沼の見える街

ぬまがさワタリのブログです。すてきな生きもの&映画とかカルチャー。

ハッピー新年2026、そしてTHE抱負

新年あけましておめでとうございます。(1日遅れで描いたあけおめイラスト↑ 馬と鳥って、漢字似てるなって思ったから…。あと思いのほか走る鳥が多いと気づいたから)

年末まではなんかずっと文章書いてるか働いとるな私!と思っていたが、年越しと正月は家族に会いに行ったり、久々に会ったお友だちとゆっくり楽しく過ごしたり、自分なりに良い年末年始を過ごせた。いつもこうだといいけどね。

新年の抱負(抱負ってよく考えるとヘンな熟語だな、負けを抱くって何? 勝ちを抱いたほうがよくない?そういうことじゃない?)というのもイマイチなじまないが、2026年こんなことやりたいな〜こんな感じにしたいな〜というぼんやりした抱負を記しておこう。

 

 

イラストを描く

イラストレーターの今年の抱負→「イラストを描く」

いやつまらなすぎん?ただの業務じゃねーかと思うかもしれないが、最近「あれ、イラストって、たのしくね?」と思うことがけっこう増えた。え、今まで楽しくなかったん?とかそういうわけではなく、仕事とか(半仕事といえなくもない)図解シリーズとか一切関係なく、特になんにもならないイラストをただ描いてみると、意外と楽しい、という気付き。

最近だとこういうのね↓ なんか急に思いついて描いたり、過去の旅行の写真を参考にしてみたり。

楽園追放されたけど、ヘビはずっとリンゴ持ってきてくれる

ぬまがさワタリ@『いきものニュース図解』ほか3/19同時発売 (@numagasa.bsky.social) 2025-12-16T10:14:03.643Z

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遠くからの友達

ぬまがさワタリ@『いきものニュース図解』ほか3/19同時発売 (@numagasa.bsky.social) 2025-12-27T09:48:36.053Z

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べつになんということはない絵だが、描いていると心が落ち着くし、楽しい。

昔はちょいちょい思いつきで描いてたし、最近もよく考えれば別に描いてる気もするが、なんか仕事とかで忙しいとつい「なんにもならない絵」からは遠ざかるなと。そうすると絵=仕事になってしまい、仕事は当然それはそれで面白さもやりがいもあるけど、とはいえ仕事である以上は誰かからお願いされてやることだから、そればかりになると自分の中の自由さや自発性が陰っていくかもなと。

ホックニーの本↓を読んで、その言葉に良い刺激を受けたというのもあるかもしれない。やっぱ新年の抱負「デイヴィッド・ホックニー」にすべきか…(個人名)。書き初めすべきだろうか

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wacomの液タブからiPad proによる作画に切り替えて(たしか)1年くらい経ち、思った以上に何も問題なく使えていて便利なのだが、せっかくiPadなんだし、なんかもっと「ことあるごとに絵を描く」みたいなスタイルのためにテクノロジーを活かせたらいいなと思う。今ほど絵を描きやすい時代もないんだからね。

 

ブログをでかいマイクロブログ(その名もブログ)として使う

ふりかえればけっこうな量の文章をSNSに書いている。

たとえば先日のベスト10記事は、大部分「すでにSNSに書いた映画の感想」をつなぎ合わせて構成したものだが、よもやの5万字オーバーである。

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つまり映画についてだけで、積み重ねれば(比較的好きな映画だけに絞っても)SNSに5万字くらい書いているというわけだ。だいたい新書半分くらいの文量だろうか。だから書きっぱなしにせず、まとめなきゃいけない、というのも、それはそれで意味や意義を求めすぎなのかもだが、まぁマイクロブログ的なSNSの筆頭であるTwitterがもう全然信用ならないエンシットな荒れ地になってしまい、Blueskyはまだ格段にマシとはいえ、(Twitterの経緯をみれば)いつエンシット化するかわからないのも事実なので、年間1万くらいは(たしか)払ってドメインを維持しているこのブログを、より身軽に「でかいマイクロブログ」として(それはもう打ち消し合ってただのブログじゃねーかと思うが)、もっと拠点的にちゃんと使っていこうというのは必然的な着地かもしれない。なんとなくだが、AIまわりとかで阿鼻叫喚なXの改悪とかもあったばかりだし、近いことを考えてるブロガー/元ブロガーも意外と多いんじゃないでしょうか。

一時期は熱心にブログ更新していた(特に2023年あたり)のだが、いちいち1万字とか書いてると、つい「まぁブログに書くほどでもないかな」とか思っちゃって、小回りが悪くなって、2025年なんて年末までほぼ『羅小黒戦記2』の2万字とビニタキさんの追悼文とお仕事報告だけ、っていうピーキーすぎる使い方になっていたからね。これは絵とも通じるが、もうちょい気軽さが求められるし、フットワークの軽さが不可欠だ。合言葉は、でかいマイクロブログ!

とりあえず、ちょいちょい書いてる本と映画の感想は、なるべくその都度ブログにまとめていきたいという具体的目標。そんで一記事の単位もできる限り、2千字くらいまでにしたい。まぁどうしても2万字書きたいという場合は、己を止めるものは、何もないのだが…。

2万字の例↓ まぁ年末だからね(?)

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絵と文の組み合わせの可能性を探求する

肩書としては作家/イラストレーターを名乗って絵と文の二刀流でやってきているものの、「とはいえ私の真の才能は文章であって、イラストはおまけなんだよな〜」とか嘯いてもきたが、まぁなんというか、銀行口座はそう言っておらず(言い方)、有り体に言えばイラストこそが私に金をもたらしており(マジで言い方)、お仕事上もすでに図解(イラスト+文)とかですらなくイラスト単体の仕事も気づけば増えてきているので、いいかげんそろそろイラストが自分の天命(のひとつ)であることを認めなければならないだろう。さっき「仕事じゃない絵を描く」みたいな抱負っぽいことを言ったばかりだが、プロとしてのイラスト力(ぢから)も鍛錬したいね〜という話。

とはいえ本当に純粋でイラスト力(ぢから)のみの闘い…みたいなことになると、それはもう鬼のように上手い人達に負けるに決まっている(断言)ので、得意を捨て去ることはしたくないし、やはり「絵と文の組み合わせ」にクリエイターとしての私の真髄はあるのだろうと思う。でも文章のお仕事だって全然、面白そうなら受けますからね、よろしくま🐻

絵も文もどちらも修練を続けることで、その「配分」はかなり自由に融通が効くはずなので、従来的な図解を文章:絵=1:1とするなら、たとえば文章8:絵2でブログ記事としていきもの図解を作ってみるとか、それか絵8:文2で限りなく漫画っぽい何かを作ってみるとか、けっこう色んな可能性があるよなと。このあたりは考えていきたいし、言うまでもなく文も絵もそれぞれ奥が深い領域なわけだから、二刀流でやってる者としてせっかくだからどっちも追求したいなと思うのでした。

 

日常に本をスッといれる

2025年、映画は増えた一方で、地味に読書量が減ってしまったのを少し反省している(ベスト本2025とかまだ書けてないしな)。「SNSなんか見てる時間で本を読め!」みたいなこともできれば言いたくない(ジャンクで雑多な情報の渦からしか取れない栄養素もある…)のだが、まぁやっぱ明らかにほとんどの情報源よりは本でも読んでいた方がいいに決まっているので、日常の中にスッと本を滑り込ませる試みは続けたいと思う。

昨年のベストバイがWalkingPadという小さいルームランナーみたいなやつなのだが、毎朝これで歩きながらスタンディングデスクのiPadで本を読む、というムーブが毎日の定番と化していて、これは相当な大ヒットだなと思っている。なんか歩きながら本読むの、驚くほど体質(?)にあってるんだよね、眠くもならないし。大体30分〜1時間くらいの読書量を確保できるのだから嬉しい。ぜひ継続したい。

あとは最近SNSでみた「お風呂で本を読む」とかも相当いいと思った。どうせタブレットは持ち込んでいるからね。メガネをかけてお風呂に入れないことだけが懸念材料だが、考えてみよう…。

お友達に会いにゆく

5つあったほうがなんか収まり良い気がする…と思い、「規則正しい生活」は(そんなに守れてないけど)デフォルトの抱負なのだが、う〜ん…と考えて、「お友達に会いにゆく」はいいかもしれない。できれば自分から声をかけてみる、とか人間関係に多少の積極性をみせていきたいものだ。基本的には野生のメンフクロウのように非社交的な生活を送っている反面(結局それが落ち着くのだと実感もするが…)、わりと他の優しい人々が何かと誘ってくれるおかげで友人関係もあろうことかそれなりに充実している。

ありがたいことだと思う一方、まぁやっぱ良い年していつまでも受け身ばかりではいけないよなとも思っている。ほんとうだ。昨年亡くなったビニタキさんにも、あ〜あの時ちょっと声かけてみればもう一度会えたかも…とか(言っても仕方ないけど)後悔したりもした。なので(ってことないけど)最近は自分から声をかけたりもしてみている。実に些細なことだが、成長を感じる(自分で言う)

私が本当に野生のメンフクロウなら孤高に生きられて単純ハッピーなのだが、実際には社会性動物である人類の一個体にすぎないので、幸福を求めるなら良い人間関係を築くことが望ましい。快適ゾーンから少し外に出ることがあったとしても、時々はお友達に会いにゆこうと思う。

 

こんな感じだ。皆さんは2026年にやりたいことは考えてみましたか? 銀行強盗とか?それもいいですね、いや良くはないが、できれば非犯罪の何かを楽しみながら、これからの365日(いや364日か)を1日ずつ満たしていきましょう。

 

書き初め↓

ホックニー「いや何?」

2025年映画ベスト10!…&よき映画まとめ byぬまがさワタリ

2025年も締めに入ってるということで、つまり21世紀も4分の1が終わりつつあります。 大丈夫ですか? >人類

今年は映画館にはわりと行きまくっていた(数えたら160本くらい観ていた)くせに、忙しさにかまけてほとんど(唯一の例外を除いて)映画感想ブログ記事とか書けなかったんですが、毎年恒例でなんとか続けてる年間ベスト10記事くらいは更新したいなと。

SNSには相変わらず感想を書いているので(マスク体制のXにうんざりしてしまい、昨今はBlueskyに軸足を移しつつあるけど…)、まとめてあげたい気持ちもあり。

過去3年分の年間ベスト記事はこちら↓ 読み返すと(自分だけは)けっこう面白い。

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さっそく語っていきます(マジで5万字くらいあって全文読もうとすると本当に長いので疲れたところでやめましょう)。昨年はもう諦めましたが、今年はあえてムリヤリ順位もつけてみました。すでに配信とか来てたらなるべく併記。

 

2025年映画ベスト10

1位『羅小黒戦記2 ぼくらが望む未来』

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今年唯一まともな感想記事(2万字)を書いた映画なので、これが1位じゃないなら何なのという話である。

初見の感想↓ (X)

何がそんな良かったのかはブログに2万字も書いたので繰り返しは避けたいのだが、本当に一言にまとめるなら、Blueskyのほうで感動した勢いのまま書いたこと↓に尽きるかもしれない。

『羅小黒戦記2』、ここが良かった、あのキャラが良かったみたいのは、これからいろんな感想で言われるだろうけど、根本的には「あーなんだよ、凄いもの、新しいもの、面白いものってやっぱ作れるんじゃん」と証明してくれて本当にありがとう、という気持ち。調子いい中国アニメの中でもトップオブトップの超上澄みだし、よっぽど特殊な才能と恵まれた条件が揃わないと世界のどこでだってこんなエンタメ作品は作りえないことはわかっているが、もうそんな事情は全部おいといて、最高峰を一片の妥協もなく見せてくれてありがとう、としか言えない。 だからもう、アニメってか、ピラミッドだよね。万里の長城っていったほうがいいのか?しらんけど

ぬまがさワタリ@『いきものニュース図解』ほか3/19同時発売 (@numagasa.bsky.social) 2025-11-07T15:09:32.681Z

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何より「凄いものを作ってくれてありがとう」という、プリミティブな一言に尽きる。映画好き/アニメ好きとして、というよりは、(おこがましいとは思うが)自分も何か作ったり発信したりするクリエイターとして、青空のごとく澄んだ気持ちで「がんばろう!!」と思えるような、ぶっちぎりで凄い作品を届けてくれた、そのこと自体に感謝したい。

ちょうど今みたいに、日本と中国の関係が(トップの言動の迂闊さや幼稚さもあって)大変なことになっていて、人の精神の自由さを狭めるような文化的な壁も築かれようとしていて、それでも「ひたすら作品そのものが凄い」という一点で分厚い壁をぶち破ってくる作品がある、という事実だけでも勇気づけられる。

シャオヘイみたいにがんばろう。

luoxiaohei-movie.com

そしてまだ普通に劇場公開中なので観てくれ!

あとTVアニメ版(web版)もちょうどシーズン終わったのでぜひ。最終話とか完全に劇場版クオリティです。

video-share.unext.jp

 

2位『Flow』

flow-movie.com

黒猫ワンツーフィニッシュ!

イイ感じにまとまりすぎて逆に嘘くさく感じるかもだが、奇跡の黒猫アニメイヤーっぷりに私もびっくりだ。『羅小黒戦記2』さえなければ確実に『Flow』が1位だった。なんなら同率1位にまとめたかったが、さすがに語ってる物量が違うので自分に嘘はつかないことにする。

本当はブログ記事とかも書きたかったので口惜しいが、とはいえ公式の推薦コメントも寄せたし…

アトロクでも語らせてもらったので、そちらを聞いてもらってもいい。

【告知】3/10(月)TBSラジオ「アフター6ジャンクション2」特集コーナーにて、傑作『野生の島のロズ』の動物描写(特に鳥!)を中心に、今アツすぎる「動物アニメ映画」について語ります! アカデミー賞で大快挙を遂げた『Flow』についても話せれば!お楽しみにね #utamaru www.tbsradio.jp/a6j/

ぬまがさワタリ@『いきものニュース図解』ほか3/19同時発売 (@numagasa.bsky.social) 2025-03-04T03:18:29.095Z

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さんざんオススメしてきたが、やはり凄いアニメである。子どもが観ても(なんなら猫が観ても?)楽しめる、美しくカワイイ動物冒険ファンタジーであると同時に、世の中の激流に翻弄される現実社会の私たちを(まさに"水面"のごとく)映し出す寓話でもある、幅広く開かれた傑作だと思う。

ギンツ・ジルバロディス監督の前作『Away』は(『風ノ旅ビト』などを想起する)かなりインディゲーム的なルックや世界観で、今回の『Flow』もゲーム『Stray』(サイバーパンク世界を猫が探検)を連想したゲーマーは多いと思うが、同時に両作とも、映画でしか表現できない一方通行の時間/空間の"流れ"(Flow!)がテーマの根幹にある。

特にラストシーンは忘れがたい。気候変動のような巨大な危機にただ翻弄され、運命のごとく大きな流れ(Flow)に押し流された、てんでばらばらな動物たち。動物なのでそもそも相互理解も共存も難しいのかもしれないし、台詞が全くないため各々が何をどう思っているのかすら最後まではっきりとは明示されない。力をあわせて危機を乗り越えたけど、かといって問題の根本が消えたのかどうかもわからない。未来は相変わらず不透明で、旅路は全て徒労だったのかもしれない。それでも最後に水面にうつるのは、体を寄せ合う、ともに旅をした者たちだった…という絵で映画を締める。動物たちの旅路を観てきた私たち人類に、さて、あなたたちはどうするのか、と問いかけるような、忘れられない幕切れだった。

オマケ↓ これまで描いた動物の素材だけで表現した『Flow』

詳しくはまだ言えないが、『Flow』については、来年のどこかでまた公的な場所で語らせてもらうかも…?しれないので、お楽しみにね(におわせ)

 

3位『ウィキッド ふたりの魔女』

wicked-movie.jp

3位といいつつ、これがもう全然1位で大丈夫です。今年マジでエンタメ系が豊作すぎる。

映画好きを名乗りつつ、実際に年間ベストとか発表するとアニメやミニシアター系が締めがちだったりして、私は実写ハリウッド大作は別にそこまで好きでもないタイプの映画好きなのかもな…と正直ちょっと思ってたのだが、久々に(洋邦問わず)実写エンタメ大作で「大満足」といえる作品に出会えたかもしれない。クライマックスとか「かっこよすぎて泣ける」経験も久々にした。

ミュージカル舞台を過去に2回(ロンドンで)観てるほど好きな作品だが、音楽の最高さは言うに及ばず、演劇→映画とメディアを変えるうえでの語り直しがめちゃくちゃ上手かったと思う。

『ウィキッド』は2003年初出の舞台を元にした映画で、当時の現実社会(湾岸戦争が着想源ともいわれる)を戯画化したファンタジーだが、昨今の現実(特にアメリカ、そして日本も)があんまりにもあんまりすぎて、どんぴしゃで2025年の現実を刺しちゃっているのは驚くべきことだなと。やはりこれがアカデミー作品賞とるべきだったんじゃないかな〜(『アノーラ』には何の文句もないんだけどね)

物語や楽曲や美術などの素晴らしさは語り尽くされてると思うので、ひとつだけ最高ポイントをあげると、やはりエルファバ/グリンダの関係性、通称グリファバである。

『ウィキッド』の数少ない欠点は、「正反対のあいつとうっかり同室に!? ほんとサイアク!でもどうして、こんなにあいつのことが気になるんだろう…?」という、この世で最も重要なテーマを歌ったミュージカルナンバーが、300分ではなく、3分なこととされる↓

www.youtube.com

グリファバ、ほんとに好きすぎてブルスカでずっとゼンデイヤと喋っていた思い出(なんでゼンデイヤなのかは話が複雑なので触れませんが『チャレンジャーズ』観れば少しわかる…かも)

自カプのミュージカルナンバーの話していいすか? ゼンデイヤ「いいよ」 この歌のいいところはね〜なんだかんだエルファバが楽しそうなとこなんだよね〜緑の肌をもつエルファバにとってはうっすら他人に避けられ、遠巻きにされることが日常茶飯事だったろうけど、ここにきて(いがみあいつつも)正面から「嫌い」をぶつけあえる相手に会って、自分でも知らなかった一面があらわになる過程を描いているわけ、歌のラストもエルファバの「ハハハハ」っていう魔女笑い(なんならこんな笑うの人生初めてかも?)で終わるのも最高〜、嫌い=愛、ゼンデイヤもそう思うでしょ? ゼンデイヤ「うん」 bsky.app/profile/numa...

ぬまがさワタリ@『いきものニュース図解』ほか3/19同時発売 (@numagasa.bsky.social) 2025-03-09T08:45:49.330Z

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グリファバどうなるかな、最後のフィエロの件とか今時どんな感じに処理するだろう…とかややハラハラするところもあるが、この制作陣のことは信頼しているので、とにかく3月公開『ウィキッド 永遠の約束』が楽しみで仕方ない。今どき本国から数カ月遅れでも…ゆるす!!

『ウィキッド』が良すぎて、いきもの図解にも影響を与えてしまった例↓

邪悪(ウィキッド)なモンスターとして恐れられてきた「アメリカドクトカゲ」の猛毒が、大勢の人の命を救う「魔法」を秘めていた…? 偏見に惑わされず、多様ないきものたちを守る大切さがわかる #いきものニュース図解 です。西の空を見よ! ㊗️書籍化!新刊『いきものニュース図解』も読んでみてね〜

ぬまがさワタリ@『いきものニュース図解』ほか3/19同時発売 (@numagasa.bsky.social) 2025-03-25T09:27:31.590Z

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4位『野生の島のロズ』

gaga.ne.jp

これが1位でいいよ枠、その2。

『ヒックとドラゴン』など、大好きなクリス・サンダース監督なので期待はしていたが、期待以上にすばらしいわくわく動物ファンタジーアニメ映画だった、と動物好きからも太鼓判を押したい。世界で大ヒットした娯楽大作であることも鑑みれば、今後「アニメーションにおける動物描写」を語るうえで、重要なメルクマールとなる一本だと思う。

決して「夢の国」なんかではない、生と死が入り交じる豪快な大自然に降り立ったロボットの視点から物語る本作は、アンチディズニーな創作集団として始まったドリームワークスの源流に立ち戻る作品でもある。そしてそこを出発点に、ロボットと生命との優しい交流を描き、リアルの力によってファンタジーをさらに花開かせようとする果敢な傑作。

つくづく2025年は動物アニメ映画の惑星直列みたいな年で、特に『野生の島のロズ』と『Flow』という、超メジャー大作と超インディーの「どうぶつアニメ」が、実は両方とも動物に対してかなり通じ合う「思想」に基づいて作られていて、その上でそれぞれ全く異なる味わいに仕上がっており、どちらも素晴らしい作品、という状況がとても面白かった。

『野生の島のロズ』、堂々たる動物アニメであると同時に、主人公がロボットであることをフルに活かした「メタ動物アニメ」でもあった。つまり非生物の描写から逆説的に「動物とは/生命とは何か」を問う知的な刺激に満ちている。冒頭、ロズがある動物の動きを学習して崖を登るシーンからして、もう面白い。

最後まで高品質なエンタメ作品だが、特に冒頭〜前半のメタ動物アニメとしての知的な面白さは、もうこれだけで今年ベストに選びたくなる素晴らしさだった。ロズとキラリの関係を通じて、今度は逆に「動物を通じてロボットとは何かを示す」話になるのも本当うまい。ドラゴンや宇宙人を通じて「他者」を描いてきたクリス・サンダース節、ここに極まれりだった。

『野生の島のロズ』は超絶クオリティの動物アニメだけど、人間社会の寓話としてモロに擬人化はしていて、むしろ「擬人化」自体が作品のテーマといえる。
一方『Flow』は極限まで擬人化を削っているが、非常に重要なポイントに絞って「擬人化」していて、そこに核心がある。やはり対照的なんだよね。

映画『Flow』や『野生の島のロズ』で描かれた、過酷な状況に直面した動物たちの"共存"を、「人間視点の綺麗事」的に言う意見もあるみたいだけど、過去に図解したアカゲザルの件↓を見ても、「血で血を洗う自然界!」的なイメージも、それはそれで人間の固定観念ではないかと思ったりもする。

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人間、自分たちの「動物性」を色んな欠点の言い訳にしがちという傾向はあると思う
いやそれ「獣としての本性」とかじゃなくて、人間が勝手に人間社会で育んだ、ただの「ダメな人間性」だろっていう…。まぁ『ロズ』も『Flow』もファンタジーなのは確かだが、「大変な状況では争いよりも、とにかく生存を優先する」程度の合理性は、わりと動物に備わってるのではないかと。

「自分たちの生存を脅かすのに、わざわざお互いを傷つけ、世界を壊す」みたいな不合理な態度の方が、よほど「人間らしい」んじゃなかろうか。そんなことも改めて考えさせてくれた、すばらしい動物アニメたちにありがとうと言いたい。

 

5位『FEMME フェム』

klockworx.com

クィア映画としての意義深さはもちろん、純粋な面白さ度数でいっても屈指の映画だった。

ヘイト暴力の被害にあったドラァグクイーンのジュールズは、心に深い傷を負うが、自分を襲った犯人とまさかの再会。実は自身も性的指向を隠したゲイだった犯人は(すっぴんの)ジュールズに気づかないまま彼に惹かれだす。

踏み躙られた尊厳のために復讐を決意するジュールズと、マッチョで凶暴だが脆さも抱えた犯人の「ラブストーリー」が幕を開ける!というクィアスリラー。

あらすじの時点でつまらなくなりようもないが、実際に圧巻の面白さ。スリリングな関係で強力に引っ張る98分の果てに、「男らしさ」の呪いに縛られた人間の姿を、"FEMME"の光で大胆に浮き彫りにし、貫いてみせる傑作。

真っ向勝負のクィア映画であり、かつスリラーとしても強力な牽引力をもつ映画を作りたい、という作り手の試みは完全に成功している。わずかな登場人数で、「有害な男らしさ」的マッチョイズムを筆頭に、現代の歪みや病理を解体する社会的な作品でもある。

R18作品であり、性描写や差別描写など注意点こそあれ、まず誰が観ても文句なしに面白いと思うので(18歳以上の)万人にオススメできるとさえ言えるかも。

『FEMME フェム』、テーマや作風からいって「まさかの」…というべきかわからないが、とあるゲームがかなり重要な役割を果たすのが面白かった。序盤、トラウマを負った主人公の引きこもり状態の表現として出てきて、また『アノーラ』みたいに単なる小道具なのかなと思いきや、話を飛躍させる重要アイテムとして活躍する。

その有名ゲーム自体には特にクィアなイメージはなかったが、こういう形で物語に活かされると「なるほどな…」という感じだし、ゲームがもつ性規範を超えた方に開かれた可能性を改めて考えたりもした。ゲーム好きにけっこう観てもらいたい映画だったという意外な展開。

個人的な思い出を語ると、今年10月に逝去したビニールタッキーさんと、春にお花見してる時にオススメしてもらって、その足で帰りに観に行った作品でもある。あまりの面白さに感動して「オススメありがとう!」とは伝えたが、もっと語りたかったなと思う。色々な意味で忘れることができない映画となった。

numagasablog.com

もう配信にもきてるのでぜひ。

FEMME フェム

FEMME フェム

  • ネイサン・スチュワート=ジャレット
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6位『無名の人生』

mumei-no-jinsei.jp

今年の日本アニメから1本なら、これでしょう…。

ほぼ棒立ちの人々がごく最小限の動きで繰り広げる、超省エネ作画のアニメでありながら(日本アニメ界のアンリ・ルソーとでも言おうか…)、率直に言ってそのへんの「ぬるぬる動く」アニメよりも格段に、「マジで人間が生きている」感じがするのはまさにアニメーションの魔術だと思った。

様々な「名前」を持つある男の生をユーモアと悲哀たっぷりに描きつつ、芸能界にまつわる深刻な問題(たとえばジャニーズの性加害)をド正面から扱うというインディーらしい果敢さも発揮。日本の病んだ今を斬る、いやボコボコに殴りつけるエッジィな現代アニメとして見応え抜群だった。

逆にこんなフィクションで批判的に描かれるにふさわしい深刻なテーマを、アニメはもちろん実写ですら、正面から扱ったメジャー作品がいまだにほぼ絶無というのは、日本のエンタメ業界がまだまだ全然「自由」でもなんでもないことの証明でもあるし、逆にいえば本作は存在するだけで批評的なアニメになっていたと思う。

そうしたわかりやすい「社会的な」テーマ性だけでなく、ある男の人生を壮大な視点から描いた一代記という点でも、遠くまで連れて行ってもらえた感覚になる。映画館とは、こういう作品にじっくり浸るための場所であるべきだと思う。

実家にこもってiPadを駆使して1人で作ったというマジモンのインディー作品でありながら、劇場で観るに値する凄みと奥行きを獲得した逸品だった。同じiPadを使う身として(?)、さぼっていられないなと襟を正される気持ちになる。もう配信にも来ているので、一度ぜひ観てみてほしい。

 

7位『罪人たち』

www.warnerbros.co.jp

「これが映画の素晴らしさというものだよな」と心から思える作品だった。

ジム・クロウ法による人種差別も色濃く残る30年代、ギャングの兄弟が地元ミシシッピに帰郷し、音楽に溢れた店を開くため奮闘する。KKKも跋扈する苛烈な時代、音楽の力でなんとかひと時の自由を掴もうとするも、斜め上の脅威(一応伏せる)が彼らを襲う!
KKKの残党みたいな連中が国を牛耳っている現在、時代を代表する才能たちのカウンターパンチのような、2025年の至高のエンタメ作品として記憶されることだろう。

ジム・クロウ法時代のアメリカを背景にした音楽映画+まさかの○○○映画をかけあわせることで、ちょっと見たことのない勢いと熱気を獲得していた。

○○○はいったん置いといて、まず音楽映画(音楽とは何なのかを語る映画)として大変にシャープで、誰もが言うだろうけど中盤のあるシーンの熱気と多幸感と祝祭感と矜持が混ざりあった爆発力は本当に素晴らしく、映画の歴史の新たな1ページとして刻まれるはず。こういう場面を年にひとつでも見られたら満足だし、IMAXレーザーGTのようなめちゃデカスクリーンで観る価値が大いにあった。また再上映したら絶対行く!(『NOPE』のように定番化しないかな。)

一方、あの名場面の美しさがあるから○○○が不気味で多層的な存在に思えてくる、という作りも面白かった。不気味で恐ろしいとはいえ、単純な悪者としては描かれていなかった(単純な悪者=KKKは別個に出てくるからね)。

それにしてもホラー、今年は特にアツいジャンルだったようだ(あとで改めて振り返るが)。クーグラーはすでに有名監督だが、ホラーって無名の監督の出世チャンスみたいな側面もあるし、比較的低予算なのにヒットすれば本作みたいにけっこうな集客もありうるという点で、最近はホラーが(なにかとピンチな)映画館の希望の星っぽい扱いもされてるらしい。

さらに「恐怖」には、世の中の差別や搾取や加害の構造を暴き出す機能もあって、それがホラーのような「THE・ジャンル映画」の枠組みと噛み合えば、娯楽性と社会性を両立するシナジーが生まれる。
たとえばジョーダン・ピールの『ゲット・アウト』『NOPE』、ワネルの『透明人間』、そしてクーグラーの『罪人たち』。
こうしたシナジーを生むためには、ホラーという分野の原罪的な差別性/加害性を批評する知性も求められる。「ホラーはホラー、政治とか差別とか余計なもの混ぜるな!」みたいなことを言う人もよくいるけど、そういう意固地さはむしろホラーの可能性を狭めてしまうと思うし、本当の意味で怖いもの、スリリングなものを生み出すためには、現実の人や社会を見据える力は何より大事なんじゃないだろうか。

新時代ホラーの名作として長く語り継がれる作品になりそう。ぜひ観てほしい。

罪人たち

罪人たち

  • マイケル・B・ジョーダン
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8位『テレビの中に入りたい』

a24jp.com

心に刺さった度合い、見終えてフラフラした度合いでは今年随一だった。観終わった後、しばらく映画の中から出られた感じがしなかった。

田舎町で暮らす孤独な少年が、「ピンク・オペーク」という不気味だが奇妙に奥深いティーン向け番組に心を囚われていく。

暗闇にギラリと輝くピンクをテーマカラーにしつつ、自身のアイデンティティに揺らぎと不安を抱える人々のクィアな物語として解釈できるが(監督はノンバイナリーの方)、低俗と高尚が入り混じるTV番組のようなポップカルチャーが、人の心の奥深くの闇にどのように根を張り、どのように「輝く(GLOW)」のかを語る作品としても、深く刺さるものがあった。

『テレビの中に入りたい』、90年代の作中ドラマ「ピンク・オペーク」は、語呂とか雰囲気的にやっぱ「ツイン・ピークス」的なことなんか、と思いながら見てたが、イメージとしては『バフィー 〜恋する十字架〜』らしい。

子どもの頃に夢中になり、あれほどシュールで不気味で奥深くリアルな何かに満ちていた「ピンク・オペーク」が、大人になって見返してみたら…という後半のシーンはとにかく鮮烈だった。

「思い出補正」で片付けるには作中の設定が不穏すぎるとはいえ、リアルでも、うわーこういうことあるよなぁと思うほかない。心の中には確かにある、あったのに!っていう。からの、あの強烈なラスト…。全フィクション好きに刺さるのではないだろうか。

『テレビの中に入りたい』、パンフとかでもそんなに言及なかったけど(こういうジャンルだと王道すぎて逆に、かな)、やっぱリンチ(特にツイン・ピークス)への愛と目配せは強く感じた。シーズン5でとんでもない終わり方をしてそれっきり、なドラマと現実が溶け合って、「シーズン6の第1話に辿り着こうとする」という苦闘が劇中人物の言葉で語られるんだけど、これって「ツイン・ピークス」と「The Return(リミテッド)」の関係も想起させるなって。

ファンの心の中で作品がずっと生き続けてしまう、「続き」が二度とないことも、ダメになることもあるし、本当の「続き」にたどり着くこともある…ということの恐ろしさと面白さ。フィクションを愛する身として、ちょっと忘れられない一本になった。

配信などに来たら映画ファンはぜひ。

 

9位『聖なるイチジクの種』

gaga.ne.jp

自国政府への批判的な視点のせいでイランで有罪判決くらった(しかし創作者の姿勢としては日本含む世界中で手本になるべき)モハマド・ラスロフ監督の新作。

憧れの判事の座についたが、日々の仕事といえば反政府の罪なき市民に重罪判決をくだすブルシットジョブ(どころではないが)じゃねーか…と煩悶しつつも、体制の外には出られない父親。そんな彼と、妻と娘姉妹の間に、街で加熱する反政府デモや、家庭に現れた「銃」を巡って亀裂が走る。

イランの現状を描く鋭い寓話としても、家父長制的な抑圧下で折れずに生きる女性たちの物語としても見応え抜群で、167分の長さがあっという間。

最近よく「上澄み論」について考えてて(海外の優れた作品はあくまで"上澄み"なので日本の平均値と比較しても仕方ない、みたいな意見)、その意味で『聖なるイチジクの種』は間違いなく正真正銘、イラン映画界の「上澄み」ではあるだろう。監督が有罪判決くらってるだけでなく、出演した俳優も出国禁止になったりしているし。

一方、じゃあ「言論の自由」があるはずの日本社会で、本作に匹敵するような、社会の問題への批判的視野をもつ作品が何か作られているか…?とも考える必要があると思う。「抑圧的な国で頑張った映画」として消費されるだけではもったいない、学ぶべき点だらけの映画。

しかし一方で、イラン映画って、『聖なるイチジクの種』に限らず、ごく最近でも『聖地には蜘蛛が巣を張る』も『白い牛のバラッド』もバッキバキの社会批評作品だったので、(政府の言論統制がヤバいにもかかわらず/だからこそ?)すでに社会派映画大国としての立ち位置を確立してるといえなくもない。

突き詰めれば、「その国独自の問題」なんてものはないんだよね。イランのように言論統制や性差別が過酷な国でも、そうした社会の歪みをとことん批判的に精緻に描くことで、日本だろうがアメリカだろうが「いやうちの国の話やんけ…」って思えるわけ。「イランって怖いね〜」で終わっちゃう人はその程度の解像度でしか世の中を見てないだけ。
『聖なるイチジクの種』といい、自分が属する国や文化圏をとことん批評的に描いた作品って、自国の強権的な政府とか保守主義者には嫌われるし、日本でもそうした作品が時々あると「反日」とか言われてるけど、全くしょうもないなと。自国の恥はどんどん晒すべきだと思う、それは同時に世界全体の恥でもあるんだから。

聖なるイチジクの種(字幕/吹替)

聖なるイチジクの種(字幕/吹替)

  • ソヘイラ・ゴレスターニ
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10位『ワン・バトル・アフター・アナザー』

映画ファン界隈でのあまりの絶賛され方に逆張りモードに入りつつあるが、でもやっぱりこれをベスト10に入れないのは嘘だよな、的な…。凄い映画だった、本当に。

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PTアンダーソン監督の最新作と聞けば見逃せないので(『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』見返したりしつつ)多少身構えながら初日に駆けつけたが、うらぶれた革命家がファシズムに立ち向かうという、ものすごい明快かつ思いのほかポップな面白さに満ちた作品だった。特に中盤の逃亡劇シークエンスの異様なテンションの高まりは映像のバチバチっぷりや主演陣の演技も相まって、映画って最高だなぁ〜と思うほかなかった。

これや『罪人たち』が大ヒットしてるというアメリカ、凄いことだなとは思いつつ、ド直球に全体主義や白人至上主義と戦う作品がアクチュアリティを持ってしまう現実の切羽詰まりっぷりにも思いを馳せる。

『ワン・バトル・アフター・アナザー』、原作というかインスピレーション元がピンチョンの『ヴァインランド』らしく、当然(当然って言うな)読んではいないが、こんなポップな面白さの小説では多分ないだろ…笑と疑ってしまったが、紹介にも「超ポップな快作」とあるので、意外と忠実だったりするのか。読もう…いつかは…

ていうか『インヒアレント・ヴァイス』(原作は『LAヴァイス』)に続いてのピンチョン映画化だし、PTアンダーソンはピンチョンマスターとしての道を進むのだろうか、大変すぎそう。見返したがなんとも絶妙な味わいのノワール映画だった↓

インヒアレント・ヴァイス(字幕版)

インヒアレント・ヴァイス(字幕版)

  • ホアキン・フェニックス
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ただ『ワン・バトル・アフター・アナザー』、めちゃめちゃ面白い一方で、意外とけっこう言いたいことが湧くタイプの作品でもあった。(そのへんはブルスカとかにもけっこう書いたので、興味あれば)

色々言いつつなんだかんだベスト10に入れちゃってるので「格」みたいなものがやはり凄い。アカデミー賞の総なめも硬いんじゃないかな、どうなるかな〜楽しみですね

 

というわけで2025年の映画ベスト10でした。

もうここで読むのやめてもいいが、ここからは各部門に分けて、よき映画たちをまとめていきたいと思います。(SNSに書いたことまとめ、的な感じなので超長いです。年末年始の空き時間とかにどうぞ)

 

縦横無尽!どうぶつ映画

『パフィンの小さな島』

鳥映画がアツすぎた2025年、この小さな映画も忘れちゃダメ。

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『野生の島のロズ』や『Flow』など、今年はとにかく鳥にフィーチャーした海外の動物アニメの傑作が連発した年として(私に)記憶されるだろうが、まさに文字通り鳥を主役にしたアニメ『パフィンの小さな島』がこの流れを美しく締めくくるのだった。いや…真の鳥ブームは始まったばかりなのかもしれない。

気候変動による災害難民(と作中で明言される)の子どもが主人公であり、実は同スタジオの『ブレッドウィナー』とも通じる志がある。展開的に『ロズ』『Flow』とのシンクロっぷりに驚くが、いま世界の一流アニメ作家が動物ものを作ろう、となった時、やっぱ気候変動問題は避けて通れないでしょ、っていう共通意識があるんだろう。日本からもリスペクトすべき。

キャラクター造形も改めて良くて、野生動物(実際にアイルランドに生息してる種)をかなり大胆にデフォルメしながら、それぞれ特徴を押さえてオリジナリティある造形に落としてるのも強い。

『パフィンの小さな島』、今までのカートゥーン・サルーン作品の中でも最も明白に「子ども向け」を意識して作られている、ということだけは事前に言っておくけど、だからといって全く子どもをナメてないのが凄いし、むしろ(世界が今どうなってるか知っている)大人こそこの物語から多くを受け取るべきである、とも声を大にして言いたい!
「社会や環境の激変で家を追われた子ども」の心情を細やかに描いた作品です。

ルックと語り口がTHE子ども向けなので過去作より「おとなしめ」な印象を受けるかもだが、いま語るべきことを正面からしっかり語っている。やっぱさすがだよカートゥーン・サルーン。

実は公式のパンフのお仕事も引き受けていたので↓、ちょっと関係者なのだが、でも純粋にみんなに観てほしいなぁ、配信もきてほしい

カートゥーン・サルーン最新作『パフィンの小さな島』いよいよ本日公開です! 劇場パンフレットに、作中に登場するパフィンや鳥さんたちのスペシャル図解を寄稿しました。いきもの描写にも気を配った真摯なアニメ映画なので、お楽しみの一助になれば幸いです! ぜひゲットしてね〜 #パフィンの小さな島

ぬまがさワタリ@『いきものニュース図解』ほか3/19同時発売 (@numagasa.bsky.social) 2025-05-30T09:47:56.819Z

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『ウォレスとグルミット 仕返しなんてコワくない!』

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鳥のアニメ(鳥…なのは間違いない)といえば、これも忘れてはいけない。

この世で一番おもしろい30分と(私に)大評判のド傑作『ウォレスとグルミット ペンギンに気をつけろ! 』のまさかの続編。さらにスケールアップしたペンギンの悪辣さ、こんなにかわいいクレイアニメなのに現代社会を刺してくる風刺のシャープさ、大満足というほかない。

技術の行く末を案じるテーマ性もあり、もはや若干『オッペンハイマー』みたいになってるが、機械と人間の対立がアートの領域でもだんだん深刻になっていく今、手作りアニメの頂点に位置するアードマンがこの話を作ることに重みも感じた。

「ウォレスとグルミット」シリーズ、これが20年ぶりの新作らしいが、前のって『ウォレスとグルミット 野菜畑で大ピンチ!』(2004)か。いやもう文句のつけようもない傑作エンタメですよ。他の「ウォレスとグルミット」シリーズ(それこそ『ペンギンに気をつけろ!』とか)もこれくらい見やすくなってほしいなぁ…

 

『ペンギン・レッスン』

ペンギンといえば忘れちゃいけないこの映画。今ちょうどやってるよ

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人生に疲れた中年教師がペンギンと出会ってさぁ大変、というドタバタどうぶつコメディ…と思いきや、舞台は1970年代の軍事政権のアルゼンチンで、大勢の抗議者が拉致されるようなヤバい状況。まるで地に堕ちた自由を象徴するかのように、重油まみれになったペンギン(南米なのでマゼランペンギン)をたまたま助けることで、自由も変化も諦めていた教師の心に変化が生じていく…というお話。

韓国映画の名作『タクシー運転手』に近いテーマの映画だが、名演技をみせる(けどあくまで動物な)ペンギンの圧倒的存在感が良い意味でのポップさと風通しの良さをもたらす。実話ベースなことに驚くが、今みるべき映画🐧

『ペンギン・レッスン』、鳥好きとして(?)ペンギンの描写はどんなもんかしら、と注目したが、過度な擬人化などはせず(まぁ実写なので無理っちゃ無理だが)、あくまでペンギンが実際にやる範囲のこと(ただ立ってるとか歩いてるとかフンをするとか)でコメディや感動的なシーンも成立させていて、物語面で何かペンギンに過大な役割を負わせるとかでもなく、良い塩梅のペンギン映画になっていたと思う。(まぁ教室とかに連れていくのは飼育的な意味では望ましくはないと思うけど…笑)

『ペンギン・レッスン』、はっきり言ってペンギンはいなくても成立する(南米の野生動物ならカピバラとかでも成り立つ)テーマなだけに、こんな『アイム・スティル・ヒア』とも重なる深刻な社会情勢を描いた重厚なはずの作品を、ここまでポップな絵面にしてしまうペンギン力(ぢから)を改めて実感するのだった。

スティーブ・クーガンは言うまでもなく達者だが、今回はコメディ感を抑え気味にしてたのは、圧倒的ペンギン力を信じたのも大きいだろう。ペンギン「フアン・サルバドール」の役は主に2羽のマゼランペンギンが演じたという(負担が大きそうなシーンでは人形なども活用)。パルム・ドッグ賞ならぬパルム・ペンギン賞をあげてほしい

『ペンギン・レッスン』、(国こそアルゼンチン/ブラジルと異なるものの)同時代の軍事政権の圧政という点で、奇しくも今年日本公開された『アイム・スティル・ヒア』や、アニメ映画の『ボサノヴァ~撃たれたピアニスト』とほぼ同様の題材を扱っている。
これらもぜひ(ペンギンは出ないけどね)

 

『おんどりの鳴く前に』

鳥映画(なのか…?)として強烈な印象を残した一作も。

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まず鳥映画(?)なので観なければならないのと、ルーマニアからヤバい映画が襲来!的な前評判で観に行ったのだが、思ったよりは地に足のついた泥臭い物語で、むしろなんて韓国映画っぽいヨーロッパ映画なんだ…!と変なことを思ったりした。中年のダメ警官を主役に、不穏でじっとりした空気の前半から、共同体の闇がじわじわ明かされていき、終盤でなかなか熱いジャンル的な飛躍を見せる流れも含めて、韓国映画っぽい。
「村」という閉じた世界の権力と腐敗について腰を据えて描くと、どんなに狭い社会の話でも、必ず普遍性を獲得してしまうものだなと世界情勢を見ても思う。ニワトリ演技(?)も期待通りイイ。

おんどりの鳴く前に

おんどりの鳴く前に

  • ユリアン・ポステルニク
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『バード ここから羽ばたく』

鳥映画(というには特殊な鳥すぎるかもしれないが)といえば今年はこれもあった。

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カエルの体液を売りさばく系のヤバい父親(バリー・コーガン!)に暮らしを振り回され、社会の底の方ですみっコぐらしを強いられる少女が、バードという謎の人に出会う。
手持ちカメラ風の親密な視線から、でこぼこした親子関係を映しとるという点で、さらにハードモードな境遇の『アフターサン』みたいな趣きが強いが、そこにバードという「他者」が降り立つことで、また全く違う飛躍をみせる映画。

このバードがなんとも味わい深いキャラなのだが、曲者(癖者?)を演じさせたら世界一のバリー・コーガンを(バードではなく)その役に当てるのか、という意外性も面白い。そしてタイトル通り…鳥映画!

『バード ここから羽ばたく』のアンドレア・アーノルド監督は、日本では過去作ほぼ未公開だし知らなかったが、イギリス本国や海外では名の知られた若手監督(なんとなくだが評価的にはケリー・ライカートあたりに近い感じ?)。

本作も「バード」という率直なタイトルに恥じず、カラスやウミネコなど鳥が随所で鍵を握る。ほかにも虫や小動物、馬なども印象的に登場するどうぶつ映画だったのだが、過去作でも動物が脚光を浴びがちなそうで、そのものズバリ「COW」という牛ドキュメンタリーも撮っている。そういやライカート監督も『ファースト・カウ』撮ってるし。気鋭の動物映画監督としても注目に値するかもしれない。

これも実はビニールタッキーさんに「ぬまがささんは観たほうが良いよ!」と強くオススメされて観たんだよな、と思うとまた少し寂しくなる。

 

『ヒックとドラゴン』(実写版)

寂しがってばかりもいられない、年末年始は元気よくいこう。そらとぶ動物といえば、鳥だけじゃない…。ドラゴンだ!!というわけで(?)、ぜひ今年よかった動物映画に『ヒックとドラゴン』を加えたい。

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もし15年前の元のアニメ映画の存在を知らなければ「何これめちゃくちゃ面白い、王道エンタメとして死ぬほど完成度が高いしファンタジー動物映画としても最高、絶対でっかいスクリーンで観たほうがいいよ」と大興奮していただろう。

…実際には実写リメイクだと知ってるのでそこまで大興奮はしないが、やはり15年たっても色褪せない傑作中の傑作というほかない。ただ本当に元のアニメをほぼそのまま再現している(細部は少し変えてる)ので、どこからを本作の功績とすべきか、みたいな迷いはある。でも逆に言えば、万が一未見ならこの実写版が初見で完全OKです、でかい画面でヒクドラに出会えた人は幸運と思え!!

『ヒックとドラゴン』(2010)は、基本的に21世紀のベストアニメ映画のひとつだと思っているが、改めて劇場で実写版を観て、まぁ〜とにかくエンタメとしての出来が良く、特に(最近よく話題にするが)シナリオの完成度が抜群に良いなと実感した。

とりわけ冒頭のドラゴンとの戦闘から、ヒックとトゥースの出会い、仲間との試練を織り交ぜつつ、初めての飛翔に至る中盤にかけては、全エンタメ作品が仰ぎ見るべき完成度で、「完璧な娯楽映画ってのはこの世にあるもんだな」と感動する。実写でほぼ(細部以外)何も変えなかったのわかるわ、変える必要なさすぎるもんな。

ディズニーを筆頭に、名作アニメ映画の実写リメイクは一大ブームだけど、今回の『ヒックとドラゴン』は中でもベスト級じゃないかな…?

ほぼそのままリメイクではありつつ、CG技術が段違いに上がった15年後の今あえて実写にしたことで、「現実世界にドラゴンがいたら!?」というワクワクと緊張感が、より重厚感と手触りを増して蘇ったと思う。

元のアニメ映画も色褪せない大傑作ではあるが、さすがに今みるとCGとかまぁ、ね…みたいなとこも散見されるし。最近見返して水中カメラシーンで「あっいうて当時のCG技術こんなだったか…」と思ったばかりなので、実写版で「オラッ進化を見ろ」って感じできっちり再現されてて少し面白かった。

『ヒックとドラゴン』、改めて思ったのは、実はセリフに頼らない作品なんだな!ということ。おしゃべりなキャラが多くて会話も面白いんだけど、特に素晴らしい中盤(訓練〜初飛翔)あたりは、思った以上にセリフが少ない。ヒックとトゥースの交流や仲間たちとのドラゴン試練を通じて、けっこう沢山のことが起きているんだけど、それらの出来事やキャラの感情の流れをほぼ全て絵とアクションで提示していて、全く退屈させないし、たぶん言葉がわからない人でも100%理解できるんじゃないかな。

最良の意味で「観客を信じた」作劇だと思うし、エンタメ作品の教科書があれば(『トイストーリー』とかと並べて)まず載せるべき作品のひとつと思う。

『ヒックとドラゴン』、中盤クライマックスの初飛翔シーン(まぁ全アニメ映画のベスト飛翔シーンのひとつでしょう)の素晴らしさは「もう観ろ」としか言えないが、飛行のビジュアルが大画面に映えて最高、というのは大前提として、これも実はシナリオの勝利なんだよね。この2人(1人+1頭)にとって、いがみあい憎み合ってきた人類とドラゴンにとって、この「飛行」は何を意味するのか、ということを、セリフではなく絵と動作で完璧に表現してきたからこそ、アクションとストーリーが完璧に噛み合い絶大な感動をもたらす。ビジュアルの良さだけでは到達し得ない高みなんだよね。極論をいえば全エンタメ作品はこのシーンを目指すべき(極論)。

『ヒックとドラゴン』、「暴力ではなく動物学が勝利する」物語としてもとても楽しく痛快で、良い意味で教育的である。ドラゴンを何のメタファーとして見るかは人それぞれだが、ストレートに「動物」の比喩として見ても、むやみに恐怖を煽ることや、「とにかく撃ち殺せばええんや!」みたいな(どこかで聞いたような)マッチョな単純化よりも、まず「複雑な生態をちゃんと知る」ことが共存と繁栄の鍵だ、と丁寧に語るエンタメは稀有。

実写『ヒックとドラゴン』、ヒックがトゥースを「殺せない」と気づいて縄を解く時にメインテーマが流れたのがなんかすごくグッときたんだけど、いま確認したら実写版での改変だね。ヒックが本作の主人公にふさわしい理由は、手先が器用なことより、飛行が上手いことよりも、まさに「ドラゴンを殺せない」ことだった、と強調するかのようで、とても良かった。「誰か/何かを殺す」ことが無条件の善とされる世界で、「自分には殺せない」と気づくという、かなりヘビーなテーマを扱った物語でもある。ドラゴン=動物のメタファーとして解釈すると、現実社会でいえばビーガニズム的な問題意識を感じさせる話でもあるよなと。

かように意外と複雑な社会問題のメタファーとしても観られつつ、年末年始に観るにもぴったりのファミリー映画なのでぜひ↓

もちろんアニメ版を見返すのもアリ(大傑作)

 

『ジュラシック・ワールド/復活の大地』

最強のどうぶつ、それは……恐竜!!(断言)

www.jurassicworld.jp

けっこう映画ファンからは微妙な反応も見かけたんだけど、個人的には「いや全然おもしろかっただろ!!」と言いたくなる映画で、しかし後述するが微妙に公式仕事を受けてしまったので、逆に大声でオススメしづらいみたいな面もあった。

初代『ジュラシック・パーク』の精神をギャレス・エドワーズ監督がとてもうまく継承し、新時代の大作として蘇らせていたと思う。科学アプデも反映した恐竜/古生物を華々しく主役に据えて、『ジョーズ』や『インディ・ジョーンズ』などスピルバーグ行脚ライドとでも呼ぶべき、豪華で楽しい夏の大作だった。

歴代ジュラシックシリーズの美点は抑えつつ、反省点も踏まえて脚本も相当うまくブラッシュアップしてきたなと。「海陸空の3大恐竜(※モサは爬虫類だが)のDNAをゲットせよ」という非常に明白な縦軸ミッションもよく効いてたし、ワクワクさせられた。やっぱ娯楽映画たるもの、これくらい明快であるべきだ!

『ジュラシック・ワールド/復活の大地』、全体的に恐竜ファーストな姿勢が好感触で、海陸空のスター(恐竜)の雄大さをそれぞれの自然環境でじっくり魅せてくれる。
その上で芸達者なスター(人間)の表情や反応でしっかり恐竜アゲしてくれるのも大事。

冒頭の「恐竜がセンス・オブ・ワンダーを失った社会」の表現からもう良くて、前作までであれだけのことがあったのに…!?となる大胆なちゃぶ台返しではありつつ、人類の飽きっぽさを考えるとさもありなんで、恐竜好き/生物好きには染みるところだが、だからこそティタノサウルスの場面の博士の反応も刺さる。ジョナサン・ベイリー(『ウィキッド』も良かったが)ほんと良い役者だなと。

特に今回、恐竜ファン/シリーズファン的にやっぱスピノサウルスがアツいんだよね。科学を反映した大胆なリデザイン&満を持しての(3以来)再登場で、本シリーズのダイナミズムの象徴でもある。スピノサウルスは、2014年ごろ、体の特徴的に水棲恐竜だった!という学説が出て騒然となり、有名な恐竜の中では近年で最も激変があった例。その水棲説にも多くの反論が出て、まだ議論は全然続いてるが、今回のジュラワは水棲強めで大胆に再造形した。(今後また議論次第で変わるかもだが)

ジュラシックシリーズ、間違いなく恐竜/古生物をスターダムに押し上げる力をもつが(最近だとやっぱモササウルス)、あくまで「実物」は現存せず、現在進行で科学的議論が続く生物を扱った、独特の緊張感をもつ「いきものSF」でもある。今回だとスピノサウルスはアツイと同時に「荒れる」余地も大きいが、そこが面白さでもあり…。

それでいうと今回、ヴェロキラプトルがほぼ出なかったのはホッとした笑。シリーズを象徴する恐竜だが、実物(七面鳥サイズ)とあまりにかけ離れてることは(なんなら初期から)ずっと言われてたし、もうデイノニクスベースのオリキャラ恐竜ってことにするとか、さすがにいったん仕切り直さね?とは思ってたし…

あと今回、恐竜ファン/シリーズファン的に重要なのはやっぱティラノ渓流下り(マイケル・クライトン原作を満を持して映像化したシーン)だが、これも「どのくらい泳げたか」議論真っ最中で、ナショジオの記事が出ていた↓
超デカイ凶暴な犬みたいで恐ろしいけどかわいかったな

natgeo.nikkeibp.co.jp

さっき行った微妙に公式なお仕事↓

全国の恐竜/古代生物ファンよ、祭りの到来だ! 8月8日(金)公開『ジュラシック・ワールド/復活の大地』楽しみ!!という公式 #PR イラストです。 全国109シネマズ・ムービルの幕間で、「ぬまがさワタリのジュラシッククイズ」もまさかの上映中!(8/20まで。109シネマズプレミアム新宿 除く)

ぬまがさワタリ@『いきものニュース図解』ほか3/19同時発売 (@numagasa.bsky.social) 2025-08-01T03:05:28.891Z

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イラストが映画館でかかるという、地味に貴重な実績を積めたのでよかった(自分では見に行かれなかったが…)

 

『私の親愛なるフーバオ』

他にもこんなどうぶつ映画があったよ、という話。

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韓国で初めて生まれたジャイアントパンダ、その名もフーバオ。韓国の人々に愛されまくりのフーバオだが、別れの日(中国への返還)が迫っていた。彼女と人間たちの日々を記録したドキュメンタリー映画となっている。

とにかくフーバオが、てかパンダが本当に可愛く、見てるだけで悔しいかなニコニコしてしまうし、意外と知らない隣国のパンダ愛を目の当たりにできる貴重な映像資料でもある。

個人的には(動物好きとしても)もうちょいドライな作りの方が好みだし、中国との政治的な関係の掘り下げもあれば社会派動物ドキュメンタリーとしての価値も高まったと思うが、時折挟まる悲哀に読み取れるものも多かった。日本からパンダ消える?みたいなニュースも流れる中、注目されるべきどうぶつ映画だろう。

 

『ズートピア2』

このセクションの最後を飾るにふさわしい、ちょうど今爆裂ヒット中のどうぶつアニメ映画といえば!(大御所すぎるが…)

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何かと議論を呼びもしたがいまだに現代ディズニー屈指の名作として輝く前作をどう掘り下げてくるかな、と楽しみ不安半々で観たが、そうくるか!と面白かった。

アクションとギャグの連打できっちり万人を楽しませる(あらゆる全年齢エンタメはまずこのラインを目指すべきだ)手腕はおなじみながらお見事だし、爬虫類の新キャラで前作より明快に現実に根差した問題を語りつつ、世界の奥行きを深めてもいる。特にニューオーリンズ(ではないが)の街並みは素晴らしくて見入った。続編も…楽しみ!

ケモノワール(ケモノのノワール)としての前作の魅力を良い具合に発展させてて「これもうかわいい『ブラック・サッド』だな…」と思えてきた。

本家(?)『ブラック・サッド』もシリーズ重ねるにつれて、じわじわポップに寄せてる感もあるので、特に最新作↑とか「かっこいい超社会派ズートピア」みたくなってて好き。

『ズートピア2』、まずは(?)ヘビ映画として期待していたので、ゲイリーの出番はもうちょい多くても良かった気もするが(ニューオーリンズでの相棒ポジは普通にゲイリーで良かったのでは、ていうかビーバーとちょっと出番を食い合ってたような)、変にあざとカワイくして誤魔化さないヘビヘビしい造形とか好みだった。特に下顎のあたりがちゃんとガッツリとヘビなのがいいよね。

最近は『バッドガイズ』とかヘビのメインキャラも増えたけど、特にディズニーはやっぱ(それこそキツネ以上に)ヘビの悪役率高すぎだろって感じだったので、善良なヘビキャラをちゃんとメインにもってくるのは自己批評にもなっていたと思う(おまいうとも言うが)

草食vs肉食という対立軸で物語を駆動した前作『ズートピア』は、主に人種差別や女性差別のメタファーとして万人にわかりやすかった一方で、まぁやっぱ言うまでもなく食性と人種や性別は全然違うものだし、たとえば「女性vs男性」のメタファーで観ちゃった場合(メイン2人の性別から実際そう読めなくもない)この展開はどうなんだ、みたいな批判もあって、そこは隙もあると思う。

製作陣もそういう批判を踏まえつつ、それでもケモノワールで現代社会批評やろう!と気合い入れ直して、今回「爬虫類」という新基軸で、誤読の余地を減らすような人種差別のメタファーを入れてて、それはそれで批判もあるかもだが、その果敢さは素直に偉いなと。

ところで『ズートピア2』、若者が多いシネコンの大スクリーンで観たのだが、終わった後に男子高校生グループが「小ネタいっぱいあったな」「レミーのやつとかな」「あいつが持ってたのカールじいさんの杖でしょ」「そこに気づけるのすごいわ」とか喋ってて、良さがあった(ピクサーのそのへん今の子もちゃんと観てるのね、とも)

 

ゾクゾクわくわく!ホラー映画

『ファイナル・デッドブラッド』

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どんな殺人鬼よりも恐ろしく理不尽な、「死の運命」という不可避のメタ脅威に襲われるシリーズ最新作。思いのほか美しいレトロな冒頭(もちろん大惨劇に発展するのだが)から幕を開け、アリ・アスター的とも言える「血筋の呪い」につながるスケール感に慄く。

容赦ない残酷描写、不謹慎きわまるシニシズム、一周して映画を支配するユーモアといった魅力を発展させながら、死に抗う生の一瞬の燦めきを観客の目に焼き付ける。シリーズ最高傑作との評判も納得。

シリーズを象徴するトニー・トッドの遺作としての格も十分だし、真剣に作った不謹慎ボンクラ映画だからこそ、彼の最後のセリフも輝くのだった。

『ファイナル・デッドブラッド』、記事でも書いたがビニタキさんが亡くなる直前に(よりによって!)鑑賞されてたと思われる映画ということもあり、不謹慎なのは良いとしても(?)つまらなかったら許さんぞ!という気持ちではあったが、(確実に不謹慎ではあったものの)とても面白かったので許す。

テーマ的に「そ、そんな…」感が増すというのは確かにあるが、いわゆるボンクラ映画の中では間違いなくトップクラスの出来栄えと面白さだと思うので、(ビニタキさんの趣味的にも)これが映画人生の締めというのは悪くないかもしれないな、とも思うのだった。ある意味、大変さっぱりした、"平等な"死生観のシリーズではあるのよね。

『ファイナル・デッドブラッド』、限定上映なのと、ひょっとしたらビニタキさんの件でSNSで話題になったとかもあるかもだが、平日昼間の回でもほぼ満席で熱気が凄かったな。隣に座った方のリアクションも残酷シーンになるたび「ぎえ〜」って感じで良かった。(まぁ苦手な人は普通に注意なのだが、どちらかというと景気が良い方向性のバイオレンス/残酷表現ではある。)

過去シリーズは特に見てなくても大丈夫だが、1・2あたり見ておくとお約束な描写の味わいが増すと思う。真面目に丁寧に作った残酷ぼんくらスリラーであった。

ファイナル・デッドブラッド

ファイナル・デッドブラッド

  • ケイトリン・サンタ・フアナ
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『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』

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じっとりした不安と緊張が全編を支配する、満足度の高い和製ホラー。不気味で面白かったドラマ『イシナガキクエを探しています』の監督さんだったと知り、納得。

かくれんぼをしていた子どもが失踪し…という大筋も、ビデオテープの粗い画質や手持ちカメラの不穏さも、ホラーとしてもはや王道というか陳腐になりかねない領域だが、実力ある役者陣や周到な脚本、丁寧に構築された画面のおかげで、フレッシュに感じるしちゃんと怖い。(主人公がたぶんゲイという設定だったり、意外にクィアな読み解きができることもフレッシュで良かったと思う。)

いちばんゾワッとするのが、単に部屋で会話してるだけのシーンというのもホラーの奥深さ、豊かさの現れと言える。

日本ホラーも(そこまで丁寧にチェックできてないが)面白い節目を迎えているのかもしれない。

 

『THE MONKEY ザ・モンキー』

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呪いの猿人形がドラムを叩くと誰かが惨死!…という血みどろな引き寄せの法則が炸裂するホラーコメディサスペンス。こんなご時世にかような不謹慎デス映画みてニコニコしていて良いのかと脳裏をよぎらないこともないが、悪人も善人もランダムに襲う死や不幸や惨劇の理不尽さ、そして猿の瞳のように空虚な世界で私たちはどう生きるか、という問いに意外と真摯に向き合う映画でもある。

「色々言ってきたが結局のところ私はこんな映画がいちばん好きなのかもしれない」とちょっと思ってしまう、怖くてごきげんな一作であった。

本物のサル、ていうかチンパンジーのホラーももうすぐくるぞ↓

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『WEAPONS/ウェポンズ』

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教室(ほぼ)丸ごと行方不明になった子どもたちを巡る失踪ホラー…というあらすじやビジュアルから想像するよりも、なんというか、元気がいいホラーだった。
クライマックス以降の、元気のいい○○○・○○○○○(伏せるが名作現代ホラー)みたいなハイテンション展開にわろてまうのだが、ちゃんとカタルシス満載で決着させるのもエライ。
悪の正体など若干思うとこなくもないが、カルト化しそうな異常元気ホラーだった。
『バーバリアン』のザック・クレッガー監督だったと観た後に知り納得感。作風が確立されまくっとるね。

『WEAPONS/ウェポンズ』、こんな変なホラーなのに本国でめちゃヒットしててスゴイのだが、SNSで考察も盛り上がってるのね。ただ(不条理な事態こそ起こりまくるけど)別に話の中に謎や未解決な事象が残されるタイプの作品でもないので、監督はひたすらキレが良くボンクラみもあるホラーを作りたいタイプの人なんだろうな、と思ったけど。でも「何の話なんだろう」と考える甲斐はありそう。
個人的にはソーシャルメディアを筆頭に、(ある意味で魔術的ともいえる)テックの害悪さの寓話として読みたい面はあるが、この記事の監督の幼少時の話みて、あー…と思った。

2025年のホラーの元気の良さを色んな意味で象徴する一作だった。

 

『フランケンシュタイン』

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これはもうギレルモ・デル・トロ監督にとっての『フェイブルマンズ』なのでは…?と思えてくるような自伝映画。いや自伝映画であろうはずもないが、ついそう錯覚してしまうほどのオリジンみにあふれた怪奇映画だった。

フランケンシュタイン博士(クリエイター)と彼が生み出した怪物(モンスター)の複雑怪奇な関係が織りなす、美しき造形と色彩に満ちた物語の中に、デル・トロのキャリアのエッセンスがぎゅうっと濃縮されていて、彼が今どうしても作りたかったという熱意にも頷ける。「絶対に自分が撮りたい」という矜持もあったはず。

『フランケンシュタイン』、Netflix制作にありがちな「劇場公開してくれただけでもありがとさん」案件ではあり、公開数も全然多くはないのだが、頼むから映画館で観ておくれ〜〜と作り手が叫んでいるような作品であった(フランケンシュタイン的な矛盾…?)。

画面のトーンも全体的にあえて暗い(だからこそ時折の炎や衣装がもたらす色彩が強烈に輝く)ので、明るいおうちで観るとやや入り込みづらいかも。テンポも一般的な配信作品に比べれば若干ゆったりめで、閉鎖空間で2時間半じっくり浸ってね〜という作りになっている(個人的には全然長く感じなかったけどね、むしろもう終わり?と思っちゃった)。

『フランケンシュタイン』、エリザベス役がミア・ゴスなのもさすがに今「これしかねぇ」案件すぎた。ミア・ゴス、『X』『パール』からの今年の『マキシーン』(感想書きそこねたけど面白かったよ!)三部作で完全にホラーアイコンに躍り出てくれて何よりである。ただ思ったより出番少なかったからスピンオフ『フランケンシュタインの花嫁』作ってほしい…(別に結婚しなくていいから)

映画を機に読み返した、『ピノッキオ』のアート本に書いてあったのだが、「フランケンシュタイン」と「ピノッキオ」の物語こそが、ギレルモ・デル・トロにとっての2つの「神話」であり、人生そのものだったと。

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たしかに(あんまり並べる機会もないが)どちらも「造られしもの」の物語だよね。非人間、異端者、クリーチャーの心を描く話。フランケンシュタインはわかりやすく「造る側」の話でもあるけど、『ピノッキオ』のゼペット爺さんの描かれ方も、また見直したくなった。

しかし自分に最も影響を与えた二つの物語を連続で映画化するってのも凄い人生だな、デルトロ監督(まとめに入ってる的なニュアンスじゃないといいが…)。二本立て上映してほしい。

 

変わりゆく世界。フェミニズム/クィア映画

たとえば10年前とかに比べて、フェミニズムが題材だったり、性的マイノリティが主人公だったりする「クィアな」映画は本当に増えたなと思う。2025年も良作が沢山あったので、カテゴリーとして分けてみた。日本でも女性首相が誕生、という一見めでたいニュースの陰で苛烈なバックラッシュも巻き起こっているようだが、だからこそ広く観られるべき映画が沢山ある。

 

NTLive『インター・エイリア』

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ちょうどこの年末年始、劇場でやっているのでトップバッターに紹介。

フェミニストの女性判事(ロザムンド・パイク)が主人公の演劇で、名作『プライマ・フェイシィ』の製作陣ならではの社会批評的な切れ味とユーモアに満ちている。主人公は男性中心の法曹界で性暴力事件を多く扱ってきて、仕事と母親業を苦労しながらも両立してきた。そんな彼女に、ある悪夢のような試練が襲いかかる…という筋書き。ドラマ『アドレセンス』が席巻した今年観るにもふさわしい。

2時間未満とNTLiveでは短く、辛い話ながらユーモアも満載なので(注意喚起事項がOKなら)大変オススメ。

NTLive『インター・エイリア』、まぁ製作陣の前作も観たので別に心配はしてなかったが、もし題材のセンシティブさにビビって下手に「バランスを取ろう」として加減を間違えれば、筋書き的にはいとも簡単にMeTooへのバックラッシュにも振れてしまいかねない話なところ、繊細な語り口とバランスでうまく仕上げていて感服してしまった。

公的な立場で正義を追い求める人が、私的な領域でも必ずしも正義を全うできるわけではない、という話を描こうとして、「正義」の方を相対化してしまう手つきもよく見かけるけど、そういう幼稚さには堕していなくて、そもそも正義がなぜ必要なのか、という悪しき構造自体に目が向くようになっている。

『インター・エイリア』、本国でも今年の7月に上映された新しい演劇とのことで(NTLiveの日本配給さんも迅速公開ありがとう!)、非常に近しいテーマ性のある『アドレセンス』とマジで同時代シンクロ起こしたんだなぁ…という感慨もある。

たまたまこの2作が、ということでもなくて、『アドレセンス』みたいに社会現象化する(若者のSNS制限とか現実の法的な事象への影響もあった、とさえ言われる)作品の背後には、すでに社会に広く知れ渡った社会問題への認識があるものなんだよね。
結局のところ、創作とは広場で交わされる言葉から始まるってことなんだと思う。どっちも必見。

www.netflix.com

 

『女性の休日』

kinologue.com

「女性は軽んじられるべきでない」と示すための、最も有効なやり方とは何か?それは…一斉に「休む」こと。ちょうど半世紀前の1975年、アイスランドで全女性の90%が、仕事や家事や育児を一斉に「休んだ」…つまりストライキを決行した。

この歴史的な出来事は「女性の休日」と呼ばれ、今や世界で最もジェンダー平等な国といわれるアイスランドにおける、女性の権利運動のターニングポイントとなった。
わずか71分に運動の始まりや過程をギュッと凝縮し、彩り豊かなアニメを駆使してユーモアも混ぜつつ語る。社会は変えられるという希望と闘志に満ちた一作。

運動に参加した女性たちの創意工夫も見どころで、クリスマスの母親/主婦の仕事とか報われないのに大変すぎるだろ、という意味を込めた、クリスマスツリーに張り付けにされる女性の人形とか、ユーモラスだけど痛烈でもあってアートとしての威力も凄い。
いまだ道半ばとはいえ50年(半世紀)でこれだけ社会は変わりうるんだな、とも改めて思える

あと『女性の休日』、体感では場面の半分くらいアニメだった気がして、半アニメーション映画といっても過言ではないかも。というのも「女性の休日」に参加した圧倒的多数が普通の人だし、時代も50年前なので、個々の映像資料なんて残っているわけないからね。

主軸は確実にドキュメンタリーだが、「現実」の素材だけでは描写不可能な点をアニメが補完し、さらに現実を際立たせるという意味では、『FLEE』とも近接するアニメの意義深い活かされ方だと感じた。

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映画パンフの専門家コラムでも書かれていたけど、1975年の「女性の休日」ストライキは一大事件として確かに重要だったのだが、当然ながらそれを機に社会が「よし、これからは女性を大事にしよう」と悔い改めてすぐに男女の不平等が解消したかといえば一切そんなことはなく、5年後も女性議員は大して増えなかったし、女性運動の活動家でさえ「『女性の休日』は失敗だった」と述べたりしていたと。

しかし「女性の休日」が重要なのは、全てを変えたからではなく、「始まり」だったから。地道に不断の努力を重ね社会変革を続けたことで、女性大統領が誕生し、女性議員も増え、今のアイスランドのジェンダー平等先進国としての立ち位置がある。

女性の権利だけでなく、ブラックライブズマターとか、気候アクションとか、ウォール街選挙とか、アラブの春とかなんでもそうだが、ある時ワッと盛り上がった潮流が、そのままストレートに社会を変えるということはまずないので、変化が行き詰まったり、テンションが下がったタイミングで「あれはなんだったのか」みたいに言い出す人が必ず現れて、マジョリティを安心させる物言いなので流行りやすいんだけど、みんな歴史を短いスパンで捉えすぎなんだよね。

一回ワッと盛り上がった、と思ったらしぼんだ、ああ無駄だった、は短絡的すぎるし、変化を望む人はその短絡さに屈するべきではない。変化の歴史について教えてくれる『女性の休日』のような映画は、それを学ぶうえでも大切だ。

 

『ドマーニ!愛のことづて』

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すでにイタリア映画祭2024で観ていて(当時の邦題は『まだ明日がある』)、昨年のベスト映画に選んでしまったのだが、今年めでたく『ドマーニ!愛のことづて』のタイトルで日本公開されたので改めてオススメ。

これほんと面白いよ。昔懐かしい家族コメディ白黒映画のスタイルを逆手に取って、DVという深刻なトピックとフェミニズム的な主題を、広い射程を見据えつつ扱う。ほとんどの人は全く予想しなかったであろう、ラストの飛躍も素晴らしい。

サブタイトルにむりくり「愛」みたいなワード入れちゃって〜、まぁイタリア映画の日本公開あるあるだな〜とか思っていたのだが、劇中で最後にちゃんと「愛のことづて」の由来も出ていて、すんません…と思った。もちろん原題"C'e ancora domani"「まだ明日がある」が完璧とは思うけどね。社会が押し付けてくる「愛」よりも、時代の進歩を信じようぜという、社会的に開かれた視点をもった映画です。『女性の休日』と二本立てすべき。

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『ガール・ウィズ・ニードル』

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鋭い(針だけに)フェミニズム視点がある今年の映画として外せない逸品。

「子どもを産む」ことを巡って(母親でも母親ではなくても)あらゆる女性が晒されてきた抑圧や欺瞞を、針のごとく刺す。

第一次世界大戦後のデンマーク、薄暗い路地裏で何が起こっていようが誰も気に留めなかった時代に、ショッキングな「事件」が起こる。その再解釈を通じて、この世界が常に女性に押し付けてきた、そして今も押し付けている歪みを浮き彫りにする。

デンマーク本国では知らぬ者のいない事件のようで、ネタバレも何もないそうだが、日本の観客はせっかくなら何も知らずに観たほうが良いかも。路地裏でぽっかり口を開ける「闇」の深さに震えたし、その闇は社会が作りあげたものでもある。ヘビーだけど日本の状況にもぶっ刺さる話なのでぜひ。

ガール・ウィズ・ニードル

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『劇場版モノノ怪 第二章 火鼠』

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フェミニズム的な映画というカテゴリーに、ハイクオリティな日本アニメ映画を並べられることを、けっこう嬉しく感じる。

第一章の「唐傘」も面白かったが(昨年ベストにも選んだ)、頭がクラクラするド派手な色彩世界はそのままに、今回の「第二章 火鼠」は大奥の女性たちの、跡継ぎを巡る生々しい権力闘争に光が当たる。

一方で典型的な「女同士のドロドロ」では終わらない、ある意外な連帯と共鳴も描かれ、日笠陽子さん(好き)の演技も相まって心打たれた。

アクションやバトルも相変わらずキレがよく、70分という短さながらしっかり満足感がある。キャッチーな美術やキャラクター、日本の伝統や歴史の引用、そして社会構造への批評的視点を兼ね備えた、(いっけん異端なようで)かなり理想的な現代日本アニメの形であるように思った。

『劇場版モノノ怪』シリーズ(TV版も見ねばと思いつつ未見)、抑圧構造の中で苦しみながら生きる女性の心情を描く、という方向性が二作目でさらに明確になった感。声優交代の際の制作陣からの声明(本作のテーマに照らし合わせて…的な)も、日本アニメではけっこう珍しい感じだなと思ったけど、作品をみると「なるほどね…」と。

前の『唐傘』面白かったんだけど、このテーマを扱う上で権力者の男たちがほぼ透明化されてるのってどうなんやろ、とは少し思ったので、『火鼠』でそこがプラスで描かれるのも良かったと思う。それがあってこそフキとあの人との繋がりの意義も際立ってくるわけでね。(そして次の「第三章 白蛇」は天皇とかそのへんに踏み込む感じ…?ハラハラするが、楽しみだ。)

あと『劇場版 モノノ怪 火鼠』、そこは別に期待してなかったけどマジでけっこうネズミ映画だったので良かった。ネズミのネズミネスを(ちょっと言いづらいけどたぶん精子のメタファーも込みで)抽象化したみたいな怪異のデザインも好み。動物アニメ(広義)にはずれなし!

 

『The Summer あの夏』

summer-movie.com

2025年を代表するクィアなアニメ映画であり、ギリ入らなかったほぼベスト10級。

韓国の新鋭アニメーション監督ハン・ジウォンが、小説家チェ・ウニョン『わたしに無害なひと』の表題作をアニメ化。2人の少女が出会い、恋に落ち、大人になり、そして…という甘くも苦い物語を、繊細なタッチで描く。

百合アニメといえば間違いなく百合アニメだが、正直そう呼ぶのがちょっと憚られるほど、「女の子どうしの、ひと夏の儚い恋…」的な都合の良い消費に留まらない、社会的な眼差しこそが本作の特徴。保守的な東アジア社会(舞台は韓国だが完全に日本とも地続き)で生きるレズビアン女性が直面する現実への、しっかりした目線がある。わずか61分だが、忘れがたい一本となった。

「百合アニメと呼ぶのは憚られる」的な言い回しを聞くとイラッとする百合ファンもいるかもしれないし、その気持ちもわかる。ただ同時に、日本のいわゆる百合アニメに分類される作品の中で、本当に作中で恋愛関係だとちゃんと明言されるとか(←これはそれなりにあると思うが)、「この国では同性婚ができない」と社会システムへの批判的な言及があるとか、同性愛者が直面する差別や抑圧が描かれるとか、大人のレズビアン女性が出てきて普通に社会生活を営んでいるとか、そういう描写のある作品がどれくらいあるのか?とかも真面目に考えるべきよなと。

『The Summer あの夏』はそこを全部やっている。

正直もう予告編を見た時点で、日本のこういう女の子が出てくる系のアニメを見慣れてる人こそ、「おお、これは…」と思うんじゃないだろうか(逆に見慣れてないと「あっさりめな絵柄なのね」くらいに感じるだけかもしれないが)。

実際、日本アニメの影響下には確実にあり、作画的には全然こってりしてない、省エネといえなくもないタッチなのだが、かえって記号としての「女の子」ではなく、(劇中の言葉をうろ覚えで借りるなら)「肉と皮と骨をもつ人間」としてこの子達を描こうとしているのだな、となぜか伝わってくる。本編をみると、実際その通りだった。

『The Summer/あの夏』、実は原作アリと知らずに見たのだが、本編ちょっと見ただけで「これもう日本の百合アニメの影響とかよりは、現代韓国女性文学とかそういう文脈やろ」と察しがついたのだが、モロにチェ・ウニョンだったという(ド真ん中すぎる)

『The Summer あの夏』、チェ・ウニョンの原作小説『わたしに無害なひと』も読み返したんだけど、アニメ化するにあたって情報の取捨選択や、かなり複雑な情緒を言葉でなく映像による表現に置き換える手腕がとても上手いのがよくわかったし、やっぱハン・ジウォン監督、これは才覚あるわ…と思った。

レズビアンバーにスイがやってきたときのイギョンのちょっとした表情の変化とかで、彼女の心情ぜんぶ説明しちゃってるの「うわっ…」てなるし臓腑にくるのだが、シンプル(省エネといってもいい)な絵柄でよくあんな的確に描くよなと。
マイノリティを描いた作品にこの言い方ほんとは良くないけど、すごく「普遍的」な話に思えるのは、演出の力だよね、やっぱ。

『The Summer あの夏』、アニメだとそこまでクローズアップされなかったけど、韓国社会における女性蔑視(ミソジニー)というか憎悪は、原作小説ではもっとズシンとくる感じ。というのもサッカーの場面でスイに向けられる暴力の背景が、原作だとさらにえげつないんだよね(中学生男子チームと高校生女子のチームの試合で、男子が体を触ったりしてきて、からの…という流れ)。そのへんはさすがに映像で描くとエグすぎるから削ったのかもだが、映画だとあの野郎のニヤけた面一発で、社会にはびこるミソジニー的な情念を表現していて、あそこも臓腑にくる重さだった。こういうのも従来的な「百合アニメ」で表現しづらかった話である。

公開規模も小さかったけど、日本のアニメファンの間でもっと話題になるべき作品なので、配信などでぜひ。

 

『美しい夏』

夏がタイトルに入った、女性同士の恋愛を描く映画、実はもう一本あった。こちらも素敵な作品であった。

mimosafilms.com

イタリアの巨匠チェザーレ・パヴェーゼの1949年の小説を、クィアなロマンスとして映画化したもの。

原作↓(ちなみにパヴェーゼ本人も「レズビアンの娘たちの話」と明言しているよ)

服職人の少女ジーニアは、年上のモデル女性アメーリアに出会い、自分の性や欲望に揺らぎながらも彼女に惹かれていく。

美しい芸術都市トリノを舞台に、バチバチに決まり倒したショットの数々にじっくり浸れる贅沢な2時間だった。絵画を軸にして「見る/見られる」「描く/描かれる」関係に潜む男女の不均衡を批評しつつ、その視座から女性同士の恋愛関係をビビッドに描き出したという点で、傑作『燃える女の肖像』も思い出すが、「時代ゆえの悲恋劇」に終わらせない力強さも感じた。

『美しい夏』、ちょいネタバレご容赦だが、こういうビジュアルからして時代感あり、タイトルも耽美で儚い感じのクィアロマンスで、病気が発覚したりして、いかにも「bury your gay(ゲイを埋めろ=性的マイノリティのキャラが死にがち問題を批判する言葉)」的な雰囲気が濃厚になってからの「いやまぁべつにあれよ?埋まらなきゃいかん法もないからね」的な、意表をつくタフネスが妙に面白かったし、心打たれた。埋まらんが??みたいな。

それにしても、『The Summer/あの夏』と『美しい夏』が同時期公開とは、2025年はなかなかのレズビアンサマームービーイヤーであった。(どっちも公開数が少ないのが心苦しいが…)

結末(思ったよりビターだった前者、思ったよりパワフルだった後者)も含め、じつは対照的な作品なのも面白いところ。好みはあると思うが、どちらも今描く意義が大いにあると思った。

 

『ラブ・イン・ザ・ビッグシティ』

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これも忘れがたい映画。宣伝だけざっと観た感じ、なんかヘテロロマンスなのかと勘違いしていたが、細やかな誠意をもって作ったクィア&フェミニズム映画だった。ゲイ男性と型破りな女性の、大都会でのルームシェア(とそれぞれの複雑な恋模様)を通じて、2人の強固な友情を描く。

韓国社会(いや日本もだが)に蔓延するミソジニーやゲイフォビアの汚泥に足を取られながらも、なんとか自分の納得いく生き方を探す2人の姿は応援したくなる。

ラブコメのように恋愛を主軸に据えたジャンルこそ、現実社会の問題から目を逸らすわけにいかない、という真摯さは作品に奥行きを与えるし、倣うべき。今これを作れる韓国映画界、やはりさすが。

ちなみに『ラブ・イン・ザ・ビッグシティ』、食事した後(いつも一人で映画みてる私としては珍しいことに)お友達とT-JOY品川のレイトショーを観に行く流れになり、なんとなく品川はビッグシティみもあるので(?)、本作のバイブスに合っていたが、さらに劇中でとある(意外な)登場人物が有名なクィア映画をレイトショーで観に行くくだりがあって、微妙に入れ子構造(?)で面白かった。

クィアな作品が、この汚泥に満ちた世界を少しずつとはいえ良い方向に変えているという、希望と微かな自負を感じる、他作品の胸を打つ活かし方であった。

 

『愛はステロイド』

a24jp.com

今年のお気に入りスーパー爆裂クィア映画。

レズビアン筋肉暴力犯罪LOVEスリラーという、まさに脚本にステロイドを注射したかのような過剰なまでの面白さで(脳が疲れるけど)最高の映画であった。

80年代末のアトモスフィアがむんむんと汗臭く充満するアメリカを舞台に、クリステン・スチュワートと、(ミッション・インポッシブル最新作でも話題になった)ケイティ・オブライアンのロマンスが楽しめるクィア作品であると同時に、とある大事件をきっかけとして、とにかく強烈な面白さで物語を牽引していく。

愛と筋肉という魔物に取り憑かれた女性の物語として、ぶっ飛んだまま駆け抜けていくが、現代のレズビアン映画としての矜持とパワーを感じさせる一本。

ところでダガー賞で話題になった『ババヤガの夜』がもし実写化するようなら、作者の王谷先生は『愛はステロイド』のローズ・グラス監督に頼みたいとどこかで言っていたそうで、ああ〜〜〜バッチリっすねと思った。『ババヤガの夜』実写化にあたって依子(難役なのは間違いない)がどうしても見つからなかったら、ケイティ・オブライアンにお願いするのも一考だと思う。

 

『クィア/QUEER』

クィア映画といえばそのものズバリ、なこの映画も。

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バロウズの小説をルカ・グァダニーノが映画化した。性的少数者(クィア)として喜びを渇望しながら貪欲に生きる男の、人知れず抱えた繊細な迷いや苦しみを描きながら、50年代メキシコのうっとりするような美術とファッションで魅せる前半、色々ぶっとんだ展開や絵面が連なる後半(趣きは激変するが)、ともに楽しい。

ボンド卒業後のダニエル・クレイグは(『ナイブズ・アウト』筆頭に)実に素敵なキャリアを歩んでいるが、新たな代表作になるだろう。ドリュー・スターキーは初めて知ったがめちゃオム・ファタールで、クィアノワールとしての本作を美しく彩る。あと地味にジェイソン・シュワルツマンがとてもイイ。

ダニエル・クレイグといえば今年は『ナイブズ・アウト: ウェイク・アップ・デッドマン』も最高だったのでセットで紹介。

www.netflix.com

ミステリーゆえに大体ネタバレになってしまうので早くネトフリで観てほしいが、豪華すぎるキャスト(アンドリュー・スコットの使い方は逆に唸った)、重厚な美術、宗教心をめぐる鋭い脚本と、とにかく最後まで楽しかった。

ダニエル・クレイグのポスト「007」シリーズとして完全に堂に入ったと思うので、永久に続けてほしい。

本シリーズらしいパロ/メタ/批評的視線も山盛りとは言え、わりと古典的な王道ミステリーで2時間半も思い切り引っ張ってくれる作品ってもう稀有だよなと思う。

『ナイブズ・アウト』のブノワ・ブラン、この10年くらいを代表する新時代の探偵キャラクターとしての風格はバッチリだな。クィアな主人公(公式でゲイの設定)としても魅力たっぷりで、今回の『ウェイク・アップ・デッドマン』でも彼のマイノリティ性が、今回のテーマである「宗教」への眼差しに鋭さを与えていた。クレイグも映画『クィア/QUEER』を経由したことでまた味わいが増しているし。

ちなみに『ナイブズ・アウト』一作目は『名探偵ピカチュウ』と公開年が同じだよ(ふたりの名探偵がうまれた2019年)

 

『教皇選挙』

『ウェイク・アップ・デッドマン』と並べて観るべき、今年の話題作といえばこれ。このセクションに入れようか、ちょっと迷ったが、もう…いいかな!

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公開当時は「面白かった!ネタバレ一切踏まずに観て」としか言えず、本作におけるクィア要素とかも若干語りづらかったが、もう大ヒットして皆(デカ主語)みたわけだし、いいよね。

バチカンという密室で繰り広げられる、思惑と陰謀の渦巻く教皇選挙「コンクラーベ」を描いた映画。無類に面白い権力バトルに、現代世界の根本的な対立と希望が透けて重なり合う、精緻なガラス細工のような作品だった。

そして重要なのが結末。カトリック教会を舞台にして、宗教がもつ保守性、女性やマイノリティへの抑圧も鋭く照らしながらも、宗教が根本的に何を目指すものなのか、という問題にも踏み込んでみせる。そのうえでもう一段、「最後に教皇の座を勝ち取った人」のとある秘密を明らかにするシーンは、マイノリティ性を単なる物語上のギミックとして消費するに留まらず、現在も教会(だけでなく私たちの社会そのものも)ガチガチに縛る規範を照射し、未来の可能性へと飛躍してみせる、見事なラストだったと思う。

TOHO日本橋の最大スクリーンで観たが(平日昼だったが)久々に満席を見たな。実際に教皇選挙があったという奇跡のタイムリーさにも助けられたと思うが、評判も納得というほかない。圧倒的なエンタメ性と、キレのある社会批評性をこうも兼ね備えた映画は洋画といえどなかなかない。今更だが、とてもオススメ

教皇選挙(字幕/吹替)

教皇選挙(字幕/吹替)

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『ブルーボーイ事件』

海外の作品の紹介が続いたが、日本にも性的マイノリティを題材にした良作があった。

blueboy-movie.jp

1960年代の日本を舞台に、性別適合手術を巡る裁判を描いた映画。特筆すべきは主演の中川未悠さん(演技初挑戦とは信じがたい素晴らしい説得力と奥行き)を筆頭にした役者陣や、監督の飯塚花笑さんも含め、トランスジェンダー当事者の方を中心に制作陣を固めていること。

劇中で示されるようにマイノリティの道のりは前途多難だし、60年代と変わらないこと言ってる人多すぎだろ問題とか見ると暗くもなるが、こうした真摯な映画の存在自体に、時代は変わるもんだなとも思わされるし、変えていかなければならない。性的マイノリティを題材に描いた日本映画の新しい基準となるだろう、誠実に撮られた良作だった。

『ブルーボーイ事件』、なんといっても主役サチを演じた中川未悠さんですね。身近な女性としてのリアリティ、「60年代の美人」としての絵的な佇まい、観客の心に触れる脆さと芯の強さの繊細な表現、まさに完璧だったと思う。

こういう時「さすがマイノリティ当事者が演じてるだけあって実在感が凄い」的に語られやすく、実際そうだし良いことなんだけど、でも当事者だからって皆こんなに「わぁすごい実在感!」って思わせられるわけじゃないから(当然だけど笑)、才能あってこそだよね。こういう天性の役者さんが"普通に"娯楽大作とかでもどんどん活躍してこそ、本当に映画業界が「進歩した」と言える。

『ブルーボーイ事件』、脇を固める当事者キャストの皆さんもほんと良くて、重要な脇役であるアー子を演じたイズミ・セクシーさんをはじめ、わざとらしい感じはないのに実在感があり作品に奥行きをもたらすし、語りの当事者性と作品クオリティを同時に向上させる当事者キャスティングの重要性を改めて認識するのだった。

「演技とは"他者"になれることだから…」みたいな変にエモい言い訳で当事者キャスティングの重要性にケチをつけようとする向きもあるけど、映画や創作物がもつ複合的な意義への見識が狭すぎるだろと思うし、実際に当事者をガッツリ起用して成功している本作のような作品が増えていくことで、減っていく「言い訳」だと思う。

フィクションの中で、マイノリティ属性をもつキャラクターが死ぬとか殺されるとか悲惨な目にあいがちな件、ひとつのクリシェ(例:Bury Your Gays)として批判されていて、必要な批判だと思う一方、難しいのが、事実としてマイノリティはよく死んだり殺されたりしているので、現実のシビアさから目を逸らさせないという意味では、そういう描写から逃げないことが必要でもある。

『ブルーボーイ事件』でも実際そういう作劇上の難しさを感じる局面はあったんだけど、ここでBury Your Gaysみを回避/緩和するためにも大切なのは、複数or沢山のマイノリティを(当事者性とともに)配置するということなんだなと思った

 

『ディックス!! ザ・ミュージカル』

このセクションの最後は景気よく、今年最もふざけ倒したクィア映画で締めくくろう。

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ほんとに超おもしろかった。本当にひどい下ネタが圧巻のテンポで繰り出される、お子様NGなミュージカル映画(オフ・ブロードウェイ発)。

2人の「女好き」なセールスマン(演じるのはゲイの役者)が、生き別れの双子だと判明し、離れ離れの両親を再婚させようと奮闘するが、それどころではない大変な事態に…。

下ネタは本当にひどいが、有害マッチョネスや「伝統的」な性のあり方など、一部の人がグレートアゲインしたがっている概念をとことん笑いのめす陽キャエナジーが炸裂していて元気をもらえるクィア劇。全人類(本当にひどい下ネタが大丈夫な全人類)がいま最も観るべき映画のひとつだと真面目に思う。

『ディックス!! ザ・ミュージカル』、可能であれば予告編とかポスターもなるべく見ずに臨んでほしい。特に、とある衝撃的なキャラクターの登場シーンでは、何も知らないほうが主人公と同じショックを味わえると思うので。今あの「NOOOOO!」の絶叫を思い返すだけで笑える。

ほんと最高の映画だったが、「映倫が定めた本作のレーティングはR15+ですが本編には大変不謹慎で過激なシーンがあるため、18歳以上の鑑賞を推奨します。」という注意書きが公式に出ていたりするので、万人にオススメすべき作品とはいえないのは確かであろう。そんな注意書きあるんだ…

そんな『ディックス!! ザ・ミュージカル』、全編に至って過激ではあるのだが、特に最後らへんの「過激さ」については、「こういうのやったら最近は怒られちゃうのかな〜(ちらっちらっ)」みたいな、よくあるヌルいやつではなく、マジで全方面を怒らせかねないので凄かった。

でも、たぶん現在の社会でも99%の人が「いくら"愛は愛"っていってもそれはこう、アカンのでは…!?」と言いそうではあるものの、なぜアカンのかの理屈を実はちゃんと説明できなさそうな"愛"という意味で、ドンピシャに絶妙なラインを突いてきたとも言えるので、実はすごいよく考えて作った知的な映画でもあると思う。下ネタは本当にひどいが…。

たとえばトランプとか極右が信奉している思想や価値観はちょっと考えれば本当にバカみたいで笑えるし、嘲笑されるにふさわしいものだと再確認できるのも、「笑い」の本質的な力であるなぁ…と『ディックス!! ザ・ミュージカル』見てつくづく思えて良かった。あと少しでベスト10に入れていたが、さすがに『ワン・バトル・アフター・アナザー』とかにも勝るだろうか、などと熟考の末、ギリで外れた。でも最高だった。大好き。

お正月に家族みんなで観よう↓(嘘、絶対やめとけ)

 

古いゆえに新しい!リバイバル映画

劇場の事情もあるのかもしれないが、名作のリバイバルもかなり盛んな年で、改めて観て素晴らしいなと思えた作品が沢山あったのでカテゴリーにしてみた。

『七人の侍』新4Kリマスター版

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1954年に撮られた207分の映画が今みてもこんなバキバキに面白いのは凄いことだ。マジモンの黄金クラシックでありながら、時代劇、サムライ映画としても実は相当に特殊な映画なんじゃないかと思う。

「侍」の廃れと死を描くビターな味わいに貫かれながらも(しかし完璧なラストだ)、『ローマの休日』のオードリー・ヘップバーンさながらの(?)三船敏郎の輝きを筆頭に、敗戦を経てアイデンティティを揺らがされながらも次の時代に移りゆく戦後日本に確かに存在した煌めきを映し取った、一世一代の青春映画のような趣きも感じた。

『七人の侍』をベースに、侍をガンマンに置き換えた西部劇が『荒野の七人』なのは有名で、リメイクしたフークワの『マグニフィセント・セブン』も好きなんだけど、やっぱ本作の肝って「侍」と「百姓」の関係性が全てみたいなとこあるから、他の国の何かでは根本的に置き換え不可能な気もするのよね。

もちろん用心棒ものの構造自体は王道だし、ガンマンと先住民、とか面白いリメイクやる余地はあるんだけど。「勝ったのはあの百姓たちだ、わしたちではない」というラストの名セリフの悲しさと力強さ、他の何を当てはめても出せないように思う。(『RRR』が何をどうしようと他の国で設定変えてリメイクできないだろうな、という感じに近いかもね)

『七人の侍』、映画館で観て本当に面白かったが、よく言われるようにセリフはかなり聞き取りづらいので、(せっかく左右にちょうどよさげなスペースあるし)もう字幕上映でいいんじゃないかとは思った。激昂した菊千代のセリフ(後述)とか聞き逃すには重要すぎるし。ただ多少なに言ってるかわかんなくても文脈から大体伝わるし、わからなくても別に面白さに支障ないというのはなかなか凄い気もする。セリフに頼りすぎない場面構築が上手いと70年後も観客が助かるという好例だ。

『七人の侍』、落ち武者の刀や鎧を百姓が盗んで集めてたという事実に直面して「えっ…」と引いてる侍たちに対して、激昂した菊千代が「おめーら百姓をなんだと思ってんだ、百姓は汚いこともなんだってやるんだ、だが百姓にそうさせてんのはおめーら侍だろうが!!」と言い放つくだり、まぁやっぱエバーグリーンな名作の「格」とはこのことだよなと思わざるをえない、多少のセリフの聞き取りづらさなんか薙ぎ倒すほどの真実味と普遍性、力強さがある。今の(特に自分をサムライになぞらえがちな)政治家とか全員このシーンみて自分たちの言動について良く考えるべきだし、それが弱者を叩く方向に向かっているなら、恥じるべきだと思う。

一回も観たことなければまぁ絶対一度は観るべき名作です。ぜひ4Kで。

 

『落下の王国 4Kデジタルリマスター』

rakkanooukoku4k.jp

リバイバル・オブ・ザ・イヤー2025、間違いなくこれでしょう(or『七人の侍』)。びっくりするほど人が入ったそうで何よりだ。みんなそんなに好きだったとは…!

きっと本当は映画関係者は全員こういう映画が作りたいけど金とか客とか色んな事情があって諦めているのだが時として全部ぶっちぎって作ってしまってしかも成功する伝説の一作が砂漠の蜃気楼のごとく現れる、しかも蜃気楼だけあって観る手段もなぜか極めて限られていたのだが今や映画館で4Kで観られるというわけなので本当にみんな観に行ったほうが良い。まだやってるので。

意外と、でもないが、お話は必ずしも万人向けではないどころかまぁまぁひどくてちょっと笑ってしまうのだが、全銀河映画連盟みたいなとこに地球代表の映画として1本だけ送れるならこれを選びたくなる美と力に溢れている。

『落下の王国』、バッキバキのアート映画だがわかりづらさや難解さがほとんど皆無なのも凄いというか、こんな(意地悪といってもいいような)凝った作りなのに観客の解釈が分かれづらそうなのも感心してしまう。良い意味で観客に委ねてない。

冒頭の一連の映像からしてもうあまりにカッコよくて笑えてくるのだが、ただでさえタイトルで直球に示している「落下(原題はThe Fall)」というアクションを最初から執拗に反復してくれるおかげで、ちゃんと劇中で何か「落下」が起こるたびに観客が「おっ」と思える親切設計。よく考えるとかなり「ひどい話」なのに最後はきっちり映画史に落とし込んでイイ感じに締めてくれるという点でも親切。

『落下の王国』、生成AIでいちばん作れなさそうなタイプの映画という意味でも今みるべき価値が大いにあるかもしれない。AIどころか、ロケとか衣装が必要なくて絵の自由度が格段に高いはずのアニメーションでさえ、このレベルで「絵が強い」作品はほとんど登場していないことを考えても、やっぱ真に「見たことない」、オリジナリティある創作の肝にあたる部分って結局は人間がやるしかないと思うんだよね今後も。二流のコピーなら機械学習で量産できると思うけど、『落下の王国』が到達しているような人間の無意識の深層に眠るものは、それこそ人間自身が「落下」してすくい取ってくるしかないのだ(うまいこと言ってみた)

 

『サウンド・オブ・ミュージック 4Kデジタルリマスター』

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おそらく世界一有名なミュージカル映画であり、世界一有名な曲が10曲くらい歌われる驚異の音楽映画だが、意外と作品そのものを観たことがない人も多いかもしれず、「あれでしょ?草原で歌うんでしょ?」くらいのイメージかもだが(草原で歌うくだりは間違いなく名シーンだが)、ナメてる人はマジで一回観た方がいい。

特に「私のお気に入り」→「ドレミの歌」の二大有名曲が連発する流れとか、ミュージカル映画としてまさに神がかっていて、本物の映画の奇跡が起きている。
ファシズムに踏み躙られた音楽の魂に捧げられた未来への祈りが、今の時代にもまっすぐ突き刺さる。

『サウンド・オブ・ミュージック』、いくら名作とはいえさすがにこんな全部?と笑ってしまうほど名曲オンパレードだが、どうしても1曲だけ選べと言われたら「My Favorite Things」かな。

ミュージカルシーンとして素晴らしく、ジュリー・アンドリュース&子どもたちの輝くような演技、外で雷の鳴る(迫りくるファシズムも象徴するような)寝室というシチュエーション、恐ろしい世界で「好きなもの」を歌って希望を灯す歌の内容が完璧に噛み合っている。これを途中で一回ぶったぎる贅沢さも凄い。

『サウンド・オブ・ミュージック』、音楽映画としての面白さは概ね前半に集中している、というかほぼ全て前半で片付けてしまうという今見ると大胆な構成。前半では短時間で名曲を怒涛のように繰り出して観客を圧倒しつつ、後半はそのリプライズによって時代や人間関係の移り変わりを繊細に提示していく。

後半はマリアとトラップの恋愛という、現代の視点で見ると若干つまらん方向に物語の流れが回収されてパワーダウンする点だけ惜しいのだが、終盤で「ファシズムvs音楽」の構図が明示されることで再び劇映画としてヒートアップし、同時に音楽映画として真に伝えたかったメッセージが前景化する作りは、さすがに名作だなと格の高さを感じた。どこもかしこもキナ臭すぎる今、見返したほうがいい傑作古典ミュージカル。

 

『ヤンヤン 夏の想い出 4Kレストア版』

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エドワード・ヤン監督の遺作のリバイバル。台湾で生きる少年とその家族の悲喜交々な暮らしを、繊細かつ美しく構築されたショットの中に捉えながら、一度きりの人生と変わりゆく時代を映し取る。色んな国の20世紀ベスト映画に選ばれてるのもなるほどな、と思える風格だった。

「なぜ皆の後ろ頭ばっかり撮るの」と聞かれたヤンヤンが「だって自分では見えないでしょ」と答えるセリフ(とそれに続く葬式でのスピーチ)は、極めてシンプルながら、どうして人が映画を撮るのか、芸術を作るのかを、この上なく明快に表現していて見事。これが遺作なのは、残念であると同時に、凄い終わり方だ。

『ヤンヤン 夏の想い出 4Kレストア版』、イッセー尾形が演じる日本人ゲームデザイナーの太田が、じつに忘れ難いキャラで、「こんな"日本人キャラ"って初めて見たな…」と思った。明らかに「不思議な外国人」として描かれた日本人なのだが、なんか欧米の作品で描かれるステレオタイプ日本人とも全く違うし、かといって国内作品でこんな絶妙に奇妙だが変なリアリティもある「外国人」としての日本人を見ることもないし、太田が出てくるたびになんだかフラフラしてくるのだった。(ハトが苦手なイッセー尾形も戸惑ったらしい笑) 台湾だけでなく日本も制作に入ってる映画で、熱海とかけっこう日本ロケもあるのだが、それにしても絶妙なキャラだった。

『ヤンヤン 夏の想い出 4Kレストア版』パンフレットもちゃんと作ってる(最近はリバイバルもちゃんと凝ったパンフ作ってくれてエライね)。山中遥子監督とか真利子哲也監督とか岩井俊二監督とかコラムも豪華。専門家の当時の台湾の政治/経済事情などもあって読み応えある(よく知らんのでありがたい)。こうしてみると、とても限定的な視点を描いていたようできっちり社会の激動を背後で映し取っていたんだなと。

現代の気鋭の日本映画監督みんな好き、ロッテントマト100%フレッシュ、みたいな必見作なのでみんな観ようね。

ヤンヤン 夏の想い出 [DVD]

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『海がきこえる』

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今年のリバイバルで地味に良かった枠。

久々に見るな〜とか思ってたらまさかの初見だった(たぶん)。平穏な高知に転校してきた小さな嵐の如き女子・武藤が引き起こす人間関係のさざなみをじっくり描いた作品で、たった72分ながら満足度が高い。知る人ぞ知る逸品としての評価も納得。ジブリ作品としては異色オブ異色だが、いま見てこそフレッシュな感覚を与えてくれる。

登場人物が記号の組み合わせではない、こういうリアル寄りタッチの日本アニメってなんで(ほぼ)絶滅したん…?と無念になるほどだが、世界的にもいうほど類例は多くないと思うので、これが作れた90年代日本アニメ界の豊かさも思う(今はあらゆる意味で無理そう…)。

『海がきこえる』の武藤、「おもしれー女」ミームで片付けるのも粗雑すぎるとはいえ、実際おもしれーのはいかんともしがたく、影のある文武両道ミステリアス転校生の面持ち…からのまさかの借金の申し出、からの(アニメとかでは意外と描かれないラインの)絶妙に迷惑だがちょっとワクドキするトラブル(旅行の急な行き先変更・押しかけ飲酒&即寝など)を日常に巻き起こす。

それもいわゆる「迷惑系ヒロイン」的な記号の組み合わせにとどまってなくて(「生理重いんで…」的なセリフもあったり)、理不尽な言動や、告白の断り方とかもだいぶ酷くて笑ってしまったが、全体的に「こういう子、いたし、いるだろうな!」という実在感と重みがある。

『海がきこえる』の武藤の、たしかに理不尽でもあるけどまさに「他者性」を尊重された繊細な描かれ方にいっそう心打たれたのもある。作り手だけでなく、受け手の成熟度の問題でもあるんだろうな…と思ったり。

『海がきこえる』、恋愛ものと言って良いのかは正直よくわからなくて、むしろ主人公→松野の妙にデカい感情の方が目立つのでBLクィアリーディングしたくなる雰囲気だった。ラストで一応は武藤への恋愛感情としてまとめるんだけど、個人的には蛇足というか、ない方が深みが増したと思う(けどそれやると93年の作品としては野心的すぎたか…)。

終盤、主人公が武藤との思い出を振り返るシーン、冷静にみるとロクな思い出がなくてちょっと面白いのだが、でも人生や人間関係ってそうだよね…「良い思い出」だけで構成されてるわけじゃない、「あの時間、何…?」みたいなこともあるし、でもそれも含めて豊かなんだよな、みたいな解釈もできて。

『海がきこえる』、まぁ90年代だなという描写もちらほらあるし(盗撮写真を購入すな〜等)、ナチュラルに未成年飲酒キメてたりもするので、テレビ放映むずかしいのもわかるし視聴ハードルも高いが、当時のジブリの若手が作った「野心作」が今みても全然フレッシュに感じられるのはやっぱ凄いし「マジで野心あったんだな…」と感銘。このラインが潰えたのはほんと日本アニメ界、てか世界のアニメーションにとっても損失だと思う。今からでもどうにかなってほしい〜

 

『天国の日々 4K』

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テレンス・マリック監督の1979年の作品で、たまたまやってたのでよく知らずに観たのだが、あまりに美しい絵作りに陶然とした。マジックアワーの光にこだわりすぎて制作現場がガチで破綻しかけた(1日20分しか撮れないなら当然だが)甲斐もあり、画面の全てに「天国」の優しく哀しき光が満ちている。

純然たるアート映画と思いきや、けっこうド派手なスペクタクルがあるのも嬉しい。途中思いっきりフェルメールみたいになっていたが、まさにその場面が大厄災の前触れというのも凄い。

死ぬほど苦労して一滴ずつ集めた奇跡の甘露をがばがば飲ませてもらえるような、贅沢な体験に感謝。映画って本当にコスパ最高ですね(←ひどい淀川長治)

 

いぶし銀!日本映画

今年は『鬼滅』や『国宝』など日本映画がぶいぶい言わせていたようだが、そこまで派手なスポットライトを浴びずとも、いぶし銀な良作が色々あったので、まとめて紹介。

 

『どうすればよかったか?』

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統合失調症を発症した姉と、彼女を軟禁し続ける両親。その姿を監督が20年以上にわたって記録した壮絶なドキュメンタリー。特殊な地獄に陥った家族の、なぜか普遍的に感じられる泥沼に浸かった後、タイトルの問いが幾重もの意味をもち、吹き抜ける風のように響く。

タイトルと裏腹に、この家族が「どうすればよかったか」考えてね、という相対主義的な話でもない。どうすればよかったかは明白だ。両親は姉を閉じ込めたりせず、しかるべき医療を受けさせるべきだった、以上。明らかに監督はそう考えて撮っているし、大抵の観客はその「答え」に同意するはず。

だが、"にもかかわらず"、この「どうすればよかったか?」という問いが、重い意味を帯びてずっしり心に残るという事実が、本作の特異なところだし、「医学的資料」ではなく映画という芸術として特別な意義を持つのだと思う。唯一無二の作品というほかない。監督のお姉さんの人生が、唯一無二であるように。

題材的にも配信とかはしない感じかなぁと思ったが、とりあえず本はあった↓

 

『敵』

happinet-phantom.com

タイトルでもあらすじでもどんな話か全然わからないまま、『桐島』吉田大八監督の最新作なので観なきゃな〜と観に行ったが、日常侵食サスペンスとして楽しめた。

退職した大学教授の平和な生活に、彼の内面の混乱なのか、はたまた本当の「敵」なのか判然としない"何か"が忍び寄る。その過程をじっとりと描くモノクロ映像が冴えていたし、(主人公はmac使ってたり意外とハイテクなのだが)変に現代っぽい雰囲気を出さなかったのも正解だと思う。

彼に起こったことが何なのかは解釈分かれそうだが、この主人公みたいな感じの生活を送る人がこれから日本に増えていくであろうことを思うと、不穏で示唆的なことは間違いない。

辛いが面白いので2025年の実写邦画ではトップクラスにオススメ。

敵

  • 長塚京三
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『死に損なった男』

shinizokomovie.com

どうも映画ファンもあまり観ていなかった気配あったが、とても良い日本のエンタメ映画でしたよこれ。

駅のホームから飛び降りようとするも「死に損なった」構成作家のもとに、なぜかおっさんの幽霊が現れて、まさかの「殺人」を依頼され…!?という怖くも笑えるサスペンス。予告みて「なにこれ面白そう」と思ったら、監督/脚本がめちゃ面白い『メランコリック』(殺人銭湯のやつ)の田中征爾だった。

(おっさん幽霊という飛び道具はありつつ)スケールは小さく個人的な物語ながら、良くも悪くも「実際に人が生きてる」感じにあふれていて、結果として1本の映画にぎゅっと「社会」が詰まっているような作風、やはり好き。エンタメに徹してることも含め、こういう日本映画がいま一番ほしいラインかも。

ありがちな邦画の予告を立て続けに観て、ちょっとうんざりしていただけに、この『死に損なった男』の予告編はなかなか輝いて見えた。「サスペンスやコメディを強力に構築していることが伝わり、変にウェットな方向に流れず、きっちり面白そうだと思わせてくれる」という点で、こう言ってはなんだが珍しい気がする。実際みてみたら本編もきっちり面白かったし。みてね↓

死に損なった男

死に損なった男

  • 水川かたまり(空気階段)
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『遠い山なみの光』

gaga.ne.jp

見ごたえある2025年の実写邦画がまたひとつ。カズオ・イシグロの長編を、美しく精緻な撮影や美術によって映画化。1950年代の長崎を主な舞台に、時空を交錯させながら、複雑な時代を生きた女性たちの秘密に迫る。

原爆被害者らが体現する犠牲者としての面と、断固として存在した加害者としての面の間で揺れる日本の姿を、人の姿で体現するかのような人物造形と脚本の妙が光る。
リアリズムを重視しながらも、良い意味で邦画離れした強力なビジュアルを構築できる石川慶監督(『蜜蜂と遠雷』『Arc アーク』『ある男』)の最新作としても充実してるし、国内でも色んな賞を取るんじゃないでしょうか。

『遠い山なみの光』、SNSでちょいちょい言及する「脚本が強い/弱い」の基準でいうなら、これはもう文句なしに「強い」脚本だと思う。日本で暮らした一個人の人生を端正に描くことを通じて、人と社会を巧みにリンクさせている。個人的には(大ヒットはめでたいが)『国宝』にこの成分がもっとほしかったと感じていたところ。

日本社会の後進性や歴史の暗部も踏まえつつ、それらを人々が時代の中で犯した具体的かつ致命的な失敗や過ちに重ねながらも、個人/社会どちらのスケールにおいても希望や可能性を提示してみせる。とある「意外な真実」も、実は原作と違って解釈に曖昧な余地を残さなかったというのも、物語の力強さにプラスに働いてると思う。

配信はまだだったけど原作は読めるよ↓

 

『旅と日々』

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『夜明けのすべて』『ケイコ 目を澄ませて』など、映画ファンの間でいま一番くらいに注目されている三宅唱監督の最新作。ドキリとするような鋭い批評性をもつ(河合優実のこんな活かし方が…)劇中映画を経て、脚本家の女性(シム・ウンギョンさん、『新聞記者』でもおなじみ)が旅に出る。

三宅監督の過去作以上に静かで、正方形の画面に収められた、雪の降る地方の美しい風景、そしてそこで繰り広げられる(形式だけはテンプレ旅映画っぽいが)「良い話」なのかわからない人間模様には可笑しみと緊張感があり、なぜか目が離せない。刀の一振りのようにすっぱり終わる映画だが、89分よりもっと短く感じた。さすがの業前。

シャープで渋くて良い映画だったが、公開初日『羅小黒戦記2』→『旅と日々』→『羅小黒戦記2』当日2回目、という『羅小黒戦記2』サンドイッチで観てしまったので、微妙に印象が薄れてしまっていた…。まだ劇場でやってるので観てね

 

『ひゃくえむ。』

hyakuemu-anime.com

今年の日本アニメ映画ではベスト級のひとつ。

100メートル走に全てを賭けるスポーツ選手たちを描いた漫画原作のアニメ映画。人気漫画家の中編を一本の映画にキレ良くまとめた点では『ルックバック』に、ロトスコープをリアル寄りなアニメーションに巧みに取り入れた点で『化け猫あんずちゃん』に連なる最前線っぷりを感じる。

本作のフレッシュな点は、スポーツを題材に扱いながら、熱血やエモから(少し冷徹なほど)距離をとることで、一流のアスリートが実際に見ていそうな、どこか寂しく無慈悲な世界を説得力をもって提示すること。

無骨なキャラデザや題材の地味さが人を選ぶ点はあるだろうが、特異であることを恐れない、こうした日本アニメは応援したい。

『ひゃくえむ。』、全体としてスポーツものにあるまじき温度と湿度の低さが個人的に好ましかったのだが、個人的に最も興味深かったのは「一流のプロフェッショナルの世界、意外と虚しい」ということをけっこうなリアルさと説得力をもって描写していたことで、大谷翔平とか藤井聡太とか米津玄師とかが見ている世界も意外とこれくらい荒涼としているのかもしれない(いや知らんけど)と思うのだった。

ものすごいハードな競争を勝ち抜いて、みごとトップに君臨したが、でもだからこそ何もかも本質的には無意味なのでは…?という恐ろしい真実を人よりも自覚せざるをえない。でもそこを描くからこそ、走ること自体の喜びが一瞬の輝きを放つという。

『ひゃくえむ。』、ロトスコープを用いたアニメ表現の新しい実例としても見どころがあり、もちろん走るシーン(レース前の準備運動から丁寧に見せていく)も良かったけど、日常芝居もなんか独特の面白さを生んでいた。リアル寄りのキャラデザも相まって、ちょっと今敏みたいな雰囲気になる瞬間がある。

近作『化け猫あんずちゃん』よりも、従来的なアニメ表現に寄せる度合いが少し低い(会話中の体のふらつきとかも逐一描写する)ので、そこを違和感と捉える人もいるかもだが、人間って実際はこんくらいフラフラしてるよなと思うし、逆に普段みてるアニメがいかに日常的な人間の挙動からかけ離れているか気付けるという意味での面白さもあった。

『ひゃくえむ。』、話が超面白かったかとか言われるとそういうことでもないのだが(わりと明白にアンチカタルシス的な映画なこともあり)、アニメーション表現を中心に、日本アニメの挑戦の最前線という文脈で興味深く鑑賞した。

原作も評判よいので読むべきかもしれない↓

 

 

窓を開けよう!ヨーロッパ映画

「ヨーロッパ映画」という括りはなんかデカすぎる気もするが、まぁ「日本映画」だってデカイし、いいか…と。なんだかんだベスト級に食い込んでくるのはアメリカよりヨーロッパが多い印象なので、相性もあるのかもしれない。閉塞の都会に窓を開けるかのように、貴重な欧州映画を上映してくれる劇場関係者の皆さん、ありがとう。

 

『ファンファーレ!ふたつの音』

movies.shochiku.co.jp

年間ベストに入れても全然いいくらい良かったフランス映画。若き天才指揮者が、病気をきっかけに生き別れの弟の存在を知る。ほんのわずかな運命の行き違いから、全く違う人生を送ってきた二人を、唯一結びつけるものが「音楽」だった。

富裕な文化人の最上層の兄と、炭鉱町で働く労働者の弟が、互いの埋め難い社会的断絶に圧倒される様も逃げずに丁寧に描く。

だからこそ最後の「演奏」は、今年の全映画のエンディングでも屈指の名シーン。「音楽の素晴らしさとは、異なる人々を結びつけることだ」という、言葉にすれば退屈きわまりないテーマを、一切のセリフなしでこれほど感動的に描くことができる。これぞ音楽映画が目指すべき境地だと思う。

『ファンファーレ!ふたつの音』、良い意味でフランスらしい、社会の格差をシビアに捉えた視線に満ちているのが見どころ。炭鉱会社に吹奏楽団があるとはさすがフランス…とか思いつつ、その音楽への眼差しも決して甘くなく、現実の問題(工場の労働問題など)が「音楽の力」で解決したりは全くしない。様々な人が色々な事情を抱えて生きているこの世界で、音楽はあくまで不平等に分配された芸術にすぎず、しょせんちっぽけな存在と言えばそうなのだ。

しかしだからこそ、かえって「音楽の力」が絶大なものに思える瞬間がある、というのが面白い。現実社会や人々のリアルをきっちり描くことで、エンタメの中で芸術の力と意義を力強く示した好例。

また引き合い御免だが、『ファンファーレ!ふたつの音』観ていて、『国宝』にまさにこの「社会」への視点が少しでもあればな…!とはやっぱ思ってしまった。『国宝』、歌舞伎がそもそもは大衆娯楽であり、「一般人」にこそ開かれたものだった、みたいな視点が皆無なのもなんだかな〜と思ってて(ドサ回りシーンは象徴的)。『ファンファーレ!』のクラシック音楽の開かれっぷりが成立するのは間違いなくフランスの固有背景もあるが、「普通の人」の視点を完全に廃して閉じるよりも、よほど古典芸術の深みや格、可能性を際立たせることに成功してたと思う。

2月に配信とか来たらぜひ観てほしい。

 

『ナイトコール』

cinema.starcat.co.jp

なぜか思い立って映画紹介イラストを描いていたので、こちら参考にしてね。

こういう映画が一番好きかもしれない(こういう映画が一番好き、多いな)

 

『ニーキャップ』

unpfilm.com

北アイルランド版『RRR』みたいなノリ(ただしふざけ倒してはいる)で面白かった! 「ベルファスト映画のオープニングといえば爆破テロだが…?」という冒頭から笑うのだが、波乱の地・北アイルランドのヒップホップグループのオリジンと、その政治性が爆発的なうねりを生む過程を描く。

字幕や文字装飾をギャグとして巧みに活かしているが、「ドードーのように絶滅寸前」のアイルランド語でラップしてやんぜ!という物語のスピリットを思うと必然性がある表現である。

アイルランド語を話す主人公に対する、警官の「俺が字幕なんざ読むと思うか?」という暴言とかメタで面白いが、同時にかなり本作の本質を突いている。

『KNEECAP ニーキャップ』、ラップグループのメンバーが基本的にいつも薬物かアルコールを摂取していたり、ライブ中も概ねトリップしていたりと(ポスターにもあるように)たしかに振る舞いとしてはカスでありつつ、しかし社会人としてはド底辺だが消えゆく地元の言語を使って一発かましてやんよオラッ!とぶちあげた音楽が、まさに「政治」ど真ん中な領域でダイレクトに爆炎をあげる様が、とりわけアーティストが政治性を忌避し脱臭しようとする(させられる)日本から見るとなおさら感動的なので、広く観られてほしい。

 

『ローズ家 〜崖っぷちの夫婦〜』

www.20thcenturystudios.jp

ひでー話だけど好き! イギリスを代表する2人の名優が、夫婦仲がえらいことになってるカップルを演じる、ダークだがいっそ明るいコメディ。超豪華キャスト陣がバカやってる姿を見てるだけでも楽しいが、「こんなはずじゃなかった人生」の深い悲しみを捉えた普遍的な悲喜劇でもある。

こういう軽妙洒脱な(いや起こることはマジでひどいけど…笑)コメディ、劇場で観るたび「もうこんな作品は映画館で観られないかも…」と哀しいが、なんとか生き延びてほしい。

冒頭からめちゃ笑えて脚本いいな〜と思ったら『哀れなるものたち』『女王陛下のお気に入り』のトニー・マクナマラだった。そりゃいいわ。

『ローズ家 〜崖っぷちの夫婦〜』、ベネディクト・カンバーバッチとオリビア・コールマンはそりゃ素晴らしいのだが(今知ったが誕生1976年/1974年で年近いのね)、アンディ・サムバーグ、チュティ・ガトゥ、ケイト・マッキノンなど(なんだよあの人…笑)、脇役もいちいち外せない感じで異様な見ごたえがあった…。

こういう超豪華キャストのコメディ映画、日本にはなかなか入ってこなくて…というより、本国でさえかなり珍しくなってしまっているのかもな。難しいのもわかるけど伝統芸能として年イチくらいでは作ってくれ〜

 

『入国審査』

movies.shochiku.co.jp

移民ビザを取得してアメリカにやってきた夫婦が、イチャモンみたいな入国審査に囚われ、極限状態に追い込まれる、タイムリーな密室サスペンス。

時間もわずか77分で舞台も極小、超低予算と思われるが、それでもここまでビビッドに「世界」の今を描き出せるという、映画の可能性を象徴する一作。

トランプ一期目の時代設定で撮られた映画が、全てがさらに悪化した二期目の今、またアクチュアリティを増したのは辛いことだが、時代を超えた権力と排除の寓話としても見応え抜群。
アメリカもたしかにおかしいが、日本もずっと海外からの移民や労働者に多かれ少なかれこれくらい理不尽な接し方をしてきたことを踏まえると…なかなか他所の国の話としては観られない。重要作です

入国審査 [DVD]

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  • アルベルト・アンマン
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『ボサノヴァ~撃たれたピアニスト』

bossanova.2-meter.net

ボサノヴァとかたいして知らない音楽ジャンルながら、単純にアニメーションとしてかなり惹かれたので観に行ったのだが、とても良かった。音楽に愛された純粋な天才アーティストが、中南米の政治の激動によって、謎の疾走を遂げた。その生涯をジャーナリストが追う過程を、ほぼドキュメンタリーに近い作り方で描いたアニメーション(その意味で『FLEE フリー』を強く想起)。

一方、明らかにアニメにしか不可能な「音」の視覚的表現を存分に発揮し、見応え/聴き応え抜群。『ボサノヴァ~撃たれたピアニスト』、この予告編みて「うひょ〜」となるアニメ好き/音楽好きはほんと観てほしいな。

www.youtube.com

スペインの監督による音楽的なアニメで、かつNYなどの町並みをシンプルな線と大胆な色使いで美しく表現…という点で直近の『ロボット・ドリームズ』も思い出す。
こんなに美しく彩られた世界と、そこから生まれる音楽が、全体主義的な政治の激化によって踏みにじられていく過程が辛いし、よく考えたら「歴史のひとコマ」じゃなくて、完全に「いま起こってること」じゃねーか…と思うと、絵と音の美しさに浸ってもいられないのだった。

今のところ配信とかも特にないが、期待したいところ…。

 

イタリア映画祭2025

わりと行ってるイタリア映画祭、2025年はほぼコンプするくらい観られたので記録。

「イタリア映画祭2025」 現在7作品鑑賞。 『戦場』 『ピンクのパンツを履いた少年』 『シシリアン・レターズ』 『隣り合わせの人生』 『ロミオはジュリエット』 『はじめての大切なもの』 『にもかかわらず』 どれも見応えあるけど、今のところベストは『隣り合わせの人生』かな(オチはあまり好みじゃないが)。画面の緊張感と強度が圧倒的でシンプルにカッコいい映画。 特別上映のパオロ・ヴィルズィ監督の『はじめての大切なもの』もさすがに良い。同監督の『乾いたローマ』年間ベストに入れたので観れて良かったな

ぬまがさワタリ@『いきものニュース図解』ほか3/19同時発売 (@numagasa.bsky.social) 2025-05-04T11:23:25.058Z

bsky.app

どれも面白かったけど、特に良かったのは次の3点かな。

 

『動物誌、植物誌、鉱物誌』

今年の個人的メインディッシュだったが(こんなタイトルの映画をスルーできようか)期待以上に素晴らしかった。206分の長尺にもかかわらず、もっとずっと浸っていたかったほど。
動物、植物、鉱物の3部構成の博物学的ドキュメンタリーだが、対象が部ごとに「動」から「静」へ移り変わるにつれて、語り口もどんどん寡黙になっていく。と同時に、映像が物語るスケールは、より壮大になっていく。

動物、植物、鉱物がそれぞれ持つ「映像」との関わりに思考を促す、(人類/映画への)自己批評を経て、観た後に周囲が違って見える。今後、世界を見る上での指針にしたい作品だった。

 

『隣り合わせの人生』

芸術の街ヴィチェンツァの裕福な家庭に、顔に大きなアザをもった女の子が生まれる。母親の苦悩とは裏腹に、娘は健やかに成長し、ピアニストとしての才能を開花させていくのだが…。

周囲と異なるマイノリティである少女の成長譚から、かえって家族や親子関係や社会の歪みが浮き彫りになるという、ある意味では王道的な物語を、バキッと決まった画面作り(ヴィチェンツァの美観も巧みに織り込みつつ)やサスペンスフルな脚本、的確な演出によって見事に構築。

今回の映画祭でも(現在観た限りでは)頭ひとつ抜けた強度のある作品だったと思う。

 

『狂おしいマインド』

さすがの面白さと人間関係エンタメとしての完成度の高さ。観客アンケートとったら今年のベストではないでしょうか。

パオロ・ジェノヴェーゼ監督の最新作で、一言で言っちゃえば「おとなのインサイド・ヘッド」。とある男女が(はたから見ればただのおうちデートだが)奇妙な一夜を過ごすのだが、各々の脳内で起こっている葛藤やショックを、実写版インサイド・ヘッドの感情たちみたいな面々(みんな別の人が演じていて面白い)のリアクションで表現する。

脳内メン&ウーメンたちのツッコミやドタバタ劇に場内爆笑だったし、これは間違いなく日本でも一般公開すると思うので(いやわからんけど!)、お楽しみに〜。

 

もう5万字超えているようなので、いいかげんやめましょう。ここまで読んだ人はもう少数だと思うが、お疲れ様でした。今後はこういう死ぬほど長い記事は極力控えたいと思います(ほんとうです)。来年も沢山の良い映画に出会えますように。

 

終わり!といいつつ、本当はオススメしたかったが、どのセクションにも絶妙に属さなかった良作の感想を、<絶妙に分類不可能だった良き映画たち>という括りで、有料部分に一応(ほぼ自分用に)まとめておこうと思うので、奇特な方は投げ銭感覚でどうぞ。

 

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『春はまた巡る デイヴィッド・ホックニー 芸術と人生とこれからを語る』感想

『春はまた巡る デイヴィッド・ホックニー 芸術と人生とこれからを語る』読み終えて、とてもよかったのでかんたんに感想まとめ。

www.seigensha.com

 

本書より、ホックニーの言葉

「私は描かずにはいられないのです。絵を描きたいとずっと思ってきました。小さいときからずっと、絵を描きたいと思っていました。それが、絵を描くのが私の仕事なんだと思いますし、60年以上もそれを続けてきました。まだそうしていますし、今でもまだおもしろいと思っています。世界は、ちゃんと見ればとても、とても美しいのに、ほとんどの人は、あまり真剣に見ようとはしないのです。そうじゃありませんか?でも、私は真剣に見ています」

 

こういう、万人に伝わりやすく明快で、しかし力強くハードコアでもある、ホックニーの言葉や考え方がたくさん載っていて、同じ絵を描くものとして…と言ってしまうと身の程知らずではあるが、とはいえまぁ物理的には(?)同じ絵を描くものとして、得るものが大きい本だった。

 

ホックニー、誰?って人にざっくり紹介すると(まぁ私もそこまで詳しくないが)、 1937年にイングランドで生まれた画家で、60年くらい活動しており、一番有名な現代美術家のひとりと言っていいんじゃないかと。

www.mot-art-museum.jp

2023年に東京都現代美術館で展覧会が開催されて大盛況になったりした。うっかり休日に行って(ギリギリに滑り込んだせい)超並ばされたけど、絵はほんと素敵だったな。

特にiPadで描いた巨大風景画シリーズが色んな意味で強烈で、適当なペイントソフトのデフォ設定(多分)ならではのデジタル的な粗さを全然隠さないのに豊かな生命力があって、私も今iPadで描いてるので、デジタル絵描きとしてもなんか色々言い訳つぶされるな〜とコワイようなやる気出るような気持ちになった。

私とホックニーの共通点、iPadで描いていること(以上)

ホックニー展で見たiPad絵画はこんな感じ

iPadによるデジタル作画であり、デジタルっぽさを誤魔化そうとも全くしていない(少し近寄ればデジタルで描いたな!ってすぐわかる感じ)が、制作姿勢の根本にはあくまで伝統的な、モネの時代と直結した絵画の精神が流れているっていう面白さ。それにより、(画材ではなく)その精神だけを抽出して人工的に再構成したみたいな、不思議な異物感と調和をもたらす。印象派の成し遂げた達成は作画デバイスの違いのような些細な変化で死ぬものではない、ということの力強い証明でもあるし。
開催が東京都現代美術館だったので、字義通りといっては変だが、まさに現代美術だったな

ホックニー展のある絵とか、ぱっと見は普通に印象派っぽい風景画なんだけど、ちょっと寄って植物をよく見たりすると「あっ、デジタル作画だ…」とすぐわかるようなタッチ。絵筆っぽいブラシとかすら使ってない、たぶんデフォルトのペン。「なんだ、よくみると雑じゃん」「素人みたい」と思う人もいるかも。

でも印象派が成し遂げたことって要するにこれなんだよね! 私たちが見ている世界を、ある意味デジタルに分解して捉え直して再構築したことで、絵における、というか視覚における「リアル」の法則を永久に書き換えてしまった。ホックニー、それを今度は文字通りデジタルでやってるっていう凄み。

 

『春はまた巡る』で、ホックニーがiPad作画についても語っていて興味深い。

"絵画の場合、私だったら2、3日かかるかもしれないが、iPadなら、だいたい一気に描き上げられる(もっとも、次の日にちょっと手直しすることはあるよ)。4日ほと前には、すぐそこにある小さな花壇のひとつを描いた。よく、自分で期限を決めるんだ。iPadで描いているから「1日でやってしまおう」、などとね。"

ホックニー(御年88歳)、60年に及ぶキャリアであらゆる画材を使ったあげく、iPadを駆使して絵を描きまくってるという事実だけでもスゴイんだが、私たちのようなデジタルお絵描きネイティブ世代(なんとなくアナログのアーティストに距離と引け目を感じている)も彼の作品や言葉から学ぶべきことは多いと思った。

キャンバスと絵筆をどこへでも持ち運べて、どれだけ描いても場所を取らず、トライアル&エラーもし放題、という意味では、今これ以上なく「絵を描くこと」のハードルが下がりまくってるわけで、ある意味こんなに恵まれた時代もないのだが、その真価を本当に私たちの世代は、80代のホックニーよりまともに受け止められているのだろうかっていう。

技術の発展は基本的に喜ぶべきことかもだけど、流れが急速すぎるせいで、絵をろくに描いたことのない人が、もう自分で描く必要なんてない、これからはAIだ!みたいに一足跳びでなっちゃうとしたら、もったいない話だよね。できあがったもの自体に真価があるわけじゃないんだけどね、ほんとは。

 

じゃあその真価はなんなのか、っていうところも、ホックニーが『春はまた巡る』で言葉を尽くしてくれている。

"姪が大きな月の写真を撮りたいと言っていたが、私は言ったんだ。
「いやいや、月は描かないとだめだよ、日の出と同じだ。写真は撮れない、だってあれが光源なんだから」とね。日の出も写真に撮ることはできない。カメラで写すには途中で光が強くなりすぎるし、撮りだければ色付きガラスを通して撮るしかない。だから描かなければならないんだ、私が雨を描いたようにね。"

実際ホックニーは雨も大好きで、雨粒が水面に当たって水飛沫と波紋を生む様をよく観察し、その「衝撃と波による自然のシステム」を(ipadで)描いた。

絵を描くことの真価を一言でいえば、世界の姿形やシステム、その美しさを味わい、本当の意味で理解するというプロセスにあるんじゃないかと。だからまぁ、美しい完成物だけパッと魔法で出せたとしても、それって芸術とは関係ないよね、ってことになる。 月や雨のような自然現象の本質が、写真で「正確」に撮ってもどうにもならなくて、「絵でしか捉えられない」というホックニーの視点は面白いし、納得感もある。

 

『春はまた巡る』で、ホックニーはブリューゲルの魅力を語っている。

「ブリューゲルの絵画の空間はほかの誰よりも優れている。たとえば、《聖パウロの回心》には驚くばかりだ。あの作品を見ていると、自分がアルプスのずっと下から登って頂上に向かっているような気分になる。私も同じようなことをしている気になった。ブリューゲルは、アルプスを越える旅の途中のすべての山をスケッチしたに違いない。」

その流れで、ホックニーが好きだという別のブリューゲルの絵『雪中の東方三博士の礼拝』(1563)も語っていて、いい絵だなあと思った。雪景色が得意だったブリューゲルの中でも最初期に位置する作品のようだが、雪への解像度の高さを感じるし、ホックニーが自然現象について語っていた、「絵でしか捉えられないもの」を見事に見出していると思った。

iPadで描いてる私たちが、500年前の絵から得るものもたくさんあるってのは素敵なことだね。

『春はまた巡る』読んで、私も早くルーブル美術館の徒歩10分圏内に住み、巨大な美術館を迷宮探索のごとくさまよい、フランス素猫の展覧会のいい感じの窓と幾何学式庭園に啓示(エピファニー)を受けて「こいつはすてきだ、すてきだぞ!」と思いながら《フランス風コントルジュールーー逆光ダン・ル・スティル・フランセーズ》描いちゃったよ〜みたいな感じの人生を送りたいと思った。

まずは天才芸術家になる必要があるが、なんとかなるだろう。

みんなも『春はまた巡る』読んで天才芸術家になり、最高の人生を送ろう(雑なオススメ)

『春はまた巡る』が良かったので同じ座組(ホックニー/ゲイフォード)の『絵画の歴史 洞窟壁画からiPadまで』も買ってしもうたわ。

普通こういうのは紙で読みたい気もするが、これはまぁ、そんないうなら(?)、iPadで読むか…と電子で買うのだった。読みますね(ただ今ゴンブリッチの名著『美術の物語』再読中なので、それ終わったらね)

 

2026年の抱負は「デイヴィッド・ホックニー」とし(個人名を抱負に…?)、とにかくSNSをやめるなり減らし、自然や世界や歴史と向き合い、絵など遊(すさ)びたまふ、みたいな暮らしを送りたいので、よろホックニー

(言うだけ言っておこう 抱負は口にしないと かなわないから…)

 

ホックニーへの道も一歩からということで、ホックニーに触発されてさっきiPadで描いた絵でもみてって↓ (シチリア行った時の写真を参考にして描いた)

タイトルは…「遠くからの友達」🐻

三菱一号美術館「アール・デコとモード」感想

三菱一号美術館「アール・デコとモード」に行った。

mimt.jp普段は足が遠のき気味な服飾系の展示だが、美術同様(なんならもっとビビッドに)時代の移り変わりを映し出すのが服であり、好奇心を刺激された。
第一次世界大戦が終わり、1920年代のフランスで開花した都市の消費文化が築いた装飾様式、人呼んで「アール・デコ」。世の中の変化によって生まれた女性の新たなライフスタイルが「モード」を変えていくのだった。コルセットを廃したポワレの円筒形ドレス(1911)は端緒のひとつ。

アール・デコという装飾様式は、1925年にパリで開催された「アール・デコ博覧会」の名前が由来。ちょうど100周年を機に開かれた展示だと思うが、服飾という超絶うつろいまくりであろう業界で、100年後も一般人が名前くらいは知っている(そして形を変えつつもいまだに現役でもある)スタイルを生み出せるというのは凄いことだ。解説に「今日のモードの礎となっている」とあるので、印象派やキュビズムくらい凄いのだろう。
女性が格段に活動的になった、という社会変革は服にモロに現れ、シルエットは簡潔になり、小物や道具の携帯化も進んだ。ドレスも時間/場所/目的などで細分化されたのが特徴。

キャロ姉妹のイヴニング・ドレス(1922)↓

アール・デコ展、時代の直前を映す鏡としてトゥールーズ=ロートレックの絵画もあった。

ロートレックが共感とともに描いた、パリの娼館で働く女性たち。「コルセットの女一束の間の征服」(1896)では娼婦がコルセットの紐を扱う。「現実的な肉体を整形する、コルセットの矯正下着としての機能が見て取れる」と解説。

コルセットからの解放がアール・デコの起爆剤となったと考えると、アートであると同時に身につける実用品でもある服が、現実を映しとる美術よりも社会の変化を鋭く反映し、強く文化を先導する、というのはむしろ自然にも思えてくる。

そしてアール・デコ展の動物好き的な収穫、フランソワ・ポンポン(なんてかわいい名前だ)の動物彫刻。

アール・デコの時代を生きた彫刻家、フランソワ・ポンポン。
かつてロダンにも師事していたが、彫刻家サン=マルソーの助手となってノルマンディーの田舎で過ごすうち、動物モチーフの彫刻をたくさん作るようになる。
1922年、実物大の彫刻《シロクマ》をサロンで発表すると、大きな注目を集め、革新的な動物彫刻家として称賛された(当時67歳)。1933年に没するまでに約170種の動物彫刻を作ったという。

シロクマの翌年《バン》も発表。すらりとした流線型の体に、不釣り合いなまでの大きな足…という不思議なバランスが、彫刻家にとってグッとくる造形というのは、なんかわかる気がする。いいよね、バン(オオバンもつくってほしかった)

 

群馬県立館林美術館
「フランソワ・ポンポンについて」

gmat.pref.gunma.jp

「ポンポンは野外で逆光に照らされた動物の輪郭線の美しさを見出し、古代エジプトの平面的で単純化された浮彫彫刻にも影響を受けて、簡潔で流麗なシルエットによる動物彫刻を生み出しました。」

簡潔さとシルエットの重視という点で、ポンポンの動物彫刻はアール・デコの服飾と相通じる特徴をもつ。
動物の形に美を見出したポンポンの作品が、アール・デコの世界観を形作る重要ピースになったと考えると、(美術と動物が切り離せないように)服飾の歴史と動物もまた切り離せないのかもしれない。

 

余談だが、三菱一号美術館、アール・デコと一緒にフェリックス・ヴァロットン(1865-1925)の木版画展もやってて、めちゃよかった。

「愛書家」(1911)

画面の上半分の黒の使い方がすごく大胆で惹かれる。全部そうだがこの絵は特に。三角のライトとか色としては単に真っ黒に塗りつぶされてるだけなんだけどしっかり三角が目に浮かぶので凄い。本棚が上にいくに従って本の線が少なくなっていくのも洒脱。

 

「暗殺」(1893)

場面で起きていることはショッキングなのに木版画ならではの淡々とした静けさに満ちていて、それがかえって音のない舞台のように不気味なドラマチックさを生んでいる。

<アンティミテ>という室内シリーズ。見逃さないでね

破滅に抗う科学の光。2025年「科学グッドニュース」BEST10

一年が終わりつつあるように、人類もまた終わりつつあるのだろうか?(挨拶)

こんな歳暮の挨拶を親戚に送るのは多分やめたほうがいいが、私たちを取り巻く世の中のニュースを眺めるだけで、まさにこんな気分になってくる人も多いだろう。それも無理はない。毎日バッドニュースばかりだ。戦争難民の苦境子供の貧困差別物価高災害地球温暖化もなくならないし、よくならない。さらに日本もアメリカも、どこを見回しても、いちばん愚かであってはいけないはずの人々が、びっくりするほど愚かしい。そうした人が日々ばらまく非科学的だったり非合理的だったり非倫理的だったりするたわごと(気候変動は嘘だとか、ワクチンは間違いだとか、そうだ核兵器を保有しようとか)の激流が目や耳に入るだけでも気が滅入ってくる。

やはり人類は破滅へと向かっているのかもしれないし、もしかしたら、滅ぶべきなのかもしれない。そして人間のいない地球で、アリや、カラスや、クマが主導権を握るべきなのかもしれない(きっと立派にやっていくだろう)。

…ただまぁ、ちょっと待ってほしい。年末くらいは、人類を擁護させてもらえないだろうか。破滅ニュースにかき消されて目立たないが、曲がりなりにも、少しずつでも、たしかに一歩ずつ「人類は進歩している」と実感できるニュースも、じつは沢山あったのだ。そうしたニュースは、決してTVや新聞のトップを飾ったりはしないし、デカ文字サムネのYouTube動画になって50万再生されたりもしない。目を惹くショッキングさに欠けるし、いまいち金の匂いがしないからだ。それでも、人類の今後に希望を抱き直せるかもしれない「グッドニュース」は、アテンションエコノミーの暴風域の片隅で、静かに報じられている。

「進歩」の定義は様々だが、今回は広い意味での「科学(サイエンス)」に的を絞り、2025年の「科学グッドニュースBEST10」として紹介してみたいと思う。あくまで私の独断と偏見で選んだチョイスなのでジャンル的にも偏っているとは思うが、ご容赦いただきたい。あと派生する他のニュースも紹介するので実際には「10」より明らかに多いが、文句は言わないでほしい。グッドニュースは、なんぼあってもいいのだから。

 

 

【医療編】

「世界で初めて、難病ハンチントン病の治療に成功」

www.bbc.com

晴れた日に「良い天気ですね」と言えば「雨は悪いというのか!?」と怒鳴られかねない、殺伐とした分断の世の中と言われる昨今だが、あらゆる立場や思想信条を超えて、全人類が「それは良いことだね」と同意できることもある。それは、脳を破壊する病気が治ることだ。「病気が脳を破壊したら、いけないというのか!?」と怒鳴る人がいるだろうか。いない。いないと思いたい。

というわけで2025年科学グッドニュースのトップバッターを飾るのは、「最も残酷な難病の一つ」といわれる最強最悪の難病「ハンチントン病」の治療に成功したことだ。

ハンチントン病とは、主に30〜40代で発病して、脳細胞を死滅させる恐るべき難病である。両親のいずれかがハンチントン病を患っている場合、50%の確率で発症するという遺伝性の病気だ。認知症やパーキンソン病など、様々な難病を組み合わせたような難病であり、患者の家族への心理的な負担も重大なこともあり、「最も残酷な難病の一つ」と恐れられてきた。そんなハンチントン病の治療に、イギリスの医療チームが世界で初めて成功したのだ。

新たな治療法は一種の遺伝子治療で、長時間の脳外科手術によって行われるという。 その結果、患者の病気の進行をなんと75%も遅らせることができた。「通常は1年で予想される進行が、治療後には4年に延びた。これは、患者に数十年にわたる『良質な生活』をもたらす」と教授は語る。

ハンチントン病の遺伝子をもつジャックさんも、未来が「少し明るく見えるようになった。自分の人生がもっと長くなるかもしれないと考えられるようになった」と語っているそうだ。

一方で、ハンチントン病の患者は欧米だけで約7万5000人いるそうで、現時点では治療費もとても高額(5おくえん!)なので、全ての人が利用できるわけではないことには留意が必要だ。それでも遺伝子治療は長期的な効果を発揮するので、たとえ高額であっても、人類全体の健康という観点では、ある意味(俗な言い方で恐縮だが)「コスパ」が良いとさえ言える。

この遺伝子治療はあくまで「始まり」にすぎず、「より多くの人々に届く治療法への道を開く」と専門家も語る。遺伝子の変異がもたらす残酷な恐怖を、医療の進歩が打ち破るドラマが、決して打ち切られることなく、ずっと末長く続くことを願おう。

 

「オーダーメイド遺伝子編集で乳児の希少疾患を治療」

media.dglab.com

あらゆる立場や信条を超えて、全人類が「それは良いことだね」と同意できることが、もうひとつある。赤ちゃんを死なせる病気を治すことだ。「病気で死ぬ赤ちゃんも、悪いのでは?」などとクソリプ失礼する人がいるだろうか?いない。いないと信じたい。

クリスパー(CRISPR)という言葉は、近年よくニュースに登場するので聞いたことがある人も多いかもしれない。正確には「クリスパー・キャス9(CRISPR-Cas9)」という技術で、2020年にノーベル化学賞を受賞し、今世紀で最も革新的な科学技術と評する声もあり、関連書籍もたくさん出ている。

「人間の遺伝子を編集する」という字面から受けるであろう、確かにスゴそうだが議論も呼びそうだなあというイメージ通り、実際に様々な議論が交わされたりもしているのだが、そのへんは本など読んでもらうとして、CRISPRがすでに医療の現場でも活用され、実際に人命を救っていることは誰にも否定できない。

2025年にCRISPRは、さらなる驚きの成果をあげた。「オーダーメイドの遺伝子編集技術」によって、生後9か月半の男児KJ・マルドゥーンちゃんの稀な遺伝性疾患を治療したのだ。
その疾患とは「カルバミルリン酸合成酵素(CPS1)欠損症」で、「体内の代謝によって生じる有毒な老廃物を排出できなくなる」という深刻な症状をもたらす。「CPS1欠損症」でググっても「死 or 肝移植」みたいな二択しか出てこない…と母親が嘆いていたことからも、稀有な難病っぷりが窺える。

だがCRISPR-Cas9によって、KJちゃんのため「だけ」に作られた薬剤に、家族はトライすることになる。「数十億あるDNA塩基の中で誤っている箇所を修復するよう設計された」薬剤は、肝臓に到達すると「分子のはさみ」で変異した遺伝子をチョキチョキ編集するという。スゴイ。
「治療後、KJちゃんはそれまで禁じられていたタンパク質を多く含む食事がとれるようになり、薬の量も減っている」そうだ。今後も長期的な経過観察が必要とはいえ、個別の患者の遺伝子変異にあわせて薬を「設計」するという脅威の技術がすでに実用化されているのだから、まったくもってスゴイ時代だ。もっと私たち門外漢の一般大衆もぶったまげるべきではないのか?メディアも芸能人の結婚だの離婚だの繁殖だのを報じている場合だろうか。もっとみんな(たとえよくわからなかったとしても)分子のはさみについて話すべきだ。驚異のグッドニュースは、世間の片隅で、さらっと報じられる。見逃してはいけない。

 

他にもいくつか、「科学グッドニュース」医療編を並べておこう。はっきり言って医療分野は私だって門外漢なのでその凄さの真髄をちゃんと理解できてるわけではないが、とりあえず凄さの片鱗は伝わる。

 

「幹細胞移植を受けてHIVから治癒した患者が、7人になる」

www.itmedia.co.jp

HIV(ヒト免疫不全ウイルス)は一度感染すると、体内から完全に排除することが極めて難しく、これまで世界で治癒が確認されたのはわずか6人だけだった。世紀の難病をたくましく生き抜いたマグニフィセント・シックスとでも呼んでおこう。

だが、幹細胞移植を受けたドイツ人のHIV患者に6年間症状が現れず、「幹細胞移植を受けてHIVから実質的に治癒した7人目の患者」となった。これでめでたく、真に(?)マグニフィセント・セブンとなったわけだ。

体内の免疫細胞を攻撃し、免疫防御を著しく弱め、他の感染症にかかりやすくするという、複雑で厄介なHIVを長期にわたって治癒するための新たな道筋が研究で示された。"HIVが付着する「鍵穴」を本質的に破壊し、ウイルスの侵入そのものを阻止する"という仕組みらしい。

上の記事には「この発見の意義は大きい。CCR5を完全に欠損させるホモ接合型の変異を持つ人は世界でも非常に少なく、適合するドナーを見つけることは困難を極める。しかしヘテロ接合型でも治癒が可能であるなら、ドナーの候補は広がることになる。」とある。HIV研究の好循環が、この祝うべき「七人目」から加速するかもしれない。まずは一刻も早く、マグニフィセント・セブンハンドレッドくらいに増えてほしいものだ。

 

「マラリア対策の進歩、そして課題」

www.gavi.org

「世界一危険な動物(人間を殺している数から判断)」ともいわれる蚊が媒介するマラリアだが、対策は着実に進歩している。薬剤処理された蚊帳やワクチンなどの予防処置が大勢の命を救ったという。

2024年には推定1億7000万人のマラリア症例と100万人の死亡を予防し、2020年以降は世界中で1400万人の命を救うのに貢献したとされる。マラリアを撲滅した国と地域の数は47に増加したそうだ。

一方で、依然として課題は大きい。薬剤耐性や気候変動による蚊の大発生などが大きな脅威として浮上しており、昨年のマラリア死者数は60万人を超える。しかし逆に言えば、科学の力でさらに大勢救える余地があるということだ。マラリアのない世界を目指し、蚊の「世界一危険な動物」という汚名をそそぎ、単に鬱陶しくて少しかゆいだけの虫になってもらおうではないか…。

 

「がん細胞を自滅させる薬で「大きな前進」、鍵となるFSP1を阻害」

natgeo.nikkeibp.co.jp

がん細胞を自滅させるように操作できるタンパク質に注目することで、がんの広がりを遅らせられるかもしれない。

「FSP1」というタンパク質を無効化し、自己破壊プロセス「フェロトーシス」をがん細胞で誘発すれば、がんの急速な増加を阻止できる可能性がある。現時点ではマウスの実験段階だが、希望の持てる2つの成果が同時に示された。

既存の治療法(GPX4阻害剤)よりはるかに安全な可能性もあるという。

「病の皇帝」とも呼ばれたがんを、人類が打ち倒す日も遠くない、と信じたいものだ。

 

 

【いきもの編】

さて、私の(比較的)得意分野だ。しかし今年2025年は、人間のすみかにやってきたクマが世間を騒がせるなど、ややネガティブな「いきものニュース」も多かった。たしかに被害にあった人は気の毒だし、動物学の知見を駆使した対策が求められる一方で、「クマなんて絶滅させればいい」「動物保護なんてお花畑」などと、動物や生態系の重要性を理解しているのか問い詰めたくなる極端な言葉も飛び交う始末だった。そんな時勢だからこそ、動物にまつわるグッドニュースも紹介しておきたい。

 

個人的な2025年グッドニュースといえば、やはり大好きな国立科学博物館の「鳥展」で図解イラスト担当を務めることができたということだったので…(拍手をどうも)

numagasablog.com

numagasablog.com

自己アピールはこのへんにして、まずは「鳥」に関するグッドニュースから紹介していこう。

 

「世界で最も希少なオウムの新たな夜明け ― カカポの"豊作"シーズン到来」

waateanews.com

カカポ大好き!

かわいくて面白いオウムの仲間だが、一歩間違えれば絶滅寸前の鳥として知られる、ニュージーランドの希少な鳥「カカポ」。

図解も描いたよ↓

↓今年発売した、こちらの新刊に収録されているぞ(突然の宣伝で恐縮だが…)。デビュー作『図解なんかへんないきもの』のリメイク増補版とはいえ、それなりに頑張って作業したので、みんな読んでよね

カカポがどれくらいの絶滅寸前っぷりかといえば、1995年には、カカポの数はわずか51頭にまで減少し、そのうちメスはわずか20頭という有様だった。これはもう種としては存続不可能ではないかと野鳥ファンでさえ頭をよぎってしまうが、科学者や保護活動家たちは決して諦めなかった。

その努力が今まさに、功を奏しつつあるようだ。カカポの保護に取り組んでいる科学者たちは、2025年が史上最高の繁殖期にして「歴史的な転換点」となる可能性があると語っている。

今年の「成功」は、カカポの主食であるリムの実が豊作だったことが大きいようで、繁殖年齢のカカポ(メス)の数は84羽となり、30年前から劇的に増加した。

依然としてカカポは極めて脆弱な種なので油断は禁物だが、予測されている今年の繁殖が成功すれば、個体数の急増に向けて好循環が生まれるかもしれない。

「かつて"集中治療室"にいたカカポという種が、今やより自由に暮らし、より広い地域に広がり、本来の生息域のより広い範囲を取り戻す未来へと向かっているのかもしれない」と専門家は語る。愛らしいカカポが、ドードーのような絶滅動物のシンボルとしてではなく、野生動物の再生の可能性のシンボルとして記憶されることを祈ろう。

 

他にもいくつか類似のグッドニュースを紹介したい。

 

「絶滅の縁から復活、つぶらな瞳のチチュウカイモンクアザラシ」

www.cnn.co.jp

かつて地中海や黒海などに広く生息したが、20世紀に個体数が激減して絶滅寸前だったチチュウカイモンクアザラシ。しかし保護活動の甲斐あって個体数が最大1000頭に回復した。「生息地の劣化、汚染、疾病、深刻化する気候変動の影響」などで、いまだ危機的な状態にあるとは言え、「近絶滅種」→「絶滅危惧種」→「危急種」に格下げされたことを祝いたい。喜ぶべき「格下げ」もあるのです。

 

"イエローストーンの草原に絶滅寸前だったバイソン(バッファロー)を復活させたことで、生態系が「再び目覚めた」"というニュースもある。

www.smithsonianmag.com

バイソンはかつて数千万頭もいたが、乱獲で絶滅寸前に追い込まれた。保護活動によって現在5000頭がイエローストーンに生息している。
群れが広大な土地を移動することで、土壌中の微生物の量が増加し、栄養価を最大150%向上させると明らかになった。バイソンを自由に放牧させることは当初議論も呼んだが、大型動物が豊かな生態系に果たす役割が、科学によって示された。

 

"サハラ砂漠に希望をもたらす「絶滅」したアンテロープ"という、近い話題のニュースも。

www.bbc.com

飼育下繁殖によって絶滅から復活したアンテロープ(シロオリックス)が、干魃に襲われるサハラ砂漠を緑化し、過去1世紀で10%も進んだ砂漠拡大を遅らせることを期待されている。

オリックスが食べて排泄した種子は、発芽する確率が250倍も高くなるという。もちろんチーターのような肉食動物の貴重な栄養源にもなるので、生態系の回復力を高めるのだ。

動物保護は、動物(だけ)のためならず。「クマを保護するなんてお花畑」とか「クマを絶滅させろ」とか軽率に言い出す人々は、人類という動物もまたガッツリ組み込まれている生態系について単純な見方をしすぎである。何もかも、複雑で繊細なバランスで成り立っているのだ。

 

「サラマンダーの四肢再生、『どこで何を再生するか』の鍵を解明」

natgeo.nikkeibp.co.jp

先述した「医療」とも関わってくる「いきもの」系グッドニュースとして、これを選びたい。ウーパールーパーこと「メキシコサラマンダー」の驚異的な再生能力の、詳しいメカニズムが解き明かされた。

その能力については、『ゆかいないきもの㊙️図鑑』で図解したこともあるが…↓

記事によると、「特定の酵素がレチノイン酸の量を調整し、部位の再生を正確に促している」と研究で判明。レチノイン酸とは、人間の体内にも存在するビタミンAの代謝物で、スキンケアクリームにも豊富に含まれる物質らしい。意外と身近な物質のようだ。

人間など哺乳類は進化の過程で、切断された四肢を再生する能力を失った。「たしかにサラマンダーは再生できるのかもだけど、人間にはムリじゃね?」と思ってしまうところだが、研究者たちは最新科学によって、人間にも応用できる可能性を信じるようになったそうだ。

「今や、私たちは設計図を手に入れました。四肢を成長させる遺伝子も特定しています」

「数十年後には、傷口に貼るパッチが、通常は傷跡をつくる細胞の働きを書き換え、適切な再生プログラムを起動させるようになるかもしれないと考えています」と研究者は語っている。サイバーパンクな響きの治療法だが、実現に期待したい。また、こうした研究が可能なのも、メキシコサラマンダーというユニークな種が存続してこそ。生物多様性の確保が人間にとっても大切である、もうひとつの理由だ。

 

「酔っ払いアライグマ、動物保護施設に25万ドル以上を集める」

毎年、奇跡のように面白い動物画像がネットを騒がせるが、今年を代表するチャンピオンはなんといっても…これだろう。

www.bbc.com

各所でバズっていたのであらましは知っているかもだが、一応経緯を説明すると、アメリカのバージニア州の酒屋に侵入し、店の酒を飲みまくって、酔っ払ってトイレでぶっ倒れているアライグマが発見された。アライグマは数時間眠ったのち泥酔から回復し、野生に帰っていったという。あまりの生活態度の悪さと、酔い潰れてトイレでぶっ倒れるという変な人間臭さに、「酔っ払いアライグマ」は今年最もバイラルな動物写真の一枚となった。

いや、面白どうぶつ写真がネットを賑わせただけじゃ、グッドニュースとは言えないんじゃね?と思うだろうが、ちょっと待ってほしい。話はこれで終わりではなく、アライグマが酔い潰れた店がある地域の動物保護施設に、なんと25万ドル以上の寄付金が集まったそうだ。

www.theguardian.com

酔っ払いアライグマのお世話をして野生に返した現地の動物保護施設は、活動資金集めのために「善は急げ」とばかり、急遽アライグマグッズをチャリティー販売したのだが、これが爆売れした。日本円にして4000万円以上がすぐに集まったというからめでたいことだ。

 

ウェブサイトに掲載された、保護施設からのメッセージ↓

「このアライグマは私たち全員に本当に必要な笑いをもたらしてくれましたが、私たちの職員は毎年、野生動物、迷い動物、そして専門的な訓練と装備を必要とする緊急事態に関する何百もの通報に対応しています」

「皆様のご支援のおかげで、私たちはハノーバー郡の動物と住民の両方に、思いやりと専門性を兼ね備えたサービスを提供し続けることができます。」

アライグマの酔い覚ましのような、かつてないタイプの仕事に陰ながら精を出す動物保護施設の活動に光が当たったという意味でも、意義のある事件だったかもしれない。

ちなみに酔っ払いアライグマグッズ、販売はこちら↓ 

www.bonfire.com

私も勢いでパーカーとマグカップを買ってしまった(円安と配送料が少々痛いが、動物のためなら…ヨシ!)。ちなみに文字はアライグマの俗称であるTRASH PANDA=ごみパンダならぬ、TRASHED PANDA=酔っ払いパンダというもじり。そんな完璧な…。

アライグマ騒動でもつくづく実感するのは、やはり「現実の動物を撮った写真/映像」は極めて強い力を持つんだな、ということだ。生成AIの技術がどんどん上がっているせいで、ネットを少し眺めていても、私でさえ本物の動物の映像か?と見間違えてしまうことが増えていて恐ろしい。そんな中、あまりにだらしない姿とはいえ、本物だからこそ面白い泥酔アライグマの写真がこれほど大きな注目を集め、寄付やグッズ販売という形で動物保護にも良い影響を与えたというニュースは、一筋の光ではないだろうか。フェイクではないリアルを探求する、動物ジャーナリズムの重要性も示している事件だと思うので、ぜひ応援しよう。

 

ところでアライグマといえば、ちょうど同じタイミングで興味深いニュースも出た。

www.cnn.co.jp

アライグマが「鼻を短く進化させている」可能性があり、これはオオカミ→イヌの家畜化と似た過程の初期段階なのでは、と考える専門家がいる。
"短い鼻先や小さな歯、垂れ耳、巻き尾、白い毛の斑点などの特徴は「家畜化症候群」として知られている"という。
酔っ払いアライグマが示してくれたように、人間とアライグマの距離は次第に近づきつつあるので、家畜化の説もそれほど突飛なものに聞こえなくなる。「ごみパンダ」というなかなかひどい異名もあるアライグマだが、「ごみ」が家畜化のきっかけになるという点では、オオカミ→イヌの家畜化の起源説のひとつをたしかに連想する。数千年後にはより愛くるしい(と人間が感じる)カワイグマが誕生する…かもしれない。

 

【地球環境(とちょっぴり宇宙)編】

2025年「科学グッドニュース」BEST10、ここから後半戦だ。医療編、いきもの編ときて、後半は主に地球全体、というか地球の環境問題(とちょっぴり宇宙)にまつわる科学グッドニュースを紹介したい。最後のひとつを長々と語る予定なので、他はなるべくさらっとすませる。

 

「パリの大気汚染、過去20年間で半減」

www.rfi.fr

「花の都」と称えられるパリ(およびイル・ド・フランス地域)は、あまり美しくない悩みを抱えていた。大気汚染だ。家庭暖房や道路交通などによる汚染物質がパリの空気を長らく汚していたそうだが、2005年〜24年の約20年の間に、有害な大気汚染物質の濃度が「半減」したというグッドニュースだ。排出規制や交通インフラ(EVの普及や自転車の活用)の増強が身を結んだようだ。

同じく大気汚染が悩みの種だった中国の北京も、今は空気の状態が劇的に改善している。

globe.asahi.com

"中国政府は2010年代から環境対策に本腰を入れ、主な汚染源である工場を郊外に移した。自動車は段階的に排ガス規制を厳しくし、電動化も奨励。暖房用の石炭ボイラーや石炭火力発電も更新が進んだ。"

中国ならではの国主導の力技とも言えて、色々な意味で諸外国には真似しづらそうだが、とはいえ東西(アジア/ヨーロッパ)を問わず都市部の空気が清浄化しているのは素直に歓迎できるだろう。私たち一般民衆の生活は、きれいな空気に値する。諦めずにつくろう、さわやかな街(物理)

 

「"腹ペコな"海洋菌類がプラスチックを"食べる"」

人間に消費されて半永久的に海に残り続け、生態系に害を及ぼし続ける「海洋プラスチック」の問題は、いきもの好きとしても見逃せない。

過去にWWFさんとのコラボ企画でこの問題について図解したこともあるので、ご一読してほしい。

だが、そんな深刻なプラスチック問題に対処するための、意外な味方が現れたかもしれない。菌類だ。「海洋菌類がプラスチック汚染物質を食べ、海や海岸の浄化に貢献する可能性がある」という。

www.discovermagazine.com

海洋菌類はマニアックな存在で、科学的に知られているのはわずか1%未満だという。「菌類は他の生物が消化できないもの(木やキチンなど)を食べる超能力を持っているので、私たちは収集した菌類のプラスチック消化能力をテストしました」と研究チームは語る。その結果…

「海から採取した菌類の60%以上が、プラスチックを食べて菌類に変化させる能力を持っていることに驚きました」
「菌類がいかに素早く適応できるかにも感銘を受けました。わずか3ヶ月という比較的短い期間で、一部の菌類が摂食速度を15%も増加させたのを見て、非常に興奮しました。」と研究者たちは驚きと興奮をあらわにした。

そもそもプラスチックが海に流れないように人類が全力で取り組むべきなのは大前提だが、菌類がもつポテンシャルを含め、頼れるものには頼っていきたい。謎多き海の菌のドカ食いが、プラスチックの氾濫から地球を救うかもしれない。

 

プラスチック関連で、こんな「化学ニュース」も。

「コペンハーゲン大のBAETA技術|プラスチック廃棄物がCO₂吸着材に変身」

innovatopia.jp

プラスチックごみを「CO2を吸い取る素材」に変換するという、2つの深刻な環境問題(廃棄物問題と気候変動問題)を同時に解決するための「一石二鳥」な技術が誕生した。
250℃まで安定性を保つというBAETAという物質の特性が、発電所や製鉄所の煙道ガスなど、高温の排出源から直接CO₂をとらえることを可能にした。
特に、プラスチック廃棄物問題が深刻な発展途上国において、環境改善と経済発展を両立する解決策として期待されるとのこと。地球の複合的な諸問題を解決するために、ジャンル横断的なアイディアがケミストリーを生むことを期待したい(化学だけに!)

 

少し地球から離れて、宇宙にも「目」を向けてみよう。というか、宇宙にかつてないほど巨大な「目」が向けられている…というグッドニュースがある。

「ベラ・C・ルービン天文台が初の画像を公開、天文学者ら衝撃」

natgeo.nikkeibp.co.jp

チリ・アンデス山脈の「ベラ・ルービン天文台」が完成しつつあるのだが、見どころはなんといってもその世界最大級の望遠鏡とカメラだ。

"「シモニー・サーベイ望遠鏡」と呼ばれる巨大な望遠鏡は、世界最大で最高解像度のデジタルカメラと接続されている。口径8.4メートルの光学赤外線望遠鏡と32億画素という驚異的な解像度のLSSTカメラの組み合わせで、かつてない速さと詳しさで夜空の広大な範囲を繰り返し撮影できる。1枚の画像がカバーする空の範囲は、満月45個分の広さだ。"

「非常に速く、かつ頻繁に夜空を撮影できるため、文字通り毎晩、数百万個もの変化する天体を検出できるようになります。また、画像を組み合わせて、数十億光年離れた銀河など、非常に暗い銀河や恒星まで観測できるでしょう」

「この天文台があれば、銀河系の恒星や太陽系の天体などを、まったく新しい方法で探査できるようになります」と天文台の副所長。

こちらでも、壮大かつ美麗な画像が見られる。サムネ写真は約5500万光年離れた「おとめ座銀河団」だ。

www.cnn.co.jp

ルービン天文台によって「これまで人類が見たことのない恒星が約170億個、銀河が200億個見つかると予想されている」そうなので、この星の人類が失敗ばかりで多少ダメでも、まぁいいかと思えることだろう。時には星を見上げよう。

 

とはいえ、地球の人類も失敗してばかりではない。

「オゾン層が回復、今世紀半ばに1980年代の水準に」

www.afpbb.com

世界気象機関(WMO)が、地球を保護するオゾン層が回復していると「オゾン速報2024」で報告。オゾンホールは数十年以内になくなる見込みらしい。

"WMOは、国際的な取り組みにより、これまでにオゾン層破壊物質の生産と消費の99%以上が段階的に廃止されたとし、「その結果、オゾン層は今世紀半ばまでに1980年代のレベルに回復する見込みで、過剰な紫外線曝露による皮膚がんや白内障、エコシステム損傷のリスクが大幅に減少する」と述べた。"

かつて環境問題の代名詞だった「オゾン層」の問題も、科学による問題究明と、具体的な規制などの国際協調によって解決することができた。この成功体験をお守りのように握りしめて、さらに大きな問題の解決に挑むべきだろう。

 

【気候とエネルギー編】

「なるほど、オゾン層の破壊は止められたんだね、おめでとう。だけど今、地球まるごと崖っぷち!みたいな危機が迫ってるよね。そっちは全然止められてないどころか、どんどん悪化してるみたいだけど?」という声が、どこかから聞こえてくる。

その通り。その地球まるごとの「危機」の筆頭とはもちろん、人間の活動によって排出されたCO2などの温室効果ガスが引き起こす地球温暖化、即ち「気候危機」だ。肌で体感している人がほとんどだと思うが、気候危機は遠い将来の話でもなく、五年後の話でもなく、とっくに始まっている。

温暖化によって激化したと思しき猛暑異常気象火災洪水が2025年、日本を含む世界のあらゆる場所で猛威をふるい、すでに大勢の命を奪った。サイクロンと洪水で動物の生息地が壊滅したり、海の生き物の拠点であるサンゴの白化現象も観察されるなど、人間だけではなく地球のあらゆる生命や生態系に、悪影響とカオスが生じている。

この記事を書いている今は冬だが、地球温暖化による「暖冬」が及ぼす様々な悪影響はもちろん数え切れないし、「自分は寒いのニガテだから温暖化むしろ歓迎〜」とかのんきなことも言っていられない。現実には地球温暖化は暑さだけでなく「寒さ」も激化させるからだ。

そのメカニズム(北極の温暖化→夏に海氷が縮小→シベリア上空の降雪量が増加→北極上空で渦巻く空気に影響を与え、寒さが他の地域に流れ込む)はこちらの記事↓などに詳しいので読んでもらうとして、地球温暖化はむしろ「地球極端化」とでも呼んだ方が実情に即しているかもしれない。

www.bbc.com

さらに信じがたいことに、これほど肌感覚で実感できる異常気象や猛暑を経てもなお、「気候変動なんてでっちあげだ」などと非科学デマを吐く人間も、いまだに後を絶えない(しつこいようだが、なんとその一人が現アメリカ大統領だ)。「人類もうダメかも」と絶望を感じる人がいてもおかしくない。

人類の未来に希望を持てるようなブレークスルーは、進歩の兆しは、グッドニュースは何かないのだろうか…?

ある。

 

「再生可能エネルギー、世界最大の電力源に 石炭を初めて上回る」

www.bbc.com

2025年最大の科学ニュースのひとつに、これを選ばないわけにはいかないだろう。太陽光発電を筆頭にした、再生可能エネルギーの躍進だ。エネルギーの歴史におけるインパクトを鑑みても、今年の「科学グッドニュース」の締めくくりにふさわしい。やや長文になるが、お付き合い願いたい。

報告によると、「世界の電源構成に占める再生可能エネルギーの割合が、2025年上半期に初めて石炭を上回り、世界最大の電力源となった」。もう一度言うが、「再生可能エネルギーが世界最大の電力源となった」のだ。これがいかに重大な出来事なのか、世間の人は十分に理解しているだろうか。「ふーん」で流していいニュースではない。

たとえば世界の電源構成における再生可能エネルギーの割合が20%にも満たなかった2000年にタイムトラベルして、「25年後には再生可能エネルギーが世界最大の電力源になるよ」と言おうものなら、「んなわけないだろ、現実を見ろ」と言われただろう。当時の普及率を考えればそれも無理はないと思うが、現実はこうなった。控えめに言っても、エネルギーの歴史における、重大な転換点が到来したと言うほかない。

再生可能エネルギーの成長はあまりに急速なので、世界的な電力需要の増加さえカバーしてしまったほどだ。「太陽光・風力発電の成長が非常に大きかったため、追加の電力需要を100%満たしただけでなく、発電に使用する石炭やガスの量もわずかに減少させることとなった」という。

再生可能エネルギーが石炭を上回ったことも、歴史的な出来事だ。「世界最大の単一エネルギー源の地位を50年以上維持してきた」石炭の、いわば不動の王座がついに揺らぐことになったのだから。

発祥の地イギリスで、石炭火力発電がついに廃止されたという、昨年の象徴的なニュースも記憶に新しい。

www.bbc.com

ちなみに「イギリスの再生可能エネルギーによる発電量は、2010年には全体のわずか7%だった。これが2024年前半には50%以上に増加し、最大記録を更新した」というのだから、たった十数年でここまで一国のエネルギー情勢が変わるものか、と文明のダイナミズムに改めて驚かされる。

「Science」誌が毎年実施している、科学分野の革新的な発見や発明に贈られる賞「ブレークスルー・オブ・ザ・イヤー2025」に輝いたのも、「再生可能エネルギーの止まらない成長」だ。ここ10年で選ばれた「ブレークスルー」は、先述した遺伝子編集技術「CRISPR」をはじめ、重力波の初検出、ブラックホールの可視化、COVID-19ワクチン、タンパク質立体構造予測、ウェッブ望遠鏡、GLP-1受容体作動薬など、科学の各分野の錚々たるメンツである。そうした大発見や革新に匹敵する栄誉が、「再生可能エネルギーの成長」そのものに送られたのだ。

 

Science誌のコメント(英語から訳出)

"産業革命以来、人類社会は太古の太陽エネルギー、つまり数億年前の植物が捉え、化石燃料として蓄え、地中から掘削・掘削されたエネルギーによって支えられてきた。しかし今年、その勢いは紛れもなく、太陽から湧き出るエネルギーへと移行した。再生可能エネルギーは、様々な面で従来型エネルギーを凌駕した。"

(…)

"多くの人にとって、再生可能エネルギーの継続的な成長は今や止められないように思われる。この見通しから、サイエンス誌は再生可能エネルギーの急増を2025年の「ブレークスルー・オブ・ザ・イヤー」に選んだ。"

(…)

"過去を振り返ることで、再生可能エネルギーがこれまでに成し遂げてきた驚異的な進歩を改めて認識することができる。2004年には、世界で1ギガワットの太陽光発電設備を設置するのに丸1年かかった。今日では、その2倍の電力が毎日供給されている。当時、再生可能エネルギーは美徳のオーラを放っていた。気候変動への懸念から、購入者は化石燃料よりも高い価格を支払っていた。しかし今、真の推進力は自己利益、つまりコスト削減とエネルギー安全保障の向上である。

 

再生可能エネルギーを導入する世界的な動機は、もはや「気候危機に対処するため」から、「経済のため」、俗っぽく言えば「お財布のため」にシフトしつつある。世界はすでに新時代の発電コストパフォーマンス合戦に突入しており、その戦いに「勝利」しつつあるのが再生可能エネルギー、中でも特に太陽光ということだ。

www.cnn.co.jp

低コストな再生可能エネルギーの急成長は(中国など大国だけでなく)新興国、途上国で猛烈に広がることになった。パキスタンで起こった世界最大級の「ソーラー革命」はとりわけ目を引いた。「わずか6年間で、太陽光が電力供給に占める割合はゼロから30パーセントに跳ね上がった」という。

国際エネルギー機関(IEA)によれば、世界の再生可能エネルギー発電能力は今後5年間で倍増し、その量はプラス4600ギガワット、つまり「中国+EU+日本」の発電能力に相当するというからもの凄い。

こうした、発展途上国において特に際立つ「ソーラー革命」を主導している国は、アメリカでもEUでも、(残念ながら)日本でもない。そう、中国だ。Science誌は「ブレークスルー・オブ・ザ・イヤー2025」の中で、今年の再エネ躍進において中国が果たした大きな役割をこう評価している。

"中国のグリーンエネルギーへの転換は、驚くべき数字が証明するように、他のどの国よりも目覚ましい。2024年だけでも、原子力発電所約100基分に相当する太陽光発電と風力発電を新たに設置し、そのペースは今年初めに加速した。太陽光発電の大半が生産される西部の砂漠から、それを利用する東部の都市まで、数十本の超高圧送電線が数千kmにわたって敷設されている。クリーンエネルギーの恩恵を待ち焦がれているのは、数百万台の電気自動車と、1000km離れた都市間を朝のうちに駆け抜ける高速電気鉄道網だ。"

(…)

"今のところ、これは新しい技術の話ではない。中国は「米国が半世紀前に発明したのと同じ中核的な(太陽光)技術にほぼ依存している」と李氏は言う。当時、米国は宇宙船向けの小規模なパネルを製造していたが、今では中国が世界向けに、より高品質で、はるかに安価で、驚異的な量のパネルを製造している。"

そう、中国が「新技術」に頼っているわけではないことは、何度強調しても足りない。科学的に効果が実証済みだった既存の再生可能エネルギーという、言ってみれば「すでに出揃っていたカード」を、大々的かつシステマチックに使用しただけともいえる。ただしその「システム」の構築と運営が、徹底して合理的だった。

www.theguardian.com

この「中国の二酸化炭素排出量が過去18ヶ月間、横ばいまたは減少」という、(いっけん地味だが界隈をざわめかせた)大きなニュースも、中国のそうした大規模かつ合理的な戦略の成果といえるだろう。

一応言っておくが、中国が気候変動問題を何もかも解決してくれる地球のヒーローになってくれる、とまでは期待しないほうがいいだろう。たしかに再生可能エネルギーを激増させたとはいえ、中国はまだ石炭火力発電所の建設を続けていて、化石燃料の使用量も微増しているのは懸念点だ(まぁ石炭への依存という意味では日本だって他国のことは言えないのだが…)。現時点での圧巻の再エネ投資ブーストは目を見張るが、権威主義的な政府の一任に全てがかかっているという意味では不透明さがあり、この勢いが今後も同程度に続くことを100%保証はできない。

とはいえ、気候/エネルギー政策ひとつとっても、実効性に乏しい「新技術」に賭けるあまり世界から置いてかれ気味な日本も、(3度目の繰り返しだが)トップがいまだに気候変動を否定しているアメリカも、中国のこうした強力に統合されたエネルギーシステムをこそ、もっと真面目に分析し、そこから学習すべきだろう。日本もアジアの(一応)民主主義国家代表として、本当にしっかりすべき時だ。結局のところ、全世界の努力なしには、気候変動に立ち向かうことはできない。

eciu.net

付け加えれば、エネルギーの変革が進み、二酸化炭素排出量を削減しているほとんどの国で、経済成長が実現しているとわかったのも重要なニュースだ。つまり専門用語でいう「デカップリング」が加速しているということになる。

・絶対的デカップリング:経済が拡大しているにもかかわらず排出量が減少
・相対的デカップリング:排出量は依然として増加しているものの、経済成長よりも遅い速度で増加

という区分があるのだが、どちらにしろ「デカップリングは例外ではなく標準」となり、「絶対的な意味で排出をデカップリングしている世界経済の割合は着実に増加している」と報告にある。一言で言えば、「排出量を削減なんかしたら経済成長できなくなるぞ!」という気候政策へのありがちな反論は、今や現実に即さないということだ。

 

最近出版され、科学/環境問題コミュニティの間で話題の本『Here Comes the Sun』の著者ビル・マッキベンは、再生可能エネルギー(特に太陽光発電)の可能性を語り、「これはエネルギーのコストコだ!」と熱弁する。

www.theguardian.com

"人類は70万年もの間、生活に必要なエネルギーを得るために、薪集めや電気代の支払いなど、あらゆる手段を講じてきました。しかし今、少なくとも太陽光パネルや風力タービンを建設する先見の明がある地域に住んでいる限り、もうそんなことをする必要はありません。"

マッキベンが上の記事で語るように、エネルギー史は権力の集中と支配の歴史でもあった。地理的/物量的に「集中」した資源である化石燃料は、それを所有する人や国に膨大な利益をもたらし、所有しない人や国への支配力を生んだ。だが化石燃料の集中性と正反対の「分散性」をもつ再生エネルギーが、この構造をリアルタイムで転覆させていることは先に紹介した。極端な話に聞こえそうだが、エネルギーが限りなく「無料」に近づいた時、この社会がどんな形に変化するのかということを、SFとして笑い飛ばすのではなく、真面目に考えるべき時が来ている。

 

今から10年前、地球温暖化の対策に向けた国際協定である「パリ協定」が採択された。よく言われるように、パリ協定は完璧とはいえなかった。「地球の平均気温の上昇を、2度より低く、できれば1.5度におさえる」という立派な目標が立てられたが、その「1.5度目標」もこのままでは厳しそうな見通しだ。パリ協定から10年後の2025年11月、専門家は「地球の平均気温は2.3℃から2.5℃上昇する」と予測している。

これを聞いて「なんだ、じゃあダメってことじゃん、パリ協定なんて無駄だったね」と希望を捨てそうになったら、このことも思い出してほしい。10年前、パリ協定が発足した当時、専門家は世界の平均気温上昇を「3.7℃から4.8℃」と予測していた。私たちが本当に何もしなければ、つまりもし科学者全員がすごいバカで、政治家も経営者も(今よりもっと)すごいあほで、私たち一般市民もすごい間抜けで、気候変動のメカニズムに全く気づかないまま、無限に温室効果ガスを排出していた場合、平均気温が4.8度上昇した爆熱インフェルノ地球になっていた可能性もあるのだ。

たしかに私たちは「地獄」に向かっているかもしれない。だが人類は、たとえ不十分であっても一定の努力と協調を成し遂げることで、すでに「もっと凄い地獄」を回避した可能性が高いのだ。であるなら、「今向かっている地獄が絶対に回避不可能である」と誰に言えるだろう。

たとえ「1.5度目標」の達成には失敗するとして、じゃあ「1.6度」なのか、「1.7度」なのか、仮に「2度」も超えてしまうとして「どれくらい」超えるのか、些細な数字も全てが重要である。本当に「0.1度」刻みで気候危機のもたらす深刻さは全く違ってくるからだ。厳密な数字はわからないとはいえ、死ぬ人間の数が百万人単位で変わってきてもおかしくはない。

未来は常に揺れ動いている。気候変動の存在と科学を否定するあほをトップに選んでしまったことで大勢の人が余計に死ぬかもしれないし、逆にたった一人の女の子がどこかの国で始めた気候変動アクションが多くの人を巻き込んで気候政策を推し進めたことで何百万人、何千万人の命が救われることだってありうる。

あらゆる選択と行動に意味がある、という複雑怪奇で恐ろしくもある事実を認めるよりも、「どうせ何をしたって無駄だ」と冷笑ムーブに浸っているほうがずっとラクだし、ちょっと賢げな雰囲気も出せるだろう。だが間違っているし、言わせてもらえば愚かしい。事実はこうだ。あらゆる選択と行動に意味がある。

 

絶望と諦めに屈することなく、気候変動(含む環境問題)関連の個人的/社会的な対策を実践するために、入門的にオススメできそうな読みやすい本は、ぱっと浮かぶものだとこのあたりだろうか。↓

ポール・ホーケン『ドローダウン』と『リジェネレーション』
定番。幅広いジャンルの気候危機対策まとめ。『ドローダウン』は気候対策入門書として教室に一冊ずつ置いてもいいくらい。動物好きはぜひ続刊の『リジェネレーション』も読んでね(生態系の話が多めなので)

「THE CARBON ALMANAC (カーボン・アルマナック) 気候変動パーフェクト・ガイド 世界40カ国300人以上が作り上げた資料集」
これも教室に常備系のずっしりした入門本。気候変動関連のファクトや資料がわかりやすくビジュアル化され、ぎゅっと詰め込まれている。

ハナ・リッチー『これからの地球のつくり方 データで導く「7つの視点」』
否定論者にも悪用されがちな気候滅亡主義に抗う。「世界は終わらない。むしろ努力を続ければ、もっと良くなる」という信念とデータに基づいた具体的かつ実行可能なプランを語る。原題「世界の終わりじゃない」の方が端的でカッコイイと思うけどね

ごく一部だが、年末年始で時間ある時にでも、ぜひ読んでみてほしい。

 

最後の「エネルギーと気候」のグッドニュースだけ(自分の関心領域なこともあり)アンバランスに長々と語ってしまったが、年末の忙しい時期に2万字の記事に付きあわせて恐縮なので、そろそろ記事を終わるとしよう。

念のため言っておくと「この問題は深刻だ」「状況はこんなに悪い」と世間に伝える「バッドニュース」もまた、もちろん大切だし、特に日本のように問題の深刻さと世間の理解度がなかなか釣り合わない社会では、どんどんバッドニュースを発信してほしいとさえ思う。とはいえ、あらゆる変化は希望からしか始まらない。

以下は、私の敬愛する著述家のレベッカ・ソルニットが「希望」について書いた文章だ。

「私がこんなことを書くのは、希望はソファに座って宝くじを握りしめながら幸運を願うこととは違うからだ。希望とは非常時にあなたがドアを破るための斧であり、希望はあなたを戸外に引きずり出すはずだからだ。それはあなたの持つすべてのものを動員して、未来を際限のない争いから救い出し、地球の宝物の消滅を防ぎ、貧しい人びとや周縁にいえる人びとを虐げることをやめさせるものだからだ。希望は、単にもうひとつの世界が可能かもしれないということにすぎず、そこには約束も保証もない。希望は行動を求める。希望がなければ行動はできない。」

(『暗闇のなかの希望』より)

希望とは、ドアの外に広がる素敵な世界を空想することではなく、ドアそのもののことでさえない。ドアを破る斧のことだ。日々流れてくる破滅のバッドニュースにうんざりして絶望と諦念の中に閉じこもるのもいいが、暗い部屋で壁を見つめるのに飽きたら、斧を手に取ってドアをぶち破ろう(普通にドアを開けてもいいが)。

そして歩き出そう。あなたが次のグッドニュースになるのだ。

 

ーーーおわりーーー

 

 

蛇足宣伝:今年出した『いきものニュース図解』ほか新刊もぜひ読んでくださいね〜

numagasablog.com

いきもの関連のグッドニュース、バッドニュース、おもしろニュースが目白押しな一冊となっているぞ

よろしくま🐻

【告知】「SFマガジン」2026年2月号「架空生物特集」の表紙を担当しました

SFマガジン2月号「架空生物特集」にて、よもやの表紙イラストを担当いたしました!

SFマガジンの表紙としては(多分)かつてないほど元気いっぱい!

表紙に集いし、ゆかいな(?)架空生物たちの正体とは…!? イマジネーションあふれるSFな生物たちの織りなす特集を、お見逃しなく!

 

【読切小説】
藍銅ツバメ「こんとん」
酉島伝法「ブリーダーズ」
溝渕久美子「リラクオッカ」
草野原々「大山鳴獣ネズギガント」
柞刈湯葉「ライフ・アズ・ア・ウェポン」
坂永雄一「星の薪」
アン・レッキー「魂の湖」(中村融=訳)
などなど豪華執筆陣!

各作品に登場する謎多き架空生物たちを勝手に(勝手にってことないが)イマジネーション炸裂させてもらいましたよ。ふだん非架空生物ばかり描いているので、新鮮で楽しいお仕事でした。

 

詳細はこちら!↓

www.hayakawabooks.com

 

ハヤカワさんとのお仕事はこちら以来かな。聴こうぜ読もうぜ『三体』↓

www.hayakawabooks.com

みんな滅ぶ!…だが今日じゃない。特別展「大絶滅展―生命史のビッグファイブ」レポート

上野の国立科学博物館で開催中の特別展「大絶滅展―生命史のビッグファイブ」に行ってきたのでかんたんなレポート。

daizetsumetsu.jp

一応言っとくと今回の特別展は何ひとつ関わってません!ただ個人的に楽しみで行っただけです、イラストも何も担当してません!!

担当したやつ↓(次は大阪ですな、楽しみ)

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(最近さぼってたけど)ちょいちょい科博レポ書いてるんですよ↓

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今年の夏は引きこもってひたすら仕事していすぎたせいで、なんとうっかり「氷河期展」に行きそこねてしまった。愛する絶滅動物がいっぱい展示されていただろうに、惜しまれる〜(科博の年間パスの割引も一回分ムダにしちゃった!)

まぁ過去を振り返っても仕方ないので、気を取り直して、もっとめちゃくちゃ過去を振り返りましょう、すなわち今回の「大絶滅展」を楽しみましょう。 肝は「絶滅動物展」ではなく「絶滅展」であること。つまり地球で繰り返されてきた「絶滅」という現象そのものを展示する、というなかなか抽象的なテーマなのだ。ポスターにはダンクルオステウスやティラノサウルスなど、勇ましい古代生物たちが並んでいるが、みんな…絶滅した!!

「大絶滅展」会場に入ると巨大な地球儀が鎮座している。「あんなこと、こんなこと、あったよね」と地球のエモい思い出(※大陸移動や大絶滅など)をざっくり見せてくれるビッグな地球を中心に、放射状に広がる形で「ビッグファイブ」と呼ばれる5つの「大絶滅」が展示されているというわけ。テーマカラーで色分けされているのでわかりやすい!

さっそくビッグファイブその1、「O-S境界」。(大抵の人に耳慣れない言葉かなと思うが、この場合はオルドビス紀とシルル紀の頭文字をとって、その境界ってことですね)。オルドビス紀末の「最初の大絶滅」で、海の生物を激変させた。4億4500万年前の寒冷化と、4億4400万年前の温暖化の二段構えで念入りに滅ぼしていく!

それぞれの大絶滅ごとにカッコイイ古代生物が展示されていてテンション上がる。こんなカッコイイ生物を奪った地球のこと…ゆるせねえよ…!と思える(かもしれない)が、その生物を育んだのもまた、地球なのだ……。(それはそう)

↑いきなり何このフォルム!?こんなことある??と目を引くのは、(有名なアノマロカリスと同じ)ラディオドンタ類に属する「エーギロカシス」。でっっっかくてカッコイイ〜〜〜。こんな巨体ならさぞでっけえ魚とかを捕まえていそうだが、実際はフィルターみたいな櫛状の器官でプランクトンなどをこしとって食べる「濾過食」だったそう。マンタやジンベエザメみたいな感じですね。

しかし、こうして実物大を並べてみると、アノマロカリスがイメージより小さいなって。いわゆるカンブリア爆発で生まれたスーパースターみたいな立ち位置なので、実際以上に大きいイメージが勝手についていたかも。いやエーギロカシスがでかすぎるんだけど。

本当に余談だがごく最近『サウンド・オブ・ミュージック』を劇場で観たので、トラップ男爵が「エーギロカシス🎵エーギロカシス♩」と歌ってる声が脳内にこだまする。覚えやすくていいかもしれない。

「O-S境界」エリア、他にもでっかくてカッコイイ古代生物がいるぞ。

超でっかい2メートルのウミサソリ「アクティラムス」!か、かっこいい〜〜〜。巨大ウミサソリという字面自体ロマンというか、そもそも節足動物でこのサイズ感というのがロマンすぎる。陸上だとあり得ない巨体だし、現在だとタカアシガニが最大サイズくらいの感じだものな。

アクティラムスは水中に棲む捕食者で、触覚みたいに頭部に生えてるハサミっぽい脚がなにかと便利そう。全身化石(レプリカだけど)もちゃんと残っているぞ↓

O-S境界で見落としちゃいけないのは、ちっちゃいけど注目の古代生物、サカバンバスピス!

みて、このなんともいえない表情を。

サカバンバスピスは「甲冑魚」と呼ばれる魚類。硬い骨をもっているが顎はもたない、当時としては大きな魚で、オルドビス〜デボン紀に繁栄した。ゆるキャラ的風貌だが、脊索動物の共通祖先として重要な古代生物でもあるのだ。

 

どんどん行こう、大絶滅ビッグファイブその2「F-F境界」。

「F-F境界がやられたようだな」「奴はしょせんビッグファイブの中でも最弱…」「まぁ海の生物の半分くらい絶滅させたけど…」みたいな絶滅力のインフレを感じる。

絶滅内容(?)は、「急激な寒冷化と地球規模の海洋無酸素事変」とのこと。「海洋無酸素事変」、色々な歴史上の事変の中でもトップクラスに響きとスケール感がヤバい。人類史とかしょせん人の歴史だよな、とか当然のことを思ってしまう。

出た、古代魚の大スター、ダンクルオステウス!!(このレプリカ化石は常設展でもみれるとはいえ)出てくれるとやっぱりアガる。デボン紀に栄えた「板皮類」と呼ばれる仲間で、当時の海で「最強の捕食者」と呼ばれたが、「最弱の大絶滅(?)」であるはずの「F-F境界」に滅ぼされてしまった。恐るべし、大絶滅。

あ、個人的な推しのタリーモンスターもF-F境界にいるから見逃さないでね。いまだにどんな形なのかも議論が続いてるというのもミステリアスで良い。

そしてみんな大好き(かは知らんが)巨大節足動物コーナー!!

その名も…「アースロプレウラ」!

めっっっちゃデッッッカイ!! 高い酸素濃度でめちゃくちゃ栄えた森林を這い回った巨大な最強ヤスデだ。どんなスプレーも効かない。相手は死ぬ。

そして次!ビッグファイブその3、「P-T境界」に到達。「史上最大の絶滅」がここにきて登場だ。最強が3番目っていうのも熱い(?)

ペルム紀末のシベリアで起こった火山活動が、「古生代」終了のお知らせを告げた。極端な寒冷化と温暖化を連続で繰り出し、海水表面温度は13度(!)上昇し、有毒ガスが撒き散らされ、酸性雨が降り注ぎ、さらにオゾン層の破壊による超広範囲ダメージまで飛び出し、陸と海の両方に甚大な打撃を与えた、まさに史上最強のシーズンフィナーレである。よく続編GO出たな。

象徴的なのは三葉虫の絶滅。古生代を一貫して生き延びて繁栄した三葉虫も、「最強の絶滅」の前になすすべもなかった。

この時期の古代生物として、サメ好きとしてはペルム紀に栄えたヘリコプリオンに注目したい。

渦巻き状の面白い歯を持ったサメで、正確にはサメやエイよりもギンザメに近い仲間みたいだけど。最強の絶滅にも負けず、生き残って欲しかったぜ〜 🦈<むり

 

ドラマチックな展開が続く中、「ビッグファイブ」シーズン4、「T-J境界」へ。

大絶滅ファイブの中では3番目に規模が大きく、海と陸の70%以上が死滅。

この時期の地球的なビッグイベントとしては「超大陸パンゲア」の分裂が挙げられる。

パンゲア🪨🪨🪨「大陸性の違いにより分裂しました」

音楽性の違いでバンドが分裂ならファンが悲しむくらいで済むが、大陸が分裂となると火山活動が凄いことになり、生命の勢力図を大幅に書き換えてしまう。その結果、スターダムに躍り出たのが…

みなさんご存知、恐竜だ!!
レドンダサウルスとクリオロフィサウルスのタッグ感がカッコいい。

(12/4修正:レドンダサウルスは植竜類なので厳密には恐竜ではなかった!すみません)

 

しかし…恐竜の天下も、長くは続かなかった(展開早すぎん)

最後のビッグファイブ「K-Pg境界」のお出ましだ。展示されている中では一番有名な大絶滅と言っていいだろう。

この大絶滅の特徴は、絶滅を引き起こしたきっかけが外的なものであること。外的というか、宇宙的というべきか。ご存知の通り、宇宙から降ってきた隕石の激突が連鎖的な環境変化を劇的に引き起こし、恐竜を筆頭に食物連鎖の上位陣をあらかた滅ぼしたのだ。

もし自分が恐竜だったら(どういう仮定?)、もし絶滅の原因が「火山の噴火」とかなら、まだなんとなく「じゃあ仕方ないな、地球のことだし」と納得しやすい気がするのだが、隕石ってマジで完全に外的な要因なので恐竜的にも「そんなぁ…泣」って感じだろうな、とかよく思う(いや隕石のせいってわからないだろうけど…)。

隕石の方角が少しだけズレるとか、「ちょっとの偶然」で生命の歴史が激変していた可能性が最も高そうなポイントであり、色々な意味で想像とロマンが広がる時代だね(そういえばピクサー映画の『アーロと少年』がそんな感じの話でしたね。)

「K-Pg境界」でなんとなく心を惹かれた化石↓

隕石落ちてくる前あたりの白亜紀末期の爬虫類は、とにかく恐竜にスポットライトが当たりがちだが、このカメっぽいバエナ類が栄えていたり、現生ワニ類の単系統群もすでに存在していたという。いま同時に科学博物館でやってる「ワニ展」にも繋がってくるので、注目すべきポイント。生態系の「主役」っぽくはなかった仲間こそが、今も元気に生き延びているというのは「大絶滅展」の妙味ですな。

ワニ展も面白かったので別個に語りたいくらい↓

www.kahaku.go.jp

というわけで会場前半のメイン展示「ビッグファイブ」はこれにて終了。

途中の通路に、ちょうど興味あった「アンピクス」の化石が展示されているのを眺めたりしつつ…(行列を作るという生態について議論や新発見があるみたい)

会場後半では「新生代」がテーマになる。ぽっと出の新興生物「人類」が登場し、やたらと大きな影響力を発揮しながら、ビッグファイブほどでは(まだ)ないものの多くの動物たちを「絶滅」に追い込んでいく様が語られたりする(むしろ個人的にはこっちの方が慣れ親しんでいる「絶滅」である)。人類が絶滅させたステラーダイカイギュウの貴重な化石も見どころだ。

最後の方に少しだけど、現在の「絶滅」リスクの大きな要因でもある、気候変動に関しても言及があった。長期的な地球科学の研究が、今後を知る礎にもなっている。未来を知るには過去を知ることが必要、というのは理系も文系も変わらない真理でしょうな。

第二会場に向かう途中にある、イラストレーターのかわさきしゅんいちさんの絵画も要チェック! 生き物の特徴を的確に捉えながら、ポップで美しい色彩で描かれた素敵なイラストなので、ぜひじっくり眺めよう。

というわけで「大絶滅展」駆け足気味の簡易レポでした。どんなにデッカイ動物もめちゃかっこいい動物も、恐竜のような「強い」動物たちも、地球がちょっとくしゃみする(火山活動の比喩)くらいのきっかけで、あっさり絶滅してしまった。地球が本気出せば生命なんてすぐ滅ぶ。そんなカオスをなんとか生き延びたのは、必ずしもデカくも強くもない動物たち。そんなたくましい動物たち(もちろん人類含む)も、いつかは滅び去ることだろう。

「だが、今日じゃない。」

地球の途方もないパワーと、生命の途方もないタフネスを感じさせる、素敵な展覧会でした。

おわり