沼の見える街

ぬまがさワタリのブログです。すてきな生きもの&映画とかカルチャー。

Kindle本高額書籍キャンペーン(〜11/9)オススメ本

Kindle本の高額書籍キャンペーンが11/9までやってるので個人的にオススメできそうな本をかんたんにまとめておきます(毎度偏ってますが)。高額っていうかまぁざっくり3000〜4000円台の良質な本が1000〜2000円に下がるお手頃セールなので、読書勢は狙い目だと思う。

amzn.to

 

 

DRAWDOWNドローダウン― 地球温暖化を逆転させる100の方法

今年は夏だけでなく、秋の気温もやばすぎて、11月に入っても夏日が3日もあったらしいし、いよいよ気候変動っていうか気候危機が本格してきた今日このごろ。そんな気候危機・地球温暖化の問題を考える上で、必読級の1冊として本書をよくオススメしてる。

たとえばamazonで「地球温暖化」と調べてもいまだに地球温暖化否定論の本とか見かけてびっくりしてしまうわけだが、一時期に比べるとさすがに肌感覚でも「天気やばい」とわかるようになってきたためか、露骨な否定論は最近ようやく減り始めた感もある。しかし否定論の次は「もう何をやっても無駄」という気候絶望破滅論みたいのが世界的に盛り上がってきてるようで、否定論とは真逆のようで結局「何も対策しないのが一番だ」という結論に人を導く点では同じであるため、これも等しく良くない。

そこで本書『DRAWDOWNドローダウン― 地球温暖化を逆転させる100の方法』のような本が大事になってくる。人類共通の危機である地球温暖化を食い止め、「逆転」させるための科学的かつ具体的な方策・施策を詰め込んだ本。エネルギーや食など基本の他にも、建築、輸送、女性の権利のような意外な視点からの「対策」もあって、世界を結ぶシステムの繋がりに思いを馳せるきっかけになるはず。

気候の現状は明らかにヤバいが、どんな気候対策も無駄にはならないし、やるべきことは沢山ある…というまっとうな姿勢をビジュアル的にわかりやすく伝えた本なので、学校の図書館とかにも1冊は置いておくべき本だと思う。ただ意外と400ページ超あって分厚いので電書で持っておくのもオススメ。

セール対象ではないが続編の『Regeneration リジェネレーション 再生 気候危機を今の世代で終わらせる』も大変オススメ。こっちは動物や生態系の話も多いし。昨年のベスト本にも選びました。

 

ちなみに気候関連だと『気候カジノ 経済学から見た地球温暖化問題の最適解』もセール対象になっていた。実は未読だが、有名な本なので一応読んでおこうかと…

 

「いいね!」戦争 兵器化するソーシャルメディア

キャンペーンで知って、今まさに読んでる本なのだが、相当面白くて怖いので紹介させてもらう。タイトルだけ見て、最近よくある「なんかSNS中毒とか政治対立とかエコーチェンバー云々みたいな話かな?」と思ったのだが、そういうレベルではないというか、本当にタイトル通り「戦争」「兵器化」みたいな物騒な言葉が当てはまるようなヤバい状況を、世界各地でソーシャルメディアが作り出してしまっている…という戦慄の事実を、軍事研究とSNS研究の専門家が語る。

特に今、イスラエル/パレスチナ紛争…というより虐殺と言っていいような悲惨な状況がある中で、こうした本を読んでおくべき理由は増しそう。マスクがチェック機構を粉砕したせいでTwitterにも(前もひどかったがさらに悪質になった)誤情報が溢れかえっているし、もはや「誤情報」というか明白に政治的意図をもって撒き散らされているプロパガンダニュースも後を絶たないわけで、それを見分けるのがどんどん困難になっていき、結果として本当に起こった惨劇までもがなんとなく覆い隠されてしまい…みたいな悪循環も生まれているわけだから…。

「アラブの春」にも象徴されるように、SNSの盛り上がりが独裁政権を倒したり、BLMのように警察暴力を日の下に晒したり…といった、前向きな面も確かにあるんだけど、問題は権力の側もソーシャルメディアの力を熟知し始めていることだと本書は語る。その結果として生まれる、ロシアのフェイクニュース専門部署とか、間抜けでもあるんだけど洒落にならない影響を社会に及ぼしているのも恐ろしい(当然トランプの隆盛にも繋がってくる)。

中南米では新聞などのオールドメディアが麻薬組織に萎縮する中、一般市民がSNSを利用して対抗する一方で、麻薬組織のほうもSNSを活用して抵抗者を殺害するなど、事態は混迷を極めている。ここまで直接的な暴力ではないにしろ、日本でもDappi事件とか、女性憎悪的なエコーチェンバーが引き起こしたなんとかアノン事件とか話題になったばかりし、全然人ごとではないなと戦慄しながら読んでいるのだった…。

そんなわけでSNSに憎悪と誤情報の嵐が吹き荒れる今こそ読んでおくといい1冊かと。セール対象だけどkindle unlimitedにも入ってるよ。

 

巨大テック産業の闇…とつなげると少々無理やりだが、『ウーバー戦記:いかにして台頭し席巻し社会から憎まれたか』もセール対象。読み途中だがなかなか面白い。

この本を元にしたドラマ『スーパーパンプト/Uber -破壊的ビジネスを創った男-』のほうを先にU-NEXTで見たのだが、そっちも面白かった&ウーバーあんまり使いたくなくなった(実は使ったことないが)。ウーバー版『ウルフ・オブ・ウォールストリート』といった趣き…

 

ジ・アート・オブ Cuphead(などゲームのアート本)

高額書籍キャンペーンは(主に誠文堂新光社が出してる)海外の名作ゲームのアート本が安くなりがちなのでゲーマーは押さえておこう。けっこう買っているのだが、イチオシは本書『ジ・アート・オブ Cuphead』かな。

1930年代ごろのアニメーションを源泉に再創造した傑作ゲーム『Cuphead』のアート本にふさわしく、各ボスや世界観について、元ネタの大量のアニメやゲーム(ロックマンとかカービィとかストリートファイターとか日本のゲームも多いのよね)に触れつつ解説。テキスト量も意外なほど多いので、せっかくだしこの日本語版をオススメする(素晴らしいローカライズで知られるゲーム同様、この本の翻訳もいい)。本の作りもかわいので、電子だけでなく紙でもほしくなってしまうが…

↓ゲーム本編(私はswitchでプレイ)。めちゃくちゃ難しいゲームだけど、圧倒的に美しく可愛いビジュアルゆえにリトライが苦にならないので、特にアニメ好きはトライしてみよう。DLCも最高の出来栄え。

store-jp.nintendo.com

 

誠文堂新光社のゲームアート本、他にもセール対象が色々。

ジ・アート・オブ Horizon Zero Dawn

Horizonの圧倒的な作り込みの世界観を詳しく解説。↓下の記事でも参照した。

numagasablog.com

続編『Forbidden West』やDLC『焦熱の海辺』のアート本も早く出てほしいね。

 

ジ・アート・オブ The Last of Us 

ジ・アート・オブ The Last of Us Part II 

「ラスアス」シリーズのアート本も対象。ストーリーの素晴らしさが評判のゲームだが、圧倒的なビジュアルの美しさや作り込みも噛み締めたいところ。↓むしろドラマになってそれに改めて気付かされたな。久々に再プレイしながらアート本を読み返したい。

numagasablog.com

 

ワールド・オブ・サイバーパンク2077

『サイバーパンク2077』は未プレイなのだが、ちょうど(『エルデンリング』もクリアして)次に遊ぼうと思っていたので、アート本を先に買っておくことにした。発売当初こそ何やらゴタゴタしていたが、今はアップデートも重ねて普通に名作の評判が名高いようで何より。DLCの評判も良いし、楽しみだ。

 

ワールド・オブ・ウィッチャー

同じゲームスタジオつながりで『ウィッチャー』のアート本も対象。これも非常に凝った作りの本で、ゲーム内の登場人物(吟遊詩人)の語りという体で、本作の重厚ファンタジー世界観やモンスターなどを詳しく解説してくれる。ファン必携と言っていい本で、めくってるだけで楽しい。まぁ私はゲームは未クリアなのだが…コンテンツが膨大すぎてな…(せっかくなのでPS5版を改めて最初からプレイしようかなと考え中)

 

他にも色々「ジ・アート・オブ」系が対象なのでゲーム好きはぜひ。ツシマもあるよ

 

〈正義〉の生物学 トキやパンダを絶滅から守るべきか

生き物好きほど意外と改めて考えることが少ないかもしれない「なぜ生物を守らなければいけないのか?」という問いを突き詰める1冊。「絶滅も自然の摂理なのだから…」といったよくある誤謬に丁寧に反駁しつつ、動物や自然を守る理念を研ぎ直す。

自然の摂理として(特に人間社会の不均衡を都合よく解釈するために)よく持ち出される「弱肉強食」という考え方が、自然界を理解する上でなぜ全くの的外れなのか、そしてなぜ人間界に適応できないのか…と改めて解説する部分など、生物学が雑に乱用されがちな今こそ傾聴すべき話でもある。

生物や自然に理解がある人でも「それらを守るべき理由」として最重視しがちな「人間の役に立つから」という考え方に潜む欠陥や欺瞞も指摘していて、若干ドキッとしつつ「そうだよね…」となった。そこで重要になる概念がやはり(日本では煙たがられがちな)"正義"であることも重要だなと。多方面から面白かったのでぜひ。

 

生きもの繋がりで、図鑑系もかなりセール対象になっているので、興味あればどうぞ…

日本の野鳥識別図鑑

野鳥図鑑を電子で持っておくと、出先で「なんの鳥だ?」と思ったときに意外と便利です。鳥はいつ現れるかわからないからね。ネットで調べるのもいいけど、情報が凝縮されている図鑑はやはり良い…

 

決定版 日本のカモ識別図鑑: 日本産カモの全羽衣をイラストと写真で詳述

いよいよカモの季節なので、カモ図鑑などいかがでしょう。近所ではオナガガモが群れをなしてやってきました。

 

新版 ウミウシ:特徴がひと目でわかる図解付き

ウミウシかわいさに衝動的に買ってしまった図鑑。別に海にもぐったり磯遊びもしないので、まだ一度も具体的に役に立ってはいないが、ながめているとかわいい。

 

イタリア菓子図鑑 お菓子の由来と作り方:伝統からモダンまで、知っておきたいイタリア郷土菓子107選

イタリア好き勢としてぜひオススメしたい1冊。ジェラートやティラミスみたいな超メジャー選手以外にも、イタリアの甘味は多彩なのである。イタリアの地理的・文化的な多様さもよくわかる、眺めてるだけでも楽しいレシピ図鑑。イタリア行ったばかりだがまた行きたくなる。

たとえばサイゼリヤとかでも、デザート=ドルチェのイタリア再現も頑張ってるとは思うが(プリンはあまりイタリアで食べるイメージないけど…)、『イタリア菓子図鑑』にのってるようなコアなドルチェを時々やってくれたらアツイのにな〜とは思う。それこそカンノーリとかってダメなのかな? 皮の用意が大変?リコッタが高くてムリ?

今年行ったシチリアでも本場のカンノーリをむしゃむしゃむさぼり食うつもりだったのだが、暑かったしジェラートやグラニータがおいしすぎたので、実はこの1回しか食べられなかった。日本でもマリトッツォの次にきてくれ、カンノーリ…。

 

ちなみにこの菓子図鑑シリーズはヨーロッパで色々出ているので世界のスイーツ好きはコンプしても良いかもしれない。いずれもセール対象でした

イギリス菓子図鑑

ドイツ菓子図鑑

フランス伝統菓子図鑑

ポルトガル菓子図鑑

 

オススメはいったんこんな感じ。あくまでごく一部で、対象本は多岐にわたるので色々チェックしてみてね

amzn.to

【推しの子】原作漫画読んだよ感想(ネタバレあり)

人気漫画【推しの子】最新刊まで一気読みしたので感想をかんたんにまとめておく。

すでに【推しの子】はアニメ版の1話が映画として上映された時に劇場鑑賞して、日本のアニメとしてはかなり攻めた内容だと感じて面白かったので、とりあえず原作を買い揃えたのだが、せっかくだし続きはアニメで見た方がいいか…?など悩んでるうち、両方積んでいたのだった(ありがち)。 

昨日思い立って原作を一気読みしたら、面白かった序盤(アニメ映画になったところ)以上に、それ以降が(当たり前だが)本番なんだなと思えたので読んじゃってよかった。日本の芸能界や社会構造のヤバさを批判的に捉えてエンタメの中に織り込む、こういう娯楽作品は今こそ大事だよなとも思わされた。芸能界、現実でも深い闇が日々漏れ出てるしね…。

ちなみにkindle版の(ほぼ)半額還元がまだ続行していた(10/14時点)。こういうジャンプ系の漫画のセールは3日くらいで終わることが多いのだがもう一週間くらいセールやってて、しかも全巻なので、【推しの子】みたいな人気作品としては珍しく気前がいい。ちなみに『呪術廻戦』も全巻ほぼ半額還元が続いており、これも今をときめく大人気作なので少し意外。いつ終わるかは不明だが電子派はぜひ…

【推しの子】kindle版全巻まとめ買い 

 

まず先に見た映画『【推しの子】Mother and Children』の感想から。重大なネタバレあるので注意してね。

推しアイドル・アイの妊娠を知って衝撃を受けつつも、彼女の助けになろうと決意した医者の主人公が、いきなり何者かに殺害されてしまう。だがなぜかアイの子どもに生まれ変わってしまい、彼女を守るために頑張る!という冒頭から情報量の多い物語なのだが、日本のアイドル文化や芸能界に潜む欺瞞を鋭く刺すような、稀有なアニメ作品に仕上がっていた。

とりわけ、序盤のアイの妊娠発覚からしてそうだが、アイドルに"純潔"を勝手に求めて押し付ける"ファン"の欺瞞に斬りかかるような展開がやはり秀逸で、(日本のポップカルチャーでは忌避されることも多い)現実社会や文化への批評的なマインドが、創作物にエッジをもたらす好例だなと。こうした消費者の勝手さ・残酷さは、アニメのファンダムも全く例外ではないよなと思うし…。

そんなアイドル文化の(ジェンダー的な不公平も確実にある)欺瞞をきっちり描くからこそ、その世界で"嘘をつく天才"としての才能をフル活用し、2児の母になってもアイドル活動を絶対やめずに人生を謳歌しようとするアイの姿は痛快で、主人公ともども"推して"しまう。中盤のライブシーンはとても熱かった。

そんなアイに感情移入していた観客を打ちのめすように、映画の終盤に「衝撃の展開」が起こるわけだけど、実は正直これでちょっと冷めちゃった部分はあった。というのも、アイが(いわゆる"処女"信仰というか欲望に支配された)現実のアイドル界や日本アニメの常識を打ち破るような、型破りで画期的な力強いキャラクターだったからこそ、早々に退場しちゃうのが残念に感じたんだよね。

2人の子どもがいるヤングマザーだけど「嘘の才能」を武器にアイドル界でのし上がってやるぜ〜!ってそれ自体めちゃくちゃ熱くて画期的なストーリーだし、単純にもっと観たかったなと。結局アイも「冷蔵庫のなかの女」(※主人公のモチベ作りのために残酷な死を迎えたりして犠牲になるありがちな女性キャラの意味)になっちゃうのか〜という残念さも少し覚えた。それもあって、アイ亡き後の続きを読むテンションが微妙に上がらないまま積んでしまっていたのだが…

 

さっき言ったように、続きも読んでよかったなぁと思った。2巻以降も引き続き、「芸能界残酷物語」的なセンセーショナルな面もキャッチーなのだが、その一方で地道な「クリエイティブお仕事もの」としての面白さもかなりデカいんだなと。

序盤の「漫画原作の全然ダメな実写化作品を、演技の力でちょっとだけ良くする」ために頑張るパートとか、お仕事ものとしてけっこうグッときてしまった。駄作を傑作にするんじゃなくて、「ちょっとだけ良くする」っていうのがいいよね。私たちが「つまんね」と一蹴してしまうような作品でも、制作現場ではこういうアンサングな(歌われぬ)泥臭い闘いが各方面で繰り広げられているのかもな…っていう。

たとえ傑作にはできなかったとしても、「少しでも良くしよう」と戦い、工夫することは決して無駄じゃないし、多くはないけど見ている人もいるよ…と伝える、創作者側の視点でも元気の出る話だったなと思った。のちの舞台の話にも繋がっていくし。

2.5次元舞台編の、原作漫画家と脚本家の衝突のくだりとか生々しくキツくて面白かったな。2.5次元は詳しくないけど、漫画の実写化やメディアミックス全般における「原作」との軋轢も、近い問題と言えそうである。脚本が気に入らない漫画原作者が、じゃあ舞台の脚本書きます!って言った時に、それが良い脚本になるかは全くの別問題っていう話もヒヤリとさせられる(「ガチでそのまま使われる可能性ありますけど大丈夫ですか?」ってセリフ、リアルにこえーなと。)

アイドルや芸能界の話だけど、やはり漫画は漫画家が描いているので、漫画家の話になるとグッと迫力が出るよなという…。人気漫画家がどんどん傲慢で視野狭窄になりやすい問題も、その人自身の問題もあるかもだがそれ以上に構造の歪さが大きくて、ウワ〜〜と思わされるのだった。

あとフリーランスでやってる脚本家の立場が弱い問題とかも胃痛…って感じだった。まぁ私自身もフリーランスの作家で吹けば飛ぶような存在なのだが、それでもフリーの編集者さんとか、さらに弱い立場と思われる人とやり取りする機会も多いので、こういうことは意識しないといけない…。

【推しの子】最新刊まで読んだ中でも、やはりこの2.5次元舞台編は白眉だったと思う。漫画界/舞台界それぞれの歪みを描きつつ、両者の衝突によってメディアミックスの本質的な難しさを示しながら昇華し、舞台上の人間模様でケレン味と王道的なアツさも出すという高度なことをやっていた。その意味で本作自体のメディアミックスであるアニメ化(まだ映画しか見てないが)が、好評を博す出来栄えになったのは良かったと言える…。

ところで【推しの子】アニメの有名なOP「アイドル」だが、実は映画館で流れて以来は聴いてなかった&OPも見てなかったので(映画しか観てないため)見てみた。アイは面白いキャラだが、全体で見ると相当序盤から"不在の中心"として機能していくことになるので、OPやキービジュなどでメインに据えられ続けてる現象ちょっと面白いな(ある意味"らしい"のだが)。アニメもこんど見てみねば。

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【推しの子】の代表的なエピソードとしてもうひとつ、恋愛リアリティショー編があるので触れておきたい。

恋愛リアリティショー自体には個人的には全然興味がなさすぎるので、本作で描かれたことがどれくらい現実的とかは判断できないのだが、こうした(世界的にも人気な)リアリティショーに潜んだ欺瞞や危険性を批判的に捉えるという点で、本作らしいソリッドさをもつ重要なエピソードになっていたと思う。最後に出演者のみんなが力をあわせて、深刻な問題の解決に乗り出そうとする姿も清々しさを感じさせた。

ただこの恋愛リアリティショー編、アニメの放映時にやや炎上しているのを見かけた。現実のリアリティ番組「テラスハウス」に出演した木村花さんがネットなどで執拗な攻撃にさらされ、自死を選んでしまったという痛ましい事件が記憶に新しく、ある意味ではこうした事件をエンタメ化したアニメの内容に対して、遺族の方が遺憾と反発の意を示された…というあらましだった。

まず、この件で遺族の方を攻撃している人たちは論外である。木村さんを死に至らしめた人々や、本作の中でキャラクターを死の瀬戸際に追い詰めたモブ連中と何ひとつ変わらない、浅ましい行動をしていることを自覚すべきだろう。

一方で、【推しの子】が木村花さんの事件を直接的に参照した…というのは、作品の初出タイミングや現実の死亡事件の時系列を考えても、現実的と思えないのも事実だ。たしかに数ヶ月くらいの差で現実の事件が「先」ではあるのだが、週刊誌の連載でそこまで迅速に現実の事件を作品に取り入れることは極めて難しいと思われるし、リスクも大きすぎるだろう。あくまで、こうした恋愛リアリティショーで普遍的に起こりうる事件を(おそらく過去の海外の事例なども幅広く参照して)描こうとした矢先に、現実の日本でもちょうど似た事件が起きてしまった、不幸と言えば不幸な偶然だったのだと想像する。

ただ、こうした社会の歪みに目を向けるフィクションとしての鋭さこそが、現実社会とのシンクロニシティを生じさせ、そうしたタイムリーさも原作やアニメのヒットに繋がっていく一方で、それが結果として(アニメの放映タイミング的にも)遺族の方をさらに追い詰めてしまい、その出来事がまた雑に消費されていき…といった、イヤなスパイラルを目の当たりにすると、なんともやりきれない気持ちにはなる。

こうした事件に際して、少なくとも制作側の企業は(遺族や原作者に無用な火の粉が降りかからないためにも)なんらかの声明を出す必要があったのでは…と思えてくるのも確かだ。【推しの子】のように「社会批評的な要素の強い万人向けエンタメ作品」そのものがまだ多いとは言えない日本社会では、いざ現実との軋轢が生まれた時に、企業の側もどう対応すべきかといった姿勢が成熟していないように思える。今後、世界的に通用するエッジの効いたフィクションを日本が作っていく上でも不可欠な課題なのだと思う。

 

そういえば先日、海外(なぜかバルセロナの居酒屋)で韓国から来た人と話す機会があったのだが、日本のアニメで「アイ」っていうのが好きなんだーと言ってて、話してるうちに【推しの子】のことだとわかった。やっぱり人気なんだなあと思ったのだが、よく考えると韓国の芸能界・アイドル業界の(また日本とは桁違いだろう)熾烈っぷりもよく耳にするので、【推しの子】人気も当然と言えるのかもしれない…。業界や社会の(美しさや楽しさだけでなく)ヤバさや歪みをちゃんと描くことで、意外に海外の人もわかってくれるものだ、という教訓なのかも。

【推しの子】は日本ではまだ数が少ない「社会批評的な要素も込めた万人向けエンタメ」なのだが、韓国はこの分野がもっと強い印象で、特にやっぱり実写映画が代表格だと思う。一方、日本だと現状それが一番うまくいってる分野はやはり漫画なんじゃないか…ということはよく感じる。【推しの子】にしても海外で人気なのはアニメだけど元は漫画だし。

【推しの子】みたいな、芸能界の歪みに対する怒りや批判(結局は子どもの人生を搾取してるだけじゃん的な)をしっかり描く作品が、漫画以外の、たとえば実写映画/ドラマとか、オリジナルアニメーションで作られるのってあんまり想像できないよな…とも残念ながら思う。その理由も【推しの子】の中で説明されてて(要はしがらみが多すぎるから、って話…)複雑な気持ちになるのだが。

かように全体に保守的な日本のエンタメ界で、それでもまだ漫画がエッジィな社会批判性を獲得しやすいのだとしたら、そこには小規模で作るゆえのしがらみ=社会的制約の少なさも影響してるんだろうなと。その意味でもやっぱり漫画って日本のポップカルチャーの重要な起点だよなと思うのだった。流行っているからといって逆に無視したりせず、今後もできる限り追っていかなければな…と思わされたのでした。まぁ漫画ってまとめて買うと地味に高いので電書セールを活用したりしつつだが…(ネトフリ的な広範な漫画サブスクの登場が待たれる。)

ちなみに未発売の最新刊も半額還元の対象だったので買っとく。やっぱ変に気前いいな

 

最後に余計な情報だが、好きなキャラ…(いや推しというべきか)はアイ以外だとMEMちょである。

なんか小悪魔的な風貌のユーチューバーとして出てきたので、場を引っ掻き回すニヒルなキャラなのかな…と思ってたら、意外と周囲の人を思いやる心をもっていたり、実は年齢詐称をしていたり、現実的な面が垣間見えるにつれて作中屈指の好きなキャラクターになった。作中だとB小町のアイドル稼業は若干グダりつつあるようだが、これからもっと活躍の機会あるかな…。推せる。

食べて、祈って、処刑して。『イコライザー THE FINAL』感想&レビュー(ネタバレあり)

 「単純な勧善懲悪ではない」が褒め言葉として使われるようになって久しい。この世で最もありふれたフィクションの形である「勧善懲悪」、すなわち「善人が悪人をやっつける」という物語のあり方を疑う視点は、たしかに大事である。この複雑な世界が、そんなにはっきり「善と悪」に色分けできるはずもないし、複雑な内面をもつ人間を「善人と悪人」にきっぱり分けることも不可能だ。

 それでは「単純な勧善懲悪」はもはや時代遅れの遺物なのだろうか。そうではない、と今の時代に改めて示すかのような映画、それが『イコライザー』シリーズだ。善良な人々を苦しめる悪人どもを主人公が処刑する…という、このうえなくB級バイオレンス的で、まぎれもなく「単純な勧善懲悪」の物語である。だがそこには、理不尽な現実社会で生きる私たちが、心のどこかで渇望してしまう理想や希望が確かに息づいているのだ。

 その最新作となる『イコライザー THE FINAL』は、シリーズをいったん締めくくるにふさわしい見事な出来栄えだった。(とはいえ原題は『The Equalizer 3』なので最終作とは全く言ってないのだが…)

 ファンとして一度シリーズを総括する意味でも、この記事ではネタバレありで感想を語っていきたいと思う。

 

 なお『イコライザー』過去作(1・2)はどちらも面白いのでぜひ観てほしいが、『イコライザー THE FINAL』はそれだけで独立した話なので、完全初見でも問題なく楽しめると思う。

イコライザー (字幕版)

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  • デンゼル・ワシントン
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イコライザー2

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  • Denzel Washington
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なおこの記事には「1」「2」のネタバレも含まれるので注意してほしい。

 

 

ーーー以下ネタバレ注意ーーー

 

食べて、祈って、処刑して

 シチリアの美しい田園地帯にある屋敷から、物語は幕を開ける。屋敷の持ち主と思われる男が屋内に足を踏み入れると、そこには沢山の惨殺死体が転がる、凄惨な光景が広がっていた…。じっくりと舐め回すように、カメラは大量殺人現場と化した血まみれの屋敷の様子を家主の視点から追っていく。そしていよいよ屋敷の奥で待ち構えていた、その「犯人」の姿が明らかになる。誰あろう、本作の主人公ロバート・マッコールさんであった。

 …いやお前かい、とツッコんだ観客もいるかもしれない。この冒頭が、主人公の登場シーンというよりは、どちらかというと映画によくある「今回のラスボスはこんなに恐ろしいやつだぞ」演出そのものだからだ。何の予備知識もなく本作を初めて見る人は、そもそもこの人(マッコールさん)が主人公だと認識できない可能性もある。客観的にはどう見ても殺人鬼なのだから…。

 手下たちを惨殺したあげく銃を突きつけられているのにゆったり腰掛けており、なんか小声で「入れてくれればよかったのに…」とか言い訳をして手の血を拭っている謎の男マッコールに対して、家に入ってきた主(実はマフィアのボス)は恐怖と戸惑いを隠せない。それはそうだと思う。

 さらに「9秒以内に自分の運命を決めろ」などという、難解な上に時間制限が厳しすぎる選択を突きつけられたボス。それでも一応9秒は待ってくれるのかと思いきや、直後に銃の発射ムーブを感知したマッコールさんは一瞬で手下たちを皆殺しにし、手下の目に突っ込んだ銃でそのまま撃つという省エネ必殺によってボスに致命的ダメージを与える。瀕死で床を這いずるも、尻に銃撃をくらったボスは(バトル含めて)9秒という最期の貴重な時間を有効活用することはできず、トドメの一発を食らって惨死するのだった。過去シリーズで瞬殺されてきた悪党どもと同じく、「誰なんだお前は…」という当然といえば当然の疑問ながら、永久に答えを知ることのないクエスチョンを目に浮かべながら…。

 ここまではいつもの『イコライザー』なのだが、この後なかなか意外なツイストがある。まったくの無力と思えた子どもが、マッコールさんに予想外のダメージを与えるのだ。珍しく瀕死の状態となったマッコールさんだが、そこはさすがの生命力でなんとか生き延びて、イタリアの小さな町「アルトモンテ」(名前は実際のモデルになった町とは違うのだが)に流れ着く。親切な医者エンツォの手助けもあり、マッコールさんは文化や習慣の違いに戸惑いながらも、このアルトモンテでしばらく暮らすことになる。

 まず、食文化の違いに翻弄されるマッコールさんの姿がなかなかカワイイ。マッコールさんはカフェインやお酒を摂取しないので、イタリアのカフェでも「ティーバッグの紅茶」を注文して、店員にカプチーノを出されたりする。(※イタリアの人は圧倒的にコーヒー派なので、わざわざ店で紅茶を飲むことは極めて少ない。旅行者はおとなしくエスプレッソでも飲んでおこう。)

 カフェだけでなく服屋さんや魚屋さんなど、ささやかな暮らしを贈る町の一般市民ともなんとなく仲良くなっていくマッコールさん。カフェの女性店員さんと(本格的なロマンスとはいかないまでも)食にまつわる交流イベントがあったりする。地域コミュニティにとって重要な役割を果たす教会も、人には言えない罪を犯してきたマッコールさんにとって、自分と向き合うための大事な空間になっていく。まさにマッコールさん版『食べて、祈って、恋をして』とでもいうべき、『イコライザー』イタリア編を楽しむことができるのだ。

 『イコライザー』シリーズは1作め、2作めともに、平凡な一般市民とマッコールさんとの交流を映すパートに時間を割くことが特徴的だったが、この『イコライザー THE FINAL』でも、そこを今まで以上にちゃんと描いてくれたのは好ましかった。しかしやはりマッコールさんともあろうものが、全編「食べて、祈って、恋をして」ですむはずもない。住民との交流が暖かくなるほどに、それを踏みにじられた時の怒りも爆発的なものとなり、激しい落差がもはや恐怖映画のような凄みを生む。タイトルを付けるなら『食べて、祈って、処刑して』といったところか…。

 

マッコールさんが、くる

 本作『THE FINAL』の冒頭で、主人公たるマッコールさんがほぼほぼ殺人鬼みたいな描かれ方をしていたわけだが、マッコールさんがなんらかの重要なラインを踏み越えたのは今に始まったことではない。

 決定的だったのは『イコライザー2』の後半だろう。長年の友人を殺されたマッコールさんが、真の犯人と思しき人間の家を「訪問」する場面がある。このシーンの演出は、その自らの悪行がバレないか不安がっている犯人視点ということもあるのだが、平和な我が家に「あいつ」がやってきた…という、闖入者ホラーみたいな雰囲気になっている。まずマッコールさんが登場する時の音からして、視界の端に殺人鬼が立っていたと気づいた時みたいな音で不穏すぎる。主人公の出していい音なのだろうか。

 さらに凄いのは退場で、「お前たちを全員殺すことにした」「一度しか殺せないのが残念だ」などと悪の四天王の残虐担当の人みたいな台詞を吐きながら、にこやかに「犯人の家族の車に」乗せてもらって去っていく。去り際の笑顔が意味するものは紛うことなき脅迫であり、「いざとなればお前の家族をどうにでもできる…わかるな?」というメッセージでもある。もう主人公というよりは、韓国映画の悪のラスボスみたいな行動であり、笑顔を顔に張り付かせたまま後退りで退場していく姿はとにかく「怖い」の一言に尽きる。夢に出そうだ。

 『イコライザー THE FINAL』のマッコールさんは、そうした「怖さ」の純度がさらに上がっていたように思えた。敵視点で見ると『13日の金曜日』みたいなスラッシャーホラー映画のように仕上がっているのだ。キャッチコピーは「マッコールさんが、やってくる。」とかそんな感じだろう。

 まずそもそもマッコールさんは、戦闘スタイルがかなり怖い。基本的に「惨殺」なのである。これは他のアクション映画と比べても顕著だ。

 たとえばいま映画館では『ジョン・ウィック コンセクエンス』も上映していて、『イコライザー THE FINAL』とあわせて殺し屋映画の新作(一応最終作)が両方見られる秋の殺人祭り状態だ。この二作を見比べると、同じ殺し屋でもやっぱりジョン・ウィックの殺しは、マッコールさんに比べればずっとスタイリッシュというか紳士的(まぁ殺してるけど…)なんだなと思わされる。

 これはジョン・ウィックの基本武器が銃である一方、マッコールさんはあまり銃を使わないことも大きいかも知れない。マッコールさん自身は決して意図的に残酷に殺しているわけではないだろうが、手近にある日用品(ガラスとかコルク抜きとか銛とか)を使ってフルパワーかつ最短距離で相手を絶命させるので、結果的にグチャッとしたグロい感じの死体が転がることが多い。

 これは撮り方の問題も大きく、『ジョン・ウィック』シリーズの格闘を美しく見せようというチャド・スタエルスキ監督らの方向性と比べ、『イコライザー THE FINAL』のアントワン・フークア監督は「暴力」を(美しいものではなく)恐ろしく、陰惨なものとして描こうとしている、という違いもあるのだろう。

 それにしても澄んだ湖のように穏やかな表情を浮かべながら、悪人の腕や手首をポッキーのようにへし折るマッコールさんの姿はおそろしい。パンフレットの格闘技教官のコラムによると、マッコールさんのトロンとした目つきは「視界をワイドアングルにして周辺を見る」訓練をした人に特有のものらしい…。菩薩のような眼差しだが、実は一分の隙もなく「殺し」に最適化した目つきなのだ。

 

マッコールさんが、(思いのほか早く)くる

 そんな恐怖の純度が上がった『イコライザー THE FINAL』のマッコールさんを最も特徴づけるのは「早さ」だ。これは9秒云々みたいな速度の話ではなく(いやそれも怖いのだが…)、「殺す」に至るまでの流れが観客の想定するテンポより一段「早い」ということだ。殺される側も「くそ〜、やつを仕留めてやる!」とか息巻いてる時点ではもう「遅い」ことに気づいてないというのが怖い。本作では大きくマッコールさんの「殺し」の場面が3つあるのだが、後の2つに共通しているのは「早さ」の意外性である。

 とりわけ印象的なのは中盤、マフィアの弟マルコとのひと悶着である。レストランで憲兵を脅すマルコは、じっと自分を見つめるマッコールさんに気づく。よせばいいのに(周囲にナメられたくないというプライドもあり)マッコールさんに絡んでいき、当然ながら返り討ちにあって痛めつけられるマルコ。「お、覚えてろよ!」みたいな捨て台詞を吐きながら店を出て、屋外で仲間とともに「あいつ絶対ゆるせねえ…ぶっ殺してやる!」などと息巻いている。ここまではよくある展開だ。

 だが、この後こいつらがマッコールさんを襲いに行くのかな…などと観客がぼんやり予想していた次の瞬間、車が突っ込んできてマルコの仲間の息の根を止める。そして遠くから歩いてくる人影が、次々とマフィアたちを絶命へ至らしめる…。誰あろう、マッコールさんその人であった。

 マルコはナイフを取り出し、応戦しようとするが、マッコールさんにとって刃物をもつチンピラなど、オモチャの剣を振り回す中学生に等しい。マルコは腕をカニ脚のようにへし折られ、ぶらんと垂れ下がった自分の手が握るナイフによって、マッコールさんに滅多刺しにされる。「あっ、殺し、あっ……」と思う観客を尻目に、ほんの数分前まではイキリちらかしていた青年は、無惨な死体に成り果てていた。紛うことなきスラッシャーホラーの惨殺シーンである。

 殺されたマルコはそれまでじっくり描かれたように、救いようのないクズのチンピラ悪党であり、観客の大半も「こいつは死んで当然かもな」「マッコールさんにブチのめされるのが楽しみだ」と思っていたはずだ。なのになぜだろう、いざ激烈な暴力によって彼が殺されると、「あっ…死んじゃった…」と無慈悲さと衝撃を覚えてしまうのだ…。

 『イコライザー』シリーズは慈悲深い物語でもある。1作めのデヴィッド・ハーバー演じる汚職刑事や、2作めの絵が得意な黒人青年マイルズのように、悪と善の境目でギリギリ踏みとどまったり、やりなおしのチャンスを得る人間も描いてきた。本作のマルコも、あまりに悪辣な兄の所業にちょっと引く場面が挟まれたりもしたので、もしかしたら「やりなおす」側の人として描かれるルートもあるのかな?と(すでに悪行を重ねているから難しいだろうとは思いつつ)心のどこかでちょっぴり思っていた。だが一切そんなことはなく、観客が想定するより一段「早い」マッコールさんの襲撃によって、あっさり惨殺されてしまった。「こいつがやりなおす機会があるとしたら、人生のどこだったんだろうな…」などと、少ししんみりしてしまうほどだ。

 マッコールさんの恐るべき「早さ」は、実は『イコライザー』シリーズの核をなすものだ。1作めを振り返ってみても、最初にマッコールさんがその恐るべき戦闘力を明らかにする「19秒で悪を仕留めた」場面は、アクションとしては短い部類といえる。これは演じるデンゼル・ワシントンが60近い高齢であることからも、それほど派手で長いアクションは難しいということだったのかもしれないが、その「早さ」と「短さ」はむしろ本作を特徴づける鮮烈さを生んでいる。

 同じく1作めでユニークなのが、ホームセンターに押し入った強盗を始末する場面だ。「武器となるハンマーを持っていく→強盗を襲撃して指輪を取り返す→ハンマーを返す」という流れを省略し、「ハンマーを持っていく→ハンマーを返す」の爆速シークエンスを作り上げている。マッコールさんが勝つことは映画的に明らかなので、わざわざ描くまでもないということなのだが、その省略がマッコールさんの理不尽なまでの強さと、気持ちのいいテンポ感を生んでいる。

その「早さ」を伝える「省略」の技法は1作めの時点でどんどんエスカレートしていく。いかにも強キャラのような風格のメガネの悪役がラスボスと食事をしており、トイレに行ったかと思えば、帰ってきたのはマッコールさんと、彼の割れたメガネだった…というシーンも強烈だ。トイレで待ち構えてきた(こわい)マッコールさんがメガネの悪役を倒す、という場面をまるごと「省略」したわけだ。

 さらにこの印象的な場面で、実はマッコールさんはもうひとつ重要な「省略」を行っている。それは「ラスボスの"悲しい過去"を、面と向かってぜんぶ口で説明してしまう」という所業だ。その話自体は、悪辣な少年が愛を失うことを恐れるあまり、恩人を殺してしまう…という、なかなか深みのあるバックストーリーであり、数分の尺をとって回想シーンとして表現されてもおかしくない話だ。だがマッコールさんはあろうことか、そうした深い背景を勝手にぜんぶ言葉で説明して終わらせてしまうのだ。人生で他人にやられたらイヤなことランキングでも相当上位にくるだろう。

 絶対に誰にも知られてないはずとラスボスが思っていた秘密を簡単に調べ上げる、マッコールさんの恐るべき調査能力を示す場面でもあるが、同時に『イコライザー』シリーズにおける「省略」のあり方を明確に示すシーンでもある。それは、しょうもない悪人のドラマなど「語られるに値しない」という思想だ。

 いや、たしかにこの場面はマッコールさんがラスボスの背景を(漫画編集者なら「セリフで説明しすぎ」と赤を入れるほどペラペラと)「語って」はいるのだが、例えばフラッシュバックによる表現や、本人が独白で自分の物語を回想する…といった、キャラクターに厚みをもたせるための映像的な「語り」とは異なる、いうなれば「ネタバレ」に近い冷淡な「語り」である。マッコールさんが「語られるに値しない」と判断した人間の物語=シーンを、文字通り"省略"してしまうという冷徹なシビアさがそこにはある。

 マッコールさんの「早さ」が奪うのは、卑劣な悪人の命だけではない。悪人の人生の物語に割く映像的な時間、そしてスポットライトをこそ奪っているのだ。そのかわり、映画もマッコールさんも、心優しく誠実に生きている一般市民の「物語」に光を当てることを優先してみせる。映画そのものの構造がマッコールさんの思想とも重なっているというわけだ。

 

集まる場所が必要だ(そして殺す)

 『イコライザー』シリーズは紛れもなく「アクション映画」ではあるのだが、『ジョン・ウィック』のようにアクションが目的化した映画ジャンルという意味で「アクション映画」と括るのは少し違う感じもしていた。そんな中、かなり渋めのトーンの『THE FINAL』を観て「やっぱそうだよね」と実感した。本シリーズは「悪とは何か」「善とは何か」を考えさせる一種の文芸作品なのだと思う(バイオレンスな文芸だが…)。

 最近、『集まる場所が必要だ――孤立を防ぎ、暮らしを守る「開かれた場」の社会学』という本を読んだ。図書館などの人が集まる社会的インフラの重要性をメインで語りつつ、後半ではハリケーンで打撃を受けた街の話も出たりする。感染症や気候危機のような緊急事態も多発する中、柔軟で強靭な社会を作るために「公共」のコミュニティをどう設計していくかを考える本だ。

 この『集まる場所が必要だ』を読んで、なぜか『イコライザー』シリーズを連想したのだが、それはマッコールさんが地域のコミュニティとその中で生きる人々の生活を尊重する人だからなのだと思う。そして『THE FINAL』ではさらにその傾向が顕著になっていたように感じる。人々のコミュニティを破壊する者は、問答無用で(物理的に)破壊されることになるのだ。

 『THE FINAL』の中でマッコールさんが放つセリフで、特に印象的なものがある。マフィアの弟マルコに対して、「お前と友人が何をしようと勝手だが、ここ以外のよそでやれ」と言い放つのだ。公平さを重視する「正義の味方」としてマッコールさんを捉えていた人は少し面食らってしまいかねない、身勝手にも響くセリフと言える。

 だが、マッコールさんは正統的な意味での「ヒーロー」とはやはり違う。悪人を惨たらしく殺す姿がヒーローらしくないことは置いておいても、マッコールさんは長年抱えた神経症的な性質から「どうしても悪や不公平を見逃すことが"できない"」人なのである。「殺さなくてすむ」ならもちろん殺したくないが、自分の近くで悪事を働かれるともう気になってしまい、ぶんぶんうるさい蚊を叩くように殺すしかない。その妥協案として「どうしても悪事を働きたいなら、自分の関知しない、よそでやれ」と提案してみせたのだ。マッコールさんの「ヒーロー」にはなれない暴力装置としての限界やエゴも隠さず映す、象徴的なセリフだと言えよう。彼に守れるのは、自分が暮らすコミュニティの人々や、自分に助けを求めてくれた稀有な人くらいのものなのだ。

 だがそんな『イコライザー』を、よくある自警バイオレンスものと一線を画す特別なシリーズにしているものは、実は「コミュニティの中で生きる市民」の描写なのだと思う。1作めの歌手に憧れる娼婦、警備員になりたい店員や、2作めの絵が好きな黒人青年、話を信じてもらえない老人など、理不尽で不平等な世界でなんとか生きている(私達によく似た)人々こそが、『イコライザー』シリーズの影の主人公なのだ。

 『イコライザー THE FINAL』でもそんな普通の人々が、マッコールさんとの交流を通じてしっかりと尺をとって描かれる。ささやかな生活、希望、楽しみ、密かな夢、大切な思い出を抱きながら、日々をなんとか生きている。本作のマフィアや過去シリーズの悪党たちのように、そうした市井の人々の大切なものを、自らの欲望や利益のために踏みにじる所業は、「単純な勧善懲悪」が難しくなった今の時代でさえ、絶対的な「悪」と呼べるのではないか。そして、そんな人々の生活をマッコールさんが守ろうとすること、そして人々のほうが今度はマッコールさんを守ろうと自ら立ち上がることは、紛れもない「善」と呼べるのではないかと思う。

 もちろん言うまでもないが、人を殺すのはよくない。よってマッコールさんが100%「善」であるとは言えるはずもない。ちょうどイスラエルとパレスチナの間で悲惨な衝突も起こったばかり(正確には「起こり続けてきた」のだが…)だし、ある意味で私刑や報復をエンタメ化した本作を無邪気に楽しんでいていいのか…といった感覚もまた忘れ去るべきではないだろう。

 それでもやはり、「悪いことは悪い」と悪を断罪するエンタメもまた、まだまだ人類に必要だと思えてならない。とりわけ日本のように(特に権力者や企業や政府が)弱者を踏みにじるような悪が「なぁなぁ」で相対化されてしまい、逆にそれが「清濁併せ呑む」態度として称賛されるような社会では…。『THE FINAL』といわず、まだまだマッコールさんに滅ぼしてほしいと願ってしまう「悪」は数多くある。『イコライザー』シリーズで悪人が粉砕される時に感じる喜びは、もしかしたら暗い喜びなのかもしれない。だが間違いなく、まだこの世界に必要な喜びなのだ。

歪みを愛せよ。『ミュータント・タートルズ ミュータント・パニック!』感想&レビュー(ネタバレ控えめ)

 ただでさえ今年2023年は、『長ぐつをはいたネコと9つの命』『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』『ニモーナ』など、アニメーション表現の面でもテーマ性の面でも傑出した海外アニメ映画が連発している。だがクラクラしている我々アニメ好きにトドメをさすように、またも革新的な一作が登場した。『ミュータント・タートルズ ミュータント・パニック!』である。

予告編を見てもらうだけでも、そのアニメ表現の斬新さは伝わってくるだろう。

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 「めちゃくちゃ絵のうまい人が、落書きみたいにさっと描いたラフな絵」のカッコよさというのがあると思うが、それをアニメ表現に落とし込むことは極めて難しかった。たとえコンセプトアートやアイディアスケッチの段階では「ラフさ」にあふれていたとしても、映画が完成形に近づくにつれて、ラフではなく「本気」の、誰が見ても完成度の高いルックにまとめ上げなければいけない以上、発想の源流では満ちていた「ラフさ」は次第に失われていくものだ。だが本作『ミュータント・タートルズ:ミュータント・パニック!』では、その生き生きとした「ラフさ」が、完成したアニメの中に見事に刻まれている。

 というわけで、本作の素晴らしさを語っていきたい。ネタバレは控えめにしておくが、何も知らずに観たい人は今すぐ劇場に駆けつけてほしい。これほど素晴らしい作品にもかかわらず、今のところ日本では興収面で苦戦しているという話も聞く(海外アニメあるある)ので、なるべく早めに行ったほうがいいかもしれない…。

 

◯現代アニメーションの新たなる王道

 3Dアニメの「つるん」とした無機質とも言える質感に対して、いかに2Dアニメの「絵が動く」豊かな表現をドッキングし、昇華させるか。その挑戦にひとつの「答え」を示した超重要作『スパイダーマン:スパイダーバース』(2019)以降、海外アニメ映画は完全に次のステージに移行したといえる。

 昨年の筆頭として、昨年のドリームワークスの映画『バッドガイズ』や…

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 半年前に公開された『長ぐつをはいたネコと9つの命』が上げられる。この数年のアニメーションの流れは、↓の記事でも解説したので参照してほしい。

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 そして今年の大本命として、本家『スパイダーバース』の続編『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』が公開された。これがまた、アニメ表現の可能性を数段も押し上げるような凄まじい出来栄えの続編だった。

 こうした2Dと3Dの掛け算ともいうべきアニメ表現の「新たなる潮流」は、もはや「新たなる王道」と言っていいほどの存在感を放っているわけだが、その中でも特に今回、押さえておくべき作品がある。それは『スパイダーバース』と同じソニー・ピクチャーズ・アニメーション制作の『ミッチェル家とマシンの反乱』(2021)だ。

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 なぜ重要かというと、『ミュータント・タートルズ ミュータント・パニック!』の監督であるジェフ・ロウが、本作『ミッチェル家とマシンの反乱』の共同監督を務めていたからだ。YouTube・TikTok時代の新世代的なアニメーションやカジュアルな動画クリエイトのセンスが炸裂した長編アニメ映画であり、今回の『タートルズ』のアートと通じる部分も大いにあるので、未見ならぜひ観ておいてほしい。

 ちなみにジェフ・ロウは『怪奇ゾーン グラビティフォールズ』シーズン2の脚本家も務めていた。日本での知名度はそれほど高くないが、たいへん楽しく最後はグッときてしまうアニメだし、『アウルハウス』『ふしぎの国アンフィビア』『陰謀論のオシゴト』など、高く評価されている最先端アニメシリーズの潮流を考える上で、とても重要な起点となっている作品なので、こちらもぜひチェックしてほしい。

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◯革新的に「歪んだ」アニメーションと美術

 本作『ミュータント・タートルズ ミュータント・パニック!』のアニメーションの凄さは誰の目にも明らかなだけに、語るにしても一体どこから手を付けたものか迷うほどだ。だが最初の一歩は明らかである。私たち観客が最初に目にする物体、マンホールだ。

 どこの街にもある、何の変哲もないはずのマンホールの蓋はずだが、まるで子どもがフリーハンドで適当に描いたかのように、その円形は奇妙に歪んでいる。だがこの「歪み」こそが、本作のアートの革新性を体現するものだ。これを冒頭でバーンと示すことで、このマンホールに作品全体の「思想」を象徴させているようにも思える。「このアニメはこれで行きますんで、ヨロシク!」と決意宣言をするかのように、作り手の打ち鳴らす「号砲」であるかのように。

 この「歪んだ楕円」は他にも、直後に出てくる信号機など、本来は「正円」として描かれるはずの様々な物体にも適応される。このラフなフリーハンド感が、本作が表す世界観に独特の疾走感と心地よさを与えているのだ。

 「歪み」が"侵食"するのは円だけではなく、街そのものにも及ぶ。アートブックには街のコンセプトアートが載っているのだが、そこには「幼児が太いクレヨンで描いた感を出す」「ガサツな線で形を崩す」などの指示がわざわざ出されている。

 これはあくまでコンセプトアートのはずだが、実際の作品で描かれる街の背景をチェックしてみると、むしろさらに歪んでラフな感じの描かれ方になっていることがよくわかる。↓

 この「街」はタートルズたちが「見ている」街でもある。主役のタートルズがあくまでティーンエイジャーであり、人間社会や文化をまだよく理解していないがゆえの「解像度の低さ」の表現でもあるのだろう。だからこそ、「何かよくわからないけど不思議で楽しそうな街」としてのニューヨークが輝かしく見えてくる。こうした全年齢アニメ映画としては珍しいほど、シーンの大半を「夜の街」の描写が占めるというのも、本作のオリジナリティを増している。

 とりわけ面白いのは、本作のアートを貫く「歪み」が、主役のミュータントの造形や、物体や街の美術だけでなく、地上の人間のデザインにも適用されていることだ。

 本作には沢山の人間が登場するが、誰一人として「左右対称」ではなく、キュビズム的な美術表現も連想するほど、左右非対称かつ不均衡に歪んでいる。わかりやすく「異形」的にぐにゃぐにゃしているミュータントたちより、むしろ人間たちのデザインの方の「歪み」をこそ強く意識させる構造になっているのだ。

 こうした発想は、『ベルヴィル・ランデブー』(2002)で広く知られるフランスのアニメーション監督シルヴァン・ショメなど、ヨーロッパのアートアニメ的なキャラクター造形や美術と通じる部分もある。わざわざ露悪的に「醜く」描いているというよりは、現実の有り様を正確に写し取り、リアリティと生命感あふれる世界をユーモラスに構築しようとする試みなのだ。

 本作『ミュータント・タートルズ ミュータント・パニック!』のキャラクターデザイナーのウッドロウ・ホワイトも、アートブックの中で「人間のキャラクターもミュータントに負けないくらい変な見た目にしようとした」と語っている。「受容と疎外が本作のテーマ」であり、「人間を醜くすることで、ミュータント目線で物が見れて、タートルズにとっての人間の奇妙さがわかりやすくなる」と考えたという。 

 確かに本作の「歪み」は誇張されているといえるが、実は私たち現実の人間の外見にしても、自分で思っているほどに「左右対称」ではない。ためしに自分の顔写真の中心に鏡を立てて無理やり「左右対称」にしてみると、「あれ、なんか違うな…」と違和感を抱く人が大半ではないだろうか(実は目の大きさや位置、顔の輪郭なども左右で微妙に異なったりするため)。大抵のアニメなどで描かれる人間は、美しく左右対称に整っていることが多いが、むしろそれこそが「誇張」された表現ではないか…ということまで考えてしまう。

 生物である以上、キレイに「整って」いることなどなく、むしろみんな「歪んで」いるにもかかわらず、地下にすむミュータントだけが「気持ち悪い」と罵られ、石を投げられてしまう…。先述したマンホールは、タートルズたちが暮らす地下の世界と、人間たちが暮らす地上の世界をつなぐ「ドア」でもある。そんなドアまでもがぐにゃりと「歪んで」いる冒頭の絵は、本作の根本的なテーマを(どこか皮肉に)示唆しているように思えてこないだろうか。

 

◯愛すべき「歪んだ」キャラクターたち

 キャラクターもみな魅力的だ。まずはいうまでもなく、タートルズの面々がいい。リーダー的なレオナルド、パワー系のラファエロ、陽気なミケランジェロ、頭脳派のドナテッロという王道的なキャラクター造形の4人組ながら、たいへんリアリティのある「おバカなティーン感」を醸し出してくれる。

 まず基本的なことだが、原語版では4人とも声優をリアル「ティーンエイジャー」で揃えているのはエライ。本作の邦題は『ミュータント・タートルズ』だが、オリジナル表記は『ティーンエイジ・ミュータント・ニンジャ・タートルズ』であり、「ティーンエイジ」要素はタイトルに入るほど重要にもかかわらず、実はこれまでそれほど重視されてこなかった。ある意味では"当事者キャスティング"といえる、「リアル10代」が命を吹き込んだ楽しくカワイくバカな会話の数々が、本作のタートルズに嘘くさくない生命力を与えている。「大人が考えた都合良い子ども」感が限りなく薄いのだ。

 楽しさだけでなく、単なる子どもにすぎないカメたちが高い格闘能力と武器を振り回してる姿を見ると「大丈夫かな…」とちょっとヒヤヒヤするし、恐ろしげな目にあっているのを見ると「やめてあげて〜」と思ってしまうし、本当に子どもの振る舞いを観ているようで、良くも悪くも全体的に目が離せないスリルも生んでいる。こうした若々しい勢いを、本作のアートの「ラフな」タッチが倍増させていることも特筆すべきだ。(カメとはいえ)ティーンの描かれ方のリアルさとしては、けっこう本当にアニメ史に残る級ではないだろうか。

 カワイイだけでなく、アクション映画としてきっちりカッコいい場面も用意されているのはさすがだ。特に街の悪党たちの根城に乗り込むシークエンスで、全く同じ構図で複数の時系列のシーンをすばやく切り替えながら、シームレスにバトルを繋いでいく場面は凄い(言葉で説明すると伝わりづらいが…)。近年のアニメの中でも最大級にカッコよく、実写映画でもなかなか観ないような、スタイリッシュなバトルシーンとなっている。

 どのメンバーも魅力的だが、日本の観客にとって、オタク的な性格のドナテッロ(ドニー)は、特に印象に残るキャラクターかもしれない。というのも『進撃の巨人』のようなアニメなど、日本のポップカルチャーへの言及をちょいちょい挟んでくれるからである。『進撃』に至ってはクライマックスでけっこう重要な鍵を握ったりさえする。

 ちなみにアートブックで、ドニーが着てるパーカーのロゴが思いっきり『ジョジョの奇妙な冒険』であることに気づいたが、ジェフ監督が「"同士求む"という彼なりのサイン」と明言していた。ドニーの声優を務めた子が「ジョジョ」好きだったゆえのチョイスらしい。『進撃の巨人』といい、現代のオタク海外ティーンの日本アニメ受容もうっすら伝わってくるのも興味深かった。よく見るとゲーム機(ニンテンドー64!)にカービィのソフトがあったり、高校の掲示板に『ヒロアカ』のデクがいたりするので探してみよう。

 タートルズ以外でお気に入りだったキャラクターは、エイプリルである。

 カメラの前に立つと緊張して吐いてしまうという、ジャーナリスト志望者としてはそこそこ深刻な弱点を抱えながらも、決して諦めることなく夢とチャンスを狙う…という、繊細さとタフさを併せ持つ女の子だ。

 最悪の失敗場面が映像に残ってしまい、それがネットミーム化して拡散…というのは、本来ギャグですまされないくらい心の傷を残しそうな出来事だが、現代ならではの「ありそう」な顛末でけっこう怖い。しかしだからこそ、彼女が本作でたどるストーリーは、何か大きな失敗をしたり、人前で大恥をかいてしまった若者(や大人)を勇気づけるのではないだろうか。新時代の映像の力でのし上がろうとする少女という点で、監督の前作『ミッチェル家とマシンの反乱』の主人公ケイティとも通じる人格でもある。

 なお昔のアニメなどでは大人の白人女性として描かれていたエイプリルだが、近年ではキャラクターの再構成・再解釈が進み、2Dアニメ『ライズ・オブ・ザ・ティーンエイジ・ミュータント・ニンジャ・タートルズ』では黒人少女として登場している。↓

 本作『ミュータント・パニック!』のエイプリルもこうした流れを継いだと言えそうだが、がっしりしたリアリティのある体格やラフな服装など、Z世代的なルックが本作の世界観によくマッチしている。大人向け・子ども向け双方において、アニメにおける「少女」の描き方がどうしても「美少女」方向で画一的になりがちな日本でも、こうしたリアリズムあふれる魅力的なキャラクター造形に挑戦してほしいところだが…。

 ちなみにエイプリルの原語版の声優をアヨ・エデビリ(Ayo Edebiri)が務めていることを知り、嬉しくなった。大好きなドラマ『The Bear(邦題:一流シェフのファミリーレストラン)』の準主役といえるシドニー役の女優である。世間の絶賛にも納得するしかない傑作ドラマなので、本作のエイプリルが気に入った人は必ずこちらも観てほしい。邦題はひどいが…。

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◯「歪んだ」世界のまっすぐなストーリー

 本作の美点を語る上で、どうしてもアニメ表現や美術に注目せざるをえないが、ストーリーもとても力強く、心を打つものだった。本作のストーリーの良さを語る点で、2人の対照的な重要キャラクターに光を当てたい。スプリンターとスーパーフライである。

 まず、ネズミのミュータントであるスプリンターは、タートルズの父親にして師匠のようなキャラクターだ。幼いカメたちを助けたことで、自分もミュータントに変異してしまい、それ以降タートルズを地下で世話することになる。ちなみに原語ではジャッキー・チェンが声を演じているだけあって、アクション的な見せ場も用意されている。

 そんなスプリンターだが、いちど「地上」に出た時、人間たちに化け物扱いをされて追い回されたことがトラウマとなり、タートルズにも地上に出ることを禁じて育てることになる。こうしたキャラクター造形に、現実のマイノリティ、とりわけアメリカの都市部で生きる移民・難民(やその子孫)の姿が反映されていることは疑いようもない。

 自分が受けた過酷な差別や弾圧が傷となり、若い世代に対して(傷ついてほしくないばかりに)抑圧的な振る舞いをしてしまう…という負の連鎖は、近年のアニメでも『私ときどきレッサーパンダ』や『マイ・エレメント』などでも暗喩的に語られた問題なのだが、本作『ミュータント・タートルズ ミュータント・パニック!』ではより直接的に光が当てられる。

 ここでも、キャラクター描写の「歪み」が重要な鍵となっていることに注目だ。タートルズにしろスプリンターにしろ、後に登場する他のミュータントにしろ、ごちゃごちゃ・グニョグニョした「歪み」が隠されずに表現されている。これによって、「僕たちを受け入れてくれる人間が他にもいるかな?」と尋ねるタートルズに対して、エイプリルが「いないよ」と返す(ひどい)場面も、まぁとはいえムリもないかな…と思えてくる。それほど生々しいリアリティを放つ造形になっているからこそ、現実のマイノリティのメタファーでもある彼らを取り巻く状況のシビアさが、嘘くさくなく伝わってくる。

 その意味で本作の「メインヴィラン」となるハエのミュータント、スーパーフライも興味深いキャラクターだ。

 原語版では有名ミュージシャンのアイスキューブが声を演じていることもあり、敵役とはいえチャーミングさや人間臭さも存分に発揮するキャラ造形となっている。多数派の人間に虐げられてきたことから、暴力による復讐や世界の撹乱を決意した人物という点で、『ブラックパンサー』のキルモンガーや、『羅小黒戦記』の風息(フーシー)に相当する、恐ろしげな一方で共感や同情をも誘う「悪役」キャラクターといえるだろう。

 なお少々ネタバレとなるが、スーパーフライがクライマックスで変身する「最終形態」が、異形の「わくわく動物映画」でもある本作を締めくくるにふさわしいカオスっぷりでアガるので必見だ。日本のゲーム『塊魂』や、イタリアの画家ジュゼッペ・アルチンボルドを参考にしたとアートブックに書いてあって、ズバリそんな感じだな…!と思った。

 ところで本作、当初は(冒頭でスーパーフライを育てていた)科学者バクスターがハエのミュータントになる…という話だったらしいのだが、やはりスーパーフライの出生は元々ハエだった方が物語として締まると判断したのだろう。そこにはスプリンターとの対比もあるのだと思う。

 スプリンターとスーパーフライは実は似た背景をもつキャラクターで、「プロフェッサーXとマグニートーのような関係性」だと作り手も語っている。どちらも多数派の人間に弾圧されたトラウマを持つと同時に、家族のような同胞への愛情も抱えている。2人は最終的に分岐することとなるが、スーパーフライを「邪悪」として片付けることもしづらい。元はと言えば2人を傷つけたのは、異なる他者を排除せずにはいられなかった人間の性質なのだから。

 だからこそクライマックスで、恐怖に怯えるスプリンターに差し伸べられるささやかな「救い」と、そこから始まる逆襲は、今年の全てのエンタメ作品でもトップクラスに熱く、感動的なものとして輝いている。ネタバレは避けたいが、『スパイダーマン』シリーズの過去作とも通じるようなカタルシスがあり、独特のタッチで描かれる「街」そのものが「もうひとりの主人公」であるような本作にふさわしい、文句なしに燃える展開だ。

 この展開に対して「あっさり手のひらを返しやがって…」という声もあるかもしれない(正直それも理解できる)が、本作は人間がまさにその「手のひら」を、異質な他者やマイノリティに対してどのように用いるべきなのか…と突きつける物語でもある。自分たちの「歪み」に気づくことさえなく、他者の「歪み」にばかり目をつけて、拳を握りしめ、排除するべきなのか。それともそうした「歪み」もまた愛することで、追い詰められた弱者に対して「手を差し伸べる」べきだろうか。人々が正しい「手の使い方」にたどり着くため、ジャーナリズムがいかに重要な役割を果たすかということも、唯一の善良な人間キャラであるエイプリルの活躍を通じて示されるのが巧みだ。

この素晴らしく「歪んだ」美しいアートで描かれたアニメ映画よりも、よほど不完全で不健全に「歪んで」いるようにも思える我々のリアル世界が、果たして本作の結末が示したような希望に向かって分岐できるのか…。それはまさしく私たちの「手」にかかっているということが、本作が最も伝えたかった「まっすぐな」メッセージではないかと思う。

 

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ところで必須ではないが、観ておくとさらに『ミュータント・タートルズ ミュータント・パニック!』が楽しめると思われる配信作品がある。Netflixの『ボクらを作ったオモチャたち』シーズン3初回のタートルズ回だ。意外にも長く複雑に曲がりくねった『タートルズ』シリーズの歴史をざっくり眺めることができる。実はジェフ・ロウ監督も、この回を観てから『ミュータント・パニック!』を発想した、と語っていた。ラストで『タートルズ』を創造した(が後に仲違いをしてしまった)2人が、仲良く手描きのイラストを描いている姿は、今回の映画の美術に対して大きなインスピレーションを与えたのではないだろうか。

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記事でも何度か紹介したがアート本『アート・オブ・ミュータント・タートルズ:ミュータント・パニック!』もオススメ。美しいコンセプト絵とか設定イラストとかジェフ・ロウ監督やセスのインタビューとか色々のってて良かった。海外アニメのアート本が劇場公開と同時に出るとか滅多にない厚遇だし、ファンはゲットしようね(日本が最速出版らしいし)

寄稿のおしらせ:『14歳からの映画ガイド 世界の見え方が変わる100本』

【告知】本日9/26発売の『14歳からの映画ガイド 世界の見え方が変わる100本』(河出書房新社)に私も寄稿しています。各界の映画好きの皆さんが、若い世代にガチでオススメできる「これぞ」という映画を紹介する1冊。私はジョーダン・ピール『NOPE』を選んでみました。

t.co

今さら帯を見て私以外の豪華執筆陣にびっくりしてますが、ぜひお手にとってみてね。販売ページで皆さんの紹介映画の一覧も見れます(いきなり朝井リョウさんと武田綾乃さんがインド映画2連発きめててイイすね)

ちなみに本書用の作品チョイスで、10代向けの動物映画か…どうしよ…アニメとか?と思いかけたが(安易)、編集さんに「10代に向けて…とかそういうのは全く意識しないで大丈夫です」と言われたのでいっそ『NOPE』にしてみた。私も10代の君たちに贈る!!的な暑苦しいノリ好きじゃない10代だった気がするしな…。実際この数年を代表するハリウッド大作だと信じているし(なのにアカデミー賞くんさぁ…)よかったと思う。

なお私の『NOPE』紹介はブログで一度書いた記事をブラッシュアップして再構成したものですが、今のとこ私が書いた映画にまつわる文章の中ではあれが一番お気に入りなので、リアル10代の子に読んでもらえたら嬉しい。イラストも本書用に描き下ろしてみたのでチェックしてね〜

ところで鈴木敏夫と名前が並ぶことももう無いかもしれないので、帯は記念にとっておこうと思う。

この夏はあなたのせいで(?)大変だったんだぞ…!!↓ 

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「ブルーバックス」おすすめ10冊+α(9/28まで電子版半額セール中)

講談社の科学系新書レーベル「ブルーバックス」が60周年記念ということで、9/28まで大規模な(史上最大らしい)電子版50%セールを開催中なので、個人的に面白かったり広めにオススメできそうなタイトルをまとめておこうと思った。

amzn.to

ブルーバックスは広大な科学ジャンルを扱っているレーベル(昨年時点で出版総数2200点らしい)なので、チョイスが偏ってると思うけど…。数学とかも沢山あるのだが弱いジャンルなのであまり紹介できなかった。あと新しめの本が多いです。

60周年記念の一環なのか、ブルーバックス本が読み放題サービスのkindle unlimitedにもけっこうドカンと入ったので、加入して読み倒してもいいかも。いま3ヶ月無料キャンペーンもやってるそうなので(〜10/15)対象者はぜひ。

ところでオススメ本は「10冊」に絞ってみた…つもりだったが、いま目次を数えたら11冊あった。まぁあわせてオススメできそうなブルーバックスの類書や関連書などもそれぞれ「+α」として選んでどうせ合計30冊くらい紹介するから、なんでもいいか…。

 

 

『能力はどのように遺伝するのか 「生まれつき」と「努力」のあいだ』

まず、今年6月に出たばかりの新しい本から。「能力は遺伝か環境か」「一流になるのは才能か、努力か」といった二者択一の議論がされがちだ。しかし遺伝子と能力の関係はもっと複雑で多次元的であることを「行動遺伝学」の専門家が語る本となっている。

遺伝子はこの数百年で最大の科学的発見だが、ゆえに優生思想のような危険な考え方にも歪んだ形で利用されてきた。一方で、遺伝が個人や社会にとって重要因子であることも無視すべきではなく、遺伝の「制約」と「柔軟性」を踏まえた上での緻密な議論が必要なのである…と本書『能力はどのように遺伝するのか』は説く。

遺伝子の科学的なメカニズム、遺伝子と環境の関係を考えていく中で、社会が目指すべき形も見えてくる。たとえば疾患や能力や人格に「遺伝的な理由」で問題があった場合、遺伝の方を悪とみなして、あの手この手(薬物・教育・ゲノム編集etc…)で「遺伝子を環境に合わせる」ことを良しとしがちだが、本当は環境の方が「遺伝子に合わせる」べきなのでは、といった考え方は、これから重要になっていくかも。

キャッチーなところでは「親ガチャ」という概念が本当に妥当なのか、職業や収入に影響する指標「教育年数PGS」をもとにガチ分析したりもする。「親の社会階層が子どもの社会達成を左右する」という意味では「親ガチャ」は正しいのだが、遺伝の影響はそれとは別に格差をシャッフルする効果もあると。こうした一筋縄ではいかない「遺伝」の実情を語る刺激的な一冊としてオススメ。

遺伝子を扱う本は数限りなくあるが、ブルーバックスの類書としては『遺伝子とは何か?』など。

 

『コーヒーの科学 「おいしさ」はどこで生まれるのか』

おそらく世界で最も有名な嗜好品の一種であり、あまりにも身近であるがゆえに、私たち人間はコーヒーについて実はよく知らない。コーヒーってそもそも何なのか、どういう植物なのか、なんでまたカフェインなんて特殊な化学物質をもっているのか、なんで人類はそれを飲み始めたのか、そしてなぜ美味しいのか…などなど、コーヒーという面白い植物を科学的・化学的観点から解説していく。

その一例だが、「カフェイン」という物質の正体を語る部分も面白い。コーヒーの果実がなる「コーヒーの木」が作るカフェインには、実は他の植物の育生を邪魔する作用があるというのだ。カフェインは落ちた種子から広がっていき、近くの植物が育つのを抑え、自分だけが生長できるようカフェインを活用してるという。コーヒー、お前…イヤなやつだな、とか思いかけるが、そのおかげで美味しいというのなら文句も言えない。

コーヒーに限らず、紅茶などの「茶の木」もだが、そもそも植物がなんでカフェインを作るのかと言えば、「毒だから」という身も蓋もない理由があるわけだ。他の植物の生育を邪魔したり、虫やナメクジといった外敵から身を守る作用があったりと「化学兵器」としての役割が大きいという。そんな植物・動物視点では「毒」以外の何物でもないカフェインが、まさか人間の間で、人類史上に刻まれる超絶大ヒットを記録する愛され化学物質になるとは、コーヒー的にも「何なのお前ら?」って感じだろう…(トウガラシとかも同じなんだろうけど)。

他にもコーヒーゲノムからカフェイン合成関連の遺伝子を抽出した結果、「植物にとってカフェインを作ることが一種の"収斂進化"である可能性」が示されるとか、生きもの勢としてもグッとくる話が多い。それも当然かもしれない。植物もれっきとした「生物」なのだから…。というわけで同じブルーバックスの『植物たちの戦争 病原体との5億年サバイバルレース』もオススメ。

『コーヒーの科学』はたぶん個人的にブルーバックスで最もよくオススメしている本である(私がコーヒー大好きというのもあるだろうが)。コーヒー豆の焙煎のメカニズムとかけっこう化学的にド派手なことが起こっていてびっくりするし、身近なものを徹底的に科学の目で見つめ直すという意味で、「科学入門」としての力がある1冊だと思う。

お酒好きなら『ビールの科学』とかどうでしょう…

 

『睡眠の科学・改訂新版 なぜ眠るのか なぜ目覚めるのか』

『コーヒーの科学』の対義語(?)みたいな本ではあるが、同じくらい高頻度でオススメしている本。いきなりこの「はじめに」からして、生物ファンとしても「そうだよなぁ〜…」と思える。

自然環境の過酷な生存競争を考えたら、完全に無防備になる「睡眠」なんて真っ先に削る種が現れそうなものだが、いわゆる「高等」な脊椎動物は例外なく「眠り」の支配下にある。つまり動物である以上、眠りからは決して逃れることはできない…。

この「なぜ眠らなければならないのか?」という、実は解明が困難な疑問に、覚醒をつかさどる物質「オレキシン」を発見した睡眠の専門家が答える本となっている。

眠りや夢に関する素朴な疑問にも科学的な答えが用意されていて面白い。たとえば「寝溜めはできるのか?」という問い。これは「できない」というのが答えなのだが、そこから「睡眠負債」というキーワードや、アデノシンという睡眠物質の存在に触れつつ、さらに深めて論じていく。

また「なぜ夢の中で夢だと気づけないのか?」という問い。それは人が何かを考える時「いま自分は考えている」と認知する力(メタ認知能力)を司る「前頭前野背外側部」の活動が、睡眠中は著しく低下するので、そもそも夢の中では「思考」ができないから…だという。

さらに言うとその「夢の中で夢だと気づけない」=「前頭前野背外側部」の働きが低下している状態は、一種の精神障害に非常によく似ているらしい。一般的に精神障害は他の肉体的な障害より、「健常者」による追体験や想像が難しいと思っていたが、実は毎晩「体験」しているのかもしれない…と考えると興味深い。「異常」と片付けられるような様々な精神状態が、実はすでに日常的に体験している身近なもの…と考えるきっかけにもなるかなと。

『コーヒーの科学』が身近な「もの」から入る科学入門だとすれば、本書『睡眠の科学』は身近な「行動」から入る科学入門といえると思う。眠る全ての人間にオススメしたい。

類書としては『自律神経の科学』もなかなかガチで読み応えある本です。言葉はよく聞くけど意外と知らない「自律神経」のメカニズムについて丁寧に解説。涙と唾液の(神経的な面から見た)共通点とか面白い。交感神経と副交感神経の電気活動が高まっていると、体の部位や内臓がどういう反応になるかの一覧表とかが載ってる。

 

『進化のからくり 現代のダーウィンたちの物語』

日本のカタツムリ(陸貝)研究の第一人者が、進化生物学の面白さ(と学問としての大変さ)を生き生きと語る本。生物学者の営みがどういうものなのかを改めて伺える本でもあるし、市井の生きものファン(私含む)も励まされる内容。プロの生物学者が書いてるのだが文章力も巧みで読みやすく、一風変わった生物学入門としてもオススメ。

『進化のからくり』では、ある特定の生物についてとことん調べる…という手法は一般的には奇異にも見られるという話も出てきて、本書の著者もバブル時代のリーマンに「カタツムリなんて研究してどうすんの?」とか面と向かって言われたりしたという。しかしカタツムリ=陸貝のように(外から見れば)狭く些細に思える対象を深く掘り下げることで、「生命の進化」という極めて重要な問題の核心が見えてくるのだ。それは科学という営みの根本でもある。

本書の最後にある「進化学者にとって〝ガラパゴス〟は、独自性に伴う排他性と脆弱さのメタファーではない。それは独自でローカルであるとともに、グローバルな価値を持つ存在を意味する。」という象徴的な文章は胸に刻むべきだなと思う。私たちの周りにある沢山の「ガラパゴス」に目を向ければ、広大な世界の秘密を解き明かす鍵になることだろう。

ところで『進化のからくり』にもあったが、進化にまつわる学説って日本でも最近まで冷遇されていて、80年代には高校でも一切扱っておらず、大学でさえまともに教えてなかったと聞くと、海外の宗教保守の進化論否定をあまり笑えない感じになってくる。そもそも「進化」自体が相当に新しい概念というのも「進化あるある誤解」の背景にあるんだろうな…と思ったりした。

ブルーバックスの生物学といえば…な類書として『カラー図解 アメリカ版 新・大学生物学の教科書』シリーズもオススメ。アメリカの名門大学(文理両方)が採用する生物学の教科書『LIFE』から重要分野を抜粋したシリーズ。紙の本で買うのもイイが(ブルーバックスなのにブ厚い)、電子版も便利なので生物勢はもってて損なし。なお全5冊だが電子化してるのは最初の3冊だけみたい。

本シリーズは科学者養成の現場で使われるガチな生物学教科書なのだが、『第1巻 細胞生物学』の「科学の限界」を記した部分とか、私ら一般人も心に刻むべきだと思う。

人文学や社会学を変に軽視する人もいるけど、真摯な科学者は「文系」を侮ったりしない…という話。

ちなみに2巻は分子遺伝学、3巻は生化学・分子生物学。いずれも文理に関係なく現代の超重要分野なので揃えちゃってもいいと思う。

 

『科学者はなぜ神を信じるのか コペルニクスからホーキングまで』

「宗教と科学の摩擦」「科学と人文」という話題が出たので、正面から扱った本書『科学者はなぜ神を信じるのか』も紹介。物理学と宗教となると、いかにも相容れなさそうだが、歴史に名を残す科学者たちにも「神」の存在を信じ、科学観と信仰を矛盾なく両立させる人もいた。神と物理学が交錯する地点を、自身も信仰をもつ物理学者が考察する。

科学的プロセスによって物理法則を理解し、それによってこの宇宙の仕組みを解き明かしていくことは可能でも、では究極的にはその物理法則はなぜ存在するのか、何が生み出したのか…という「未知」は常に存在し、そこには「神」(と呼ぶかはともかく)の余白がある、と本書は語る。

「神なんかいない、非科学的」と言うのは容易いが、「宇宙の奥の奥まで科学で解き明かしたとしても、そのひとつ奥には未知がある」という底知れなさを悟ることはむしろ科学的な態度だろうし、その常に存在する「ひとつ奥の未知」を「神」と呼ぶ…という論理は、信心がなくてもなるほどね、とは思える。

こうした「この世界には(現時点での)人間の叡智では全然わからん未知の領域がある」と認める態度は実はとても「科学的」とも言えるんだよね。「科学で説明できないものを信じてる奴は愚か」と断じる態度も傲慢で、実は非科学的なのかもしれないと自戒を込めて思った。

ところで今アツい「マルチバース」概念も本書に登場。ホーキングが亡くなる前、宇宙のあちこちで泡のように宇宙ができる「永久インフレーション理論」という、マルチバース(多宇宙)を予言するような難解な理論を出していた。その無限の宇宙は全く異なる物理法則をもつはずだが、そうなると私たちの宇宙の物理法則は、偶然の産物に過ぎない=なぜこういう物理法則になったかを問えないことになり、ホーキングはそれが不満だったと。物理法則の有限性を示そうとしたホーキングもまた、物理法則が「誰かが意志をもってデザインした」ものであってほしいと考えていたのだろう…と著者は語る。

ちょうどマルチバースの記事もあったりする。その存在を唱える科学理論は先述した「泡宇宙」含めて色々あるが、共通するのは「私たちが観測できる空間と時間は唯一の現実ではない」と示唆する点。観測・検証できないならそれは科学なのか?という声もあるが、今はまだ、ということなのか…。

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同じブルーバックスだと『不自然な宇宙 宇宙はひとつだけなのか?』もあわせて読むといいかも。

 

『パンの科学 しあわせな香りと食感の秘密』

ブルーバックスは食べ物系の「◯◯の科学」本も充実しており、何読んでも大抵面白いのだが、個人的にホームベーカリーで常日頃からパンを焼きまくっていることもあり、本書『パンの科学』をイチオシしておく。

パンを構成する材料が各自どんな役割を果たし、生地をこね・寝かせ・叩き・焼くプロセスでどんな化学反応が生じた結果、美味しいパンができるのか…とパン科学の第一人者が解説する1冊。

パン焼き勢とはいえ、基本ホームベーカリー任せなので全然知らないことも多くて、たとえば食パンに入れる塩ってなんか味のアクセント的な?と思いながら適当に入れてたが、本書『パンの科学』によると、塩はパン作りにおいて小麦粉・イースト・水に並ぶ不可欠な「四大主役」のひとつだという。塩がないとグルテンが引き締まらないらしい。ナメててすまなかった、塩…

ちなみに「四大主役」が小麦粉・イースト・塩・水なら、「4つの脇役(副材料)」は糖類・油脂・卵・乳製品だという。脇役も重要とはいえ、油脂は確かにバターでも太白胡麻油でもある程度なんでもいいのはパン作りを始めて気づいた。糖類も色々あるしちなみに卵と乳製品は私は使ってないが、美味しいパンが焼ける。

なお本書『パンの科学』著者さんは、ホームベーカリーの黎明期(30年前)から商品開発にも携わって、最近も助言してるらしい(我がパン生活における恩人と言えるかも)。パン科学の複雑なプロセスがあの無骨な箱に詰まってるのだなと思うと感謝である。高度に発達したパン科学は魔法と区別がつかない…。

ブルーバックスの類書としては『牛乳とタマゴの科学 完全栄養食品の秘密』とか…

『麺の科学』とか…

『おいしい穀物の科学』とか。

パン、麺、コメで「ブルーバックス主食の科学」コーナー開けるね。

 

『日本の伝統 発酵の科学』

食べ物系「の科学」ではこちらもオススメ。味噌、醤油、納豆、漬物、鰹節など、日本では昔から微生物パワーを駆使し、食べ物のおいしさと健康性をブーストしてきた。そんな錬金術のごとし発酵食品の歴史とメカニズムを、現代科学の視点から紹介する面白い本。

メジャーどころの大豆製品をはじめ、発酵の技術はやっぱ日本食そのものを考える上でも重要だよね。動物性食品に頼らずに風味やコクを出す技術としても、今けっこう注目に値する気がしている。

味噌の発酵メカニズムも詳しく書かれてるので、ピーキー健康食品こと味噌汁の不思議パワーを解き明かす参考にもなりそう↓

↓のニュースにもあるように、ここにきて発酵技術がめちゃくちゃ重要になってきてる今、世界屈指と言えそうな発酵食品大国な日本も、けっこうなビッグウェーブに乗れるチャンスあるのでは…?と思ってしまうが、どうなんでしょうね。

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一方で発酵技術は日本だけのものでは(当然)ないので、世界中の発酵食品の解説も読めるのでありがたい。イタリアの正式なバルサミコ酢は、特定の白ぶどうの果汁をろ過して煮詰め、木製の樽で12年以上発酵・熟成させたものに限るらしい。へ〜…。

ブルーバックスの類書としては『チーズの科学』とか。ミルクの発酵の興味深いメカニズムを語る。

こういう食べ物系ぜんぶまとめたみたいな『「おいしさ」の科学 素材の秘密・味わいを生み出す技術』も読んだ。そもそもなぜ人はおいしさを感じるのか…みたいなところから、身近な食材のおいしさの仕組みを科学的に考える。専門性と世俗感のバランスが良く、読みやすい。

食べ物系「の科学」本、たくさんあるので知的くいしんぼうは読み漁ろうね。

 

『ウォーキングの科学 10歳若返る、本当に効果的な歩き方』

現代人の運動不足が深刻の中、お金のかからない、誰でも実践可能な運動としての「歩行」を改めて紹介する本である。そのロジックが(ブルーバックスだけあって)さすがのガチ感にあふれてるので、「ランニングならともかく、どう歩いたって同じでしょ」と思ってる人も一読オススメ。

運動と健康ガチ勢の著者ゆえの「どうすれば全国民を健康にできるか?」という問題に向き合う、迫力ある真剣さが随所に滲んでいて面白い。全国民がジムに通えればそりゃ一番良いんだろうが、経済的・時間的にジム通いなんて続けられる人は少数だろうしな…という観点からウォーキングに平等かつ民主的な(?)運動としての可能性を見出すのだ。

ちなみに『ウォーキングの科学』、今年6月にヨーロッパを旅した時に読んでいて、今週は平均2万歩とか歩いてるから超健康じゃん…と思ったわけだが、本書によると歩けば歩くほど健康度が増える、というわけではないようだ。

あくまで「どう歩くか」が重要みたいなので(早足と普通歩きを一定間隔で繰り返すのがオススメらしい)ぜひ意識して健康ウォーキングライフを送ろう。

ランニング派には『ランニングする前に読む本』というのもある。

運動系・健康系ブルーバックスだと『筋肉は本当にすごい すべての動物に共通する驚きのメカニズム』もすごそう。(9/26追記・『筋肉は本当にすごい』読んだがだいぶガチにサイエンスな語り口で筋肉という人体のエンジンを語る熱い本だった。細かい部分はまだ理解できてないが、動物のくだりとかは読みやすく面白い。)

健康ブルーバックスといえば、巷にあふれる怪しい「健康食品」に騙されないために『本当に役立つ栄養学 肥満、病気、老化予防のカギとなる食べものの科学』もオススメ。

 

『我々はなぜ我々だけなのか アジアから消えた多様な「人類」たち』

ネアンデルタール人など、過去の地球を生きた様々な「人類」の研究は進んでいるが、アジアの「人類」の真実はまだ深い闇に包まれている。身長が110cmしかないフローレス原人、台湾の海底で見つかった澎湖人など、アジアの「人類」の多様性は凄いものがあったのだが、今やみんな滅び去ってしまい、残された人類は「我々」だけ…。それはなぜなのか、何が起こったのか、滅んだ「人類」はどんな暮らしをしていたのか…といった謎を考える本。

本の終盤では「私たちホモ・サピエンスにはジャワ原人の血が流れているかもしれない」という大胆だが合理的な仮説が提示される。広い意味では「我々は我々だけではないかもしれない」という、ロマンがあるような、ちょっと怖いような嬉しいような複雑余韻を残す。人類学入門としてオススメできる一冊。

類書は『図解 人類の進化 猿人から原人、旧人、現生人類へ』など。先述の「ジャワ原人」説を提唱した海部さんも共著者。

 

『宇宙人と出会う前に読む本 全宇宙で共通の教養を身につけよう』

宇宙人の集う社交場に迷い込んだ一般地球人が、地球や人類の基本的な事実(太陽はいくつ?人体の成分は?)を相手の宇宙人に伝えるには…?というSFスタイルで綴る科学入門。『数の悪魔』を連想する小説っぽい語り口なので、ブルーバックスの中では明らかに異端だが面白い。

まず「地球出身です」と答えたところで太陽系外の宇宙人にしてみれば「は?チキュウ?」となるのは確実なので、じゃあどうやって伝えよう?とか、宇宙規模で考えた時に何が普遍的で何がそうでないのか考えていく、という面白さがある。

物理学や化学のユニバーサルっぷり(まさに)に比べると、生物はやっぱ地球ローカルだろうな…とは当然思うし、本書でも生物の左右対称性が宇宙規模では全く必然ではない話とか出るのだが、一方で意外と生物が近似のシステムや形状に収束していくのでは、という仮説もあったりして興味深い。

スケールのでかい類書としては『なぜ宇宙は存在するのか はじめての現代宇宙論』とか(いま読み中)。

 

『カラー図説 生命の大進化40億年史』シリーズ

土屋健先生の古生物シリーズ。古生代編と中生代編が出ていて、そのうち新生代編もくると思われる。進化の黎明期を彩る重要種を紹介していくスタンダードかつお手頃なシリーズなので古生物ファンはぜひ。魅力的で不思議な動物たちが壮絶すぎる大絶滅で一掃される展開も無常でヤバい。

ちなみに中生代編には今年5月に科博で見た「奇跡の鎧竜」ボレアロペルタとズールの解説があったので嬉しかった。

ところで(ラブカ図解でも描いた)クラドセラケ先輩の話が出たのだが…

最新研究だと「軟骨魚類ではあるが、サメ=板鰓類ではない」の見方が強まってるらしい…。「最古のサメ」の呼び名も返上する必要があるのかな(最初期のサメ形捕食者だったのは確かだが)。

同じ著者さんの(ブルーバックス類書として『カラー図解 古生物たちのふしぎな世界 繁栄と絶滅の古生代3億年史』など。

 

ーーー9/25追記ーーー

『『ロボットはなぜ生き物に似てしまうのか 工学に立ちはだかる「究極の力学構造」』

せっかく読んだばかりだし面白かったのになぜか紹介し忘れていた!

↓記事にもしたのに…

numagasablog.com

『ロボットはなぜ生き物に似てしまうのか』、面白いどうぶつ&工学本なのでぜひ。人工的に真似しようと思ってもできない生命の特殊性と、工学の可能性について考える本。

本書はロボット工学者による本なのだが、そもそも魚や鳥のような「元ネタ」を知らなければ、「泳ぐ」「飛ぶ」機械を作るという発想に至らなかった可能性もある、と語ってて面白い。「模倣」以前に、私たちの発想そのものが実は他の生命に規定されているのかもと。

さらに言えば、「人間=私たち自身」という「モデル動物」がいなければ、人間の脚や腕によく似たパーツを連結したロボット(ショベルカーや産業用ロボットなど)の、基本的なメカニズムに至ることは難しかっただろうとも語られる。多くの人工物が、思われている以上に動物や人間に似ているのかも…。

動力を追求するロボット設計者にとって究極の憧れでもある部位、それは「筋肉」である…という話も面白い。筋肉は「生き物の体を駆動させるモータ」であり、大きな制御装置や電源も不要、体の隅々に配置できるという、夢のようなアクチュエータ(動力源)なのだそう。

→結論「筋肉は本当にすごい」(2回め)

 

キリがないのでいったん終わり。まだ紹介できてない本もけっこうあるので、思い当たる本があれば追加するかも。

amzn.to

今回の大規模セールは9月28日までで、紹介した本(電子版)はすべてセール対象なのは確認済み。ぜひゲットするなり、kindle unlimited(対象者は3ヶ月無料キャンペーン中でまとめ読みするなりしよう。

ちなみにブルーバックス60周年記念の特設サイトもできていた。講談社の人気漫画とコラボしたりしてる(編集部員のオススメも気になるがなぜかエラーで読めなかった…)。マスコットキャラクターは火星人らしい。

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科学系の新書レーベルとしては読みやすく、値段も安く、扱う範囲も広く、質も保証されているブルーバックスさん、今後も日本のポピュラーサイエンスの要衝としてがんばってほしい。

ゴルフ場の人食いザメ「オオメジロザメ」図解

「ゴルフ場の人食いザメ」こと「オオメジロザメ」のお話を図解しました。流れ次第では近所にやってくる…かもしれない。

TwitterにALT文章あり↓

ちなみに「ゴルフ場の人食いザメ」と呼ばれたサメたちですが、人に危害を加えることもなく愛され名物サメになり、その多くは再び洪水が起こった時にまた去っていったのだとか。ただし1匹、不届き者に盗まれてしまったらしい…。ゆるせぬ。

↓「ゴルフ場の人食いザメ」に関する最近のNYタイムズ記事(ギフトにしとくので興味あれば読んで)。ゴルフ場に閉じ込められたオオメジロザメの特殊なケースは、サメの寿命や適応能力を知りたい科学者にも恩恵を与えたもよう。ゴルフ場もサメで人気が出たのでわりと得したっぽい。

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↓図解中でふれた「黒潮大蛇行」も調べてたのだが、ちょうど先日行ったばかりの「海」展でも詳しく解説されていて、タイムリーだなと思った。今週は海ウィークだったわ(9月後半だけど)

numagasablog.com

↓ナショジオのオオメジロザメ図鑑。

natgeo.nikkeibp.co.jp

オオメジロザメの河川での生息メカニズム、東大の研究。

www.aori.u-tokyo.ac.jp

↓日本で発見されたオオメジロザメと「黒潮大蛇行」の影響。

bunshun.jp

↓大阪湾で発見されたイタチザメ。

ja-jp.facebook.com

↓サメの話をする時に読み返す『世界サメ図鑑』。

世界サメ図鑑

世界サメ図鑑

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