沼の見える街

ぬまがさワタリのブログです。すてきな生きもの&映画とかカルチャー。

カモの晴れ舞台ですわ。『FLY!/フライ!』感想&レビュー(byカルガモ令嬢カモミール)

ごきげんよう、わたくしはカルガモ令嬢の「カモミール」ですわ。カルガモ令嬢とはいったい…?と訝しんでいる貴方は、以下↓をご参照くださいませ。

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なぜ高貴なるわたくしが、庶民のブログの映画レビューにわざわざ出向いたのか…? 何を隠そう、このたび待望のカモ映画『FLY!/フライ!』が公開されたからですわ。

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カモは人間にとってたいへん身近な野鳥ですが、物語の主人公になることはめったにありませんわよね。そんな中、カモの一家の「渡り」を描くアニメ映画『FLY!/フライ!』が公開されると知り、わたくしも羽折り数えて待ちわびていましたわ。

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鳥アニメ多しといえど…

鳥をフィーチャーしたアニメーション作品には、それなりに長い歴史があるんですの。古典としては、宮崎駿にも大きく影響を与えた、ポール・グリモー『王と鳥(やぶにらみの暴君)』が有名ですわね。

王と鳥

王と鳥

  • ピエール・ブラッスール
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アニメーション技術の発展に伴って鳥の表現も大幅に進歩していき、ピクサーの短編CGアニメ『ひな鳥の冒険』では、ミユビシギの動きを信じがたい細やかにアニメで再現していました。めちゃカワですわね。

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フクロウを主役にしたフランスの2Dアニメ長編『シュームの大冒険』も、リアルタッチと可愛さのバランスが素晴らしい出来栄えでしたわ。配信などで気軽に見られるといいのですけれど…。

もっとカジュアルな作品でも、鳥が主役の長編CGアニメといえば『コウノトリ大作戦!』なんかも記憶に新しいですわね。

自分をネズミと思い込んでいるコマドリを主人公にした、アードマンのアニメ『ことりのロビン』も凶悪なまでにカワイイ作品でしたわ…。

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そして日本でも、まさかのアオサギを大フューチャーした『君たちはどう生きるか』が鳥界を震撼させたばかりですわね。『The Boy and the Heron(少年とサギ)』という英語タイトルで海外公開されて、先日アカデミー賞も取りましたし、世界中のサギファンは大歓喜でしょうね。インコ好きの皆さんは多少怒っていましたが…。

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文化を愛する高貴なカルガモの一員として、わたくしもこうした鳥アニメの良作を楽しんでいましたが、「いつになったらカモがフィーチャーされるんですの?」と、煮えたぎる紅茶のごとく業を煮やしていたのは否めません。鳥のキャラクターにもダイバーシティを求めたいところですわね…。

とはいえ最近は、ゲーム『ポケットモンスター』新作の最初にもらえる3匹、いわゆる「御三家」にカモのポケモン「クワッス」が選ばれたりもして(↓こちらの記事で詳しく語られていますわ)、ひそかにカモの夜明けが訪れつつあったとは言えますけれど…。

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そんな中、ついに正真正銘のカモ映画『FLY!/フライ!』が公開されるとくれば、初日に駆けつけざるをえませんわ。すでに3月中盤で、お友達の鴨々(かもがも)がだんだん北に渡り始めてちょっぴり寂しかっただけに、良いタイミングとなりました。「渡りに船」ならぬ「渡りにカモ」と言ったところかしら…。

 

カルガモ令嬢が見る『FLY!/フライ!』のカモ描写

というわけでさっそく『FLY!/フライ!』を、カモ視点でレビューしていきたいと思いますわ。(作品のネタバレは控えめにしておきますが、内容に触れる場合は注意表示を出しますわね。)

まず、本作の主人公となるカモは「マガモ」という種類のカモですわ。『FLY!/フライ!』はアメリカで作られたアメリカが舞台の映画ですが、このカモはきっと日本のみなさんもよく目にしているカモしれませんわね。というのもマガモは北米だけでなく、日本を含むユーラシア北部にも広く生息するカモなのです。

カモの絵文字を打ち込むとマガモのイラストが表示されることが多いようですし(機種にもよりますが)、マガモは世界的にも「THE・カモ」とでも呼ぶべき、カモの代名詞的な存在と言えますわね。カルガモとしてはちょっぴり悔しいですけれど…。

『FLY!/フライ!』の主人公・マックや息子・ダックスのように、マガモのオスは綺麗な緑色の頭、黄色いくちばし、首の白いリング…という鮮やかな色彩を有していますわ。本作のパムのように、メスはちょっぴり地味なブラウンなので、あまりカモを見慣れない方は、わたくしカルガモと区別がつきにくいカモしれませんわね。

ちなみに子ガモとなると、カルガモとマガモはとてもよく似ているので、さらに見分けにくいですわ! マガモの子は、本作のグウェンのようにくちばしの色が黒いので、カルガモのひな(くちばしの先端が黄色い)と見分ける際はそこに注目しましょう。

 

こうしたマガモの一家が、アメリカ・ニューイングランド州の小さな池で、天敵の恐怖に怯えながらも楽しく暮らしていましたが、ひょんなことから初めての「渡り」にトライ!というのが本作のざっくりあらすじです。

ところでカモが空を飛ぶ映画で『FLY!/フライ!』とはずいぶんなド直球タイトルですわね、と思いましたけれど、英語の原題は「Migration(渡り)」なので、こっちもこっちで直球ですわね。子ども向けアニメのタイトルになるくらいだし、アメリカではMigrationという単語がかなり普通に人口に膾炙しているのかしら…。「国境を超えた人間の移住」を表すImmigrationと違って、Migrationは人間や動物の「移動」をより広く表す言葉ですわ。

人間には普通「渡り」の習慣はない(ある人もいるカモですが…)と思いますので一応説明しておきますと、鳥たちは繁殖や越冬を目的に、異なる生息地の間で季節ごとに移動をする行動…つまり「渡り」を行うのですわ。こうした鳥が「渡り鳥」と呼ばれ、鳥類の約40%に相当すると言われています。日本でも様々な鳥たちが、どの季節にやってくるかによって、「夏鳥」「冬鳥」などと分類されていますね。なお、マガモは日本では「冬鳥」…つまり冬に渡ってくる鳥として知られています。

そして残り60%の「渡り」をしない鳥は、一年中同じ生息地で生きているのです。スズメやハトなどの身近な野鳥を筆頭に、渡りをしない鳥も沢山いますし、こうした鳥は「留鳥」と呼ばれます。かくいうわたくしカルガモも、渡りをしない「留鳥」カモの代表格なのですわ。日本の皆さんは、素敵な鳥に一年中会えて幸せですわね。

マガモは一般的には渡りをする鳥なのですが、本作のマガモファミリーは、どうやら一度も渡りをしたことがないようです。マガモの中では変わり者と言えそうですわね。とはいえ、実は現実のマガモも、みんながみんな渡りをするわけではありません。現に日本でも、北海道など一部地域では、冬になっても渡りをせずに繁殖するカモたちも多く見られるようですし…。

こうしたカモたちは、なにも本作のマックのように怯えていたり、出不精だったりするわけではありません(たぶん)。地域によっては冬になっても十分にエサが確保できる場合、わざわざ渡りをするメリットが少ないという合理的判断もあるのでしょうね。

また気候変動が進む中、カモたちの移動パターンに変化が起きているようで、まさに本作のマックたちのように「いいか、渡りなんかしなくても…」と「定住」派に鞍替えしてしまうカモもいるようです(本作の製作者であるクリス・メリダンドリもこうしたニュースでカモに興味を持ったとのこと)。同じ種の中でも行動に多様性が見られることを描いている点では、本作のマガモ描写は科学的に正確と言えるカモしれませんわね。

今回、そうした科学的な事実と、全年齢向けアニメとしての「嘘」=ファンタジーの部分の兼ね合いをどうするのかしら?と、カモとして注目していたのですが、そのバランス感覚が現れているのは、カモたちのキャラクターデザインですわ。

主人公のカモ一家のデザインを見ても、おおむね実際のマガモの色合いや体格、美しい翼鏡(よっきょう:カモ類の次列風切の部分で青や緑など綺麗な光沢をもつ)といったポイントを巧みに再現しながらも、ちょっとずつ「嘘」を混ぜることで、アニメ的に親しみやすいキャラクターを作り上げていますわ。一例としては、マガモには本作のマックやダックスのように、ぴょんと伸びる頭の「寝癖」のような冠羽はありませんが、「あったほうが可愛いよね」と判断したのでしょう。

くちばしに関しても、ちょっとした「嘘」に気づきますわね。現実のマガモのオスのくちばしの先端には黒いもようがあるのですが、なぜか省略されていました(アオサギのくちばしの先端に、実際にはない赤色を追加した『君たちはどう生きるか』と対象的ですわね)。また、現実のマガモのメスのくちばしは橙と黒が入り混じった色合いですが、パムのくちばしは黒一色にシンプル化されていましたわね。

本作に登場する(マガモ以外の)他のカモの描写もなかなか興味深かったですわ。序盤でマックたちが住む池にやってくる、青い頭のカモはどなたかしら…?と思って調べたのですが、実は本国の鳥好きの間でもはっきりとした答えは出ていないようです。ブルーの背中と冠羽をもつ点から判断すると、アメリカオシ(Wood duck)が有力のようですが、本当にそうならデフォルメとしてはかなり大胆…というかほぼ別物と言えますわね。顔や胸の複雑な模様をばっさりカットしてるわけですから…。

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わたくしカモとしてはせっかくなら(マガモと同じくらいの)最低限のデフォルメ感で、実在するカモの姿を描いてほしかった気もしますが、あえて非常にシンプルな色合いの「準リアル」なカモを作り出すことで、観客が視覚的に混乱することを避けたのカモ…?と思うと、思い切りの良さも感じますわ。

こうした「リアル」と「ファンタジー」を柔軟に行き来する姿勢は全編にわたって見られますね。ここで注目すべきは、本作『FLY!/フライ!』の監督が、『くまのアーネストおじさんとセレスティーヌ』(2012)のバンジャマン・レネールだということです。

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ヨーロッパアニメーション的な美しさと楽しさにあふれた動物ファンタジーの名作を手掛けた監督が、『FLY!/フライ!』のような全年齢CGアニメに抜擢されるとは少し意外でした。パンフレットを見るまで全く気づきませんでしたわ!

しかし振り返ってみれば、『くまのアーネストおじさんとセレスティーヌ』でも見られた、クマやネズミの動物学的な特徴の再現と、親しみやすいアニメ的な擬人化を両立する手腕は、本作『FLY!/フライ!』でも存分に発揮されていましたわね。

製作のクリス・メレダンドリも、キャラ造形の際に「何も手を加えなくても、カモはもともと面白くて漫画的な生き物だ」と力説したようです。スタジオに本物のカモを用意して、その飛び方や動き、泳ぎ方といった特徴を観察したというので気合が入っていますわね。駐車場にスタッフ全員が集まって輪を作り、その真ん中にカモを置いて、じっくりその行動を観察したのだとか…。なんだか楽しそうですわね(カモ的にはシュールな状況だったでしょうけれど)。

このような研究を通じて、いわば現実のカモという「素材を活かす」形でその魅力を発揮する方向性になったのは、カモとして喜ばしいことです。特に、いよいよ旅立ちを迎えたマガモ一家が「飛翔」するシーンは、現実のカモの飛行がいかにダイナミックかをアニメ的に表すことで、ありふれているはずの「鳥の飛行」というアクションが持つ気持ちよさを実感させる名場面でした。シンプルに、鳥ってすごいな…!と色んな人が思ってくれることを願いますわ。

 

カモだけじゃない!『FLY!/フライ!』の鳥たち

カモたちの旅路の中にも、鳥をトリ囲む「現実」と、「ファンタジー」の合間を縫った面白い描写がたくさんありましたわ。

旅の最初に出会うサギのエピソードも、なかなか強烈でした。細長い首や体や足、そしてくちばしを大胆にデフォルメした、相当アクの強いデザインのサギ「エリン」が登場します。冠羽や顔のもようなど、日本のアオサギによく似た鳥のようですが、舞台がアメリカなので正確には「オオアオサギ」だと思われますわ。つい先日アカデミー賞をとった『君たちはどう生きるか』と本作で、やたらクセの強いアオサギを短期間で2回も見ることになってびっくりですわね…。

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このサギ「エリン」は、なかなか恐ろしい風貌と雰囲気を備えています。本作の冒頭で、マックが子どもたちに聞かせていたおとぎ話では、サギをまるで血に飢えたモンスターのように語っていました。

野鳥に詳しくない人は、なぜカモがサギをそんなに怖がるの?と不思議に思う人もいるかもしれませんが、実はサギは本当にカモのひなを捕食するのです! ネットで調べると、カルガモのひなをアオサギが丸呑みする、まさにその瞬間の映像も見つかりますが、カモはもちろん心臓の弱い人間の皆さんも閲覧注意ですわ…。わたくしもうっかり見てしまって、普通にショッキングすぎて3日は悪夢にうなされました…。汗ダックだくでしたわ(ダックだけに)。

↓そういえばカモスタンプにもそのシーンが含まれていますわね…悪趣味ですこと。

そんな現実の自然界に存在する「カモとサギの間の緊張関係」を生かしたサスペンスが展開される、アオサギの宿のシーンは、羽に汗握りながら見ました…!  と同時に「見た目や先入観の判断」を戒める、真っ当なメッセージが込められたシーンでもありましたね。まぁわたくしは、現実でオオアオサギに出くわしたら速攻で逃げてしまうカモですが…(ちなみにこのシーン、監督の日本での滞在経験がモデルになってるんだとか…。)

 

旅の中で出会う鳥といえば、ハトも印象的でしたわね。

人間にとって、とても身近な野鳥であるにもかかわらず(だからこそ?)カモと同じくらい…いえ、それ以上にナメられてる鳥、それがハトですわ。しかし本作では、ハトのリーダーであるチャンプ(原語の声はオークワフィナさん!そういえば『リトルマーメイド』でも鳥を演じていましたわね)を通じて、大都会のジャングルで逞しく生きる鳥として、ハトの姿を描いていました。

よく見ると片足に障害があったりしつつ(ハトはよく猫や猛禽に襲われたり、劇中で描かれるように交通事故に巻き込まれることも多いので…)、その鋭い知性と心の広さでタフに生き抜いてきたチャンプは、ハトのステレオタイプから逸脱した魅力的なキャラクターでしたわね。

↓ハトをナメてる人間の皆様はこちらもご覧くださいませ。

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ハトが活躍するニューヨークの場面は「鳥と人」の関係を通じて、人がすむ都会を別の視点から眺める点でも興味深いものでした。爽快な雲の中の飛行シーンに続いて、巨大な化け物のように霧の中から浮かび上がってくる船、そして「異界」として立ち現れる街…という幻想的な場面はとりわけ忘れがたいですわ。

注目したいのは、マックが飛びながら「窓ガラス」に写った自分を見るシーンです。水面ならともかく、空を飛ぶ鳥にとって、飛んでいる自分の姿を目にすることは、人工物への反射以外ではありえない不可思議な事態です。そして窓ガラスは、実際に鳥にとって危険でもあります。

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先日、ニューヨークの動物園から脱走して街の人気者になったワシミミズクの「フラコ」が、おそらく建物に衝突した死んでしまったことがニュースになりました。アメリカだけでもなんと年間10億羽もの鳥が建物に衝突して死んでいる、というのだから驚きですわ…。おいたわしい。

渡り鳥の多くは夜に移動するので、都市の光に引き寄せられて方向感覚を失いやすく、昼は昼で光を反射する窓に衝突しやすくなるそうです。まさに「見えない壁」である窓ガラスは、都会が鳥にとって一触即発な危険を秘めた場所であるという事実を、象徴する物体と言えますわね。

また、レストランの場面で一家が出会う真っ赤なインコ「ギルロイ」は、ジャマイカ出身であることから「アカコンゴウインコ」だと思われますわ。密猟によって数を減らしていることが問題になっている鳥であり、飼い主の恐ろしいシェフ(すごいデザインでしたわね)も違法なルートで入手した可能性が大きそう…。彼を囚われの身から救い出すことが、「街」編のミッションとなっていきますわ。

現実への警鐘を鳴らす一方で、危険も刺激も山盛りな街のシーンは、やはり本作で最も楽しいくだりでしたわね。色とりどりのディスプレイが輝くビルの間を飛び抜けるシーン、スパイもののような潜入シークエンス(カモの焼死体が出てくるのでわたくしには普通にホラーでしたけど…!)、夫婦のホットなダンスの場面(カモは実際に相手の周囲をグルグル回る、踊りのような求愛行動をしますわ)など、見どころが沢山ありましたわね。森や池とは大違いの「街」という世界で、たくましく生きていく鳥たちの生命力を表すシーンとしても解釈できるカモしれません。

 

ーーー以下、若干ネタバレがあるので注意ですわーーー

 

アヒルとカモの…家禽ロッカー?

現実の人と鳥の関係を踏まえた物語を描くうえで、特に印象深かった本作の場面も語っておきますわね。マガモ一行が街を脱出した後、まるで「楽園」のような場所でアヒルたちに出会うシーンですわ。

実は、アヒルは本作の主人公・マガモと非常に関係が深い鳥です。というのも、野生のマガモを家禽(かきん:家畜の鳥のこと)化した鳥が、何を隠そう「アヒル」なのですよね。鳥ではセキショクヤケイ(野生)とニワトリ(家禽)の関係に近いです。人間の皆さんはイノシシ(野生)とブタ(家畜)のほうがイメージしやすいでしょうか…。

アヒルたちを率いる「リーダー」的なアヒル・グーグーは、そのふわっとしたトサカのような頭部から、「クレステッド・ダック」と呼ばれる品種とわかりますわね。

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ヨガをやったりプールで遊んだり、まさに「楽園」のような暮らしをアヒルたちは送っています。しかしこの「アヒルの楽園」が、実は食用のアヒルを育てるための農場だった…という、衝撃の事実が明らかになるのでした(まぁ直前の場面がレストランなので、大抵の人は想像つくのではと思いますけれど…)。

つい最近、Netflixでアードマンの名作『チキンラン』の続編である『チキンラン: ナゲット大作戦』が配信されたばかり。こちらも、まるで楽園のような世界で育てられているニワトリたちが、チキンナゲットにされる運命にあると判明…という恐ろしい展開がありましたね。

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『FLY!/フライ!』と『チキンラン: ナゲット大作戦』という、それぞれ人間に近い鳥を主人公にした近年のアニメ映画が、どちらも「食肉」という営みを通じて、人間による鳥に対する支配に抵抗する話を描いているのは、鳥としては胸がアツくなる展開ですわ。人間の皆さんは若干気まずくなるカモしれませんが、鳥のような動物の視点に立って物語を語る現代のエンタメ作品が、こうした現実社会の(動物から見た)支配や搾取の構造にふれることは、ある種の必然なのかもしれませんわね。批評マインドを重視する社会派カルガモのわたくしとしても、こうした要素はバッチコイですわ。カモン、と言うべきだったかしら…。

 

カモから目線のツッコミも…?

このように、現実の鳥の生態や、鳥をトリ巻く諸問題をうまく盛り込んできた本作ではありますが…あくまで子ども向けのエンタメ映画であり、鳥を思いっきり擬人化したファンタジーであることも、カモの立場から念押ししておく必要がありそうですわね。

まず基本的なツッコミとしては、本作のグウェンくらいの年齢の幼いカモのヒナが、長距離の「渡り」を行うことはありえないと思いますわ。しっかりと成長し、翼や筋肉が長い飛行に耐えるようになって、満を持して空の旅に出発することがほとんどでしょうね。かわいい子ガモのキャラクターが冒険する絵面が必要だったゆえの、やむをえない「嘘」かもしれませんわね…。

そもそも本作で描かれたような「なかよしファミリー」をカモが形成するかといえば、これも極めて怪しいですわね。カモの子どもたちがダックスやグウェンのような微笑ましい「きょうだいの絆」を形成することもほぼないと思います。寂しいようですが、鳥の「きょうだい」関係は、哺乳類よりずっとクール&ドライなのです。

そしてなんといっても、実際のマガモの父親はマックとは大違い。子どもが生まれてから…どころか、メスがタマゴを温めている段階で、オスはメスや子どもを放棄してどこかへ行ってしまうことがほとんどです。人間的な価値観で言うと「なんたるクズ男!」という感じカモしれませんが、カモ的にはこうした行動がごく一般的なので、怒らないであげてくださいませ。「夫婦」のあり方は鳥によっても大きく異なるので、ぜひ調べてみてくださいね。

↓ちなみにコアホウドリは「同性カップル」を形成したりもしますわ。

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賢明なる観客の皆さんには言うまでもないことでしょうが、『FLY!』のカモファミリーは、あくまで多くの人間が見て感情移入できるよう「理想化」して描かれたものということですわね。本作のように動物を擬人化したファミリーものを見ると、むしろ人間が「父・母・子」からなる「家族」という共同体をいかに重視しているかが伺えて、興味深いと感じますわ。それ自体は全く悪いことではありませんが、他の動物の「家族」のありかたも人間と同じだとは、くれぐれも誤解なされませんように…。人間という同じ種の中でさえ「家族」の形は様々なのですから!

 

まとめですわ。

こうした科学的な「正確さ」や「嘘」を程よく織り交ぜつつも、カモが主役の貴重な長編アニメーション、しかも完全オリジナル作品という「カモの晴れ舞台」として、本作『FLY!/フライ!』は立派にその役割を果たしてくれたと思いますわ。

鳥描写は散々語ってきたので、最後に本作の根本的なテーマに触れておきましょう。それは「未知の自分に出会うこと」。

本作の監督が『くまのアーネストおじさんとセレスティーヌ』のバンジャマン・レネールであることは先述しましたが、あの作品と『FLY!/フライ!』には大きな共通点があります。それは冒頭ですわ。どちらの物語も「自分たちとは異なる他者」や「外の世界」に対する、偏見や誤解に溢れた「ストーリー」が語られることから始まっていますわよね。そして、そのように世界や他者を「決めつける」ストーリーは、実は自分たち自身を「決めつける」檻でもあることが、物語を通じて示されるのです。

そうした偽りのストーリーを脱するためには様々な方法があります。たとえば本作のマックたちのように、旅へ出て様々な他者に出会うこと。そしてカモのように身近な、しかし実は壮大な旅を繰り広げている生きものに目を向けることもまた、まだ見ぬ世界や自分自身に出会うための一歩かもしれませんわよ。ちょうど渡りの季節でもありますし、飛んでいるカモがいたらぜひ空を見上げ、はるかなる旅路に想いを馳せてくださいませ。

 

ーーーおわりーーー

 

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↑わたくしもいますわよ。我ながら高貴ですわね。

 

以下、有料記事として、このブログの運営者(ぬまがさ渡り…じゃなくてワタリ)が本作の雑感とか、ちょっとした文句(?)とかをつらつら書いているそうですわ。わたくしのタメになる文章とは違い、あくまで庶民による箇条書きの雑感なので、投げ銭感覚でお願いしますわね。投げ銭と言えば、わたくしがローマを旅行した際、トレビの泉に気持ちよくプカプカ浮かんでいたら(人間は立入禁止ですがカモなのでOKですわ)、小銭を投げてくる人々が大勢いて焦ったものですわ。しかも後ろ向きスタイルで投げてくるんですのよ。人間って不可思議ですわね…。

 

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【図解】博物館の剥製、ニホンオオカミだった!?

国立科学博物館にひっそり収蔵されていた「ヤマイヌの一種」の剥製が、実はニホンオオカミだった!とオオカミ大好き中学生が驚きの発見。日本や海外にある貴重なニホンオオカミの剥製についても紹介します。

 

Twitter↓

 

縦読み形式「いきものニューストゥーン」版↓

https://read.amazon.co.jp/manga/B0CXHLRHH1?ref_=dbs_wcm_wrnw_wr_rfb_2

 

<参考記事など>

NHKのニュースリンク。

www3.nhk.or.jp

 

www.nhk.or.jp

 

小森さんと専門家たちが協力して書き上げた論文。証拠をもとに論理を突き詰めていく、生きもの推理小説の趣き。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/bnmnszool/50/1/50_33/_pdf/-char/ja

 

オランダの「シーボルトのオオカミ」の秘密。

www.nhk.jp

 

ニホンオオカミの起源を探る面白い研究。

prtimes.jp

 

今回のオススメ参考本『ニホンオオカミの最後 狼酒・狼狩り・狼祭りの発見』。地元民の証言や歴史資料を参照しながらニホンオオカミの足取りを追う。

「最後のニホンオオカミ」とアンダーソンの出会いについても詳しいのでぜひ。

【図解】スパイ容疑のハト、釈放。

スパイ容疑でインド警察に捕まったハトがやっと釈放!…という困惑のニュースの影に隠れた、ハトのメッセンジャーとしての歴史や、驚きの能力を図解します。

 

縦読みマンガ(Fliptoon)版も作りましたのでぜひ↓

https://www.amazon.co.jp/dp/B0CVFNPJ5X

 

『RRR』を見てない人は今すぐ見よう。

numagasablog.com

 

<参考記事など>

CNN記事

www.cnn.co.jp

ガーディアン記事

www.theguardian.com

解放されるハトの後ろに写ってるのは、調べたらムンバイの動物病院の人だったもよう。異常に長く勾留してたのは指示の誤解もあったようだが…

 

こちらは「パキスタンのスパイ」容疑でハトが捕まった話。いっけんばかげてるけど、インドの緊迫した政治情勢を反映してもいるね…

www.bbc.com

 

ナショジオの動物スパイの歴史に関する記事。

natgeo.nikkeibp.co.jp

 

ハトとインターネットに関してはこちら詳しいので参照。

www.washingtonpost.com

 

↓この本も読んでるが面白い。ハトの章もあるよ。

赤ちゃんホホジロザメ図解!そして「Fliptoon」作ってみた

赤ちゃんホホジロザメ図解

ホホジロザメの生まれたての赤ちゃん(新生児)が世界初の発見!?というニュースを図解しました。ホホジロザメの子育てがだいぶ哺乳類っぽい件を、哺乳類の皆さんも知るべき。

ニュースいろいろ出てるけど、このへん参考に↓

natgeo.nikkeibp.co.jp

↓最近かいた別のサメ図解

numagasablog.com

 

「Fliptoon」作ってみた

今回、新しい試みとして、ためしに縦読みマンガ(Fliptoon)用に加筆&再構成したバージョンも作ってみました。amazonアカウントあれば無料で読めるので、読んでみてね↓

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私の図解、なにげに縦読みマンガと相性が良いのでは…とは思いつつ面倒なのでやってこなかったが、なにごともチャレンジということで、とりあえずFliptoon(amazon版ウェブトゥーンみたいなやつ)で作ってみたのだが、作ってるうちつい凝り始めてしまい(私あるある)、気づいたらニュース番組形式になってた。キャラクターも考案したし意外と加筆もしなきゃなので地味に大変だった…。

元から私の作品、ぜんぶ横書きで上→下の視線誘導なので、必然的に縦読みスクロールのマンガ形式とは相性が良いんじゃないかとは思っていた(厳密にはマンガじゃないけど…)。最近はスマホで読みやすいようになるべく意識はしていたが。

縦読みマンガならやはりWebtoonとかのほうが有名だと思うが、せっかくkindle出版のアカウントも持っていたのでamazonが始めたばかりのFliptoonにしてみた。どれくらい読まれるとか全然未知数だが、まぁ一回やってみようかって。なんか賞もやるらしいし、運良くお金もらえないかな↓(そもそもマンガじゃないとダメかもだが…)

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Fliptoon…ていうか縦読みマンガを自分では読む習慣が全く無いので全然わからなかったのだが、選択ジャンルにそもそも「動物」とかがなかった。

仕方ないので「日常」にしておいた。

ただし投稿したら「動物・ペット」のタグを勝手につけてもらえた。「サイエンス」とかもほしいところだが…(誰も縦読みマンガにサイエンスとか求めてないと言われると困ってしまうが)。まぁぶっちゃけまだ未開の地なんだと思う。

「私の図解、元から縦読みだし、置き換えるだけでラクじゃん」とか思ってたけど、つい凝ってしまって、けっこう作業が大変だったので、続けるかは未知数だが、反応次第でまた考えるので、よかったら読んでみてね。

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寒木春華(HMCH)のポケモン短編アニメが凄すぎたという話

『羅小黒戦記』の寒木春華スタジオが、旧正月(春節)を祝う、ポケモンのアニメ短編(公式タイトル「Dreaming of good times (良辰有梦)」)を制作・公開したのだが…

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そのクオリティが高すぎて絶賛が巻き起こっている。

(もちろんポケモンというコンテンツは日本産だけど)良く考えたら海外アニメ案件でもあるので、ちょっとした感想を書いておこうと思う。『ハズビン・ホテルへようこそ』の爆発といい2024年、開幕早々すごい海外アニメイヤーになりつつあるな…。

 

寒木春華スタジオといえば、『羅小黒戦記』や『万聖街』でおなじみの、中国の超絶技巧アニメーション集団である。日本でもアニメファンを中心に加速度的に知名度を高めているが、もし知らなければとりあえず『羅小黒戦記』を見てほしい。

…と劇場版の『羅小黒戦記 ぼくが選ぶ未来』をオススメしようと思ったが、今amaプラ見放題とかにも全然ないのね…!そういや配信終了の告知とかしてたな!(なんだかんだすぐ配信戻るのかなと甘く見てたわ…)まぁ円盤買う価値は間違いなくありますが。

これほど人気になった作品が配信で全く見れない状況はけっこう珍しい気がするが、色んな大人の事情があるのだろうか。

むしろ寒木春華スタジオだと『万聖街』のほうが見やすいっていうね(amaプラに来てる)。これもとても面白いしカワイイのでぜひ見てほしい。

そのハイセンスっぷり(主にキャラデザ)の凄さに恐れおののいた記事↓も読んでもらえれば…

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さて本題の、寒木春華スタジオのポケモン短編である。もっかい貼っとく↓

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短編のコンセプト自体はシンプルで、ポケモンと人間が共存する世界で、旧正月(春節)を過ごす人やポケモンたちの姿が2分くらいにコンパクトにまとめられている。ちなみに中国ではこの「旧正月」のほうがハッピーニューイヤー本番みたいな感じで、新暦の正月(1月1日)よりも盛大に祝われる(2024年の旧正月は2月10日)。

つまり本作は「日常にポケモンがいる風景」かつ「中国の旧正月の人間模様」を両立して描き、わずか2分の中にギュッと詰め込むという、かなり高度で忙しいことをやっているのだが、そこはさすがの寒木春華スタジオというべきか、見事に両立させている。「こういうポケモンアニメ、見たいな〜」と前から思っていたが、いきなり最強のやつが来てしまったなと震えた。

 

まず冒頭、ルカリオとトレーナーのスパークリングのシーンから象徴的だ。ボクシングの練習のようなスパークリングを大胆なカメラワークで映しつつ、ちらっと時計を見たトレーナーの顔に、ルカリオがうっかりパンチを叩き込んでしまう! …というわずか数秒のアニメーションだが、その中に「人とポケモンが互いに仲良く共存している」「人間には何か時間を気にする理由がある」「共存しているゆえにたまにちょっとした事故も起こる」という情報量がギュギュッと詰め込まれている。トレーナーが時計を見た理由は「そろそろ旧正月の帰省の準備をしないとな…」とでも思って気が緩んだのだろう、と後から推測できるものの、初見で全てを噛み砕き飲み込むことはまず不可能だが、ほんの短いアニメの中に、この両者の関係性や背景がうっすら浮かび上がる手腕はさすがだ。2分と短いので繰り返しの視聴も意識しているがゆえの、現代アニメ特有の濃厚さとも言える。

続くオフィスワークの男性の場面も良い。相棒のデデンネがすごく可愛い(ちなみに本作はほぼ無セリフなのだが、ちょっとだけ声がついていてデデンネも少し鳴く)。こういう丸っこい小動物的な架空の生き物キャラクターを、あくまで動物らしさを保ったままでかわいく描く手腕は『羅小黒戦記』の猫シャオヘイでも存分に発揮されていたが、良く考えたらポケモンシリーズとは相性バッチリだった。オフィスのリアル具合も相まって、日常にポケモンがいることの楽しさもいっそう引き立つわけだ。コイルの磁力は電子機器とか大丈夫なんだろうか、とか心配するのも楽しい。

 

本作の白眉のひとつは、次の電車のシーンから続く一連の流れだろう。金髪の女の子と相棒のワニノコが焦って走りながら電車に飛び乗る。この女の子は、基本的に控えめでリアルめな風体のキャラが多い本作の中では、いわゆる「アニメ的」というかコスプレ的なキャラで全体のトーンから少し浮いているのだが、実際にこれくらい派手に決めた子もけっこういるのが今どきの中国事情だろうな…とか考えると逆にリアルさもある。寒木春華は『羅小黒戦記』web版でも『万聖街』でもよくオタクの人や集団を描くので(本人ズが超オタク集団だからなのだが…)この子もなんらかのオタクなのかもしれない。

話を戻すと、そのオタクの(決めつけ)子とワニノコが電車に乗りこんだ際の、車内のようすを超広角レンズ的なアングルでぐわーっと映し出す景色は圧巻だ。旧正月だけあって、電車の中は人やポケモンでぎっしり賑わっていて、そのざわざわした雑多な、しかしワクワクするような感じをアニメでとてもよく捉えている。日本人的にも見慣れた光景ではあるが、それをこれほどのクオリティでアニメーションとして捉え、かつポケモンがいるとこんなにワクワクするシーンになるんだ!という発見もあった。

よく見るとピカチュウとミミッキュが向かい合わせで座っていたり、ここからなんらかのドラマが生まれるのでは…という奥行きも感じさせる。

 

電車の窓からカメラをダイナミックに引いて視点が切り替わり、(一瞬しか映らないがオートバイ女性に抱っこして捕まるナマケロもかわいい!)冬の森をオオカミのごとく疾走するイワンコ、ウィンディの跳躍とテッポウオのジャンプを重ね合わせて一気に海のシーンに場面転換…という流れのスムーズさは、アニメーションの教科書に乗せていいレベルの気持ちよさだ。船に乗る女の子の周りを飛び交うキャモメも、キャモメが現実にいたらまさにこういう感じだろうなという自然さで、「現実の動物のかわりにポケモンが生態系に定着した世界」という本作の世界観を彩っている。

空港ではタツベイが飛行機が飛ぶのを「いつか僕も…!」的に嬉しそうに眺めていて、空を飛ぶのに憧れているという(最終的にはボーマンダになる)タツベイの設定もしっかり抑えている。飛行機のカットからリザードンに乗って空を飛ぶ女の子のシーンへと切り替わる。ここまで車、電車、船、飛行機…と「現実の交通機関」を利用する人やポケモンの姿を描きながら、同時にポケモンが一種の交通機関のように人間を助けてくれていることも示すことで、この社会で人とポケモンがどのように共存しているかを端的に示している。この「現実と非現実」がリアルな形で交錯することによって生まれるセンス・オブ・ワンダーは、『羅小黒戦記』の都市における妖精の生き方なども思い出すし、やはり寒木春華スタジオの作風とポケモンの相性の良さを実感させられる。

 

続いて、これまで少しずつ登場してきた人々が、実家に戻ったり家族と再会したりして、旧正月を祝い合うシーンとなる。冒頭でルカリオのパンチをくらってしまった青年が、母親に心配されていたりするのも微笑ましい。

とはいえみんながみんな「家族との再会」というベタな年末を迎えているわけではない、というのもむしろ本作の風通しが良い部分だ。コダックと一緒に車で移動していた男性は、渋滞にハマってしまい若干イライラしている(ハンドルを指でトントンする所作とか、なにげにアニメで見ることは少ない気がするので妙に印象的だ)。隣のコダックを見つめてため息をつきつつ、「コダックじゃ空も飛べないしなぁ…」などと失礼なことを思っているのかもしれない。

 

それ以降、初出かつ大勢のモブ的な人間キャラとポケモンたちの、それぞれ全く異なる旧正月を過ごす様子が(絶対初見でぜんぶ把握するのムリだろという密度で)続く。ガオガエンとゴーリキーというコワモテ系ポケモンを従えた父親に自分の優しげな恋人を紹介しているのだろうお姉さん、キモリなど小さなポケモンたちと部屋を掃除して旧正月の飾り付けをするお兄さん、買い物やキャンプやカラオケに興じる人々など、性別・年齢・職業といった属性の幅がとても広いことに着目したい。「普通の人々」がこれほど多彩かつ豊かに描かれるアニメーションは世界的にも珍しいのではないかと思えてくるほどだ。

たとえば電車のシーンでも(一瞬しか映らないが)モクローが頭にとまっている女子高生の、ちょっとガッシリしてる体格とか茶髪の混ざり方とか、地味にデザインが「女子高生」の記号から外れているのも良い。いまだに日本アニメでも「女子高生」が描かれる場合、やたら記号化された造形が頻出する印象があるが、こういう感じの子も現実にはたくさんいるわけで、寒木春華スタジオの「画面に映る人々を決してないがしろにしない」という決意を感じる。

このようにモブの人々がちゃんとリアリティをもって描かれることで、アニメ内で描かれる「現実世界」の解像度が上がり、そのことによって「日常にポケモンがいる」ことのセンス・オブ・ワンダーも倍増するという、理想的な相乗効果を生んでいる。全ての現実寄りファンタジーの創作者が参考にすべき点だと思う。

「誰でもその人の人生では主人公である」などと言われれば、さも綺麗事に響くだろうが、これほどのクオリティと描き込みで「普通の人たち」を描き分けるアニメを見せられると、「本当にその通りだよな…」と思ってしまうし、今も周りで生きている様々な人々に思いを馳せたくなるというものだ。

そして最後には、そうした本作の姿勢を結集するかのようなクライマックスが訪れる。この世界で暮らし、それぞれの旧正月を祝う人々やポケモンの様子を、スマホやテレビなどの映像媒体を通じてワンカット的な手法で一気につなぎ合わせながら、旧正月の祭りで盛り上がる街の賑わいへとグワーッと接近していくアニメーションはまさに圧巻だ。

最後にたどり着く祭りの様子も楽しい(花火にしっぽで火をつけるヒトカゲがかわいい)。エンテイの「獅子舞」やレックウザの「竜舞」など、中国の伝統文化とポケモンの合わせ技のような表現も、世界の奥行きを深くしているし、文化のリプレゼンテーションとしても理想的だ(実際、こういう感じの祝い方なんだ〜と新鮮に感じる日本の人も多いはずだ)。大好きなアニメ作品『雄獅少年』を連想したりして、やっぱりあのエンテイ獅子舞の中にいる親子?も頑張って練習してその名誉にたどりついたんだろうか…と思ったりした。

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『雄獅少年』は本当に傑作なので観たほうがいいよ。

そして最後に、楽しい旧正月を過ごせた人も、(渋滞にハマったり入院していたり普通に年末も仕事があったりして)そうでもない旧正月になった人も、みんなでふと空を見上げて、ささやかな奇跡を目にする。そう、本物のレックウザが空を飛んでいるのだった…。辰年の旧正月を祝うポケモンアニメを締めくくる上で、これ以上ないような素敵な結末ではないだろうか。モブな人々の描写も決して手を抜かず、日常に溶け込んだポケモンのセンス・オブ・ワンダーを詰め込んだ、すばらしい短編アニメーションだった。

 

ところでこの寒木春華の短編だが、数年前に話題になった日本製の数分のポケモンMV「GOTCHA!」と見比べると、かなり対照的で面白い。こっちはポケモンの初代から剣盾あたりまでの歴史をひとつにまとめたような作品だ。現代の日本アニメ的な技術とリズムを結集し、エモとノスタルジーの爆発と圧縮によって、感情の濁流を起こすかのように力技で感動させる、的な作りといえる。私も世代的にドツボなので(なんかいつまでもいい大人がこういう懐かしキャラ大集合的なやつに感動してていいんだろうか、などと思いつつ)初見ではめちゃグッときてしまったわけだが…

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翻って寒木春華の短編は(長編の作風もだが)ほとんどエモやノスタルジーに頼らない、とてもクールと言っていいタッチだ。実に静かで穏やかなトーンで、旧正月を過ごす様々な人々の光景を少しずつ繋げていき、ポケモンという異質な存在を織り込みながら、ひとつの巨大な世界を構成していく。もちろん単純比較は不可能だが、仮にポケモンというコンテンツを一切知らない人が観てもグッとくるという意味では、今回の寒木春華の方に軍配が上がるのではないか、という気もする。自分たちの超技術を信頼しているからこその、純粋な意味でのアニメ表現によって「世界」を現出させるような手腕に惚れ惚れする。

寒木春華スタジオの近作だと、「アークナイツ」(私は遊んだことないが)というゲームのスピンオフ短編アニメも前に見て、その楽しさとクオリティに驚いた。ホテルという狭い舞台のドタバタ劇でありながら、現実世界を徹底的に観察し、洗練されたアニメ表現やアクションに落とし込んでいることがよくわかる。

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初見時、もう冒頭のルームサービス用の台車しか映ってない時点で「やっぱ別格だな…」と感じた。タイヤのひとつがガタッと一瞬曲がるという、現実では誰も注目しないような細かい所作なのだが、この現実の観察と再構築こそが寒木春華のアニメーションの凄さの核心なんだろうなと。ポケモンという(すでに多くのメディアミックスが存在する)超巨大IPを手掛けたことで、逆に寒木春華の技術やセンスの凄まじさを改めて思い知らされた。今後もつくづく目が離せないスタジオになりそうだ。

 

ポケモンが日常にいる暮らし…という意味では日本発のアニメでも『ポケモンコンシェルジュ』とか面白い試みがあったので、こちらも期待したいですね。

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おわり

信じる心が地獄を照らす。『ハズビン・ホテルへようこそ』感想&レビュー(ネタバレあり)

【2024/2/6追記:『ハズビン・ホテルへようこそ』シーズン1完結に伴い、限定公開していた部分(パレスチナ問題なども踏まえて考えたこと)も改めて加筆&全体公開し、完全版っぽい記事にしてみました。有料部分は雑感を別途に追記。すでに買ってくださった方はそのまま読める……はず(読めなかったら教えてください)】

2018年頃、この約3分のアニメ動画を見た時の驚きを今でも覚えている。

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タイトルは「INSIDE OF EVERY DEMON IS A RAINBOW」(直訳:どんな悪魔の心にも虹がある)。どうやら、とあるアニメの一部分を抜粋した動画のようだ。舞台は異形の者たちが跋扈する地獄のような世界で、主人公と思しき女性キャラがテレビカメラを前に、「人々が更生するホテルを開きたい」とおずおずと発言している…と思ったら、突如として自分の想いを歌い上げるミュージカルが始まる。

ものすごい密度と速度で展開するサイケデリックな美術、ダークで下品で破壊的な笑いのセンス、キャッチーで耳に残るメロディなど、とにかく鮮烈なアニメーションに圧倒されたが、もっと心に残ったのは、彼女が歌い上げるそのメッセージだ。それは「こんなめちゃくちゃな世界で、邪悪に振る舞っているあなたたちの心の奥にも、善良さ(虹)はきっとあるはずだ」というものだった。こんな過激で悪趣味でドラッギーな絵面でキマりまくった歌なのに、なんと優しいメッセージが込められているのだろう、と心に響いた。

だが地獄の住人たちにそんなメッセージは全く響かなかったようで、せっかくの歌もクソ扱いされてバカにされ、動画は終わる。この歌はあくまで『ハズビン・ホテル』という作品のパイロット版の一部らしく、「本編」はまだ完成していなかったようだ。だがこんなにカッコよくて楽しくて過激で、それでいて優しいメッセージに貫かれた「本編」がこれから生まれるというなら、なんとしても見てみたいと願ったものだ。

あれから5年がたった。どうやらその願いは最良の形で叶ったように思える。

ヴィヴィアン・メドラーノ氏を中心とする『ハズビン・ホテル』の制作陣は、「INSIDE OF EVERY DEMON IS A RAINBOW」の場面を含む30分ほどのパイロット版をYouTubeで公開したり、スピンオフ的な(これまた過激で楽しい)アニメ『ヘルヴァ・ボス』を制作したり、主要キャラの素敵なMVをアップしたりしながら、多くの熱心なファンを獲得していった。

ニューヨーク・タイムズで『ハズビン・ホテル』シリーズが歩んだ道のりについて記事になっていたので、ギフト設定にしておく(2/22くらいまで無料で読める)。

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そしていよいよ2024年1月、「本編」となるアニメシリーズが、驚くべきことに稀代の映画スタジオA24の制作で、しかもamazonプライム・ビデオという巨大プラットフォームで、満を持して配信されることとなったわけだ。自主制作的なインディーアニメが歩む道としては、これ以上ないほど華々しいものと言っていい。

日本版タイトルは『ハズビン・ホテルへようこそ』と名付けられ、しっかり日本語吹替版も制作されている。

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本編の話に入る前に、パイロット版『ハズビン・ホテル』を少し振り返っておく。物語の始まりが描かれた約30分のアニメーションで、すでに1億回近く再生されているのも納得のハイクオリティだ。この話の直後からamaプラ配信版の「本編」が始まるので、必ず見ておいたほうがいいだろう。(まぁ本編を見た後に前日譚としてこちらを見ても別にいいと思うが…)

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このパイロット版を「第0話」的な形で、amaプラ等で配信してもらえると話が早いのだが、キャラデザが微妙に刷新されていたり、声優陣を入れ替えたりしていることもあり(この件は本国ファンダムで物議を醸したようだが、まぁ色々な都合があるのだと思う)、新たな出発を遂げた『ハズビン・ホテルへようこそ』と、公式に連続したものとして売るのがちょっと難しい状況なのかもしれない。ただ実質的には完全に繋がっている話なので、YouTubeでさくっと見てしまってほしい。無料だし。

 

ちなみにパイロット版『ハズビン・ホテル』、なんと日本語吹き替え版も公式チャンネルにアップされているので、初見の日本の人はこちらを観てもいいだろう。(YouTubeに日本語字幕版もアップされてるが、そっちは非公式。)

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この吹替版は、日本で自主制作的に作られたバージョンで、厳密には非公式なのだが、本国の『ハズビン・ホテル』公式の目にとまって、準公式のような形でアップロードされている(インディーらしいフットワークの軽さと言うべきか)。ただし著作権的にもグレーゾーンだったようだし当然といえば当然だが、今回のamaプラ版は日本語版も改めて声優がリキャストされているので、あしからず。

 

もうひとつ、同じクリエイター陣による、世界観を(たぶん)共有したシリーズ『ヘルヴァ・ボス』もすでにシーズン2まで制作され、YouTubeで公開されており、熱い人気を博し続けている。こちらも素晴らしくカッコよく面白いアニメなので必見だが、『ハズビン・ホテル』と直接の連続性は(まだ)ないので、観るのは後回しでも問題ない。公式には日本語版もまだないしね。amazonさん、吹き替え作って〜

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ちなみに『ヘルヴァ・ボス』、エログロ悪趣味成分は『ハズビン・ホテル』シリーズよりさらに5倍くらい過激なので注意しよう! そのへんが平気なら、信じがたいほど良デザなキャラたちが織りなす、ヤバすぎる作画の最高アニメーションの乱れ打ちを存分に堪能できるはずだ。

 

前置きはこのくらいにして、さっそく新シリーズ『ハズビン・ホテルへようこそ』の魅力を語っていきたい。そこそこネタバレも含まれるので(重大な場合は警告もするが)できれば本編を先に見てほしい。1話20分強×全8話なので決して長くはない。

 

今回『ハズビン・ホテル』シリーズの素晴らしさを語る上で、3人のキャラクターに焦点を絞ってみたい。チャーリー、アラスター、エンジェル・ダストの3人である。他にも魅力的なキャラが山のように出てくる贅沢なシリーズだが、やはり本作の肝を最もよく体現しているのはこの3人だと思う。

 

 

チャーリー 〜冷笑に負けない地獄のプリンセス〜

本作の主人公にして、地獄のプリンセスである。地獄の支配者ルシファーとリリスの娘という物々しい出自なのだが、本人は至って善良な性格をしていて、まるでディズニープリンセスのような純真な心をもっている。

最初に紹介した、パイロット版の「INSIDE OF EVERY DEMON IS A RAINBOW」で、彼女の願いは完璧に説明されているのだが、再出発となった『ハズビン・ホテルへようこそ』1話でも、改めてチャーリーの人格や動機を表すミュージカルナンバーが用意されている。それが「Happy Day in Hell」だ。↓公式の動画(短縮版)

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チャーリーというキャラを象徴する「INSIDE OF EVERY DEMON IS A RAINBOW」と比べても、この「Happy Day in Hell」は、さらに王道の「I WISH Song」っぽい作りになっていることがわかるはずだ。なお「I WISH Song」というのは、ディズニープリンセスのような主人公が、自分の願い=WISHを歌い上げる楽曲の通称だ。多くは物語の序盤で歌われ、たとえば『リトルマーメイド』のアリエルが歌う名曲「パート・オブ・ユア・ワールド」や、最近でも『塔の上のラプンツェル』のラプンツェルが歌う「自由への扉」や、『モアナと伝説の海』の「どこまでも(How Far I'll Go)」などが「I WISH Song」の代表格といえる。プリンセスものに限らず、ミュージカル劇『ハミルトン』の「My Shot」なども「I WISH Song」に該当するだろう。主人公に感情移入させるとともに、物語全体のテーマも強調する、重要なミュージカルナンバーなのだ。

そんな『ハズビン・ホテルへようこそ』の「Happy Day in Hell」だが、初見で最も連想したのは、『美女と野獣』でベルが歌う「朝の風景」である。フランスの小さな美しい町の、朝の風景をベルが駆け抜けていきながら、彼女の内面や想いを表現した名曲だ。

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『ハズビン・ホテル』の「Happy Day in Hell」も『美女と野獣』の「朝の風景」も、「見慣れた町を歩きながら、主人公のヒロインが住民と交流しつつ、自分の感情や願いを高らかに歌い上げる」という意味ではおおむね同じことをやっているはずだが、見比べるとあまりの落差に笑うしかない。

チャーリーが生きる世界は、ベルの和やかな町とは似ても似つかず、暴力と性的倒錯と悪意にあふれた、まさに地獄の様相をなしている。ベルが町の人々と「ボンジュール!」と和やかに挨拶をかわすように、チャーリーも地獄の住人に「こんにちは、おじさん」と呼びかけるのだが、帰ってくる返事は「Go f※ck Yourself!(さっさと失せやがれクソが!)」である。あまりに非ディズニー的なお返事だが、それを大して気にもとめず歌い続けるチャーリーの姿に、むしろこの地獄世界の圧倒的な治安の悪さが現れている。

窓を開けっ放しでハードコアセックスに励む者たちや、路上の死体を食い散らかす異形の者たちや、歌を邪魔して性器(?)を触らせようとする化け物といった有象無象にも決して負けることなく、むしろそんなどうしようもない人々も救おうと心に決めて、チャーリーは「今日は地獄で最高の一日になるはずだ!」と高らかに歌い上げるのだった。

この地獄版"I WISH"プリンセスソングと呼ぶべき「Happy Day in Hell」や、パイロット版の「INSIDE OF EVERY DEMON IS A RAINBOW」が表現しているのは、地獄という世界の異常さだけではない。チャーリーがこの世界でいかに「異常」な存在なのかということもまた描かれているのだ。こんなめちゃくちゃな世の中で、希望と笑顔を絶やさずに「人の良心を信じる」心を歌い上げるチャーリーは、まさに異端にして異質な人物といえる。しかしだからこそ、彼女は本作の主人公なのだ。

地獄はとても「冷笑的」な場所だ。「INSIDE OF EVERY DEMON IS A RAINBOW」でも、希望や良心を歌うチャーリーのことを嘲笑し、冷笑する住人たちの姿が繰り返し描かれた。地獄は「罪人」と見なされ、見捨てられた魂が集う場所であり、誰も自分に価値や可能性があるなどとは思っていない。娯楽といえばセックスか暴力か酒かドラッグか、チャーリーのような「綺麗事を歌う愚か者」が無様に失敗する姿を嘲笑するか…ぐらいが関の山だろう。こんな世界で冷笑的にならないほうが無理というものかもしれない。

その意味で本作の「地獄」は(これほど過激ではないにしろ)私たちが暮らす現実世界にもどこか似ていないだろうか。戦争、虐殺、暴力、貧困、差別、環境破壊といったあらゆる理不尽や不公正があふれかえるこの世界で、「人の良心を信じたい」「世の中を良くしたい」などと綺麗事を語ろうものなら、すぐさま「世の中そんなに甘くない」「お花畑にもほどがある」「何をしたって結局無駄」という嘲笑と冷笑をぶつけてやろうという人間が続々と現れる。レベッカ・ソルニットのいうところの「無邪気な冷笑家」たちに、地獄でチャーリーをあざ笑う者たちの姿が重なる。

もっと身近な「地獄」が見たければ、ソーシャルメディアを覗くのもいい。当初『ハズビン・ホテル』が発表されたYouTubeにも、カスみたいな陰謀論や悪意あるデマがあふれかえっている。Twitterは「表現の自由」の意味を完全に取り違えた大富豪に買われ、大幅に治安が悪化したXとして生まれ変わり、差別や暴言が娯楽として弱者やマイノリティに投げつけられ、もはや人間ですらないインプレ稼ぎゾンビにあふれかえる地獄のSNSとなった。というか最近はもうbotアカウントがポルノ動画を無差別に投げつけてくるので、露出狂でもNOと言えば一応引き下がってくれるぶん、『ハズビン・ホテル』の地獄の方が若干マシかもしれない。ともかく『ハズビン・ホテル』が最初に発表された数年前と比べても、リアルもネットも「地獄」っぷりが加速しているように思えてしまう。

しかしだからこそ、チャーリーという主人公は輝きを放つ。どんなに嘲笑されようとも、悪意をぶつけられようとも、決して希望を捨てることなく、ろくでもない人間の中に良心や善性を見出し、みんなを救おうと走るチャーリーの姿は眩しい。彼女の存在こそが『ハズビン・ホテル』シリーズを、単なる露悪的なオシャレアニメではなく、冷笑に抗う希望の物語にしてくれている。理想と現実のギャップがこんなにデカいプリンセスもめったにいないと思うが、だからこそ応援したくなってしまうというものだ。

一方で、彼女が地獄の罪人に与えようとしている「救い」は、下手をすれば独善的で、押し付けがましいものになりかねないはずだが、本作独特のユーモアや過激さがその「説教臭さ」を見事に中和しているのも興味深い。第2話で、とある意外な来客がホテルを訪れるのだが、チャーリーがその人物に「Sorry(ごめんなさい)」と謝ることの重要性を歌い上げる場面は特に心に残った。「まずは謝りましょう」なんて、もはや子ども向けアニメですらめったに描かれないほどド直球に「道徳的」なメッセージといえるが、本作で描かれると「たしかに"謝る"って本当に大事だな…」と変に納得してしまうので不思議だ。極端すぎる環境を逆手に取って「道徳的なプリンセスもの」を成立させてしまう、まさに唯一無二の主人公造形といえるだろう。

 

チャーリーと言えば、もうひとつ大切な要素がある。それは同じくメインの女性キャラ「ヴァギー」との関係性だ。チャーリーとヴァギーは公式でカップルの設定であり、本作のクィアな(性的マイノリティのキャラクターがたくさん出てきたり、肯定的に描かれる)アニメとしての魅力を強化している。近年では『シーラとプリンセス戦士』『アウルハウス』『ニモーナ』など、主人公が性的マイノリティであり、かつ公式に同性カップルが描かれるメジャーなアニメ作品が数多く生まれているが、『ハズビン・ホテル』は6年前のパイロット版の時点でこの主役カップルを描いていたわけで、この点でも先駆的だったといえる。クィアな主人公を描く作品は増加中とはいえ、「主人公が最初から同性カップル成立してる状態」から始まる作品はいまだに珍しい気がするので、いっそう応援したいところだ。

お相手のヴァギーも魅力的なキャラである。原語版の吹き替えは『ブルックリン99』のローザや『ミラベルと魔法だらけの家』のミラベルを担当したステファニー・ベアトリスというのも嬉しい。ヴァギーの人柄はチャーリーとは対照的に現実的・常識的であり、チャーリーの派手な振る舞いにツッコミを入れたり呆れたりしつつも、決して理想を捨てない彼女の生き方に惹きつけられてもいる。つい突っ走りがちなチャーリーにはぴったりの相手といえるだろう。シーズンの後半では彼女の過去が明かされ、チャーリーとの関係がさらに踏み込んで描かれることとなり、ロマンスとしても見応え抜群だ。

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アラスター 〜カッコよさ恐怖かわいげ全部盛りデーモン〜

本作『ハズビン・ホテル』シリーズの魅力を象徴する第2のキャラとして、アラスターの話をしたい。アラスターは地獄で最強の悪魔であり、「ラジオデーモン」の異名で恐れられている。シカのようなツノを生やし、紳士的な赤いスーツをバシッと着込み、いつもチェシャ猫のように不気味に微笑んでいる姿は不気味ながら魅惑的だ。

公式テーマソング「INSANE」もカッコイイ。

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クリエイターのヴィヴィアン・メドラーノは中学生の頃からアラスターを構想していたと聞くが、実際それも納得というか、絶妙に中2マインドを刺激するカッコよさに溢れたキャラクターである。もう「ラジオデーモン」という概念からしてカッコいい。昔のラジオに乗せたような少しひび割れたボイス(時々笑い声などの効果音が挟まる)で、往年のラジオアナウンサーを模して喋るという彼のスタイルには、ラジオという媒体がもつ洒脱でノスタルジックな魅力が活かされている。

そんな底知れないほど邪悪な悪魔のアラスターだが、なぜか「罪人を救うホテル」という綺麗事の大風呂敷を広げたチャーリーに興味を示したようで、(善意よりも娯楽としての側面が大きいようだが)彼女たちのホテルの活動を手伝ってくれることになった…というのがパイロット版の大筋である。

そこから直結する新シリーズ『ハズビン・ホテルへようこそ』で注目したいアラスターの動向は、やはり第2話、地獄を支配する「メディア王」ヴォックスとの対決だろう。洗脳能力やテック、巨大資本を武器にして、地獄に君臨するヴォックスは、テレビそのものの形をした頭といい「テレビデーモン」とでも呼ぶべき姿をしている。そんなヴォックスが(何があったのか詳しくは描かれないが)にっくき「ラジオデーモン」アラスターの帰還を知り、普段のクールさや慇懃さを投げ捨て、自分の映像メディアを駆使してネガキャンに励むのだが…という一連のバトルが、テンポの良いミュージカルシーンとして描かれることになる。

↓2話は英語版が公開中。歌は8:49〜ごろから

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この場面が、ヴォックスvsアラスターを通じて「テレビvsラジオ」のメディア対決を視覚的に表現したシーンになっているのも面白いポイントだ。映像も音声を流せるテレビは、音声しか流せないラジオの上位互換のはずであり、ラジオはテレビの前に破れ去った…というイメージがあるかもしれない。だがこれほど映像技術が発達した現在でも、ラジオはなくなっていないどころか、ポッドキャストのような音声コンテンツは音声サブスクの隆盛も影響して、今いっそう勢いを増しているようだ。(現に私自身もテレビは全く見なくなったが、ラジオやポッドキャストはしょっちゅう聞いているわけだし…)

なので「ラジオデーモン」という、いっけん時代遅れにも思えるメディアを名前に冠したアラスターが、主流メディアを支配するヴォックスをねじ伏せる展開にも、不思議な説得力があるのは興味深い。web上でカウンターカルチャー的に、バイラルな熱狂を巻き起こした『ハズビン・ホテル』の顔を務めるのに、アラスターはふさわしいキャラといえる。

その一方でアラスターは、ラジオという媒体がもつ恐るべき「闇」も体現しているように思う。彼自身、地獄の支配者を殺す様子をラジオで実況するというサイコな行動によって伝説と化しており、悪魔に転生する前も大勢の人を殺していたガチの悪人だったという裏設定もある。

それを踏まえるとラジオがメディアの歴史上、虐殺に加担したこともあるというおぞましい闇も抱えていることにも注目すべきだろう。たとえば『ホテル・ルワンダ』で映画化された1994年のルワンダ虐殺でも、結果としてラジオが殺人を煽ることになった。メディアが緊急時に人の心に与えうる最悪の影響の例として、今でも語り草になっている事件である。「声」は、時としてビジュアル付きの映像媒体以上に、人の精神にダイレクトに影響してしまうのかもしれない。

ラジオという媒体の魅力と恐怖の二面性を、これ以上なくスタイリッシュな形で具現化したアラスターは、近年のあらゆるカートゥーン・キャラクターの中でも、トップクラスの良デザインと言っていいだろう。大量のファンアートを生み出しているのも納得するしかない…。

さらに『ハズビン・ホテル』シリーズが(スピンオフ『ヘルヴァ・ボス』もだが)恐ろしいのは、このレベルの素晴らしい造形を誇るキャラクターが、息をするように続々と登場するということだ。毎回毎回あまりにイカしたデザインのキャラクターばかり登場するので、連続して見ると正直「凄い」を通り越して若干疲れてしまうかもしれない…。「アイキャンディー」も一気に食べすぎると胸焼けしてくる、と言ったところか。贅沢すぎる不満だが…。

ともあれ、主人公・チャーリーが本作に込められた優しさや良心、まっとうな倫理観を体現しているのだとすれば、アラスターは『ハズビン・ホテル』シリーズのビジュアルが放つ、まさしく悪魔的に強烈な魅力を象徴するキャラクターといえる。この「まっとうな心」と「抗いがたい過激で強烈な魅力」という強靭な両輪こそが、本作をスペシャルな作品にしているのだと思う。

そんなアラスターだが、カッコよさと怖さだけではなく、かわいげも存分に発揮しているというのはニクイところだ。2話でのヴォックスとの微妙に大人げない対決といい、5話の「チャーリーにどういう感情を抱いてるんだコイツは…」となるダディ対決といい、本編が始まったことで思ってたより「人間臭い」一面もあるヤツなんだな…とわかったという点で、パイロット版からけっこう印象が変わったキャラクターでもある。ちなみに公式にアセクシュアル(無性愛者)のキャラとして設定されていることもあり、エンジェルくんにエグい下ネタを振られると若干イヤな顔をしたりもする。

この「強大な力をもった恐ろしい存在だが、かわいげもある」というデーモンの魅力は、林田球『ドロヘドロ』のチダルマやハルといった悪魔たちも個人的に連想した。圧巻のデザインセンス、過激なエログロ、スッとぼけたユーモアの共存という意味で、『ハズビン・ホテル』シリーズに一番近い日本の作品は『ドロヘドロ』といえるかもしれない。

話が進むにつれてアラスターの意外な過去や人間関係、かわいげはあってもやはり真剣に恐ろしい面もじわじわ明らかになったりして、今のギリギリ味方?なポジションを今後も続けるのか、それとも強大な悪としてチャーリーたちの脅威になるのか、本当の意味で「敵かな?味方かな?」が読めない、目が離せないキャラ造形になっている。

 

エンジェル・ダスト 〜ディズニーが救えないポルノスター〜

『ハズビン・ホテル』シリーズの両輪である「まっとうな心」と「抗いがたい過激で強烈な魅力」を体現するキャラクターとして、それぞれチャーリーとアラスターを挙げたが、最後にもう1人、その両方の要素がよく現れているキャラクターを語りたい。エンジェル・ダストだ。

エンジェル・ダスト、通称エンジェルくんは、地獄のポルノ業界のスターである(ちなみにセクシュアリティはゲイ)。彼はそのあふれんばかりの性的魅力によって、地獄の住人たちにセクシャルな快楽を提供している。性にまつわる自身の才能をアピールしがちで、口を開けば下ネタばかり飛び出し、あのアラスターさえも若干うんざりさせている。(容赦ない下ネタが飛び交う『ハズビン・ホテル』シリーズだが、実はホテルの主要キャラは、エンジェルくん以外は進んで下ネタを言うタイプではないという事実はけっこう面白い。)

まずエンジェルは「セックスワーカーの男性」という時点で、従来のアニメには登場しなかったタイプの主要キャラクターといえる。性を売り物にする女性、いわゆる「娼婦」が、古今東西のフィクションでしょっちゅう(大抵は男性作家によってステレオタイプ的に)描かれてきた存在であることに比べると、男性のセックスワーカー(男娼)がフィクションの主要キャラクターになること自体が少ない。パイロット版の時点で、カッコよくてセクシーなキャラデザと辛口なユーモアを兼ね備えたエンジェル・ダストは、本作で最も目を引く存在だった。

だが『ハズビン・ホテル』シリーズはさらに踏み込んで、エンジェルをステレオタイプなキャラクターとして終わらせることなく、彼の内面をより繊細に描こうと試みる。パイロット版の数年後に突如公開された、エンジェルくんを主人公としたMV「ADDICT」は大きな反響を巻き起こした。すでに1.6億回以上再生されているが、それも納得の出来栄えだ。

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「ADDICT(薬物中毒の意)」では、セックスと暴力が支配する地獄の世界で、傷を抱えながらもなんとか生きていくエンジェルと、彼の相棒である爆弾魔チェリーボムの姿がスタイリッシュに描かれている。目を引くのは、エンジェル・ダストの人格の複雑さや、彼が生きる世界の二面性が表現されていることだ。

エンジェルは他人の情欲を燃え上がらせる自身の「セックスの才能」に対して、確かにプライドや自尊心、やりがいも抱いているのだろう。だがそれと同時に、やはり自分の体や尊厳を売り物にし、見知らぬ大勢に消費されていることや、時には直接的な暴力や支配にさらされることに、屈辱や恐怖、悲しみも覚えているのだ。きらびやかなストリップショーで自分の体を見せびらかす姿と、汚れたベッドでうずくまり泣きじゃくる姿が交互に映るシーンに、彼の人生の二面性が最もよく現れている。

もちろん人にもよるだろうし、外野からは想像するしかないとはいえ、こうした二面性は、多かれ少なかれ現実のセックスワーカーや、なんらかの形で性を消費されている人が直面しているものでもあるのではないだろうか。「ADDICT」は、エンジェルというキャラクターをただ「カッコよくてエロイもの」として消費するのではなく、現実の痛みを抱えた人々の希少なリプレゼンテーション(表象)として丁寧に造形していこうという、作り手の高い志を感じさせるMVだった。

 

ーーー以下『ハズビン・ホテルへようこそ』4話ネタバレありーーー

 

そしてその志は、このたびの新作『ハズビン・ホテルへようこそ』でさらに見事に結実している。特筆すべきはやはり第4話「仮面」である。暴力的な権力者ヴァレンティノに生活を支配され、セックスを売り物にする世界で生きるエンジェルは、プライドと痛みという矛盾した2つの感情を悶々と抱えている。しかし自分の抱える複雑な思いを誰にも吐露できないまま、つい偽りの「仮面」を被るように振る舞って、チャーリーらホテルの面々とも衝突してしまう。

半ばヤケになったエンジェルは、ヴァレンティノが支配するポルノ業界で、暴力的・搾取的なセックスワークに没頭する。この様子が『ハズビン・ホテル』らしい過激さで、「Poison」というミュージカルナンバーにのせて描かかれることになる。ヴァレンティノのような強者から受ける抑圧を「毒(Poison)」にたとえ、「それが毒であることはわかっているが、生きるために飲むしかない」という、中毒のような深みにハマっていく泥沼を示した歌という意味で、先述の「ADDICT」の変奏のような内容にもなっている。

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自分の気持ちに正面から向き合うこともできず、仲間から差し伸べられた手も振り払い、DV彼氏的なクソ男に生活を支配され、過酷なセックスワークで体も心も搾取され…という、まさにドン詰まりな状況にあるエンジェルくん。だが、彼にささやかな救いをもたらしてくれたのは、意外な人物だった。つい先刻まで言い争っていた、エンジェルと最も気が合わなさそうな悪魔・ハスクである。

ハスクは猫のような外見の元・上級悪魔だが、アラスターに弱みを握られているようで、無理やりハズビンホテルでバーテンダーとして働かされている。様々な問題を抱えたエンジェルに厳しくツッコミを入れつつ、彼自身もギャンブルやアルコールの問題を抱えているようだ。そんな彼が、自暴自棄になったエンジェルに(本作らしくミュージカルによって)どんな言葉をかけるのかは、ぜひ該当の楽曲シーンをを見てほしい。『雨に唄えば』も想起する前向きなメロディの中に、妙に突き放したドライなテンションが混ざり、何もかもがイヤになった「Loser(負け犬)」を優しく励ますような、絶妙な塩梅の歌になっている。

曲名は「Loser, Baby」で公式がアップしていた。

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ハスクがエンジェルを(とても彼らしいやり方ではあるが)慰め励ますこのシーンが、男性同士の繊細なケアという、なにげに今ホットなトピックであることにも着目したい。マッチョさが支配する世界での、男性同士の優しい労りあいという意味では、最近見た映画だと『ファースト・カウ』を連想したりもした。さっそくハスク/エンジェルのship=カップリングも盛り上がっているようで、その良さもよくわかるのだが、個人的にはこの2人には性や恋愛を介さないまま、お互いをケアしあう良き関係を築いてほしい気持ちもある。こういうことが言えるのも逆に本作が(主人公コンビが思いっきり同性カップルだったり)クィアフレンドリーな作品だからこそなのだが…。とか言いつつ恋愛が本格的に描かれても面白そうだし、どう転んでも美味しいと思う。

なんにせよこの『ハズビン・ホテルへようこそ』4話は、本作を連続シリーズ化した意義を改めて感じさせる、まさに神回だったといえるだろう。過激なエログロも存分にぶちかまし、間違いなくディズニーのような全年齢アニメの対極を歩む『ハズビン・ホテル』シリーズだが、チャーリーの項目で述べたように実は王道の「プリンセスもの」でもある。そんな本作が、社会の周縁に追いやられた人の苦しみや、繊細なメンタルケアの描写等を通じて、過酷なセックスワーカーやドラッグ中毒者のような「ディズニー作品では絶対に救えない(そもそも登場すらできない)ような人々」に手を伸ばそうとしていることが何より熱いし、素晴らしいことだと思う。

驚異的なデザインセンスによって構築された世界で、楽しいミュージカルやピリッとするユーモアを織り交ぜながら、マイノリティに光を当てる社会派なメッセージ性も込めた『ハズビン・ホテルへようこそ』は、カートゥーンの可能性を一段押し広げる革新的な作品という意味で、個人的なオールタイムベストアニメである『スティーブン・ユニバース』にも匹敵するポテンシャルを感じている。すでにシーズン2の制作も決まっているということで、今後どんな展開を向かえるか、心から楽しみだ。

 

もう十分長々と書いたので終わりたいが、その前に『ハズビン・ホテルへようこそ』がもつ社会的なメッセージ性という意味で、もうひとつ外せないトピックに言及しておきたい。

(※以下は最初、有料部分として公開したんですが、シーズン1終了記念ということでさらに加筆して全体公開してみます。いつまでとかは不明。有料部分を買ってくださった方のために、記事の最後にも別途に追記してみました。)

 

天国・地獄、パレスチナ問題

(注意:第6話のネタバレを含みます)

 

今パレスチナで起きていることに関心を寄せている人は、『ハズビン・ホテルへようこそ』を見て「えっ、この話って…」と思ったことだろう。冒頭のプロローグから、「天使によって"罪人"とみなされた集団に対する虐殺」が地獄で繰り返されていて、しかも新たな虐殺が迫っていることが明らかになる。さらに1話の後半・アダムとの会合を経て、『ハズビン・ホテルへようこそ』は、チャーリーが(地獄の善人たちをホテルに招くことで)その虐殺をなんとか食い止めようとする物語として始まる。本作はあくまでフィクションとはいえ、今パレスチナのガザ地区で起きている、目を覆うような惨状を思い起こさない方が難しいかもしれない。

本作のそうした現実への「ぶっ刺さり方」は、先日配信された第6話「天国へようこそ」後半のミュージカルシーンで頂点に達する。

公式がアップしてる当該シーン(英語↓)

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地獄での虐殺を止めるため、天使たちと直談判しに天国へ向かったチャーリーは、「罪人が更生できる証拠を見せろ」と詰められる。そこでチャーリーが提示したのが、エンジェル・ダストの姿だった。ドラッグ中毒のポルノスターという、天国からは白い目で見られる属性の彼も、(第4話でのハスクの励ましも功を奏して)少しずつ人生を改善させていることがわかる。だが、そんな成果にもかかわらず、天使たちは彼の「更生」を認めようとしない。それどころか、何をすれば「天国」に行けるのか、その基準すら誰も示せないのだ。

そこから始まるミュージカルシーンは、そんな理不尽に対して怒りをぶちまけるチャーリー、彼女を嘲笑しつつ虐殺について口を滑らせるカス野郎の天使アダム、虐殺の真相を知って天国への批判に転じる熾天使の少女エミリー、そんな彼女を「あなたたちのためだから虐殺も仕方ないのだ」と、燃え盛る炎を目に映しながら諫める熾天使長セラ…といった、いくつもの異なる思惑が折り重なる、圧巻のミュージカルナンバーとなっていた。

この場面が凄いのは、まさに今、世界中で飛び交う議論が生々しく映し出されているように見えることだ。宗教と深く結びついた帝国主義・植民地主義に基づく一方的な断罪によって、「永続的な罪人」のように土地に縛り付けられた人々が、虐殺による滅亡の運命を押し付けられている…。そんな理不尽を可能にしているのは、「安全のためなら仕方ない」という理屈によって、なんだかんだ支配体制を温存し、虐殺や暴力に加担し続けている「善良な人々」でもある。

一方でそんな理不尽に気づき、惨状を目の当たりにしてなんとか「運命」を変えようと、若い世代が立場を超えて奮闘し、体制に対して批判の声をあげている。これらは全て『ハズビン・ホテルへようこそ』の劇中で描かれたことだが、まさにそのまま、パレスチナの問題を巡る現実世界の状況に当てはまりはしないだろうか…。

先日ちょうど国際司法裁判所でイスラエルに「ジェノサイド(集団虐殺)」防止の命令が出たり、かと思えばUNRWAの職員がハマス襲撃に関与した疑いに対してアメリカなどが支援停止に踏み切ったり、今まさにパレスチナを巡って国際社会が揺れている真っ最中なだけに、こういうタイミングで『ハズビン・ホテルへようこそ』のように、虐殺を正面から堂々と批判する作品が出たことは、現代のポップカルチャーにとって大きな意味があることだと思う。

ただ一応補足すると、もちろん『ハズビン・ホテル』の天国/地獄を、中東問題にそのままなぞらえるのは問題があることは言うまでもない。まずパレスチナを「罪人にあふれかえった地獄」扱いするのは当然ながら不適切だし、本作の天国や天使にしても、基本的にキリスト教の保守派的な世界観として描かれているので、ユダヤ教が多数派を占める国家であるイスラエルを直接に想起させるわけではない。

ただしイスラエルの最大の支援国家であるアメリカはキリスト教が強い力をもつ国家であり、中でも保守的な勢力の福音派=エヴァンジェリカルは、政治的に強大な力をもち、共和党の岩盤支持層であり(トランプのことも熱烈支持している)、イスラエルに対しても極めて親和的だ。国内のキリスト教保守派の圧力は、アメリカが国家としてイスラエルを支援し続ける最大の要因のひとつと言って間違いないだろう。「なんでキリスト教保守がユダヤ教に肩入れを…?」と思う人が多そうだし、この辺の繋がりはしっかり説明されないと外野にはわかりづらいと思うので、詳しくはこういう記事とか読んでみてほしい。私は新書『ユダヤとアメリカ』を読んだりした。

一方いま政権を握るバイデンの民主党も、国内のユダヤ系の支持を失わないために、イスラエル支持の姿勢そのものは崩せないという事情があり、結果として(共和党よりは強硬でないとはいえ)虐殺を止めることに対して弱腰になっている。よって本作のアダム(現実だとトランプ?)に象徴される「わかりやすいクソ野郎」だけのせいで虐殺が起こっているわけではないという事実は重要だ。セラのように「あなたにはわからない事情があるのだ」と理性的に(しかしその目に炎を映しながら)若者をたしなめる権力者もまた、虐殺の力学を温存している。だからこそ、アダムにもセラにも反旗を翻し、「虐殺は間違っている」と歌い上げるチャーリーとエミリーの姿は、なおさら現実の情勢に突き刺さっているように思える。

『ハズビン・ホテルへようこそ』は、そもそも1話でのアダムの描かれ方(チンコマスターを自称する性差別クソ野郎!)といい、キリスト教的な世界観の欺瞞に対して相当突っ込んだ、批判的な描き方をしていることは注目に値する。エヴァンジェリカル的なキリスト教勢力の暗部を、批判を恐れず突っ込んで描くエンタメ作品としては、たとえば近年ではドラマ『ザ・ボーイズ』なども攻めた描き方をしていたので、先鋭的なクリエイターにとって熱いテーマなのだと思う。

日本でも似た感じの事案として、神道が保守派の政治家(同性婚に反対してるような勢力)と癒着してる問題とか、元首相の暗殺に旧統一教会の問題が関わっていたとか色々あったわけだし、神社や巫女のような宗教の上澄みだけモチーフに利用して消費するだけでなく、国内の宗教にまつわる問題について突っ込んで描くフィクションが増えてもいいと思うのだが…。ちゃんとやれば絶対面白くなると思う。

それはともかく『ハズビン・ホテル』シリーズが、現在進行系で行われている虐殺を批判する上で、キリスト教的な規範の欺瞞性を糾弾していることは、(少なくともアメリカ国内の政治状況を考えれば)現実世界の状況に深々と刺さっているし、地獄や悪魔を扱った作品の姿勢としては、むしろ非常に正しくまっとうなことだと思う。そうしたまっとうさが、第6話のような息を呑むほどのタイムリーさをもたらしたのは、創作への真摯な姿勢がもたらした、ある種の奇跡と言えそうだ。

ただし中東(イスラエル/パレスチナ)の問題にしても、何も2023年10月8日のハマス襲撃によって無から始まったわけではなく、暴力的な抑圧の構造自体は前からずっと存在し続けたわけなので、本来はタイムリー云々といった話ではないのだろう。

それに『ハズビン・ホテル』の「天国/地獄」の関係は、パレスチナ以外にも、様々な現実の問題のメタファーを読み取ることが可能だ。特に連想したのは、ドキュメンタリー『13th 憲法修正第13条』で論じられた、人種的マイノリティに対する差別構造を維持するべく刑務所のシステムが利用されている…という問題である。YouTubeに全編(!)がアップされているのでぜひ見てほしい。

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つまり『ハズビン・ホテル』の描写がたまたま現実に刺さったというよりは、クリエイターが差別や暴力の構造といった「現実の諸問題」を真剣に考えて作品を作ると、まさに今のように現実の問題がわかりやすく激化した時、予想外のぶっ刺さり方をしてしまう(ように見える)…という好例なのだと思う。

言い古されている言葉だが、「真に過激な作品を作るためには倫理観が必要になる」と常日頃から思っている。現実世界に真の意味で「刺さる」ものを作るためには現実をちゃんと観察する必要があり、逆に現実を見る解像度が低いままだと、大して「尖った」「過激な」ものは作れない…という、けっこうシビアなクリエイターの能力の問題でもある。

その意味で『ハズビン・ホテルへようこそ』が、いま表面的な意味ではなく(いや表面的にも尖りまくってるのだが)真に「尖った」「過激な」エンタメ作品になりえているのは、クリエイターの思考と観察力、そして表現力の結晶なのだろう。本作のクィアネスと、虐殺への批判精神は、いまだ社会を支配する(キリスト教に限らない)保守的な権威主義に対する、相互に重なり合ったカウンターになっていることも意識したい。性的マイノリティや障害者といった周縁化された存在へのエンパワメントと、植民地主義的な思想への批判を同時に行った『スティーブン・ユニバース』との共通点も、なおさら強く感じるのだった。まぁ『スティーブン・ユニバース』はいま日本で見る手段がほぼないのだが…。『ハズビン・ホテル』の大波に乗って、どこでもいいから早く配信してくれ!!(結論)

 

終わり。

 

ーーー

 

…実はここまでは概ね6話までを見た時点で書いたことなのだが、先週7・8話が公開されて『ハズビン・ホテルへようこそ』シーズン1が終わった。たいへん素晴らしいエンディングで、これまで書いたことも直す必要も感じなかったのだが、終盤「そうきたか〜」と思った部分も多かったので、かんたんに感想などを追記しておこうかと思う。

先日すでに有料部分を購入してくださった方はそのまま読めると思います(すでに買っていたのに読めない場合は、届いたメールからログインしてみてください。)ほんとにただの箇条書きの雑感なのであくまで投げ銭感覚でどうぞ。

 

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「ビニがさ新年会2024」の思い出!

私とビニールタッキーさんの「ビニがさ新年会2024」が無事に終わりました。4年ぶりだし5人くらいしか来なかったらどうしよう!と思っていたら、蓋を開けてみたら大勢の皆さん(総勢52名)にお越しいただき、いっぱい喋って笑って楽しい4時間ちょいとなりました!

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レポート代わりにその思い出をつらつら描いておきますね。今回は参加できなかった方も、雰囲気だけ感じ取ってもらえればと思います。ただ、喋るのに忙しくあまり人が映った写真を撮らなかったので、この(開演前の)写真だけだと寂しいかもしれないが…

ざっくり説明すると、私ぬまがさワタリと、おもしろ映画宣伝や映画レビューでもおなじみビニールタッキーさん(以下ビニタキさん)が、楽しく語らう映画トークイベントとなっています。司会・主催は始条明さんです(会場の手配を含め1人で裏方を色々やってくださいました!大感謝)。

迎えた当日、がんばって早起きしつつ(別に6時半とかだからビニタキさんのような勤め人とかには普通のようだが…)、渋谷cocotiに入っている東京カルチャーカルチャーに向かう。

さっそく会場にイン。天井が高くてすごいオシャレだ。

正月から大災害もあったことを受けて、キャンセル無料の方針にしていたので、当日キャンセルも出るかな?と覚悟していたけど、この座席がちゃんとぜんぶ埋まったので、みなさん律儀で助かりました。

↑まだ誰も来てないが、開始時刻の10時になるとみんな遅刻せずに集まってくださった。早起き!(当社比)

今回は参加者の皆さんに、こういうシートをお配りしてみた。

映画ベスト3や、映画以外にアツイこと(ビニタキさんの提案)を書く欄がある。会話のきっかけにしてほしいと思って作ったのだが、好評で嬉しかった。皆さんのベスト興味あるので、よければTwitterとかで 「#ビニがさ新年会」タグ とかつけて投稿してくださいね。

このシート、パッと浮かんだ2023年の人気キャラを周りに散りばめてみたのだが、右下のこれは何…?という声も見かけた。

これは映画ではなく、すでに映画化が決まってる(少なくとも私の観測範囲では)大人気なとある小説の、大人気キャラクターを描いたつもりだが、具体的に言うとけっこうネタバレになってしまうので、書かずにおいたのだった。いやまぁ書いてはいるんだけど…(小声)。というわけで一度たりとも公式には映像化どころかビジュアル化もされたことはないキャラクターなので、知らないならそのままでも…よい! たぶん近い将来に映像化されるので、その時「あっ」と思えてもらえたら嬉しい。

というかビニタキさんも開催直前まで「この右下の五角形は何?」という感じだったそうなので(会の直前にあれを読んでわかったとのこと)、さすがにこれだけ推してればフォロワーもう全員読んどるやろみたいな驕りは禁物であることを再認識する良い機会となった。てか「なんだかんだ全員読んどるやろ」とか思ってたせいで、プレゼンの流れでちょっと(事前に「今からある作品のネタバレするから嫌な予感がしたら目をつぶっててくれ!」と無茶な警告は出したのだが)微妙にネタバレしてしまい、申し訳なかったかもしれない。ただまぁそれほど致命的なネタバレではないと個人的には思う。『スパイダーマン ノー・ウェイ・ホーム』でいうと「Dr.オクトパス」が出る、くらいのネタバレ度かな(その後もっと衝撃の展開がいっぱいあるという意味で)。余談おわり。

 

午前10時ちょい過ぎ

写真タイムなどを挟み、さっそく始まるイベント!

まずビニタキさんによる「この関係性がスゴイ2023」と「この映画宣伝がスゴイ2023」プレゼン。数ある2023年の映画の中から、「この関係性がぐっと来た」という ものに焦点を当てるコーナーで、私も関係性オタクとして楽しみにしてました(というか私のプレゼンでは基本どうぶつが出てこない映画は語れないので、動物は出ないけど面白い映画に関してはビニタキさん頼りみたいな面はあった)。

さっそく、ビニタキさんが年間ベストに選んだ(私も急いで観た)『ボトムス ~最底で最強?な私たち~』の話で盛り上がったり。その後も『トランスフォーマー』新作や『オペレーション・フォーチュン』など、私が未見というか絶妙に射程範囲外だったエンタメ作品における予想外な関係性の凄さなど、興味をひかれる内容でした。『ファースト・カウ』や『コカイン・ベア』のように、関係性も動物もスゴイ映画に関しては、やたら存在感を放つ会になってしまった。

続いて本業(本業ではない)の映画宣伝ウォッチャーの使命を果たす「この映画宣伝がスゴイ2023」。『コカイン・ベア』の直球すぎる特典「白い粉」や、『きっとそれは愛じゃない』のまさかの特典「ゆかり」など、アクが強すぎる劇場特典や、『トーク・トゥ・ミー』で「憑れてみな、飛ぶぞ」と言い放つ長州力など、よもやの人選のタレント宣伝など、日本の映画業界という小さな宇宙にカオスが爆誕する様を、次々と面白おかしく報告する姿はまさに「ウォッチャー」。

日頃からビニールタッキーさんの報告を眺めつつ「もはや映画宣伝っていうか"宣伝"という営み自体に対して、ここまで定点観測でウォッチしている人はそうそういないので、すでに"おもしろ"を超えて批評性のようなものが生まれてしまっている」と思っていた確信を強化するかのような楽しいプレゼンとなりました。「関係性」とあわせてだいたい1時間くらい、私やアキラさんによるツッコミや混ぜっ返しも混ぜつつ、たっぷり喋ってくださいましたよ。

 

続いていよいよ私のターンとなります。

そのプレゼンとは…「私が考えた最強の十二支」で語る、2023年の素晴らしき映画たち!

何いってんだ…という感じかもしれませんが、たとえばネズミのかわりに…

「ネコ」を抜擢することで…

2023年を代表する傑作アニメ『長ぐつをはいたネコと9つの命』を紹介する、みたいな流れというわけです。

ひとつの動物をネタに複数の映画を紹介し、しかも十二支ぶん十二回やるので、スライドのボリュームはまさかの200ページを超えてしまいましたが、けっこうな速度で展開したので、なんとか1時間強くらいに収めることができました。見る方も大変だったかもしれませんが…

唐突な「どの映画に出た猫でしょう?」という猫クイズを出したり…。会場に聴いたら2人も手があがって、しかも正解だったので「さすが」でした。

正解は『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』のエブリンの別の世界の姿。『長ぐつをはいたネコと9つの命』との相似点をあげてみたり。

地味にアライグマイヤーだったけどどうしても入れられなかったり…

ウシは『ファースト・カウ』が良すぎたので普通にウシだったり…(『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』にもからめてウシという動物の政治性、創作物における重要性などを語りました)

サメも(トラのかわりに)十二支に入ってもらって、ローマで見たサメ映画の話をしたり…

その後はカメ→『ミュータント・タートルズ ミュータント・パニック』、クマ→『コカイン・ベア』、クモ→『スパイダーマン アクロス・ザ・スパイダーバース』と『聖地には蜘蛛が巣を張る』、ロバ→『EO イーオー』『イニシェリン島の精霊』、オオカミ→『オオカミの家』と『ペルリンプスと秘密の森』、フクロウ→『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』(一緒に激推しアニメ『アウルハウス』も)、ニワトリ(てかヒヨコ)→『映画 窓ぎわのトットちゃん』と続々語っていき、イヌも引き続き『窓ぎわのトットちゃん』の話をしたり、最後はサギ→『君たちはどう生きるか』で締めるのでした。

そんなこんなで結局「最強の十二支」はこういうメンバーになりました。

ラストは昨年の「優勝」映画で締めることができ、ベスト映画に選んだ作品もおおむね言及できたので、意外にもうまくまとまったプレゼンになったかもしれません。200ページ超えてたせいで時間も微妙にオーバーしちゃったけど…。でも温かいリアクションが多くて嬉しかったです。お客さんがいるって素晴らしいですね。変に力を入れてしまったが、その甲斐はあった…

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この記事の最後に、プレゼン内で言及した作品のリストをあげておきますので、興味あればぜひチェックしてください。

 

お昼休みの後は質疑応答も含めた雑談コーナー。ビニタキさんが「2024年の期待作」を紹介するプレゼンも作ってくださってたので、それを見つつ話したりもした。

応援券(ちょい高め)を買ってくれた方を優先しつつ、(いうて一般券も5000円とかしたので)できれば希望する皆さんにちょっとしたおみやげイラストを持って帰ってほしいという気持ちがあり、会場で急遽イラストリクエストを募集してみました。「遠慮せんでいいよ」と言ったところそれなりの人数のみなさんがリクエストをくださったので(感謝)、それに答えるために、さっそくイラスト描きつつQ&A雑談に突入するのだった。ほぼアドリブで一発描きしながら喋るというイラストレーター技能がいま試される!

ちなみに(通常券よりちょい高い)応援券のためのイラストですが、才能あふれる高校生写真家の藍沙(あいしゃ)さんにいただいた鳥のポストカードに描かせてもらいました。素敵なカードゆえとっておきたい気持ちもあったが、ポストカードなら誰かに贈られた方が幸せかもしれないと思って…飛び立ってほしい…

 

…というわけで後半は微妙に片手間感が醸し出るトークになってしまった感はありますが、ほどよく会話に参加したりもしました。事前に質問を色々くださった皆さまも、会場で質問してくださった方も、ありがとうございます、Q&Aとか久々で楽しかったです。

印象的だった質問と、ついでに私の答え、いくつか。(ちょっとうろ覚えでごめん、自分の答えすらうろ覚えだし、ビニタキさんも良い感じに答えてくれていたが間違えるとアレなので省略)

 

◯「映画を見る時間はどうやって作っていますか?」的な質問

私の答え→時間作るってムズイよね、なんだかんだ結局は「映画館で観ちゃう」が一番効率いい、たくさん見られる鑑賞方法になるのかもな〜とかいったん答える。家だとどうしても集中を削ぐものが多かったりするし。

一方で、映画みたり本を読んだりするのに「万全で完璧な状況がある」というのは幻想に過ぎないとも認めるべきだよなと。つまり「映画をもっと雑に見る」という選択肢を積極的にとっていく、雑に見てしまうことを自分に許すことも大事なのではないか。

家で映画を観るにしても、みんな仕事とか家庭の事情(子育てや家事とか介護とか)があるわけで、2時間まるっと集中する時間を作れない→それでついつい気軽に消費できるものばかり摂取しちゃう、という状況になるのもムリはない。だからこそ数十分とか、なんなら5分とかでも、気楽に「雑に」見てみる。たとえば数十分×1週間で1作品とか。そりゃ映画館の最高の環境で一気に見るのが「ベスト」に決まってるけど、少しくらい「ベスト」じゃなかったり、細切れになったからといって、その作品がもつ本質的な魅力や面白さが全て損なわれるわけでは本当はないんじゃないか…みたいな話をした。映画とは、ゆったりした鑑賞時間やエネルギーを確保できる、ある意味では(私含む)特権的な状況の人だけのものではないと思うので。いわゆる映画ファンが怒りそうな形での鑑賞もまた、実は映画の可能性を広げるんじゃないかと。

 

◯「自分はフェミニストですが、家父長制やホモソーシャル的な要素の強い作品も好きです。そういう矛盾みたいなのってありますか?そのあたりどんな感じで折り合いつけてますか?」的な質問

私の答え→そういうの超あるよね〜と思った。私は映画よりも、日本のアニメとか漫画とかのほうが「好きだけどここはな…」みたいになること多い(ジェンダー表現的な部分は特にそうかも)。ただそういう場合は、イヤだなと思ったところを自分の中で押さえつけるよりも、ちゃんと「ここはいい、ここはどうかと思う」と自分の中できっちり言語化・批評することで、むしろ「ここはいい部分」もすっきりした気持ちで愛せるのではないか?と思う。そこを切り分けることが大切だと思うし、作品の感想とか書くにしても批評的な要素がちゃんとあったほうが風通しが良いと思うので、(たまに叩かれることもあるが)なるべく入れるようにしてる。

それと、たとえば昔は好きだった作品が、今見たら「う〜ん…」となる、みたいなこともよくあるけど、それは世の中の変化であり自分の変化でもあるので、悪いことと思うべきでもないという話などした。

 

◯「最近の気力の保ち方は?」という質問

私の答え→「これは社会の情勢とかを踏まえてかな…」というアキラさんの補いもあり、ビニタキさんがたいへん真摯に(自分の経験や世の中の趨勢も踏まえて)志高く回答してくれていたので、私は逆にすごい次元の低い回答をしようと思って、「とにかく寝ます」と答えてしまった。

でもこういう、まさに動物的な次元の低さを決して侮るべきではなく、というのも私たちは正真正銘の動物なので、いくらデジタルとかSNSが発達したとしても、自分をデジタルな存在と思い込み、動物性をないがしろにすべきではない。「寝る」「食べる」といった動物的な回復手段をフル活用することによって、動物としての自分を大切にし、ケアすることで、このしょうもない現実世界に立ち向かおう、みたいな話をした。まぁ私も気を抜けばすぐ生活が乱れるので一切えらそうなこと言えないが、ポケモンスリープとかやって、なにかあればとにかく寝たいと思う。

 

◯「無限の富が手に入ったらどんな映画を作りたいですか?」という質問

質問者さんはすごい気楽に答えられる質問として聴いてくれたはずだが、2人ともけっこう真面目に返してしまい面白かった。ビニタキさんは「マイノリティや当事者がいっぱい出るような作品が作りたい(金にならない、みたいな理由で光が当たらない人たちに活躍の場が与えられてほしい)」という非常に立派なことを答えられていたが、私のほうはそれを受けて「エンタメを含め、私たちが目にするこの世界がいかに金に支配されているかという話だね」「資本主義の枠組みから創作が解き放たれたとき、何が起きるのかは凄く見たい」みたいな不穏な答えになってしまい、なんかこいつビルとか爆破しそうだなと思われたかもしれない。だって窓から資本主義とジェントリフィケーションの権化・宮下パークも見えるんだもの…!(ちなみに会が終わってから少し散歩した。腹立つけどまぁオシャレではあったよ)

夢のある話もしたかったので、もし無限の富があったら「鬼のような大金を積んで、絶対だれも期待も予想もしてない続編を、すごい監督に作ってもらう」と答えておいた。 例:濱口竜介監督に『ドライブ・マイ・カー2 地獄のハイウェイ』とか撮ってもらう。

 

そんな感じで楽しくおかしく話してるうちに、あっという間に終わりの時間になってしまった〜。全然語り足りない。4時間半喋った(&描きまくった)けど。

締めの一言を、と言われたので、「まぁ今年もカスみたいな出来事が沢山起こるのかもしれないですが、とはいえ完璧な世の中だったら映画なんていらないですし、芸術やエンタメはこういうカスみたいな世界を生き抜く希望を得るために作られていると思うので、新年なんとかやっていきましょう!」みたいな、若干ふんわりしてるけど前向きなことを言った気がする。

 

終わった後はしばらく、時間内に描けなかったイラストリクを消化していた。動物や映画のキャラクターのみならず、なぜかちいかわのセイレーンとかコダックまで(私が自己紹介カードにちいかわとかポケモンとか書いたからね!)、皆さんのフリーダムなリクエストにも概ね全て答えられてよかった。正直こういうカオスなの好きなので楽しかったです。意外と時間なくてマジでラフになってしまいましたが、最近こういうリアルイベント全然なかったですし、疑似サイン会的に一言だけでも皆さんと交流できてとても幸せでした。しあわせ!!(ロッキー)

↑時間的に間に合わなかった人もいたので、あとでさっと描いてネットにあげた。「マッコールさんの笑顔」「ジョン・ウィック」「パディントン」のリクエスト。

 

久々のイベントで、諸々どうなることか…と思っていましたが、朝からお越しいただき、優しい反応で素晴らしく会場を盛り上げてくださった皆さん、そして楽しいお話を聞かせてくださったビニールタッキーさんと、諸々がんばって会場を用意したり手続きしてくださったアキラさん、本当にありがとうございました!

ちなみに終わった後は渋谷〜原宿をウロウロしました。

↑すぐ上のヒュートラ渋谷でやってた『ファースト・カウ』。2人でけっこう推したし、会のあと観た人もいたかな? みてくれよな〜

 

静かに打ち上げしつつ、準備も各自まぁ大変は大変だったが、楽しい大変さでもあったので、また(できれば)開催したいものですね!など話し合う。微妙に現実的な話をすると、こういうリアルイベントの黒字化ってマジでハードル高いんだなと改めて気づいたりもしたが(でも普通に赤字を覚悟して数万円の現金まで持ってきていたので、おかげさまでギリ赤字にならなかっただけでも感謝したい)、なんか良い塩梅とタイミングがあれば、いずれまたトライしたいものです。

ビニがさ会、私たちのトークを聴く場でもあると同時に、孤高の(?)映画ファンたちのほどよい交流の場にしたかったのだが、今回は久々なこともあり、プレゼンの情報も気合い入れてガンガン詰め込みすぎて、皆さまもそこまで気楽に交流できる感じでもなかったかな?とは少し思ったが、ちょいちょいお友達になれた〜というつぶやきとかみたので、こちらも嬉しくなった。まぁ次やるならその辺りも調整していきたい。終了後の会談でも「次はもうちょいユルくやろっか…」とビニタキさんと話し合っていた。私の今年の抱負は「話を短くする」に決定です。200ページのプレゼンとか8千字のブログとかはこれで最後にする。ほんとうだ!!ほんとうかな。

 

おわり

 

おまけ

プレゼンで紹介した十二支と映画の一覧

(1)ネコ
『長ぐつをはいたネコと9つの命』
『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
『マーベルズ』
『ライオン少年』
『NTLive ライフ・オブ・パイ』
『ザ・スーパーマリオ・ブラザーズ・ムービー』

(2)ウシ
『ファースト・カウ』
『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』
『ショーイング・アップ』

(3)サメ
『Denti da Squalo』(イタリア映画 タイトル直訳→”サメの歯”)
『ニモーナ』
魚フレンドリーつながり→『ブルーバック あの海を見ていた』

(4)カメ
『ミュータント・タートルズ ミュータント・パニック』
Netflixアニメ『レオ』
エイプリルの声優、アヨ・エデビリ繋がりで…
→『一流シェフのファミリーレストラン』
→『ボトムス 最底で最強?な私たち』

(5)クマ
『コカイン・ベア』
『長ぐつをはいたネコと9つの命』(再)

(6)クモ
『アラビアンナイト 三千年の願い』
『スパイダーマン アクロス・ザ・スパイダーバース』
『聖地には蜘蛛が巣を張る』
→アリ・アッバシつながり ドラマ『The Last of Us』
→女性ジャーナリストつながり 『燃え上がる女性記者たち』
→クモ??つながり『プロジェクト・ヘイル・メアリー』

(7)ロバ
『EO イーオー』
『イニシェリン島の精霊』
『逆転のトライアングル』

(8)オオカミ
『長ぐつをはいたネコと9つの命』(再々)
『オオカミの家』
『ペルリンプスと秘密の森』

(9)フクロウ
『ダンジョンズ&ドラゴンズ アウトローたちの誇り』
『北極百貨店のコンシェルジュさん』
『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』(再)
アニメ『アウルハウス』

(10)ニワトリ
『チキンラン ナゲット大作戦』
『映画 窓ぎわのトットちゃん』

(11)イヌ
『映画 窓ぎわのトットちゃん』(再)
『スラムドッグス』
『ジョン・ウィック: コンセクエンス』
『マルセル 靴を履いた小さな貝』
『イニシェリン島の精霊』(再)
『枯れ葉』

(12)サギ
『君たちはどう生きるか』