沼の見える街

ぬまがさワタリのブログです。すてきな生きもの&映画とかカルチャー。

『グリーン・インフェルノ』感想

  • 『グリーン・インフェルノ』を観ました。新宿武蔵野館、1300円。
  • 『ホステル』シリーズで有名なイーライ・ロス監督の手がける肉食系サスペンスホラー。いわゆる「意識高い」系の大学生たちが、森林を伐採する企業から先住民たちの土地を守ろうとペルーに向かうのだが、なんだかんだあった末に飛行機がジャングルに墜落! かろうじて生き残った主人公たちだが、人間をむしゃむしゃ食べる文化をもつ先住民「ヤハ族」とばったり遭遇し、全員とっつかまってしまう。そんな彼らを待ち受けていた「地獄」とは…!?というお話です。
  • この『グリーン・インフェルノ』、最近だと立川シネマシティという映画館で、予告編に関して『劇場版ガールズ&パンツァー』のファンとの摩擦が起こったのが記憶に新しいですね。まあ、アニメを見に来て突然グロいものを見せられたらギョッとするのは当然だし、映画館側の予告編のチョイスが良くなかったってことでケリがついたみたいなんですが、私は『ガルパン』も『グリーン』もどちらも良い映画だと思うので、ああいった諍いは悲しかったです。
  • かわいい女の子がいっぱい出る映画と残虐ホラー映画、たとえ別のジャンルであっても、同じ映画ファンとして互いを尊重できたら良いんですけどね。インモラルという意味ではどっちも似たようなもんなんだし(よせ)。…とか言いつつ私だって『はなちゃんのみそ汁』の予告編とかは死んだ目で見ているので、人のことは言えませんが…。
  • さて、かように予告編だけで物議をかもすことになってしまった『グリーン・インフェルノ』ですが、当然ながら本編も壮絶なまでの不謹慎さです。先述したように本作で主人公たちを脅かすのはジャングルの「先住民」ヤハ族なわけですが、もうこの人食い族の「食生活」描写があらゆる意味で凄まじくて、というか端的に「ひどい」の一言であり、もはや笑うしかない感じなんですよね。
  • もうすぐ2016年だというのに、体を真っ赤に塗られた先住民たちが「ばいやー!」などという奇特な台詞(?)を叫びながらウンバウンバと猛り狂いながら文明人をむさぼり食う本作を見て、「ポリティカル・コレクトネスとは一体…?」という気持ちになる人も多いことでしょう。私も最初は正直「マジかお前…」と思いました。
  • しかしそこは「信頼出来る男」イーライ・ロス監督。本作のヤハ族を演じているのはガチで南米の密林地域に住んでいる「現地の人々」です。当ジャンルのクラシックである残虐ムービー『食人族』の上映会を開いて、監督直々に「こういうのを演じてほしいんだ」と懇切丁寧に出演交渉をしたそうな。なお現地人たちは爆笑しながら映画を楽しみ(コメディだと思ったらしい)、こころよく承諾してくれ、スタッフと一丸になって撮影にあたったとのこと。すげー話だなぁ…。
  • そんな熱心な交渉の甲斐あって、本作に登場する「人喰い人種」たちは誰もが素晴らしい輝きを放ち、実にイキイキとした姿を魅力的に(つまり恐ろしく)映し出されています。この映画は先述した『食人族』を撮ったルッジェロ・デオダート監督に捧げられていますが、『グリーン・インフェルノ』はその中に出てくる作中作のタイトル。本作はロス監督が心の底から愛する「人喰いジャンル」の、堂々たる現代アップデート版なのです。
  • このヤハ族が登場して殺戮の限りを尽くすまでが意外と長いんですけど、そうした「前振り」にあたる前半部分がとても良かったですね。大学の「意識高い」ボランティア団体と主人公がジャングルに向かうまでの、不安に満ちたイヤ~な雰囲気が実にいい。密林を伐採する企業に立ち向かうため、軍人と渡り合わないといけなくなる場面とか、直接的なグロ描写はないものの「ああ~嫌だな~!」と思いながら見てました。この前半部がリアリティをもって周到に描かれているからこそ、中盤以降の大残虐ショーが光るのです。
  • 最初に仲間がヤハ族の「ごはん」となってしまうシーンの容赦なさも凄かったですね。全体的には(意外にも)グロ控えめとさえ感じられた本作なんですが、ここだけは本当に「全開スプラッタ!!」という勢いで、全力で観客をドン引きさせにかかってました。それを檻の中から見ていることしかできない主人公たち(と観客)に「こんな死に方だけはしたくねぇ…」と存分に思わせてくれます。
  • 他にもたとえば、体の弱い女の子が、檻に閉じ込められている時にお腹が痛くなってしまってどうしても催してしまい、「もうダメ…」と泣きながら、みんなが見ている前で檻の隅っこで…という最低最悪の下劣なくだりがあるんですね。その様子を見てヤハ族の子供たちはキャッキャと笑っている。「人としての尊厳を踏みにじられる」という言葉がこれ以上ないほど当てはまる、ひどすぎる場面なわけですが、本当にこういう「絶望」の描写が上手いんですよね、イーライ・ロス監督は…。
  • ヤハ族の描き方も非常に面白い。先述した子供たちの描写に象徴的ですけど、人喰い人種なのにどいつもこいつも妙に「人間臭い」んですよね。人喰い族だろうと、子供ってのは下ネタが大好きなんだよな~、みたいな。「食材」の扱いもていねいで、殺した後は「肉」にしっかりと火を通して調理するし、みんなに平等に分配するし…。彼らからしてみれば人肉食は当たり前の日常的な営みであるという、その客観性がまた怖いんですけどね。
  • そんな感じで無残に大学生たちが殺されていくんですけど、(『アフターショック』評のときにうたまる氏も言っていたことですが)イーライ・ロス監督は人が惨たらしく死んでいく状況を露悪的に描く一方で、どこかギリギリの点で「人間を信じている」ところがあって、そこがグッとくる点でもあります。
  • 今回でいうと、たとえば赤毛のヘタレ大学生の描写。現地の人からマリファナを買っちゃうわ、ジャングルで立ちション中にタランチュラに襲われかけて銃をぶっ放すわ、デモの相手が軍隊だとわかると途端に弱腰になるわ(無理もないけど)、いろいろヘタレでダメなやつなんですよ。それでも、たとえばヤハ族のあまりにも残虐な仕打ちから、とっさに身を呈して女の子をかばおうとする。別にそれで何か状況が好転したりとか、その行為が報われることもない。それでも、怖くて仕方ないのに、つい目の前の誰かのために体が動いてしまう…。そういう人間のポジティブな「業」のようなものを、この監督は信じているんだと思います。
  • 『アフターショック』の時も、本当に極限状態で余裕なんてこれっぽっちもない、ギリギリの追い詰められた状況で、それでも人間が優しさや勇気を見せる姿が描かれていました。たとえば、もはや絶体絶命で虫けらのように殺されかけている男の、悪者に対するほんのわずかな抵抗。ずっと嫌な奴として描かれてきた人が、瀕死の友達のために見せるかすかな優しさ。なんの救いにもならないし、それどころか状況を悪化させるような行動だったりもするんだけど、それこそが人の「気高さ」なのではないか…。そうしたロス監督の奇妙な「まっとうさ」は本作でも健在です。
  • あと、ユーモアの要素も今回はかなり強いです。特に中盤、囚われの大学生たちが序盤に出てきた「あるアイテム」を使ってヤハ族に対して逆襲を試みるシーンなんか最高でしたね!(世界一イヤな香草焼き…。)ぜひ劇場でチェックしてほしいです。
  • まあ野暮な不満を言えば、勧善懲悪がイマイチ成立していないので、ちょっとスッキリしない部分は残ります。「ジャンル映画の筋を通してくれよ〜」と思わないこともありません。でも多分、つまり「いい人が生き残って悪い人が死ぬ」みたいな構図を作り手は意図的に避けていると思うんですよね。本作の大きなテーマにもつながる点ですが、この世界の「残酷さ」というものを、(エンタメの枠内で)できる限り誠実に写し取ろうとしているんじゃないかな、と。
  • それと、いわゆる「社会運動」に対する冷笑主義に陥っているのでは?という批判もあるでしょう(アメリカの批評サイトで低評価なのもこの辺が理由な気がする)。とはいえ、社会運動をする人たちを揶揄するだけの作品だとは感じませんでした。安易な「意識の高さ」に警鐘を鳴らす、強烈な批判精神をもつ作品ではありますが、それでも「他者を思いやる気持ち」が報われる余地はある(かもしれない…)という落とし所になっていたと思います。
  • ああ、妙に長くなってしまった…。全然書ききれませんでしたが、この辺にしときます。極端すぎるグロさと不謹慎なユーモア、SNS全盛の現代における「悪」に対する鋭い批評眼、しかし微かに覗く「人間性」に対する作り手の信頼…。残虐ではあっても極めて「まっとう」なホラーだと思いますし、私は非常に楽しめました。公開規模はめちゃくちゃ小さいですが、グロ耐性ある方はトライしてみては。パンフレットも妙に豪華なライター達が異常な情熱を込めて執筆しているので、忘れずご購入を。ではこの辺で…。