沼の見える街

ぬまがさワタリのブログです。すてきな生きもの&映画とかカルチャー。

『オン・ザ・ハイウェイ その夜86分』を語るナイト

  • 展開に行き詰っていた漫画がやっとスルッと進んだので、もう今日は夜更かしして漫画を描きまくりたいのですが、ブログもさぼらずに更新しようと思います。まったく見上げたアレですね…(なんだよ)。
  • 映画の感想でも書きます。『オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分』(原題:Locke)の話でもしよっと。恵比寿ガーデンシネマ、1500円。といってもコレ、観たのは先月なのですが…。ちょうど6月の最終日に、大傑作『きみはいい子』とハシゴしました。濃い一日だった…。
  • さて本作、地味で小規模な作品ながら、なんといっても『マッドマックス 怒りのデス・ロード』のトム・ハーディ主演作ということで、映画ファンの注目度は高かったのではないでしょうか。むしろ「トム・ハーディ度数」で言えば『マッドマックス』よりも本作の方が格段に上です。
  • というのも当たり前で、この映画、なんとトム・ハーディひとりしか出演しないのですよ。そして舞台は一台の車の中だけ。ハイウェイを爆走しながら、ハーディ演じる主人公があちこちに電話をかけまくる、ただそれだけのお話です。
  • トム・ハーディが車で爆走するぜ!」と聞くと、せっかちな映画ファンはどうしても「じゃあ『マッドマックス5』なのかな?」と思ってしまいがちですが、違いますからね。いくらなんでもせっかちすぎるでしょう。むしろ『ひつじのショーン』の方が『マッドマックス』っぽいので、そっちで我慢しといてください(なにこの文)。
  • ともかく、「いくらトム・ハーディが主演だからって、そんな、車で電話かけるだけの映画が面白いの?」と思われるかもしれませんが、これが、実に面白いんですよ…! シンプルでミニマルながら、たいへんスリリングで渋いハードボイルドなサスペンスに仕上がっていました(カタカナ多いな)。
  • あらすじを書くと、ロックという妻子持ちの主人公がどうやら不倫をして、ある女性を妊娠させてしまったと。その出産に立ち会うために、仕事を捨て、家族を捨て、その女性が待つ遠く離れた病院に向かって、ひとり夜のハイウェイを疾走するというお話です。
  • 普通なら、「ほほう、そうまでするほど主人公はその女性を愛していたのか…」と思うところですが、「そうではない」というのがこの映画の面白いところ。ロックは全然、その女性を愛してなんかいないんです。その女性との関係が単なる一夜の過ちだった、と心の底から自覚している。出産間近の相手にも、そのことをハッキリと告げます(ひでえ)。その女への愛情よりも、家族や仕事への愛情の方が、もちろん比べものにならないほどに大きいわけです。
  • にもかかわらず、ロックは不倫相手の出産に立ち会うために全てを犠牲にします。出産の予定日が、自分が最高責任者となった一世一代の大仕事と重なってしまったので、そちらの仕事を無理やりキャンセルするためにあちこちに電話をかけます。そして暖かい家庭で子供と一緒に自分を待っている妻には、不倫の真実を突きつけます。もちろんどちらも、待っているのは破局です。ロックが何よりも大切にしていた世界が、電話のむこうで崩壊していく様子が、トム・ハーディの見事な演技を通じてひしひしと伝わってきます。
  • なぜロックは愛する仕事や家族をすべて捨ててまで、その女の出産に立ち会おうとするのか。単なる罪滅ぼしなのか、それとも彼にとっては何かそれ以上の意味があるのか。その問いこそが本作の最大のテーマです。もちろん、直接そういったことが言葉でぺらぺらと語られることはありません。それなのに、ロックが家族や、仕事先の人々や、不倫相手の女性と電話で行うやり取りから、このロックという人間の生き方や思想が、そして何か普遍的で哲学的な問題がじわじわと浮かび上がってくる。本作が何より凄いのは、この点です。
  • 言葉にすれば陳腐になってしまいますが、本作は「正しさ」がテーマなのだと思いました。「正しさ」を追い求めるとは、どういうことなのか。いったん自分の中に「絶対的な正しさ」が生まれてしまえば、人は、何を犠牲にしようと、それに向かわずにはいられない。ロックがすべてを捨てて「正しさ」に向かって猛烈に進んでいったのは、彼が「不倫相手を愛していたから」でもないし、「いい人だから」でもない。「それが正しいとしか思えなかったから」なのでしょう。それこそがロックという人間の悲しさであり、もっと言えば人間そのものの悲哀でもあり、同時にほんのわずかな救いでもある。そうしたことを、説明過剰になることなく、最小限の語りの要素を用いて、鮮やかに示した美しい映画でした。
  • もっと詳しく語りたい気もしますが、時間もないのでこの辺で。しかしトム・ハーディはつくづく素晴らしい俳優ですね…。本作でも『マッドマックス』や『ダークナイト・ライジング』とは全く違った一面をあらわにしていました。いまやどメジャーとはいえ、まだまだこれからブレイクしていく俳優さんだと思うので、今のうちにぜひチェックを。あ、トム・ハーディといえば『チャイルド44』も公開中でしたね。これも行かないわけには行くめえよ。でもその前に立川の『マッドマックス』爆音にも行かんとな〜。忙しいぜウオォー。それにしてもトム・ハーディ祭りが凄いですね。サバイブ。
  • 余談ですが、ウィキペディアで本作の「上映時間」が「85分」って書いてあってちょっと笑いました。いや、正確に測ったら85分なのかもしれないけど、そこはちょっとごまかして上乗せして86分にしてあげなよ…。邦題的に…! まあ、正確性は大事ですからね。アカデミック!おわり。