
気候学者であるレイモンド・ブラッドレーは、いち早く地球温暖化の甚大なリスクに気づき、党派を超えて乗り越えられると信じて政治家に対処を訴えた。政治家たちは地球レベルの危機に一致団結し、科学を最優先し、みごと気候危機対策に全力で取り組みました、めでたしめでたし…なんてことは、もちろんなかった。科学は全く党派を超えなかった。それどころか事態はどんどん泥沼化。石油資本と癒着した右派の政治家やシンクタンクが、全力で科学者をバッシングしたのだ。
気候変動否定論の"本場"である(迷惑なことに日本にも輸出!)アメリカで、気候学者が繰り広げてきた闘いの記録が、本書『地球温暖化バッシング 懐疑論を焚きつける正体』だ。
世界でいちばん気候変動否定論者の猛攻の矢面に立ってきた気候科学者のひとり(映画監督ではない方のマイケル・マンと並ぶだろう)であるブラッドレー氏本人が書いているだけあって臨場感がある。
文中で、教会の権威に対して「それでも地球は回る」と言ったというガリレオ・ガリレイの伝説をもじって、「それでも地球は温暖化する」と言った科学者(ブラッドレーたち)は現代のガリレオだ!と報じられた、という件が冗談めかして書かれていたが、気候変動の人類文明への影響を考えても、対立する化石燃料業界の圧倒的なマネーとパワーを考えても、まぁ……実際そうじゃね?実質ガリレオじゃね?と思わずにはいられなかった。
今でこそ、もはや目に見える/肌で感じる証拠がありすぎるし、地球温暖化そのものを否定している人はさすがに減ってきたかなという印象だが、数十年前くらいは有名人が平気で否定論をぶちまけたりしていた。この『地球温暖化バッシング』を読むまで知らなかったが、『ジュラシック・パーク』等で知られる作家マイケル・クライトンも、けっこう悪名高い温暖化否定論者だったのね…。
医者でもあったクライトンを念頭においた、気候科学をナメて口を挟む他の科学者(ただの門外漢)に辛辣なブラッドレー氏のコメント↓
"科学について何がしかのトレーニングを受けてさえいれば、誰もがどんな問題にでも関われると思われるようになったのは、比較的最近のことだ。(…)自分が病気になった時に、気候学者に診てもらおうとは思わない。同じように、医師の称号を持つからといって、気候科学について声高に話せる資格がその人にあると思うことが、私にはとても理解できない。私は何年間もフルタイムの気候学者としてやってきたが、気候科学について知らないことはまだ山ほどある。全く異なる学問分野に参入しようと思うことは、よく言ってもおこがましいことだし、悪く言えばバカだ。"
こういう現象、今も日本でも、残念ながらよく見かけるんだよね。物理学者とか地質学者とか、「いやたしかにその分野では専門家なんだろうけど気候の専門家ではないでしょ」というバックグラウンドの人が、自分の「科学者」としての箔を悪用して、温暖化否定論者の先鋒となる、みたいな事例は散見される。
世間の人にも、専門外の科学者のいうことを過大評価して、肝心の気候科学者の99.9%が同意している事実を無視するなよと言いたくなってしまう。
厄介なのは、こうした否定論は、決して「うっかり」ではなく、意図的・戦略的にばらまかれているということ。
本文より↓
地球温暖化の科学的基礎を効果的に揺るがすことができないため、疑惑の商人たちは些細な点に焦点を当て、十分に認識された不確実性を誇張する。最も悪質なのは、関係する科学者の動機と誠実さを攻撃することだ。
(…)
そんな戦略は以前にも展開され、その時も少なからず成功を収めた。疑惑の種がまかれて、タバコの消費を削減する法案が通るのが何十年も遅れたのだ。業界の幹部たちが喫煙と癌との関係について、個人的には認識していたにもかかわらずだ。さらに油断ならないことは、タバコ業界の肩を持った多くの科学者たちが、今、人為起源の気候変動の重大性を疑っている科学者と同一人物であるという事実だ。
(…)
彼らは概して、強い自由主義的、保守的思想を持っていて、あらゆる規制を彼らの信念に反するものと見ている。したがって、どんな環境問題であっても、政府介入は不要であり、それは社会主義の始まり、さらに極端には共産主義の始まりと同じであると考えようとする。
最近読んだ『図説 人新世: 環境破壊と気候変動の人類史』でも、こうした(タバコ産業に並び立つほどアンチ科学的で大規模な)気候変動否定ビジネスと背後の保守政治の存在について警鐘が鳴らされていた。日本でも読まれている本の著者・ロンボルグとかね↓
『図説 人新世: 環境破壊と気候変動の人類史』読了。 「無知と否定」という章では、気候変動対策を阻止したい勢力による科学研究の攻撃やロビー活動など、「戦略的無知」がどのように展開しているかを紹介する。 そんな中『環境危機をあおってはいけない 地球環境のホントの実態』という本(日本での出版は2003年、訳者は山形浩生氏)に批判的な言及がされていた。 著者のロンボルグは「地球温暖化は、決して主たる環境上の脅威ではない」と断言した気候変動否定論者で、デンマーク政府からも「科学的に不誠実」のお墨付きを受けている。 こうした「科学的に、冷静に」を装った実は非科学的な本、日本でも多く出版されてるのよね…
— ぬまがさワタリ@『いきものニュース図解』ほか3/19同時発売 (@numagasa.bsky.social) 2025-05-09T11:35:34.502Z
SNS上やネットでもカジュアルに目にする気候変動否定や懐疑論、再エネへのマイナスイメージの流布なども、元を辿ればこういうビジネスの下流にあるといえることも多いと思うので、くれぐれも気をつけてほしいと思う。
『地球温暖化バッシング 懐疑論を焚きつける正体』で、最も大事だと思う箇所。
「科学は壁のように築き上げられる。最初は不安定かもしれない。勝手に落ちるレンガがあるかもしれない。他のレンガに潰されてしまうレンガがあるかもしれない。けれども、その中に、しっかりと構造物に組み込まれて、あらゆる外圧に耐えられるものもある。科学はそうして新しい理解に向けて進む。たくさんの崩れたレンガに囲まれながら、レンガは少しずつ積み上がる。壁は高くなっていくが、大切なことは最新のレンガに焦点を当てすぎないことだ。そのレンガは残らないかもしれないから。」
否定論者は「最新のレンガ」の細部にケチをつけ、全体を揺るがそうと狙うので注意すべきだろう。このやり口は、ジャンルは全く違うが、映画『否定と肯定』(原題:Denial)でも描かれたホロコースト否定論の手口と重なる部分が大きい。科学や歴史など、事実ベースの営みを否定する悪党のやり口は古今東西変わらないのだろう。
そんなわけで『地球温暖化バッシング 懐疑論を焚きつける正体』、2012年に出た本なのだが、十数年ほど時を経たからというべきか、巡り巡って否定論者の親玉が大統領にまでなってしまった今読んでも得るものが多い。映画『ドント・ルック・アップ』がノンフィクションである世の中は、いいかげん終わりにしなければならない。
内容は深刻だけどブラッドレー博士の辛口な書きぶりにクスッとするところも多いので、ぜひ一読を…↓

