
一年が終わりつつあるように、人類もまた終わりつつあるのだろうか?(挨拶)
こんな歳暮の挨拶を親戚に送るのは多分やめたほうがいいが、私たちを取り巻く世の中のニュースを眺めるだけで、まさにこんな気分になってくる人も多いだろう。それも無理はない。毎日バッドニュースばかりだ。戦争も難民の苦境も子供の貧困も差別も物価高も災害も地球温暖化もなくならないし、よくならない。さらに日本もアメリカも、どこを見回しても、いちばん愚かであってはいけないはずの人々が、びっくりするほど愚かしい。そうした人が日々ばらまく非科学的だったり非合理的だったり非倫理的だったりするたわごと(気候変動は嘘だとか、ワクチンは間違いだとか、そうだ核兵器を保有しようとか)の激流が目や耳に入るだけでも気が滅入ってくる。
やはり人類は破滅へと向かっているのかもしれないし、もしかしたら、滅ぶべきなのかもしれない。そして人間のいない地球で、アリや、カラスや、クマが主導権を握るべきなのかもしれない(きっと立派にやっていくだろう)。
…ただまぁ、ちょっと待ってほしい。年末くらいは、人類を擁護させてもらえないだろうか。破滅ニュースにかき消されて目立たないが、曲がりなりにも、少しずつでも、たしかに一歩ずつ「人類は進歩している」と実感できるニュースも、じつは沢山あったのだ。そうしたニュースは、決してTVや新聞のトップを飾ったりはしないし、デカ文字サムネのYouTube動画になって50万再生されたりもしない。目を惹くショッキングさに欠けるし、いまいち金の匂いがしないからだ。それでも、人類の今後に希望を抱き直せるかもしれない「グッドニュース」は、アテンションエコノミーの暴風域の片隅で、静かに報じられている。
「進歩」の定義は様々だが、今回は広い意味での「科学(サイエンス)」に的を絞り、2025年の「科学グッドニュースBEST10」として紹介してみたいと思う。あくまで私の独断と偏見で選んだチョイスなのでジャンル的にも偏っているとは思うが、ご容赦いただきたい。あと派生する他のニュースも紹介するので実際には「10」より明らかに多いが、文句は言わないでほしい。グッドニュースは、なんぼあってもいいのだから。
【医療編】
「世界で初めて、難病ハンチントン病の治療に成功」
晴れた日に「良い天気ですね」と言えば「雨は悪いというのか!?」と怒鳴られかねない、殺伐とした分断の世の中と言われる昨今だが、あらゆる立場や思想信条を超えて、全人類が「それは良いことだね」と同意できることもある。それは、脳を破壊する病気が治ることだ。「病気が脳を破壊したら、いけないというのか!?」と怒鳴る人がいるだろうか。いない。いないと思いたい。
というわけで2025年科学グッドニュースのトップバッターを飾るのは、「最も残酷な難病の一つ」といわれる最強最悪の難病「ハンチントン病」の治療に成功したことだ。
ハンチントン病とは、主に30〜40代で発病して、脳細胞を死滅させる恐るべき難病である。両親のいずれかがハンチントン病を患っている場合、50%の確率で発症するという遺伝性の病気だ。認知症やパーキンソン病など、様々な難病を組み合わせたような難病であり、患者の家族への心理的な負担も重大なこともあり、「最も残酷な難病の一つ」と恐れられてきた。そんなハンチントン病の治療に、イギリスの医療チームが世界で初めて成功したのだ。
新たな治療法は一種の遺伝子治療で、長時間の脳外科手術によって行われるという。 その結果、患者の病気の進行をなんと75%も遅らせることができた。「通常は1年で予想される進行が、治療後には4年に延びた。これは、患者に数十年にわたる『良質な生活』をもたらす」と教授は語る。
ハンチントン病の遺伝子をもつジャックさんも、未来が「少し明るく見えるようになった。自分の人生がもっと長くなるかもしれないと考えられるようになった」と語っているそうだ。
一方で、ハンチントン病の患者は欧米だけで約7万5000人いるそうで、現時点では治療費もとても高額(5おくえん!)なので、全ての人が利用できるわけではないことには留意が必要だ。それでも遺伝子治療は長期的な効果を発揮するので、たとえ高額であっても、人類全体の健康という観点では、ある意味(俗な言い方で恐縮だが)「コスパ」が良いとさえ言える。
この遺伝子治療はあくまで「始まり」にすぎず、「より多くの人々に届く治療法への道を開く」と専門家も語る。遺伝子の変異がもたらす残酷な恐怖を、医療の進歩が打ち破るドラマが、決して打ち切られることなく、ずっと末長く続くことを願おう。
「オーダーメイド遺伝子編集で乳児の希少疾患を治療」
あらゆる立場や信条を超えて、全人類が「それは良いことだね」と同意できることが、もうひとつある。赤ちゃんを死なせる病気を治すことだ。「病気で死ぬ赤ちゃんも、悪いのでは?」などとクソリプ失礼する人がいるだろうか?いない。いないと信じたい。
クリスパー(CRISPR)という言葉は、近年よくニュースに登場するので聞いたことがある人も多いかもしれない。正確には「クリスパー・キャス9(CRISPR-Cas9)」という技術で、2020年にノーベル化学賞を受賞し、今世紀で最も革新的な科学技術と評する声もあり、関連書籍もたくさん出ている。
「人間の遺伝子を編集する」という字面から受けるであろう、確かにスゴそうだが議論も呼びそうだなあというイメージ通り、実際に様々な議論が交わされたりもしているのだが、そのへんは本など読んでもらうとして、CRISPRがすでに医療の現場でも活用され、実際に人命を救っていることは誰にも否定できない。
2025年にCRISPRは、さらなる驚きの成果をあげた。「オーダーメイドの遺伝子編集技術」によって、生後9か月半の男児KJ・マルドゥーンちゃんの稀な遺伝性疾患を治療したのだ。
その疾患とは「カルバミルリン酸合成酵素(CPS1)欠損症」で、「体内の代謝によって生じる有毒な老廃物を排出できなくなる」という深刻な症状をもたらす。「CPS1欠損症」でググっても「死 or 肝移植」みたいな二択しか出てこない…と母親が嘆いていたことからも、稀有な難病っぷりが窺える。
だがCRISPR-Cas9によって、KJちゃんのため「だけ」に作られた薬剤に、家族はトライすることになる。「数十億あるDNA塩基の中で誤っている箇所を修復するよう設計された」薬剤は、肝臓に到達すると「分子のはさみ」で変異した遺伝子をチョキチョキ編集するという。スゴイ。
「治療後、KJちゃんはそれまで禁じられていたタンパク質を多く含む食事がとれるようになり、薬の量も減っている」そうだ。今後も長期的な経過観察が必要とはいえ、個別の患者の遺伝子変異にあわせて薬を「設計」するという脅威の技術がすでに実用化されているのだから、まったくもってスゴイ時代だ。もっと私たち門外漢の一般大衆もぶったまげるべきではないのか?メディアも芸能人の結婚だの離婚だの繁殖だのを報じている場合だろうか。もっとみんな(たとえよくわからなかったとしても)分子のはさみについて話すべきだ。驚異のグッドニュースは、世間の片隅で、さらっと報じられる。見逃してはいけない。
他にもいくつか、「科学グッドニュース」医療編を並べておこう。はっきり言って医療分野は私だって門外漢なのでその凄さの真髄をちゃんと理解できてるわけではないが、とりあえず凄さの片鱗は伝わる。
「幹細胞移植を受けてHIVから治癒した患者が、7人になる」
HIV(ヒト免疫不全ウイルス)は一度感染すると、体内から完全に排除することが極めて難しく、これまで世界で治癒が確認されたのはわずか6人だけだった。世紀の難病をたくましく生き抜いたマグニフィセント・シックスとでも呼んでおこう。
だが、幹細胞移植を受けたドイツ人のHIV患者に6年間症状が現れず、「幹細胞移植を受けてHIVから実質的に治癒した7人目の患者」となった。これでめでたく、真に(?)マグニフィセント・セブンとなったわけだ。
体内の免疫細胞を攻撃し、免疫防御を著しく弱め、他の感染症にかかりやすくするという、複雑で厄介なHIVを長期にわたって治癒するための新たな道筋が研究で示された。"HIVが付着する「鍵穴」を本質的に破壊し、ウイルスの侵入そのものを阻止する"という仕組みらしい。
上の記事には「この発見の意義は大きい。CCR5を完全に欠損させるホモ接合型の変異を持つ人は世界でも非常に少なく、適合するドナーを見つけることは困難を極める。しかしヘテロ接合型でも治癒が可能であるなら、ドナーの候補は広がることになる。」とある。HIV研究の好循環が、この祝うべき「七人目」から加速するかもしれない。まずは一刻も早く、マグニフィセント・セブンハンドレッドくらいに増えてほしいものだ。
「マラリア対策の進歩、そして課題」
「世界一危険な動物(人間を殺している数から判断)」ともいわれる蚊が媒介するマラリアだが、対策は着実に進歩している。薬剤処理された蚊帳やワクチンなどの予防処置が大勢の命を救ったという。
2024年には推定1億7000万人のマラリア症例と100万人の死亡を予防し、2020年以降は世界中で1400万人の命を救うのに貢献したとされる。マラリアを撲滅した国と地域の数は47に増加したそうだ。
一方で、依然として課題は大きい。薬剤耐性や気候変動による蚊の大発生などが大きな脅威として浮上しており、昨年のマラリア死者数は60万人を超える。しかし逆に言えば、科学の力でさらに大勢救える余地があるということだ。マラリアのない世界を目指し、蚊の「世界一危険な動物」という汚名をそそぎ、単に鬱陶しくて少しかゆいだけの虫になってもらおうではないか…。
「がん細胞を自滅させる薬で「大きな前進」、鍵となるFSP1を阻害」
がん細胞を自滅させるように操作できるタンパク質に注目することで、がんの広がりを遅らせられるかもしれない。
「FSP1」というタンパク質を無効化し、自己破壊プロセス「フェロトーシス」をがん細胞で誘発すれば、がんの急速な増加を阻止できる可能性がある。現時点ではマウスの実験段階だが、希望の持てる2つの成果が同時に示された。
既存の治療法(GPX4阻害剤)よりはるかに安全な可能性もあるという。
「病の皇帝」とも呼ばれたがんを、人類が打ち倒す日も遠くない、と信じたいものだ。
【いきもの編】
さて、私の(比較的)得意分野だ。しかし今年2025年は、人間のすみかにやってきたクマが世間を騒がせるなど、ややネガティブな「いきものニュース」も多かった。たしかに被害にあった人は気の毒だし、動物学の知見を駆使した対策が求められる一方で、「クマなんて絶滅させればいい」「動物保護なんてお花畑」などと、動物や生態系の重要性を理解しているのか問い詰めたくなる極端な言葉も飛び交う始末だった。そんな時勢だからこそ、動物にまつわるグッドニュースも紹介しておきたい。
個人的な2025年グッドニュースといえば、やはり大好きな国立科学博物館の「鳥展」で図解イラスト担当を務めることができたということだったので…(拍手をどうも)
自己アピールはこのへんにして、まずは「鳥」に関するグッドニュースから紹介していこう。
「世界で最も希少なオウムの新たな夜明け ― カカポの"豊作"シーズン到来」
カカポ大好き!
かわいくて面白いオウムの仲間だが、一歩間違えれば絶滅寸前の鳥として知られる、ニュージーランドの希少な鳥「カカポ」。
図解も描いたよ↓

↓今年発売した、こちらの新刊に収録されているぞ(突然の宣伝で恐縮だが…)。デビュー作『図解なんかへんないきもの』のリメイク増補版とはいえ、それなりに頑張って作業したので、みんな読んでよね
カカポがどれくらいの絶滅寸前っぷりかといえば、1995年には、カカポの数はわずか51頭にまで減少し、そのうちメスはわずか20頭という有様だった。これはもう種としては存続不可能ではないかと野鳥ファンでさえ頭をよぎってしまうが、科学者や保護活動家たちは決して諦めなかった。
その努力が今まさに、功を奏しつつあるようだ。カカポの保護に取り組んでいる科学者たちは、2025年が史上最高の繁殖期にして「歴史的な転換点」となる可能性があると語っている。
今年の「成功」は、カカポの主食であるリムの実が豊作だったことが大きいようで、繁殖年齢のカカポ(メス)の数は84羽となり、30年前から劇的に増加した。
依然としてカカポは極めて脆弱な種なので油断は禁物だが、予測されている今年の繁殖が成功すれば、個体数の急増に向けて好循環が生まれるかもしれない。
「かつて"集中治療室"にいたカカポという種が、今やより自由に暮らし、より広い地域に広がり、本来の生息域のより広い範囲を取り戻す未来へと向かっているのかもしれない」と専門家は語る。愛らしいカカポが、ドードーのような絶滅動物のシンボルとしてではなく、野生動物の再生の可能性のシンボルとして記憶されることを祈ろう。
他にもいくつか類似のグッドニュースを紹介したい。
「絶滅の縁から復活、つぶらな瞳のチチュウカイモンクアザラシ」
かつて地中海や黒海などに広く生息したが、20世紀に個体数が激減して絶滅寸前だったチチュウカイモンクアザラシ。しかし保護活動の甲斐あって個体数が最大1000頭に回復した。「生息地の劣化、汚染、疾病、深刻化する気候変動の影響」などで、いまだ危機的な状態にあるとは言え、「近絶滅種」→「絶滅危惧種」→「危急種」に格下げされたことを祝いたい。喜ぶべき「格下げ」もあるのです。
"イエローストーンの草原に絶滅寸前だったバイソン(バッファロー)を復活させたことで、生態系が「再び目覚めた」"というニュースもある。
バイソンはかつて数千万頭もいたが、乱獲で絶滅寸前に追い込まれた。保護活動によって現在5000頭がイエローストーンに生息している。
群れが広大な土地を移動することで、土壌中の微生物の量が増加し、栄養価を最大150%向上させると明らかになった。バイソンを自由に放牧させることは当初議論も呼んだが、大型動物が豊かな生態系に果たす役割が、科学によって示された。
"サハラ砂漠に希望をもたらす「絶滅」したアンテロープ"という、近い話題のニュースも。
飼育下繁殖によって絶滅から復活したアンテロープ(シロオリックス)が、干魃に襲われるサハラ砂漠を緑化し、過去1世紀で10%も進んだ砂漠拡大を遅らせることを期待されている。
オリックスが食べて排泄した種子は、発芽する確率が250倍も高くなるという。もちろんチーターのような肉食動物の貴重な栄養源にもなるので、生態系の回復力を高めるのだ。
動物保護は、動物(だけ)のためならず。「クマを保護するなんてお花畑」とか「クマを絶滅させろ」とか軽率に言い出す人々は、人類という動物もまたガッツリ組み込まれている生態系について単純な見方をしすぎである。何もかも、複雑で繊細なバランスで成り立っているのだ。
「サラマンダーの四肢再生、『どこで何を再生するか』の鍵を解明」
先述した「医療」とも関わってくる「いきもの」系グッドニュースとして、これを選びたい。ウーパールーパーこと「メキシコサラマンダー」の驚異的な再生能力の、詳しいメカニズムが解き明かされた。
その能力については、『ゆかいないきもの㊙️図鑑』で図解したこともあるが…↓

記事によると、「特定の酵素がレチノイン酸の量を調整し、部位の再生を正確に促している」と研究で判明。レチノイン酸とは、人間の体内にも存在するビタミンAの代謝物で、スキンケアクリームにも豊富に含まれる物質らしい。意外と身近な物質のようだ。
人間など哺乳類は進化の過程で、切断された四肢を再生する能力を失った。「たしかにサラマンダーは再生できるのかもだけど、人間にはムリじゃね?」と思ってしまうところだが、研究者たちは最新科学によって、人間にも応用できる可能性を信じるようになったそうだ。
「今や、私たちは設計図を手に入れました。四肢を成長させる遺伝子も特定しています」
「数十年後には、傷口に貼るパッチが、通常は傷跡をつくる細胞の働きを書き換え、適切な再生プログラムを起動させるようになるかもしれないと考えています」と研究者は語っている。サイバーパンクな響きの治療法だが、実現に期待したい。また、こうした研究が可能なのも、メキシコサラマンダーというユニークな種が存続してこそ。生物多様性の確保が人間にとっても大切である、もうひとつの理由だ。
「酔っ払いアライグマ、動物保護施設に25万ドル以上を集める」
毎年、奇跡のように面白い動物画像がネットを騒がせるが、今年を代表するチャンピオンはなんといっても…これだろう。

各所でバズっていたのであらましは知っているかもだが、一応経緯を説明すると、アメリカのバージニア州の酒屋に侵入し、店の酒を飲みまくって、酔っ払ってトイレでぶっ倒れているアライグマが発見された。アライグマは数時間眠ったのち泥酔から回復し、野生に帰っていったという。あまりの生活態度の悪さと、酔い潰れてトイレでぶっ倒れるという変な人間臭さに、「酔っ払いアライグマ」は今年最もバイラルな動物写真の一枚となった。
いや、面白どうぶつ写真がネットを賑わせただけじゃ、グッドニュースとは言えないんじゃね?と思うだろうが、ちょっと待ってほしい。話はこれで終わりではなく、アライグマが酔い潰れた店がある地域の動物保護施設に、なんと25万ドル以上の寄付金が集まったそうだ。
酔っ払いアライグマのお世話をして野生に返した現地の動物保護施設は、活動資金集めのために「善は急げ」とばかり、急遽アライグマグッズをチャリティー販売したのだが、これが爆売れした。日本円にして4000万円以上がすぐに集まったというからめでたいことだ。
ウェブサイトに掲載された、保護施設からのメッセージ↓
「このアライグマは私たち全員に本当に必要な笑いをもたらしてくれましたが、私たちの職員は毎年、野生動物、迷い動物、そして専門的な訓練と装備を必要とする緊急事態に関する何百もの通報に対応しています」
「皆様のご支援のおかげで、私たちはハノーバー郡の動物と住民の両方に、思いやりと専門性を兼ね備えたサービスを提供し続けることができます。」
アライグマの酔い覚ましのような、かつてないタイプの仕事に陰ながら精を出す動物保護施設の活動に光が当たったという意味でも、意義のある事件だったかもしれない。
ちなみに酔っ払いアライグマグッズ、販売はこちら↓
私も勢いでパーカーとマグカップを買ってしまった(円安と配送料が少々痛いが、動物のためなら…ヨシ!)。ちなみに文字はアライグマの俗称であるTRASH PANDA=ごみパンダならぬ、TRASHED PANDA=酔っ払いパンダというもじり。そんな完璧な…。
アライグマ騒動でもつくづく実感するのは、やはり「現実の動物を撮った写真/映像」は極めて強い力を持つんだな、ということだ。生成AIの技術がどんどん上がっているせいで、ネットを少し眺めていても、私でさえ本物の動物の映像か?と見間違えてしまうことが増えていて恐ろしい。そんな中、あまりにだらしない姿とはいえ、本物だからこそ面白い泥酔アライグマの写真がこれほど大きな注目を集め、寄付やグッズ販売という形で動物保護にも良い影響を与えたというニュースは、一筋の光ではないだろうか。フェイクではないリアルを探求する、動物ジャーナリズムの重要性も示している事件だと思うので、ぜひ応援しよう。
ところでアライグマといえば、ちょうど同じタイミングで興味深いニュースも出た。
アライグマが「鼻を短く進化させている」可能性があり、これはオオカミ→イヌの家畜化と似た過程の初期段階なのでは、と考える専門家がいる。
"短い鼻先や小さな歯、垂れ耳、巻き尾、白い毛の斑点などの特徴は「家畜化症候群」として知られている"という。
酔っ払いアライグマが示してくれたように、人間とアライグマの距離は次第に近づきつつあるので、家畜化の説もそれほど突飛なものに聞こえなくなる。「ごみパンダ」というなかなかひどい異名もあるアライグマだが、「ごみ」が家畜化のきっかけになるという点では、オオカミ→イヌの家畜化の起源説のひとつをたしかに連想する。数千年後にはより愛くるしい(と人間が感じる)カワイグマが誕生する…かもしれない。
【地球環境(とちょっぴり宇宙)編】
2025年「科学グッドニュース」BEST10、ここから後半戦だ。医療編、いきもの編ときて、後半は主に地球全体、というか地球の環境問題(とちょっぴり宇宙)にまつわる科学グッドニュースを紹介したい。最後のひとつを長々と語る予定なので、他はなるべくさらっとすませる。
「パリの大気汚染、過去20年間で半減」
「花の都」と称えられるパリ(およびイル・ド・フランス地域)は、あまり美しくない悩みを抱えていた。大気汚染だ。家庭暖房や道路交通などによる汚染物質がパリの空気を長らく汚していたそうだが、2005年〜24年の約20年の間に、有害な大気汚染物質の濃度が「半減」したというグッドニュースだ。排出規制や交通インフラ(EVの普及や自転車の活用)の増強が身を結んだようだ。
同じく大気汚染が悩みの種だった中国の北京も、今は空気の状態が劇的に改善している。
"中国政府は2010年代から環境対策に本腰を入れ、主な汚染源である工場を郊外に移した。自動車は段階的に排ガス規制を厳しくし、電動化も奨励。暖房用の石炭ボイラーや石炭火力発電も更新が進んだ。"
中国ならではの国主導の力技とも言えて、色々な意味で諸外国には真似しづらそうだが、とはいえ東西(アジア/ヨーロッパ)を問わず都市部の空気が清浄化しているのは素直に歓迎できるだろう。私たち一般民衆の生活は、きれいな空気に値する。諦めずにつくろう、さわやかな街(物理)
「"腹ペコな"海洋菌類がプラスチックを"食べる"」
人間に消費されて半永久的に海に残り続け、生態系に害を及ぼし続ける「海洋プラスチック」の問題は、いきもの好きとしても見逃せない。
WWFジャパンとのコラボ企画で「海洋プラスチックごみ問題」を図解しました。「結局プラスチックの何がマズイの?」という基本から改めて解説しています。プラごみ問題の中でも特に深刻な「ゴーストギア」や、WWFの国際的な試みについても特集ページで紹介したので、ご一読を!https://t.co/xGyScCclu2 pic.twitter.com/JSmlKGE0uC
— ぬまがさワタリ@『いきものニュース図解』など3/19発売 (@numagasa) 2021年7月15日
過去にWWFさんとのコラボ企画でこの問題について図解したこともあるので、ご一読してほしい。
だが、そんな深刻なプラスチック問題に対処するための、意外な味方が現れたかもしれない。菌類だ。「海洋菌類がプラスチック汚染物質を食べ、海や海岸の浄化に貢献する可能性がある」という。
海洋菌類はマニアックな存在で、科学的に知られているのはわずか1%未満だという。「菌類は他の生物が消化できないもの(木やキチンなど)を食べる超能力を持っているので、私たちは収集した菌類のプラスチック消化能力をテストしました」と研究チームは語る。その結果…
「海から採取した菌類の60%以上が、プラスチックを食べて菌類に変化させる能力を持っていることに驚きました」
「菌類がいかに素早く適応できるかにも感銘を受けました。わずか3ヶ月という比較的短い期間で、一部の菌類が摂食速度を15%も増加させたのを見て、非常に興奮しました。」と研究者たちは驚きと興奮をあらわにした。
そもそもプラスチックが海に流れないように人類が全力で取り組むべきなのは大前提だが、菌類がもつポテンシャルを含め、頼れるものには頼っていきたい。謎多き海の菌のドカ食いが、プラスチックの氾濫から地球を救うかもしれない。
プラスチック関連で、こんな「化学ニュース」も。
「コペンハーゲン大のBAETA技術|プラスチック廃棄物がCO₂吸着材に変身」
プラスチックごみを「CO2を吸い取る素材」に変換するという、2つの深刻な環境問題(廃棄物問題と気候変動問題)を同時に解決するための「一石二鳥」な技術が誕生した。
250℃まで安定性を保つというBAETAという物質の特性が、発電所や製鉄所の煙道ガスなど、高温の排出源から直接CO₂をとらえることを可能にした。
特に、プラスチック廃棄物問題が深刻な発展途上国において、環境改善と経済発展を両立する解決策として期待されるとのこと。地球の複合的な諸問題を解決するために、ジャンル横断的なアイディアがケミストリーを生むことを期待したい(化学だけに!)
少し地球から離れて、宇宙にも「目」を向けてみよう。というか、宇宙にかつてないほど巨大な「目」が向けられている…というグッドニュースがある。
「ベラ・C・ルービン天文台が初の画像を公開、天文学者ら衝撃」
チリ・アンデス山脈の「ベラ・ルービン天文台」が完成しつつあるのだが、見どころはなんといってもその世界最大級の望遠鏡とカメラだ。
"「シモニー・サーベイ望遠鏡」と呼ばれる巨大な望遠鏡は、世界最大で最高解像度のデジタルカメラと接続されている。口径8.4メートルの光学赤外線望遠鏡と32億画素という驚異的な解像度のLSSTカメラの組み合わせで、かつてない速さと詳しさで夜空の広大な範囲を繰り返し撮影できる。1枚の画像がカバーする空の範囲は、満月45個分の広さだ。"
「非常に速く、かつ頻繁に夜空を撮影できるため、文字通り毎晩、数百万個もの変化する天体を検出できるようになります。また、画像を組み合わせて、数十億光年離れた銀河など、非常に暗い銀河や恒星まで観測できるでしょう」
「この天文台があれば、銀河系の恒星や太陽系の天体などを、まったく新しい方法で探査できるようになります」と天文台の副所長。
こちらでも、壮大かつ美麗な画像が見られる。サムネ写真は約5500万光年離れた「おとめ座銀河団」だ。
ルービン天文台によって「これまで人類が見たことのない恒星が約170億個、銀河が200億個見つかると予想されている」そうなので、この星の人類が失敗ばかりで多少ダメでも、まぁいいかと思えることだろう。時には星を見上げよう。
とはいえ、地球の人類も失敗してばかりではない。
「オゾン層が回復、今世紀半ばに1980年代の水準に」
世界気象機関(WMO)が、地球を保護するオゾン層が回復していると「オゾン速報2024」で報告。オゾンホールは数十年以内になくなる見込みらしい。
"WMOは、国際的な取り組みにより、これまでにオゾン層破壊物質の生産と消費の99%以上が段階的に廃止されたとし、「その結果、オゾン層は今世紀半ばまでに1980年代のレベルに回復する見込みで、過剰な紫外線曝露による皮膚がんや白内障、エコシステム損傷のリスクが大幅に減少する」と述べた。"
かつて環境問題の代名詞だった「オゾン層」の問題も、科学による問題究明と、具体的な規制などの国際協調によって解決することができた。この成功体験をお守りのように握りしめて、さらに大きな問題の解決に挑むべきだろう。
【気候とエネルギー編】
「なるほど、オゾン層の破壊は止められたんだね、おめでとう。だけど今、地球まるごと崖っぷち!みたいな危機が迫ってるよね。そっちは全然止められてないどころか、どんどん悪化してるみたいだけど?」という声が、どこかから聞こえてくる。
その通り。その地球まるごとの「危機」の筆頭とはもちろん、人間の活動によって排出されたCO2などの温室効果ガスが引き起こす地球温暖化、即ち「気候危機」だ。肌で体感している人がほとんどだと思うが、気候危機は遠い将来の話でもなく、五年後の話でもなく、とっくに始まっている。
温暖化によって激化したと思しき猛暑や異常気象や火災や洪水が2025年、日本を含む世界のあらゆる場所で猛威をふるい、すでに大勢の命を奪った。サイクロンと洪水で動物の生息地が壊滅したり、海の生き物の拠点であるサンゴの白化現象も観察されるなど、人間だけではなく地球のあらゆる生命や生態系に、悪影響とカオスが生じている。
この記事を書いている今は冬だが、地球温暖化による「暖冬」が及ぼす様々な悪影響はもちろん数え切れないし、「自分は寒いのニガテだから温暖化むしろ歓迎〜」とかのんきなことも言っていられない。現実には地球温暖化は暑さだけでなく「寒さ」も激化させるからだ。
そのメカニズム(北極の温暖化→夏に海氷が縮小→シベリア上空の降雪量が増加→北極上空で渦巻く空気に影響を与え、寒さが他の地域に流れ込む)はこちらの記事↓などに詳しいので読んでもらうとして、地球温暖化はむしろ「地球極端化」とでも呼んだ方が実情に即しているかもしれない。
さらに信じがたいことに、これほど肌感覚で実感できる異常気象や猛暑を経てもなお、「気候変動なんてでっちあげだ」などと非科学デマを吐く人間も、いまだに後を絶えない(しつこいようだが、なんとその一人が現アメリカ大統領だ)。「人類もうダメかも」と絶望を感じる人がいてもおかしくない。
人類の未来に希望を持てるようなブレークスルーは、進歩の兆しは、グッドニュースは何かないのだろうか…?
ある。
「再生可能エネルギー、世界最大の電力源に 石炭を初めて上回る」
2025年最大の科学ニュースのひとつに、これを選ばないわけにはいかないだろう。太陽光発電を筆頭にした、再生可能エネルギーの躍進だ。エネルギーの歴史におけるインパクトを鑑みても、今年の「科学グッドニュース」の締めくくりにふさわしい。やや長文になるが、お付き合い願いたい。
報告によると、「世界の電源構成に占める再生可能エネルギーの割合が、2025年上半期に初めて石炭を上回り、世界最大の電力源となった」。もう一度言うが、「再生可能エネルギーが世界最大の電力源となった」のだ。これがいかに重大な出来事なのか、世間の人は十分に理解しているだろうか。「ふーん」で流していいニュースではない。
たとえば世界の電源構成における再生可能エネルギーの割合が20%にも満たなかった2000年にタイムトラベルして、「25年後には再生可能エネルギーが世界最大の電力源になるよ」と言おうものなら、「んなわけないだろ、現実を見ろ」と言われただろう。当時の普及率を考えればそれも無理はないと思うが、現実はこうなった。控えめに言っても、エネルギーの歴史における、重大な転換点が到来したと言うほかない。
再生可能エネルギーの成長はあまりに急速なので、世界的な電力需要の増加さえカバーしてしまったほどだ。「太陽光・風力発電の成長が非常に大きかったため、追加の電力需要を100%満たしただけでなく、発電に使用する石炭やガスの量もわずかに減少させることとなった」という。
再生可能エネルギーが石炭を上回ったことも、歴史的な出来事だ。「世界最大の単一エネルギー源の地位を50年以上維持してきた」石炭の、いわば不動の王座がついに揺らぐことになったのだから。
発祥の地イギリスで、石炭火力発電がついに廃止されたという、昨年の象徴的なニュースも記憶に新しい。
ちなみに「イギリスの再生可能エネルギーによる発電量は、2010年には全体のわずか7%だった。これが2024年前半には50%以上に増加し、最大記録を更新した」というのだから、たった十数年でここまで一国のエネルギー情勢が変わるものか、と文明のダイナミズムに改めて驚かされる。
「Science」誌が毎年実施している、科学分野の革新的な発見や発明に贈られる賞「ブレークスルー・オブ・ザ・イヤー2025」に輝いたのも、「再生可能エネルギーの止まらない成長」だ。ここ10年で選ばれた「ブレークスルー」は、先述した遺伝子編集技術「CRISPR」をはじめ、重力波の初検出、ブラックホールの可視化、COVID-19ワクチン、タンパク質立体構造予測、ウェッブ望遠鏡、GLP-1受容体作動薬など、科学の各分野の錚々たるメンツである。そうした大発見や革新に匹敵する栄誉が、「再生可能エネルギーの成長」そのものに送られたのだ。
Science誌のコメント(英語から訳出)
"産業革命以来、人類社会は太古の太陽エネルギー、つまり数億年前の植物が捉え、化石燃料として蓄え、地中から掘削・掘削されたエネルギーによって支えられてきた。しかし今年、その勢いは紛れもなく、太陽から湧き出るエネルギーへと移行した。再生可能エネルギーは、様々な面で従来型エネルギーを凌駕した。"
(…)
"多くの人にとって、再生可能エネルギーの継続的な成長は今や止められないように思われる。この見通しから、サイエンス誌は再生可能エネルギーの急増を2025年の「ブレークスルー・オブ・ザ・イヤー」に選んだ。"
(…)
"過去を振り返ることで、再生可能エネルギーがこれまでに成し遂げてきた驚異的な進歩を改めて認識することができる。2004年には、世界で1ギガワットの太陽光発電設備を設置するのに丸1年かかった。今日では、その2倍の電力が毎日供給されている。当時、再生可能エネルギーは美徳のオーラを放っていた。気候変動への懸念から、購入者は化石燃料よりも高い価格を支払っていた。しかし今、真の推進力は自己利益、つまりコスト削減とエネルギー安全保障の向上である。
再生可能エネルギーを導入する世界的な動機は、もはや「気候危機に対処するため」から、「経済のため」、俗っぽく言えば「お財布のため」にシフトしつつある。世界はすでに新時代の発電コストパフォーマンス合戦に突入しており、その戦いに「勝利」しつつあるのが再生可能エネルギー、中でも特に太陽光ということだ。
低コストな再生可能エネルギーの急成長は(中国など大国だけでなく)新興国、途上国で猛烈に広がることになった。パキスタンで起こった世界最大級の「ソーラー革命」はとりわけ目を引いた。「わずか6年間で、太陽光が電力供給に占める割合はゼロから30パーセントに跳ね上がった」という。
国際エネルギー機関(IEA)によれば、世界の再生可能エネルギー発電能力は今後5年間で倍増し、その量はプラス4600ギガワット、つまり「中国+EU+日本」の発電能力に相当するというからもの凄い。
こうした、発展途上国において特に際立つ「ソーラー革命」を主導している国は、アメリカでもEUでも、(残念ながら)日本でもない。そう、中国だ。Science誌は「ブレークスルー・オブ・ザ・イヤー2025」の中で、今年の再エネ躍進において中国が果たした大きな役割をこう評価している。
"中国のグリーンエネルギーへの転換は、驚くべき数字が証明するように、他のどの国よりも目覚ましい。2024年だけでも、原子力発電所約100基分に相当する太陽光発電と風力発電を新たに設置し、そのペースは今年初めに加速した。太陽光発電の大半が生産される西部の砂漠から、それを利用する東部の都市まで、数十本の超高圧送電線が数千kmにわたって敷設されている。クリーンエネルギーの恩恵を待ち焦がれているのは、数百万台の電気自動車と、1000km離れた都市間を朝のうちに駆け抜ける高速電気鉄道網だ。"
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"今のところ、これは新しい技術の話ではない。中国は「米国が半世紀前に発明したのと同じ中核的な(太陽光)技術にほぼ依存している」と李氏は言う。当時、米国は宇宙船向けの小規模なパネルを製造していたが、今では中国が世界向けに、より高品質で、はるかに安価で、驚異的な量のパネルを製造している。"
そう、中国が「新技術」に頼っているわけではないことは、何度強調しても足りない。科学的に効果が実証済みだった既存の再生可能エネルギーという、言ってみれば「すでに出揃っていたカード」を、大々的かつシステマチックに使用しただけともいえる。ただしその「システム」の構築と運営が、徹底して合理的だった。
この「中国の二酸化炭素排出量が過去18ヶ月間、横ばいまたは減少」という、(いっけん地味だが界隈をざわめかせた)大きなニュースも、中国のそうした大規模かつ合理的な戦略の成果といえるだろう。
一応言っておくが、中国が気候変動問題を何もかも解決してくれる地球のヒーローになってくれる、とまでは期待しないほうがいいだろう。たしかに再生可能エネルギーを激増させたとはいえ、中国はまだ石炭火力発電所の建設を続けていて、化石燃料の使用量も微増しているのは懸念点だ(まぁ石炭への依存という意味では日本だって他国のことは言えないのだが…)。現時点での圧巻の再エネ投資ブーストは目を見張るが、権威主義的な政府の一任に全てがかかっているという意味では不透明さがあり、この勢いが今後も同程度に続くことを100%保証はできない。
とはいえ、気候/エネルギー政策ひとつとっても、実効性に乏しい「新技術」に賭けるあまり世界から置いてかれ気味な日本も、(3度目の繰り返しだが)トップがいまだに気候変動を否定しているアメリカも、中国のこうした強力に統合されたエネルギーシステムをこそ、もっと真面目に分析し、そこから学習すべきだろう。日本もアジアの(一応)民主主義国家代表として、本当にしっかりすべき時だ。結局のところ、全世界の努力なしには、気候変動に立ち向かうことはできない。
付け加えれば、エネルギーの変革が進み、二酸化炭素排出量を削減しているほとんどの国で、経済成長が実現しているとわかったのも重要なニュースだ。つまり専門用語でいう「デカップリング」が加速しているということになる。
・絶対的デカップリング:経済が拡大しているにもかかわらず排出量が減少
・相対的デカップリング:排出量は依然として増加しているものの、経済成長よりも遅い速度で増加
という区分があるのだが、どちらにしろ「デカップリングは例外ではなく標準」となり、「絶対的な意味で排出をデカップリングしている世界経済の割合は着実に増加している」と報告にある。一言で言えば、「排出量を削減なんかしたら経済成長できなくなるぞ!」という気候政策へのありがちな反論は、今や現実に即さないということだ。
最近出版され、科学/環境問題コミュニティの間で話題の本『Here Comes the Sun』の著者ビル・マッキベンは、再生可能エネルギー(特に太陽光発電)の可能性を語り、「これはエネルギーのコストコだ!」と熱弁する。
"人類は70万年もの間、生活に必要なエネルギーを得るために、薪集めや電気代の支払いなど、あらゆる手段を講じてきました。しかし今、少なくとも太陽光パネルや風力タービンを建設する先見の明がある地域に住んでいる限り、もうそんなことをする必要はありません。"
マッキベンが上の記事で語るように、エネルギー史は権力の集中と支配の歴史でもあった。地理的/物量的に「集中」した資源である化石燃料は、それを所有する人や国に膨大な利益をもたらし、所有しない人や国への支配力を生んだ。だが化石燃料の集中性と正反対の「分散性」をもつ再生エネルギーが、この構造をリアルタイムで転覆させていることは先に紹介した。極端な話に聞こえそうだが、エネルギーが限りなく「無料」に近づいた時、この社会がどんな形に変化するのかということを、SFとして笑い飛ばすのではなく、真面目に考えるべき時が来ている。
今から10年前、地球温暖化の対策に向けた国際協定である「パリ協定」が採択された。よく言われるように、パリ協定は完璧とはいえなかった。「地球の平均気温の上昇を、2度より低く、できれば1.5度におさえる」という立派な目標が立てられたが、その「1.5度目標」もこのままでは厳しそうな見通しだ。パリ協定から10年後の2025年11月、専門家は「地球の平均気温は2.3℃から2.5℃上昇する」と予測している。
これを聞いて「なんだ、じゃあダメってことじゃん、パリ協定なんて無駄だったね」と希望を捨てそうになったら、このことも思い出してほしい。10年前、パリ協定が発足した当時、専門家は世界の平均気温上昇を「3.7℃から4.8℃」と予測していた。私たちが本当に何もしなければ、つまりもし科学者全員がすごいバカで、政治家も経営者も(今よりもっと)すごいあほで、私たち一般市民もすごい間抜けで、気候変動のメカニズムに全く気づかないまま、無限に温室効果ガスを排出していた場合、平均気温が4.8度上昇した爆熱インフェルノ地球になっていた可能性もあるのだ。
たしかに私たちは「地獄」に向かっているかもしれない。だが人類は、たとえ不十分であっても一定の努力と協調を成し遂げることで、すでに「もっと凄い地獄」を回避した可能性が高いのだ。であるなら、「今向かっている地獄が絶対に回避不可能である」と誰に言えるだろう。
たとえ「1.5度目標」の達成には失敗するとして、じゃあ「1.6度」なのか、「1.7度」なのか、仮に「2度」も超えてしまうとして「どれくらい」超えるのか、些細な数字も全てが重要である。本当に「0.1度」刻みで気候危機のもたらす深刻さは全く違ってくるからだ。厳密な数字はわからないとはいえ、死ぬ人間の数が百万人単位で変わってきてもおかしくはない。
未来は常に揺れ動いている。気候変動の存在と科学を否定するあほをトップに選んでしまったことで大勢の人が余計に死ぬかもしれないし、逆にたった一人の女の子がどこかの国で始めた気候変動アクションが多くの人を巻き込んで気候政策を推し進めたことで何百万人、何千万人の命が救われることだってありうる。
あらゆる選択と行動に意味がある、という複雑怪奇で恐ろしくもある事実を認めるよりも、「どうせ何をしたって無駄だ」と冷笑ムーブに浸っているほうがずっとラクだし、ちょっと賢げな雰囲気も出せるだろう。だが間違っているし、言わせてもらえば愚かしい。事実はこうだ。あらゆる選択と行動に意味がある。
絶望と諦めに屈することなく、気候変動(含む環境問題)関連の個人的/社会的な対策を実践するために、入門的にオススメできそうな読みやすい本は、ぱっと浮かぶものだとこのあたりだろうか。↓
ポール・ホーケン『ドローダウン』と『リジェネレーション』
定番。幅広いジャンルの気候危機対策まとめ。『ドローダウン』は気候対策入門書として教室に一冊ずつ置いてもいいくらい。動物好きはぜひ続刊の『リジェネレーション』も読んでね(生態系の話が多めなので)
「THE CARBON ALMANAC (カーボン・アルマナック) 気候変動パーフェクト・ガイド 世界40カ国300人以上が作り上げた資料集」
これも教室に常備系のずっしりした入門本。気候変動関連のファクトや資料がわかりやすくビジュアル化され、ぎゅっと詰め込まれている。
ハナ・リッチー『これからの地球のつくり方 データで導く「7つの視点」』
否定論者にも悪用されがちな気候滅亡主義に抗う。「世界は終わらない。むしろ努力を続ければ、もっと良くなる」という信念とデータに基づいた具体的かつ実行可能なプランを語る。原題「世界の終わりじゃない」の方が端的でカッコイイと思うけどね
ごく一部だが、年末年始で時間ある時にでも、ぜひ読んでみてほしい。
最後の「エネルギーと気候」のグッドニュースだけ(自分の関心領域なこともあり)アンバランスに長々と語ってしまったが、年末の忙しい時期に2万字の記事に付きあわせて恐縮なので、そろそろ記事を終わるとしよう。
念のため言っておくと「この問題は深刻だ」「状況はこんなに悪い」と世間に伝える「バッドニュース」もまた、もちろん大切だし、特に日本のように問題の深刻さと世間の理解度がなかなか釣り合わない社会では、どんどんバッドニュースを発信してほしいとさえ思う。とはいえ、あらゆる変化は希望からしか始まらない。
以下は、私の敬愛する著述家のレベッカ・ソルニットが「希望」について書いた文章だ。
「私がこんなことを書くのは、希望はソファに座って宝くじを握りしめながら幸運を願うこととは違うからだ。希望とは非常時にあなたがドアを破るための斧であり、希望はあなたを戸外に引きずり出すはずだからだ。それはあなたの持つすべてのものを動員して、未来を際限のない争いから救い出し、地球の宝物の消滅を防ぎ、貧しい人びとや周縁にいえる人びとを虐げることをやめさせるものだからだ。希望は、単にもうひとつの世界が可能かもしれないということにすぎず、そこには約束も保証もない。希望は行動を求める。希望がなければ行動はできない。」
(『暗闇のなかの希望』より)
希望とは、ドアの外に広がる素敵な世界を空想することではなく、ドアそのもののことでさえない。ドアを破る斧のことだ。日々流れてくる破滅のバッドニュースにうんざりして絶望と諦念の中に閉じこもるのもいいが、暗い部屋で壁を見つめるのに飽きたら、斧を手に取ってドアをぶち破ろう(普通にドアを開けてもいいが)。
そして歩き出そう。あなたが次のグッドニュースになるのだ。
ーーーおわりーーー
蛇足宣伝:今年出した『いきものニュース図解』ほか新刊もぜひ読んでくださいね〜
いきもの関連のグッドニュース、バッドニュース、おもしろニュースが目白押しな一冊となっているぞ
よろしくま🐻








