2024年も終わり、数えたらだいたい124本くらい映画館で観ていた。というわけで毎年恒例のベスト10を考えていたが、あれを外してこれを入れて…でもなぁ…とか考えるのがちょっとアホらしくなってきたので、もうとにかく良かった映画を思いつくままに紹介して、ジャンル?ごとにまとめる、みたいな感じにしようかと思う。
↑イラストにした映画がすなわちベスト10みたいなことではないが(ベスト級に好きだが動物は特に出ない、的なことも当然あるので)、どれも良い映画であることは保証するので、記事のどこかには登場する。
やたらめったら長く、SNSに書いてきた感想を個人用にまとめただけみたいな冗長な記事ですが、お暇なときにお付き合いください。(書き終えて数えたら全部で50本くらいあったので…注意)
- 【すばらしき海外アニメ映画2024】
- 【すばらしき日本アニメ映画】
- 【すばらしき洋画2024】
- 【すばらしきインド映画2024】
- 【激アツ!韓国映画2024】
- 【実は大豊作。実写邦画2024】
- 【珠玉のヨーロッパ映画2024】
- 【NTLiveにハズレなし2024】
- 【わくわく!どうぶつ映画2024】
【すばらしき海外アニメ映画2024】
『ロボット・ドリームズ』
今年も上位が(いつもだが)混雑していて、まんべんなく良い映画だったというか、ダントツで「1位」みたいな作品は逆になかったのだが、「今年の1本」をあえて選ぶなら本作になるだろう。
できればブログで長文記事なども書きたかったが(公開時期的に忙しすぎて…無念)、正直この推薦コメント↓で言い尽くした感もあるので、まいっか。
アニメーションにしか不可能なやり方で、誰もが身に覚えのある人生のやるせない一面を、鮮烈にビターに、そして優しく描いた傑作だと思う。
特にエンディングの素晴らしさを、いかに言葉にできようか。人生の不可逆性、可変性、代替可能性、それら全ての虚しさと優しさをひっくるめて、ただ未来に祝福を捧げるかのような、正真正銘の名シーンであった。
他人の感想など見ていて、ドッグとロボットの関係に何を読み取るかの解釈が人によって全く違うのも面白かったなと。恋愛/友情/ペットなど様々のようだが、個人的には「趣味」や「情熱を燃やす(燃やしていた)対象」という解釈もなるほどね…と思わされた。この射程の広さと多様さこそ、アニメーションの力とも言える。
こういうアート系な海外アニメ映画としては相当ヒットしてるみたいで何より。描かれていることの奥深さに比べ、キャッチーでポップなのも魅力だよね、この映画。まだ劇場でやってるっぽいので本当みてほしい。
『ユニコーン・ウォーズ』
かわいいテディベアが、憎きユニコーンを滅殺するため闘いへ繰り出すが、森で待っていたのは想像以上の惨劇だった…!というスペイン発のアニメ映画(あくまで偶然だが、『ロボット・ドリームズ』のパブロ・ベルヘル監督と同じく本作のアルベルト・バスケス監督もスペイン出身だ。)
残酷描写は本当に強烈なのだが、単なる幼稚な露悪に終わらないのが本作のすばらしいところ。こんな時代だからこそ、今を生きる人々に本気で「戦争の虚しさ、愚かしさ」を突きつける、正しい意味で「大人向け」のアニメ映画に仕上がっていた。お見事でした。
ぶっちゃけ「かわいいファンシーキャラたちがこんなに残酷な目に!」というコンセプト自体は今やそれほど斬新でもないが(単に露悪成分だけが悪目立ちすることも多いし)、本作のように丁寧にキャラや物語を構築し、現実世界への批評として本気で作ると、驚くほどの強度を獲得できるのだ…と『ユニコーン・ウォーズ』は教えてくれる。
上映館も少なかったし(過激描写凄かったし、しゃーないが…)、まだ配信とかも来ていないようだが、ハードコアなアニメが好きな人は必見ですよ。
『トランスフォーマー ONE』
ファンの熱量を横目で見つつなんとなく見に行ったが、シンプルに楽しかった! このシリーズにそれほど思い入れなかったが、ロボ活劇としても哀しきバディ友情ものとしても、とにかくクオリティが高い。「労働者」ってワードがこんなに出てくる全年齢アニメ大作も珍しいなと思ったが、社会的な読み解きもできる奥行きもあった。
監督のジョシュ・クーリーさんが『トイ・ストーリー4』を手掛けた人だったと知り、ちょっと納得感もあった。シリーズファンの間でたいへん評価の割れる作品だったのは確かだが、私は『4』のビターさがかなり好きだった。仲良しバディの道がそれぞれに別れていく切ない作品として、実は共通点があったりもする2作であった。
公開時にふと思ったのは、こんだけビジュアルも物語もクオリティ高い全年齢エンタメ作品が日本国内から出たらマジで大騒ぎだと思うのだが、海外作品だとけっこうあっさり「そういうもん」とスルーされてしまいがちな件、わりとアンフェアだよなと思っている。国内アニメが強すぎる国だからこそ、良作を見つけたらなるべく騒いでいきたいものだな。
配信などにも来てます↓
『めくらやなぎと眠る女』
村上春樹の複数の短編を繋ぎ合わせた物語を、海外のアーティスティックな監督がアニメ化した結果、日本が舞台なのに現実から不思議に浮遊した、唯一無二の世界が誕生。万人ウケするかはともかく、今年最もinteresting("面白い"より"興味深い"寄り)なアニメだった。特にメイン作品の一つ「かえるくん、東京を救う」の底しれぬ面白さは、いつまでも忘れがたかった。
↓ぶっちゃけあまり良い村上春樹の読者ではなかったのだが、このアニメ映画が素晴らしかったので、元になった原作も読んだ。「かえるくん、東京を救う」に収録されてる『神の子どもたちはみな踊る』とか。
村上春樹原作の映画としては、『ドライブ・マイ・カー』と『バーニング 劇場版』がトップクラスに好きだったが、どちらも春樹の原作を批評的に再構築したような、原作付きとしてはユニークで尖った作品なので、むしろ本作『めくらやなぎと眠る女』はかなりオーソドックスな形で春樹の世界観を「アニメ化」してみせた、理想的なメディアミックスとさえ言えるのではなかろうか。フランス主導のアニメなので、日本が舞台なのに登場人物の挙動とかもどこか日本人離れしてるんだけど、そこがまた国境レスな感じの春樹作品に凄くマッチしてるんだよね。春樹ファンにも広くオススメしたい。
そして次に紹介する作品と、まさかの「デカいカエル」被り…!(そんな被りあるんだ)
【すばらしき日本アニメ映画】
『化け猫あんずちゃん』
2024年の日本アニメ映画の中でも、大のお気に入りとなった一作。
不思議な化け物と少女の交流という一見平凡なあらすじだが、ロトスコープを駆使したリアリティとファンタジーが高度に入り交じるアニメ表現が心を鷲掴みに。年に数本ある「おお!!」と唸らされる日本アニメ映画枠の1本だったと思う。
『化け猫あんずちゃん』のアニメーションの面白さについては、見てもらうのが早いかも(動画は冒頭数分だけど)。
日本アニメ見慣れてる人ほど「これは!」と思えるかと。実写にかなり近いリアリティライン(声の演技も含め)でアニメを描くことで、「現実」の面白さを逆照射するように強調してみせる。ちなみにまず実写映画を撮ってからアニメーションとして描きなおす手法をとっていて、あんずちゃん(37歳の化け猫)は森山未來がネコ耳をつけて演じたようだ。2Dアニメ版アンディ・サーキスだね…。
ロトスコープ活用と実写色の濃厚なアニメという点で(個人的には日本アニメ映画でオールタイムベスト級に好きな)『花とアリス殺人事件』はもちろん連想した。本作は『花と〜』よりもファンタジー色は格段に強いが、現実/幻想の橋渡しを描く上でもこの手法って強力なんだなと実感する。
『花とアリス殺人事件』『FLEE』等、「リアリティラインが実写のアニメーション」って絶対もっとポテンシャルあるよなと常々思っていたので…↓『化け猫あんずちゃん』の面白さは我が意を得たりでもあった。化け猫と貧乏神が「あのさぁ…」と喋ったり揉めたりしてる的なしょうもないシーンが本当に面白いからね。
『化け猫あんずちゃん』も『花とアリス殺人事件』同様、ロトスコープという現実をアニメに持ち込む手腕を活用したことで、一般的なアニメ作品がいかに現実世界の色んな(本来は面白いはずの)要素を削ぎ落としたり無視したりしてるか、逆にそれらをうまく取り込むことでアニメという虚構の世界がいかに輝くのか…を再認識させる強さがあって、アニメ界全体の良い刺激になると思う。
↓原作も面白かったな〜
『劇場版モノノ怪 唐傘』
今年は妖怪アニメ映画が熱い!とまとめるべきかわからないが、本作もすばらしかった。
久々に純然たる「ビジュアルの力」で日本アニメにぶっとばされたのが何よりうれしい。サイケデリックな大奥で巻き起こる怪異譚を語りつつ、超高密度で豪華絢爛なアートを観客の目と脳に土砂降りのごとく(傘だけに)降らせ続ける驚異的な絵の力。シリーズ無知勢だったけど全然だいじょうぶだった、というか絵の凄さに圧倒されてそれどころじゃなかったとも言える。
この予告編の絵の密度が誇張抜きで90分ずっと続くので、感動すると同時に「大丈夫…なのか……?(リソース的な意味で)」と心配になってしまうレベル。劇場で真剣に向かい合うにふさわしいパワフルな作品。最後に出る「おしまい」で拍手しそうになった。
『劇場版モノノ怪 唐傘』、とにかくビジュアルが圧巻な一方で、ストーリーも(少なくとも日本アニメとしては格段に)成熟と知性を感じさせて好きだった。けっこう「難解だった」とも言われてるようで、たしかに情報量が異常に多いので混乱するのも無理はないが、劇中の"儀式"を鍵として、大奥(社会システムの象徴)と個人の関係に注目すれば、意外と万人(特に強い社会的規範にさらされる女性やマイノリティ)に捧げられた、力強いメッセージ性を受け取れると思う。
微ネタバレかもだが、クィアな物語として読み解ける作品となっていたのも良かった。そう読むうえでは、主役の1人アサ(CV黒沢ともよ!)の「大切なもの」が何かが核心なのだが、(セリフで明言こそされないが)ほぼ誤解の余地がない話にちゃんとなっていたのも良かった。百合的な描写自体は他のアニメでも珍しくないけど、(舞台は大奥という"消費"そのものの場所なのに)現代社会と搾取のあり方を見据える眼差しがしっかり土台にあることで、単なる消費に留まらない真摯な説得力があった。
大奥が舞台の作品にハズレなし!(雑な法則)
次の『劇場版モノノ怪 第二章 火鼠』もたいへん楽しみだ。
『ハイキュー!! ゴミ捨て場の決戦』
今年の意外なサプライズ→漫画『ハイキュー!!』にハマる。そのきっかけを作ってくれたありがたいアニメ映画。
原作ミリしら…ではなくセンチしら程度だが文句なく面白かった。丸ごと一試合を臨場感たっぷりに超作画で描き、戦略の面白さも初心者にもわかりやすく提示。ド傑作『THE FIRST SLAM DUNK』の放ったボールをレシーブして打ち返すような爽快球技アニメだったとも言える。
スポーツの一試合を丁寧かつダイナミックに描き、その球技そのものの面白さを観客にしっかり伝えるアニメという点で、実はほぼ世界的に類例がないことをやってるし、その意味でも『THE FIRST SLAM DUNK』と並べて語られるべき快作だと思う。続きも劇場版らしくて楽しみだ。
↓ちなみに原作はまとめ買いしたまま積んでいたが、映画を機に一気読みしたら、特に中盤〜終盤は超面白かった。けっこう全ジャンプ漫画でもベスト級に好きかもしれない。
『きみの色』
稀代の天才アニメ作家・山田尚子監督の「作家性」が過去イチの純度で炸裂している。こんなに優しく穏やかな話なのに度数の強い酒みたいな一本だと思う。やりたいことをとことん突き詰めた結果(本人は絶対そんなつもりなくても)もはや主流へのアンチみたいな尖りすら感じる。ひとまずアニメファンは必見なのでは。
監督の出自(?)であるはずの、いわゆる「ふんわり日常系」の作品といえばそうなのだが、このレベルで研ぎ澄まされた絵の力でアニメ映画として送り届けられると、一周して現代のアテンションエコノミーに侵食されたエンタメ界に対抗して気難しい巨匠が作ったカウンター作品みたいな凄みと迫力を獲得してしまっている…。
やはり創作物とは人が死んだり惨事が起こったり、深海でサメに襲われたりしてなんぼだろと思ってるところが私にも多少あり、そういう大衆迎合思想へのアンチみたいな『きみの色』を見て、それはね…きみが"世界"の美しさを"信じて"いないからだよ…と山田尚子監督に言われた気がした(一切言ってない)。
2024年を代表する日本アニメ映画として、やはり『ルックバック』をあげる人が多いだろうし、私も原作も読んで映画館でも観て(押山清高監督も好きだしね)、すごくよくできた作品だと感じたけど、よくできてて、非常にバズりやすい性質を持っているがゆえの、あの作品の"消費"のされ方(京アニ事件と絡めた感じの)に相当モヤモヤする点があったのも否めなかった。なので、まさにそうしたバズや消費に対するカウンターっていうか、ほぼアンチではみたいな作風の『きみの色』が余計刺さったというのはあると思う。評価は色々だと思うけど、この二作が今の日本で同時に公開されたのは示唆的だなと。
そんなわけで、どうも「コワ……」みたいな感想になってしまうが、普通にかわいらしく美しいアニメ作品として多くの人が楽しめるだろう。とりあえずトツ子(主人公)がほんとかわいい。ライブの時に画面のすみっこでずっとフンフン動いてる姿とかかわいくてずっと見てしまった。
劇中歌、鑑賞中はめっちゃ良いとかまでは思わなかったはずが、なんかずっと聞いてしまっていた…というか一時期はヘビロテしてたな。「わたしはわたしは惑星〜」がなんど聞いてもカワイイ。相対性理論みはひしひし感じたが、実際ギタリストの方が関わっているようだ。
エンドロールで流れるミスチルの主題歌は正直あんまり合ってないしドラ映画かよとか思ってしまったけど(ごめん)、ぶっちゃけここまで強固な思想と作家性に貫かれた作品だと誰が主題歌に来たところで何も変わらないんじゃないかと思うので、ミスチルの圧倒的な無難さはむしろベストマッチだったのかもと思う。
「面白かった」と言うのも微妙にハマらない作品な気がするし、まぁたいへん特殊な立ち位置の映画なので、ちょっとどう評価していいのか困惑する面もあるのだが、やっぱこれを抜きに2024年の日本アニメ映画は語れないだろ、という1本。
【すばらしき洋画2024】
『哀れなるものたち』
日本の映画業界を襲う圧倒的な洋画不振!でもそんなの関係ねぇ!!すばらしい洋画は沢山あった。本作は(アカデミー賞でも話題になったけど)2024年を代表する1本でしょう、間違いなく。
死の淵から蘇った破天荒な女性ベラ(肉体が美女で脳だけ幼児という設定も痛烈だ)が、世界をめぐる旅に出る。性の快楽や冒険のスリル、この世の残酷さ、様々な知恵や思想と出会いながら、真に自分が求めるものを見出していく。オールタイム・ベストの一作『女王陛下のお気に入り』監督&主演コンビの新作、さすがの魅惑と破壊力でありました。
(演技や話もスゴイのだが)とにかく美術が圧倒的で、これを観るためだけに劇場に行く価値があった。現実世界と微妙かつ決定的に異なる不可思議パンクって感じの世界観を見事に作り上げていて、たいへんワクワクさせられた。パンフ見たら『パディントン2』の美術の人が担当したらしく、納得である。
わかりやすく『フランケンシュタイン』がベースになっているが、そこに過激な性描写やゴージャスな美術、パンクなユーモアだけでなく、女性や少数者の解放の歴史といった社会派な要素も大胆に織り交ぜて、唯一無二のエンタメ作品になっていたと思う。
もう配信にも来てるので万一未見なら見ようね↓
原作と読み比べても面白いと思う。(実は展開や仕掛けがかなり違うので)
ところで2024年はヨルゴス・ランティモス(&エマ・ストーン他)の年でもあり、日本では『哀れなるものたち』とまさかの同年公開になった『憐れみの3章』も素晴らしかったですね。
不気味な哄笑が響く、複雑怪奇で美しい迷宮のような映画で、165分ずっと(時折「なんなんだよ」と困惑させられつつも)豊かな気持ちで満たされた。万人に開かれた『哀れなるものたち』を経たランティモスが『鹿殺し』等の脚本家とのタッグで再びディープに突っ走る。これも全然ベスト級。
『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』
『哀れなるものたち』に並ぶ、文句なしにオススメできる2024年の洋画の代表格。
クリスマス休暇の学舎に取り残されたのは、嫌われ者の歴史教師、ひねくれた生徒、息子を亡くした料理長。断絶された他者同士が静かに緩やかに結びつく過程が繊細に描かれ、深く忘れ難い余韻を残す。アレクサンダー・ペイン監督は『ネブラスカ』も大好きなのだが、さらにポップな感じも加わって、かつ深みも増しているので凄いなと。
まずは名優ポール・ジアマッティに捧げられた1本として素晴らしく、間違いなく彼の代表作として残るだろう。物語の主役にはならなさそうな、現実にいたら「イヤな教師」として片付けられそうな男だが、複雑な内面をもつ愛すべき人物として見事に描き切って&演じ切っていた。
序盤の感じだといかにも『ブレックファスト・クラブ』みたいな話になりそうなところ、わりとすぐ流れがぶった切られるのも面白いし、「取り残され」感が倍増していた。結果キャラ数がほどよく絞られ、アンガスくんもメアリー(アカデミー助演女優賞めでたい)も輝いていたな。博物館で語られる「知の積み重ね」としての人類史への言及とかほんと今こそ染みるテーマという感じだし、もちろんクリスマスとか年末に観るべき作品であると同時に、希望を持ちたい年始に観るにもぴったりな映画だと思う。再上映してるっぽいのでぜひ。
『シビル・ウォー アメリカ最後の日』
やっぱ(世界情勢的に色々ありすぎた)今年の洋画を語るうえでどうしても外せない一本であろう。こういうことができるアメリカ映画の胆力を観た気もする。
謎の内戦が勃発したアメリカを命からがら旅する戦争ロードムービー。近年の深刻な政治状況を扇情的に風刺した話と思いきや、ジャーナリズムを巡るより射程の広いテーマを中心に据える志に感銘。戦争映画としても相当な迫力で、音響の良い劇場で鑑賞すべき。
予告でも「これはフィクションか、明日の現実か…」みたいな煽り文句だったけど、実際に観てみると「カリフォルニアとテキサスが手を組んで反乱!」という(現実には絶対ありえないとわかる)ぶっ飛んだ設定もあり、「あ、今のアメリカのマジで深刻な政治状況との"地続き"感はあえて二の次にしたのかな」と思える部分もあった。
しかし、ちょっと安心して観てたところに、いきなりジェシー・プレモンスのド直球なアレだからね。最高で最悪でした。予告にあった「どのアメリカ人?(what kind of American?)」という彼のセリフが、思ってたよりダイレクトに最悪だったのも強烈。現実との距離感は意外と慎重な映画にも感じたが、ここがあったからこそ現実から乖離しすぎなかったとも言える。
プレモンス、登場時間自体は短いのだが、政治性を巧妙に脱色した本作の中でさえ絶対に相対化されえない悪を象徴的に演じきっていて、ちょっと感動してしまった。こんな役を引き受けてくれて、さらに完璧に仕事をこなすスター俳優が他にいるだろうか…。
あわせて読みたい本として『暴力とポピュリズムのアメリカ史: ミリシアがもたらす分断』をあげたい。ここに書かれてる社会問題がだいぶ映画に練り込まれていたような。ジェシー・プレモンス…お前か…!?ってなる(?)
『マッドマックス フュリオサ』
『マッドマックス 怒りのデス・ロード』は間違いなく人生ベスト級の映画であり、ジョージ・ミラー監督も本当に尊敬しているので、逆にちょっと大丈夫だろうかという心配もなかったといえば嘘になる続編(前日譚)だったが、蓋を開けてみれば「あ〜やっぱさすがですわ」と思える内容だったので「ありがとう…」と思った。みんなももっとありがとうって言いなさい!!
予想通り、歴史的傑作『マッドマックス 怒りのデス・ロード』とは明白に異なる作りだったが(そもそもミラー監督は決して同じ映画は作らない人なので)、同時にミラー監督本人にしか絶対に作りえない圧倒的な世界拡張スピンオフにもなっていて、それを劇場で味わえる豊かさに感謝したい。
なんぼなんでも前作が偉大すぎて、何をやってもFRと比較されるのは仕方ないのかなと思いつつ、仮に全く無知の状態でいきなり本作を観たら「とんでもねえ映画が来たな」とめちゃくちゃびっくりすると思うし、熟成と蛮勇を兼ね備えた今のミラー監督にしか作りえないヤバい逸品だと思う。
『哀れなるものたち』ともシンクロする、女性の反逆の物語にもしっかりなっていて熱かった。ただしその語り方がけっこう独特で、(監督の前作『アラビアン・ナイト 三千年の願い』を想起する)メタフィクションというかメタ神話?みたいな構造になっているのがユニークだったし、前作ファン含む観客を惑わせてもいるんだろうけど。
仮にジョージ・ミラー監督本人ではなく、「マッドマックスが好きでたまらない別の優秀な作り手」が撮ってたら多分こういう作りにはなってなくて、でもそれこそが作家性というものであり、二次創作(悪いニュアンスではなく)と本人による一次創作の違いなんだよな、ということも最近よく考える。
『マッドマックスFR』と『フュリオサ』の関係、最近で一番連想するの『ツイン・ピークス』と『ツイン・ピークス The Return』かも…。いや全然ちがうしミラーとリンチも全く異なる作家性だけど。凄い影響力を持つ作家本人による続編によって、本人とフォロワーの違いを否応なく思い知らされるというか。
当然なのだが、文化に絶大な影響を与えるような作品を生んだオリジネイターは、我々ファンや影響を受けたフォロワーが「こうあってほしい」と望む位置の常に少し先(orかなり先)を行っているんだよな…と。
いや、でも普通に『フュリオサ』は前作と同じタイプの面白さやケレン味もたくさん用意されてたけどね。中盤のボミーノッカー爆裂バトルとか純粋に2024年最強のアクションシーンだっただろ!!
ありがとう、ジョージ・ミラー監督。
『ドライブアウェイ・ドールズ』
女性主人公で車をドライブする話という意味では『フュリオサ』と被ってるといえなくもないが、こっちはハチャメチャ楽しいコメディ。時は1999年、いわくありまくりな「ブツ」をうっかり車で運ぶハメになったレズビアンの少女2人(性格は正反対)の旅路を描いた痛快ロマンスロードムービー。
冒頭のペドロ・パスカル大活躍なばかばかしい幕開けから、2人のドタバタ逃避行の決着までとにかくず〜っと楽しい。セックスネタの怒涛のつるべ打ちはやや人を選ぶが、思いっきりマイノリティが主役でがっつり女性同士の恋愛も描きつつ、絶妙に軽いノリの新時代のラブコメとして最高でした。こういう映画を年に12本くらいは作らないといけない法律を制定しよう。
配信でもサクッと見れるので超オススメ↓
『ポライト・ソサエティ』
もう1本、マイノリティの女の子がバシバシ戦う最高ガールムービー。ロンドンのパキスタン系ムスリム家庭で育ち、スタントウーマンを目指す女子が主人公のカンフー炸裂アクションコメディ。大好きな姉に彼氏ができるも、背後に何やら怪しい企みの気配。はたしてカンフーで運命を切り開けるのか…!? 想像より10倍コミカルで面白かった!
基本的に青春日常コミカルな雰囲気から急に堂に入った熱血バトルアクションが始まったりする、みんなやたら暴力について話が早い作風、『スコット・ピルグリム』シリーズ(実写/アニメ版)が好きな人は確実にツボだと思う。というかあの絵柄で脳内アニメ化できてしまう。
↓関連作(ではない)
『ブックスマート』以降のダメっぽい女子が主役の新時代ガールズコメディとしての楽しさを押さえながら、カンフーアクションの熱さやおバカさ、ボリウッド的な華やかさへのリスペクトなどの要素を山盛りにしつつ、103分にスパッとまとめててエラい。年に12本といわず、映画はもう全部これでいこう!
『ダム・マネー ウォール街を狙え!』
純粋な面白さでいったら今年随一な洋画。
金融界に激震を起こした「ゲームストップ事件」をポール・ダノ主演で映画化。倒産寸前のゲーム販売店の株がなぜか大暴騰してしまったのだが、その背景にあったのは「空売りで儲けたいウォール街のハゲワシ」vs「ネコTシャツの動画配信者&大勢の個人投資家たち」の激闘だった。
株の専門用語も多く出てくるのだが(空売り、踏み上げなど)、意味わからなくても一切問題ないほど物語がよくできてるので、誰でも楽しめるかと。株がいかに不確かで、投資家のノリや世間のテンションで乱高下するかがわかる点で、意外と株入門にも良かったりして…。
全体にふざけた軽薄なノリでありながら、実は社会の変革を描いた映画でもあり、ソルニットの『暗闇のなかの希望』で書かれていたことも思い出したりした。本作の個人投資家たちを突き動かすのは私利私欲と怒りと正義感が入り混じった動機なのだろうが、結果的に社会の支配構造にヒビを入れてしまうっていうね。
映画『ダム・マネー』のゲームストップ事件、netflixドキュメンタリー『イート・ザ・リッチ ~ゲームストップを救え!』面白いのであわせて見よう。ウォール街エリートや経済格差への不満、個人投資環境の整備、SNSの可燃性と、色んな要素が噛み合った末の大爆発といえる出来事だったのだ。
『HOW TO BLOW UP』
気候危機に対してそれぞれの絶望や怒りを抱えた若者たちが、石油パイプラインの爆破という「過激」な作戦を決行。スリリングな犯罪サスペンス風の展開を通じて、人類全体を追い詰める危機の背後にある"システム"に目を向けさせる手腕は、環境問題を扱う映画として画期的。
ネットでも「過激な環境活動家」が起こした事件のニュースに対して非難轟々になりがちだが、『HOW TO BLOW UP』観た後だとかなり受け取り方変わるんじゃないかと。美術品や遺跡を汚す行動に非難が起こるのは当然だが、人類が直面している危機の中でも相当な上位(1位かもね)に食い込む気候危機の恐ろしさを、みんな本当にわかってるのかな、とは思ってしまう。
フィクションにおける活動家やアクティビズムの描かれ方って実際すごい偏ってて、知らないうちに我々大衆もそれに影響されてるんだろうな…と『HOW TO BLOW UP』観て思った。敵や悪役、もしくは「理想主義的で現実を知らない人」と描かれてばかりだが、それは観客を安心させるためのごまかしなのかも。
ちなみに本作、実話ベースかと思いきや、『パイプライン爆破法 ー 燃える地球でいかに闘うか』という評論本をあえて物語として再構築した、かなり珍しいタイプの映画化らしい。書名こそ物騒だが暴力を肯定する本では当然なく、直接的アクティビズムを理詰めで説く本とのこと。読んでみるか…
『ザ・バイクライダーズ』
ガラの悪いバイク乗りの男たちのような、普段の人生では全く接点がない人々の姿を、すばらしい役者陣のアンサンブルと、丁寧で繊細な演出によって物語ることで、その人々にまるで自分の人生が映し出されているように思えてくる。それこそが映画の価値というものだろう。
豪華役者陣みんな素晴らしかったが、『ウォーリアー』『マッドマックス 怒りのデス・ロード』に並ぶ(文脈的にも必然性がある)、トム・ハーディの代表作のひとつになりそう。タフさと繊細さを併せ持つスターとしてのキャリアを決定づける、悲哀とチャームに溢れた完璧な演技
ジョディ・カマー(大好き!)も実質主役のような役回りで、ひたすら素晴らしかったな。バイカーという異質な集団に観客を引き込む橋渡し役であると同時に、マッチョなバイカー男たちのトキシックっぷりを冷徹かつ批評的に見つめる眼差しとして、作品全体にとって重要な役。
本作のキャシーのような、女性による客観的な視点がしっかりあることで、逆にバイカーたちを「どうせ粗暴な連中だろ」とか片付けず、複雑な側面をもつ「他者」として見られるという効果も生んでいる。『最後の決闘裁判』『プライマ・フェイシィ』等で完璧にキャリアを確立したJ・カマーの面目躍如。
2024年も終わり間際に、「これぞ映画だよな…」としみじみ思える、忘れがたい1本に出会えたことに感謝。
『アイアンクロー』
『ザ・バイクライダーズ』と並べて語りたくなる、地味に今年ベスト級に好きな作品。プロレス知らずとも面白かった。
辛いことが起き続ける辛い話だがしみじみ良かった。「呪われた一家」と呼ばれるほど不幸や災難が続く、実在するプロレスラー家族の物語。運不運とは別に"男らしさ"の呪縛の話でもあり、最後にたどり着く不思議と穏やかな境地にどこか救われる。ラストシーンの穏やかさとか、ちょっと忘れがたい。
ところで私の大好きなジェレミー・アレン・ホワイト(『一流シェフのファミリーレストラン』など )が重要な役で出ていて嬉しかった。才能はあるが不運、がこれ以上なく似合う役者さんである。ザック・エフロンもなんか彼のイメージからまた一段階、飛躍した感じの演技でとても良かったな…。
『異人たち』
孤独な男性が自分の傷に向き合う話であり、かつクィアな物語という意味で、2024年に絶対外せない作品。孤独に生きるゲイの脚本家がある男性に出会い、自身の苦しみと向き合う。深く底しれない哀しみと、その果てにある優しさを描くクィアムービーとしての重要性はもちろんだが、現代最強の役者の1人と言わざるをえないアンドリュー・スコットの演技を心ゆくまで堪能できる壮絶な一本だった。(今年は紛れもなくアンスコの年だった件、後ほどまた触れる。)
『ストレンジ・ウェイ・オブ・ライフ』
スター映画でありつつ、男性同士の愛を描いた映画といえば、今年は本作もあったなぁ。わずか31分の短編ながら、超豪華な主演コンビによるクィアな愛の西部劇として、豊かで忘れがたい時間を満喫できた。最後のセリフとか、長回しのエンドロールとか、本当に優しくて力強くて、2024年で最も心に深く残ったラストシーンかも。つくづく映画は長さじゃないね。
今見たらamaプラでレンタル100円やってるよ!↓劇場で見れなかった人もぜひ
【すばらしきインド映画2024】
『RRR』がインド映画の大旋風を巻き起こした数年前に比べるとやや地味と思いきや、実は2024年もインドの映画は本当に素晴らしかった!!と強調しておきたい。
ド直球に社会的/政治的なテーマと、万人向けエンタメ性の両立という点で、世界中の心あるクリエイターは、本当は(見た目は派手だが中身は虚無な作品ではなく)こんな映画が作りたいのではないか、と思える作品群が矢継ぎ早に公開された。
『JAWAN ジャワーン』
怒涛のすばらしきインド映画、まず1本あげるなら本作。なんだかわからんが、包帯ぐるぐる男が、村を襲う悪漢どもを返り討ちに…!?というよくわからんがスゴイオープニングから始まり、衝撃の展開をバンバンはさみながら、暴走列車のように突き進んでいく。
特に序盤の地下鉄テロのくだり、久々に「これがどう転ぶか、何がどうなるのか全くわからない」という経験をエンタメ映画で味わえたので、(もう劇場公開は終わりつつあるかもだが配信とか来たら)何も知らない状態で体感してほしい。主演の人が誰とかよく知らない日本の方がむしろ味わえるハラハラ感だと思う。
そんな凄い勢いのアクション大作なのだが、実はエンタメの中にきっちり政治的・社会的なメッセージを詰め込んだ作品だと観ているうちにわかってくる。豪華絢爛でド派手でマッチョなケレン味と、怒りの咆哮のごとく社会正義を求める剣幕のWパンチにクラクラする。
こういうアクション系インド映画では珍しく(てのもなんだが)女性キャラクターが格好良く、シスターフッド的な趣きが濃いのも美点。伝統の大人数ダンスシーンも、作品に込められた社会的テーマとしっかり噛み合うことで、こんなにもパワフルな意味合いを帯びるのだなと。今のインド映画「全部」盛りの満足感とキレ味にほれぼれする一本だった。
『ジガルタンダ・ダブルX』
別に話が似てるとかでは全然ないのだが、『JAWAN ジャワーン』の精神的双子とも言うべきインドのエンタメ超大作も公開された。そう、『ジガルタンダ・ダブルX』である。
イーストウッドオタクなギャング親分の暗殺を命じられた男が、映画監督になりすまして映画を作る!というブッ飛んだ物語の中に、「映画は誰のために存在するのか」という、今の世界にブッ刺さる熱くシリアスな問いを弾丸のごとく込めて観客にブッ放す。
本作の特筆すべき点は「映画という芸術が本来もっている使命」への向き合い方が本当に大真面目なこと。いまだに映画がめちゃめちゃパワフルな社会でしか語り得ない話であり、大勢が歌って踊るとかそういう次元ではなく、あらゆる意味でインドでしか作り得ない映画であることに感動した。
イーストウッドのある記念碑的な作品で描かれていたテーマを(アメリカ映画ですら見たことないほど)ド直球ド正面から本気で語り直した作品でもあり、イーストウッドが観たら感動しそう…ってか「おれの話まじめに聞いてたのってインド人だけなんか?」と思うかもしれない、とさえ思った。
カメラと銃をshoot(撮影/発砲)というダブルミーニングの言葉で結びつけた点で、直近の『シビル・ウォー アメリカ最後の日』とも通じるが、その"shoot"への(純粋で不格好とさえ言える)決意と熱意の凄まじさでは真逆という見方もできる。しかし今の世界には、どちらも必要なのだろう…。
『花嫁はどこへ?』
結婚直後にうっかり取り違えられてしまった2人の花嫁の旅路を描くインド映画。保守的なインド社会が舞台の明快なコメディの中に、女性の支配と解放にまつわる直球にフェミニズム的な視点を織り込み、次世代のハッピーエンドを切り開く、インド映画の新たな息吹を感じる良作。
インド映画、やっぱ主流はまだ圧倒的に男性優位なんだろうなと(日本が言えたことでもないが)思うことも多いが、時折『グレート・インディアン・キッチン』みたいな世界屈指のド直球フェミニズム映画が出てくる印象があり、『花嫁はどこへ?』はまた新たな段階に踏み出した感があった。
みんな言うだろうけど花嫁の1人が出会うマンジュおばさまが素晴らしかったですね。結婚というシステムの呪縛に傷つけられながらも、決して屈することなくサバイブしてきた中年女性として、迷える若い花嫁に安心と自信を与える。このキャラの存在だけでも本作を撮った意義がある。
マンジュの言う「ちゃんとした女」なんて概念そのものが詐欺だよ、というメッセージは標語にすべき。端的な言葉で庶民に奥深い真実を語らせるのはインド映画の得意技だけど、本作もセリフ回しがいちいち良い。最後に花婿がジャヤにかける言葉とか(ベタかもだが)本当グッときた。
『キャプテン・マーベル』のセリフで「お前に証明すべきことなど何もない」という名言があるけど、『花嫁はどこへ?』のラストの花婿のセリフはそのことを男性側からもう一度ちゃんと言い直すなら…という趣きも感じて、そこもグッときてしまった。夢を追う女性にかけるべき、これ以外の言葉などない…。
あえて言えば終盤の警察まわりはアレでよかったのだろうか…と少し思ったが、そのへんは、まだまだ多いのであろうインドの保守的な観客に配慮したバランスなのかな…とも。(ていうか日本も警察の描写はやたら理想化されすぎてたり甘かったりするしな、アジアのみんなで、後で紹介する『HAPPYEND』観ましょう)
『カッティ 刃物と水道管』
2014年の映画の日本初公開なのだが、あまりに今の社会問題(グローバル企業による地方や農民の搾取、環境破壊)にぶっ刺さっていて凄かった。刑務所から脱獄したワルな男が、なぜか自分とそっくりの社会活動家と入れ替わり、農民を苦しめる悪徳企業と闘うことに! 「ナメてた活動家が暴力タフガイだった」という痛快エンタメの拳と、不正を許さず弱者に寄り添う社会派な拳のWパンチを繰り出してくる凄い映画。
【激アツ!韓国映画2024】
韓国映画は基本的には常に熱いのだが、今年も色んな意味で熱かったとしか言えない。ちょっと熱すぎてこう、どうしよう、みたいな事態にもなったが(後述)。
『コンクリート・ユートピア』
2024年、新年一発目にしていきなり引き当ててしまった年間ベスト級。大災害の崩壊を免れたマンションが避難所になるが、ある男の台頭によって排除と全体主義の影が忍び寄る。大変な公開時期になってしまったことだけが残念だが、国を超えた広く深い射程を撃ち抜く傑作エンタメ。
韓国社会の格差の象徴でもあるアパート(俗に言うマンション)に目をつけて、世の中の歪みを描くローカルな寓話でありながら、同時によその国(日本含む)の人が観ても「うちの国の話やんけ…」となる射程の広さがある。韓国エンタメ映画の成熟を改めて思い知らされる。全体主義の恐ろしさのみならず、ファシズムと家父長制や排外主義との癒着をこうも鮮烈に描いた娯楽大作って世界レベルでも希少だと思うし、様々な国の観客にぶっ刺さりそう。
『密輸 1970』
舞台は70年代の韓国、世知辛い社会の崖っぷちに追い詰められた海女さんたちが、デカい「密輸」を決行する。クライマックスの熱さは尋常じゃなく、映画ファンの絶賛も納得。シスターフッドな犯罪映画として『オーシャンズ8』に通じるスリルと興奮(こっちはマジで海だし)。特にラストの海バトルは素晴らしい水中アクションシーンの代名詞として語り継がれるだろう。
事前の評判から想像してたよりもコメディタッチで、何気に動物もちょいちょい登場したり、おばか映画的な軽さもあるのが良い(『ベテラン』のリュ・スンワン監督だしね。『ベテラン2』も本当に楽しみだ。)
『破墓 パミョ』
墓や埋葬関連のスペシャリストたちが集い、いわくありすぎな土地で破墓(パミョ)ったところ、ヤバい存在が目覚めてしまった! 『哭声/コクソン』好きも必見な怪奇スリラーにして、社会と歴史を広く見据えた娯楽大作を作らせたら世界で右に出る者はいない韓国映画の本領発揮。
こういうホラーのようなジャンル的なエンタメに歴史や社会を織り込む手腕はさすが韓国映画なのだが、今回は日本がけっこう鍵を握っている。細菌『SHOGUN』が大いに話題になったのも相まって、やっぱ歴史を様々な方向から見据えることは改めて重要だよな…と考えさせられた。
『RRR』のようなインド映画がイギリスで観られたり、『ゴジラ -1.0』がアメリカで称賛されたりするのって良いことだなと思うし、それとかなり近い意味で、韓国映画って日本でこそ広く観られるべきだよなとよく思うのだが、『破墓 パミョ』もその1本だった。日本史を象徴する存在とも言っていい(多方面から美化されてる)アレって、歴史的に抑圧されてきた側から観たらマジ怖よな…と思えて、裏側から見る歴史って感じの面白さもあり。
しかし韓国映画、『破墓 パミョ』が今年ナンバーワンヒットってシンプルに凄すぎてもうよくわからんレベルだ。だって「墓」でしょ。こんな辛気臭さランキング1位みたいなテーマで娯楽大作を作ってしかもそれが大ヒットする国とか唯一無二では。しかも社会/歴史的な視点も盛り込む周到さ。恐れ入る!
『ソウルの春』
つい先日の尹大統領の御乱心(戒厳令発令)によって、たまたま日本公開されたばかりだったこともあり、衝撃を受けた大勢の映画ファン(私含む)の口にのぼることとなった映画。日韓の歴史背景を考えればあまり衝撃を受けてばかりもいられないのだが…。
1979年、韓国大統領暗殺後のクーデターを描くシビアな政治劇。史実ベースでしか逆にありえないようなダークな結末に戦慄するし、これに『ソウルの春』という直球の(そしてシニカルすぎる)タイトルをつけるセンスもけっこう凄い気がするが、本当に凄いのはこんな映画が『パラサイト』超えの大ヒットを果たしたことである。作り手が観客を信用し、観客も見事に応える、幼稚さの対極にあるような韓国映画界が眩しい。
韓国の人々の、時には体を張って民主主義を守ろうとするような尊敬すべき姿勢には、政治的に厳しい環境でサバイブするために、市民がタフにならざるをえなかったという側面は確実にあるので、「韓国の民主主義の成熟」云々みたいなざっくりした括り方だとかえってその本質を見失ってしまう気もするが、人々の精神に学ぶべきことが多いのは間違いないだろう。そもそも、その「政治的に厳しい環境」の背景には日本の植民地支配があったことも忘れてはいけないのだが。
そのへんの背景を抑えておくための、韓国現代史に関するまともな(←重要)入門書を探してるならこちら『新・韓国現代史』オススメです
そういえば今年の韓国映画、『対外秘』もあったんだよな…。ポリティカル・サスペンスとしての作りのうまさはさすがだったが、本作で描かれている冷たい絶望のようなものを、いっそう恐ろしく感じてしまう今日このごろ。
『熱烈』(中国映画)
これも今年ベスト級に面白かった映画なのだが、韓国ではなく中国の映画である。カテゴリーの都合的に雑にまとめさせていただく…。
ブレイキンで天下を目指す青年の躍動の日々を描く、熱く鮮烈なダンス映画。それほど関心ない分野なのに観てるだけで楽しかったし(役者がみんな超踊れる人なのはデカい)、THE少年漫画なド直球な熱さもイイ。特にクライマックスのブチ上げっぷりで今年これを上回る映画は出ないと思う。
同じ中国映画…と括ると雑だが、やはり題材も熱さも『雄獅少年/ライオン少年』を連想。いま往年のジャンプ漫画的な熱さを世界一うまくエンタメ化できてるのって中国の作り手なんじゃね?とさえ感じる。世代的にもドンピシャっぽいし(悟空とか漫画への言及も多い)
『熱烈』も『雄獅少年』も、ブレイキン/獅子舞というややマイナーな肉体的アートを扱いつつ、シンプルかつ熱血なストーリーを、とてもロジカルに(ここが重要)構築していって、クライマックスでちょっと尋常じゃない熱気とカタルシスを生み出す手腕が共通。てか全エンタメこうあるべきじゃねと思ってしまう(極論)
主人公が入るブレイキンのチーム名が「感嘆符!」なのだが、チーム名が「感嘆符!」ってことあるんだ、なんか面白いね笑、的なナメた態度を私のようにとっていると、まんまとクライマックスで「感嘆符!!!!!」って絶叫しながらステージになだれこむモブと化すから注意しろよな!!!
【実は大豊作。実写邦画2024】
映画ファン的にはけっこう共通認識といって良いと思うが、2024年は(特にミニシアター系の)実写邦画がかなり大当たりイヤーだった、というか「新しい時代」が始まった感がたいへん強かったのです。洋画不振とかもけっこう心配なのは確かなんだけど、国内のフレッシュな作品にもしっかり目を光らせておかねば、と思いました。あんまり東京のミニシアターとか最近行けてないけども…。
『悪は存在しない』
自然あふれる地方の町で、ある企画を立ち上げた東京の会社が住民と衝突し…というあらすじと不穏なタイトルから想像してた話とはけっこう違ったが、無類に面白かった。静かなスリルと細部に宿る豊かさは濱口作品ならでは(『ハッピーアワー』からずっとファン)で、あの説明会のシーンとか運転中の会話とか薪割りとかなんで面白いのかわからんけど本当に面白いし、映画の可能性をガンガン開拓していていつもながら本当に凄い。
さらに今回、いつもの濱口節に、自然や動物の要素が加わってまた違う切れ味に。イラストにもちょっと描いたけど、鹿映画でしたね〜。世間をにぎわすクマ問題にもかなり通じているけど、本作の「鹿」に象徴されるもの、巧がなんの化身(?)なのか、とかいくらでも考え甲斐があって、観た人ほとんど全員の解釈がバラバラなのも面白い。個人的には、「共存可能性と対話不可能性をあわせもつ、絶対的な他者にして人間自身でもある"自然"…」みたいな解釈をしている。言葉にするとなんかベタなので、ぜひ映画を最後まで観て途方に暮れてほしい。
基本的にずっと静かだし、地味は地味な映画なのに、けっこう万人に勧めてもよさげなスリリングな面白さがしっかり充満している点で、『偶然と想像』に近いタイプの映画だなと。『悪は存在しない』楽しめたなら絶対おもしろいと思う↓
『ナミビアの砂漠』
今年の日本映画を代表する1本と言って差し支えないのではないでしょうか。
自分自身も人間関係も社会との繋がりもどうにもならなくて、砂漠みたいな世界を乾いた目で見つめながら生きる女性・カナの物語。何よりまず河合優実さんの吸引力が圧倒的で、緊迫感とユーモアに満ちた語り口にずっと目が離せず。今年の邦画は良作が多いが、間違いなく代表格の一つ。
今いちばん熱い俳優の一人と評判の河合優実さんだが(『ルックバック』の声優とかも良かったね)、演技しっかり観るの『サマーフィルムにのって』以来かも(てかビート板だな!後で気づいた)。新世代のスター誕生を見逃すなかれ。
ところで『ナミビアの砂漠』、後半であの人(印象的な喋り方で顔が映る前にわかる)が出てきた時『悪は存在しない』と同じユニバースなのかと思った。『悪は〜』の後ほんとに転職した可能性あるし、前作のあの人が強キャラとして登場!感が凄かった。いや前作じゃねーよ、何CUなんだよ…
ともかく今年の傑作邦画『悪は存在しない』と『ナミビアの砂漠』、どっちも反芻亜目(シカ・ウシ科)の動物が鍵を握っているので、今後もHCU(反芻亜目シネマティックユニバース)として展開するのもいいかも、渋谷采郁さんがニック・フューリー的な役回りで…みたいな愚にもつかない話を映画好きと一生していたいものだ。
愚論はともかく、渋谷采郁さんが出てくるシーンしみじみ良かったな。主人公にとって「砂漠」は絶望的な世の中の象徴でもあり、でも同時に自分の中にも世界の果てにもどこまでも広がる未知、「わからない」何かのイメージでもあり…ということを砂のモチーフで反復させる点でも重要な場面。
カナがハヤシにぶつけるセリフにも顕著だけど、よくある「創作を讃える創作」へのものすごい強烈なカウンターパンチのような映画でもあって凄かった。いや「創作讃歌」ももちろん好きなのだが(自分も作る側だし)、「クリエイターが創作を讃える」時にどうしても滲み出る自己陶酔や逃避に切り込む作品もまた、あるべきではないかと常々思っているので。
たとえば「残酷な現実に対して、我々創作者ができることは、創り続けることだけだ…」みたいな作品があるとして、それはもちろん感動的になりうるのだが、「いや(創作者である前に一市民なんだから)もっと色々あるだろ、普通に選挙とか行けや」みたいな視点も今すごい大事だよなとも思ったりして…。(本作はべつに選挙行けって話じゃないんだが、突き放し方が、ってことね)
強いフレーズが連発する『ナミビアの砂漠』の中でも屈指のセリフが、あの創作者に向けられるもので(本作自身にも向けてるのだろうが)、男社会の女性に対する身勝手さや自己陶酔と、現代日本の「創作」界が抱える問題点に同時に切り込むような(それらが確実に繋がってるからなのだが)強烈さだったな。すでに映画ファンの間でもめちゃめちゃ語られてる作品だが、ポップさと深みと強靭さを兼ね備えた、新時代の一作だったと思う。
『夜明けのすべて』
yoakenosubete-movie.asmik-ace.co.jp
これも今年の邦画を象徴する1本。事前の情報だけだと「なんか人気者どうしの恋愛映画?なのかな?」くらいの興味しかもてず、全然ノーマークだったが、とても評判がよくて観に行ったんだよね。ほんとよかった。
PMS(月経前症候群)で時々怒りを爆発させてしまう女性と、パニック障害を抱える無気力な青年が、ちょっとだけ心を通わせる物語。外から見えづらいぶん余計しんどいとも言える事情を抱えた2人が、それぞれの「夜明け」へ歩む姿に優しく光を当てる。
まず主役の藤沢さんを演じる上白石萌音さんが凄く良かった。なにげに演技で表現するのが非常に難しそうなPMSという症状を、普段の親しみやすさと溢れる激情の落差によって、絶妙なリアリティで演じ分ける。スクリーンで見るの実は『ちはやふる』以来かもだが、良い役者さんだ…。
中等症以上のPMS(月経前症候群)人口は180万人にのぼるそうなので、それほど珍しい症状でもないと言えそうだが、PMSについてフィクションでちゃんと描かれることは珍しいと思うし、その意味でも『夜明けのすべて』のような作品で有名俳優が演じてくれることは大事だなと。
パニック障害をもつ山添くんを演じた松村北斗さんも(実写演技は初めてみるが)良かった。PMSで大変な藤沢さんと徐々に同士(?)っぽくなってくる過程がいいし、恋愛に一切ならないのも好み。上白石さんとは朝ドラ主演コンビとして有名らしいが、新海誠コンビだな…と思って見てた。
「安易に恋愛にならない男女主人公」好きな人にオススメの作品だが、そういう作品って大抵面白いといっても過言ではない気がする。実際この世の人間関係って「男女がいたら恋愛」みたいな単純なもんじゃないだろと思うし、そういう複雑なひだを描く意志が作者にあることが多いからかも。
『ラストマイル』
「今年の日本映画」にふさわしい映画は色々あると思うが、客観的な指標を重視するのであれば、やっぱこれなのかもなと思う。
物流をテーマにしたサスペンスという点でまずフレッシュだが、現代の私たち消費者には馴染み深い(ゆえに罪に加担してるとも言える)ブラックフライデー的なイベントを通じて、社会の歪みをグサリと刺してくる批評性に溢れた一本。観た時、観客も相当入っていたが、大規模な邦画でこれをやれるということに希望を感じた。
予告編ではドラマとのシェアードユニバースを売りにしていたが、完全にこの映画だけで成立してる話なので(良いことだと思う)、ドラマの予習は特にいらないかと。ゲストは「ゲストなんだろうな」とわかるし。一応『アンナチュラル』も『MIU404』は見ておいたので嬉しい場面はあった。
大量で安価な輸送が物流システムを歪め、末端の労働者にしわ寄せがくる…『わたしは、ダニエル・ブレイク』みたいな具体的な問題に視点を絞った映画だが、ちゃんと日本社会の諸問題のメタファーとして感じられるのは、脚本がよくできてるということだと思う。シェアードユニバースで他の職業にも光が当たるのもそこに貢献してそうだが。決して明るくないラストも「持ち帰って考えてね」というキレの良さを感じた。
ストライキを肯定的に扱う日本のエンタメ大作ってかなり珍しくないかな、とかも思ったし(『シン・ゴジラ』のデモの描写とかと比べても顕著である)、「社会的なテーマを正面から扱いつつ、大ヒットさせる邦画」を実現してくれた時点で、ありがとうございます!と平伏するほかない。まぁこういう企画が成立してしまうほど、本作で描かれている社会問題そのものが深刻であるという言い方もできるので、喜んでばかりもいられないが…。こういう志あるエンタメ大作がどんどん続いてくれれば日本映画の将来も希望があると思う。
『HAPPYEND』
2024年を代表する社会派エンタメ日本映画として、ビッグバジェット大作の『ラストマイル』に並び、ミニシアター系では本作『HAPPYEND』が二大巨頭だと思った。
社会や政治への諦めと無関心、理不尽なルールへの隷属が「賢い」態度とされ、緩やかな絶望が蔓延した近未来の(しかし今と完全に地続きな)日本で生きる若者の日常と抵抗を描く。良作続きの今年の邦画の中でも屈指の出来栄えだし、今の日本映画界に最も必要なタイプの作品だと思う。
予告の時点で「これは何か違うぞ」と思わせる風格があったので↓、楽しみにしていたが、実際観てみるともっと良かったな。
監視システムが導入された近未来の学校が舞台という、うっすらSFな設定なのだが、災害のような「恐ろしいこと」を口実にした支配や差別の解像度が高く、かなり生々しく今の日本社会の「現実」と繋がってくる。
当初の仮題は「Earthquake(地震)」だったそうで、関東大震災と朝鮮人虐殺の歴史的事実も本作の源にあると監督がインタビューで語っていた。現実にも歴史への反省が不十分なままで(追悼文出さない都知事も勝っちゃったし)次の大地震を迎えようとしているんだよな…と考えると、恐ろしいアクチュアリティをもった映画でもある。
ちなみに本作『HAPPYEND』の監督は『Ryuichi Sakamoto | Opus』を手掛けた空音央氏。
実はこっちも観ていた。逝去の半年前に撮ったコンサート映画で、自身の名曲20曲をピアノソロで演奏。鍵盤の音やかすかな雑音、繊細な手の動きに聴覚と視覚を澄ませるうち、有限の人生の寂しさと美しさが心に打ち寄せるような、忘れ難い映画体験だった。
『HAPPYEND』も、音楽やアートはなぜ、何のために存在するのか…という大きな問いに対して、理由や意味なんていらない、とフンワリ逃げるのではなく、理由と意味を真正面から答えてみせるかのような映画だったな。
そういえば『HAPPYEND』で理知的&反逆的な女子学生を演じた祷キララさん、お気に入り映画『サマーフィルムにのって』のブルーハワイだったと気づく。河合優実も出てるし、新世代の『桐島、部活やめるってよ』みたいになってきたな『サマーフィルムにのって』(この『HAPPYEND』や『ナミビアの砂漠』も将来そうなるんじゃないでしょうか)
『侍タイムスリッパー』
忘れちゃいけない今年の大快作。
自主制作ながらも口コミ絶賛で全国公開…という経緯も納得の面白さ(結局すごいヒットしたと聞いて驚きつつ、そりゃそうだよなとも)。背景含め『カメラを止めるな!』も連想するメタ映画的なコメディだが、斜陽の時代劇と滅びゆく侍の姿を重ねながら、まさに「時代」に縛られ、翻弄される私たちにエールを送る、堂々たる創作賛歌にも仕上がっていた。
みんな言うだろうけど主人公を演じた山口馬木也さんがほんと素晴らしかったね。ヒロインの沙倉ゆうのさんも、すごく実在感のあるチャーミングさで最高だった。こういうマジで万人にオススメできるタイプの「面白い」エンタメ作品が、むしろインディー以外からなかなか出てきづらいって状況、逆にどういうことなんだろう…とはしみじみ思ってしまうのだが。
最初に劇場で観たときはパンフも制作なくてマジでインディーなんだな…と思ったが、公式サイト見るとほんとにカツカツで作ったらしく、家業の農家を継いだ監督も「映画がヒットしないと米作りが続けられない」と語っていた…(ヒットして本当によかった…)。ちなみに全国公開後はパンフも発売していて、メジャー上陸した印よのお…と読んでみたら、なんか文字ぎっしりでインディー感(同人感っていうか…)が凄く、この映画らしくてホッコリしたので、ファンはマストバイ。
『サユリ』
邦画が豊作な中で、個人的には地味に今年最大ヒットだったかも。
仲良し家族が越してきた家が呪怨ハウスで…?という程度の前知識で見に行って(劇場の観客と一緒に)ザワザワできて本当に楽しかった。白石晃士監督らしいトリッキーさに満ちた、驚くべき変化球のホラーでありながら、ド直球ストレートな快作でもあるというパワフルさに喝采。とりあえず2024年の邦画界ベストキャラクターは、あのばあちゃんで決まりであろう…。
観に行った近所のシネコンは相当賑わっていて、客層もワッキャしてる高校生とかが多かった(『ラストマイル』ともだいぶ違う客層)。最初のジャンプスケアで誰か「ひゃあ!」と叫ぶ→劇場が苦笑…みたいな空気、中盤まさかの展開のざわめき、終了後「何この映画…w」的なつぶやきも聞こえて良かった。
中盤の転換がぶっ飛んでて面白いし、ばあちゃんに至っては絶対ミーム化するだろこれという確信があった(事実めっちゃ愛されてたね)が、全体としては「現実に存在する、喪失への深い悲しみ」への真摯さがあって、そこにこそ心打たれた。ばあちゃんにしても(破格で痛快なだけでなく)どこか人の生の限界を感じさせる切なさもあるんだよね。
単純に起こったことだけ見るとホラー全体の中でも相当悲惨な部類のはずなのだが、じゃあ悲惨なことが起こった時に絶望して闇に飲まれてしまえば良いとでもいうのか…!?と逆ギレしながら問い正すかのような作品で、また見返したくなる。不条理ホラーへの批評であるがゆえに、普遍的に人を鼓舞する力をもつという、実は一番好きなタイプのエンタメ作品かもしれない。
【珠玉のヨーロッパ映画2024】
「ヨーロッパ」でくくるのも微妙に雑だが、なにげにけっこう色々観てたし、年間ベストにあげたい作品も沢山あったので紹介。
『ミツバチと私』
スペインのバスク地方を舞台に、8歳の子どもが自分の性自認や周囲との関係について思い悩みながら、ミツバチをはじめとする自然や生命と交わりつつ、自分自身と向き合っていく話。トランスジェンダーの子どもの生を親密で当事者的な視点から真摯に描いた映画として、いま日本でも観られてほしい。
「トランスジェンダーの子から見た世界」を親密な距離感で描く映画でありつつ、周囲の大人の描写も(愛情は当然あるが、よかれと思って主人公を抑圧してしまったりと)重層的で良い。近年、世界中でトランスの人々に対して、やたら扇情的かつ暴力的な排除言説も飛び交っているだけに、こういう映画は特に大事だなと思う。
トランスジェンダーである主人公の子の描かれ方も複雑で奥行きがある。アイトールという男性名に拒否感を抱き、後半には「ルシア」という女性名で呼ばれたいと思うのだが、その前はココ(バスク語で"坊や"的な言葉らしい)と他称され/自称してて、少し混乱する人もいるかもしれないが、この呼称との距離感が独特だった。
教科書的な作劇にするなら「アイトール」→「ルシア」の名前変化を通じた主人公と周囲の関係の変化を描くと思うが、そこに男子っぽくも女性的にも響く「ココ」(ココ・シャネル的な…)と、主人公のその名前への好悪はっきりしない態度も丁寧に描いていて、人ってこういう複雑さあるよなって。
トランスジェンダーの人々に対する乱暴な言説が飛び交いがちな背景には、やっぱ創作物にまともなトランス表象がまだ少ないというのも大いにあると思うし、過剰に悲劇化して"泣ける"消費するのではなく、当事者や家族の話をよく聞いてリアリズムを重視して作った『ミツバチと私』のような作品は大切だとつくづく思った。
配信もきてるのでぜひ。
『まだ明日がある』(→新タイトル『ドマーニ! 愛のことづて』)
年間ベストに間違いなく入るほど好きな作品だが、たぶん観てる人は少ないと思う。なぜならイタリア映画祭2024で『まだ明日がある』というタイトルで上映されていた作品なので。しかしさっき調べたら『ドマーニ! 愛のことづて』という題で今年3月に一般公開されることも決定したらしい!めでたい。
ざっくり言うと、家庭内暴力をサバイブする40年代の主婦の姿をフェミニズム視点で描いた作品なのだが、まさかの「コメディ」として作られている、なかなか凄い映画。「深刻きわまりないテーマを、あえてコメディタッチで語った作品」という意味で、同じくイタリア映画の『ライフ・イズ・ビューティフル』の系譜にも連なる作品と言えそう。イタリアではあの『バービー』超えるヒットを遂げたということで、驚きつつも納得してしまう。
DVと女性への抑圧という極めて重いテーマを扱いながら、イタリア映画祭では劇場が何度も笑いに包まれていたのも凄い。一方でサスペンスの作り方も巧みで、あるシーンで「ああっ!」と観客がどよめいた瞬間まであった(日本の映画上映では大変珍しいような…)。
観客の予想を軽やかに飛び越える社会的な着地も見事だった。DVに苦しむ女性にもたらされる救済を序盤に「手紙」の形で象徴しつつ、その文面は最後まで伏せられ、他の男の愛情か、現状からの逃避か…と引っ張っておきながら、ラストの(ほとんどの人が予想してなかったであろう)現実のイタリア政治史も踏まえた種明かしが素晴らしかったな。
イタリアもヨーロッパ先進国の中ではジェンダー面などが保守的ともよく言われる国だが、『まだ明日がある』がコメディとして作られて大ヒットするくらいだし、なんだかんだ成熟を感じざるをえない(翻って日本は…とも考えてしまうが)。その意味では先述のインド映画『花嫁はどこへ?』とも通じる作品だ。テーマこそ重厚だけどとても見やすいエンタメ作品だし、ぜひ日本でも一般公開すべき!と思っていたので、反響を含めて『ドマーニ! 愛のことづて』として公開される日も楽しみにしたい。
『瞳をとじて』
これもあまり観てる人は多くないかもしれないが、劇場で見れて本当に良かったなあ…とつくづく思った作品。ビクトル・エリセの31年ぶりの新作で、50年前の名作『ミツバチのささやき』とあわせて観たのだが、とても良かったな。3時間と長いが、その時間を映画の内側で生きさせてもらったような感覚と余韻が残った。古めの小劇場で観られたことも含め、今年最も豊かな映画体験として記憶したい。
さすがにできすぎだろ、と思うくらい『ミツバチのささやき』と綺麗な円環構造をなした作品でもあり、映画監督の人生としてこれ以上の美しい円は望めないのでは…とニワカでさえ心打たれる。予習とかそういうことではないので、事前でも事後でもいいのでぜひ両方観てほしい。
本作、主演俳優が謎の疾走を遂げてから数十年…という話なんだけど、なんかあらすじとか、面白さがどうこうを語る気にもあんまりならなくて(明快な面白さもあるのだが)、久々にこう完全に別の世界に連れて行かれて、縁もゆかりもない他人の人生から見た世界にどっぷり浸からせてもらったな、という満足感があった。でもまさにそれが映画の本質でもあるんだよね。
『ミツバチのささやき』(1973)もあわせて観たのだが、タイムレスとしか言えない輝きを放っていて、こういうのが名画ってもんだよなと思うし、確かにこんなクオリティの映画はそうホイホイ撮れるもんじゃなかろう、とエリセ監督の寡作っぷりにも納得してしまうのだった…。でも100年後に残ってるのは(どんな大ヒット作よりも)こっちかもしれないわけでね。
ところで『ミツバチのささやき』、先月観て感銘を受けた『ミツバチと私』がかなりリスペクト捧げてるそうだが、見比べるとたしかに(スペインが舞台、ミツバチモチーフ以外にも)重なる部分多かったな。『ミツバチのささやき』終盤は『ミツバチと私』クライマックスの「アイトール!」場面を思い出したし。
それと『ミツバチのささやき』、フランケンシュタインの怪物が重要なモチーフなのも観て知ったが、これは『哀れなるものたち』とも重なるので、今年みた良作たちと不思議にリンクする作品だったな…とちょっと面白い。31年ぶりの監督作なのにね。
『バティモン5 望まれざる者』
ヨーロッパ映画といえば、フランスの深刻な社会問題を描いた本作もぜひ紹介したい。
ラ・ジリ監督の前作『レ・ミゼラブル』(2019)と同様、パリ郊外の移民が多く住む地域で巻き起こる行政と住民の対立を、圧巻のリアリズムと怒りと共に描き出す最新作。『関心領域』のヒットも喜ばしいが、現在進行の「領域」を見据えた本作にも関心が向けられてほしいなと思った。
公開時期がたまたま重なったのもあるが、実際『関心領域』とも本質は重なる話なんだよね。生きている人々を非人間的に扱って、「自分には関係ないから」と狭い関心領域に閉じこもって放置していると何がどうなってしまうか、という話だから。両方とも日本でこそ観られるべき映画。
【NTLiveにハズレなし2024】
首都圏に住んでいる映画ファンなのにNTLiveに行かないヤツは人生を誤っている。
…と明言していいかはともかく、ロンドンの国立劇場 NTLive(ナショナル・シアター・ライブ)は実にすばらしい試みであり、上映館がほぼ東京か大都市のいくつかの映画館に限られるという点だけがネックなのだが、何を観ても大抵面白いし心打たれるので、やっていたら最優先で行くようにしている。
2024年のラインナップ↓ どれも甲乙つけがたい素晴らしさだった。
ちなみに一昨年、2023年のラインナップ。この年も豪華だったな(ほぼ全部みたと思うが粒ぞろいだった)。特に『善き人』は大ヒットしたようで何より。
NTLive『ディア・イングランド』
2024年のNTLive、どれも素晴らしかったが、ひとつだけオススメするならこれにする。現役時代に大一番のPKに失敗した傷を抱える監督が、従来の「強さ」に縛られない新たなイングランド代表を作るため奮闘する物語。明快な娯楽性と重厚な社会的テーマ性を両立し、「こんな話、演劇でできるんだ」という意外性も。舞台初心者にもイチオシ。ちょっと詳しくレビュー書いたのでぜひ読んで↓
NTLive『ナイ 国民保健サービスの父』
全国民に必要に応じて公平な医療を提供する…という、今でこそ常識的だが前世紀には過激な夢物語だった国民保健サービス“NHS”の創立者アナイリン・ベヴァンの人生を舞台化。NTLiveの記念すべき100作目にふさわしく、今こそ観るべき秀逸な社会派エンタメ。
国民保健サービスの創立という、派手に映像化しづらそうな地味さだが人類的には超重要、というテーマを万人にわかりやすくユーモアも交えて語り、かつ演劇ならではのミニマルな切れ味もある、NTLiveの良さが詰まった作品。
『ナイ』で描かれた国民保健サービスNHS、そういえばこれが現れる前は医療ってどう回してたんだろ…とか(影響は大きいのだろうが)日本の医療制度とは何が違うんだろと興味湧いた。当時の常識ではそりゃ無理って言われるよなとも。医療史とか詳しくないけど知的好奇心が湧いた。
主演のマイケル・シーンが大変チャーミングだったし(地味に『リーマン・トリロジー』並に演技が忙しそうだった)、デヴィッド・テナントの『善き人』とあわせれば『グッド・オーメンズ』二本立てじゃん…とか思った。
NTLive 『ザ・モーティヴ&ザ・キュー』
うっかり見逃していたので、後で吉祥寺オデヲンまで行って見たのだが、これも良かったな〜。演出は『リーマン・トリロジー』のサム・メンデス。
マーク・ゲイティス演じる落ち目の演出家が、とある映画スターを主演に据えた『ハムレット』の上演を手掛けることに。しかし、素人目に見ても「こいつはハムレットではないだろ…」という雰囲気で、稽古の現場には様々な感情が渦巻き、次第に崩壊へと向かっていく。実話ベースのビターな演劇コメディとして惹きつけられるし、「演じる」ことの意味に正面から向き合う真摯な舞台でもあった。
NTLive『ワーニャ』
今年はなんといってもアンドリュー・スコットの年だったのだが、NTLiveでも2本もアンスコ主演の劇を観られて最高だった。
『ワーニャ』は、地球最強役者トーナメントを開いたら優勝しそうなやつ筆頭のアンドリュー・スコットが、チェーホフの名作を壮絶な一人芝居で演じ切るという、とんでもない演劇。孤独の真っ暗闇へと観る者を引き摺り込む達人級の演技に圧倒される、文字通りの独壇場だった。
マジもんの演技の天才が一人だけでひたすら演技をし続けると何がどうなるのか体感できる大変な2時間で、ラストとか本当に凄かったし、演劇の凄みを実感させられたな。
『ワーニャ伯父さん』、19世紀末に初演された古典オブ古典だが、「自分の人生が無意味だった、人生の可能性を無駄にしてしまったと気づいてしまった人の話」という点で、やっぱ極めて普遍的に人の心を刺すパワーがあるよな…とアンスコ版『ワーニャ』を観て改めて思わされた。
アンスコ主演のNTLive作品、見逃してた『プレゼント・ラフター』も観たんだけど、これもとても楽しかった。スター俳優の生活が色んな闖入者によってハチャメチャになっていくという哀しき喜劇だが、こういうコメディでも輝くんだなあ…と。
NTLiveは2週間位しかやってないことが多いので映画としては若干見逃しやすいのだが、そのかわりちょいちょいリバイバルもやるので、運良く近所でやってたら絶対いったほうが良いよ! リアル演劇のお値段に比べたら3千円とかタダみたいなもんだぜ。
【わくわく!どうぶつ映画2024】
もう3万字くらい行ってるし、読んでる人もいないかもしれないのでそろそろ終わりたいが、最後に「どうぶつ映画」という括りで、今まで触れられなかったけど素晴らしかった作品に言及して終わりたい。
『ウォーターシップ・ダウンのうさぎたち HDリマスター版』
インパクト面では今年随一。
動物アニメ好きとしては見逃せない、1978年製作のカルト的人気を誇るアニメ映画。児童文学原作でありながら、デルトロ監督が「人生の分岐点」と称えるのも頷ける、アウトサイダー的な異様な手触りのアートや、衝撃展開の忘れ難い迫力。
子どもが見たら普通にトラウマになりそうな、露悪ギリギリの残酷表現もあるが、自然界に確かに存在する過酷な側面を率直に表現する誠実さも感じた。半世紀近く経った今でも、すばらしい生命力を感じるうさぎたちのアニメ表現が、その誠実さの証しといえる。
動物をリアリズム重視で描いたアニメ作品として、他に類例が思いつかないような独自の魅力があった。アニメ表現自体は(70年代だし)ぎこちない部分も当然あるけど、しっかりした観察に基づいているのがわかって見応え抜群。車にひかれそうになる場面とか「慌てた時の動物の動き」もうまかったな。
うさぎが主役なんだけど他の動物たちも最高。アナグマがちょっとだけ出てくるシーンとか一瞬だけどすごく忘れ難いんだよね。うさぎにとっては恐るべき「他者」なんだろうなと。その後の「口に血がついてたな…」「何か殺したんだよ」的な会話も不穏で良い。
あと地味に鳥映画でもあったね。陰惨な暴力や破滅的な予兆にあふれたアングラな(物理的にも地下シーン多いし)雰囲気の中で、カモメの飛翔シーンが大事なアクセントになっていた。セリフも(ちゃんと把握できてないが)鳥関連の小ネタ色々入れてたような。
『FLY!/フライ!』
2024年の映画における鳥を振り返る際、『FLY!/フライ!』を外すわけにはいかない。カモ映画最高!!
詳しくは↑の記事読んでほしい(今年唯一ちゃんと書いた映画のブログ記事、これっていう。)
あまり話題にならなかったけど、じつは『くまのアーネストおじさんとセレスティーヌ』(2012)のバンジャマン・レネール監督作品だったということとか、どれくらいの海外アニメファンがわかっていたのか少し心配になる。普通に面白い映画だし、配信とかでみたほうがいいぞ
『クワイエット・プレイス:DAY 1』
ちょっともう語る体力が尽きましたが、ネコちゃん映画でした!quietplace.jp
いやほんと冗談抜きで2024年の隠れた傑作なので観たほうがいいですよ、『クワプレDAY1』。ピザ映画でもあるし(?)
もうええでしょう、おしまい。さんざん三万字くらいかけて語ってきてしまったが、まだ読んでる人がもしいたら、お付き合いいただいてどうもありがとうございました。ベスト10とか選ぶのは放棄したと冒頭に書きましたが、せっかく読んでくださった方のために超ムリヤリ今年のベスト10(新作)を選んでみると、
ロボット・ドリームズ
哀れなるものたち
まだ明日がある
ユニコーン・ウォーズ
化け猫あんずちゃん
劇場版モノノ怪 唐傘
JAWAN ジャワーン
NTLive ディア・イングランド
めくらやなぎと眠る女
サユリ
(順不同)
という感じでしょうか。べつにどうでもいいですね。結局アニメ大好き!
…ただしガチで旧作リバイバル上映とかも含めて今年のベスト映画選ぶなら、もうダントツで『マルホランド・ドライブ』と『千と千尋の神隠し』でしたね…。2001年か?
というわけで2002年も、じゃなかった、2025年も良い映画にできればたくさん出会い、なるべく感想とかもこまめに書いていきたいので、よろしくね。