- ジョージ・ミラー監督の映画『ロレンツォのオイル/命の詩』(原題:Lorenzo's Oil)をDVDで観ました。『ベイブ』『ハッピーフィート』、そして昨日の『イーストウィックの魔女たち』と、最近ジョージ・ミラー監督の過去作をたどるキャンペーンをひとりで実施中なんですが、これで代表作は一通り観たことになるかな。
- 『ロレンツォのオイル』ですが、ミラー監督のフィルモグラフィーの中でも相当な異色作だなと感じました。一言で言うと実話をベースにした難病モノなんですが、安易なお涙頂戴では全くなく、シビアといえばとことんシビアな作品です。一人息子のロレンツォが「副腎白質ジストロフィー」という難病に侵されてしまった夫婦の苦闘が非常に精緻に描かれています。
- 特に前半から中盤にかけてロレンツォの容体がどんどん悪化していく「絶望」の描写には容赦がありません。溌剌としていたロレンツォの健康がじわじわと奪われていき、家族や周囲の負担もだんだん重くなっていく。「闘病」と口で言うのは簡単ですが、こういう真綿で首を絞められるような地獄がひたすら続くのかと思うと、「もしこんな状況になったら私なら絶対諦めてるな…」とつい感じてしまいます。
- しかしロレンツォの両親は決して諦めず、医学の知識が全く無いところから、完全に独学で「副腎白質ジストロフィー」について独自に研究を進めていきます。この研究の過程が、一般的な娯楽映画の枠を大きく超えた度合いの詳細さで描かれているのが特徴的ですね。もちろんジョージ・ミラー監督の「医者」としての特異な経歴が生かされているのも確かでしょうが、それ以上に、細部や背景を決してないがしろにしないという監督の作家性によるところが大きいのでしょう。
- 夫婦は決して完璧な人間ではなく、時に絶望に押しつぶされたり、精神的な限界を迎えたり、ブチ切れて家族に辛く当たったりしてしまいます。その上で自分たちにできることをなんとか模索し、試行錯誤を繰り返し、ついには誰一人予想していなかった「ロレンツォのオイル」という「成果」をあげることになる。
- そこまでの苦難の道のりを散々見せられたからこそ、終盤、カメラの視点を変えることでロレンツォの意識に生じた決定的な変化を表現するシーンが強烈な感動を生むんですよね。(まさに「映画的」としか言いようがない素晴らしい場面だと思う。)そしてエンドロールに次々と現れる「オイル」に救われた子供たちの姿に、ひたすら泣きぬれるばかりでした。
- ただ、感動に冷水をかけるような情報もネットで見つけてしまったんですが、現実には「ロレンツォのオイル」は、映画の中のような「特効薬」としての効果はもたないと指摘する声もあります(「予防策」としての効能は大きいようなのですが)。オイルの効果でロレンツォが回復していく終盤が非常に感動的であるだけに、私もこの事実を知った時は「マジか…」とショックでした。
- とはいえ、副腎白質ジストロフィーという(公開当時は)全く知名度のなかった病気を世に知らしめ、病気に対する世間の意識を高めたという意味で、確実に社会にプラスの影響をもたらした映画であることは間違いないはずです。(若干ひいき目が入っているかもしれませんが)やはりジョージ・ミラー監督という人は、現実の社会に対して映画が何かしらメッセージ性をもつべきだという思想を抱き、それをきっちりと実践している作家なのだと言わざるをえません。
- なぜかマッドマックスFRをいまだに脳筋バカ映画扱いしてくる人が多くて辟易するんですが、少なくとも本作を見れば、こんなに理性的で真摯な監督が「バカ映画」なんて撮るはずがないということが一層よくわかるはずです。
- 決して楽しい映画ではありませんし、いわゆる「面白い」映画でもないかもしれません。それでもラストの展開には深く感動させられましたし、月並みな言い方ですが「たとえ苦しみながらでも、生きていくことにはそれだけで価値がある」というような前向きな気持ちになれる映画です。さすがは『マッドマックスFR』を撮ることになる監督だな、と納得させられましたね。
- ジョージ・ミラーというアーティストを知る上でも非常に重要な一本であることは間違いないと思うので、興味のある方はぜひチェックしてみてください。それでは眠いのでこの辺で…。