踏み込む。私も生物・環境系の話をすることが多い立場として、いかに今がヤバい状況なのか警鐘を鳴らすことの重要性も理解しているつもりだが、大きな危機に真の意味で立ち向かうためにも、同時に本書のように「科学的かつ前向き」な話もしていくことも大切だな、と思うのでした。

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ベスト本その3

『鳥類のデザイン――骨格・筋肉が語る生態と進化』

ついさっき読み終えた本だが、今年ずっとチビチビ読んでいたので2022年ベスト本にふさわしいだろう。ちなみに今年の頭くらいに日本橋の誠品書店でブックデザインに惚れて買ったのだが、けっこうなお値段したしじっくり読もう…と読み進めてたらじっくりすぎて大晦日になってしまったので急いで読み終えたのだった。

驚異的な多様さを誇り、地球で繁栄している鳥類の「骨と筋肉」の"デザイン"に着目した美しい本。著者が25年かけて集めた膨大な鳥の死骸を骨格標本にして、その後ポーズを取らせ、そのスケッチを描き続けるという過程を通して、鳥の体の秘密を探求していく。本全体を通じて生前(?)の鳥の姿は一切なしという徹底っぷりが潔い。

ユニークなのは鳥が現実に行う自然なアクションを「骨格・筋肉」のままで表現してること。そのおかげか、骨だらけで「死」って感じのビジュアルの本なのに、驚くほど躍動感と生命力に溢れた一冊になっている。実際に本物の骨格にポーズつけてスケッチしてる本書ならではの凄さだね…。

生物学とアートが交錯する地点という、私的にも一番刺さるエリアに位置するという意味でもドンピシャな一冊であった。高価だしクセ強めでマニアックな内容ではあるけど鳥ファン・生物好きには強くオススメ。

シックな装丁の高価な紙本だし、みすず書房だし、さも「電子版?それはなんですか…?」みたいなオーラを出しているのに、調べたらkindle版もあったので驚いた。紙の佇まいは魅力だが、場所とらないし電子もアリな選択かと。

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ベスト本その4

『母親になって後悔してる』オルナ・ドーナト

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今年読んだ人文系の本の中でも、特に忘れがたい印象を残す1冊だった。

「お母さんだから〜だよね」「母親なら自然にこうなるもの」みたいな「母性」への過剰な期待が蔓延する社会で、ほとんどタブー視されている「母親になって後悔してる」人々の声を、精緻に丁寧に拾い上げる。著者の研究者ドーナト氏は、登場する母親たちを否定も断罪もせず、その声に耳を傾けていく。その過程で、世の中が「母」に何を押し付けてきたかが炙り出される。

結婚や出産などに対する(特に女性への)圧が非常に強いとされるイスラエルでの研究であることが本書の価値をより高めているが、一方で文化的/宗教的背景の違いはあっても、日本も相当に、いやめちゃくちゃ共通点が多いんじゃないかと読んでて感じざるをえなかったし、世界のどこにも刺さる普遍的な内容だと思う。

感想をツイートしたところ、かなり反響が大きい本でもあった。フォロワーにも今まさに母親業がんばられてる方も沢山いるだろうし、「なんて本紹介しとんねん」と思われるかなと若干ためらっていた…のだが、逆に「母親になって失ったものや我慢させられているものって本当に沢山ある」「多くの人が不満を口にしないのは、そうしても無駄だから」というリアルなコメントもいただき(感謝)、子どもいないし現状別に興味もない者としては拝聴するしかなかった。

題名こそ強烈だが、「母親になったことの後悔を語ることが、なぜこの社会でこれほど強力なタブーなのか」を解きほぐしていく本であり、「母性=善きもの」と押し付けられた人々の苦しみを和らげる一冊でもあるはず。また挑発的なタイトルは、女性に対して社会から様々な形で放たれる「母親にならないと後悔するぞ」という、脅しめいた巨大な圧力を反転した言葉でもあるんだろうなと。本来は「人による」としか言えないはずの問題なのに、反証の声はなかったことにされてしまう。

近年アメリカでもロー対ウェイドが覆ってしまったり、日本でも経口中絶薬の件があったり、(特に男性権力者による)"母性"への盲信が根底にあるとしか思えないような、リプロダクティブ・ヘルス/ライツの問題が世界的に加熱してる昨今、本書の必読度はガン上がりしてしまっている…。

さらに『母親になって後悔してる』の中では、「母親は生物学的に母性を持って当然」的な、規範を押し付けるために便利に使われる"生物学"というワードにも言及があって、生物勢としても真剣に考えるべきポイントだと言わざるを得ない。人間の言う「母性」など、大部分が社会的に作り上げられた一種の幻想だと思うのだが。

そんなわけで↓の図解を描いた理由は本書を読んだことが大きい。

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最近みた映画で最も連想したのはNetflix『ロスト・ドーター』だろうか。

Watch The Lost Daughter | Netflix Official Site

リゾート地の小さな事件を通じて、子どもを愛する「母性」は女性なら備わっていて当然!みたいな規範の押し付けが、いかに人を追い詰めるか…という問題を静かに描く。本書とあわせて観ると得るものが多いと思う。

昨年読んだ本では、レベッカ・ソルニット『わたしたちが沈黙させられるいくつかの問い』の中で語られていたことも連想した。

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バージニア・ウルフほどの偉大な作家(やソルニット自身)でさえ「彼女は子どもをもつべきだったか」的な乱暴かつ的外れな"問い"に晒される。そんな愚問に対するキッパリした答えとして、ソルニットは「子どもを生む人はたくさんいる。『燈台へ』や『三ギニー』を生み出したのは一人しかいない。私達がウルフについて語るのは、彼女が『燈台へ』や『三ギニー』の著者だからだ」と語る。まったくもって、その通りとしか言いようがない。…ないのだが、現実にはそんな愚問は社会に溢れかえっていて、だからこそカウンターとして『母親になって後悔してる』のような本が必要になってくるんだと思う。性別、子どもの有無、後悔してる/してないに関わらず、どんな人も確実に一読の価値ありです。

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ベスト本その5

『シンデレラ 自由をよぶひと』レベッカ・ソルニット アーサー・ラッカム

レベッカ・ソルニットの名前が出たので、続けてこちらの絵本を紹介したい。世界一有名な童話のひとつ『シンデレラ』を、ソルニットが新たに語り直した絵本だ。英国の挿絵本の巨匠アーサー・ラッカムによる、影絵のようなイラストも美しい。

ソルニットの再解釈だけあって、フェミニズム的な視点や、社会への隷属ではなく自由を求める意志が強く反映された、まさに新時代の『シンデレラ』となっている。たとえばシンデレラと王子は結婚しないし(そのかわり美しい友情を育む)、意地悪な義姉たちにもそれぞれの背景や未来が描かれることになる。ディズニーの『シンデレラ』とはこの時点で全くの別物だし、他にも様々な細かい再解釈や変更が施されている。それでいて、シンデレラの最も面白い本質の部分や、普遍的にわくわくするようなギミックはうまく抽出してあるのも良い。大胆ではあるが、実はかなり理想的な「古典の現代的リメイク」と言えるんじゃないかと思う。

 古典的名作のリメイクはいつの時代もブームだが、最近は登場人物の属性に少々「現代的変更」が加えられたくらいでも、「ポリコレで物語が歪められたー!!」とか言って怒ってる人もよく目にする。そんな中「シンデレラをフェミニズム的視点から再解釈しました」とか言われれば、反発する人もいるのかもしれない。それでもいざ読んでみれば「ガラスの靴がぴったりハマったシンデレラは王子と結婚してめでたしめでたし、意地悪な義姉たちは悔しがりましたとさ」なんて古臭い話より、この『シンデレラ 自由をよぶひと』のほうが物語としてもずっと面白いし、感動的だと素直に思える人がほとんどなのではないだろうか。それは世の中が変化するにつれて、個人の意識も(多かれ少なかれ)どんどん変わっていくということの証でもある。

ディズニーなんかもクラシックな名作を次々に"現代的"な再解釈で「リメイク」しているわけだが、そのリメイクを見てもぶっちゃけまだ古臭く感じることがほとんどだし、今の時代に作り直すのであれば本作くらいの覚悟を決めてやってくれればいいのに、と個人的には思う。

子ども向けの本を何冊も出した自分としても、まだまだ日本の児童書ジャンルって保守的な規範も根強いんだな…と思わされることが多い(日本で支配的な価値観がそのまま反映されてるだけとも言えるが)。そんな中こうした絵本が存在してくれるのは、子どもにとっても大人にとっても、とても良いことだと思う。

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ベスト本その6

『オスとは何で、メスとは何か? 「性スペクトラム」という最前線』諸橋憲一郎

生きもの本として無類に面白い上に、自分が日頃から考えている領域にもかなり刺さるという意味で、本書を今年の「ベスト生きもの本」に選びたいと思う。

生物にはオスとメスという、異なる生殖器官をもった性が「別個に」存在すると一般に考えられがちだ。しかし実はそうではなく、「オスとメスは連続する表現型である」こと、さらに「生物の性は生涯変わり続けている」「全ての細胞は独自に性を持っている」といった、オス/メスにまつわる固定観念を覆す「性」の事実が、生物学の最前線で次々に明かされつつある。そのジャンルの第一人者である著者が「性」のメカニズムを解き明かす1冊だ。

逆の性に擬態して生きるエリマキシギやトンボ、性転換する魚など、個別の動物に光を当てて「性のグラデーション」の事例を解説していく前半は読みやすく面白いし、動物好きの人は確実に楽しめるだろう。中盤からは本書のテーマである「性スペクトラム」を正面から解説していく専門的なパートになり、筆者も配慮しているように必ずしもわかりやすい内容とは言えないが(私も完全には理解してない)、まぁ何度か読み返せばざっくりは頭に入ると思う。

こうした「性のグラデーション」や「性スペクトラム」の研究は、動物の性を考える上でも確かに興味深い。だがさらに言えば、今このテーマが重要なのは(同じく動物である)人間の「性」についての固定観念を打ち崩すための鍵を握る可能性があるからだ。たとえば同性愛やトランスジェンダーといった、人間の多様なセクシュアリティ・アイデンティティについて、しっかりと科学的な根拠に基づいて理解する上でも、この本で語られた内容は大きなヒントになると思われる。これから何度も読み返すことになりそうな1冊だ。

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ベスト本その7

『トランスジェンダー問題: 議論は正義のために』ショーン・フェイ

これまでのベスト本とも微妙に重なるテーマとなるが、トランスジェンダーの人々を取り巻く問題について考え、「議論」する上で、トランス当事者によって書かれた本書『トランスジェンダー問題: 議論は正義のために』は決して外せない1冊になるだろう。

社会的に極めて弱い立場にあり、理不尽な暴力や苛烈な差別など、多数派には想像しづらい数々の苦境に晒されてきたトランスジェンダーの人々。その属性を取り囲む社会の「問題」について正面から考えることは、様々なマイノリティにとって、ひいては人類全体にとって、世界を良くすることにも繋がっていく…。そんな希望が、シビアな現状を伝える言葉の中に、そしてあえての『トランスジェンダー問題』というタイトルに込められている。「トランスジェンダーこそが"問題"なのだ」と言わんばかりの言説を、マイノリティたちが押し付けられてきたことへの意趣返しのように。

映画など創作物のファンとしても、ここで描かれる「トランスジェンダー問題」は全く他人事ではない。それどころかドキュメンタリー『トランスジェンダーとハリウッド』を見れば、創作物は積極的にトランス差別に加担してきた、としか言いようがないことがわかる。

www.netflix.com

そして前の項で語ったことと重なるが、トランスジェンダーの人々もまた、「生物学的に」という言葉を都合よく利用する人々に攻撃されてきたはずだ。そのように、多数者が勝手に設定した(実際は別に生物学的に正しくもなんともない)規範を逸脱したとして少数者を差別する言説に、生物好きな人間こそNOを突きつけないといけないと思う。(先述した「性スペクトラム」の研究も、そのための科学的な根拠のひとつになりうるはずだ。)というわけで生物学好きにとっても創作物ファンにとっても、この「トランスジェンダー問題」は切実なものとして迫ってくる。シビアな内容ではあるが、非常に基本的なことが書かれていて素直に勉強になるし、今年の必読書の一冊だと思う。

book.asahi.com

 

ベスト本その8

『海の極限生物』スティーブン・R. パルンビ

今年いちばんディープ(物理)な生きもの本! 

灼熱の火山のような熱水噴出孔で生存するポンペイワームから、極寒の海で驚異的な長寿を誇るホッキョククジラ…。極限にもほどがある海の環境で生き抜く動物たちの極端な能力や生態を、海洋生物学者パルンビがユーモラスな筆致で紹介する1冊。

↓こちらの図解のメイン参考文献にしました。

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ちなみに、日本語版の監修者である海洋生物学者・大森信先生が今年亡くなっていたと知らせていただいた。

https://twitter.com/acroporanobilis/status/1581162485121355776?s=20&t=E3n_TFJg4vJq61OP6j7BVQ

「パルンビ親子の本を監修することになったんだけど、とにかく表現が独特でこの英語を訳すのが難しくてなあ〜。」とのこと。確かにパルンビ先生の表現が独特なのだが、絶妙なユーモアと皮肉な視点が素敵で、エキサイティングな海洋生物ブックに仕上がってました。でも実際、海のように深く広い知識がないと監修は困難だったことでしょう…。大森先生のご冥福をお祈りします。

公式→ 海の極限生物

 

ベスト本その9

『チャップリンとヒトラー メディアとイメージの世界大戦』大野裕之

↓のチャップリン特集上映で売ってたのでなんとなく心惹かれて買った本なのだが…映画本としては間違いなく今年いちばん面白かった!

movies.kadokawa.co.jp

チャップリンの世紀の名作映画『独裁者』を読み解く上で必読書だと思う。チャップリンとヒトラーはわずか4日違い(1889年)に生まれ、どちらもチョビ髭をトレードマークとし、共に"イメージ"の力を何より重視しながら、喜劇役者と独裁者として正反対の人生を送る。そんな奇妙なシンクロを続ける2人の運命は映画『独裁者』で正面から激突する。

『独裁者』トリビアも豊富で、例えばこのブラームスの曲に乗せた伝説的なワンカット床屋シーンはわずか1時間5分でサッと撮っちゃったとか、チャップリンの天才っぷりに愕然としてしまう。ヒトラーは当然ヤバいが、チャップリンもバケモンよな…。

『独裁者』ラストの演説シーンにチャップリンは膨大な時間を費やした(床屋シーンは1時間で撮ったのに…)。率直かつ政治的なメッセージに公開直後の批評筋の評価は厳しくて、むしろ大衆の方が彼の思いをしっかり受け取っていたという。日本も今(軍事費の増大とか…)どんどん戦争に向けてキナ臭くなってる雰囲気が凄くて嫌になるんだけど、だからこそ今チャップリンが作品を通して何をしようとしたのか、何を言おうとしたのかを、特に表現に携わる人間はよく考える必要があると思う。

https://amzn.to/3WSYuR9

 

ベスト本その10

『読者に憐れみを: ヴォネガットが教える「書くことについて」』カート・ヴォネガット, スザンヌ・マッコーネル

今はなき大作家ヴォネガットに優しく、でも明確に「書くこと」への意識を問い直さなきゃダメだよ〜と言われたようで、背筋が伸びるような読書体験となった。

『読者に憐れみを』は、ヴォネガットの文学講義を受けていた生徒が、彼の説く創作への心構えや作家志望者への助言をまとめた1冊。作品の雰囲気と同じくシニカルな空気を漂わせながらも、同時に優しさと熱意に溢れた教師だったことが伝わってくる。作家に限らず何か"書く"人なら必ず得るものがあるはず。

良い文章を書くためにまず必要なものは小手先の技術でなく、「自分が関心のある(そして他の人も関心を持つべきだと思う)テーマを見つけること」というヴォネガットの最初のアドバイスは、あまりにも単純だが確かにすごく大事。それなのに、テクニックにこだわりすぎる初心者も上級者も、意外と忘れがちかもな…と自省させられた。

良い文章の例としてヴォネガットが紹介するのが娘の書いた手紙。レストランでバイトしてた彼女が、同僚にクレームをつけたイヤな客に反論するという、小説でも創作でも何でもない単なる現実的な必要に迫られた文章なのだが、その「必要」こそが重要だという話。確かにその手紙は、書き手に強い動機(≒テーマ)があることで、力強く心を打つ文章になっていた。

最も有名な作品にして最高傑作であろう『スローターハウス5』を書くまでに、ヴォネガットが想像を絶するような人生経験と紆余曲折を経たことを考えても、やはり創作に小手先は通用しないし、そうそう効率化もできないし、焦ったって仕方ないよな…と思えてくることだろう。きちんと創作志望者を励ます内容にもなっている。

具体的な文章アドバイスも多く、特に「とにかく明快に、簡潔に書くこと」を重視するヴォネガットの助言の数々は(小説家ではないが)マジで素直に参考にせねばな…と思わされた。文章を読むことは誰だって本当は大変なのだから、「読者を憐れんで」あげなさいという。これがタイトル「読者に憐れみを」の由来というわけ。私も文章を書く時は「読む人だって暇じゃねーんだから要点だけササッと書け!」と自分に唱えてはいえるのだが、ついついダラダラ長くなってしまうので、ヴォネガットの教えを肝に銘じたいものだ…。この記事もとっくに1万字超えてるし。

大作家の『書くことについて』といえばやはりスティーヴン・キングのこれも思い出しますね(読み直すか)。

書くことについて (小学館文庫) | スティーヴン キング, King,Stephen, 義進, 田村 |本 | 通販 | Amazon

ヴォネガットとキングは全く方向性の違う作家だけど、2人とも「書くことそのものが恵みであり(それが職業になろうとなるまいと)人生の救いだ、だから書こう」といった内容のことを語ってるのが素敵だなと思うし、2023年も(どんな形であれ)読んで書いて描いていきたいなと思うのでした。

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そんな感じで今年のベスト本10冊でした。もう読んでる方も疲れたと思うし(「読者に憐れみを」つってんだろ!)、私も大晦日だってのに長文を書いてマジ疲れたのでいいかげん終わります。来年は読者だけでなく筆者(自分)を憐れんで文章量を減らせますように! そして来年も良い本や映画に出会えますように!良いお年を〜!!

2022年映画ベスト10!(+栄光の次点イレブン)

毎年恒例の「映画ベスト10」発表時期がやってまいりました。今年は劇場で観た映画は116本くらいでした(配信を含んでないのと、重複があったりするので本数が正確なのかよくわからないけど大体…。)

これまではイラスト+手描き文章の図解で発表していたんですが、今年はブログ感想を再始動したこともあり、イラストを描きつつも文章をメインにしてみました。その結果めちゃ長くなってしまった(18000字以上)…っていうかぶっちぎり過去最長記事になってしまったのでお時間ある時どうぞ。

参考までに2021年ベストはこちら↓

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あと昨年2021年はなんとなく順位つけるのやめてみたんですが(決定的な1位みたいのがなかったため)今年はベスト10には無理やり順番つけてます。まぁ自分の中の優先順位みたいのもわかって面白いからね。

さっそく発表していきたいと思いますが、毎年のことながらベスト10にはどうしても入らなかったけど語らずに年は終えられない作品が多すぎるので、まず「次点イレブン」として11本に絞って紹介していきます。次点は順位とかなくて順不同。

<栄光の次点イレブン>

次点1

『トップガン マーヴェリック』

みんなベストに入れるだろうから私は入れなくていいかオブザイヤー。今年の洋画大作の中ではぶっちぎり大人気の映画だったし、批評的な評価までもがバリ高いのも全然頷ける見事な出来栄えの一作だともちろん思ってます。こんなに「ハリウッド大作!!」って感じの映画がコロナで大ピンチだった劇場にやってきて、皆で盛り上がれたのも本当に良かった。そこはもうトム・クルーズ、素直にありがとうとしか言いようがない。

なのでもし仮にコロナがなくて予定通りの年に公開されていたら、普通〜にベスト10に入れてただろうなと思う。ただ、「今年のベスト10」にギリ入れなかったのは、やっぱロシアのウクライナ侵攻があって、戦争や紛争のエンタメ化に対して「あんまり無邪気に楽しんでいいのかな」と少し思うところがあったのも正直ある…。

とはいえこちらで語ったように→(@numagasaさんの伏せ字ツイート | fusetter(ふせったー))、観客と作り手の一種の共犯関係によって成り立っていた、ある無邪気な映画ジャンルの「終わり」の雰囲気が色濃く漂っている本作は、「最後の映画スター」トム・クルーズが贈る大作にふさわしいと言えるのかもしれないな…とか、不思議な哀愁も感じさせる映画で、そこも好きだった。

とはいえ湿っぽい映画では一切ないので映画ファンは確実に必見。もう観てるか。

【いま観たい人は→】各種サブスク配信中 https://amzn.to/3jyIR31

 

次点2

『シチリアを征服したクマ王国の物語』

「このアートが凄い」海外アニメ大賞。どこか懐かしい色彩と、シュールレアリズム的な美しさに溢れた世界で、過酷だが楽しい大冒険をクマたちが送る物語。後半のビターな展開も忘れがたい。シチリアには一度だけ行ったことがあり、今でも人生でいちばん鮮烈に心に残っている旅先で、本作はそんな記憶を呼び覚ます映画だった。(この映画みたいに凄い山とかはなかったと思うけど…。)ヨーロッパの海外アニメ好きな人は確実に観たほうがいいよ。

kuma-kingdom.com

【いま観たい人は→】U-NEXT等でレンタル配信中 https://www.video.unext.jp/title/SID0070546

 

次点3

『メタモルフォーゼの縁側』

今年いちばん良かった実写邦画エンタメです。まぁ原作がまず本当に良い漫画というのもあるが、その最良の魅力をちゃんと掬ってうまく2時間にまとめていた。

最低限のBL認識さえあれば(なくても別に)誰でも楽しめる見やすいエンタメだが、あえて硬い感じで言えば「それぞれの抑圧や規範に晒されてきた高齢女性と若年女性がクィア表象を通じて連帯する」という今けっこうストライクなテーマなので、海外の映画賞とかでも評価されてほしい…。

BLファン活に励む2人の煌めきが本当に素敵で、主に女性が社会規範から一時自由になれる空間としての背景もあるBLコミュニティに、暖かく光を当てる映画としても相当に意義深いと感じる。中盤からクリエイターとしての視点が強まり始めるけど、純然たるBLファン/消費者としての2人の暮らしをもっと見ていたかったと思うほど。

冴えない女の子の(周囲にあまり大っぴらにしづらい)ファン活動に真正面から光を当てた作品という点で、同じく今年のベスト級の映画『私ときどきレッサーパンダ』を連想して「同時代!」となったし、そこに半世紀も世代が離れた女性同士の交流や連帯という要素が加わる点は本作のさらに面白いところ。

【いま観たい人は→】U-NEXT等でレンタル配信中

https://www.video.unext.jp/title/SID0077039

原作漫画も最高なので読もうね。

https://amzn.to/3WuSi1T

 

次点4

『映画 ゆるキャン△』

今年の日本アニメ映画、サプライズ大賞。過ぎゆく時間の一抹の寂しさと、大人になることの楽しさや可能性を優しく描く作品だが、実はとっても挑戦的なアニメ映画だと思う。ルックは今風の"かわいい女の子"アニメでありながらも、「誰でも(かわいい女の子も)いつかは年をとって大人になる、でもそれは悲しいことじゃなく、本当は素敵なことなんだよ」と告げるような優しい映画。優しいだけでなく、「終わらぬ世界」「変わらぬ人々」を愛でる美少女系アニメの風潮に対するアンチテーゼ的な尖りすら感じた。

本作のように一見いかにもジャンルムービー的で、ファンをきっちり喜ばせながらも、実はその作品ならではの新しい挑戦をして、ジャンル全体へのカウンターにさえなってる…みたいな、したたかな作品って一番好きかもしれない。「キャンプ場を無から作る」という、地味ながらも「えっどうするの?」とリアルに気になる縦軸ストーリーも絶妙。今年は日本アニメに驚かされる機会がかなり多くて、アニメ好きとしては嬉しい限りだった。

【いま観たい人は→】amaプラで見放題配信中 https://amzn.to/3hT5VZR

 

次点5

『アンネ・フランクと旅する日記』

今年の海外アニメを語る上で外せない一作。アンネ・フランクの"空想の友達"キティーが現代に蘇り、「いなくなった」アンネを探す。偶像化も進むアンネの人生に再び命を吹き込み、排外主義と暴力が蔓延する社会で(入管の件とか聞く限り日本も全く他人事ではない…)今なすべきことは何かを突きつける。

アンネが命がけで遺した何かを真に継ごうと思うなら、(あくまで普通の少女だった)彼女を過度に偶像化・聖人化して、古びた教科書の1ページにするのではなく、いま現実に起きていることから目を逸らさず行動すべきだろ!という至極もっともな精神に貫かれていて眩しかった。

映画の参考に『アンネの日記』を読み返したのだが、冒頭からアンネの辛口が冴え渡ってる箇所とか好きなので、映画でユーモラスにアニメ化されてて嬉しかった。アンネが現代で妙な具合に偶像化されてるのを見たキティーが「ちげーのよな…」となってたのも頷ける…。アンネ・フランクさん、平和だった頃の日記を読んでもわかるけど(語弊あるかもだが)相当おもしれーやつというか、鋭い知性と辛めなユーモアの持ち主で、もし生存していたら普通に文筆家として大成していたかもな…というオーラが凄くて、だからこそ悲しい。

今に深く刺さるテーマ性はもちろんだが、単純にアニメーションの品質が極めて高いので、アニメファンは必見レベルと言える。アムステルダムでの日常や冒険、狭い隠れ家で羽ばたく想像力の表現など見どころが多く、ヘビーだけど全く見飽きないし、シンプルに美しい映画。とてもオススメです。

【いま観たい人は→】U-NEXT等でレンタル配信中

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次点6

『神々の山嶺』

こちらも今年の海外アニメの重要作。命の危機を顧みず世界最高峰の山岳登頂に挑む、他者の理解を拒む人間が主人公の物語。にもかかわらず、圧巻の美術と繊細な演出によって、全ての領域で通用する「高みを目指す」という言葉をこれ以上なく力強く美しく体現していて、万人に開かれた普遍性もあるのが本当に「強い」映画だなと。

『ウルフウォーカー』の制作チームも関わっているだけあってアートが本当に贅沢の極みなのも最高。大自然の美しさはもちろんだけど(日本を含む)街の描写が地味に見事で、往年の東京の情景をここまで鮮烈に切り取ったアニメって近年だと皆無なのでは…?と思わざるをえない出来。これ今の日本で作るのだいぶ厳しいんだろうな〜という悔しさも否めない。

雪に覆われた過酷な山々を表現する上で、シンプルな「白」が生む絶望的なスケールの大きさと美しさを巧みに活かす手法は、名作『ロング・ウェイ・ノース』の「引き算の美学」も連想した。欧州アニメに顕著な表現と言えるけど、「アニメの豊かさ=描き込みの多さ」ではないよなとつくづく実感させられる。アニメファンは絶対観て損ない傑作です。

【いま観たい人は→】2023年1/6からamaプラで配信されるそうです!

natalie.mu

 

次点7

『セイント・フランシス』

全然ベスト10に入れたい素晴らしい一作(今年はフェミニズム系テーマの映画も本当に豊作だったな)。題材そのものはヘビーだがユーモアもキレキレで、劇場に何度も笑いが起こった。やはりフランシス(ラモーナ・エディス・ウィリアムズ)の輝きが半端ない。大人の考えた"かわいい子ども像"を絶妙に打ち破る感じのカオス具合と、幼い知性のきらめきを同時に体現する奇跡の役柄だった…。

品の良い"大人のコメディ"的なルックによらず、わりと全編を通じて血がドバドバ出るブラッディな映画なのだが、生理のような人類の約半分にとって極めて日常的な現象が、いかに通常のエンタメでは封殺されているかを逆に突きつけられる思いだった。そうした不条理に光を当てるのも映画の力だな…と実感。

【いま観たい人は→】今ちょうど劇場公開も配信もないタイミングのようです(悲しいかな年間ベストあるある)。今年8月公開なので、来年の前半くらいには配信or円盤くるかな? 

 

次点8

『すずめの戸締まり』

「あるクリエイターの作品に対する好き嫌いの振れ幅」という意味では、史上最大と言ってもいいかもしれない。個人的には年間ワーストレベルで(別にひどい出来の映画とかじゃないんだけど)合わなかった『天気の子』の新海監督の次作ということで、ぶっちゃけ全く期待していなかったが、驚くほどお気に入りの一作となった。ただ超メジャー作品だけあって色んな意見はあるだろうし、後に出てきた批判もよくわかるなあという感じではある。詳しくは長文ブログ書いたので読んでね(前作への批判が半分を占めるという異常な記事になってしまったが…)

numagasablog.com

【いま観たい人は→】普通に映画館でやってるので行こう!

 

次点9

『プレデター ザ・プレイ』(配信)

1年に1本はこういう映画が観たい!こんな爽快な映画が年間ベストに入っててほしい!という超ソリッドなアクション映画で最高なのだが、こういう映画をDisney+でおうちで観ることになるとはなぁ…というのはちょっと複雑。でもとにかくべらぼうに面白いのでヨシ!としたい。もう「プレデターvsアメリカ先住民」という発想の時点で"勝ち"だが、そもそもプレデターとは「狩人」としてどういう存在なのか、という根本から考えた結果としての対戦カードなのだろう。そのコアの発想を美しく引き立てて無駄を削ぎ落とすことで、シンプルかつパワフルな映画となった。

【いま観たい人は→】Disney+で視聴可!

プレデター:ザ・プレイを視聴 | 全編 | Disney+(ディズニープラス)

 

次点10

『ナイブズ・アウト: グラスオニオン』(配信)

いやもう最高に面白すぎるだろ。年間ベストでは配信よりも劇場作品を優先したいなあ…みたいな旧世代の感覚をまだ拭い去れないつもりだけど、それでも次点に入れてしまったくらい面白かった。

ギャグ要素も前作よりさらに冴えてて、途中で(少なくとも調子こいた全能気取りの大金持ちにとっては)名探偵がいかに最悪な存在になりうるかが露わになるくだり、今年いちばん笑った場面かもしれない。あんなイーロン・マスクみたいなイヤな野郎なのにさすがに気の毒&気まずすぎて「さ、最悪だ…!」と声出そうになった。

良い意味でライアン・ジョンソンらしく、ジャンルのファンが(この場合はミステリー?)怒り出しかねない破壊的な横紙破りやご都合主義も厭わないのだが、「そんな狭いお約束よりももっと大切なことがあるだろ!」と叩きつけるような怒りが根底にあるように思えて(クライマックスはまさに色々叩きつけてましたね…)、かなり痛快に感じたし、この時代に必要なエンタメを作ったるぜという高い熱い志を感じた。

この機会に1作目も見返したけどやっぱめちゃくちゃ面白いわ。2作目にして完全に大好きなシリーズと化してしまったのでダニクレが現役な限り一生続けてほしい。

【いま観たい人は→】

1作めは各種配信で、https://amzn.to/3G1i4nh

今回の2作目はNetflixで見られます。

ナイブズ・アウト: グラス・オニオン | Netflix (ネットフリックス) 公式サイト

 

次点11

LOVE LIFE

本当は次点もキリよく10作にまとめるはずだったが、あろうことか『LOVE LIFE』を「観た映画リスト」そのものに入れ忘れていたことに気づいたので、次点を増やさせてもらったぜ!

基本ものすごくヘビーな話である。特に序盤のある"事件"が本当に悲惨で、かつあまりに日常的なのが逃げ場なくて最悪であり、人によっては閲覧注意かもしれない(特にこの年末年始にはなるべく思い出したくないレベルで怖い)。一般的な"怖い"映画の、呪いだの幽霊だの殺人鬼だの殺人UFOだのといったフィクショナルな恐怖が、観客に現実を忘れて気持ちよく帰ってもらうための"配慮"に思えてくるほどだった…。

かように『LOVE LIFE』、とてもヘビーな話のはずなのだが、後半のある車中のシーンとか、ふっと突き放した軽やかな視点が入ってくるのが大好き。けっこう重大な嘘がバレて、裏切られた主人公が衝撃を受けてブチ切れるという、いくらでも深刻に描きうる場面だ。それなのに2人を載せてくれた女性が(当然だが)全くそれまでの文脈を共有していないがゆえに「モメててウケるw」みたいな反応なせいで、絶妙に笑えるシーンになってる。ひどいはひどいけど、人生って特定の誰かを中心に回ってないし、世の中そういうもんかもな!という、どこか肩の荷が降りるような素敵な場面だった。今年みた映画で最も好きなシーンと言っていい。

超イヤな話としてのポテンシャルも絶大だが、決まり文句と化した「人には様々な一面がある」という真実を、これほど真正面から真摯に実践してみせる邦画なんて滅多にないし、国際的な評価が高いことにも頷くしかない。日本の映画ファンは深田晃司監督と同時代を生きる幸運に感謝しつつ観るべき。

【いま観たい人は→】配信とかはまだですが、普通にミニシアターなどでやってるとこもあるそうです。劇場でぜひ。

映画「LOVE LIFE」公式サイト

 

次点・番外

チャップリン特集上映で観た映画

『チャップリン特集上映 フォーエバー・チャップリン』 公式サイト 11月3日(木・祝)~ 東京・角川シネマ有楽町他、順次公開

独裁者、街の灯、殺人狂時代、給料日+黄金狂時代、ニューヨークの王様、ライムライト、サニーサイド+キッド、チャップリン・レヴュー、モダン・タイムス、のらくら+巴里の女性】の全10作+アルファを2日連続でぶっ続けで鑑賞するという、学生時代みたいな体力の使い方をしてしまったが、古典おもしれえ〜〜〜と心から思わされたという意味で、本当に行ってよかった特集上映でした。日頃、わりと最新の映画ばっかり追いかけてる感じですが、いや〜やっぱ長く残ってるものは残るだけのことはあるんですよね!ということを時々は実感せねばなと。映画って本当に良いものですね!おわり。良いお年を〜!

…うっかりまとめに入ってしまったが、まだ次点を発表しただけなので、ここからが本番となります。

 

<2022年映画ベスト10>

まぁ最初のベスト10イラストで発表はしたようなもんだけど。一応もう1回イラスト貼っとこう!どどん。

 

10位 

バッドガイズ

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もう大好き! 映画史に残る級の傑作もそりゃ良いけど、こんくらいの全然むずかしくない、いつでも誰でも全然スッと見れるエンタメほんと好き!! 散々語ったおじさん間じっとり感情も見応え抜群ですが、やっぱダイアン知事…好きすぎる……。あとなんつっても『スパイダーバース』をさらに別の形に広げたようなこのアートワークの魅力、なんだかんだドリームワークスすげーな〜とか詳しくはブログで散々語ったので読んでね。

今年は上位ベスト5が非常に固くて絶対に動かないだろうなと思いつつ、8〜10位くらいは本当に迷ったので、次点クラスと完全に同格という感じなのだが、せっかく記事も書いたしね…ってことで。

【いま観たい人は→】残念ながらちょうど劇場も配信もないタイミング(夏〜秋あたり公開作はわりとこれね…。)そのうち来るので見てね。

 

9位

『FLEE』

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ド派手な実写エンタメとか、びっくりするような出来のアニメも沢山あった中、すごく静かで地味な作品なんだけど、心にドスンと刺さる本作は絶対ベストに入れたいと思った。公開から半年たった今、さらにロシアがLGBTQ+の存在を法律で「禁止」したりとか、どんどん本作で描かれたことが現実社会で切実になっていくし、アニメの可能性を問う表現手法の上でも、今年の海外アニメーションを語る上で絶対に外せない重要作だと思う。詳しく書いたので記事読んでください(やっぱこういう作品もちゃんとフックアップしないとだな。)

【いま観たい人は→】DVDとかはまだないっぽい?けどamazonとかでデジタル購入できるようです。買う価値は絶対アリ。

Amazon.co.jp: FLEE フリー(字幕版)を観る | Prime Video

 

8位

『グレート・インディアン・キッチン』

掛け値なしに今年最もキツかった映画で、正直イラストに描くだけでも「うう…」となってしまうので一瞬外そうかと迷ったレベルなのだが(弱っ)、だからこそ逆に絶対にベストに選出せねば…と思わされた強烈な作品。

性差別を正面から扱う映画は世界的にも次々と生まれているけど(近年のインド映画でも『パッドマン』とか、韓国の『82年生まれ、キム・ジヨン』とか)、その中でも個人的には屈指のキツさだった。

「食」という営みは、社会が進歩した今でも人間の動物的で生々しい側面を大いに含み、かつ性規範と深く結びつく。だからこそ『グレート・インディアン・キッチン』のようなフェミニズム的批評性と、怒りに満ちた作品のテーマになりうるのだなと実感。日本でも漫画/ドラマ『作りたい女と食べたい女』が大きな話題を呼んだのとも通じる。

ただ、たしかに本作、一切楽しい映画ではないし甘さも限りなくゼロなんだけど、観終わったあとは不思議と強いエネルギーで心が満たされる映画でもある。「わざわざ映画館で金払って辛い重い映画を見たくない」的な声もあろうが、全く楽しくも明るくもなく、現実の理不尽さをシビアな視線で捉えた作品が、むしろ(虚ろな楽しさや明るさよりも)元気をくれる、心に火を灯してくれることも多いし、本作はその絶好の例だなと。

特に、広い意味での「科学」に関わる人には深く染みる話でもあって。劇中で科学の話は特に出ないのだが、だからこそ冒頭の"Thanks Science(科学に感謝)"というクールな謝辞が鮮烈に響く。科学で家事が便利に…的な話(それも大事だが)を超えて、性差別のような理不尽を撤廃することと、真実を求める科学の精神は、深い所で繋がっているのだとつくづく思う。

【いま観たい人は→】配信に来てると良いな〜と思ったけど見当たらず。でも幸いDVDは日本でも出てるようなので、ぜひ。https://amzn.to/3vnq4Ks

 

7位

NTLive 『プライマ・フェイシィ』

フェミニズム的テーマかつ非常にヘビーなテーマの映画を立て続けに選んでしまったが、どっちも観たらベストに選出せざるをえない、とてつもない出来栄えの傑作だったので仕方ない…。90分ノンストップで喋って動きまくるジョディ・カマー(『キリング・イヴ』『最後の決闘裁判』)のまさに圧巻の一人舞台、その才能に震えるしかなかった。彼女の新たな代表作になると思う。

性被害を扱う法システムの不当さを強靭な論理性によって糾弾するという重厚なテーマで、MeToo問題が知名度を得ていく一方でバックラッシュも加熱している日本でも広く見られるべきだなと今改めて感じる。

重いだけでなく、とにかくストーリー運びが面白い。主人公の有能っぷりを見せつける痛快な法廷シークエンスから始まり、転換点となる恐ろしい事件やクライマックスの告白に至るまで、一人の変幻自在の役者による怒涛の勢いの語りと演技にひたすら引き込まれるという、演劇でしか味わえない喜びが凝縮された一本でもあった。

【いま観たい人は→】残念ながら、今回のベスト作品でいちばん見るの難しい作品かも。というのもNTLiveは配信とか円盤とか絶対やらないので、少なくとも日本語版は再上映を待つしかないですね…(原語版ならweb配信もあるのかな?)。ただ、NTLive史上でもかなり話題になったヒット作のようなので、確実にまたリバイバルすると思います。

 

6位

『スパイダーマン ノー・ウェイ・ホーム』

公開されれば必ず映画館に駆けつける割には、意外とMCU作品をベストに選出するのは珍しいのだが、これはさすがに今年最高の映画体験として入れざるをえなかった。やはりなんといっても、満を持して「彼ら」が……いやもうさすがに1年たったしいいでしょ、満を持してアンドリュー・ガーフィールドとトビー・マグワイアが登場する場面で、劇場が「おおお〜〜〜〜(泣)(笑)」と泣き笑いみたいな「どよめき」に包まれた瞬間の高揚感と幸福感は本当に忘れられない。まぁまぁ長く映画館に通っているが、(イベント上映とかでもないのに)客席から起こる初めてのリアクションだった気がする。

あの場面が凄いなと思うのは、正直ほとんどの人はアンドリュー・ガーフィールドとトビー・マグワイアが出ること自体は完全に予想してたと思うんだよね。だって報道とかで「出るよ」的なネタバレは事前に食らってたし、そもそも過去の悪役が出るのにヒーローだけ出なかったら逆になんなんだよって感じだし。それでも凄く的確な「出し方」と、心を打つ演出によって、たとえ予想していたとしても大きな感動を与えてくれたわけで、映画って単なる「ネタ」の集合体ではないよなあと実感する。

ちなみに約11分の楽しい映像(FUN STUFF)を加えて再編集したバージョンである『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム THE MORE FUN STUFF VERSION』も観た。もちろん追加部分も楽しかったが、熱量高いファンと一緒に劇場で観る体験は(特に本作は)格別で、やはりヒーローものとして見事な作品だなと再認識した。

『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』の結末はとても寂しいけど、たとえ何もかも失ったとしても、自分の信じる「正しい」道をひとり歩もうとする人に捧げられた讃歌として解釈できると思う。その歩みは孤独ではあるかもしれないが、「ひとりだけど、ひとりじゃないかもしれない」という救いが、マルチバースという仕組みを見事に活かして語られる映画でもある。個人的にも、どこか心の深い部分で慰められ、励まされる映画だった。

ジョン・ワッツのスパイダーマン3部作は全て大好きだが、こんなにも素晴らしい作品でそのサーガを閉じてくれたことにただ感謝したい。ただ次はそろそろジョン・ワッツのオリジナル作品が観たいかな〜!(Disney+の「ザ・オールド・マン~元 CIAの葛藤」も見ねば。)

【いま観たい人は→】通常版も各種配信サービスで見られるし、U-NEXTなどで「THE MORE FUN STUFF VERSION」も見られるようです(名前変わってるけど)。

スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム エクステンデッド・エディション

 

5位

私ときどきレッサーパンダ(配信)

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この5位から上はぜんぶ1位です!(実際6〜10位はまだちょっと迷ったけどベスト5は一切揺るがなかった。)『私ときどきレッサーパンダ』も完全に1位としか言いようがないほど大好き。本当に劇場で観たかったぜ!!!と一生言い続ける。

今年は色んなところで繰り返し引き合いに出したけど、女の子キャラクターの造形や描写の素晴らしさには感嘆することしきりだったし、ガールズムービーとしても歴史に名を残すこと間違いないと思う。

ストーリーも凄く重層的な見方ができて秀逸だった。レッサーパンダへの変身が何を象徴するのかは、主人公メイメイの中に渦巻く情念の現れとか、色んな解釈が可能だけど、個人的には「創作マインド」として受け取った。メイメイは小さな火花のような(性の目覚めっぽさもある)ときめきを、燃え盛るような創作欲として爆発させていくんだけど、そうした創作欲が客観的に見ると「黒歴史」的な強烈な恥ずかしさも生む、という生々しい点もしっかり描かれる。そこには、ドミー・シー監督のリアルな創作遍歴も反映されている。彼女が若い時に二次創作的な活動を活発にしていたことが、ドキュメンタリー『レッサーパンダを抱きしめて』で語られる。最高のドキュメンタリーなので絶対みよう。

レッサーパンダを抱きしめて : 『私ときどきレッサーパンダ』メイキング映像を視聴 | 全編 | Disney+(ディズニープラス)

「作りたい、恥ずかしい、でも止められない!」という、喜びや戸惑いや怒りや性が織り混ざった強烈なうねりのような情念が創作の初期衝動になっていることは、監督のみならず多くのクリエイターが同意するはず。そうした様々な寓意が込められたレッサーパンダと、最後にメイメイがどう向き合うのかも、すごく好きな着地だった。とにかくこの作品を起点にディズニー/ピクサーが新時代に突入してもおかしくないくらい革新的な映画だったと思う。最高!!

【いま観たい人は→】Disney+でどうぞ。今からでも劇場でリバイバルしろ!!!

私ときどきレッサーパンダを視聴 | 全編 | Disney+(ディズニープラス)

 

4位

雄獅少年  少年とそらに舞う獅子

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今年最もブッ飛ばされた海外アニメ映画。さらにそれが中国アニメなので『羅小黒戦記』の衝撃・再来と言えるかもしれない。

圧巻のアクション、巧みな作劇、リアリティあるキャラ造形、連打されるギャグと、美点をあげていけばキリがないが、やはり中盤以降の物語の転調から、クライマックスになだれ込む怒涛の展開は本当に忘れがたい。貧困や格差など、社会の厳しい現実からも目を離さず、「そんなことやって何になるの?お金にならないでしょ?」という冷めた視点も常にある。

そんな世の中で主人公を待ち受けるあまりに悲しい挫折と、そこからどう彼が立ち上がっていくかを示すことこそが、本作の最も素晴らしく、心を熱くするポイント。誰だって夢も希望も持っているけど、世の中は圧倒的に不平等であり、誰もが夢や希望を「持ち続けられる」とは限らない…という非情な現実を、極めて高い解像度で描く。しかし、だからこそ「現実を超越したどこか」に繋がる扉として獅子舞が輝きを放ち、あの屋上での美しく力強い「舞」の場面が脳裏に焼き付く。結末は必ずしも甘くないけど、主人公たちと似た境遇にいる、心に「獅子舞」をもつ人たちを、力強く励ます終わり方になっていた。何かを志す万人にオススメできる大傑作アニメ映画です。

【いま観たい人は→】今ちょっと観る手段があまりないんだけど…とか書こうとしていたところに、なんと2023年に日本語吹き替え版が全国公開することが決定しました!!やったあああ〜〜〜。絶対映画館で観たほうがいいよマジで。

中国の3DCGアニメ映画「雄獅少年」2023年に公開、日本語吹替版も楽しめる(動画あり) - 映画ナタリー

 

3位

『NOPE/ノープ』

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今年のベスト映画(実質1位)にして、恒例の「どうぶつ映画オブ・ザ・イヤー」も同時受賞。手前味噌だが『NOPE』のブログ記事は今年書いたものの中では最も出来が良いと思っているし、なんなら私にしか書けない内容だと勝手に自負している。(まぁここまで私の興味や関心や知識のエリアにドンピシャに刺さってくる映画はめったにないわけだが…)

『NOPE/ノープ』はUFOが攻めてきたぞ!という一見アホかつトンデモな超常SFホラーであると同時に、とんでもなく真面目な映画でもある。映画全体をグッサリと貫いているのは、「見る/見られる」の一方的な関係が、この世界に厳然として存在する「搾取」の構造の根源である…という強靭な問題意識だ。

だからこそ「搾取」と「見る/見られるの支配」を体現するような、絶望的なほど強大な超常生物「Gジャン」に、人が動物とともに覚悟を決めて立ち向かう最終決戦が非常に熱い。BGM(サントラの"The Run")もクラシックかつストレートにカッコよくて血がたぎる。動物映画としての本作のクライマックスにふさわしい名場面だった。どう考えても今年最高のサントラ大賞これでしょ↓

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動物映画としての面白さや、ジュープの悲しくも忘れがたい運命など、詳しくはさんざん記事で語ったので読んでほしい。今年のベスト上位5作はいずれもエンタメ大作だが、地域も表現形式も全く異なる作品なのが面白い。そんな中、ハリウッド代表である『NOPE』が、「現代アメリカエンタメの面白さ」がギュッと濃縮されたような映画だったことを、洋画好きとしてはとても嬉しく思う。

【いま観たい人は→】ちょうど配信やディスク発売なども開始したようです!買わねば。https://amzn.to/3i4emRX

ただやっぱ劇場で、特にIMAXレーザーGTのフルサイズで観るのがとにかく最高(というかそれを基準に作られた作品)なので、リバイバルしないかな〜。してくれ!!

 

2位

『THE FIRST SLAM DUNK』

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昨年(2021年)の12月くらいの自分に、「来年のお前はスラムダンクの映画をめちゃくちゃ激賞してるぞ」と教えてあげたら「なんで???」となるだろう。それだけスラダンにもバスケにも全然興味がなかったのだから。しかし蓋を開けてみれば、この有様である。原作まで改めて全巻読破してしまう始末だ。numagasablog.com

なので、来年(2023年)もどんな出会い(再会?)が待ち受けているかわからないな…と楽しみになってしまう。

今年の上位5作はいずれもエンタメ大作だった…と書いたが、そのうち1作が日本の映画だったこと、そしてアニメ映画だったことに、アニメファンとしては驚きと興奮を隠せない。たしかに井上雄彦という天才の存在があまりに大きい映画ではあるし、再びこうした凄い映画が現れるのがいつになるかは全然わからない。しかし2022年、「世界中の人に観てほしい」と心から思える日本のエンタメ映画が出てきてくれたことを決して忘れないだろう。

【いま観たい人は→】劇場に行こう!原作一切読んでなくても行ったほうが良い!

 

1位

『RRR』

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映画に順位をつけるのは確かに不毛かもしれない。それでも無理やり順位をつけるのであれば、やはり1位の王座には「地球最強の映画」に座ってもらいたい。

本作がいかに「最強」なのかはすでに各所で十分語ったし、信じがたいほどぶっ飛んだアクションや、濃厚かつ繊細なキャラクター造形がいかに素晴らしいかも繰り返し力説した。だがこの年の暮れにしみじみと思い出してしまうのは、本作の中では比較的(あくまで比較的だが)地味とも言える、後半のある場面だ。

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それは英国側に囚われたビームが、苛烈な責めと屈辱を与えられながらも、この「Komuram Bheemudo」を歌い上げ、虐げられた人々を勇気づける場面である。

『RRR』は明らかに大傑作であると同時に、ある種のナショナリズム的な「危うさ」も抱えうる作品であることはすでに記事で指摘した。しかしさらに視野を広げ、本作をより普遍的な「虐げられた人々のための映画」として観ることも大切だと思う。

2022年を象徴する世界の出来事といえば、やはりロシアのウクライナ侵攻だろう。権力をもつ者が、手前勝手な都合のために他者を蹂躙するという、むき出しの暴力と悪意が世界をおびやかす年となった。そんな中、インドの植民地時代をモチーフにした上に、ウクライナを撮影地とした『RRR』が(偶然とは言え)驚くほどアクチュアルな文脈を獲得してしまったのは驚きだが、同時に必然だったのかもしれない。

目と耳を疑うような暴力に脅かされているのは、当然ながらウクライナの人々だけではない。他にもパッと思いつく中では、イランやアフガニスタンやミャンマーなど、権力による理不尽な暴力によって踏みにじられた人々の苦しみの声は鳴り響き続けている。

たとえ直接的な暴力は少なくとも、人権を軽視する者が権力の座に上り詰め、人々の抗議や怒りを冷笑する者が持て囃され、力を持たない人々への搾取がどんどん激化していく構造は、日本でも変わらない。そんなロクでもない世界において、『RRR』のようなド直球の怒りと闘志に満ちた物語がどれほど強い輝きを放っていることか。

ベスト映画を選出してみてつくづく実感するのは、私は「何かに抗っている」作品が好きなんだなということだ。今年のベストに選んだ作品もことごとく、エンタメ性や表現技法の素晴らしさをフル活用しながら、この世の「悪しき何か」に全力で抗ってくれている、とても心強い創作物ばかりだ。

私が素晴らしいと感じる映画の条件として、「見たことのないものを見せてくれること」「他者への想像力を拡張してくれること」の2つを前に挙げた。そこに「この世の悪しき何かに抗っていること」を付け加えるなら、『RRR』を「2022年で最も素晴らしい映画」と呼ぶことに、なんのためらいもない。


【いま観たい人は→】激情に行こう!じゃなかった劇場に行こう。1年を締めくくるジ・エンドな映画としても、1年を始めるハピニュイヤァな映画としても最高。

映画『RRR アールアールアール』|絶賛上映中!

 

以上です! 来年も良い映画にたくさん出会えますように!

 

おまけ:2022年映画リスト(すごい面白かったけど語りきれなかった映画たくさんありますが、また別の機会に…。)




 

このキャラデザが凄い2022。アニメ『万聖街』感想&レビュー

中国アニメ映画『羅小黒戦記』を初めて観たときの感想は、「こりゃ日本アニメも油断してると中国に追い抜かれちゃうな(笑)」とかではなく、「うわあああ〜〜〜マジか……」という畏怖と衝撃であった。

シンプルかつ美しい2Dアニメーションで描かれる、桁外れに素晴らしいアクション。親しみやすく可愛らしい、しかし洗練されたデザインのキャラクター。環境破壊や追いやられる少数者の問題など、往年のジブリを思わせる普遍的かつ現代的なテーマ性。『羅小黒戦記』は、かつて日本アニメが得意としていたはずの領域を、洗練された形で今に昇華させた、懐かしいと同時にいまだかつてない、紛うことなき傑作アニメ映画だった。

あれから3年が経った。(当初は在日中国人の方向けだったらしい)極小規模公開から始まった『羅小黒戦記』は、その圧倒的な出来栄えから日本でも口コミが広がり、上映館もじわじわ拡大され、着実に知名度とファンダムを広げ、ついに日本語吹き替え版(https://amzn.to/3GgxDcp)が制作され、あげくのはてに映画を分割したTV番組(https://amzn.to/3YHbRWn)として今年2022に地上波放送までされた(なにその『無限列車編』みたいな待遇…)。国産アニメが幅を利かせる日本においては、中国アニメどころか海外アニメという括りでも、異例の大成功と言えるだろう。

商業的な成功だけではない。『羅小黒戦記』が日本アニメのファン、そして作り手に与えた衝撃は、静かながらも大きかった。様々なリアクションの中で最も鮮烈だったのが、伝説的なアニメーター井上俊之氏がポッドキャストで語ったインタビューだ。1時間くらいあるが、ぜひフルで聴いてみてほしい。

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井上氏が超一流のアニメーターだからこそ感じ取れる、『羅小黒戦記』の技術面の桁外れな高度さが精緻に語られ聴きごたえがある。だがそれ以上に強烈なのは、翻って日本アニメの現状に井上氏が抱いている危機感が、とても率直に表明されていることだ。「はっきり言って、負けてますね」「日本が影響を与えた〜なんて喜んでられる状態はとっくに終わってる。これからは彼らの背中を追っていくことになるかもしれない」といった(アニメ界の第一人者だからこその)シビアな意見は、アニメ素人としては震えて聞くしかなかった…。中国アニメ版「黒船」と言っても過言ではないほどのインパクトを、『羅小黒戦記』が日本のアニメ界にもたらしたことは確実だ。

 

前置きが長くなってしまったが、2022年も終盤の今、『羅小黒戦記』を制作した「寒木春華スタジオ」の新作が日本で放送された。アニメ『万聖街』である。

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『万聖街』はweb漫画『1031万聖街』のアニメ化作品で、正確には寒木春華スタジオと『非人哉』の非人哉工作室のタッグ製作となる。中国では2020年4月からweb配信され、すでに何億回も再生される大人気を誇る。このたび日本にもようやく上陸し、『羅小黒戦記』のテレビ放映に続く形で、『万聖街』日本語吹き替え版が2022年11月より放映されたというわけだ。すでに全話(1話〜6話)放送されており、AmazonプライムとかU-NEXTとか色んなサブスクで見られる。

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『万聖街』は、悪魔・天使・吸血鬼・狼男などなど、「人にあらざる」超常存在たちの楽しいルームシェア生活を描いた日常コメディだ。日本の人気作でいうと『聖☆おにいさん』が近いノリと設定かと思う。同スタジオの『羅小黒戦記』が超絶アクションをバリバリ展開する王道エンタメだったことに比べると、軽めのコメディである『万聖街』には「ほんわかして楽しいね」くらいの感想をもつ人も多いかもしれない。

だが……私が『万聖街』を観た感想は、「うわあああ〜〜〜マジか……」であった。『羅小黒戦記』の畏怖と衝撃、再びである。『万聖街』は『羅小黒戦記』とは明らかに異なる方向性の作品なのだが、似た種類の「凄み」に圧倒されてしまったのだ。その「凄み」を一言で言うなら…とにかく「絵が上手い」。

『万聖街』は『羅小黒戦記』同様、派手なエフェクトをほぼ使わず、シンプルな線と色使いで構成されたアニメーションだ。しかしだからこそ、かえって描き手の桁違いに優れた"地の作画力"がまんま出ている…という身も蓋もない凄みがある。

アクションの割合は比較的少なく、日常コメディだけあって日常的な場面が多いのだが、キャラクターの細やかな動きやさりげない感情表現も本当に上手い。キャラが部屋でダラダラしてるような日常シーンのレイアウトなどもバチバチに決まり倒している。作劇のテンポが非常に良いこともあり、観ていて本当に気持ちいい作品だ。

寒木春華スタジオ作品らしく、『万聖街』は要所で挟まれるアクションも見事な出来栄えで、とりわけアクションが派手な日本語版4話ではサブタイトルが急に「制作費ぜんぶこの回に使い果たしました」とかになるギャグがあって笑うのだが、オタク的には「いやいや日常的な作画も全然めちゃくちゃ絵がうますぎるんだが…」と慄きながら見ているので反応に困る。広義のアクションと言える、日本語版6話のバレエ「白鳥の湖」シーンも目が覚めるような美しさだ。

そして『万聖街』の「絵の上手さ」を語る上で、忘れてはいけない要素がある。アニメを見て以降、その面白さに何度も感想をつぶやいてしまったわけだが、頻繁にあるワードが登場することにお気づきだろう。

そう、「キャラデザ」である。「こいつキャラデザの話しかしてねーな」と思われかねない。もちろん『万聖街』の魅力はそれだけではないのだが、つい口を開けばキャラデザキャラデザうるさいキャラデザ星人になってしまうほど、『万聖街』のキャラデザは素晴らしい。単にビジュアル的な意味を超えて、広く「キャラクター造形」が本作の魅力にとって大きな鍵であることは確かだろう。前置きが長くなったが、今回は『万聖街』のキャラクター造形の素晴らしさを重点的に深堀りしてみたい。

 

最初に、主な登場人物一覧を見てみよう。(画像は公式サイトhttps://banseigai.com/の「キャラクター」から引用。)

いや〜〜〜素晴らしい(感嘆)。爆速で感嘆してしまったが、こんな顔だけの集合図でも『万聖街』のキャラデザの秀逸さは分かる人には分かると思う。まぁデザインの好みは人それぞれとはいえ、こうして登場キャラの顔ぶれをパッと見るだけでも、かなり「多種多様」であることには同意してもらえるだろう。いずれのキャラも天使や吸血鬼や妖怪など「人外」モチーフの特徴をさりげなく活かしつつ、髪型・目鼻耳など顔のパーツ・骨格・肌や髪の色、アクセサリーなど、各キャラの個性が小さなアイコンでも際立つほど巧みに描き分けられている。

それでいて(ツノとか包帯はあるけど)デザインの基調はかなり現実に寄せていて、いかにもアニメ的な奇抜さを避けていることにも注目したい。髪だけ見ても、ピンク・水色・紫とか、日本アニメにありがちな派手な色は全く使っていないし、アニメでしか見ないような突飛な髪型のキャラもいない。みんな天使とか悪魔とかゾンビとか奇抜な設定であることを考えると、この抑制っぷりはかなり上品で理性的に感じる。それでいてこれほど多彩に感じられるのだから、これはもう純粋にデザインのレベルが高いということだ。やはり「絵が上手い」の一言に尽きる。

 

先述したが一応言っておくと、アニメ『万聖街』はweb漫画『1031万聖街』のアニメ化なので、キャラクターデザインの根本的なアイディアは原作漫画によるものだ。よってキャラ造形への称賛はアニメ制作陣だけでなく、原作者さんにも同時に贈られるべきものなのは言うまでもない。なお原作の絵柄はこんな感じ↓。こちらも個性的で素敵ね。

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…とはいえ、アニメ化するにあたって、かなり大胆にキャラクターデザインが再構成されているのも確かだ。その手腕の凄さを考えるためにも、個別に各キャラを見ていこう。ご丁寧にも公式がキャラPVを作ってくれているので活用していく。

 

ニール

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とにかくカワイイ。ここまで直球のカワイさに全振りした男性キャラクターの主人公は、アニメ広しといえど何気に珍しいのではないだろうか。

悪魔を象徴する動物・ヤギをモチーフにした造形は、可愛らしくもスタイリッシュで完成度が高く、魔王モードになった時には頭のツノが映える。私服も普通の若者っぽい範囲で程よくオシャレだ。キャラデザの良さにも通じる美意識だろうが、本作は何気にファッションデザインも抜群である。

優しすぎるほど優しいニールの性格も素敵だ。原作者さんは「少女の心をもつ男の子」としてニールを創造したそうだが、トキシックなところが全くない心優しい男性キャラという観点からも、かなり現代的な魅力のある主人公造形ではないだろうか(だからこそ魔王モードとのギャップも激しいわけだが…)。

ちなみに最近の他作品のキャラクターで強く連想したのは、ゲーム『UNDERTALE』の続編『DELTARUNE』のラルセイである。ラルセイもとにかく(どうかと思うくらい)心優しい男の子で、ヤギっぽい風貌をしていて、実は闇の世界の重要人物であるなど、ニールとの共通点が妙に多く、なかなか興味深いシンクロニシティだ。ちなみにラルセイも近年のフィクションで屈指の好きなキャラなので、我ながら男の好み(?)がわかりやすい…。

ところでニールは設定上は男の子ではあるが、そもそも悪魔にとっては性別など大した問題ではないようで、好きな時に女の子に変身することもできる。(一瞬だがリリィとの百合が成立しており、幻覚を見ているのかと思った。)こうしたジェンダー境界を撹乱していくスタイルも『万聖街』のキャラクターの大きな魅力だ。

 

アイラ

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個人的に最も秀逸だと思うキャラデザ・その1。アイラは由緒正しい吸血鬼一族の末裔だが、実家(バンパイア城?)を出て立派なオタクとして生きると決意し、真夜中にゲーム動画を配信している。

気のいい兄ちゃんポジションの、ニールとは違う意味で現代っぽいキャラだ。昼夜逆転生活をしている今どきの若者の風貌に、赤い目や牙、尖った耳などの吸血鬼モチーフがうまく散りばめられている。「吸血鬼なのにダラけた兄ちゃん」というキャラ設定/ストーリーとしての意外性を、ビジュアル的に巧みに表現しているという意味で、キャラ造形の完成度としては『万聖街』トップクラスではないだろうか。

個性派揃いの『万聖街』の中では、アイラは最も「普通の若者」として共感しやすいキャラであり、良い意味で人間らしい。彼に限らないが、中国の普通の人々の日常生活を覗き見られるという意味でも、『万聖街』は日本のアニメファンに貴重な機会を与えてくれる。

 

リン

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個人的に最も秀逸だと思うキャラデザ・その2。リンはニールたちの住む1031号室の大家で、生真面目できれい好きな天使だ。普段は中国語・英語の先生をしている。

人間部分(?)はいかにも現実にいそうな、絵に描いたような「堅物」っぽい外見だが、背中のゴージャスな天使の羽と合わさって、目を引く意外性を獲得している。アイラと同じく設定上のギャップを体現した造形であり、キャラをひとめ見た時点で物語の面白さやコンセプトまでうっすら伝わってくるという意味でも、100点と言っていいキャラクターデザインだろう。

髪型は現実にはよくいる感じの坊主に近いベリーショートだが、意外とこの髪型のアニメの主要キャラって珍しい気もする。リンはイケメンかつカワイイ魅力的な男性キャラではあるのだが、そうしたカッコよさ/カワイさの幅を押し広げるような新規性も強いという意味で、『万聖街』を象徴するような造形だ。私服に関しても堅物らしさがよく出ていて、他のキャラに比べて若干モッサリしているのが、それが逆に本作のファッションデザインの的確さを物語っている。

 

リリィ

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リリィは明るく元気で力持ちな天使。リンの妹だが性格は正反対だ。ニールに恋心を寄せられるだけのことはあり、非常にかわいらしい女の子のキャラクターだが、キャラデザの観点からも何気にかなり興味深い。

リリィの外見は『赤毛のアン』や『長くつ下のピッピ』的なクラシックな児童文学/アニメを想起させる雰囲気が色濃い。原作漫画の絵柄ではより強調されている、兎口っぽい口元と目立つ前歯というチャームポイントもきっちり残しながら、さらにポップな可愛さに仕上げる工夫も冴えている。気分がずっとポジティブ方面で高止まりしていることもあり、あまり変化しない目の感じも、天使ならではのちょっぴり不気味な底知れなさを感じさせて良い。こうした細かい調整の結果、紛れもない「美少女」でありながら、いかにもなアニメ美少女っぽい陳腐さが巧みに回避され、ちょっと日本アニメで見たことがないバランスの「女の子」造形になっている。

リリィの造形や描かれ方を見ていても思うが、『羅小黒戦記』『万聖街』ともに、ジェンダー的なストレスの圧倒的な低さ、特に女性描写のフェアさは印象深い。まぁ両作とも、そもそも女性キャラの割合がかなり低いのと、『万聖街』の視聴者はどちらかといえば女性が多いのかな?という要因もあるだろうが、それにしても見やすい。女性キャラへの消費っぽい視線が限りなくゼロに近く、ジェンダーバイアス的なネタもほぼ皆無なのは(近いタイプの日本アニメと比べても)それだけで新鮮で、風通しが良く感じる。

こうした姿勢は、作り手のいわゆるポリティカル・コレクトネス的な意識の高さや、海外マーケットを意識した配慮なども影響しているのかもしれないが、そもそも中国マーケットという時点で視聴者の数は膨大かつ多様なわけで、時代の流れや人々の意識の変化への迅速な対応が必然的に求められるということなのかもしれない。

 

ダーマオ

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マッチョで不運な狼人間・ダーマオは、特にお気に入りのキャラの1人だ。オオカミのしっぽを思わせる前髪に鋭い目つきと、狼男モチーフの記号をマッチョガイの顔と体躯にうまく取り入れた造形になっている。『羅小黒戦記』から続く、寒木春華スタジオのケモ描写の上手さは、本作ではダーマオのケモ形態(人狼モードも妖怪っぽくてカッコいい)によって発揮されている。

ところで先ほど「『万聖街』にはセクシャルな要素がなくて見やすい」と書いたばかりだが、実際にはある。ただしお色気担当はマッチョな男であり、その筆頭がダーマオだ。その鍛え上げた肉体を視聴者に見せつけるためか、妙に脱いだり脱がされたりするシーンが多く、本作の肌色成分を増やす役割を果たしている。

こんなマッチョな見た目なのに職業がデザイナーで、社会人あるあるな苦労をしている様子も身につまされる。本作の登場人物は超常存在なのに皆なんらかの職業があるのが面白いのだが、ダーマオの仕事は制作陣とジャンルが近いこともあってか、妙に実感が込められているような…(料金表のくだりとか)。

『万聖街』は個々のキャラデザだけでなくキャラ同士の関係性も魅力で、ニール/リリィ(かわいい)とかダーマオ/アイラ(たのしい)とかニック/リン(やばい。後述)あたりがshipとして人気のようだが、個人的にはダーマオとニールの関係がかなり好きである。マッチョで粗暴な狼男であるダーマオが、ニールの真摯な優しさに触れて心を開き、大切な存在として互いに友情を育んでいくプロセスが少しずつ描かれていく(6話のラーメンの場面も地味に良い)。『万聖街』には男性キャラクター同士が、ときに衝突しながらもお互いをケアしあい、優しくいたわりあう場面が何気に多い。これは昨今の海外映画/ドラマのテーマ性のトレンドとも通じていて、意識したかはともかく『万聖街』の現代的な側面として輝きを放っている。

余談だが、ダーマオが仲良くなる、広場でダンスや太極拳に興じる中高年の人たちの作画が地味に良くて、こういう「そのへんの普通の人」をちゃんとした解像度で描くところも『万聖街』の良さである。『羅小黒戦記』映画版の第2幕における街の人々の生活描写の見事さを思い出したし、モブ的なキャラクターを単なる「書き割り」として処理しないあたりに寒木春華スタジオの美学を感じる。

 

ニック

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ニールの兄にして、おしゃれチャライケ男な悪魔、それがニックである。キャラデザももちろん良いが、内面も含めた広義のキャラ造形という意味では、本作で最もおいしいキャラクターと言える。いかにも悪魔って感じの悪役めいた登場のわりに、なんだかんだ面倒見が良かったり、意外と繊細な側面を見せていった結果、今のところ最も心理描写や過去が丁寧に掘り下げられたキャラになっているのは皮肉だ。なおニックもやたら脱ぐシーンが多く、ダーマオに続く本作のお色気担当その2である。『万聖街』ではガタイが良くないとセクシー担当になれない。

ちなみに天使のリン先生との絡みが多く、正反対の外見や性格が絵になることもあり、ニック/リン(尼林)は中国アニメ全体でも屈指の人気shipらしい。…でしょうね!

ニックがリンのお見合いを邪魔(?)しようとしたり、プールやテニスのエピソードでもなんだかんだ組まされてワチャワチャやったりと、明らかにカップリングを意識させる形で描かれており、ほぼ公式カプと言っていいだろう…。

↓公式のクリスマスイラストでも意味深に近い2人。

なおニックも弟のニール同様、好きな時に女性に変身できる。ニックがセクシー美女になるシーンでは、リン/ニックの関係に、BL的であると同時に異性愛カプでもあるという独特の緊張感が生まれてかなりヤバい。リリィがセクシャルな視線から徹底的に守られている上、後述する新キャラ「もも」もああいう感じなので、チャライケ男のニックが本作ほぼ唯一のセクシー女性(?)という事態になっているのも、なんか屈折していて凄い。

 

アブー

エジプト出身のミイラ。アフリカ/中東系な褐色の肌とミイラの包帯をうまく組み合わせたデザインで、突飛な見た目ながらも『万聖街』の国際色豊かな風通しの良さを高めており、素敵なキャラ造形だ。ただいかんせん「存在感が薄い」という設定もありセリフがほぼ皆無、周囲との絡みも極めて少ないため、寡黙で心優しいナイスガイであること以外は謎に包まれている。今後の活躍(するのかな)を楽しみにしたい。

 

イワン

リリィの友達の輝くイケメン天使。ニールの恋のライバルポジション的に登場するが、普通にイイやつなのが好ましいなと思った。こういうポジの人がイイやつなのって作品の大人度を感じさせるよね。

ただ彼の描写に関しては少し気になる部分もある。ニールにこっそり手紙を渡して好意を伝えるくだりからも、イワンはヘテロセクシュアルではない、おそらくゲイなのかな?と思わせる描かれ方になっている。だが、それがニール&魔王の「ええ〜(汗」という戸惑いでギャグっぽく処理されてしまうのは正直やや古くさいし、なぜかそのイベントを経た後もニール&魔王がイワンを(リリィに近づく)恋のライバルとして認識していて、展開として不自然になってしまっている。

極めてノイズが少ない『万聖街』にしては、イワンまわりは妙にチグハグな瑕疵が目立つので、少数派を描きたいという作り手の意識はあっても、(中国だから規制が云々とかすぐに言い出すのもどうかと思うが)やはり中国社会でLGBTQ+のキャラを正面から描くのはまだ難しいということか…?などと邪推してしまうほどだ。…ただまぁ性的マイノリティの存在を(消費/ネタ文脈でなく)正面からしっかり描いた主流エンタメ作品が、じゃあ日本にどんだけあるんだよって話なので、この辺の"古さ"はアジア圏エンタメ全体の課題とも言えそうだ。

ちょっと気になったとはいえ、イワン自身は好ましいキャラクターだし、彼の背景やセクシャリティ含め、今後の展開でさらに掘り下げられるのを待ちたい。細かいところでは「白鳥の湖」を踊る魔王ニールに(女性観客やイワンだけでなく)モブおじさんもウットリしていたりと、ホモフォビア的な風潮に与しない姿勢も感じられるので、『万聖街』にはこうした面での飛躍にも期待してしまう。ニック/リンという超人気BLカプも抱えてるわけだしね…

 

もも

桜の国…というか日本出身の「猫又」のネコ女性で、酒癖がめちゃ悪い。日本語版5話から登場した新キャラだが、「また超いいキャラデザが増えてしまった…手加減してくれ…」と思うほどバチ好みデザインであった。いい年した大人の女性キャラとしての造形がかなり良く、沢城みゆきさんの声の演技も実にナチュラルで最高である。

回想ではギャグっぽく流されていたが、「そもそも向いてなかった上に、スキャンダルで転落した元アイドル」というキャラ背景はかなり切実で興味深い。日本のアイドル業界の過酷さは中国でも有名なんだろうか…とか思ったりしたが、(売れない俳優であるゾンビのルイスくんも含め)はぐれ者やノケ者が寄り集まって生きる『万聖街』の優しいあり方を象徴するキャラでもある。

ちなみに同じ猫モチーフのスレンダーな女性キャラとして『ダンジョン飯』のイヅツミを連想した。肌(?)の露出自体は多い割に、セクシャルな雰囲気が削ぎ落とされているというのも、けっこう共通したキャラ造形思想だな…とか興味深く思ったり。

 

"anime"とカートゥーンの中間地点としての『万聖街』

…というわけで『万聖街』のキャラデザを褒め称えてきたが、翻って考えてしまうのは、日本アニメでこれほど多彩なキャラクター造形を自然に出せている作品がどれほどあるだろう…ということだ。

「日本のアニメキャラ、髪の色や目の形がちょっと違うだけでみんな同じじゃね」という揶揄もよく聞くが、実際そうした側面は否めない。カワイイ系/萌え系のみならず、メジャーどころの作品でも正直「また似たような制服女子か…」とは感じがちだ。女の子よりは幅が増すとはいえ、イケメン的な男性キャラも似通いがちな問題もある。(今年は『犬王』とかあったし)例外も当然あるが、全体としては現状の日本アニメのキャラデザは、かなり幅が狭くなってしまっていると感じる。

私も『魔法少女まどか☆マギカ』とか大好きなので、アニメ興味ない人に「みんな顔同じじゃねーか」とか言われたら「同じじゃないもん…ほむらとマミさんと杏子の顔とか微妙に違うもん…」とか苦しい反論をするかもしれない。「アニメなんてしょせん記号の集まりなわけで、髪型や色や服が違えば最低限の見分けはつくし、顔が同じだって別にいいだろ!」という考え方もそれはそれで一理ある。だが結局、そういう(アニメ好き以外にとっては)微小で内向きな差異に、アニメの作り手もファンもなまじ「違い」や「個性」を見出し続けてきてしまった結果、キャラ造形の縮小再生産に繋がっているのではないか…と、『万聖街』の風通しの良い多彩さを見ると改めて考えてしまう。

そんな『万聖街』の造形に秘訣はあるのだろうか…と考える上で、ひとつヒントになるかもしれないのが「カートゥーン」である。『万聖街』や『羅小黒戦記』を観ている時の楽しさ・心地よさは、日本のアニメよりもむしろ、海外の第一線の全年齢向けカートゥーンを見る喜びに近いなと感じるのだ。たとえば大傑作アニメ『スティーブン・ユニバース』のような…。

『万聖街』のキャラデザも多様ではあるが、体型・肌の色・顔の作り・エスニシティ・セクシュアリティ・身体障害の有無などなど、主要キャラが超常的な宝石=ジェムという特殊な設定も活かした『スティーブン・ユニバース』のキャラ造形は、まさに桁外れの多様さを誇る。子ども向けアニメという重要なジャンルで、自身もマイノリティ性をもつ天才レベッカ・シュガーを中心に、社会的な意識と志の極めて高いクリエイターが手掛けた結晶のような名作だ。(早く普通にぜんぶ日本で見られるようになってほしい…。)ドリームワークスの『シーラとプリンセス戦士』なども、この潮流に位置するカートゥーン作品だろう。

そうしたカートゥーンの多様性への挑戦に感化されるかのように、近年ではピクサーの『私ときどきレッサーパンダ』などメジャー大作からも、旧来的な「カワイさ/カッコよさ」の枠を逸脱・破壊していくような大胆なキャラデザのアニメが続々登場しており、新時代の「多様さ」を目指す姿勢は眩しく映る。

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あくまで私見だが、『羅小黒戦記』などの寒木春華スタジオの作品、特に今回の『万聖街』は、こうした海外カートゥーンの流れを強く汲んでいるように感じられる。実は井上俊之氏も先述のインタビューで、『羅小黒戦記』が日本アニメよりも海外カートゥーンから影響を受けている可能性について少し言及していた。(実際のところどうなのか、制作陣に聴いてみたいところだ。)

基本的には『万聖街』は、従来の日本的2Dアニメ(英語でも"anime"と呼ばれて親しまれる)的な「カワイイ/カッコいい」キャラ造形の文法を踏襲した作品であり、その意味では日本の大多数のアニメと変わらないはずだ。しかしだからこそ逆に、"anime"のカワイさ/カッコよさと、カートゥーンの現代的な先進性・包括性という、両者の美点をうまく融合したような手腕が際立つ。"anime"とカートゥーンの中間地点として、『万聖街』を見ることもできるかもしれない。

こうしたジャンル横断的な中国アニメの面白さは、『羅小黒戦記』や『万聖街』に限ったことではない。こちらのインタビュー記事でも存分に語ったように、『時光代理人』にもアニメの新しい可能性を感じた。本作のストーリーの転がし方、現代社会のあり方への批評的な視点などは、日本アニメよりも、むしろ海外ドラマなどを強く参照しているのではないか…と思わされたのだ。

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中国アニメといえば映画『雄獅少年 少年とそらに舞う獅子』も今年ベスト級に大好きな映画だが、こちらも「若者の夢を阻む現実社会の重み」を避けずに描くシーンが非常に鮮烈だった。これは、実写映画のリアリズムを見事にCGアニメに組み込んだ好例と言えるだろう。

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『万聖街』も含め、いずれも違う方向性の中国アニメなのでひとくくりにはできないが、その全てに共通するのは、カートゥーン・ドラマ・実写映画など、他国/他ジャンルの創作物の美点を貪欲に取り込んでいるように見えることだ。それは同じく中国アニメの共通点である、「現実」への眼差しの鋭さと、諸問題を様々な形でフィクションに反映する手腕にも繋がっていく。

複雑な現実社会のあり方と、そこで生きる多様な人々を、フィクションの中にどのように織り込んでいくか…。これは今や全世界の創作者にとっての至上命題となっているが、その意味で中国アニメは特に「熱い」地点にいると感じる。『万聖街』の多彩なキャラクターもまた、複雑化・多様化していく社会や人のあり方を、才能あるクリエイターたちが鋭敏に創作物へ映し出した成果なのではないだろうか。

そんな中国アニメのハイレベルっぷりを目の当たりにすると、先述した井上俊之氏の語る切実な危機感も確かによくわかる。だが一方で、そうした変化の波は、着実に日本にも訪れているとも感じる。アニメやゲームなどを見ても、例えば『機動戦士ガンダム 水星の魔女』のキャラ造形の多彩さ、『ポケットモンスター スカーレット/バイオレット』のジェンダーレスな面白さなど、確実に新しい潮流を感じさせる作品も増えてきた。

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今まさに日本アニメも変化の途上にあると思うからこそ、すぐ隣でそのビッグウェーブに乗りまくってる中国アニメを見逃すのはもったいないと言える。散々理屈っぽく語り倒してしまったが、基本的には『万聖街』は超絶見やすいコメディなので、中国アニメなんて全然知らね〜という人も気軽にチェックしてほしい。おしまい。…せめて1万字に収めようと頑張ったけど1万2千字を超えてしまった。これじゃ万聖街じゃなくて、1万2千聖街だよ〜〜〜(←オチ)

新シーズンの製作も(日本語版も!)決まってて楽しみ!

各種配信とかでぜひ観てね〜

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超高画質の異世界プラネットアース。『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』感想

みんな〜ウェイしてる? 私も『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』観てきました。ウェ〜〜〜イ!

というわけで感想をブログにかんたんに書いておく。かんたんに…と言いながら、ブログ感想を再始動して以来、毎回書いてく内に妙に筆が乗ってきて気づいたら1万字とかを突破しがちで、書く方も疲れるし読む方もいいかげん大変だと思うので、今回こそマジでかんたんに、具体的には3千字で終わらせたい。乗るしかねぇ、多忙な現代人のウェイオブウォーターに。

<ざっくり説明>

かつて世界1位の興行収入を記録した…と思ったら『アベンジャーズ エンドゲーム』に抜かれた!と思ったら最近リバイバルで抜き返して1位に返り咲いた忙しい映画『アバター』(2009)の13年ぶりの続編(劇中でも10年が経過)、それが『アバター: ウェイ・オブ・ウォーター』。ジェームズ・キャメロン監督は凄い大金(4億ドルとか)をかけた超大作を自信たっぷりに送り出し、有名監督の習わしとしてヒーロー映画をディスったりしている。上映時間はまさかの192分と『RRR』より長いが、その出来栄えはいかに…?

 

【予告編】

ところで、同じく3Dだった『ブラックパンサー ワカンダフォーエバー』のときに3Dの予告編流してくれればいいのに!と思った。せっかく観客みんな3Dメガネかけてたのに!

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ちなみに…『ロード・オブ・ザ・リング』観てなかった件と同じくらい映画ファンとしては言いづらいのだが、実は前作『アバター』も観てなかったので、続編公開の前に家でサッと観といた。感想は……まぁ普通かな。公開当時に劇場でちゃんと3D体験したら凄かったんだろうなと思った。映画ファンと話す時「実はアバター観てないんだよね」と言うと「観てねーのかよ」と怒られがちだが、「わかったよ観るよ」と言うと「まぁでも今から家で観てもね…」と冷められがちで、なんやねんと思ったが、実際に観てなんとなくわかった。家で観てもね…

 

でもなんだかんだ有名作なので今からでも観よう↓

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ーーー以下(そんなネタバレでもないが)ネタバレ注意ーーー

 

<よかったところ>

・圧巻のビジュアル表現

まず、ビジュアル面では(少なくとも映画としては)はっきりと観たことのない映像だった。並大抵の映像表現では驚けなくなっている現代、しっかりビジュアル面で凄いものを見せてくれる大作映画はそれだけで凄いし、ここに関しては「大口叩くだけのことはあるぜキャメロン」というかやっぱ「さすが巨匠」と思わざるをえない。

たぶん本作を都内で観る上で、現時点でベストの選択と思われる「丸の内ピカデリーのドルビーシネマのハイフレームレート3D」で観たのだが、単に「映像が綺麗」というのを超えて、こういう現実の世界を本当に切り取って劇場に持ってきたくらいのリアルな質感があって、インパクト的には「ブルーレイを初めて見た時」に匹敵するような凄みがあった。(若い人にはしょぼく聞こえたらゴメンだが、当時は「映像がDVDと全然ちがう!」と驚けたんです…)

特に中盤、海人(うみんちゅ)版ナヴィこと「メトカイナ族」が暮らす海の光景は圧倒的だった。最新鋭の「流体シミュレーション技術」とハイフレームレートでしか実現できなかった水表現のリアリティと滑らかさは前代未聞で、まさに「ウェイ・オブ・ウォーター」のタイトルに恥じない美麗さ。3D効果も相まって、架空の海洋生物たちの生命感あふれる海の世界へどっぷり「没入」する気持ちになれる。3D+ドルビーシネマ+ハイフレームレートだと通常料金では3千円超えるが、この海の場面だけで元が取れるほどの凄まじいクオリティだと感じる。

 

・超ビッグバジェット「わくわく生きもの映画」

そう、『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』は死ぬほど金をかけた「わくわく生きもの映画」である。現実には存在しない生きものたちを、現実世界で撮ったようにしか見えないHFRの超高画質で「捉えた」ドキュメンタリーみたいに見えてくる。まさに異世界プラネットアース、地球外ナショナルジオグラフィック、別次元ダーウィンが来た! の趣きだ。

プレシオサウルスっぽい「イル」、トビウオ+ワニみたいな「スキムウィング」、そしてクジラのような巨大生物「トゥルクン」。他にも美しい魚たちやタコ、クラゲ、マンボウ、イソギンチャク、ジャイアントケルプなどなど、登場する架空の生きものを挙げていけばキリがない。地球の動物と似てるけど絶妙に違うクリーチャーの生き様を臨場感たっぷりに捉える超絶美麗ショットが続き、生きものフィクションが好きな身としてはたいへん眼福である。

まぁクリーチャーデザインに関しては、いずれも現実の元ネタ生物を2〜3種ほどかけ合わせた感じで、それほど斬新とまでは思わなかったのも事実(この点では最近のディズニーの『ストレンジ・ワールド/もうひとつの世界』の方が興奮したかも)。ただ逆に言えば「これは地球で言えばクジラね、イルカね、クラゲね」とあっさり脳が認識できるため、超高画質の異世界ドキュメンタリーとしての迫力を集中して味わえたといえる。

生きもの映画としてのテーマ性も、おおむねまっとうではないかと思う(前作同様、動物を主人公サイドにちょっと都合よく扱い過ぎではないか…とは思うけど)。クジラ(ではないけど地球で言えば明らかにクジラ)の知能を強調したり、そんな海の動物たちを踏みにじる人間の醜さを描いたり(捕鯨国である日本としては耳が痛いテーマ性とも言えるが)、そいつらを生きものパワーで撃退したりと、生きもの好きとしても溜飲が下がる展開だし、クライマックスは怪獣映画めいた楽しさもある。これほどの世界的な超大作で、動物の魅力や知性に光を当て、動物/環境保護の大切さを物語に織り込む姿勢は真摯だし、キャメロンのような巨匠にしかできないことだろう。生きもの好きとしては素直に尊敬すべきポイントである。(だからこそ、せっかく来日してくれた監督に、国際的にも紛糾中のイルカショーを考えなしに見せたりはしないでほしかった…。気まずすぎるだろ。)

そんなわけで、もはや「架空の生物である」ことが若干もったいなく感じるレベルの映像だったので、いっそ本物の海洋ドキュメンタリーを今回の3D+HFR形式で公開してくれれば絶対観に行くのに…とか思うほどだ。キャメロン監督はクジラの海洋ドキュメンタリーの製作を務めたりもしてるし。(この経験も本作に活かされているのだろう。)

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<気になったところ>

・ビジュアルは本当に凄い。凄いのだが…?

さっき「ビジュアル面では(少なくとも映画としては)はっきりと観たことのない映像だった」と書いた。ただし「映画としては」に注目してほしい。そのヌルッヌルのなめらかな映像の凄さには驚きつつも、「マジで人生で初めて見た映像だ!」とまでは驚けなかったのだ。「ゲームっぽいな」と思ったからである。

特にPS4/5の『Horizon』シリーズは強く連想した。『Horizon』自体、かなり『アバター』の影響を受けたのでは?と思わせる世界観なのだが、ここにきて続編の『Horizon Forbidden West』に(ビジュアル的なインパクト面でもストーリー面でも)ちょっと追い抜かれちゃってる感がなきにしもあらず。海の世界に突入!という展開も被ってるしね…(海中で呼吸できる理屈が適当すぎるところも同じで笑ってしまった)。

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そう…キャメロンが留守にしてた(わけではないが)この13年の間に、ゲームを筆頭に「映画以外」の映像メディアも極めて大きな飛躍を遂げたのである。没入感という意味ではVR技術の成長っぷりも凄い。例えば「オーシャンリフト」というVRゲームは、グラフィックは『アバター2』より全然ショボいにもかかわらず、VRの特性が存分に発揮され、水中のマナティやイルカが「そこにいる」としか思えないほどの実在感を放っている。巨大竜がウロウロしてる深海ステージは怖くてプレイできないほどだ。

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それもあって「こんな"リアル"で凄い映像、観たことないだろ!?」というキャメロンのドヤ感あふれる表現に「うん、たしかにめちゃ凄いんだけど…」とやや言葉が濁るのも事実だ。もっと言えば「映画における"リアル"って本当にそういうことなのか…?」と根本的な思考を促されるほどだった。

極端な例を引き合いに出すようだが、先月「チャップリン特集上映」で名作群をぶっ続けで観て、そもそも白黒だし画質も全然ハイではないのだが、本当に面白くて楽しくて心打たれたし、キャラが「生きてそこにいる」と思える体験をしたばかりだ。これも「映画の"リアル"とは?」という問いをさらに考えさせられるきっかけとなった。

movies.kadokawa.co.jp

『アバター2』のように、ドキュメンタリーとも見紛う超高画質で「リアル」な映像を突き詰めることは、映画表現の新たな挑戦として確実に意義があると思う。しかし、その挑戦が創作物の本質的なリアリティを真にカサ増しできるものなのか…、つまり「キャラや世界が本当にそこにいる/ある」ようだと、人々の心に深く刻み込むことができるのかといえば、それはまた全然違う話だよな…とも思うのだった。キャメロンもそんなことは十分わかってると思うけど。

 

・やたら保守的なストーリーとテーマ性

そういうことをわざわざ考えちゃうのは、やっぱ(前作同様)ストーリーやテーマ性がちょっと微妙に感じたからでもある。 特に「家族!父親!母親!子!感動!」みたいな、最近のハリウッド大作でもわりと珍しいレベルで濃厚な家族主義的・家父長制的なテーマ性に胸焼けした…。なんでこんな宇宙の果てが舞台で登場人物みんなエイリアンの映画で、こんな規範的な物語を観なきゃならんのだ…とは思っちゃう。これは本作に限った話ではなくディズニーとかもだが(本作で言えば肌が青かったり先住民風だったり)マイノリティっぽい表象でさえあれば、いくらでも保守的な物語をやってもいい、と思ってる節ないか…? 

父親が先導して、妻や子どもを巻き込んで故郷から逃げるように別の土地へ赴く…という『アバター2』と似た筋書きの物語は、最近AppleTV+のドラマ『モスキート・コースト』でも見たのだが、こっちは家父長制や家族主義へのガン詰めっぷりが半端なくて、本作の後に見ると温度差にクラックラすると思う。

tv.apple.com

まぁ世界的ビッグバジェットが保守的になるのはしょうがないっしょ…という意見もあろうが、「海の青い人」がまさかのモロかぶりした直近のMCU映画『ブラックパンサー ワカンダフォーエバー』にしても、実質的な主人公は全員女性だったりと、過去の男性中心的なヒーロー映画を問い直す視点が大いにあったわけで。キャメロンがdisってるヒーロー映画と比べても、『アバター2』のそうした面での古さは目についてしまう。

そんなわけでキャメロンは確実に今も立派な巨匠だが、映像表現にしてもテーマ性にしても、やはり現在の最先端に比べると分が悪い部分はあるなと改めて思わされた。ただそれは裏を返せば、ちゃんと後続が育ってる、映画もドラマもゲームもエンタメ界がきっちり「進化」してるということで、それはキャメロンとしても望むところなんじゃないかとも思う。ヒーロー映画もたまには観たってや、マエストロ。

<まとめ>

物語やテーマ性の革新性には欠けるが、ビジュアル表現(特に海)は間違いなく斬新で、生きもの映画としても真摯な作りなので、海と生きもの好きは間違いなく一見の価値あり。なんか日本でだけ苦戦してるとも聞くが(今スラダンも凄いからね)、確実に劇場で観て損はない娯楽大作です。みんなもアバターでウェイしよう!

 

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よっしゃ〜3千字に収まった!ごめんうそ全然収まらなかった。5千字オーバーした。まぁいいやもうブログなんだからなんでも。なんにせよ本作のように、絶賛というほどではないにせよ「良いところもある・どうかと思うところもある」くらいの作品の感想も(記録の意味も込めて)なるべくあっさり、こまめにあげられればなと思うのでよろしくウェイです。持続可能な地球を目指すように、持続可能なブログ更新を目指したい…(?)

 

原作『SLAM DUNK』全巻ひさびさ再読&『re:SOURCE』も読んだよメモ

『THE FIRST SLAM DUNK』がとにかく素晴らしかったし、感想記事↓もかなり読んでもらってるようなので……

numagasablog.com

ケジメをつけるため(?)原作漫画の『SLAM DUNK』をものすごい久々に再読してきた。思い切って全巻買ったぜ!と言いたいところだが実際は近所のスーパー銭湯の漫画コーナーで1日がかりで全31巻読んできた(いうてハイペースなら5〜6時間くらいで読破できたが)。名作なんだし買っとけよって感じだが『SLAM DUNK』は紙しか出てなくてボリュームも凄いので一歩踏み出せなかった…(漫画はスペース的な問題でもう電子しかほぼ買わない派なのです)。映画は確実にもう1回観るしちゃんと金払うからよ…(当然)

みんなは買え↓

amzn.to

というわけでせっかく読破したので原作漫画の簡単な感想を書き連ねておきます。結論から言えばやっぱ日本で一番有名な漫画(のひとつ)だけあって本当に色褪せない面白さだったし、再読したことで映画をさらに楽しめそうだなと思う。

それと、つい先日出たばかりの公式アートブック&メイキング的な『THE FIRST SLAM DUNK re:SOURCE』も買ったので、最後の方でその感想も。なんというか、かなりとんでもない内容だった…。とんでもないけど、映画楽しめた人は絶対買って損ない内容です(読み切りの『ピアス』も載ってるし)。

amzn.to

【序盤 ヤンキー立志編】

みんな言うけど原作『SLAM DUNK』、序盤は思った以上にヤンキー漫画だった。時代もあるんだろうけど(いうて30年前だからね)とにかくバイオレンス。桜木とゆかいな仲間たちもゴリも流川もリョータも三井とゆかいな仲間たちも出会い頭でことごとく暴力に走り、誰かが(もしくは全員が)血を流す。

序盤はそんなバイオレンスヤンキー漫画でありながら、実は展開が相当のんびりしてる。桜木がバスケ部で練習するしない、掃除するしない、やめるやめない、柔道部に入る入らないとかで一向にちゃんとしたバスケの試合が始まらず、最近のジャンプ漫画のスピード感では考えられないほどゆったり時間を使っている…。実は『鬼滅の刃』も序盤がかなりスロースターター気味とはよく言われることだが、スラダンの序盤はそもそもバスケをする機会がかなり少ないので、その出足の鈍足ぶりは『鬼滅』の比ではない。(それでも今読んでもちゃんと楽しいのが凄いんだが。)

ただこの(序盤以外はほぼ消滅した)ヤンキー漫画要素が、『SLAM DUNK』の単なる初期特有の迷走、もとい黒歴史なのかと言えば決してそうではないと思う。有り余るエネルギーをうまく活かせずに、暴力的で退廃的な人生のダークサイドに迷い込んでしまう若者たちの姿は、本作のバスケがもたらす光と対置される「影」として作品全体を静かに通底し続けるのだから。インターハイ1回戦の豊玉高校なんかは湘北のダークな写し鏡とも言えるわけだし。

そして『THE FIRST SLAM DUNK』では、リョータや三井の描写を通じてその要素が再び強調されることになる。井上先生としては、やっぱりバスケの試合そのものだけでなく、力を持て余して人生の道に迷っている若者の姿を描くことのモチベーションも、今も昔も強いんだろうなと、原作を読みかえして改めて確信した。『リアル』も読み始めているので(こっちも面白い!)なおさらそう思う。

それと序盤のヤンキー立志編(一応言っとくとそんなタイトルはない)、スロースタート気味ではあるとはいえ、逆に言えばド素人の花道がバスケの基本を少しずつ理解していって、地道に成長していく様子もかなりちゃんと描いている。「庶民シュート」や「リバウンド」という基本中の基本も、覚えれば覚えるだけきっちり強くなれるという当然の描写なのだが、花道の成長とともに気持ちよく読むことができて、こういうのはやはりスポーツ漫画の普遍的な良さだなと。

最初は「つまんねー」と馬鹿にしていたものの、まずは何よりも基礎が大事なんだ…というまっとうな視点を、ヤンキー世界でハチャメチャな生活をしていた主人公が獲得していく物語が『SLAM DUNK』であるとも言える。だからこそクライマックスの山王戦で花道が最後にぽつりと言う「左手はそえるだけ…」が不朽の名台詞の座を獲得しているんだよね。(ここは後で詳しく語る。)

練習試合の陵南戦では、あれだけ試合に出せ出せ言っていた花道が、いざ試合に出るとめちゃくちゃ緊張してしまう…みたいな描写とかが細やかでリアルで面白かった。花道は最初からずっとこういう可愛げがあって、いっけん自信過剰な性格と矛盾するようだけど「人間ってそういうもんだよな!」とも思えるし、やっぱすげ〜イイ主人公造形だなあと。漫画史に残る主人公だけあるよ。

どうでもいいことだが、序盤で「晴子の顔が赤木(ゴリ)の顔になってる、ギャー!」という悪夢を花道が見る場面があって、まぁ古い感じのギャグではあるのだが、今はゴリみたいな顔の女性って別に全然「美人」として語られうるよな…とか思ったりした。そもそもゴリの顔も今は普通に「ハンサム」の一形態になってると思うしな。こういうとこにも時代の変化を感じるし、女性だけでなく男性側の「美」の基準も広まってるということか…(いや当時からゴリは美しく描かれてたじゃん、と言われたらそうかもだが)。

【中盤 バスケがしたいです編&全国めざしてレッツゴー編】

陵南戦でチュートリアル的な序盤が終わり、いよいよ本格的にバスケ漫画に…と思いきや、ヤンキー&バイオレンス要素の最後の打ち上げ花火のような三井編(バスケがしたいです編)が始まる。不良がスポーツ!という点では、森田まさのりの『ROOKIES』とかもスラダンのこうした流れを継いでいたんだな…と思ったり。

三井編を読み返して改めて思ったのが、三井の挫折の理由がわりとたいしたことねえ〜…ということなのだが(結局そこまで深刻な怪我でもなかったんだよね?)、でもだからこそ逆に切実でもあったなと。そんな凄い悲劇ではなく、ちょっとしたケガとか、くだらない嫉妬とか、ほんの小さなつまずきで、才能あふれる人が前途洋々な未来をダメにしてしまう…ということは現実にも非常にありふれているんだろうなと思う。三井を深刻な悲劇の犠牲者としてヒロイックに描くことはせず、追い詰められると「バスケなんて遊びに夢中になってバカじゃねーの?」とか駄々っ子めいた悪態をつく態度とか本当カッコ悪いし哀れなんだけど、でもだからこそ多くの人に思い当たる節がある、普遍的な苦悩を描けているなと…。そういう人間の薄っぺらい部分に対する細かい掘り下げがあってこそ「バスケがしたいです…」と三井が崩れ落ちる場面が(有名すぎて完全にミーム化してるにもかかわらず)今も変わらぬ感動をもたらすんだと思う。

三井編が終わると全国めざすぞ編が始まり、もう憑き物が(ヤンキーの憑き物?)落ちたように完全なるスポーツ漫画になって、潔いほどバスケしかしなくなる。バイオレンス成分がなくなって少しさびしい気もするが、当然ながらバスケ漫画として本当に面白いし、ここからが本番感。

湘北vs翔陽。監督も兼ねてるキャプテン・藤間、なんでそんな特殊な事情になってるのかの背景が全然語られないのが妙に面白い。なんだかんだ掛け持ちの負担は大きかったようで、「まともな監督が翔陽にいれば…」とか試合の後に言われてて、読者的には「いやそれは…うん…そうだね!」となるしかないのだが…。本当は翔陽のそういうバックストーリーも描こうとしたけど削ったのかな。

湘北vs海南。読み返すと原作屈指の熱いバトルなのだが、うろおぼえすぎてフレッシュな気持ちで楽しめた。こんな激闘がパスミスで終わるのも凄い結末だなと驚いたけど、いくら熱い闘いが繰り広げられようと、終わる時はあっさり終わるのが試合…というクールさがいい。この後もう1回くらい湘北が海南と闘うんだっけ?と思ってたけどそんなことはなかったぜ(うろおぼえすぎる)。

続く海南vs陵南の試合も熱かった。素朴な疑問だが、こういうどっちが勝つかわからない強敵vs強敵の闘い、今はむしろマンガ的な王道の熱い展開って感じだけど(ジョジョ5部のボスvsリゾットとかも)、連載当時はかなり珍しい展開だったんだろうか、そうでもなかったんだろうか。

海南vs陵南、「それでも仙道なら…仙道ならきっとなんとかしてくれる…!!」の死ぬほど有名な場面、本当にけっこうな大ピンチなので、仙道の頼れるっぷりが染みて、純粋にものすごく熱いシーンだった。「諦めたらそこで試合終了ですよ」とか「安西先生…バスケがしたいです」を筆頭に、全体的に『SLAM DUNK』はミームと化しているような有名すぎるセリフや場面が連発するので、「有名なアレだ…」と思わずに純朴な心で読み進めるのが(ジョジョ級に)難しいのだが、でもそういう場面はやはりミームと化すだけあってしみじみ名シーンばかりだなとも思う。ミームと言えば安西先生の「まるで成長していない…!」はもっとギャグ文脈なのかとうろ覚えってたけど全然そんなことなく、むしろ(その後の展開とかを考えても)スラダンで一番キツいシーンとさえ言える…。成長を焦るあまり逆に成長できなかった人の視点からもキツいが、教育者にとってもまさに悪夢だ。そりゃ安西先生も教育方針ガラ変するわ…と思ってしまう。

満を持しての湘北vs陵南もほぼ全てうろ覚えだったが、最後に木暮が決めるくだりは流石に名場面すぎてちゃんと覚えていた。…と思ったが最後の最後は花道が決めて勝利だったことは忘れていた。これだけの激闘を制するのがこの(湘北メンバーで最もかけ離れた)2人ってイイよな〜。むこうの監督の負けゼリフも真摯な教育者って感じでとてもイイ。

【終盤 山王ぶったおせ編】

 やっと山王戦なので、気合を入れる意味で一回お風呂に入ることにした(リマインド:読んでいる場所はスーパー銭湯)。体も温まり、いよいよ漫画で読み返す山王戦は当然のことながらめちゃくちゃ面白かった…。そして改めて『THE FIRST SLAM DUNK』は「映画」として成立させるために、本当に色々な点を大胆に変えたり、削ったり、調整したりしてきたんだなと実感した。映画初見では、原作がうろ覚えすぎて「ここは削った」「ここはそのまま」とかほぼ全然わからなかったのだが…。

 映画では削られていたものの、原作で特に好きだったくだりは、絶望的なまでの天才っぷりを発揮してきた沢北が、逆に桜木の「天才ド素人」っぷりに"恐怖"さえも感じ始める心の動き。沢北が、流川をも上回る完膚無きまでのガチ天才であるからこそ、桜木の(バスケ強者から見れば)全く意味不明な動きが理解できない、というジャンケンみたいな強弱の理屈が少年漫画バトルロジックとしても面白い。桜木を意識して動きがぎこちなくなってしまった沢北が、ふと視線をやった先にヌッ……と桜木が立っている場面なんてほとんどホラー漫画みたいな大ゴマの使い方で、彼の戦慄っぷりが伝わってきて笑ってしまった。ただこのシーンなども、実は漫画にしかできない時間や空間の切り取り方を駆使しているので、映画で削られていたのもしょうがないかなという感じはする。

あと原作では魚住とか清田とか「今まで闘ったアイツら」が再登場して檄を飛ばしたりしてくれる、少年漫画らしいアツイ場面も多いのだが、そういうファンサービス的な要素を映画ではバッサリ削ってるのも英断。クールすぎるといえばそうかもだが、ギリギリまで焦点を絞って映画としての切れ味を増そうとする作り手の気概を感じるし、こうした細かい工夫の結果、ガチ初見勢でも十全に楽しめる、これほど「開かれた」作品になったんだろうなと。

映画の初見でもわかった数少ない変更ポイントとして、ラストの花道の超名台詞「左手はそえるだけ…」を無音にしたくだりがある。これを「なんで言わないの?」と憤る原作ファンも多いかもしれないが、個人的には「な、なるほど…!」と思ったというか、本作の「原作ファンもガチ初見勢も楽しませる」という姿勢を象徴するような変更ポイントだなと。「左手はそえるだけ」って、たとえミュートになっていようが、スラダンを一度でも読破した人なら絶対に脳内で「聴こえてくる」セリフである一方で、原作を読んだことのない人にとっては(たとえセリフとして聞こえたとしても)その真の重み、真の感動が伝わってこないセリフでもあるんだよね。

さっきも書いたけど、欲望や体力の赴くままにめちゃくちゃな生活をしていて、持て余した力によって自分の人生をダメにしていたかもしれない奴らが、「スポーツ」という一種の秩序をそのエネルギーに与えることで、自分でも思ってもいなかったほど"高く跳べる"ようになる、という物語が『SLAM DUNK』の根本なのだと思う。無法図な力に一定の「秩序」を与えて飛躍させることがスポーツ(だけでなくアートでも学問でも漫画でもあらゆること)の可能性なのだとしたら、そのために最も大事なことは、やはり地道な練習と基礎なのである。

だからこそ、最初は「つまらない」と馬鹿にしていた「地道な練習と基礎」の大切さを花道が学んでいく…という、丁寧な積み重ねの描写を本作は欠かさない。それがあってこそ、花道や湘北メンバーの死闘が、ド派手な必殺技めいた「スラムダンク」ではなく、まさに"基礎中の基礎"である「左手はそえるだけ」のセリフと、地道に練習してきた「つまらない」シュートによって決着することが、真に深い感動を与えてくれるのだ。

…ただし、である。こうした積み重ねのストーリーは、あくまでも原作の主人公だった「花道の物語」であるとも言える。それこそ1本の映画では絶対に描ききれないことでもあり、本作はリョータ視点なこともあって、「花道の物語」を描くにしても時間的な限界があるし、初見の人にとっては感動も中途半端になってしまうだろう。だから「左手はそえるだけ」のセリフはいっそ無音にすることで、原作ファンには「脳内で再生してもらう」、初見の人には「何を言ったか想像してもらう」という凄い判断をしたわけだ。なんつー決断だよと驚愕してしまうが(自分が井上雄彦だったら絶対にそんな判断できる自信がない)、これほどの超有名タイトルであるからこそ可能な荒業といえる。

同じく名シーンである「大好きです 今度は嘘じゃないっす」がバッサリ削られたのも、「花道のストーリーを最初期から追ってないと感動が十分に伝わらない」セリフであるという点で、似たような理由じゃないかと思う。原作を読み返すと本当に良いシーンなので、よく思い切って削ったな!?とやはり震撼してしまうし、「さすがにこれは入れてよ!?」と戸惑ってor怒っている人の気持もわかるのだが…。

 

ここで冒頭で述べた本『THE FIRST SLAM DUNK re:SOURCE』に話を映すと、この本の非常に充実したインタビューでは、井上氏が「あくまで本作はリョータ視点の話なので、花道のつぶやく声は彼には聞こえないから…」的な話をしていたりもした。上で書いたような理由もあるんじゃないかと思うが、リアリズムの飽くなき追求の現れでもあるということか…。

amzn.to

それにしてもこの『THE FIRST SLAM DUNK re:SOURCE』を読むとよくわかるのだが、井上雄彦氏の(監督なら当たり前とも言えるけど)映画への関わり方がマジで生半可じゃなくて、ちょっともう戦慄するしかない。モーションキャプチャーを元にアニメーターが起こしたリアルなCGに、さらに凄い精度で漫画家ならではの訂正や修正を入れて、自身の考える理想の絵と動きを限界まで追求していく…というプロセスが詳しく語られている。井上氏にとっても、共に作業するアニメーターにとっても、その道のりの果てしなさを考えると気が遠くなってしまう。「絶対に良いものができる」という確信がなければ不可能だったんじゃないだろうか…(できたから良いが…)。

漫画のアニメ化といえば、今の日本の映画界/アニメ界でも中心的コンテンツと言えるわけだが、「アニメはできる限りオリジナルの漫画を"尊重"して、原作通りに作ろうね」という姿勢が主流といえる。そんな中、原作者である井上雄彦氏がガッツリ関わった『THE FIRST SLAM DUNK』がむしろ近年で最も、原作を大胆に「変える」ことを恐れないアニメになってることは凄く面白いと思う。

スラダン原作を読み返してつくづく思うのは、やっぱり漫画とアニメって全く違うエンタメ形式であって、時間の経過や思考の表現を表すにしろ、たとえば小さなコマの使い方ひとつでも、本来は完全に別の手法が要求される。(実際、その両者の深すぎる溝にずっと井上氏自身も煩悶してきたことが『THE FIRST SLAM DUNK re:SOURCE』には赤裸々に書いてあった。)

たとえば『鬼滅』にしろ『ジョジョ』にしろ、極力「原作通り」を目指す志向をみせる昨今のアニメって、要はコアな原作ファン(私とか)が怒らないようにする「安全な」作りでもあるんだと思う。ただ、そこにどうにも違和感を抱くこともある。今でいえばジョジョ6部のアニメがやってて、全然ふつうに良い出来だし楽しく見てるんだけど、原作漫画の大ファンからすると、漫画の絵を(上手く再構成&微調整してるとはいえ)ほぼそのまま再現したアニメを見ながら「これってよく考えると何なんだろう…?」と思うこともあって。

ジョジョは本来あくまで「漫画」であり、紙の上で二次元の絵と文字の組み合わせによって物語を語るという「縛り」ありきの表現のために最適化された作品なわけで。その結果として異様なポージングとか奇妙な擬音とか凄い構図とかも生まれていると思うんだけど、たとえば荒木飛呂彦先生が本当にアニメーションの手法でジョジョの物語を語ろうと思ったら、また全然違うスタイルになるはずじゃん? 少なくとも現行のアニメみたいな「漫画をそのままアニメにしたよ」的な作りにはならないわけじゃん?…という気持ちが頭の片隅にある。これはジョジョに限った話ではなく、漫画のアニメ化全体に思うことなのだが…。

いやいや、アニメを作ってるのが原作者じゃなく第三者な以上、そこはオリジナリティとか出せなくたって仕方ないだろ!というのは本当にその通りだし、原作ファン(私含む)への忖度もある以上、実際には難しいよなと思う。それでも、というかだからこそ、原作者が超ガッツリ関わった『THE FIRST SLAM DUNK』がその辺のしがらみをブッちぎって原作を大胆に変更&再構成して、革新的な傑作へと飛躍させてくれたことは、本当に痛快だし、凄く示唆に富んでもいるし、漫画好き&アニメ好きとしても両者の関係について改めて考えさせられたのだった…。

まぁそんな『THE FIRST SLAM DUNK』にしたって、「原作者が思いっきり関わってる」という大前提がなかったら(たとえ改変がどんなに効果的でも)絶対にもっと非難轟々だったろうし、その意味で今回は本当に唯一無二の挑戦であって、再現性があるか怪しいとも言えるんだけど。でもだからこそ、『SLAM DUNK』が日本の漫画の歴史に刻まれたように、『THE FIRST SLAM DUNK』もまた確実に日本のアニメ/映画にとっての超重要作として語られていくだろうと確信するのだった。

 

最後は結局原作よりも映画の話になっちゃいましたが、いったん終わり。『THE FIRST SLAM DUNK』未見の人、スラダン原作まったく知らなくても本当もうすぐ観に行っちゃったほうがいいと思う!!おしまい。