沼の見える街

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このキャラデザが凄い2022。アニメ『万聖街』感想&レビュー

中国アニメ映画『羅小黒戦記』を初めて観たときの感想は、「こりゃ日本アニメも油断してると中国に追い抜かれちゃうな(笑)」とかではなく、「うわあああ〜〜〜マジか……」という畏怖と衝撃であった。

シンプルかつ美しい2Dアニメーションで描かれる、桁外れに素晴らしいアクション。親しみやすく可愛らしい、しかし洗練されたデザインのキャラクター。環境破壊や追いやられる少数者の問題など、往年のジブリを思わせる普遍的かつ現代的なテーマ性。『羅小黒戦記』は、かつて日本アニメが得意としていたはずの領域を、洗練された形で今に昇華させた、懐かしいと同時にいまだかつてない、紛うことなき傑作アニメ映画だった。

あれから3年が経った。(当初は在日中国人の方向けだったらしい)極小規模公開から始まった『羅小黒戦記』は、その圧倒的な出来栄えから日本でも口コミが広がり、上映館もじわじわ拡大され、着実に知名度とファンダムを広げ、ついに日本語吹き替え版(https://amzn.to/3GgxDcp)が制作され、あげくのはてに映画を分割したTV番組(https://amzn.to/3YHbRWn)として今年2022に地上波放送までされた(なにその『無限列車編』みたいな待遇…)。国産アニメが幅を利かせる日本においては、中国アニメどころか海外アニメという括りでも、異例の大成功と言えるだろう。

商業的な成功だけではない。『羅小黒戦記』が日本アニメのファン、そして作り手に与えた衝撃は、静かながらも大きかった。様々なリアクションの中で最も鮮烈だったのが、伝説的なアニメーター井上俊之氏がポッドキャストで語ったインタビューだ。1時間くらいあるが、ぜひフルで聴いてみてほしい。

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井上氏が超一流のアニメーターだからこそ感じ取れる、『羅小黒戦記』の技術面の桁外れな高度さが精緻に語られ聴きごたえがある。だがそれ以上に強烈なのは、翻って日本アニメの現状に井上氏が抱いている危機感が、とても率直に表明されていることだ。「はっきり言って、負けてますね」「日本が影響を与えた〜なんて喜んでられる状態はとっくに終わってる。これからは彼らの背中を追っていくことになるかもしれない」といった(アニメ界の第一人者だからこその)シビアな意見は、アニメ素人としては震えて聞くしかなかった…。中国アニメ版「黒船」と言っても過言ではないほどのインパクトを、『羅小黒戦記』が日本のアニメ界にもたらしたことは確実だ。

 

前置きが長くなってしまったが、2022年も終盤の今、『羅小黒戦記』を制作した「寒木春華スタジオ」の新作が日本で放送された。アニメ『万聖街』である。

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『万聖街』はweb漫画『1031万聖街』のアニメ化作品で、正確には寒木春華スタジオと『非人哉』の非人哉工作室のタッグ製作となる。中国では2020年4月からweb配信され、すでに何億回も再生される大人気を誇る。このたび日本にもようやく上陸し、『羅小黒戦記』のテレビ放映に続く形で、『万聖街』日本語吹き替え版が2022年11月より放映されたというわけだ。すでに全話(1話〜6話)放送されており、AmazonプライムとかU-NEXTとか色んなサブスクで見られる。

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『万聖街』は、悪魔・天使・吸血鬼・狼男などなど、「人にあらざる」超常存在たちの楽しいルームシェア生活を描いた日常コメディだ。日本の人気作でいうと『聖☆おにいさん』が近いノリと設定かと思う。同スタジオの『羅小黒戦記』が超絶アクションをバリバリ展開する王道エンタメだったことに比べると、軽めのコメディである『万聖街』には「ほんわかして楽しいね」くらいの感想をもつ人も多いかもしれない。

だが……私が『万聖街』を観た感想は、「うわあああ〜〜〜マジか……」であった。『羅小黒戦記』の畏怖と衝撃、再びである。『万聖街』は『羅小黒戦記』とは明らかに異なる方向性の作品なのだが、似た種類の「凄み」に圧倒されてしまったのだ。その「凄み」を一言で言うなら…とにかく「絵が上手い」。

『万聖街』は『羅小黒戦記』同様、派手なエフェクトをほぼ使わず、シンプルな線と色使いで構成されたアニメーションだ。しかしだからこそ、かえって描き手の桁違いに優れた"地の作画力"がまんま出ている…という身も蓋もない凄みがある。

アクションの割合は比較的少なく、日常コメディだけあって日常的な場面が多いのだが、キャラクターの細やかな動きやさりげない感情表現も本当に上手い。キャラが部屋でダラダラしてるような日常シーンのレイアウトなどもバチバチに決まり倒している。作劇のテンポが非常に良いこともあり、観ていて本当に気持ちいい作品だ。

寒木春華スタジオ作品らしく、『万聖街』は要所で挟まれるアクションも見事な出来栄えで、とりわけアクションが派手な日本語版4話ではサブタイトルが急に「制作費ぜんぶこの回に使い果たしました」とかになるギャグがあって笑うのだが、オタク的には「いやいや日常的な作画も全然めちゃくちゃ絵がうますぎるんだが…」と慄きながら見ているので反応に困る。広義のアクションと言える、日本語版6話のバレエ「白鳥の湖」シーンも目が覚めるような美しさだ。

そして『万聖街』の「絵の上手さ」を語る上で、忘れてはいけない要素がある。アニメを見て以降、その面白さに何度も感想をつぶやいてしまったわけだが、頻繁にあるワードが登場することにお気づきだろう。

そう、「キャラデザ」である。「こいつキャラデザの話しかしてねーな」と思われかねない。もちろん『万聖街』の魅力はそれだけではないのだが、つい口を開けばキャラデザキャラデザうるさいキャラデザ星人になってしまうほど、『万聖街』のキャラデザは素晴らしい。単にビジュアル的な意味を超えて、広く「キャラクター造形」が本作の魅力にとって大きな鍵であることは確かだろう。前置きが長くなったが、今回は『万聖街』のキャラクター造形の素晴らしさを重点的に深堀りしてみたい。

 

最初に、主な登場人物一覧を見てみよう。(画像は公式サイトhttps://banseigai.com/の「キャラクター」から引用。)

いや〜〜〜素晴らしい(感嘆)。爆速で感嘆してしまったが、こんな顔だけの集合図でも『万聖街』のキャラデザの秀逸さは分かる人には分かると思う。まぁデザインの好みは人それぞれとはいえ、こうして登場キャラの顔ぶれをパッと見るだけでも、かなり「多種多様」であることには同意してもらえるだろう。いずれのキャラも天使や吸血鬼や妖怪など「人外」モチーフの特徴をさりげなく活かしつつ、髪型・目鼻耳など顔のパーツ・骨格・肌や髪の色、アクセサリーなど、各キャラの個性が小さなアイコンでも際立つほど巧みに描き分けられている。

それでいて(ツノとか包帯はあるけど)デザインの基調はかなり現実に寄せていて、いかにもアニメ的な奇抜さを避けていることにも注目したい。髪だけ見ても、ピンク・水色・紫とか、日本アニメにありがちな派手な色は全く使っていないし、アニメでしか見ないような突飛な髪型のキャラもいない。みんな天使とか悪魔とかゾンビとか奇抜な設定であることを考えると、この抑制っぷりはかなり上品で理性的に感じる。それでいてこれほど多彩に感じられるのだから、これはもう純粋にデザインのレベルが高いということだ。やはり「絵が上手い」の一言に尽きる。

 

先述したが一応言っておくと、アニメ『万聖街』はweb漫画『1031万聖街』のアニメ化なので、キャラクターデザインの根本的なアイディアは原作漫画によるものだ。よってキャラ造形への称賛はアニメ制作陣だけでなく、原作者さんにも同時に贈られるべきものなのは言うまでもない。なお原作の絵柄はこんな感じ↓。こちらも個性的で素敵ね。

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…とはいえ、アニメ化するにあたって、かなり大胆にキャラクターデザインが再構成されているのも確かだ。その手腕の凄さを考えるためにも、個別に各キャラを見ていこう。ご丁寧にも公式がキャラPVを作ってくれているので活用していく。

 

ニール

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とにかくカワイイ。ここまで直球のカワイさに全振りした男性キャラクターの主人公は、アニメ広しといえど何気に珍しいのではないだろうか。

悪魔を象徴する動物・ヤギをモチーフにした造形は、可愛らしくもスタイリッシュで完成度が高く、魔王モードになった時には頭のツノが映える。私服も普通の若者っぽい範囲で程よくオシャレだ。キャラデザの良さにも通じる美意識だろうが、本作は何気にファッションデザインも抜群である。

優しすぎるほど優しいニールの性格も素敵だ。原作者さんは「少女の心をもつ男の子」としてニールを創造したそうだが、トキシックなところが全くない心優しい男性キャラという観点からも、かなり現代的な魅力のある主人公造形ではないだろうか(だからこそ魔王モードとのギャップも激しいわけだが…)。

ちなみに最近の他作品のキャラクターで強く連想したのは、ゲーム『UNDERTALE』の続編『DELTARUNE』のラルセイである。ラルセイもとにかく(どうかと思うくらい)心優しい男の子で、ヤギっぽい風貌をしていて、実は闇の世界の重要人物であるなど、ニールとの共通点が妙に多く、なかなか興味深いシンクロニシティだ。ちなみにラルセイも近年のフィクションで屈指の好きなキャラなので、我ながら男の好み(?)がわかりやすい…。

ところでニールは設定上は男の子ではあるが、そもそも悪魔にとっては性別など大した問題ではないようで、好きな時に女の子に変身することもできる。(一瞬だがリリィとの百合が成立しており、幻覚を見ているのかと思った。)こうしたジェンダー境界を撹乱していくスタイルも『万聖街』のキャラクターの大きな魅力だ。

 

アイラ

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個人的に最も秀逸だと思うキャラデザ・その1。アイラは由緒正しい吸血鬼一族の末裔だが、実家(バンパイア城?)を出て立派なオタクとして生きると決意し、真夜中にゲーム動画を配信している。

気のいい兄ちゃんポジションの、ニールとは違う意味で現代っぽいキャラだ。昼夜逆転生活をしている今どきの若者の風貌に、赤い目や牙、尖った耳などの吸血鬼モチーフがうまく散りばめられている。「吸血鬼なのにダラけた兄ちゃん」というキャラ設定/ストーリーとしての意外性を、ビジュアル的に巧みに表現しているという意味で、キャラ造形の完成度としては『万聖街』トップクラスではないだろうか。

個性派揃いの『万聖街』の中では、アイラは最も「普通の若者」として共感しやすいキャラであり、良い意味で人間らしい。彼に限らないが、中国の普通の人々の日常生活を覗き見られるという意味でも、『万聖街』は日本のアニメファンに貴重な機会を与えてくれる。

 

リン

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個人的に最も秀逸だと思うキャラデザ・その2。リンはニールたちの住む1031号室の大家で、生真面目できれい好きな天使だ。普段は中国語・英語の先生をしている。

人間部分(?)はいかにも現実にいそうな、絵に描いたような「堅物」っぽい外見だが、背中のゴージャスな天使の羽と合わさって、目を引く意外性を獲得している。アイラと同じく設定上のギャップを体現した造形であり、キャラをひとめ見た時点で物語の面白さやコンセプトまでうっすら伝わってくるという意味でも、100点と言っていいキャラクターデザインだろう。

髪型は現実にはよくいる感じの坊主に近いベリーショートだが、意外とこの髪型のアニメの主要キャラって珍しい気もする。リンはイケメンかつカワイイ魅力的な男性キャラではあるのだが、そうしたカッコよさ/カワイさの幅を押し広げるような新規性も強いという意味で、『万聖街』を象徴するような造形だ。私服に関しても堅物らしさがよく出ていて、他のキャラに比べて若干モッサリしているのが、それが逆に本作のファッションデザインの的確さを物語っている。

 

リリィ

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リリィは明るく元気で力持ちな天使。リンの妹だが性格は正反対だ。ニールに恋心を寄せられるだけのことはあり、非常にかわいらしい女の子のキャラクターだが、キャラデザの観点からも何気にかなり興味深い。

リリィの外見は『赤毛のアン』や『長くつ下のピッピ』的なクラシックな児童文学/アニメを想起させる雰囲気が色濃い。原作漫画の絵柄ではより強調されている、兎口っぽい口元と目立つ前歯というチャームポイントもきっちり残しながら、さらにポップな可愛さに仕上げる工夫も冴えている。気分がずっとポジティブ方面で高止まりしていることもあり、あまり変化しない目の感じも、天使ならではのちょっぴり不気味な底知れなさを感じさせて良い。こうした細かい調整の結果、紛れもない「美少女」でありながら、いかにもなアニメ美少女っぽい陳腐さが巧みに回避され、ちょっと日本アニメで見たことがないバランスの「女の子」造形になっている。

リリィの造形や描かれ方を見ていても思うが、『羅小黒戦記』『万聖街』ともに、ジェンダー的なストレスの圧倒的な低さ、特に女性描写のフェアさは印象深い。まぁ両作とも、そもそも女性キャラの割合がかなり低いのと、『万聖街』の視聴者はどちらかといえば女性が多いのかな?という要因もあるだろうが、それにしても見やすい。女性キャラへの消費っぽい視線が限りなくゼロに近く、ジェンダーバイアス的なネタもほぼ皆無なのは(近いタイプの日本アニメと比べても)それだけで新鮮で、風通しが良く感じる。

こうした姿勢は、作り手のいわゆるポリティカル・コレクトネス的な意識の高さや、海外マーケットを意識した配慮なども影響しているのかもしれないが、そもそも中国マーケットという時点で視聴者の数は膨大かつ多様なわけで、時代の流れや人々の意識の変化への迅速な対応が必然的に求められるということなのかもしれない。

 

ダーマオ

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マッチョで不運な狼人間・ダーマオは、特にお気に入りのキャラの1人だ。オオカミのしっぽを思わせる前髪に鋭い目つきと、狼男モチーフの記号をマッチョガイの顔と体躯にうまく取り入れた造形になっている。『羅小黒戦記』から続く、寒木春華スタジオのケモ描写の上手さは、本作ではダーマオのケモ形態(人狼モードも妖怪っぽくてカッコいい)によって発揮されている。

ところで先ほど「『万聖街』にはセクシャルな要素がなくて見やすい」と書いたばかりだが、実際にはある。ただしお色気担当はマッチョな男であり、その筆頭がダーマオだ。その鍛え上げた肉体を視聴者に見せつけるためか、妙に脱いだり脱がされたりするシーンが多く、本作の肌色成分を増やす役割を果たしている。

こんなマッチョな見た目なのに職業がデザイナーで、社会人あるあるな苦労をしている様子も身につまされる。本作の登場人物は超常存在なのに皆なんらかの職業があるのが面白いのだが、ダーマオの仕事は制作陣とジャンルが近いこともあってか、妙に実感が込められているような…(料金表のくだりとか)。

『万聖街』は個々のキャラデザだけでなくキャラ同士の関係性も魅力で、ニール/リリィ(かわいい)とかダーマオ/アイラ(たのしい)とかニック/リン(やばい。後述)あたりがshipとして人気のようだが、個人的にはダーマオとニールの関係がかなり好きである。マッチョで粗暴な狼男であるダーマオが、ニールの真摯な優しさに触れて心を開き、大切な存在として互いに友情を育んでいくプロセスが少しずつ描かれていく(6話のラーメンの場面も地味に良い)。『万聖街』には男性キャラクター同士が、ときに衝突しながらもお互いをケアしあい、優しくいたわりあう場面が何気に多い。これは昨今の海外映画/ドラマのテーマ性のトレンドとも通じていて、意識したかはともかく『万聖街』の現代的な側面として輝きを放っている。

余談だが、ダーマオが仲良くなる、広場でダンスや太極拳に興じる中高年の人たちの作画が地味に良くて、こういう「そのへんの普通の人」をちゃんとした解像度で描くところも『万聖街』の良さである。『羅小黒戦記』映画版の第2幕における街の人々の生活描写の見事さを思い出したし、モブ的なキャラクターを単なる「書き割り」として処理しないあたりに寒木春華スタジオの美学を感じる。

 

ニック

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ニールの兄にして、おしゃれチャライケ男な悪魔、それがニックである。キャラデザももちろん良いが、内面も含めた広義のキャラ造形という意味では、本作で最もおいしいキャラクターと言える。いかにも悪魔って感じの悪役めいた登場のわりに、なんだかんだ面倒見が良かったり、意外と繊細な側面を見せていった結果、今のところ最も心理描写や過去が丁寧に掘り下げられたキャラになっているのは皮肉だ。なおニックもやたら脱ぐシーンが多く、ダーマオに続く本作のお色気担当その2である。『万聖街』ではガタイが良くないとセクシー担当になれない。

ちなみに天使のリン先生との絡みが多く、正反対の外見や性格が絵になることもあり、ニック/リン(尼林)は中国アニメ全体でも屈指の人気shipらしい。…でしょうね!

ニックがリンのお見合いを邪魔(?)しようとしたり、プールやテニスのエピソードでもなんだかんだ組まされてワチャワチャやったりと、明らかにカップリングを意識させる形で描かれており、ほぼ公式カプと言っていいだろう…。

↓公式のクリスマスイラストでも意味深に近い2人。

なおニックも弟のニール同様、好きな時に女性に変身できる。ニックがセクシー美女になるシーンでは、リン/ニックの関係に、BL的であると同時に異性愛カプでもあるという独特の緊張感が生まれてかなりヤバい。リリィがセクシャルな視線から徹底的に守られている上、後述する新キャラ「もも」もああいう感じなので、チャライケ男のニックが本作ほぼ唯一のセクシー女性(?)という事態になっているのも、なんか屈折していて凄い。

 

アブー

エジプト出身のミイラ。アフリカ/中東系な褐色の肌とミイラの包帯をうまく組み合わせたデザインで、突飛な見た目ながらも『万聖街』の国際色豊かな風通しの良さを高めており、素敵なキャラ造形だ。ただいかんせん「存在感が薄い」という設定もありセリフがほぼ皆無、周囲との絡みも極めて少ないため、寡黙で心優しいナイスガイであること以外は謎に包まれている。今後の活躍(するのかな)を楽しみにしたい。

 

イワン

リリィの友達の輝くイケメン天使。ニールの恋のライバルポジション的に登場するが、普通にイイやつなのが好ましいなと思った。こういうポジの人がイイやつなのって作品の大人度を感じさせるよね。

ただ彼の描写に関しては少し気になる部分もある。ニールにこっそり手紙を渡して好意を伝えるくだりからも、イワンはヘテロセクシュアルではない、おそらくゲイなのかな?と思わせる描かれ方になっている。だが、それがニール&魔王の「ええ〜(汗」という戸惑いでギャグっぽく処理されてしまうのは正直やや古くさいし、なぜかそのイベントを経た後もニール&魔王がイワンを(リリィに近づく)恋のライバルとして認識していて、展開として不自然になってしまっている。

極めてノイズが少ない『万聖街』にしては、イワンまわりは妙にチグハグな瑕疵が目立つので、少数派を描きたいという作り手の意識はあっても、(中国だから規制が云々とかすぐに言い出すのもどうかと思うが)やはり中国社会でLGBTQ+のキャラを正面から描くのはまだ難しいということか…?などと邪推してしまうほどだ。…ただまぁ性的マイノリティの存在を(消費/ネタ文脈でなく)正面からしっかり描いた主流エンタメ作品が、じゃあ日本にどんだけあるんだよって話なので、この辺の"古さ"はアジア圏エンタメ全体の課題とも言えそうだ。

ちょっと気になったとはいえ、イワン自身は好ましいキャラクターだし、彼の背景やセクシャリティ含め、今後の展開でさらに掘り下げられるのを待ちたい。細かいところでは「白鳥の湖」を踊る魔王ニールに(女性観客やイワンだけでなく)モブおじさんもウットリしていたりと、ホモフォビア的な風潮に与しない姿勢も感じられるので、『万聖街』にはこうした面での飛躍にも期待してしまう。ニック/リンという超人気BLカプも抱えてるわけだしね…

 

もも

桜の国…というか日本出身の「猫又」のネコ女性で、酒癖がめちゃ悪い。日本語版5話から登場した新キャラだが、「また超いいキャラデザが増えてしまった…手加減してくれ…」と思うほどバチ好みデザインであった。いい年した大人の女性キャラとしての造形がかなり良く、沢城みゆきさんの声の演技も実にナチュラルで最高である。

回想ではギャグっぽく流されていたが、「そもそも向いてなかった上に、スキャンダルで転落した元アイドル」というキャラ背景はかなり切実で興味深い。日本のアイドル業界の過酷さは中国でも有名なんだろうか…とか思ったりしたが、(売れない俳優であるゾンビのルイスくんも含め)はぐれ者やノケ者が寄り集まって生きる『万聖街』の優しいあり方を象徴するキャラでもある。

ちなみに同じ猫モチーフのスレンダーな女性キャラとして『ダンジョン飯』のイヅツミを連想した。肌(?)の露出自体は多い割に、セクシャルな雰囲気が削ぎ落とされているというのも、けっこう共通したキャラ造形思想だな…とか興味深く思ったり。

 

"anime"とカートゥーンの中間地点としての『万聖街』

…というわけで『万聖街』のキャラデザを褒め称えてきたが、翻って考えてしまうのは、日本アニメでこれほど多彩なキャラクター造形を自然に出せている作品がどれほどあるだろう…ということだ。

「日本のアニメキャラ、髪の色や目の形がちょっと違うだけでみんな同じじゃね」という揶揄もよく聞くが、実際そうした側面は否めない。カワイイ系/萌え系のみならず、メジャーどころの作品でも正直「また似たような制服女子か…」とは感じがちだ。女の子よりは幅が増すとはいえ、イケメン的な男性キャラも似通いがちな問題もある。(今年は『犬王』とかあったし)例外も当然あるが、全体としては現状の日本アニメのキャラデザは、かなり幅が狭くなってしまっていると感じる。

私も『魔法少女まどか☆マギカ』とか大好きなので、アニメ興味ない人に「みんな顔同じじゃねーか」とか言われたら「同じじゃないもん…ほむらとマミさんと杏子の顔とか微妙に違うもん…」とか苦しい反論をするかもしれない。「アニメなんてしょせん記号の集まりなわけで、髪型や色や服が違えば最低限の見分けはつくし、顔が同じだって別にいいだろ!」という考え方もそれはそれで一理ある。だが結局、そういう(アニメ好き以外にとっては)微小で内向きな差異に、アニメの作り手もファンもなまじ「違い」や「個性」を見出し続けてきてしまった結果、キャラ造形の縮小再生産に繋がっているのではないか…と、『万聖街』の風通しの良い多彩さを見ると改めて考えてしまう。

そんな『万聖街』の造形に秘訣はあるのだろうか…と考える上で、ひとつヒントになるかもしれないのが「カートゥーン」である。『万聖街』や『羅小黒戦記』を観ている時の楽しさ・心地よさは、日本のアニメよりもむしろ、海外の第一線の全年齢向けカートゥーンを見る喜びに近いなと感じるのだ。たとえば大傑作アニメ『スティーブン・ユニバース』のような…。

『万聖街』のキャラデザも多様ではあるが、体型・肌の色・顔の作り・エスニシティ・セクシュアリティ・身体障害の有無などなど、主要キャラが超常的な宝石=ジェムという特殊な設定も活かした『スティーブン・ユニバース』のキャラ造形は、まさに桁外れの多様さを誇る。子ども向けアニメという重要なジャンルで、自身もマイノリティ性をもつ天才レベッカ・シュガーを中心に、社会的な意識と志の極めて高いクリエイターが手掛けた結晶のような名作だ。(早く普通にぜんぶ日本で見られるようになってほしい…。)ドリームワークスの『シーラとプリンセス戦士』なども、この潮流に位置するカートゥーン作品だろう。

そうしたカートゥーンの多様性への挑戦に感化されるかのように、近年ではピクサーの『私ときどきレッサーパンダ』などメジャー大作からも、旧来的な「カワイさ/カッコよさ」の枠を逸脱・破壊していくような大胆なキャラデザのアニメが続々登場しており、新時代の「多様さ」を目指す姿勢は眩しく映る。

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あくまで私見だが、『羅小黒戦記』などの寒木春華スタジオの作品、特に今回の『万聖街』は、こうした海外カートゥーンの流れを強く汲んでいるように感じられる。実は井上俊之氏も先述のインタビューで、『羅小黒戦記』が日本アニメよりも海外カートゥーンから影響を受けている可能性について少し言及していた。(実際のところどうなのか、制作陣に聴いてみたいところだ。)

基本的には『万聖街』は、従来の日本的2Dアニメ(英語でも"anime"と呼ばれて親しまれる)的な「カワイイ/カッコいい」キャラ造形の文法を踏襲した作品であり、その意味では日本の大多数のアニメと変わらないはずだ。しかしだからこそ逆に、"anime"のカワイさ/カッコよさと、カートゥーンの現代的な先進性・包括性という、両者の美点をうまく融合したような手腕が際立つ。"anime"とカートゥーンの中間地点として、『万聖街』を見ることもできるかもしれない。

こうしたジャンル横断的な中国アニメの面白さは、『羅小黒戦記』や『万聖街』に限ったことではない。こちらのインタビュー記事でも存分に語ったように、『時光代理人』にもアニメの新しい可能性を感じた。本作のストーリーの転がし方、現代社会のあり方への批評的な視点などは、日本アニメよりも、むしろ海外ドラマなどを強く参照しているのではないか…と思わされたのだ。

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中国アニメといえば映画『雄獅少年 少年とそらに舞う獅子』も今年ベスト級に大好きな映画だが、こちらも「若者の夢を阻む現実社会の重み」を避けずに描くシーンが非常に鮮烈だった。これは、実写映画のリアリズムを見事にCGアニメに組み込んだ好例と言えるだろう。

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『万聖街』も含め、いずれも違う方向性の中国アニメなのでひとくくりにはできないが、その全てに共通するのは、カートゥーン・ドラマ・実写映画など、他国/他ジャンルの創作物の美点を貪欲に取り込んでいるように見えることだ。それは同じく中国アニメの共通点である、「現実」への眼差しの鋭さと、諸問題を様々な形でフィクションに反映する手腕にも繋がっていく。

複雑な現実社会のあり方と、そこで生きる多様な人々を、フィクションの中にどのように織り込んでいくか…。これは今や全世界の創作者にとっての至上命題となっているが、その意味で中国アニメは特に「熱い」地点にいると感じる。『万聖街』の多彩なキャラクターもまた、複雑化・多様化していく社会や人のあり方を、才能あるクリエイターたちが鋭敏に創作物へ映し出した成果なのではないだろうか。

そんな中国アニメのハイレベルっぷりを目の当たりにすると、先述した井上俊之氏の語る切実な危機感も確かによくわかる。だが一方で、そうした変化の波は、着実に日本にも訪れているとも感じる。アニメやゲームなどを見ても、例えば『機動戦士ガンダム 水星の魔女』のキャラ造形の多彩さ、『ポケットモンスター スカーレット/バイオレット』のジェンダーレスな面白さなど、確実に新しい潮流を感じさせる作品も増えてきた。

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今まさに日本アニメも変化の途上にあると思うからこそ、すぐ隣でそのビッグウェーブに乗りまくってる中国アニメを見逃すのはもったいないと言える。散々理屈っぽく語り倒してしまったが、基本的には『万聖街』は超絶見やすいコメディなので、中国アニメなんて全然知らね〜という人も気軽にチェックしてほしい。おしまい。…せめて1万字に収めようと頑張ったけど1万2千字を超えてしまった。これじゃ万聖街じゃなくて、1万2千聖街だよ〜〜〜(←オチ)

新シーズンの製作も(日本語版も!)決まってて楽しみ!

各種配信とかでぜひ観てね〜

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