人気漫画【推しの子】最新刊まで一気読みしたので感想をかんたんにまとめておく。
すでに【推しの子】はアニメ版の1話が映画として上映された時に劇場鑑賞して、日本のアニメとしてはかなり攻めた内容だと感じて面白かったので、とりあえず原作を買い揃えたのだが、せっかくだし続きはアニメで見た方がいいか…?など悩んでるうち、両方積んでいたのだった(ありがち)。
昨日思い立って原作を一気読みしたら、面白かった序盤(アニメ映画になったところ)以上に、それ以降が(当たり前だが)本番なんだなと思えたので読んじゃってよかった。日本の芸能界や社会構造のヤバさを批判的に捉えてエンタメの中に織り込む、こういう娯楽作品は今こそ大事だよなとも思わされた。芸能界、現実でも深い闇が日々漏れ出てるしね…。
ちなみにkindle版の(ほぼ)半額還元がまだ続行していた(10/14時点)。こういうジャンプ系の漫画のセールは3日くらいで終わることが多いのだがもう一週間くらいセールやってて、しかも全巻なので、【推しの子】みたいな人気作品としては珍しく気前がいい。ちなみに『呪術廻戦』も全巻ほぼ半額還元が続いており、これも今をときめく大人気作なので少し意外。いつ終わるかは不明だが電子派はぜひ…
まず先に見た映画『【推しの子】Mother and Children』の感想から。重大なネタバレあるので注意してね。
『【推しの子】Mother and Children』鑑賞。推しアイドル・アイの妊娠を知り衝撃を受けつつも、彼女の助けになろうと決意した主人公が、何者かに殺害され、なぜかアイの子どもに生まれ変わる!という情報量の多い物語を描きつつ、日本のアイドル文化や芸能界に潜む欺瞞を鋭く刺す、稀有なアニメ作品。 pic.twitter.com/FFHRQySP3f
— ぬまがさワタリ (@numagasa) 2023年4月3日
推しアイドル・アイの妊娠を知って衝撃を受けつつも、彼女の助けになろうと決意した医者の主人公が、いきなり何者かに殺害されてしまう。だがなぜかアイの子どもに生まれ変わってしまい、彼女を守るために頑張る!という冒頭から情報量の多い物語なのだが、日本のアイドル文化や芸能界に潜む欺瞞を鋭く刺すような、稀有なアニメ作品に仕上がっていた。
とりわけ、序盤のアイの妊娠発覚からしてそうだが、アイドルに"純潔"を勝手に求めて押し付ける"ファン"の欺瞞に斬りかかるような展開がやはり秀逸で、(日本のポップカルチャーでは忌避されることも多い)現実社会や文化への批評的なマインドが、創作物にエッジをもたらす好例だなと。こうした消費者の勝手さ・残酷さは、アニメのファンダムも全く例外ではないよなと思うし…。
そんなアイドル文化の(ジェンダー的な不公平も確実にある)欺瞞をきっちり描くからこそ、その世界で"嘘をつく天才"としての才能をフル活用し、2児の母になってもアイドル活動を絶対やめずに人生を謳歌しようとするアイの姿は痛快で、主人公ともども"推して"しまう。中盤のライブシーンはとても熱かった。
そんなアイに感情移入していた観客を打ちのめすように、映画の終盤に「衝撃の展開」が起こるわけだけど、実は正直これでちょっと冷めちゃった部分はあった。というのも、アイが(いわゆる"処女"信仰というか欲望に支配された)現実のアイドル界や日本アニメの常識を打ち破るような、型破りで画期的な力強いキャラクターだったからこそ、早々に退場しちゃうのが残念に感じたんだよね。
2人の子どもがいるヤングマザーだけど「嘘の才能」を武器にアイドル界でのし上がってやるぜ〜!ってそれ自体めちゃくちゃ熱くて画期的なストーリーだし、単純にもっと観たかったなと。結局アイも「冷蔵庫のなかの女」(※主人公のモチベ作りのために残酷な死を迎えたりして犠牲になるありがちな女性キャラの意味)になっちゃうのか〜という残念さも少し覚えた。それもあって、アイ亡き後の続きを読むテンションが微妙に上がらないまま積んでしまっていたのだが…
さっき言ったように、続きも読んでよかったなぁと思った。2巻以降も引き続き、「芸能界残酷物語」的なセンセーショナルな面もキャッチーなのだが、その一方で地道な「クリエイティブお仕事もの」としての面白さもかなりデカいんだなと。
序盤の「漫画原作の全然ダメな実写化作品を、演技の力でちょっとだけ良くする」ために頑張るパートとか、お仕事ものとしてけっこうグッときてしまった。駄作を傑作にするんじゃなくて、「ちょっとだけ良くする」っていうのがいいよね。私たちが「つまんね」と一蹴してしまうような作品でも、制作現場ではこういうアンサングな(歌われぬ)泥臭い闘いが各方面で繰り広げられているのかもな…っていう。
たとえ傑作にはできなかったとしても、「少しでも良くしよう」と戦い、工夫することは決して無駄じゃないし、多くはないけど見ている人もいるよ…と伝える、創作者側の視点でも元気の出る話だったなと思った。のちの舞台の話にも繋がっていくし。
2.5次元舞台編の、原作漫画家と脚本家の衝突のくだりとか生々しくキツくて面白かったな。2.5次元は詳しくないけど、漫画の実写化やメディアミックス全般における「原作」との軋轢も、近い問題と言えそうである。脚本が気に入らない漫画原作者が、じゃあ舞台の脚本書きます!って言った時に、それが良い脚本になるかは全くの別問題っていう話もヒヤリとさせられる(「ガチでそのまま使われる可能性ありますけど大丈夫ですか?」ってセリフ、リアルにこえーなと。)
アイドルや芸能界の話だけど、やはり漫画は漫画家が描いているので、漫画家の話になるとグッと迫力が出るよなという…。人気漫画家がどんどん傲慢で視野狭窄になりやすい問題も、その人自身の問題もあるかもだがそれ以上に構造の歪さが大きくて、ウワ〜〜と思わされるのだった。
あとフリーランスでやってる脚本家の立場が弱い問題とかも胃痛…って感じだった。まぁ私自身もフリーランスの作家で吹けば飛ぶような存在なのだが、それでもフリーの編集者さんとか、さらに弱い立場と思われる人とやり取りする機会も多いので、こういうことは意識しないといけない…。
【推しの子】最新刊まで読んだ中でも、やはりこの2.5次元舞台編は白眉だったと思う。漫画界/舞台界それぞれの歪みを描きつつ、両者の衝突によってメディアミックスの本質的な難しさを示しながら昇華し、舞台上の人間模様でケレン味と王道的なアツさも出すという高度なことをやっていた。その意味で本作自体のメディアミックスであるアニメ化(まだ映画しか見てないが)が、好評を博す出来栄えになったのは良かったと言える…。
ところで【推しの子】アニメの有名なOP「アイドル」だが、実は映画館で流れて以来は聴いてなかった&OPも見てなかったので(映画しか観てないため)見てみた。アイは面白いキャラだが、全体で見ると相当序盤から"不在の中心"として機能していくことになるので、OPやキービジュなどでメインに据えられ続けてる現象ちょっと面白いな(ある意味"らしい"のだが)。アニメもこんど見てみねば。
【推しの子】の代表的なエピソードとしてもうひとつ、恋愛リアリティショー編があるので触れておきたい。
恋愛リアリティショー自体には個人的には全然興味がなさすぎるので、本作で描かれたことがどれくらい現実的とかは判断できないのだが、こうした(世界的にも人気な)リアリティショーに潜んだ欺瞞や危険性を批判的に捉えるという点で、本作らしいソリッドさをもつ重要なエピソードになっていたと思う。最後に出演者のみんなが力をあわせて、深刻な問題の解決に乗り出そうとする姿も清々しさを感じさせた。
ただこの恋愛リアリティショー編、アニメの放映時にやや炎上しているのを見かけた。現実のリアリティ番組「テラスハウス」に出演した木村花さんがネットなどで執拗な攻撃にさらされ、自死を選んでしまったという痛ましい事件が記憶に新しく、ある意味ではこうした事件をエンタメ化したアニメの内容に対して、遺族の方が遺憾と反発の意を示された…というあらましだった。
まず、この件で遺族の方を攻撃している人たちは論外である。木村さんを死に至らしめた人々や、本作の中でキャラクターを死の瀬戸際に追い詰めたモブ連中と何ひとつ変わらない、浅ましい行動をしていることを自覚すべきだろう。
一方で、【推しの子】が木村花さんの事件を直接的に参照した…というのは、作品の初出タイミングや現実の死亡事件の時系列を考えても、現実的と思えないのも事実だ。たしかに数ヶ月くらいの差で現実の事件が「先」ではあるのだが、週刊誌の連載でそこまで迅速に現実の事件を作品に取り入れることは極めて難しいと思われるし、リスクも大きすぎるだろう。あくまで、こうした恋愛リアリティショーで普遍的に起こりうる事件を(おそらく過去の海外の事例なども幅広く参照して)描こうとした矢先に、現実の日本でもちょうど似た事件が起きてしまった、不幸と言えば不幸な偶然だったのだと想像する。
ただ、こうした社会の歪みに目を向けるフィクションとしての鋭さこそが、現実社会とのシンクロニシティを生じさせ、そうしたタイムリーさも原作やアニメのヒットに繋がっていく一方で、それが結果として(アニメの放映タイミング的にも)遺族の方をさらに追い詰めてしまい、その出来事がまた雑に消費されていき…といった、イヤなスパイラルを目の当たりにすると、なんともやりきれない気持ちにはなる。
こうした事件に際して、少なくとも制作側の企業は(遺族や原作者に無用な火の粉が降りかからないためにも)なんらかの声明を出す必要があったのでは…と思えてくるのも確かだ。【推しの子】のように「社会批評的な要素の強い万人向けエンタメ作品」そのものがまだ多いとは言えない日本社会では、いざ現実との軋轢が生まれた時に、企業の側もどう対応すべきかといった姿勢が成熟していないように思える。今後、世界的に通用するエッジの効いたフィクションを日本が作っていく上でも不可欠な課題なのだと思う。
そういえば先日、海外(なぜかバルセロナの居酒屋)で韓国から来た人と話す機会があったのだが、日本のアニメで「アイ」っていうのが好きなんだーと言ってて、話してるうちに【推しの子】のことだとわかった。やっぱり人気なんだなあと思ったのだが、よく考えると韓国の芸能界・アイドル業界の(また日本とは桁違いだろう)熾烈っぷりもよく耳にするので、【推しの子】人気も当然と言えるのかもしれない…。業界や社会の(美しさや楽しさだけでなく)ヤバさや歪みをちゃんと描くことで、意外に海外の人もわかってくれるものだ、という教訓なのかも。
【推しの子】は日本ではまだ数が少ない「社会批評的な要素も込めた万人向けエンタメ」なのだが、韓国はこの分野がもっと強い印象で、特にやっぱり実写映画が代表格だと思う。一方、日本だと現状それが一番うまくいってる分野はやはり漫画なんじゃないか…ということはよく感じる。【推しの子】にしても海外で人気なのはアニメだけど元は漫画だし。
【推しの子】みたいな、芸能界の歪みに対する怒りや批判(結局は子どもの人生を搾取してるだけじゃん的な)をしっかり描く作品が、漫画以外の、たとえば実写映画/ドラマとか、オリジナルアニメーションで作られるのってあんまり想像できないよな…とも残念ながら思う。その理由も【推しの子】の中で説明されてて(要はしがらみが多すぎるから、って話…)複雑な気持ちになるのだが。
かように全体に保守的な日本のエンタメ界で、それでもまだ漫画がエッジィな社会批判性を獲得しやすいのだとしたら、そこには小規模で作るゆえのしがらみ=社会的制約の少なさも影響してるんだろうなと。その意味でもやっぱり漫画って日本のポップカルチャーの重要な起点だよなと思うのだった。流行っているからといって逆に無視したりせず、今後もできる限り追っていかなければな…と思わされたのでした。まぁ漫画ってまとめて買うと地味に高いので電書セールを活用したりしつつだが…(ネトフリ的な広範な漫画サブスクの登場が待たれる。)
ちなみに未発売の最新刊も半額還元の対象だったので買っとく。やっぱ変に気前いいな
最後に余計な情報だが、好きなキャラ…(いや推しというべきか)はアイ以外だとMEMちょである。
なんか小悪魔的な風貌のユーチューバーとして出てきたので、場を引っ掻き回すニヒルなキャラなのかな…と思ってたら、意外と周囲の人を思いやる心をもっていたり、実は年齢詐称をしていたり、現実的な面が垣間見えるにつれて作中屈指の好きなキャラクターになった。作中だとB小町のアイドル稼業は若干グダりつつあるようだが、これからもっと活躍の機会あるかな…。推せる。