沼の見える街

ぬまがさワタリのブログです。すてきな生きもの&映画とかカルチャー。

『マジカル・ガール』感想

  • 昨日見た映画『マジカル・ガール』の感想です。ヒューマントラストシネマ有楽町、1000円。公開されたばかりなので、なるべくネタバレなしでつらつらと語っていきたいと思います。
  • 本作はスペインで2014年に公開された実写映画なんですが、予告編が発表されたときはびっくりしましたね…。「マジカル・ガール(魔法少女)」というタイトル通り、思いっきり日本の萌えアニメが意識された『魔法少女ユキコ』という架空の作品が登場するのです。
  • この劇中アニメ、ビジュアル的にはよくある感じのキャッチーで可愛い絵柄なんですが、テーマ曲がなぜか長山洋子のデビュー曲『春はSA・RA・SA・RA』なんですよね…。いかにも昭和の歌謡曲という雰囲気が現代的なキャラデザとミスマッチで、なんともいえぬ異様な感じを生んでいます。しかしこの奇妙なアニメが、物語の鍵を握ることになるのです。
  • 監督のカルロス・ベルムトは日本のカルチャーにかなり詳しく、映画や文学はもちろんのこと、アニメに関してもかなりガチなオタクでいらっしゃるようです。私も大好きな『魔法少女まどか☆マギカ』のことも大いにリスペクトしているとインタビューで語っていました。(詳しくは後述しますが、テーマ的にも「まどマギ」と通じる部分が確かにあります。)あと『魔法少女ユキコ』のデザインは『キルラキル』あたりを意識したんだそうな。ガチですね…。
  • ざっくりあらすじを書くと、病弱で余命わずかな美少女アリシア(ルシア・ポジャン)のために、彼女の大好きな『魔法少女ユキコ』のコスチュームを手に入れようと、父親ルイス(ルイス・ベルメホ)が苦闘する…というお話です。こう書くとまるで感動的な難病モノのようですが、蓋を開けてみると全然違って、予想もしなかった方向にどんどん物語が転がっていきます。最終的には色々な地獄の蓋が開いてしまい、とにかく大変なことになる…という、そんな凄まじい映画なのです。
  • その地獄の蓋をあける契機となるのが、子ども達に夢と希望を振りまく『魔法少女ユキコ』であるというのが実に悲劇的です。(このあたりは「まどマギ」と共通していますね。)ルイスはアリシアが『魔法少女ユキコ』の衣装(一点モノ)を着たいという願いを密かに抱いていたことを知るんですが、そのコスチュームがなんと90万円もする。教師の仕事を失ったルイスにはとても手の届かない、高価な買い物です。
  • それでも、いつ死んでしまうかわからない娘のために、なんとか『ユキコ』のコスチュームを手に入れようとルイスは考え抜きます。観客的には「何も一点モノの衣装じゃなくても…。もっと安いのも売ってるんじゃね?」とか思わなくもないんですが、ルイスにとって「アリシアがまさに望んでいるもの」を娘に贈ることが絶対的に大切なのであって、まがい物ではダメだったのでしょう。その愛情こそが、これから連鎖していくド級の悲劇の一丁目になってしまうわけですが…。
  • アリシア役のルシア・ポジャンは、透き通るような肌と大きな目をもっていて、本当に恐るべき可愛らしさなんですが、同時にえも言われぬ「底の知れなさ」を滲ませているのが素晴らしいですね。基本的には純粋無垢な少女として描かれるのですが、たとえば父親にタバコや酒をせびるシーンでは、まるで自分の「弱さ」を逆手にとっているかのようにも見えました。作中で一貫して描かれるアリシアの「底知れなさ」が、本作を陳腐な美談から決定的に遠ざけています。クライマックスで例の『春はSA・RA・SA・RA』が流れる衝撃的なシーンでの彼女の佇まいは、まさに圧巻の一言でした。
  • ルイスとアリシアの父娘と並び、もう一人の主人公といえるのがバルバラバルバラ・レニー)という名の女性です。バルバラはひょんなことからルイスと出会うんですが、彼の「娘の願いを叶えたい」というあまりに強い想いに飲み込まれるようにして、ものすごい勢いで坂道を転げ落ちていきます。
  • バルバラは外見も美しく、裕福な婚約者もいて、一見すると全てを手にしているように見えるんですが、友人の子どもを「窓から投げ捨てたらどうなるかしら」とか言っちゃってドン引きされたりと、精神的にはギリギリの瀬戸際にいます。そんな彼女が、同じく切羽詰まったルイスと出会ってしまうわけで、これはもうタダで済むはずがない。ゲロをきっかけに(!?)勢いで一夜を共にしてしまった二人は、どんどんヤバい方向へと突き進んでいきます。
  • 追い詰められたバルバラが大金を求めて向かった、「高級娼館」のような場所のリアリティも凄まじかったですね…。(おそらく)ゲスな金持ちどもに変態的なプレイを強要され、その引き換えとして大金を稼げるという場所(たぶん)なんですが、そこでは「キーワード」が設定されているんですね。その使い方が秀逸の一言でした。
  • ラース・フォン・トリアーの『ニンフォマニアック』でもちょっと出てきましたが)こういう場での「キーワード」というのは、それを口にすることでプレイを中断することができる、という一種の「命綱」なのです。いっけん親切な配慮に思えますが、そういうセーフティネットが必要なくらいの「暴力」に満ちた現場である証左でもあるわけで…。ウッカリ「キーワード」を忘れたりすると、変態プレイが盛り上がる過程で本当に殺されかねないのでしょう。こういう凄惨な裏の事情を、最低限の語りの量で観客の脳裏に想起させる手腕が見事です。
  • またこの娼館にはさらなるおぞましい深みがあって、そこでは「黒トカゲ」が邪悪なものの象徴として印象的に使われています。デザイン的に「まどマギ叛逆」のほむらの紋章をちょっと思い出しましたが、監督が江戸川乱歩の大ファンということもあって、乱歩の『黒蜥蜴』へのオマージュのようですね。(「RAMPO」という検索エンジンも登場します。恐ろしいものばっかりヒットしそうですが…。)
  • そしてバルバラは、ついにはその「黒トカゲ」によって暗示されている真の「暴力」の中へと、足を踏み入れていくことになります。私たちの日常のすぐそばでぽっかりと口をあけている「暴力」という「闇」の恐ろしさがこの映画では執拗に描かれるのですが、とはいえ直接的な「暴力」が描かれることは少なく、その意味では上品な作りになっています。しかし全編にわたって、静謐な空気の中にビリビリと張り詰めるような「暴力」の気配が充満していて、いつそれが爆発するかハラハラしながら、私たちはルイスやバルバラの苦闘を見守っていくことになります…。
  • そして3人目の主人公が、バルバラと謎めいた関係にある初老の男・ダミアンであり、この人についても語るべきことは非常に多いわけですが、ちょっともう長いので今日はこの辺にしときます…。またTwitterなどで語らせてくださいませ。
  • 本作『マジカル・ガール』、きわめて残酷で陰惨な「ひでえ話」であり、救いのない物語ではありますが、見終わった後に残るのは不思議な清々しさなんですよね。「美しい」映画であることには一切疑いを挟む余地がありません。「まどマギ」好きはもちろんのこと、「なんか面白くて尖った海外の映画ないかな〜」と探している方に、全力でオススメできる作品です。アニメ好きも映画好きもぜひ見てね。久々に3000字も書いたな…。ではまた。