沼の見える街

ぬまがさワタリのブログです。すてきな生きもの&映画とかカルチャー。

コップカー、モヒカン、スポットライト

  • 『ズートピア』の感想をうんうん言って書いている間に『アイアムアヒーロー』を観てしまい、さらに今月末にはいいかげん劇場版『響け!ユーフォニアム』を観ちゃいたいと思っているのですが、それ以前に3本くらい観た映画がたまっているんですよね…。明らかに書くスピードが観るスピードに追いついておらず、すごい消化不良感があります。…なのでやや変則的ですが、たまっていた『コップ・カー』『モヒカン故郷に帰る』『スポットライト 世紀のスクープ』の3本の感想を、エーイ!とばかりにまとめてサクッと書いちゃおうと思います。
  • まず『コップ・カー』。アメリカのど田舎でパトカーを盗んだ二人の少年が、悪徳警官のケビン・ベーコンに追い回されるというサイコスリラー。ケビン・ベーコンが「遊びは終わりだ、ガキども」とか言いながら殺す気満々で追っかけてくるというお話です。この時点で微妙な出落ち感が漂っている映画ですが、ところがどっこいというべきか、大変にスリリングで面白いだけでなく、少年の「成長」を実にエモーショナルに美しく描いた佳品でした。
  • 舞台も田舎だし登場人物も少ないし、サスペンスとしては非常に地味な部類に入る映画なんですが、それでも見せ方のうまさもあって終始ハラハラさせられっぱなしでしたね。タイトル通り「コップ・カー(パトカー)」が物語の中心なんですが、見渡すばかり草っ原というミニマルな舞台設定も一役買って、子どもの目から見た「大人の世界」を象徴するような重厚さがパトカーに与えられています。パトカーがもう一人の主役のような存在に見えてくるんですね。
  • 「大人になりたがってる」少年たちが、大人の世界の象徴である「パトカー」を盗んで乗り回し、ひとときの自由を謳歌する(草原をグルグル走り回るパトカーの絵面が素敵です)。しかし、そのパトカーを使ってあるシャレにならない「悪事」を働いていた「悪い大人」の筆頭であるベーコン警官が、少年たちを全力で追跡し始めたからさぁ大変。憧れていた「大人の自由さ」と同時に、「大人の邪悪さ/怖さ」を少年たちは思い知っていくことになります。
  • しかしそれでも、サスペンスに満ちた90分のラストには、少年は確かに「大人」へと一歩を踏み出すことになる。単なるベーコン頼りの出落ちスリラーではなく、少年たちの詩情にあふれた成長譚なのです。今年最大のダークホース枠というか、見逃すには惜しい逸品だと思いますので、サスペンス好きには絶対おすすめです。…まだ渋谷ではギリギリやってるそうなので、行ける方はぜひ!短いですが終わり!
  • 続いて『モヒカン故郷に帰る』。『南極料理人』『横道世之介』の沖田修一監督の最新作ですね。松田龍平の演じるデスメタル歌手のモヒカン男が、父親がガンになったことをきっかけに故郷の島に帰る…というしみじみしたコメディです。主人公の恋人役は前田敦子だし、お父さんは柄本明、他にももたいまさこ千葉雄大など、キャストが非常に豪華です。
  • ちなみに沖田監督作品で一番好きなのは『滝を見にいく』ですかね。おばちゃんの集団がハイキングに行って道に迷う、というだけの地味にもほどがある映画なんですが、すごく心に染みるものがあってとても良かったです。
  • さて今回の『モヒカン』、しみじみ面白かったですし、良質な映画だと思うので絶賛の声が多いのもわかるんですが、個人的には今ひとつ乗り切れなかったかな…という感じでした。役者さんは文句なしでしたし、お父さんと教え子たちが病院と学校の屋上越しに演奏をしたりとか、いいシーンもけっこうあったんですけどね。長すぎたのかなぁ…。90分くらいだったらもっと楽しめたかも。
  • いや、ホント良い映画だと思うんですが、なんだろう。私向けではないかなっていう…。たぶん沖田監督と私って微妙にギャグや感動のツボが違っていて、その微妙な差が『滝を見にいく』では良い方に出たけど、今回はちょっと「うーん」な方に転がったってことなのかなあ…。まぁでも「なんか笑えてしみじみできる邦画ないかな〜」って探してる人はベストチョイスだと思いますよ。興収的にはやや苦戦してるようですので、応援したってください(誰?)。
  • 最後に『スポットライト 世紀のスクープ』。マッドマックスやレヴェナントを差し置いて、まさかのアカデミー作品賞をかっさらっていった実話ベースの映画です。そんな評価の高さを裏切らない、地味ながらも面白くて真摯で、ドスンと強烈な後味を残す作品でした。一言で言えば「報道のあり方」をテーマにした作品なんですが、扱っているモチーフがとにかく鮮烈でヘビーなのです。
  • 本作は、カトリック教会の神父による子どもたちへの性的虐待について描いています。主役は「スポットライト」という新聞記者チームの人々で、彼らがこのおぞましい「事件」の全貌を明らかにしていくわけですね。舞台となるボストンでは当時、カトリック教会が凄まじい権力を握っていたので、こうしたスキャンダルはとても表に出せませんでした。しかし被害者たちと直に接した「スポットライト」チームは、なんとしてもこの事件を記事にしなければいけないという使命感に突き動かされます。
  • 街の上層部の圧力にも負けず、地味に愚直に「正義」を追求していく彼らの姿は本当にかっこよくて胸が熱くなるんですが、本作が真に偉大なのは、単純な「勧善懲悪」の物語からあえて距離を置いた点にあると思います。正義を求めるジャーナリストたちも、決して「正義の味方」としては描かれていない。
  • たとえばそもそもの発端となった神父による性的虐待事件も、外部から来た上司に指摘されるまでは、「スポットライト」が記事にするべき「事件」として認識すらされていなかったんですね。カトリック教会があまりにも生活に根ざしているため、そこに明らかに存在する「問題」を問題として自覚できなかった。
  • そのことが最も強烈に登場人物(と観客)に突きつけられるのが、終盤のとあるシーンです。名優マイケル・キートンが演じる正義漢の編集長が、悪い弁護士を追い詰めて、証拠を得ることに成功する。しかしそこで、その証拠に関する衝撃的な事実が明らかになります。「問題はすでに、自分たちの周りに明らかな形で存在していたのに、それに気づけなかった。それどころか…」という重すぎる真実が「スポットライト」の面々を襲うことになるのです。この場面の編集長の演技が地味ながら本当に素晴らしくて、この台詞を言わせるためにマイケル・キートンを起用したのでは、と思うほどでした。
  • また『アベンジャーズ』のハルクでおなじみのマーク・ラファロが、これまでのイメージとは打って変わった、ちょっと病的な雰囲気すらあるアクティブで熱心なジャーナリストを演じているのも良かったですね。『フォックス・キャッチャー』のラファロも絶妙でしたが、今回の熱血記者の役もすごくハマってました。
  • そして本作はなんといってもラストシーンが素晴らしい。ネタバレになっちゃいますが(まぁ実話なので問題ないとは思うけど)、この衝撃的な事件を記事にしたことで、編集部に各地から電話が殺到するんですね。今までは黙っていた(というより社会的な圧力によって黙らされていた)被害者たちの声が、「自分も神父に虐待を受けていた」と、次から次へと届くわけです。「スポットライト」チームも結局は不完全な人間であり、正義のヒーローなんかではなかった。それでも一本の記事が、ひとつの「権威」に決定的なヒビを入れたことが提示され、編集長の「(こちら)スポットライト」という受け答えで映画が終わる…。完璧な幕の閉じ方だと思いました。
  • さらにそれ以上にグッとくるのが、エンドロールの後半で流される、実在する被害者たちの名前のリストです。この映画そのものが、作中で記者たちが世に出した「記事」と対応しているわけですね。ジャーナリズムが正義を貫くことの困難さ、そして大切さを描き切った映画として、とても多層的な見方ができる作品ですし、アカデミー作品賞の称号にもうなずけるものがあります(まぁそれでも個人的にはマッドマックスに取って欲しかった気もしますが…)。まだまだ絶賛公開中だと思いますので、重厚な映画を観たい方はGWにでもチェックしてみてください。
  • ふー、なんとか3本ぶん書いた…。長い長い。とりあえず終わります。