沼の見える街

ぬまがさワタリのブログです。すてきな生きもの&映画とかカルチャー。

『母と暮せば』感想

  • 映画『母と暮せば』と『ハイ☆スピード!』を先日ハシゴしました。新年一発目にふさわしく、どちらも出来の良い映画ではあったのですが、少しノリ切れない部分も目立ったかな~という感じでした。以下、ちょっとだけネタバレ注意です。
  • 今日はまず山田洋次監督の『母と暮せば』から。井上ひさしの有名な戯曲『父と暮せば』を原案にして、登場人物を「父と娘」から「母と息子」に変えたというトリッキーな作品です。母役に吉永小百合、息子役に二宮和也と、主演の二人には超ビッグネームが起用されています。(息子の恋人役も黒木華。)
  • まず良かったところは、戦後の長崎の空気感が非常に丁寧に再現されていること。元が戯曲なので、ロングのショットだとか大規模なセットだとかはあんまり出てこないのですが、緻密に作り込まれた家の生活感など素晴らしいものがあります。
  • 冒頭も意表を突かれました。『父と暮せば』を改変した映画なのだから、てっきり吉永小百合が「死んでいる」ほうだとばかり思ってたんですが、実は…というのがいきなり初っ端で明かされます。こういうびっくりポイントはとても現代的というか(ちょっとラノベっぽい)、面白い変更点だなと思いました。まあ死んだ母が…っていう話だとあまりに「そのまんま」だから、ということでもあるのかな。
  • 一番好きだったシーンは、冷たい雨の降る日に、吉永小百合のもとを、黒木華が「ある人」と一緒に訪ねてくるところですね。全体にヌルめの雰囲気の本作の中で、寒々しい酷薄な空気と場面の悲しさがとてもマッチしていて泣けました。(最後の抱擁はむしろいらなかったくらい。ハードボイルドに去って欲しかった。)
  • そんな感じで、全体としては非常に真摯な作品で、こういう映画がきっちり撮られて公開されることは本当に健全なことだと思うんですが、ちょっと「どうなの…?」と激しく思ってしまうポイントもありまして…。
  • やっぱりその最たるものが、本作の「死者」である二宮くんの描き方ですね…。こういう言い方はよくないとは思うんですが、やっぱり一言で言って、ダサかったです…。ダサダサでした…。二宮くんが悪いというのではなく、はっきりと演出の問題だと思います。どうしてこうなった…?
  • 冒頭でわかることなのでネタバレしちゃいますけど、二宮くんは冒頭で原爆に巻き込まれて死んでいるんですね。そして吉永小百合のもとに「幽霊」的な存在としてちょくちょく現れるんですけど、現れ方はまだしも「消え方」が本当にダサいんですよ…。「さっきまでいたのに、カットが変わったらもういない」とかじゃなくて、いかにも「幽霊で〜す消えま~す」って雰囲気で、じわ~~~っと消えていくんですよ…。申し訳ないけど「なにこれ古臭っ…」としか感じられなかったです。
  • まぁ百歩譲ってそれは「良い意味での古臭さ」みたいな「味」として受け入れられたとして、どうしても「おいいい!?」って思ったところがあって。幽霊の二宮くんが自分の部屋でレコードを聴きながら、昔を懐かしんで涙を流すっていう場面です。ここでも「じわ~~」っていう例の消え方をするんですけど、消えてしまった二宮くんがレコードを棚に戻すんですね。その描き方があたかも「サイコキネシス」みたいに、レコードがふわっと宙に浮かんで棚に収められる、っていう描写をやっちゃうんですよ…。あのさぁ…。
  • この場面を見たときはけっこう目を疑ったというか、一気に冷めましたね…。だって二宮くんの存在を、そういう「不思議現象」みたいにしちゃったら、お話の幅が一気に狭くなるじゃん…。なに、普通に物体に干渉できんのオマエ?物理的な存在なの?怪奇現象なの?ってなるじゃないですか…。それじゃダメなんじゃないのか、この話は…?
  • こういう話の肝って、この息子くんの幽霊の存在が、もしかしたら母親の妄想かもしれない…みたいな、そういう悲哀にあるんじゃないの…? あんな風に「幽霊でーす!!」みたいに描いちゃったら、そういう「含み」みたいなのが台無しなるだけでは…?
  • ああいう演出、死者と生者の境界を曖昧にするといえば聞こえはいいですが、どうしても死者と生者の「馴れ合い」に見えてしまって。本作において最も重要である「死」という問題を、わざわざ軽く扱っているように見えちゃって、そこがどうにもノレなかったです。こういう作品の「死者」における描き方として、やっぱりダサいし、何より不誠実なものだと私は感じました。近作でいうと黒沢清『岸辺の旅』とか、死者と生者の間にある、ささやかだけど深い深い「断絶」を、圧倒的な演出で表現する作品もあったし、ああした映画を経てしまった後だと、なおさらそういう風に感じちゃうというか…。
  • そんな感じで、「死者」の描き方にとにかく納得がいかなかったので、ラストの展開もさっぱりピンとこないし、感動っぽい雰囲気のエンドロールもグッとくるというよりはひたすら気味が悪かったです(こっちはわざとかもしれないけど。あまりに絵面が不気味すぎて、あれはあれでアリかなとは思う)。
  • まぁ、私が不勉強で描写の意味に気づいてないだけかもしれないですけどね。元ネタの『父と暮せば』も本で読んだだけですし、なんか演劇版へのオマージュとかあるんでしょうか。なんといっても超大御所・山田洋次監督ですし、私ごとき素人のには及ばない考えがあったのかなあ、とは思います。それにしたってアレはな~…。
  • 雑な文句ばっかりになっちゃいましたが、全体的な質は高いし、良心的な作品だとは思うんですけどね。黒木華と生徒の女の子がお役所に父親の安否を聞きにいく場面もとても良かったですし。うん、良いところも沢山あったんですよ…。今年公開される「約束された傑作」である『この世界の片隅に』にもダイレクトに結びついてくる映画なので、気になる人はぜひチェックしてみてください。新年早々雑ですが、今日は眠いのでこの辺で。それにしても『ベテラン』面白かったな〜…!