- 映画『フレンチアルプスで起きたこと』(原題:Turist/Force Majeure)観ました。ヒューマントラストシネマ有楽町、1000円。
- 結論から言うと、たいへん面白かったです!娯楽映画とは言い難いですし(ある意味楽しいけど)、都内の公開もわずか1〜2館というガチの単館上映作品であるため、あんまり気軽に「見てね!」といえる感じでもないですが…。私はめちゃくちゃ好きですね〜。ずっとにこにこしながら観ていました。特に『ゴーン・ガール』や『おとなのけんか』が好きな方は是非。理由は後述。
- 本作はスウェーデンの映画です。監督はリューベン・オストルンドさん。スウェーデン映画とかあんまり馴染みないな〜…と思ったけど『ぼくのエリ 200歳の少女』とか『マイライフ・アズ・ア・ドッグ』とか、けっこう名作があるな…。どちらもロリ美少女のえろいシーンがある点で共通してますね(偏見を生む発言)。マッツ・ミケルセンとかの活躍もあり(デンマーク人だけど)、なんにせよ北欧映画、最近けっこう注目が高まってきてる気がします。そんな中で本作『フレンチ〜』はカンヌで賞を取ったりもしたので、めでたく日本公開の運びになったんでしょうな。
- 本作のあらすじをざっと言うと、スウェーデン人の裕福で幸せそうな家族がフレンチアルプスに休暇でスキーに行くんですが、そこでとある「おそろしい出来事」が起こりまして…。結果的には助かったものの、そのときに夫がとった行動が、妻と子供達をガッカリさせてしまうんですね。その時から順風満帆だった家族の歯車が徐々に狂い始めていき…!?というお話です。
- 雪山のホテルで繰り広げられるサスペンスといえば『シャイニング』とかを連想しますが、本作はあそこまでドラマチックではありません。というかその「出来事」を除けば、ほぼ何も起こりません。本作の主人公である夫のトマスは、例の痛恨の「失敗」のせいで皆から白い目で見られることになりますが、妻エバも夫を面と向かって責めたりはしません。トマスもトチ狂って家族を斧で皆殺しにしたりはしません(普通はしない)。その「失敗」のあとも、表面的には二人とも落ち着いて振舞っていきます。しかし、水面下では何かがガラガラと音を立てて崩れ去っていく。本作はその過程の緊迫感と可笑しさと悲しさを味わう、サスペンス・コメディ映画なのです。いわばポランスキーの『おとなのけんか』的な、密室会話劇っぽいスリリングな面白さがあるわけですね(男女4人の会話シーンも実際多いし)。
- そして冒頭にも書きましたが、この映画をデイヴィッド・フィンチャー監督の傑作『ゴーン・ガール』と比較する声が目立つようですね。ワシントン・ポストに至っては「ゴーン・ガールより断然おもしれーぜ!!」って言ってました(フィンチャー嫌いなのかな)。優劣はともかく、たしかに両作の間にはテーマ的に通じるものを感じましたね。
- 軽く説明すると、「幸せな結婚」とか「幸せな家庭」とか、社会の中で絶対的な価値を持つとされる、男女の関係を軸とした「幸せの形」がありますよね。しかしその「幸せの形」が、とりわけ女性の側に多くの犠牲と抑圧を強いる「いびつな形式」でもあったということが近年ようやく認知されてきた、と。それゆえそうした一般的な「幸せ」の概念に、(おもにフェミニズム寄りの立ち位置から)巨大な石を投げつけようとする映画の潮流というものが、ここ数年ハッキリと目立つようになってきました。
- 『ゴーン・ガール』はその一番わかりやすい例ですし、ディズニーの『アナ雪』だって間違いなくその流れの中に位置する作品です。日本の映画だと最近では『駆込み女と駆出し男』とかが当てはまるのかな。…もっと言っちゃえば『マッドマックス 怒りのデス・ロード』こそ、まさしくそうした映画の最先端ですよ。
- もちろん、これらの作品を「フェミニズム映画」と断ずることが、安易なレッテル貼りになってしまう危険はあります(『マッドマックス』に対して一部の「男性主義者」とやらが騒いでいたように)。しかしこうした映画が批評界からも評価され、同様のテーマを扱った作品が次々と生み出されていることの背景には、上記のような一種のフェミニズム的な共通理解があることは明らかなわけです。
- 前置きが長くなりましたが、ゆえに『フレンチアルプスで起きたこと』も、『ゴーン・ガール』っぽい作品というよりは、同じ大きな潮流から生まれた斬新な良作のひとつってことだと思います。つまり本作は『マッドマックス6』でもあるということですね(ちなみに5は『ひつじのショーン』)。『4』が公開されて間もないというのに、続編が次々と公開されて嬉しい限りです。『マッドマックス』は何度でも甦るのですね。アイリブ!アイダイ!アイリブアゲイン!
- こんな妄言ばっかり言ってるから毎回無駄に長くなるわけですが、話を続けたいと思います。そうした潮流に位置する本作がユニークなのは、「男だって…男だってなぁ…!」という視点を取り入れていることしょうか。男という存在が社会の中で背負わされてしまう「理想」に耐え切れず、トマスが脆くもへし折れてしまう様子が哀しみと可笑しみたっぷりに描かれています。終盤で泣き崩れて子供達と抱き合うシーンとかホント最高でしたね…。いっけん感動的な場面なのに、妻の視線だけがひたすら冷たくて、悪いとは思いつつ笑ってしまいました。キッツイ話なんですが、ちゃんと要所で笑える作品なのが素晴らしいですね。甘えを許さぬ厳しい視点に貫かれた映画ですが、最後にはちょっとした救いもありしますし。いや、救いなのかなアレ…。正直わかりませんが、ほのかな優しさを感じたのは確かです。
- あと、単純に映像がものすごく綺麗ですね。アングルを固定した静的なショットが続くんですが、構図もバシッと決まっていて、見ているだけでうっとりしますよ。瑣末な痴話喧嘩のようにもなりかねない話を、厳格で美しいショットの連なりで構成することで、物語がひとつの寓話性を獲得しています。言っちゃえば単なる「金持ち白人同士の内輪揉め映画」なのに、年齢や国籍や性別問わず、なぜだか誰もが共感できるような、普遍的な力を持つ映画になっていると感じました。雪景色も素晴らしかったですし…。その点だけでも映画館で観る価値が十分にあると思います。スクリーンで観た方が例の「出来事」もいっそう恐ろしいものになるため、より深く本作のテーマが心に突き刺さってくることでしょう。
- …あんまり映画自体について語れませんでしたが、長くなってしまったのでこの辺で。ネタバレ抜きで語るにはちょっと私の技量が足りませんでした…。何にも知らずに観るのが一番良い気がしますので、行ける方はぜひ。合う人にはスゴイ面白いはずですし、合わなくても涼しい気持ちにはなれます。なんせ雪ばっかりですから。(館内の冷房も心なしか普段より強かったような…。)ではまた。