沼の見える街

ぬまがさワタリのブログです。すてきな生きもの&映画とかカルチャー。

読書メモ:『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』

『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』という本を、audibleで見かけて読んでみた(聴いてみた)のだが、けっこう面白かった。

若さや青春ばかりをもてはやし、歳を重ねることや成熟することを軽視、なんなら拒否、もっといえば恐怖する世の中に対して、「大人になる」ことの良さと必要性を説く…というかマイルドに説教していく感じの本。

www.eastpress.co.jp

公式サイトの内容紹介より↓

世間で「大人」と言われる年齢になったみなさん、立派な「大人」になれた実感はありますか? 人生の選択肢が多様に広がったからこそ、生き方が定まりにくいこの現代。それでも月日は流れ、いやおうなく私たちは年老いていきます。「成熟のロールモデル」が見えなくなった社会において、「若者」の立場を卒業し、「大人」を実践するとはどういうことか? 異なる世代との付き合い方、恋愛・結婚観、趣味とともに生きていくことについて。リアリティと現実のギャップに戸惑う人びとへ、新たな指針を示す人生論。

著者は精神科医で、専門を活かして現代人の社会適応とかそういうテーマでよく執筆しているとのこと。

時間の経過に伴う自分自身の肉体/精神の変化(要するに老い)を軽視したり、拒否したり、恐れたりすることは不幸を生むだけだ…というのは、古今東西いろんな宗教や思想などでも語られてきたことだと思うが、本書『「若者」をやめて、「大人」を始める』はそうしたテーマを身近な言葉で語る内容になっていた。

このような老いへの拒否や恐怖は、上の世代には下の世代への嫉妬や蔑視として、逆に下の世代には上の世代への反感や嫌悪として現れることが多く、どの年齢層の人にとってもタメにならない。だからこそ宗教などの形を借りて、人類が長く語り継いできた教えなのだろう。

語り口はあくまで柔らかいが、著者自身もオタクだったゆえか(特にゲームの『CLANNAD』が好きだったそう)、オタク的な人への物言いがけっこう率直というか、火の玉ストレートという感じなので、状況によってはド直球に刺さってしまう人も多いかもしれない。

たとえばアニメとかゲームとかアイドルとか(映画もまぁ部分的にはそうかな…)オタク/サブカル的な、一種の幼稚さが起爆剤になるような趣味や楽しみに、心底ハマってる時は「人生をこれに費やしてもいい!」「趣味に全賭けだ!」と思うかもしれないし、「成熟なんかどうでもいい」「大人になんかならないよ」とオバQみたいな(というたとえは通じるのだろうか)ことを思うかもしれない。

でもどうしたって自分も周囲も時間とともに変化していくものだから、いつしか楽しさも色褪せて、「趣味に全賭け」した人生を目指したはずが、趣味も楽しみもなくなった空っぽの中高年になってしまった…みたいな、実写オバQのような(こっちのほうがむしろ通じたりしてな)辛いルートについても、考えておくべきじゃないか、といった話が出たりする。(audibleで聴いたので直接ちゃんと引用できなくて恐縮だが。)

これに関しては、実際そうだよなと。「好きを大事にする」というテーゼは、オタク的な性向のある人の間ではほとんど絶対善のようなもので、それはオタク的な人たちが実際に「好きを大事にしてきた」人ばかりだから、というバイアスもあると思うし、「好きを大事にしてる俺ら vs 好きを大事にできなかったあいつら=一般人」みたいな(意地悪な言い方をすれば)選民意識や優越感を持てるかもしれない。その結果、オタク的コミュニティの中でも、オタク的コンテンツ(に限らずフィクションのかなり広い範囲でそうかもだが)自体の中でも、「好きを大事にしよう!」というテーマやメッセージがあふれかえることになる。

ただここで考えるべきなのは、「好き」は移り変わるということである。「好き」という感情は、その対象がものであれ人であれ、本質的に不安定なものだ。人間が変化するものである以上、本来は何一つ悪いことではないはずだが、オタク的な趣味を自分のアイデンティティにしてきた人は、ここで苦しむことになり、すでに飽きているはずの趣味や楽しみにしがみつき、余計に人生をこじらせることもあるかもしれない。別に、ただの趣味なんだから、いつやめたって、新しい何かを探したって、別にいいはずなのだが…。

自分としてもオタク界隈にそれなりに入り浸っていて(基準としてはユルイだろうがコミケも以前よく行ってたし、何回か同人誌を出したこともある)、性格的にも相当オタク的傾向が強い身としても、まぁやっぱ本書で語られる「成熟」は、広義/狭義の「オタク」な人たちこそが本当に重視すべき(だった)テーマだよな、と今起きている色んなことを眺めても思わざるをえない。

もっと言えば、成熟を軽視してきたことのしわ寄せが、オタク的カルチャーの作り手にもファンにも一気に襲いかかってきているのが今なのかもな、と思う。成熟を拒み、大人になることを拒み、居心地のいい子ども部屋にとどまり続けることを選んでも、未来に待つのはどん詰まり、くらいの危機感が求められるのかもしれない。

たとえば先日、庵野監督が「子ども向けのアニメーションが少ない」という話をしてる対談を見かけた。

news.yahoo.co.jp

庵野監督(と山崎監督)という、アニメや実写で日本エンタメの一線を担う人ならではの懸念もあるようで、もちろん2人が言ってることもよくわかるんだけど、個人的には、日本アニメのもっと根本的な問題って、「本当の意味で大人向けのアニメが少ない」ってことではないだろうか…などと不躾なことを思ったりはした。幼さが一種の呪いになってるというか。

もっと言うと、それは庵野監督が危惧する「子ども向けが少ない」問題と根っこが同じなのではないかと。

良質な「子ども向け」作品も、良質な「大人向け」作品も、結局のところ成熟した大人にしか作れないと思うんだよね。そして見る側も(子ども部屋から出られないオタクではなく)成熟した大人である必要があるんだろうなと。

たとえば引き合いに出して恐縮だが、中国の『羅小黒戦記』シリーズは、web版とかのノリをみても、たぶん作ってる人みんな超オタクなんだろうな笑と思う一方で、映画版(特に先日の『2』)を観て、そんなオタク連中に(失礼)どうしてこうも「成熟」した内容の作品が作れたんだろう、と、そのこと自体に感銘を受けたりした。

numagasablog.com

日本でも、昨日TVでやったという『かぐや姫の物語』とか、文句無しに世界最高水準の、本来的な意味での「大人向けアニメーション」と言って良いと思うけど、やっぱどうしたってド異端というかウルトラ外れ値の超上澄みといわざるをえないし、商業的に成立させるのも難しい(これはさすがに極端な例だが、『かぐや姫の物語』は制作費52億円→興行収入25億円という壮大な大赤字。)

正直ここまで圧倒的に凄くなくていいから、もうちょい作画とかもユルくていいから、少なくとも脚本面で『かぐや姫の物語』くらいの強度や社会的視線、それこそ「成熟」を感じさせるような大人向けのアニメ作品とか、もっと観られると嬉しいなと思う。ややマイナー系になればそれなりに思いつくのだが…(昨年でも『無名の人生』『ひゃくえむ。』『劇場版 モノノ怪』など)

まぁアニメ談義になると長くなるし本題からズレるので、また別の機会に。

 

話を『「若者」をやめて、「大人」を始める』に戻すと、本自体は面白かったし時々はこういうマイルド説教本も読むべきだなと思えたが、その一方、具体的な「大人の始め方」の話だと結局(そればっかりじゃないけど)結婚とか育児の重要性にウェイトがいく感じで、別にいいんだが、日本社会のわりと素朴な保守性みたいなところにスポッとハマれた著者なんだろうな、とは感じた。(たとえば、いや同性愛者の人は結婚も育児も実質できんやん、この国で…みたいな視点はまるでない。)

もちろんそうした、結婚や育児のような(狭義の)人間関係や他者への貢献が「成熟」を推進しうることに異論はないが、いま「成熟」の話をするのであれば、もっと「社会」のウェイトを上げることも必要では、と思う。たとえば結婚も育児もしないが、世の中を良くするために働きかける、みたいな人生も立派に「成熟した大人」の生き方だろうし。

いうなれば「オタク、大人になろうよ」とはぜひ言いたいし言われたいが、別に「オタク、結婚と子育てしようよ」と言いたいわけではないし、言われたくもない。(誰もそんなことを言われる筋合いはないし、誰でも結婚と子育てができるわけでもないし、向いてるとも限らないし、皆が多少がんばったところで日本の少子高齢化は回避不能だし、人類はマスでみればもうそんなに増える必要ないし、etc)

もちろん『「若者」をやめて、「大人」を始める』は、安易に結婚や育児で君も成熟!みたいな単純な内容ではなく(それなら読んでられなかっただろう…)、本書で定義されていたような「成熟」を実現する上で本当に重要なのは、自分だけの利己的で狭い「子ども部屋」にこもらず、もっと「社会」や「世界」や「人類」といった大きな視点を尊重することだと思うが、違うだろうか。このへん、言い方まちがえたらただのパターナリズムになっちゃうし、バランスって難しいよね。

というわけで全部に賛同するわけでもないのだが、時々はこういう本も読んで思考に刺激を与えよう、と思うのでした。

Audible版はデジタルボイスだけど普通に聞きやすかった(ぶっちゃけクセの強めな人間の読み手よりも聴きやすい、まであるかも…)

Audible、ちょうど3ヶ月99円キャンペーンやってたので興味あればぜひ↓

amzn.to

ところで『「若者」をやめて、「大人」を始める』と似たテーマを扱った、より当事者性が強い関連書といえそうな、『パーティーが終わって、中年が始まる』という本も、この前なんかで見かけて読んでみたけど興味深かったな。(電子半額してた↓ 1/10時点)

 

著者pha氏のことはよく知らなかったが、「日本一有名なニート」の異名をもつ方らしい。気楽な生き方指南などで人気だったが、最近は中年の危機も意識するようになり、若者時代の気楽さを相対化して見るようになった、的な内容。

やや世知辛いタイトルながら、気楽で自由な若さの終わりも見据えつつ、老いという大地に軟着陸する方法を考えるのは、万人にとって大事だろうなと。着陸方法は人それぞれだと思うが、時間の経過や自分の変化を恐れすぎず、時には自分のため、時には世のため人のために、生きていきたいものですね(まとめ)