
新年あけましておめでとうございます。(1日遅れで描いたあけおめイラスト↑ 馬と鳥って、漢字似てるなって思ったから…。あと思いのほか走る鳥が多いと気づいたから)
年末まではなんかずっと文章書いてるか働いとるな私!と思っていたが、年越しと正月は家族に会いに行ったり、久々に会ったお友だちとゆっくり楽しく過ごしたり、自分なりに良い年末年始を過ごせた。いつもこうだといいけどね。
新年の抱負(抱負ってよく考えるとヘンな熟語だな、負けを抱くって何? 勝ちを抱いたほうがよくない?そういうことじゃない?)というのもイマイチなじまないが、2026年こんなことやりたいな〜こんな感じにしたいな〜というぼんやりした抱負を記しておこう。
イラストを描く
イラストレーターの今年の抱負→「イラストを描く」
いやつまらなすぎん?ただの業務じゃねーかと思うかもしれないが、最近「あれ、イラストって、たのしくね?」と思うことがけっこう増えた。え、今まで楽しくなかったん?とかそういうわけではなく、仕事とか(半仕事といえなくもない)図解シリーズとか一切関係なく、特になんにもならないイラストをただ描いてみると、意外と楽しい、という気付き。
最近だとこういうのね↓ なんか急に思いついて描いたり、過去の旅行の写真を参考にしてみたり。
楽園追放されたけど、ヘビはずっとリンゴ持ってきてくれる
— ぬまがさワタリ@『いきものニュース図解』ほか3/19同時発売 (@numagasa.bsky.social) 2025-12-16T10:14:03.643Z
遠くからの友達
— ぬまがさワタリ@『いきものニュース図解』ほか3/19同時発売 (@numagasa.bsky.social) 2025-12-27T09:48:36.053Z
べつになんということはない絵だが、描いていると心が落ち着くし、楽しい。
昔はちょいちょい思いつきで描いてたし、最近もよく考えれば別に描いてる気もするが、なんか仕事とかで忙しいとつい「なんにもならない絵」からは遠ざかるなと。そうすると絵=仕事になってしまい、仕事は当然それはそれで面白さもやりがいもあるけど、とはいえ仕事である以上は誰かからお願いされてやることだから、そればかりになると自分の中の自由さや自発性が陰っていくかもなと。
ホックニーの本↓を読んで、その言葉に良い刺激を受けたというのもあるかもしれない。やっぱ新年の抱負「デイヴィッド・ホックニー」にすべきか…(個人名)。書き初めすべきだろうか
wacomの液タブからiPad proによる作画に切り替えて(たしか)1年くらい経ち、思った以上に何も問題なく使えていて便利なのだが、せっかくiPadなんだし、なんかもっと「ことあるごとに絵を描く」みたいなスタイルのためにテクノロジーを活かせたらいいなと思う。今ほど絵を描きやすい時代もないんだからね。
ブログをでかいマイクロブログ(その名もブログ)として使う
ふりかえればけっこうな量の文章をSNSに書いている。
たとえば先日のベスト10記事は、大部分「すでにSNSに書いた映画の感想」をつなぎ合わせて構成したものだが、よもやの5万字オーバーである。
つまり映画についてだけで、積み重ねれば(比較的好きな映画だけに絞っても)SNSに5万字くらい書いているというわけだ。だいたい新書半分くらいの文量だろうか。だから書きっぱなしにせず、まとめなきゃいけない、というのも、それはそれで意味や意義を求めすぎなのかもだが、まぁマイクロブログ的なSNSの筆頭であるTwitterがもう全然信用ならないエンシットな荒れ地になってしまい、Blueskyはまだ格段にマシとはいえ、(Twitterの経緯をみれば)いつエンシット化するかわからないのも事実なので、年間1万くらいは(たしか)払ってドメインを維持しているこのブログを、より身軽に「でかいマイクロブログ」として(それはもう打ち消し合ってただのブログじゃねーかと思うが)、もっと拠点的にちゃんと使っていこうというのは必然的な着地かもしれない。なんとなくだが、AIまわりとかで阿鼻叫喚なXの改悪とかもあったばかりだし、近いことを考えてるブロガー/元ブロガーも意外と多いんじゃないでしょうか。
一時期は熱心にブログ更新していた(特に2023年あたり)のだが、いちいち1万字とか書いてると、つい「まぁブログに書くほどでもないかな」とか思っちゃって、小回りが悪くなって、2025年なんて年末までほぼ『羅小黒戦記2』の2万字とビニタキさんの追悼文とお仕事報告だけ、っていうピーキーすぎる使い方になっていたからね。これは絵とも通じるが、もうちょい気軽さが求められるし、フットワークの軽さが不可欠だ。合言葉は、でかいマイクロブログ!
とりあえず、ちょいちょい書いてる本と映画の感想は、なるべくその都度ブログにまとめていきたいという具体的目標。そんで一記事の単位もできる限り、2千字くらいまでにしたい。まぁどうしても2万字書きたいという場合は、己を止めるものは、何もないのだが…。
2万字の例↓ まぁ年末だからね(?)
絵と文の組み合わせの可能性を探求する
肩書としては作家/イラストレーターを名乗って絵と文の二刀流でやってきているものの、「とはいえ私の真の才能は文章であって、イラストはおまけなんだよな〜」とか嘯いてもきたが、まぁなんというか、銀行口座はそう言っておらず(言い方)、有り体に言えばイラストこそが私に金をもたらしており(マジで言い方)、お仕事上もすでに図解(イラスト+文)とかですらなくイラスト単体の仕事も気づけば増えてきているので、いいかげんそろそろイラストが自分の天命(のひとつ)であることを認めなければならないだろう。さっき「仕事じゃない絵を描く」みたいな抱負っぽいことを言ったばかりだが、プロとしてのイラスト力(ぢから)も鍛錬したいね〜という話。
とはいえ本当に純粋でイラスト力(ぢから)のみの闘い…みたいなことになると、それはもう鬼のように上手い人達に負けるに決まっている(断言)ので、得意を捨て去ることはしたくないし、やはり「絵と文の組み合わせ」にクリエイターとしての私の真髄はあるのだろうと思う。でも文章のお仕事だって全然、面白そうなら受けますからね、よろしくま🐻
絵も文もどちらも修練を続けることで、その「配分」はかなり自由に融通が効くはずなので、従来的な図解を文章:絵=1:1とするなら、たとえば文章8:絵2でブログ記事としていきもの図解を作ってみるとか、それか絵8:文2で限りなく漫画っぽい何かを作ってみるとか、けっこう色んな可能性があるよなと。このあたりは考えていきたいし、言うまでもなく文も絵もそれぞれ奥が深い領域なわけだから、二刀流でやってる者としてせっかくだからどっちも追求したいなと思うのでした。
日常に本をスッといれる
2025年、映画は増えた一方で、地味に読書量が減ってしまったのを少し反省している(ベスト本2025とかまだ書けてないしな)。「SNSなんか見てる時間で本を読め!」みたいなこともできれば言いたくない(ジャンクで雑多な情報の渦からしか取れない栄養素もある…)のだが、まぁやっぱ明らかにほとんどの情報源よりは本でも読んでいた方がいいに決まっているので、日常の中にスッと本を滑り込ませる試みは続けたいと思う。
昨年のベストバイがWalkingPadという小さいルームランナーみたいなやつなのだが、毎朝これで歩きながらスタンディングデスクのiPadで本を読む、というムーブが毎日の定番と化していて、これは相当な大ヒットだなと思っている。なんか歩きながら本読むの、驚くほど体質(?)にあってるんだよね、眠くもならないし。大体30分〜1時間くらいの読書量を確保できるのだから嬉しい。ぜひ継続したい。
あとは最近SNSでみた「お風呂で本を読む」とかも相当いいと思った。どうせタブレットは持ち込んでいるからね。メガネをかけてお風呂に入れないことだけが懸念材料だが、考えてみよう…。
お友達に会いにゆく
5つあったほうがなんか収まり良い気がする…と思い、「規則正しい生活」は(そんなに守れてないけど)デフォルトの抱負なのだが、う〜ん…と考えて、「お友達に会いにゆく」はいいかもしれない。できれば自分から声をかけてみる、とか人間関係に多少の積極性をみせていきたいものだ。基本的には野生のメンフクロウのように非社交的な生活を送っている反面(結局それが落ち着くのだと実感もするが…)、わりと他の優しい人々が何かと誘ってくれるおかげで友人関係もあろうことかそれなりに充実している。
ありがたいことだと思う一方、まぁやっぱ良い年していつまでも受け身ばかりではいけないよなとも思っている。ほんとうだ。昨年亡くなったビニタキさんにも、あ〜あの時ちょっと声かけてみればもう一度会えたかも…とか(言っても仕方ないけど)後悔したりもした。なので(ってことないけど)最近は自分から声をかけたりもしてみている。実に些細なことだが、成長を感じる(自分で言う)
私が本当に野生のメンフクロウなら孤高に生きられて単純ハッピーなのだが、実際には社会性動物である人類の一個体にすぎないので、幸福を求めるなら良い人間関係を築くことが望ましい。快適ゾーンから少し外に出ることがあったとしても、時々はお友達に会いにゆこうと思う。
こんな感じだ。皆さんは2026年にやりたいことは考えてみましたか? 銀行強盗とか?それもいいですね、いや良くはないが、できれば非犯罪の何かを楽しみながら、これからの365日(いや364日か)を1日ずつ満たしていきましょう。
書き初め↓

ホックニー「いや何?」