・映画「フォックスキャッチャー」を観た…のは少し前であるが、ムービーウォッチメンで字多丸さんが評論していたので、改めてお絵描きしてみた。スティーブ・カレル(まんなか)は正直気に入っている。このブログの絵で今んとこ一番よい。
・しかしこの絵だと本当にキツネを捕まえに行く人たちの話みたいだな。キツネ狩りの達人と、スク水おっさん二人の愉快な冒険。畑を荒らす悪いキツネは果たして捕まるのか!
・ちがうよ。レスリングの話ですよ。
・たわごとは置いといて、字多丸さんのレビュー、すばらしかった。評論を聞いてあらためて、この映画の何がすごかったのか、何が面白かったのかをもう一度たしかめることができた。当たり前のようで、なかなかできることじゃない。こういう知性が毎週なんかしゃべっているということだけでも、世の中捨てたものではない。と思いたい。
・「フォックスキャッチャー」は、「自分であるという業(ごう)」の話だったのだと思う。作中のだれもかれも、金を得ようが名誉を得ようが、「自分であること」からだけは逃れられない。
・デュポンは結局、尊敬も友情も勝ち取れなかったわけだが、たとえ勝ち取れていたところで結局は同じだっただろう。そう思わせる酷薄さが映画全体を覆っている。友情や努力や勝利では「自分」からは逃げられない。そのような考えに貫かれた作品だと思う。
・厳しいし悲しいが、見終わった後、不思議と絶望的な気持ちにはならない。不思議な爽やかさがある。それはいわゆる「金持ちざまぁ」「スポーツマンざまぁ」「リア充ざまぁ」という感覚とはまた異なるものだ。(そういう要素もたぶんにある作品だと思うけど)
・「ゴーン・ガール」もそうだった。いっちミリも明るい要素なんかないのに、どこか晴れ晴れとしたものが心に残る。(むこうはもっとわかりやすく「リア充ざまぁ」映画とはいえ…。)
・やはり、どうにもならない「人の業」を鮮やかな形で見せつけられると、なぜか爽やかな気持ちが湧いてくるのが人間なのかもしれない。それもまた物語のもつ役割なのかも。
・ジョジョもそう。ジョジョを一言でまとめると、「幸せになろうとして失敗して死ぬ話」だと思っている。でも決して読んだ後、暗い気持ちにはならない。そこが素晴らしい。
・まあジョジョの話は長くなるので今日はやめよう…。ジョジョリオン、康穂とつるぎちゃんのコンビが無性に好きで絵とか描きたくなる。おっけーおけつだよ。