ハロウィンといえばゾンビ!…というわけで、海の底でうごめく「ゾンビワーム」を図解しました。"骨を食べる鼻汁の花"を意味するヤバい名前と、死の残骸を生命の糧に生まれ変わらせるリビングデッドな能力の持ち主です。その奇妙な生活には、「雪ときどきクジラ」な深海の"お天気"が関わっていて…!?
おまけ
【テキスト】
<1>
人間をむさぼり食うゾンビは、ホラー界の人気者だ。だが時には…もっと小さい貪欲な「ゾンビ」にも光を当ててみよう。人呼んで…「ゾンビワーム」!
ゾンビワームのすむ世界は、光の届かない深海だ…。
赤い羽毛のような触手をもち、口も胃も肛門もなく、植物のようにも見えるがれっきとした動物だ。
正式名はosedax mucoflorisオセダックス・ムコフロリス。直訳すると「骨を食べる鼻汁の花」となる…。
2002年、水深3000mで見つかったコククジラの骨が、「赤い茂み」にびっしりと覆われていた…
その茂みを形作る「糸」の正体こそが、新発見となる生物ゾンビワームだった!
<2>
ゾンビワームが暮らす深海では、数千m上から雪のように落ちてくる有機物の残りカス「マリンスノー(海の雪)」が主な栄養源だ。恵まれた食生活とはいえないが…不毛の深海に、"棚からぼたもち"のごとく「天の恵み」が降ってくることがある。そう、クジラの死体だ。
ヌタウナギ、サメ、タコなど死肉を食べる動物たちが、死骸の匂いを嗅ぎつけてまっさきに集まってくる。数ヶ月たって、肉が減ってくると、カニやグソクムシやゴカイなど、海底の「清掃動物」がやってくる。数トンにもなる巨大なクジラの死骸は、何年にもわたる「饗宴」で肉を剥ぎ取られていく。やがて骨格だけになれば、ゾンビワームの出番だ!
<3>
“骨をむさぼり食う者”という学名通り、ゾンビワームは「根」のような部分から酸や消化酵素を分泌して骨を溶かし、その中にある栄養を吸収する。
サメからゾンビワームまで、クジラの死骸に集まる生物たちは「鯨骨生物群集」と呼ばれ、最後までクジラの体を無駄にせず活用するのだ。
ちなみにゾンビワームが食べるのはクジラだけだと考えられていたが…新発見されたゾンビワームの仲間は、ワニの骨も食べるとわかった。
さらに、1億年前(白亜紀)のプレシオサウルスの骨からも、ゾンビワームが開けたと思われる小さな穴が見つかったという…。
太古の昔から、大きな動物の亡骸は深海の生命を支えてきた。まるで深夜営業の飲食店のような海の底のオアシスは今日も「ゾンビたち」でにぎわっている。
<おまけ>
「ゾンビワーム」(オセダックス)にはひとつミステリーがあった。なぜか成体がメスしか見つからないのだ。ミステリーの答えは、実はシンプル。ゾンビワームの成体のオスは存在しないのだ。
性成熟するまで成長するのはメスだけで、オスはずっと幼生のままだ。メスは数十匹のオスを体のまわりに従えて、卵が受精するための精子を量産させる。1mm以下の極小のオスは、精子を作ることが存在意義の微小生物として、「大家」である大きなメスに尽くす。オスは何も食べることなく、短い生涯を生きるのだ…。
ただし、オスが肉眼で見えるほど大きく、メスに寄生せずに「独立」して生きる例外的なゾンビワームも発見された。苦労なき寄生生活から、わざわざ「独立」の生き方に「逆戻り」したという。深海の謎多きゾンビたちは、繁殖行動も謎だらけだ。
<参考文献>
前回に引き続き「鯨骨生物群集」についてはこちら参照。
今回紹介したゾンビワームに関する記事。ひとくちにゾンビワームといっても色々な種類がいるようですが。
「おまけ」としてゾンビワームの興味深い生殖の話も紹介してみたのですが、拙著『図解なんかへんな生きもの』の監修をつとめてくださった中田先生の最新刊『もえる!いきもののりくつ』を読んでいたらちょうどゾンビワーム(ホネクイハナムシ)の話が出ていたので、おまけの参考にしてみました。動物の面白いエピソードや生態が色々のってて面白い本なのでオススメ!
極小のゾンビワームのオスに関するweb論文。