沼の見える街

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『ちはやふる 〜下の句〜』感想

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  • 映画『ちはやふる 下の句』の感想です。川崎チネチッタ、1100円。末次由紀先生の漫画『ちはやふる』の実写映画化2部作、その「後編」となる作品ですね。前編の「上の句」が実に面白かったので続きにも期待していたのでしたが、今回の「下の句」もそれを上回る素晴らしさで、これまた大好きになってしまいました。
  • ざっくりあらすじを言うと、全国大会への出場を決めた千早、太一ら瑞沢高校のメンバーに、さらなる試練がふりかかる…というお話です。前回ではあまり出番のなかった新(あらた)の心情にもスポットライトが当てられます。
  • 「上の句」では、(広瀬すずのカリスマ性が存分に発揮された)千早という絶対的な主人公を中心にして、観客の視点を担うキャラである太一が自分の不運を克服したり、単なる脇キャラにも見えた机くんが思わぬ成長を見せたりと、だんだん瑞沢高校がチームとしてまとまっていく…という構図になっていました。それらひとつひとつの積み重ねが、クライマックスのかるたバトルで花開き、見る者に大きなカタルシスをもたらしてくれます。
  • 一方「下の句」では、まず千早と太一と新の幼なじみトリオの関係性を中心に、3人の苦悩と成長の瑞々しいドラマが描かれていくことになります。冒頭からかなりシリアスな雰囲気で(おなじみ千早の白目ネタなどで緩和されているとはいえ)、「上の句」とはガラリと空気を変えてきていました。そして千早たちの周辺を、前編ですでにキャラの立ちまくった仲間たち(や敵たち)が支えるといった構図になっています。
  • 瑞沢高校の楽しい仲間たち、机くんや奏ちゃんも相変わらず良い味だしてるんですが、個人的には「肉まんくん」こと西田が素晴らしいなと感じました。なんかチャラいし、特に良い奴というわけでもないし、イケメンでもないし(失礼)、そんなに魅力的な要素があるキャラではないんですが(失礼)、演じる矢本悠馬さんが非常に上手いこともあってか、じわじわと大好きになってしまいましたね…。全国大会で「あれ」の隣に座るシーンは場内大爆笑でした。
  • 本当にこの映画『ちはやふる』、登場人物を「好きにさせる」手腕が非常に上手い。千早、太一、新といった主役級はもちろんですが、机くん、かなちゃん、西田くんといった脇を固める仲間たちまで、限られた時間の中でしっかりとその人となりを描ききっていて、映画を見た後はもう全員好きになっちゃいますね。こうしたエンタメにおいて、この「好きにさせる」ということが最も大切で最も難しい行程だと思っているので、素直に凄いなあと思います。参考にしたい。
  • そして何と言っても「下の句」最大の見所にして、圧倒的なオーラを放っていたのが、競技かるた界の最強の存在である「クイーン」こと若宮詩暢を演じる松岡茉優です。もう今回は何を差し置いても、松岡さんの演技の素晴らしさに尽きますね。彼女の佇まいをスクリーンで見るためだけでも、劇場に行く価値があると断言できます。『桐島、部活やめるってよ』で性格の悪い美人の女子高生を演じていた方ですが、こんなに底知れない、ぞくぞくするようなダークな色気をたたえた女優さんだとは思っておらず…。まさしく「はまり役」でした。
  • とにかく凄まじくかるたが強いという点では千早と同じですが、そのかるたは千早と対照的に、きわめて「静か」で音を発しないスタイルです。手とかるたの札がまるで「糸でつながっている」ようで、目で追えないほどの速さで「スッ」と札を取っていく。字で書くとなんか地味ですが、「敵」として立ちふさがるとこれが非常に恐ろしいし、何よりカッコイイんですよね。ライバルとして抜群に魅力的です。
  • この詩暢さん、新と幼馴染の関係でもあるんですが、福井弁でバシバシ厳しいことを突っ込んでいく様子は恐ろしくもあり、微笑ましくもあり…。めちゃくちゃ性格が悪いようでいて、変なクマのキャラクター「ダディベア」のグッズに目がなかったりと、高校生らしい可愛げもあります(そこがまた不気味でもありますが)。小道具としてのタオルの使い方もとても上手いですね。
  • 詩暢と新が、新の亡くなった祖父の「弔いかるた」を始める場面とか、最強vs最強という感じでワクワクしましたね。めっぽう強いあの新さえも翻弄する、詩暢の圧倒的で「静かな」強さを目の当たりにさせられます。
  • そして映像的に最大の見せ場といえるシーンは、全国大会の直前に、千早と詩暢が石段ですれ違う場面です。物語的に盛り上がる箇所でもありますが、広瀬すず松岡茉優という大スター女優どうしの邂逅でもあるわけで、どうしたってテンションがマックスになってしまいます。
  • 詩暢は、千早という絶対的な「陽性」をもつ主人公に対するカウンターとなる、「陰」のダークヒーローなんですよね。「仲間の大切さ」を謳う千早に対するアンチテーゼともいうべき孤高の存在になっていて、非常に上手い対比だと感じました。どなたかが「詩暢は『ダークナイト』のジョーカーだ」と書いていたんですが、なるほどその通りだな…と思います(なのでイラストはジョーカーのオマージュです…ちょうどカードもってるし…)。
  • それゆえに、後半ついに訪れる千早vs詩暢の激突、その盛り上がりっぷりが凄まじいことになるのです。千早と対面したことで、それまでは(まだ)可愛げのあった詩暢が「ニヤァ…」というゾッとするような笑みを浮かべ、完全に「ラスボス」モードにギアチェンジをする場面は見事でした。その後に発揮される圧倒的な強さを前に、「これはダメだ…勝てない」という意識が千早だけでなく観客の心にも刷り込まれるわけです。
  • だからこそ、それまでに積み重ねてきた伏線を回収しつつ、千早が自分のかるたを取り戻し、詩暢に対して強烈な「一撃」を喰らわせるシーンがこれ以上ないほど「アガる」んですよね。音の使い方も相まって、まさしく「血湧き肉躍る」映画的瞬間を味わうことができました。
  • そこから千早と詩暢が互いに「にやり」と笑みを浮かべながらガチの「殴り合い」へとなだれ込む展開は、かるたというよりもはや完全にバトル漫画の文脈でした。ひたすら心拍数が上昇していくとともに、二人の美しさと強靭さにただ惚れ惚れするのみです。このボクシング映画も顔負けの圧倒的バトルシーン、ぜひ劇場でごらんになってほしいですね。
  • …とまぁ基本的には絶賛モードなのですが、もちろん「隅から隅まで完璧な映画」だとか、「日本映画史上に残る傑作」だとか、そういうことを言うつもりはありません。例えば中盤、せっかくあれほど強くて魅力的な千早が、特に戦うでもなくウダウダと迷っているだけの描写が続いて、悪い意味での「邦画っぽい」退屈さを感じたのは否めないですし。「絶対ひとりになっちゃダメなんだよ!」的な千早のセリフにも「別にそんなことないでしょ…」と思っちゃいましたね…私がひねくれているからかもしれませんが…。(とはいえ詩暢という強力なカウンターによって、そうしたいかにも「邦画的」な綺麗事に対する違和感は中和されていたのですが。)
  • 一番大きな不満をあげるなら、あれほど丁寧にチームがまとまっていく過程を見せてくれたわりには、やっぱり団体戦の結末がいくらなんでもあっさりしすぎていた点ですかね…。次の個人戦にウェイトが置かれていて、そこで「仲間の大切さ」を強調するという物語構造になっているので、仕方ないっちゃ仕方ないのですが…。北央とのやりとりも熱かっただけに、中盤を少し削ってでも、もう少しチーム戦をキッチリ勝ち上がっていく様子を(ダイジェスト風でもいいから)描き込んでほしかったな〜とは感じました。
  • しかしその上でなおこの「下の句」に、そうした欠点を補って余りある魅力があることは疑いようがありません。何より、『ちはやふる』の熱くてキラキラした世界を再現したいという、作り手の真剣な想いがビリビリと伝わってきました。その真摯さが登場人物たちのカルタへの情熱ともリンクしていて、見事な化学反応を起こしていたと思います。結果、何でもないようなシーンが本当に綺麗で泣けてくる、「ずっと見ていたい」と思わせてくれる映画となっていました。それだけでもう、実写エンタメ邦画としては「最高峰」の出来だと言っていいのではないかと思います。
  • この「下の句」でいったん物語としては閉じられるわけですが、話に完全な決着がつくわけではなく、ラストはとある「未来」を予言するような「絵」がバーンと提示されて終わっていました。その「絵」というのが、おそらく観た人の誰もが「これは絶対に観たい!」と思えてくるであろう「絵」でして…。続編の制作もつい先日決定したようで、広瀬すずは驚愕したらしいですが、そりゃ作るしかないでしょうよ!もはや大好きになってしまった登場人物に、また会える時を楽しみに待ちたいと思います。
  • またも長くなったので、語り足りませんがこの辺で…(新の話とか全然できなかったな…)。おなじみPerfumeの「FLASH」が流れるエンドロールも最高に美しくて素晴らしかった!アルバム買っちゃいました。ではまた。